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2018.08.09

霧島兵庫『信長を生んだ男』 等身大の青年・織田信行が下した決断


 織田勘十郎信行(信勝)といえば、信長と母を同じくする弟でありながら、謀反を企てた咎で、若くして兄に誅殺されたと言われる人物。悪役として描かれることも少なくない信行を、本作はこともあろうに覇王信長を「生んだ」男として描く、ユニークにして熱く切ない物語であります。

 若き日は「うつけ者」として知られた信長とは対照的に、折り目正しい優等生的人物であったと評される信行。信長を疎んじた母・土田御前に溺愛されたと言われる人物ですが、本作の前半部分は、基本的にこの人物像を踏まえた形で始まることとなります。

 自分とは正反対の性格のうつけ者でありながら、自分よりも父に認められている信長に反発心を抱き、その力を見せるべく、初陣に臨んだ信行。しかしその結果、五十人もの精兵を失った彼は、頬に負った傷以上に深い傷を心に負うのでした。
 そして志半ばに病に倒れた父が、兄を後継に指名し、その葬儀で信長の挑発を受けたことから、いよいよ反感を抱く信行。信秀亡き後の内訌が絶えぬ尾張で、信行の鬱屈は高まっていくことになります。

 そんな中、兄の正室・帰蝶の口添えもあり、ひとまず兄の側に立つ信行。しかし兄の別働隊として敵にあたることとなった戦で、奮闘空しく追い詰められた末、あわやのところで信行は兄に救われることになります。
 屈辱に震える信行ですが、しかし兄が密かに自分のことを買っており、運命を共にする覚悟であったことを知った彼は、ついに信長こそが天下に号令するに相応しい「虎」であることを悟ります。

 そしてついに長きにわたる対立のしこりを洗い流した信行。彼は信長を支える黒衣の宰相、虎を支える「龍」となることを誓い、兄と手を携えて天下に挑むことに……
 と、ある意味意外な、その後の歴史を覆しかねない展開を迎える本作。ここまでが物語の前半、後半では信長を扶けるため、密かに汚れ役を買って出る彼の姿が描かれることとなります。

 兄と帰蝶と三人、強い絆に結ばれて天下を望む信行。しかし一向に尾張の混乱は収まらず、その中で信行は信長の決定的な弱点――その不羈奔放な顔の下の、優しさ・甘さの存在に気付くことになります。
 そしてある出来事をきっかけに、自分に時間が残されていないことに気付いた彼は、信長を覇王に変え、尾張を固めるために、ある覚悟を固めるのですが……


 冒頭で述べたように、過去の作品では悪役として、あるいは凡愚な人物として描かれることが少なくなかった信行。それは型破りな信長が、桶狭間の戦で天下に躍り出る直前の、ある意味踏み台としての役割を負わされていた、と言えるかもしれません。
 しかしその信行を、本作は史実を踏まえつつも巧みに肉付けし、大望を抱き、肉親の愛を求めつつも、どちらも得られずに苦しみもがく等身大の青年としてまず描きます。

 そんな彼が、理想と現実の間で悩み、そして自らの背負ったものの大きさに苦しむ姿は、中身こそ大きく違えど、誰もが思い当たるものでしょう。だからこそ、彼が自分と信長の器の大きさの違いを思い知った時の衝撃を、その後に訪れる和解の感動を、読者は我がことのように感じ取れるのであります。
 ……そしてその後に待ち受ける、あまりに残酷で哀しい運命を知った時の絶望を、それでも自らの成すべきことを成そうと重すぎる決断を下した彼の覚悟の尊さをも。

 正直なところ、題名と主人公を見れば(さらに序章を読めば)、本作がどういう結末を迎えるかは、ある程度予測できるところではあります。
 それでも本作が単なるイイ話で終わらず、読者の心を大きく揺り動かしてくれるのは、二転三転する状況を描く物語構成の妙に依るのは言うまでもありませんん。
(特に終盤において、ある歴史上の謎に衝撃的な形で答えを提示するくだりの見事さ!)

 しかし本作はそれだけでなく、上で述べたような等身大の青年・信行の人物像と、そこに戦国時代に生を受けた男同士――それも最も近しいところにいる兄弟――という信長と信行の関係性を中心に物語を描く点が素晴らしい。
 さらには帰蝶というファムファタール的な存在(彼女があくまでも常識的な心を持った女性であることが、二人を救い、そして二人を苦しめるのがまた見事)を巧みに絡めてみせた点も大きいと感じます。

 配下との交流のくだりなど、些かセンチメンタルに過ぎるように感じられる部分はありますが――それでも、史実を史実として描きつつ、その中で意外な物語と、深く共感できる人物像を描いた点が大いに評価できる、歴史小説の佳品であります。


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信長を生んだ男

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