« 「コミック乱ツインズ」2018年9月号 | トップページ | 『つくもがみ貸します』 第三幕「撫子」 »

2018.08.18

東村アキコ『雪花の虎』第6巻 川中島直前 去る命、集まる命


 掲載誌の休刊という奇禍に見舞われたものの、無事に移籍した女長尾景虎(上杉謙信)伝の最新巻であります。北上を企てる武田晴信との決戦を控えつつ、にわかに慌ただしさを増していく景虎の周囲。そんな中、彼女の最愛の存在が、ついにその命を燃やし尽くすことに……

 武田晴信との思いも寄らぬ遭遇を乗り越え、いずれ来るであろう彼との激突を腕を撫して待つ景虎。しかし天文21年は無事に明け景虎は春日山城の者たち、そして嫁いだ姉・綾、そして景虎との家督争いに敗れた形で隠居した兄・晴景とともに、一時の平和な時間を過ごすことになります。

 しかしそんな中でも不穏な影は彼女たちに迫ります。晴景の近くに潜んでいた武田家の草――山本勘助によって送り込まれた忍びが、景虎が女姿で晴景のもとを訪れたことを知ってしまったのであります。
 一人これを察知した晴景は、病身にも関わらず、単身これを阻もうとするのですが……


 長尾景虎が女性、という奇想天外かつキャッチーなアイディアがまず印象に残る本作ですが、同時に、景虎と彼女の周囲の家族の姿を、一種ホームドラマ的に描く点もまた、特徴と言うべきではないか――私はそう感じてきました。

 その要素は、景虎が武将として独り立ちし、長尾家の当主となったことで薄れてきた面は否めませんが、しかしそれでももちろん、肉親との関係が断ち切られるわけではありません。
 特に「男」同士であり、心ならずとはいえ家督を争うことになった兄・晴景との関係は、(他の作品で描かれる)他の戦国武将の兄弟関係とは、また大きく異なるものとして描かれていた印象があります。

 戦国時代の「家」というシステムに規定されざるを得ない彼女たちであった――それゆえにまさに二人は家督争いを「演じ」ざるを得なかったのですが――ものの、しかしそこにあったのは、どこまでも文弱ながら心優しき兄と、剛健にしてしかし時に不安定な立場に揺れる妹が、互いに気遣う姿。
 そんな二人が互いを想い、そして自らの身の上を想う姿は、本作を大きく特徴づけるものであったと感じます。そしてこの巻において、兄が妹に遺したものを見れば、それが最後まで全うされたというほかありません。


 さて、長尾家がそのような状況である一方で、「外」の世界では戦国の激動がいよいよ本格化。
 北条氏康の圧力に押された関東管領・上杉憲政が国を捨てて越後に落ち延び、さらに武田晴信を二度にわたり大敗させた(そして景虎と出会うきっかけを作った)村上義清もまた越後に走り――否応なしに長尾家と越後は戦乱の真っ只中に置かれることになるのであります。

 この辺りの窮鳥を懐に匿ってしまう景虎の態度を、彼女の女性性から来る優しさの表れとして描くのは、個人的には違和感がないでもないのですが、ギャグも交えつつ描かれる(これは作品の全般に渡るところではあります)その姿は妙な説得力がある――と言えるかもしれません。
 何はともあれ、武田の村上攻めの報を受けた家臣たちが「虎様…それは…」「また来ますぞ。」という辺りなどの呼吸は実に楽しく、緩急の付け方のうまさはやはりこの作者ならではなのだなあと、もう何度目かになる確認をした次第であります。

 ちなみに女性性といえば、景虎が女性と知れば途端に口説きにかかる村上義清の気持ち悪さは(いかに外見はナイスミドルとはいえ)実に印象的で、いかにもありそう――と思いつつ、この先彼女が晴信らとはまた別に戦っていかなければならないものの大きさを垣間見せてくれたのも出色と言うべきでしょうか。


 さて、この巻のラストでは、その義清の登場をきっかけにいよいよ第一次川中島の戦いが勃発。武将としての景虎と晴信の関係性が如何に描かれ、変化していくのか――今後も楽しみな作品であります。


『雪花の虎』第6巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon
雪花の虎 (6) (ビッグコミックススペシャル)


関連記事
 東村アキコ『雪花の虎』第1巻 女謙信と長尾一家の物語始まる
 東村アキコ『雪花の虎』第2巻 二つの父子、二つの別れ
 東村アキコ『雪花の虎』第3巻 兄妹の情が招くもの
 東村アキコ『雪花の虎』第4巻 去りゆく兄と、ライバルとの(とんでもない)出会いと
 東村アキコ『雪花の虎』第5巻 肉体のリアルを乗り越えるために

|

« 「コミック乱ツインズ」2018年9月号 | トップページ | 『つくもがみ貸します』 第三幕「撫子」 »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 東村アキコ『雪花の虎』第6巻 川中島直前 去る命、集まる命:

« 「コミック乱ツインズ」2018年9月号 | トップページ | 『つくもがみ貸します』 第三幕「撫子」 »