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2018.10.27

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第10巻 最終決戦目前! 素顔の張良と仲間たちの絆


 抗秦の戦いもいよいよ佳境、単行本もついに二桁に突入した本作。この巻では項羽サイドはほとんど(ただし、極めて重要な場面を除いて)描かれることなく、その全てで劉邦の、すなわち張良の戦いが描かれることとなります。関中を目前とした劉邦軍の行く手に待ち受けるものは……

 先に関中に入り、咸陽を落としたものが天下の王となる――そんな構図の下、再び合流した張良の策により天下の険たる函谷関を避け、武関を目指す劉邦軍。途中、調子に乗った劉邦のチョンボによって窮地に陥るも、張良の機転によって事なきを得た一行は、ついに武関を目前とすることになります。
 しかしここから先は秦の地、兵糧もさることながら兵の志気も考慮に入れることを進言する張良ですが――ここに状況を一変させるような報が入ります。

 そう、なんと秦軍を率いて項羽に真っ向から抗していた章邯が降伏し、これによって関中への障害がなくなった項羽は、一気に西進を始めることとなったのであります。

 これもまた張良の予想通りではあります。しかしこの報を受けて彼の中にたぎるのは、他人の手ではなくこの手で――すなわち項羽軍ではなく劉邦軍が秦を滅せねば気がすまないという強い想い。
 万事冷静さを崩さぬ彼にしては珍しく感情的な姿を見せる場面ではありますが――しかしそんなある意味素顔の彼を理解し、支える窮奇と黄石の姿が実にいい。そして二人の想いに応え、これが「私戦」だと――己の名が地に墜ちても本望と思い定める張良の姿もまた熱いのであります。

 そしてある意味箍を外した張良の策によって武関、そして嶢関攻めが行われることになりますが――ここで武関の将が金に汚いことをついてこれを宝物で落とす張良。
 そして武関の兵とともに嶢関に進軍する張良ですが、彼が珍しく気を緩める姿に不安感を覚えてみれば――いやはやこう来たか、と唸らされる展開が描かれることになります。

 なるほど、史実からすればこの展開以外はないのですが(尤も、あとがきによればこの辺りも作者の苦慮が窺われるのですが……)、しかしこの辺りの盛り上げ方の巧さは、これはやはり作者の業というものでしょう。


 そしてついに関中に入った劉邦と張良ですが――ここで描かれるのは秦国内の混乱と、二世皇帝・胡亥を傀儡とする宦官・趙高の専横の姿。あの有名な馬鹿(うましか)の故事もここで描かれることとなりますが――その後の国を売って己の身を長らえようとする姿といい、いやはや、権力者の醜悪さは古今東西を問わず変わらぬものと見えます。

 それはさておき、その趙高の誘いに対し、毅然と断ってみせる張良の姿もまた格好良いのですが――真に盛り上がるのはここからであります。
 混乱の中にあるとはいえまだまだ秦の国力は強大、正面から咸陽を落とすのは不可能。だとすればどうすればよいのか――ここで秦の「心を折る」策を進言、いや宣言する張良と、劉邦を始めとする仲間たちが張良を信頼する姿は、ほとんど最終決戦直前のような盛り上がりなのです。


 いや、まさしくこれが秦との最終決戦。張良が、劉邦が、窮奇が、そして黄石までもが己の命を賭けて挑む戦いの行方は、劉邦軍優位に進むのですが、ここである事件によって秦軍の志気が一気に高まることに……
 前には秦軍が立ちふさがり、後ろには項羽が迫る中、果たして劉邦と張良の戦いの行方は――心憎いほど先が気になるヒキで終わる第10巻であります。

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