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2018.09.13

北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第3巻 二人のますらおを分かつ死と生


 人を信じず、ただ戦の中においてのみ生を実感する青年・源義経を描く『ますらお 秘本義経記』の第2シリーズ、待望の第3巻であります。愛する人のため、義経の首級を挙げるために孤独な戦いを続ける那須与一と義経の対決の決着は、そして源氏と平氏の決戦の行方は……

 人や動物の心を感じることができる異形の右目と、恐るべき弓矢の腕を持つ男・那須与一。己を広い、慈しんでくれた「姉」――ただ一人自分を人間扱いし、己に「与一」の名を与えてくれた彼女に報いるため、彼は執拗に義経を狙うものの、天運味方せず幾度も取り逃がすことに。
 さらに女子供の窮地を見過ごせない性格故に源範頼の暗殺に失敗した彼は、逃走中に瀬戸内の海賊衆頭目の女丈夫・瑠璃に救われたものの、彼女に迫られて……

 と、前シリーズに登場したキャラクターの久々の登場(色々な意味で逞しく成長して……)で昔からのファンには盛り上がる展開ですが、しかし与一は相変わらず良くも悪くも一途な男。
 瑠璃の誘惑を撥ね付け、逆に彼女に気に入られた与一は、平氏の陣に帰るのですが――その彼を思わぬ悲劇が待ち受けます。

 度重なる暗殺失敗のため、そして敗戦の責をなすりつけられて、裏切りの濡れ衣を着せられて捕らえられる与一。
 家族であったはずの那須一門からも裏切られ罵られ、それでも耐える与一ですが、最愛の姉までもが裏切り者として捕らえられ、手荒に扱われるのを目の当たりにして、ついに彼の怒りは大爆発することになります。

 それでも彼が生き延びることを望む姉の想いを受け、瑠璃の手引きでその場を逃れる与一。もはや姉を救うには、義経の首を手土産にするしかないと、瑠璃を謀り、与一は義経に会うために京へ向かいます。
 一方義経は、戦に出ることも許されぬまま、妻に迎えた郷御前と静御前に挟まれ、それなりに賑やかな毎日を送っていたのですが、再び現れた与一を前にして……


 こうして第2巻冒頭以来、再び出会うこととなった義経と与一。かたや源氏の(一応)御曹司、かたや平氏方の武家に拾われた野生児と、その身分や立ち位置はほとんど正反対であれど、この二人は極めて似た、大きな共通点を持つ存在として描かれてきたという印象があります。
 その共通点とは、戦いの中でしか己の存在を肯定できないこと――すなわち、戦いの中でしか他者とのコミュニケーションを取れないこと。

 共に孤独な少年時代を送り、その中から這い上がってきた彼らは、己の力のみが頼りであり、それ故にその力を発露する場――すなわち戦場においてのみ、人間として認められるという、極めて皮肉な存在なのであります。
 普通であれば人間性が否定される場においてのみ、人間性を発露できる――そんな義経の悲劇を描くのがこの『ますらお』という物語であるとすれば、与一は、もう一人の義経であると言ってもよいのでしょう。

 しかし、義経は与一をもう一人の自分――とは言わないまでも、己と同類と見なしているふしがある一方で、与一は己と義経を異なる存在と見ているのがまた面白い。
 そして与一にそう感じさせるのは、言うまでもなく彼にとっては生きる理由、生きなければならない理由があるから――己の命よりも大事な女性がいるからにほかなりません。

 義経がどれだけ周囲を惹きつけ、慕われても、それを弱さと否定し、他者を拒絶して戦に――死に向かうのに対して、与一はただ一人の女性を愛し、そのために生きようとする。(もっともそのために与一には彼女以外の他者がいないようにも見えるのですが……)
 そんな死にたがりと生きたがりの違いは、この巻の終盤においてクローズアップされることになります。

 果たしてこの極めて近く、そして同時に極めて遠い二人が互いを理解する日が来るのか――来るとすれば、それはこの『波弦、屋島』という物語が終わる時かもしれません。


 そしてまた、そんなギリギリの二人の周囲に生きる人間たちもまた、それぞれの想いがあります。
 この巻において、与一と接することでその一端が描かれたのは佐藤継信――奥州からやってきた佐藤兄弟の兄であります。義経に惹かれ、郎党となりながら、周囲とは目に見えぬ壁を感じている彼が、与一と触れて何を思ったか、そしてそれが何をもたらすのか。

 史実を知っていればそれは予想がつくのですが、さて――いよいよ次巻では屋島の戦が開戦、こちらにも注目であります。


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