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2018.10.31

『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』 名作原作の大作映画、そして健気な猫


 チェン・カイコー監督、染谷将太&ホアン・シュアン主演の大作――というよりこのブログ的には夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の映画化作品であります。日本では吹替版のみの劇場公開でしたが、ソフト版では字幕版も収録。私も字幕版で拝見しました。

 唐の時代――病気平癒の祈祷を依頼され、宮廷を訪れたものの、その眼前で皇帝が悶死するのを目の当たりにすることとなった空海。役人たちが死因を風邪とするのに違和感を感じた記録係の白居易(白楽天)は、空海にこの場で起きたことの真実を訪ねますが、彼はその場にいるはずのない猫がいたことを示すのでした。

 一方、宮中を守る金吾衛の陳雲樵の屋敷には、言葉を喋る黒猫が出没。妓楼で遊ぶ雲樵の前に現れた猫は、居合わせた空海と白楽天の目の前で雲樵の取り巻きたちを襲撃し、その場は阿鼻叫喚の惨状となります。
 さらに妓楼で雲樵に付いていた娘が蠱毒に倒れ、これを治療した空海。その腕を見込んだ雲樵の依頼を受けた空海は白楽天とともに彼の屋敷に向かうのですが――そこに現れたのは、猫に取り憑かれ、李白の詩を口ずさむ雲樵の妻でした。

 その詩が、かつて玄宗が楊貴妃のために開いた「極楽の宴」で李白が楊貴妃を詠んだ詩であることに強い関心を惹かれる白楽天。そして二人の前に現れた猫は、自分がかつて玄宗に飼われた猫であり、安史の乱の混乱の中、雲樵の父に生き埋めにされたことから、彼の家に祟ると語って姿を消すのでした。
 しかしなおも怪事は続き、犠牲者が相次ぐ中、玄宗と楊貴妃の過去にこそ事件の鍵があると推理する空海。そして極楽の宴に阿倍仲麻呂の姿があったことを知った空海は、その日記を紐解くのですが……


 冒頭に述べたとおり、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を原作とする本作。原作は単行本全4巻の大作ですが、本作はその骨格をかなり忠実に踏まえつつも2時間強にまとめており、原作での空海の相棒である橘逸勢の存在がそれはもう完璧にオミットされたことを除けば、印象としてかなり原作に沿ったものを感じさせます。
 妖猫の跳梁と宮中にまで繋がる怪異、阿倍仲麻呂も巻き込んで語られる楊貴妃にまつわる大秘事――と、原作の要諦は踏まえつつ、オープンセットの長安に代表されるうような中国の大作映画特有のパワーで一気に走り抜けてみせた作品、という印象であります。

 あまり空海が活躍していない、と感じる方も多いかと思いますが、原作でも空海の活躍はそれなりだったわけで、個人的には許容範囲という印象(尤も、タイトルがタイトルなので期待外れに感じた方が多かったのもわかります)。
 日本側のキャストが中国語の台詞を自分で喋っている(らしい)のも好印象であります。(とはいえ、これは上で述べたとおり、ソフトで初めて確認できるのですが)


 にも関わらず、一本の映画としてみるとちょっとどうかな――と感じさせられる部分も少なくないのが本作。
 なぜ妖猫が今頃活動を始めたのかが今一つ腑に落ちないように感じたり(以前から活動していたとしても、もっと早く関係者を根絶やしにできたのでは)、そもそも一介の沙門に過ぎぬ空海がなぜ冒頭で祈祷に招かれたのか等、入り組んだ物語だけに、細かい点が気になってしまったのは残念なところであります。

 それでも本作が愛すべき作品と感じられるのは――これはある意味原作から最も大きく改変された点と密接に繋がっているのですが――本作における妖猫の大活躍、いや大奮闘に依るところが大きいと言わざるを得ません。
 原作とは異なり、最後までほとんど出ずっぱりの妖猫。本作においては怪異の中心であり、いわば悪役である猫なのですが――その姿が実に泣かせてくれるのであります。

 楊貴妃の最期にまつわる因縁を抱え、ある人物の怨念と絶望を背負い、数十年にわたり跳梁を続ける猫。その姿は恐ろしくもあるのですが――それ以上に可愛い、あ、いや、健気としか言いようがありません。
 これはCGが良くできているため(極楽の宴のCGはかなり微妙だったのに……)ももちろんあるかと思いますが、それ以上に猫にグイグイ感情移入させるドラマ作りの賜物でもあるのでしょう。

 物語の構造がわかってから考えてみれば、本作は往年の怪猫映画的な味わいもあって――特に妓楼での大暴れはまさにそれで――ある意味、史上最もお金のかかった怪猫映画と呼べるのかもしれません。
 もちろんそれは、ある意味非常におかしく、失礼な評価なのですが――本作を観た方は、大いに頷いて下さるのではないかなあ、と感じる次第であります。


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