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2018.08.28

武内涼『東遊記』(その一) 大スケール! 作者初の中国伝奇見参


 忍者もの、伝奇もの、歴史もの――様々なジャンルで活躍する作者の新機軸はなんと中国もの。それもいまだ神話の息吹の残る大陸を舞台に、妖魔の王・蚩尤の復活を防ぐために、はるばる日本に向かう少女・許海燕と、橘逸勢、空海ら彼女を守って戦う旅の仲間たちの冒険を描く奇想天外な物語であります。

 神話の時代、黄帝と激闘を繰り広げた末に倒された妖魔の王・蚩尤。復活を阻むために焼き払われたその体は、しかし二つの眼のみが焼け残り、代々の皇帝の命で堅く封印されていました。しかし9世紀初頭、蚩尤の眼は不気味に咆哮を始め、その復活が近いことを窺わるのです。
 蚩尤の復活を阻み、その眼を完全にこの世から消滅させるには、蟄竜の珠を持つ者によって、東の果ての霊峰の火口に投げ込むしかない――その予言を受けて白羽の矢を立てられたのは、美しい珠を手に生まれたという饅頭売りの少女・許海燕でした。

 突然背負わされたあまりに大きすぎる使命に驚き悩む海燕。しかし両親とこの世界を守るため、この運命を受け入れ、東の果て――日本の富士への旅を決意した彼女に対し、市場で交流のあった日本の留学生・橘逸勢と空海も同行することになります。
 さらに剛勇と仁慈を兼ね備えた呂将軍と正規軍、これまで蚩尤の眼の一つを封じてきた終南山の黄仙人と、同じく峨眉山の少年道士・馬童子を加えた旅の仲間は、この世を救うための旅に出立することになります。

 しかし、海燕の持つ珠に封じられた竜を解き放つ呪文を知る霊獣・白澤は、蚩尤復活を目論む謎の鬼仙・黒屍魔王に封じられ、余命幾ばくもない状態に。さらに彼ら妖魔たちに使嗾された人間たちが各地で一行を妨害する上に、蚩尤の眼の魔力は、眠っていた各地の妖魔たちを復活させることになります。
 次々と仲間たちが倒れ、孤立無援となる中、海燕と逸勢たちは目的を果たすことができるのか……?


 冒頭に述べたとおり、作者にとっては初の中国ものである本作。旅の目的地は日本、そして物語の中心人物にかの橘逸勢と空海がいるとはいえ、読者にとっては馴染みの薄い時代と場所であることは間違いありません。
 しかし、だからといって作品のクオリティが、物語の面白さが減じられるかといえば、もちろん否であります。神話の時代から繰り広げられてきた人と魔の戦いを背景に繰り広げられる物語は気宇壮大、ロードノベル形式というのも、中国大陸という広大な舞台にはぴったりの趣向と言えます。

 そしてキャラクターも、作者がこれまで描いてきたヒロイン像に通底する、無力でも清く強い心を持つ少女・海燕をはじめ、魅力的な人物揃い。
 特に海燕を支える(準)主人公格として設定されている逸勢は、登場した時こそドロップアウト寸前の不良留学生という趣でしたが、海燕を支える中で使命感に目覚め、得意の弓術をはじめとして、一行のリーダーとして成長していくのが印象に残ります。

 さらに、一行を守護する頼もしい武人・呂将軍は、その背負ったドラマもさることながら、ある種の武人の理想像とも言うべき人物像が実に素晴らしい。
 妖魔の脅威や私利私欲の前に屈する人間も少なくない中、ただ牙なき人々のために戦い抜く彼の姿は、実は本作最強の敵・黒屍魔王と鏡合わせの存在であり、二人の対決における将軍の咆吼は、涙なしには読めない名場面と言えます。

 そしてまた、伝奇――というよりファンタジー色を強く感じさせる妖魔たちも、実に個性豊かで、かつ恐ろしい。
 蚩尤の眼の力に反応して各地で復活するキョンシーの群れ(理屈上、どこに行っても現れるのが恐ろしい)、百鬼森に潜んで獲物を狩る不可視の妖魔、呂将軍の仇である人の声を真似る怪鳥・酸与――いずれも妖魔妖怪好きには堪らない存在ですが、圧巻は中盤の山場に登場する相柳氏です。

 節度使の反乱に巻き込まれ、長江の支流を下ることとなった海燕一行。その前に出現した相柳氏は、恐ろしく長大な体の上に九つの顔を持ち、毒の息を吐く妖魔――と、ここまでくれば、もはや怪獣ではありませんか!
 この相柳氏(しかも同時に二匹登場)の大晴れには、ここまでやるか、と大いに驚かされましたが――しかし作者のデビュー作である『忍びの森』は、忍者と妖怪の死闘を描くとは言い条、その中には明らかに怪獣と評すべき存在いたわけで、むしろこれは原点回帰と言うべきかもしれません。


 などと魅力十分な本作ですが、人によってはある作品との類似が気になるかもしれません。その作品の名は……
 と、申し訳ありませんが、長くなりましたので次回に続きます。


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東遊記

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