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2018.12.08

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』


 北から来た美少女陰陽師が江戸を騒がす怪異と対決する短編連作シリーズも8章に突入。この章は意外なクロスオーバーあり、シリーズの方向性の転換(?)ありと、バラエティに富んだ物語が展開いたします。

『笑い榎』
 友人である草紙屋・薬楽堂の先代・長右衛門が耄碌したという噂に、店を尋ねた左吉の主・倉田屋。しかし長右衛門が中庭の榎が時折大声で笑うと語ったまさにその時、倉田屋もその笑い声を聞くことになるのでした。
 倉田屋の依頼で薬楽堂を訪れた百夜は、そこで居候で目下スランプ中の戯作者・本能寺無念と出会って……

 というわけで、平谷美樹ファンには仰天のクロスオーバーである本作。『草紙屋薬楽堂ふしぎ草紙』シリーズの薬楽堂の面々、特に無念の登場にはさすがに驚かされました。
 といっても本作の発表は2015年11月、『草紙屋薬楽堂ふしぎ草紙』のシリーズ第一弾はその約一年後なので、むしろスピンオフということになるのかもしれませんが……

 それはさておき、考えてみればどちらも文政年間の物語(実は細かいことをいえば色々あるのですがそれはまた次回)――『薬楽堂』は怪異に見えた事件をロジカルに解決するミステリ、本作はミステリ味の強い怪異譚と、方向性は正反対ですが、こうして交わってみると違和感がないのは面白いところです。
(というより『薬楽堂』の主人公であり、一番怪異否定派の金魚が登場しないのが、大きいのかもしれませんが)

 さて、本作で描かれるのは一風変わった怪異ですが、百夜が解き明かすその真実はそれに輪をかけてユニーク。一種の霊異譚ではありますが、そこに戯作者の業が絡むのは、『薬楽堂』的といえるかもしれません。
 にしても無念は、やはり基本的に陰のキャラクターなのだなあ……


『俄雨』
 とある呉服屋の隠居所で、晴天の日であっても毎晩深更に聞こえてくる、俄雨の降るような音。実はその屋敷は、数年前に足抜けした遊女とその恋人が心中したという曰く付きだったことから、震え上がった当代の主人は、百夜に依頼してくることになります。
 偶然、数日前に隠居と知り合っていた百夜は早速屋敷に向かいますが、そこで彼女が感じた気配とは……

 表紙の、早春に咲く梅の花を前にした百夜の笑顔が印象に残る本作。描かれる事件は、シリーズに幾度かあったように記憶している幽霊屋敷もので、あまり特徴はないようにも思われるのですが――しかし実は本作にはこれまでにない大きな特徴があります。
 それが一種の引っかけとなっているところもあり、ここではその内容には触れませんが、ようやく百夜の念願も叶ったというところでしょうか。

 閑話休題、これまでと趣向はいささか異なっているものの、怪異の謎に対峙する百夜の姿勢は変わることがありません。その彼女が明かす真実とは――これはちょっとヒエッと言いたくなるようなものなのですが、それに対する百夜の選択にもまた驚かされます。
 これで良いのかと考えさせられる一方で、しかしこれが最良なのだろうと思わされるその答えは、やはり百夜が元々は生者と死者を繋ぐイタコだから――と思うべきでしょうか。幾重にも捻りの効いた作品であります。


『引きずり幽霊』
 板橋宿の岡場所で遊んだ帰り、見えない何かに絡みつかれ、引きずり倒されたおばけ長屋の住人二人。自分たちを引きずっているのが十人もの女郎の亡魂であることに気付いた二人は、命からがら逃れると、百夜のもとに駆け込むことになります。
 実は最近板橋宿で同様の被害が増えていると知った百夜は、左吉を囮に幽霊たちの正体を探るのですが……

 夜道で亡魂たちに捕まり、どこかへ引きずられていくという、冷静に考えれば非常に恐ろしい怪異が描かれる今回。しかしこれも冷静に考えれば、女郎たちは何故男たちを捕らえるのか、どこへ引きずって行こうというのか、謎だらけであります。
 もちろん本作の肝はその謎解き。百夜がクライマックスでその謎を知る手段はちょっと反則の気もしますが、しかしそこで明かされる女郎たちの行動の理由と、女性ならではの心情がなんとももの悲しくも切なく印象に残ります。

 実は今回も前話同様、これまでとは異なる趣向の内容なのですが――考えてみればだいぶ前にレーベルのタイトルも「九十九神曼荼羅シリーズ」から「夢幻∞シリーズ」と変わっていることもあり、あるいはこの先世界観が広がっていくのかもしれません。もちろん、それはそれで大歓迎であります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『笑い榎』 Amazon/ 『俄雨』 Amazon/ 『引きずり幽霊』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖43 笑い榎 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖44 俄雨 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖45 引きずり幽霊 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


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