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2018.08.30

都戸利津『嘘解きレトリック』第9-10巻 「嘘」を解き明かした先の二人の「真実」


 嘘を「聞く」能力を持つ少女・鹿乃子と、頭は切れるが金はない探偵・祝左右馬のコンビが繰り広げてきたレトロ探偵譚もついに完結であります。左右馬への恋心を自覚した鹿乃子を狙う謎の男・史郎の影。誘拐された鹿乃子を左右馬は救うことができるのか、そして鹿乃子の想いのゆくえは……

 周囲からは忌避されてきた力を持つ鹿乃子を受け入れ、そして生きる道を示してくれた左右馬。彼への想いが、助手から探偵へのそれだけではないことに気付いてしまった鹿乃子の心は、千々に乱れることになります。
 第9巻で描かれるのは、そんな彼女を襲う思わぬ事件――かつて左右馬に降りかかった冤罪事件の関連で現場に向かうことになった二人ですが、その途中、一瞬の隙をついて鹿乃子は誘拐されてしまうのであります。

 その犯人こそは「史郎」――かつて名家の跡取り探しの一件でその名を名乗って現れ、また件の冤罪事件では別の名で鹿乃子の助っ人役を買って出るなど、何かと二人の前に現れる怪しげな美青年であります。
 そして鹿乃子にとっては大いに気になることに、彼もまた嘘を聞く能力を持っている、いや「いた」人物。そして彼が鹿乃子たちに付きまとう理由が、ここで明かされることになります。

 子供時代、捨て子として名前もなくその日を暮らしてきた「史郎」。しかしその能力を知った男・武上に拾われた彼は、翡翠様なる霊能力者に扮して、武上の指示するまま、人の秘密を握り、利用して生きてきたのであります。
 しかしある日その能力は消え、武上も姿を消して再び孤独の身の上となった「史郎」。探していた武上の所在をようやく掴んだ彼は、鹿乃子の能力を使って、武上にあることを問おうとしていたのですが……


 これまで様々な形で二人の前に現れ、そして何事かを企む姿が描かれてきた「史郎」。しかし単純な悪人でも愉快犯でもないその行動には、何とも不可解なものがありました。
 ここで語られることとなったその動機は、実に本作らしい、ある意味非常に人間臭いものであり――そしてやはり嘘と真実の在処を問いかけるものでありました。

 しかしその嘘と真実は、これまでのように人間の心の中のものだけではありません。それはむしろより大きなもの、ある人間の存在にとっての嘘と真実なのであります。
 自分は誰なのか、自分は何をしたらいいのか――それを見失った「史郎」は、あるいは鹿乃子がそうなったかもしれない姿、もう一人の鹿乃子と言ってもよいかもしれません。

 そしてその運命を分かつことになったのが、左右馬の存在なのでしょう。ここにおいて物語は、もう一人の鹿乃子の姿を通じて、鹿乃子と左右馬の間の強い絆を、再びはっきり描き出すのであります。


 さて、この「史郎」のエピソードは第9巻の冒頭から最終第10巻の冒頭まで。それ以降は、再び二人とその周囲の、ある意味「小さな」物語が描かれることになります。
 この辺り、最終巻全体が物語のエピローグのようにも感じられるところですが――しかしこの巻の後半で2話にわたって描かれる左右馬の過去の物語は、重要な意味を持つと言えます。

 孤独だった子供時代から学生時代に至るまで、その勘と推理力の鋭さから、時に周囲に利用され、時に誤解されてきた左右馬。
 それが今の彼の飄々とした態度と生き様を生んだとも言えるのですが――それは同時に、彼もまた、鹿乃子と同様の悩みを抱えてきた人間であるということにほかならないでしょう。(そしてこれは、だいぶ以前に描かれた鹿乃子の予感が正しかったことを示すものでもあります)

 もちろん、鹿乃子と左右馬の縁を、そして二人がこれまで築き上げてきたものを、こうした共通点のみに帰するのは正しくないかもしれません。しかし鹿乃子にとって左右馬がそうであったように、左右馬にとっても鹿乃子の存在が救いであったという「真実」は、物語の結末において大きな意味を持つと感じられます。


 そして最終話、鹿乃子の心に深く突き刺さった過去の棘から彼女が解放されるエピソードをもって、物語は終わりを告げます。
 その先、最後の最後に描かれる二人の姿は、ある意味ひどくあっさりしたものにも思えるかもしれませんが――しかしこれ以上の説明もドラマも不要でしょう。

 最後のコマで語られた「真実」――この物語の結末にふさわしい、美しく嬉しい「その真実」こそが全てなのですから。優れたミステリにして人間の「真実」を描いた名編の完結であります。

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