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2018.07.31

瀬川貴次『百鬼一歌 都大路の首なし武者』 怪異が浮き彫りにする史実の爪痕


 コミカルさとシリアスさが絶妙に入り交じった平安ものを描かせれば右に出る者がない作者の新シリーズ第2弾――和歌マニアの公家・希家と、源頼政の孫で怪異譚好きの少女・陽羽が今回挑むのは、都大路を駆け抜ける首なし武者の怪。果たしてこの怪異は真実なのか、そしてその陰に潜むものとは……

 源平の合戦から数年後の都で、ある晩都大路を馬で行く首なし武者と出会ってしまった希家。怪異との遭遇に震え上がったものの、それでも九条家の家司の務めがあるのが哀しいところ、鎌倉から病気平癒の加持祈祷を受けるためにやってきたという公文書別当のゆかりだという母娘の世話を頼まれ、希家はあれこれと奔走することになります。

 一方、なかなか和歌も作法も上達しない上に、前作の事件で周囲から注目を集めてしまった陽羽は、洛中の八条で暮らす元・斎院の宮の式子内親王のもとに預けられることになります。そこで同じ敷地に暮らす以仁王の忘れ形見だという西の対の姫宮と出会った陽羽。変わり者で周囲とは没交渉の姫宮ですが、陽羽は持ち前の明るさと遠慮のなさで、彼女と次第に距離を縮めていくのでした。

 そんな中、よんどころない事情で夜に鎌倉からの客人を送ることになった希家。あの首なし武者に襲われてはと、陽羽に護衛を依頼した希家ですが、不幸にもその心配は的中し、首なし武者が一行に襲いかかってきて……


 文系(というか文弱)の青年公家と、体育会系(でも怪異好き)の少女の凸凹コンビという主人公設定が実に楽しい本シリーズ。前作はキャラクター紹介編という趣もありましたが、今回は初めから全力疾走であります。
 当時の女性としては破格のアクティブさと、武術の腕を誇る陽羽。今回はめんどくさい和歌マニアとしての姿は比較的控えめではあるものの、本作においてはある種の(当時の)理性の象徴として活躍する希家。全く正反対の二人は今回も絶好調であります。

 さらに本作では、史実で希家のモデルと色々と深い関わりのあった式子内親王が初登場。希家との関係性も面白く、今後の活躍にも期待したくなるキャラクターであります。


 さて、冒頭で触れたとおり、平安ものにおいては有数の名手というべき作者ですが、本作は、本シリーズは、その中でも少々ユニークな位置を占めています。それは「史実」との関わり――本作は作者の作品の中でも、特に史実とのリンクが大きいのです。

 そう、作者の作品には、登場人物や描かれる逸話など、史実を題材とした作品はいくつもあるものの、しかし設定年代を明示しない作品がほとんどで、実は史実と明確にリンクした作品は想像以上に少ないのであります。
 それに対して本シリーズは、登場人物の時点で既に史実とのリンクが密接です。希家と陽羽は架空の人物ですが、希家にはほぼ明確にモデルがいますし、陽羽も頼政の孫という設定のキャラであります。さらに式子内親王や、名前は伏せますが本作のゲストキャラクターたちなど、作中の登場人物は、かなりの割合で実在の人物なのです。

 しかし本作は、単に実在の人物が登場し、活躍するだけの物語ではありません。本作は、「この時代」ならではの、「この時代」だからこそ生まれた物語なのです。

 本作の設定年代は、源平の合戦からわずか数年後。源氏と平氏に武士の世界を二分した――いや、同じ源氏ですら幾つにも分かれ、殺し合った合戦の爪痕が、濃厚に残された時代であります。
 それは荒れ果て治安の悪化した都の姿といった物質的な面でも描かれますが、それ以上に爪痕が残るのは精神面――親族を、愛する者を喪った者、そして遺された者の心にこそ、爪痕はより深く残されているのです。

 実に本作の事件の背後にあるのはこの爪痕――あの合戦さえなければ起きなかったはずの悲劇。それを背負った者、それに深く傷ついた者たちの姿が、事件の中から浮かび上がるのであります。

 それでは、その爪痕は消すことはできないのか? 悲しみは何時までも残り続けるのか? その答えは決して是ではないことを、しかし本作は示します。人が人を悼み、悔み、そして愛おしむ心。和歌に象徴される人間の想いが、時として悲しみを乗り越える力を発揮することを、本作は美しく描き出すのであります。


 キャラクターものとしての面白さはもちろん、史実との密接なリンクが生み出す濃厚なドラマ性が魅力の本作。ラストのどんでん返しも見事で、作者の新たな代表作と評しても過言ではない名品であります。

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