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2018.07.06

坂口よしを『地獄ヤ変』 不老不死の「水」と「地獄」を巡る者たちの戦い


 明治初期の東京を舞台に、一人の少女が、二人の男――「地獄」と呼ばれる男と、その男を追う男とともに、不老不死をもたらす「水」にまつわる事件に巻き込まれる伝奇活劇であります。

 仕えていた主を亡くし、ひとりぼっちとなった少女・お玉の前に現れた無愛想な青年・鉄戒(くろがね かい)。亡き主の友人だったという戒に引き取られる形となったお玉ですが、その前に戒の主だという美青年・紅月天星が現れます。
 人当たりの良い貿易商という表の顔を持ちながら、戒を「地獄」と呼び、呪を込めた弾丸でこの世ならざるものを滅する力を持つ天星。不老不死をもたらすという「水」なる存在を求める彼は、その手掛かりがお玉にあるに違いないと、彼女に近づいたのであります。

 果たして明らかになるお玉の意外な「正体」。自分でも知らぬうちに「水」の力で命を繋いでいたお玉は、戒と天星とともに「水」の在処を求めるうち、様々な怪異にまつわる事件に巻き込まれることに……


 本作の作者・坂口よしをは、宮部みゆきの『霊験お初捕物控』の漫画化を担当した漫画家。その時も良い意味で漫画的な明るい絵柄が印象に残りましたが、それはもちろん本作でも健在であります。
 本作で描かれるのは、決して明るいとは言い難い――むしろ不老不死という人間のある意味最も強く根源的な欲望にまつわる物語。その物語が決して陰湿になりすぎないのは、この絵の力に依るところが大きいのでしょう。

 しかしもちろん、物語自体も面白いことは言うまでもありません。本作はジャンル的には退魔ものであり、決して珍しいものではないのかもしれませんが――ベースとなる設定が、既存の伝説伝承を用いることはほとんどなく(あるいは独自の解釈が加わり)、本作独自のものとなっているのが目を引きます。

 特に強く印象に残るのは主人公の一人である戒の設定です。天星から「地獄」と呼ばれる戒は、実は「水」によるものとはまた別の形で不老不死の男。少しだけ内容を明かしてしまえば、彼は体内に魔物を封じる異空間「地獄」を持ち、魔物退治を生業とする紅月家に代々使役されてきた存在なのであります。
 そんな彼が、何故紅月家から離れてお玉を守ろうとするのか。そしてそもそも彼はいかなる過去を持ち、何故「地獄」となったのか――そんな彼の秘めた謎が、物語後半を引っ張る原動力の一つとなります。

 そしてもう一人、物語を引っ張るのは天星であります。普段はにこやかなイケメンである一方で、自分の目的に関してはひどく非情となり、お玉や戒を犠牲にして恥じない天星。
 彼は、本作では悪役に近い立ち位置を占めることになりますが――しかしもちろんそれだけではなく、彼もまた大きな秘密と重い過去を背負った存在であることが、終盤でクローズアップされることになるのであります。

 単行本でわずか2巻ということもあり、後半は少々駆け足の印象がないわけではありません(特に意味ありげに登場した天星の後ろ盾の人物にほとんど出番がないのが残念)。
 しかしそれでも決して不足は感じない、いやむしろ物語として描くべきはきちんと描いたと感じられるのは、この本作ならではの設定、本作ならではの登場人物を、作者が完全に消化した上で、物語を構成していることによるのでしょう。

 望まずして不老不死になってしまった者たちと、不老不死を強く望む者――その両者のすれ違いの中から生まれる、悲しみと戦いを描いた本作。
 しかし地獄の中で最後に残ったのは希望だった――そんな結末も気持ちよい、伝奇活劇の佳品です。


『地獄ヤ変』(坂口よしを 秋田書店プリンセスコミックス全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
地獄ヤ変(1)地獄ヤ変(2)

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