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2018.10.25

門井慶喜『新選組の料理人』 人間になった狼の終焉、武士の時代の終焉


 幕末きっての武闘集団である新選組。しかし彼らも飯を食わなければやっていけない――というわけで、成り行きから新選組の賄方(料理人)となってしまった運の悪い男・菅沼鉢四郎の視点から新選組の興亡を描いた、極めてユニークな作品であります。

 禁門の変によって発生した大火――どんどん焼けによって、住んでいた長屋を焼かれた浪人・菅沼鉢四郎。妻子ともはぐれた彼は、偶然口にした会津藩の炊き出しを「まずい」と言ったことがきっかけで、新選組に引っ張り込まれることになります。
 というのもその炊き出しを担当していたのは新選組の十番隊組長・原田左之助。その左之助に見込まれてしまった鉢四郎は、唯一の取り柄である料理の腕を振るい、会津の炊き出しは大評判となるのですが……

 という第一話の展開を見れば――そして作品の題名をみれば――本作は鉢四郎がその料理の腕を活かして、新選組に降りかかる難題を解決していくのだな、と思ってしまうところですが、さにあらず。
 第一話でも、良かれと思って行った炊き出しの工夫が、彼の全く預かり知らぬところで大問題となり、文字通り詰め腹を切らされる寸前までいくことに――と、万事彼は貧乏くじを引く役回りなのであります。

 料理の腕以外は、侍としてはからっきしの鉢四郎。そんな彼は、左之助ら新選組の面々に振り回され、面倒に巻き込まれるばかり。
 ぜんざい屋事件、寺田屋事件、天満屋事件――そんな新選組と幕末の京阪で起きた事件の数々を、鉢四郎はそんな中で目撃していくことになるのであります。

 そしてその鉢四郎が目の当たりにする新選組の姿なのですが、これが良くも悪くも――いや主に後者の意味で――実に生々しい。
 政治家として隊士を駒のように動かす近藤(彼が坂本竜馬と対面した時の一手には仰天!)、剣の腕はいまいちだが内務の鬼の土方、女と酒にだらしない左之助、そんな左之助を軽蔑し対立する斎藤一……

 どれもお馴染みの新選組像から少し(悪い方向に)はずれつつ、それでいて妙に説得ある描写は、新選組ファンとしては実にツラいものがあるのですが、しかしその一方で妙に目を引き寄せられるものがあります。

 それは鉢四郎というある種の局外者の存在を通して描かれる点が大と思われますが、本作においては、そんな鉢四郎とは対になる、もう一人の主人公とも言うべき存在がいます。
 それが原田左之助――ある意味最も新選組隊士らしい男であります。

 先に述べたように、悪い意味で体育会系のキャラクターとして鉢四郎を大いに振り回す役どころの左之助。しかし本作はそれだけでなく、彼のある特徴に注目して物語を描いていくことになります。
 他の誰にもない、左之助のある特徴――それは彼が妻子持ちであることであります。

 いやもちろん、彼のほかに妻(というか愛人)がいる隊士は幾人もいます。作中で言及されるように、近藤には多摩に娘がいるわけですが――しかし京に妻と子を置いていたのは、なるほど左之助くらいのものであります。
 常在戦場は武士の習いですが、幕末においてそれを最も体現していたのは新選組でしょう。そんな状況で、さすがに同居はしていないものの、ごく身近に妻と子を置いている左之助は、ある意味士道不覚悟と言えます。

 士道と縁遠い鉢四郎ですら、成り行きとはいえ妻子と引き離されているという状況で、左之助の姿を面白くないと感じる者も少なくありません。
 そしてそれがやがて、決定的な事件を引き起こすのですが――なるほど、左之助を描くにこういう視点があったか、と感心させられるところですが、しかし本作はさらにその先を描いていくこととなります。

 戦場に生きる武士が一度家族を持ち、その温もりを知った時どうなるか。本作は左之助の姿を通じて、それを容赦なく剔抉するのであります。
 そしてさらにその武士から人間への――他の作品で描かれるのとはある意味逆のベクトルの――変化は、一人左之助だけのものではなく、新選組全体を覆うものであることが、終盤において明らかになるのです。

 しかし、そんな人間になってしまった新選組隊士たちから、その人間性を奪うかのような、二重に皮肉な結末をどう解すべきか――その変化を前にした鉢四郎と左之助の、ある意味逆転した姿は強く印象に残ります。


 料理という題材との食い合わせについては首を傾げる部分はありますが、「新選組」の、武士の時代の終焉を描く、ひどくシニカルで残酷な物語として、珍重すべき作品というべきでしょうか。


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