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2018.12.09

鷹野久『向ヒ兎堂日記』第6-8巻 彼らの戦いの結果、彼らの叶えた望み


 以前途中までしか紹介していなかった作品、それもだいぶ前に完結した作品を今頃で恐縮ですが――怪異や怪談が取り締まられるようになった明治時代を舞台に、怪談を集め、怪(あやかし)が集まる貸本屋・向ヒ兎堂を舞台とした物語のラスト3巻をご紹介いたします。

 かつての陰陽寮を母体とする国の機関・違式怪異取締局によって、妖怪変化など怪たちと、彼らのことを記した怪談が取り締まられていく時代。そんな中、密かに怪談を集める向ヒ兎堂には、人間に化けた様々な怪たちが集まるようになります。
 そして向ヒ兎堂店主・兎崎伊織も、人間でありながら鬼や天狗に育てられ、怪を見ることができる不思議な片目を持つ青年。怪が失われていく世情を憂う彼らは、密かに怪を保護していたのですが――それはやがて、取締局との対立に繋がっていくこととなります。

 そんな中で明らかになっていく取締局の企み。新時代となり解体された陰陽寮の人々は、怪を手中に収め、それを使役して騒ぎを起こすことによって、自分たちの必要性を世に示そうとしていたのであります。
 そして伊織も知らなかった彼の出生もまた、陰陽寮に繋がるもの――彼こそは安倍家の正統の血筋であり、強大な鬼・白姫の血を文字通り受けた存在だったのです。

 これまで何かと縁を持ち、取締局のやり方に反対して離反した局員・都築夫妻と手を組むことになった伊織と怪たちは、ついに帝都に怪たちを放った取締局に全面対決を挑むことに――


 と、ノスタルジックでのんびりした空気の流れる連作怪異譚であった序盤から大きくストーリーは動き、伝奇活劇的な展開となっていった本作。
 決して派手な術合戦などが繰り広げられるわけではありませんが、まだ闇深い帝都の夜を舞台に繰り広げられる本作ならではの攻防戦は、次々と明らかになる伊織や周囲の人々・怪の因縁も相まって、大いに盛り上がります。

 しかしそんな中でも、当初のムードが薄れないのも面白いところで、人間とは価値観や感覚が異なる怪たちはあくまでもマイペース。真剣な戦いの中でも、やはりどこか呑気な感覚があるのに、ホッとさせられます。
 そしてそれはまた、この戦いが――少なくとも向ヒ兎堂側にとっては――相手を滅ぼそうというものではなく、自分たちの存在を認めさせるためのものであるからなのでしょう。

 そう、第5巻の紹介でも述べましたが、取締局が怪を取り締まり使役しようとするのは、自分たちがこの世から、時代から忘れ去られないようするため。そして向ヒ兎堂が怪を、怪談を守るのは、怪たちの存在がこの世から、時代から忘れ去られないようするため。
 その目的、望みという点を見れば、両者は同じものを求めていると言ってもいいかもしれません。

 しかしもちろん、その望みは基本的に併存できるものではありません――少なくとも、取締局が今のやり方を続ける限りは。
 それを変えるべく奮闘した伊織の、都築の、周囲の人々・怪たちの戦いの結果がどうなったか? それはもちろん、決して甘いばかりのものではありません。いくつもの傷と痛みが残り、それはこの先も残っていくものでもあるでしょう。

 しかし同時にそれは、この先に希望の光を示してくれるものでもあります。少なくとも、この物語そのものが次の物語を生み出すという結末は、彼らの存在が語り継がれていったということにほかならないのですから……


 最後の最後まで温かい空気感を漂わせていた本作。一つの物語が終わったにもかかわらず、まだどこかに彼らがいるような気持ちになってしまうのは、その空気感があればこそであり――そしてそれこそは彼らが望んだものなのだと、心から思うのです。


『向ヒ兎堂日記』(鷹野久 新潮社バンチコミックス)



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