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2018.08.23

芝村涼也『穢王 討魔戦記』 天保篇第一部完 恐るべき敵との決戦の果てに……


 鬼を狩る者たち・討魔衆と、奇怪な異能を持つ鬼たちの死闘を描く『討魔戦記』も、本作を以て天保篇第一部完結。前作で被った大きな痛手を癒やす間もなく、奇怪な人魂が引き起こす事件を追う討魔衆は、鬼たちの背後に潜んでいた恐るべき敵との決戦に挑むことになります。

 七年に一度現れては奇怪な「子」を産む「母」鬼との死闘の末、精鋭集団である二つの小組の一つである弐の小組が壊滅し、その戦力がほぼ半分になるという大打撃を受けた討魔衆。その結果、一亮の所属する余の小組も、戦力として駆り出されることとなります。
 そんな中、気分転換に両国の川開きに出かけた一亮と早雪、健作と桔梗ですが、一亮が奇怪な気配を感じた直後に原因不明の将棋倒しが発生、その中で早雪が神隠しに遭って姿を消してしまうのでした。

 鬼たちの力を増幅する力を持つ早雪が姿を消したことで懸念と疑惑が広がる討魔衆。果たして江戸では奇怪な人魂が人々を襲い、溺れ死にさせるという事件が続発することになります。
 壱の小組が出動して事件を追うものの、それをあざ笑うように次々と出没する人魂たち。その騒動は、一連の怪事件を追ってきた老同心・小磯を引き寄せるのでした。

 そして早雪の処遇も定まらぬまま、決戦を決断する討魔衆。穢王なる謎の敵との死闘の行方は……


 ある日突然、人間が異能と残虐性を露わにして他の人間たちを襲う現象「芽吹き」。それによって生まれる鬼たちと討魔衆の戦いを、鬼を察知する力を持つ少年・一亮と、鬼や討魔衆の存在を知らぬまま事件を追う町奉行所の同心・小磯の視点を中心に本シリーズは描いてきました。
 第四作であり、冒頭に述べたとおり第一部完結編である本作においても、その基本構成は変わることがありません。

 市中で起こる事故とも偶然の連続とも見える人死にの背後で暗躍する鬼たちと、その鬼異能を見破り、倒さんとする討魔衆の戦い――そこにはもちろん伝奇ものらしい派手さはあるものの、同時に極めてリアルな手触りとなっているのが、本作らしいというところであります。
 特に鬼が引き起こす怪現象の奇怪な内容と、その手がかりや規則性、正体や弱点を見破るまでの丹念な積み重ねは、これまで怪異と日常性を巧みに縒り合わせて物語を(も)描いてきた、作者ならではの魅力と言うべきでしょう。

 本作においてはその怪現象は、人間を襲う奇怪な人魂の怪なのですが――日常の中にふと入り込んでくる怪異の描写が丹念に行われれば行われるほど、その恐ろしさと不可思議さ、そしてそれと両立する奇妙な現実感は際立つのであります。


 しかし――ここで厳しいことを言えば、本作の内容は、これまでの物語と大きく異なるものではない、という印象もあります。
 確かにこれまでになく強大であり、そして自分の意志を明確に持つ敵・穢王の存在が、本作の特色ではあるものの、その意図が討魔衆に(そして読者にも)伝わることはなく、結局謎のままで終わってしまうことで、物語にあまり前進が感じられず、もどかしさのみが残るように感じられるのです。

 そしてこのもどかしさはそもそも、一亮と小磯、あるいは討魔衆の上層部、さらに言えば鬼も――それぞれの勢力が持つ情報と意図が作中でほとんど交錯しないことにより、読者に与えられる情報も極めて限定的になっている点に起因しているように感じられます。
(さらに言えば、一亮があまり自分の感情を表さないキャラクターなのも大きいと感じます)
 もちろんそれこそが本シリーズの特色であり、特に一亮と小磯という対照的な視点から物語を描くことが、物語を盛り上げてきたのは間違いないのですが……

 確かに、物語には謎があってしかるべきですが、四作かけてほとんど謎が謎のままとなっている印象で、個々のエピソードやディテールは面白いのですから、そろそろ大きく動き出して欲しい――それが正直な気持ちであります。


 冒頭に述べたとおり、本作は天保篇第一部完結編とのこと。天保篇ということは別の時代も描かれるのか、第一部ということは第二部も当然あるのか――それはまだわかりませんが、物語が大きく動き出した時、本シリーズの全貌が明らかになるのでしょう。
 その時が少しでも早く来ることを期待したいと思います。


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