« 木下昌輝『宇喜多の楽土』 運命に逆らい続けた人間が掴んだ夢のかたち | トップページ | 梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と »

2018.09.23

伽古屋圭市『ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人』 名作が導く二重構造の大正ミステリ


 デビュー以来、大正時代を舞台としたミステリを中心に活躍してきた作者による、新たな大正ミステリであります。神保町の古書店を舞台に、奇妙な日常の謎を無頼派の店主と好奇心旺盛な使用人の少女が解き明かす、なかなかユニークな連作です。

 関東大震災で職を失い、新たな働き口を求めてさまよう少女・石嶺こより。あちこちで断られた末に、最後に彼女が訪れたのは、神保町の古書店街の裏通り――その路地の奥にある古書店「ねんねこ書房」でありました。
 しかし無愛想な店の主人・根来佐久路からも門前払いされそうになったこよりは、佐久路のもう一つの稼業――萬相談に客が来たのをきっかけに、試験代わりに客の相談の背後にあるものを推理することになるのでした。

 同居する古書店員の兄が、夜毎大きなランプを手に出かけていくのを不審に思った少女の依頼。その兄の行動のヒントだと、佐久路はこよりに、芥川龍之介の『羅生門』(それも春陽堂の『鼻』収録版)を佐久路から渡されるのですが……


 この第1話を皮切りに、全5話で構成される本作。元気な少女が、気難しい(でも本当は心優しい)店主が営む小さな店に勤めることになって――というのは、これは今般のライト文芸では定番中の定番、そこにさらにミステリの要素が加わればなおさらですが、しかし本作ならではの独自要素を見逃すわけにはいきません。

 その一つが、関東大震災後の東京――大震災によって一度は灰燼に帰したものの、ようやく復興しつつある東京――という舞台背景であることは、もちろん間違いありません。
 しかしそれ以上にユニークなのは、ミステリとしての本作のスタイルにあるといえます。そう、変形の安楽椅子探偵とも言うべきスタイルに。

 古書店のほかにわざわざ萬相談――一種の探偵業を営むだけあって、佐久路は玄人はだしの推理力の持ち主。依頼人たちが持ち込む相談事の真相を、わずかな手がかりから、ほとんどあっという間に解決する――のは無理な場合でも、こうであろうという目星をつけてしまうのです。
 そしてその助手として、実際に証拠集めや調査に赴くのがこよりの役目なのですが、面白いのは、佐久路がこよりに対しても、謎解きを求めることであります。

 もちろんこよりはごく普通の少女、佐久路並みの推理は求めるべくもありませんが、佐久路は彼女にヒントを――それも「本」という形で示します。上で述べた芥川龍之介『羅生門』のほかにも、黒崎涙香『幽霊塔』、谷崎潤一郎『秘密』、村井呟斎『食道楽』、永井荷風『ふらんす物語』といった本を。
 この本と、そしてそれを手渡すときの佐久路の言葉をヒントに、こよりが佐久路の解いた謎に挑む――いわば本作は、二重構造のミステリと言えるのです。

 収録されたエピソードは、基本的にはいわゆる「日常の謎」がその大半を占めます。それ故に事件性は高くありませんが、この二重構造によって、物語に一定の緊張感がうまれ、そして(古)書店を舞台とする意味も生まれていると言えるでしょう。
(そしてまた、それまでほとんど本に触れたことがなかったこよりが、推理のために本を読んだことで感じる初々しい感動がまた良いのです)

 ちなみに表題作である最終話「文豪の訪ね人」は、その中で謎解きのヒントとなる『ふらんす物語』の作者である永井荷風が依頼人という一風変わったエピソード。
 荷風が可愛がっていたカフェーの女給が行方不明となったことに始まるこのエピソードは、大震災後という舞台の意味、ミステリとしての面白さ、そして有名人の登場という点もあって、表題作にふさわしい内容と言えるでしょう。


 このようにユニークな本作ですが、これまでの作者の大正ミステリを追ってきた読者としては、いささか残念な点もあります。
 それはミステリとしてだいぶおとなしいこと、とでも申しましょうか――作者の作品の多くでこれまで描かれてきた、全編を通じて仕掛けられる大きな謎やどんでん返しが本作になかったことが、いささか不満です。

 もちろん本作にも全編を通じての背骨とも言うべき謎は存在するのですが、少なくとも本作の時点ではそれが有機的に機能していたという印象は小さく、もっと刺激が欲しかった――というのが正直な印象です。
 あまり過激なものばかりを求めるのは、読者としてもあまり良くないことだとはわかってはいるのですが、この作者ならば、とついつい期待してしまったところであります。


『ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人』(伽古屋圭市 実業之日本社文庫) Amazon
ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人 (実業之日本社文庫)

|

« 木下昌輝『宇喜多の楽土』 運命に逆らい続けた人間が掴んだ夢のかたち | トップページ | 梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/67199824

この記事へのトラックバック一覧です: 伽古屋圭市『ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人』 名作が導く二重構造の大正ミステリ:

« 木下昌輝『宇喜多の楽土』 運命に逆らい続けた人間が掴んだ夢のかたち | トップページ | 梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と »