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2018.10.20

木下昌輝『絵金、闇を塗る』 異能の絵師の一代記にして芸術奇譚、そして……


 天才的な才を持ちながらも、故あって表舞台から消え、今は土佐に残された芝居絵にその名を留めるのみの絵師・絵金。本作はその絵金――見るものをしてエロスとタナトスの迷宮に迷わせる魔性の絵を描いた男の物語であります。

 江戸末期に土佐に生まれ、服の上から相手の秘部を完璧に類推して描くという非凡極まりない才を幼少のうちから発揮した絵金。その才に目を付けた豪商・仁尾順蔵によって狩野派に送り込まれた彼は、江戸でわずか三年という異例の短期で修行を終了し、土佐に帰り、藩家老のお抱え絵師となります。

 しかし禁断の贋作に手を染めた咎により土佐から追放され、以降は町絵師として芝居絵などを手がけることになった絵金。
 そんな運命の変転も意に介さぬような彼の描く絵は、彼がどこにいようと何を描こうと、周囲の人々の中に潜む性への渇望を、あるいは死への欲望を掻き立て、破滅に向かわせることになります。そしてそんな人々の中には、歴史上に名を残す幾多の人物たちの名も……


 現在、土佐では年に一度の祭りの際に、町家でその芝居絵が飾られるという絵金。写真で目にするその芝居絵は、夜の灯りに照らされたものであったためか、どこか不吉な赤黒さをまとって感じられます。
 そして本作に描かれる絵金の存在にも、その不吉さはつきまとうことになります。

 初めて絵師としてその才を認められた少年時代。江戸でその破天荒な麒麟児ぶりを発揮した修業時代。地位に恵まれながら、不可解な事件に連座して追放されたお抱え絵師時代。そしてそれ以降、印象的な赤の色を多用した芝居絵を中心に描き続けた町絵師時代――本作はその絵金の生涯を、連作形式で描くことになります。。

 ところが、本作における絵金は、主人公であると同時に、むしろ狂言回しとしての性格を強く持つ存在でもあります。
 実のところ本作において、絵金の心の内が直接的に描かれる箇所はほとんど存在しないように感じられます。彼が何を想うのか――それはその奔放な言動に、そして何よりも彼の作品の中に、間接的に浮かび上がるばかりなのです。

 そんな本作においてもう一人の主役と言うべきは、絵金の絵に魅せられ、取り憑かれ、そして人生を狂わせた者たちであります。
 絵金を狩野派に送り込んだ仁尾、絵金の師である前村洞和、土佐の人斬り・岡田以蔵、若くして散った八代目市川團十郎、土佐勤王党の武市半平太、そして坂本龍馬。

 彼らは皆――特に彼が土佐を追われてから関わった者たちは――絵金とその絵に出会って以来、それまでとは全く異なる道を、それもひどく血腥い、死の匂いが濃厚に漂う道を歩むことになります。そしてそれは時に、この国の歴史に影響を与えたようにすら見えるのですが……

 その意味では、本作は一種の芸術奇譚とも言うべき物語ではあります。しかし本作の絵金は、超自然的な魔力を発揮して、人の心を操るような存在ではありません。
 彼はただ絵を描くのみ――人はただ、その絵の持つ深淵に飲み込まれ、そして新たな、いや本来の自分として生まれ変わるのです。そしてそんな人々が、歴史を動かし、時代を変えていく姿を、本作は描くのです。

 そしてそれは、時にひどく不気味で、忌まわしいことにも見えますが――しかし同時に、ひどく力強く、そして希望に満ちたものにすら感じられるものでもあります。

 絵金が学んだ画派――狩野派。言うまでもなく数百年の歴史を持ち、幕府お抱えとして江戸時代の絵の頂点にたつこの狩野派は、しかし決して新しい絵を描くことを許さず、ただ先人の模倣を以て事足れりとする存在として描かれます。
 それがどれだけ、自由な心を持つ絵師を、絵金を傷つけたか――それは作中でほとんどただ一度、絵金が火を噴くような激越な口調で語る言葉の中に現れます。。

 数百年に渡り、変わらぬ絵を描き続ける狩野派。それが本作において、同時に何を象徴するものであるかは言うまでもないでしょう。
 そう、絵金の絵は、変わらぬ絵を描く画派に挑んだもの。そしてその絵を見た者たちが、その狩野派が仕えた者たちが支配する、変わらぬ時代を変えてみせたのであれば――それは間接的に絵金が、絵金の絵が勝利したと言えるのではないでしょうか。


 性と死を異能の絵師の一代記であり、その絵に狂わされた者たちを描く芸術奇譚であり、そして時代に立ち向かい続けた者の勝利を描く勲でもある……本作はそんな物語であります。


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