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2018.10.14

武川佑『細川相模守清氏討死ノ事』 天狗という救いを描く太平記奇譚


 「オール讀物」誌の本年8月号の特集「怪異短篇競作 妖し」に掲載された時代怪異譚であります。太平記の巻三十七「細川相摸守討死事付西長尾軍事」を下敷きに、足利幕府の管領にまで登り詰めながらも、幕府を追われ、南朝方として討ち死にを遂げた細川清氏を巡る奇怪な物語です。

 南北朝の動乱期に、足利尊氏に従って数々の軍功を挙げ、ついには二代将軍義詮の執事(=管領)となって権勢を振るった細川清氏。本作は、その小姓として仕えた少年・孫七郎の視点から描かれることとなります。

 かつて讃岐の寺で天狗に攫われかけたところを清氏に救われ、以来仕えるようになった孫七郎。その忠誠は清氏が佐々木高氏の讒言によって地位を追われ、それまで敵であった南朝方に下ってからも変わることなく続くことになります。
 そして楠木正儀とともに京を奪還した頃、正儀から京にあるという化け物屋敷の噂を聞いた清氏は、退治してくれんと孫七郎や正儀とともにその屋敷を訪れるのですが――そこに待ち受けていたのは、かつて孫七郎を襲い、清氏に右腕を落とされた天狗・白峰山相模坊だったのであります。

 魔界に堕ち、天狗と化した大塔宮に仕える相模坊から主を守るため、その片目を差し出した孫七郎。やがて京を追われ、讃岐に落ちた清氏を守るため、その相模坊の力を借りてまで奮戦する孫七郎ですが……


 一度は権力の頂点に立ちながらも、そのある意味猪武者ぶりが災いしてかその座を追われ、やがて従兄弟である細川頼之に討たれることとなった清氏。現代では決してその名を知られたとは言い難い人物の最期を、本作は冒頭に述べた通り太平記を巧みに引きつつも、本作ならではの独自性を以て描き出します。
 そしてその独自性こそが天狗――と言えば、太平記読者であれば、なるほどと納得してくれることでしょう。そう、時として歴史の隙間から顔を出した、あり得べからざる怪異の存在を記す太平記において、強く印象に残るのが天狗の存在なのですから。

 一般に堕落した仏僧が変化すると言われる天狗ですが、しかし太平記に登場するのは、むしろ強烈な恨みや怒りなどの念を残して世を去った者が魔界に堕ち、天狗と化した存在――武将や貴族、帝までもが天狗と変じ、この世に更なる争いと災いをもたらさんとする姿は、太平記の巻二十七「雲景未来記事」などに、生々しく描かれています。

 そしてその天狗たちの中心に在るのは、我が国最強の魔王とも言うべき崇徳院――と、ここで太平記では全く交わることのなかった(はずの)清氏と天狗が、興味深い接近をみせることになります。
 清氏が籠もり、最期を迎えた地は讃岐の白峰城。そして崇徳院が眠るのは白峰山――ここに清氏を守らんとする孫七郎と、崇徳院を守ろうとする相模坊ら天狗たちが思わぬ利害の一致を見せるというクライマックスの展開の妙には、驚き、感心するほかありません。

 しかもその孫七郎と天狗たちが繰り広げる共同戦線の内容がまた――とこれは読んでのお楽しみ。いやはや、ここまでこちら好みの展開が待ち受けているとは、とすっかり嬉しくなってしまったところであります。


 しかし本作に描かれるのは、天狗を用いた伝奇活劇の世界だけではありません。いやむしろ本作に濃厚に漂うのは、天狗にならざるを得なかった者たちの哀しみである――そう感じます。

 自業自得の気味はあるかもしれないものの、裏切られ、陥れられた末に、追い詰められて天狗へと近づいていく清氏。
 その姿はおぞましくも恐ろしいものですが、しかしそれだけに、この世に――すなわち人間の世界に居場所を無くし、もう一つの世界に足を踏み入れるしかなかった彼の、いや彼らの哀しみが、強く伝わってくように感じられるのです

 しかしそれは同時に、一つの救いであるのかもしれません。人間の世界からはじき出され、さりとて成仏することもできない彼ら天狗たちにも、生きる世界がある、同胞がいるのですから……
 本作の結末から伝わってくるものは、そんな不思議な安らぎの形――歴史からはみ出してしまった者たちへの、慈しみの視線とも言えるものなのであります。


『細川相模守清氏討死ノ事』(武川佑 「オール讀物」2018年8月号掲載) Amazon
オール讀物 2018年 8月号

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