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2018.11.07

陸秋槎『元年春之祭』 彼女たちが挑む謎、彼女たちを縛るもの


 若手中国人作家による、作中に二度の読者への挑戦状が織り込まれた本格ミステリとして、そして何よりも前漢時代の中国を舞台として時代ミステリとして話題となった作品であります。山中の名家で起きた連続殺人に挑む天才少女を待ち受ける真実とは……

 時は武帝の下で漢(前漢)が栄華の絶頂を極めた天漢元年(紀元前100年)、長安の富豪の娘・於陵葵が、楚の山中に住まう観家を訪ねたことから物語は始まります。
 かつて楚に仕えて祭祀を司りながら、今は山中で古えの教えを守って暮らす観家。古礼に並々ならぬ関心を寄せる葵は、忠実な従僕の少女・小休を連れ、春の祭儀を目前としたこの地を訪れたのであります。

 そこで観家当主の末娘・観露申と出会った葵。才気煥発で広く世を旅してきた葵と、人は良いが世間知らずの露申は、正反対の性格ながらたちまち親しくなるのですが――しかしそこに思わぬ事件が起きます。
 この祭りのために長安から帰省していた露申の叔母が何者かに――それも周囲に人の目があった場所で――殺害されたのであります。

 若年ながら多くの知識を持ち、鋭い観察眼を持つことを見込んで、この一件の調べを露申の父から任された葵。露申を助手代わりに調査を始める葵ですが、しかしほどなくして第二の犠牲者がダイイングメッセージを残して殺害され、さらにまた……

 次々と観家に関わる人々を襲う姿なき魔手はどうやって犯行を行い、そしてその動機は何なのか。四年前に起きた観家の前当主一家惨殺事件との関係は。調査と対立の末、葵と露申は、犯人の恐るべき、そして深い想いを知ることになるのであります。


 古からのしきたりに縛られた旧家で起こる連続殺人という、実に古典的かつ魅力的なシチュエーションに、暴君のケのある天才少女探偵が世間知らずのお嬢様と忠実な召使いの少女を振り回すという、ある意味実に今らしい構図の本作。
 そのスタイルは、一種日本の新本格ミステリ的と言ってよいほどで――その衒学的な中国史の知識の連打をさて置けば、日本の読者にとってはむしろ親しみ易さを感じさせるのではないでしょうか。
(というのは、作者が日本のミステリファンであるため、むしろ当然の仕儀なのかもしれませんが……)

 しかしそのフェアで端正に描かれたミステリとしての部分、様々な中国古典の引用が(訳文抜きで)乱れ飛ぶ衒学味など、本作を構成する数々のユニークな要素の中で、何よりも強烈に印象に残るのは、実にヒロインたちの関係性であります。
 強烈なキャラクターの葵を中心に、露甲や小休といった若い女の子たちがわちゃわちゃと入り乱れる様は、ある種の趣味を持った方にはおそらく非常に魅力的であるはず。さらにその関係性は後半に至って全く意外な方向に変質し、とてつもない泥沼ぶりを見せてくれるのですからなおさらであります。

 しかしあるいはこの葵の暴君ぶりに、その知識に裏付けされた突拍子もない視点に、反感を覚える方も少なくないかもしれません。
 そして本作の他の女性キャラのほとんどが――そしてそれは同時代の女性たちも同様だったはずですが――家というものに縛られているのに対し、供を連れて気ままに旅する彼女の姿はあまりに異質にも感じられます。

 しかし本作においては冒頭からさりげなく、そして物語が進むにつれてはっきりと、葵もまた古からの理不尽なしきたりに縛られた存在であることを、明確に描くことになります。
 そして彼女が自由奔放に振る舞えば振る舞うほど、冷徹な論理を振りかざせば振りかざすほど、彼女を縛るものの大きさ、重さはより鮮明なものとして感じられるのです。

 ……先に述べたとおり、本作はミステリであると同時に、様々な顔をを持つ作品であります。それゆえに、どこに魅力を感じるかは人それぞれかもしれません。しかし私はまさにこの点――彼女を、彼女たちを縛るものの大きさと、それに必死に挑む彼女たちの姿を描いた点に魅力を感じます。
 それは本作がこの時代を舞台にして初めて描けるもの、すなわち、本作をして時代ミステリたらしめている根幹なのですから。
(そしてその構図を、現代の隣国の人々に重ねて見るのはさすがに牽強付会が過ぎるかもしれませんが)


 邦訳ではオミットされていますが、本作の原題に付された副題は「巫女主義殺人事件」。何とも奇妙なものを感じさせるこの副題が、どれだけ本作の内容を忠実に反映したものであるか――本作を最後まで読み通した時、痛切なまでに胸に突き刺さるのです。


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