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2018年12月

2018.12.31

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(単行本編)

 今年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する2018年のベストランキング、大晦日の今日は単行本編であります。2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について6作品挙げます。

1.『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)
2.『敗れども負けず』(武内涼 新潮社)
3.『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)
4.『虎の牙』(武川佑 講談社)
5.『さよ 十二歳の刺客』(森川成美 くもん出版)
6.『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA


 第1位は角川春樹小説賞受賞に輝き、そして直木賞候補ともなった作品。平安時代を舞台に、鬼や土蜘蛛と呼ばれたまつろわぬ者たち「童」の戦いを描く大作であります。
 本作で繰り広げられる安倍晴明や頼光四天王、袴垂といった平安オールスター戦の楽しさはもちろんですが、何より胸を打つのは、自由を――自分たちが人間として認められることを求めて戦う童たちの姿であります。痛快なエンターテイメントであると同時に、胸を打つ「反逆」と「希望」の物語で。

 第2位は、昨年辺りから伝奇ものと並行して優れた歴史小説を描いてきた作者の収穫。上杉憲政、板額、貞暁――戦いには敗れたものの、人生において決して負けなかった者たちの姿を描く短編集であります。
 各話それぞれに趣向を凝らした物語が展開するのはもちろんのこと、そこに通底する、人間として望ましい生き様とは何かを希求する視点が実に作者らしい、内容豊かな名品です。

 そして第3位は、大友ものを中心とした戦国ものを引っさげて彗星のように現れた作者の快作。悪鬼のような前半生を送りながらも、周囲の人々の叱咤と愛によって改心し、聖人として落日の大友家を支えた「豊後のヘラクレス」の戦いを描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき作品です。
 まさしく孤軍奮闘を繰り広げる主人公が、運命の理不尽に屈しかけた周囲の人々の魂を救うクライマックスには、ただ感涙であります。

 そして第4位は、これまた昨年から歴史小説シーン活躍を始めた新鋭のデビュー作。武田信虎という、これまで悪役として描かれがちだった人物の前半生を描く物語は、戦国時代の「武士」というものの姿を浮き彫りにして目が離せません。
 そして何よりも、その物語の主人公になるのが、信虎の異母弟である山の民――それも山の神の呪いを受けた青年――という伝奇味が横溢しているのも嬉しいところです。

 第5位は児童文学から。義経に一門を滅ぼされ、奇跡的に生き延びて奥州に暮らす平家の姫君が、落ち延びてきた義経を狙う姿を描くスリリングな物語であります。
 平家を単なる奢れる敗者として描かない視点も新鮮ですが、陰影に富んだ義経の姿を知って揺れる少女の心を通じて、人間性への一つの希望を描き出すのが嬉しい。大人にも読んでいただきたい佳品です。

 そして第6位は、文庫書き下ろしで大活躍してきた作者が、恋川春町の最後の日々を描いた連作。戯作者としての、そして男としてのエゴとプライドに溺れ、のたうち回る主人公の姿は、一種私小説的な凄みさえ感じさせますが――しかし何よりも注目すべきは、権力に対する戯作者の意地と矜持を描いてみせたことでしょう。
 デビュー以来常に弱者の側に立って笑いとペーソスに満ちた物語を描いてきた作者の、一つの到達点というべき作品です。


 さて、そのほかに強く印象に残った一冊として、操觚の会によるアンソロジー『幕末 暗殺!』を挙げておきます。書き下ろしのテーマアンソロジー自体は珍しくありませんが、本書はタイトル通り、幕末史を彩った暗殺を題材としているのが面白い。
 奇想天外な幕末裏面史として、そして本年も大活躍した歴史時代小説家たちの豪華な作品集として大いに楽しめる一冊です。


 というわけで、駆け足となりましたが、今年の一年をベストの形で振り返りました。もちろんあくまでもこれは私のベスト――決して同じ内容の人はいないであろうベストですが、これをきっかけに、この二日間採り上げた作品に興味を持っていただければ幸いです。

 それでは、来年も様々な、素晴らしい作品に出会えることを祈りつつ……


童の神

今村翔吾 角川春樹事務所 2018-09-28
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敗れども負けず

武内 涼 新潮社 2018-03-22
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大友の聖将

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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虎の牙

武川 佑 講談社 2017-10-18
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さよ 十二歳の刺客 (くもんの児童文学)

槙 えびし,森川 成美 くもん出版 2018-11-03
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恋の川、春の町

風野 真知雄 KADOKAWA 2018-06-01
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 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

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2018.12.30

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年も一年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する、2018年のベストランキングであります。今回は2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について、まずは文庫書き下ろし6作品を挙げたいと思います。

1.『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)
2.『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ)
3.『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫)
4.『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫)
5.『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)
6.『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫)


 第1位は、これは個人的には文庫書き下ろしにおける妖怪時代小説の一つの完成型ではないか、とすら思う作品。死んでぬりかべになった父を持つヒロインが奮闘する『九十九字ふしぎ屋商い中』シリーズの第3弾ですが、とにかく表題作が素晴らしい。
 妻を亡くしたばかりの隠居同心宅に現れる不思議な影法師。はじめは同心の妻の幽霊かと思われたその影は、しかしやがて様々な姿を見せ始めて――と、ちょっといい話と思いきやゾッとさせられて、そして意外な結末へ、と二転三転する物語には感心させられたり泣かされたり。作者は期間中、幻となっていた『あやかし同心捕物控』シリーズも再開し、いま脂が乗りきっているといえるでしょう。

 第2位は、平安ものを得意とする作者が鎌倉時代初期の京を舞台に、和歌マニアの青年と武芸の達人の少女を主人公に繰り広げるコミカルな時代奇譚の第2弾。今回はタイトル通りに奇怪な首なし武者事件に巻き込まれる二人ですが、その背後には哀しい真実が……
 と、個性的過ぎるキャラクターのドタバタ騒動で魅せるのはいつもながらの作者の得意技ですが、本作はそれに史実――この時代、この人々ならではの要素が加わり、新たな魅力を生み出しているのに感心です。

 そして第3位は、今年もバラエティ豊かな作品で八面六臂の活躍を見せた作者の作品の中でも、久々の義経ものである本作を。兄に疎まれ、奥州に逃げた源義経が、妻子とともに何者かに殺害された姿で発見されるというショッキングかつ何とも魅力的な導入部に始まり、その謎が奥州藤原氏の滅亡、そしてその先のある希望に繋がっていく物語は、『義経になった男』で時代小説デビューした作者の一つの到達点とも感じられます。
 ちなみに作者は今年(も)実にバラエティ豊かな作品を次々と発表。どの作品を採り上げるか非常に悩んだことを申し上げます。

 第4位は南北朝時代を背景に、副題通り吉野――南朝の姫君が、お忍びで向かった京で出会った義満と世阿弥とともに繰り広げる騒動を描く作品。今年も何かと話題だった室町時代ですが、本作はライト文芸的な人物配置や展開を見せつつも、混沌としたこの時代の姿、そしてその中でも希望を見いだそうとする若者たちの姿が爽快な作品です。
 個人的には作者の以前の作品を思わせるキャラクター造形が嬉しい――というのはさておき、作品のテーマを強く感じさせる表紙も印象に残ります。

 続く第5位は、期間中、ほとんど毎月、それもかなりバラエティに富んだ新作を刊行しつつ、水準以上の内容をキープするという活躍を見せた作者の、新たな代表作となるであろう作品。孤島に居合わせた六人の男女が次々と奇怪な手段で殺される――という、クローズドサークルものど真ん中のミステリである(本作が時代小説レーベルではないことに注目)と同時に、時代ものとしてもきっちりと成立させてみせた快作です。

 そして最後に、本作がデビューした作者のフレッシュな伝奇活劇を。いまだ混沌とした戦国時代を舞台に、長き眠りから目覚めた「神」と、その巫女に選ばれた少女を巡り、一人の少年が冒険を繰り広げる様は、時代伝奇小説の王道を行く魅力があります。
 その一方で、神の意外な正体や目的、そして張り巡らされた伏線の扱いなど、これがデビュー作とは思えぬ堂々たる作品で、今後の活躍が楽しみであります。


 ちなみにもう一つ、本年印象に残ったのは、本格ミステリ作家たちが忍者(の戦い)をテーマに描いたアンソロジー『忍者大戦』。『黒ノ巻』『赤ノ巻』と二冊刊行された内容は、正直なところ玉石混淆の部分もあるのですが、しかし時代小説初挑戦の作家も多い中で描かれる物語は、それだけに魅力的で、ユニークな企画として印象に残りました。

 と、振り返ってみれば、図らずも平安・鎌倉・室町・戦国・江戸と散らばったラインナップになりました。保守的なイメージの強い文庫書き下ろし時代小説ですが、その実、多様性に溢れていることの一つの証――と申し上げては牽強付会に過ぎるでしょうか?


おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2017-10-11
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百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)

瀬川 貴次 講談社 2018-07-20
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義経暗殺 (双葉文庫)

平谷 美樹 双葉社 2018-02-15
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室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

阿部 暁子 集英社 2018-01-19
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猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

鳴神 響一 幻冬舎 2017-12-06
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勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

高代 亞樹 角川春樹事務所 2018-03-13
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 高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの

 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

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2018.12.29

みなと菫『龍にたずねよ』 戦いの果ての龍との対話に


 『夜露姫』でデビューした新鋭による、戦国ファンタジー児童文学であります。男勝りの姫が人質で送られた先で、彼女の前に現れた、狐と呼ばれる謎の少年――二人の出会いが、戦国の世に奇跡を生むことになります。

 海沿いの青海の国で、男たちに混じって元気に暮らしてきた領主の末娘・八姫。ある日突然、山中にある隣国の萩生に人質として送られることとなった彼女は、萩生に向かう途中に現れた不思議な少年から、これから先は命がけの戦いになると謎めいた言葉をかけられるのでした。

 粗暴で仲の悪い兄弟が治める萩生で、意地の悪い奥方にいびられる暮らしを送ることになった八姫。そんな彼女にとって味方は、先代の領主である「おじじ様」と、彼に仕える下働きの――そして山中で彼女の前に現れた――少年、「狐のゴンザ」こと権三郎のみ。
 辛い中でも彼らとそれなりに楽しい日々を送る八姫ですが――突如、大国である羽田が萩生に侵攻、城兵ほとんどを率いて打って出た領主兄弟は大敗して、萩生は窮地に陥ることになります。

 残された手段は、青海に援軍を請うことのみ。その役目を買って出た八姫は、父への密書を懐に、ゴンザとともに敵兵のうろつく危険な夜の山中を行くことになるのですが……


 戦国時代を舞台としつつ、架空の国を舞台に描かれる本作。主人公が十代の少女ということもあり、賑やかであまり堅苦しくない印象も強い作品ですが(何しろ八姫は愛用の薙刀に「茜ちゃん」なる名前をつけていたりします)、しかしやがて物語は、この時代の過酷な姿を示すことになります。

 戦国大名たちが天下を求めて大軍を率い、華々しくぶつかり合うイメージが強い戦国時代。しかしそれはあくまでもごく一部の話、多くの大名は合従連衡を繰り返し、そして弱ければ見捨てられ、そして攻められるのが習いであります。
 そして攻められれば――そこに生まれるのは無惨な死、であります。

 勇猛な戦いに憧れて無邪気に武器を振り回し、出陣する人々に声援を送っていても、ひとたびその死の姿を眼前にすればそこに生まれる想いは、それまでのものとは大きく変わらざるを得ません。そんな八姫たちの姿は、それまでの彼女たちが明るく賑やかであったからこそ、胸に刺さります。
 そしてそこから敵意を燃やし、自分たちも戦いたいと思うようになるのは、ある意味当然ではありますが――それはそれで、悲しいことというほかありません。その悲しみの姿を、本作は終盤で、意外な形で浮き彫りにすることになります。

 萩生に昔から残る龍の伝説。かつて領主に祀られていたという龍の力を求めて、八姫とゴンザは山の奥に向かうことになります。そして苦難の果て、ついに対面した龍が語る真実とは、そして救いの代償とは……
 果たしてその代償を払ってまで、戦いを繰り返す人間たちを救う意味があるのか? 龍の語る言葉からは、そんな想いが胸に浮かびます。しかしそれと同時に、これまで物語で描かれてきたものこそが、その答えであり――登場人物たちの想いを力強く肯定する姿は、なかなかに感動的であります。


 ただし、こうして物語で描かれた様々な要素が、うまく収まるべきところに収まっているかはいささか疑問が残るところではあります。
 特にエピローグは、その前に描かれた龍との対話の内容を考えれば、そこに至るまでの道を、もう少し丁寧に描くべきではなかったのか――と強く感じます。

 もちろん、波瀾万丈の戦国ファンタジーとして読む分には、本作はキャラクターも、物語展開も、実に楽しい作品ではあります。しかし同時に、それに留まらない、その先にあるものの姿を垣間見せた以上は、もう少しそこに踏み込んで欲しかった――というのは贅沢な望みでしょうか。


『龍にたずねよ』(みなと菫 講談社)

龍にたずねよ

みなと 菫 講談社 2018-07-19
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2018.12.28

寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第3巻 嵐の時代に生きる料理人の心意気


 ミスター味っ子こと味吉陽一(と堺一馬)が幕末にタイムスリップ、勝海舟を料理で助けて歴史を動かす――と驚天動地の設定の本作も第3巻。時代は1864年まで進み、いよいよ大きく歴史が動き出しました。この巻のメインとなるのは長州と薩摩の料理合戦、その果てに待つものは……

 何故か勝海舟が腹を減らすたびに幕末にタイムスリップし、ついでに(?)料理で歴史を揺るがす事件を解決する羽目になってしまった陽一。その後、一馬までも同様にタイムスリップするようになり、何だかすっかり慣れてしまった感のある陽一たちですが――しかしそんな間もどんどん事態は深刻の度合いを増していくことになります。

 そんな中、激しく対立する長州と薩摩を何とか和解させようとする陽一。一度は和解したように見えた両者ですが、どちらが主導権を持つかで再び対立したのを、海舟は料理勝負で決着をつけようと提案するのでした。
 それを受けた両者はそれぞれ代表選手を選びだすのですが――長州が選んだのは、奇兵隊所属の農民出身の天才少年料理人・タカ、そして薩摩側は藩の台所頭で四条流皆伝の少女・徳。

 かくて浅草寺境内で、江戸の町民たちを判定役に、料理勝負が始まることに……


 というわけで、今回陽一と一馬を差し置いて料理勝負を繰り広げるのは、この幕末の天才料理人二人。もちろんどちらも只者ではなく、そして繰り出される料理も尋常なものではありません。
 特に帝の口に入れる料理を作る四条流を操る徳は、その流派的に雅やかな料理を作るかと思いきや――まさかのとんでもないド派手な料理が炸裂。一馬がメタに言及するとおり、「これぞ味っ子ワールドって感じ」の盛り上りを見せることになります。

 が、しかし本作はそれだけでは終わりません。思わぬ(?)乱入者もあって料理勝負が波乱のうちに終わった後、成立したのはいわゆる薩長同盟。そして倒幕の動きが激化する中、幕府の第二次長州征伐が始まることになります。
 この第二次長州征伐は幕府側の戦意が乏しく、幕府の衰亡を決定づけたことで知られていますが――しかしその結果に至るまでに、日本人同士の戦闘が行われたのは事実。そしてその戦闘の中、初陣を経験したタカが見たものは……

 そう、そこにあるのは、食の喜びとは対極にある、無惨な死の姿。それを目の当たりにした彼は、そしてそこに現れた徳は、長州人薩摩人としてではなく、料理人として一つの道を選ぶことになるのであります。
 そこにあるのは、これまで陽一たちを通じて断片的に描かれていたもの――食を楽しむことの大前提というべき平和の尊さであり、料理を通じて自分たちなりにその道を目指そうとする料理人の心意気なのであります。

 はっきり言ってしまえば、陽一や一馬は部外者。このような想いも、所詮は平和な時代からやってきた人間の勝手な感慨と言えるかもしれません。
 それをこの巻では、タカと徳の姿を――実際にこの時代を生きた料理人の姿、それも現実にぶつかりながらも少年少女ならではの理想を諦めない姿を通じて、より鮮明な形で描き出したと言えるでしょう。

 もっとも、このようにタカと徳がほとんどこの巻の実質的な主人公であったこともあり、陽一の活躍が少なめ(終盤、ある有名人相手に一馬とタッグを組んで一泡吹かせる展開は痛快でしたが)だったのは少々残念ではあります。
 しかしこの巻で描かれたものは、この先に描かれるであろうクライマックス――幕府にとっても、海舟にとっても、江戸にとっても大きな意味を持つあの歴史的出来事に向かって物語が突き進んでいく中、大きな意味を持つだろうと、そう感じるのであります。


 などと思っていたら、ラストにはあの超重要人物が、また本作らしい破天荒なイメージで登場。果たしてこのお方が、この先の物語でどのような役割を果たすのか――まだまだ一波乱も二波乱もありそうです。


『ミスター味っ子 幕末編』第3巻(寺沢大介 朝日コミックス)

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2018.12.27

霜島けい『とんちんかん あやかし同心捕物控』 新作で帰ってきたのっぺら同心!


 あののっぺら同心が、帰ってきました。正真正銘の(?)のっぺらぼうながら、江戸を守る南町奉行所の腕利き同心である柏木千太郎が、復刊した前2巻に続き、新作で活躍することになったのであります。いつも人間とあやかしの間で起きる不思議な事件ばかり扱う羽目になる千太郎の今回の活躍は?

 人間の同心の父と八王子の狐の母の間に生まれたのっぺらぼうでありながら、頭の切れと腕の冴え、そして何よりもその正義感の強さとさっぱりした気性から、いまや江戸では知らぬ者とてない人気者の千太郎。
 のっぺらぼうくらいで驚いたら江戸っ子の名折れ、という町の人々の声援を受け、彼は今日もお江戸の怪事件に颯爽と挑むのです。

 そんな本シリーズは、かつて廣済堂モノノケ文庫で2作が発表されたものの、レーベルの消滅に伴い惜しくも中絶していたもの。それが最近アンソロジーに収録されたこともあってか見事復活し、先の2作に続き、本書が書き下ろしで登場したというわけなのです。


 さて復活第1作にして表題作の『とんちんかん』は、盗人と疑われて番屋に突き出された少女・お駒にまつわると、千太郎たちが出会ったことから始まる物語であります。

 跳ねっ返りの元気な娘ながら、幼い頃に水害で両親をなくし、人買いに売られるなど辛酸を舐めてきたお駒。そんな彼女の周囲では、盗まれたものが見つかったり、彼女を傷つけようとした人間が叩きのめされたりと、奇妙な出来事ばかりが起きていました。
 そんな彼女に何くれとなく目をかけるようになった千太郎たちは、お駒の周囲に怪しげな男が出没しているのに気づきます。どうやらお駒は彼を知っているようなのですが……

 辛い暮らしを送りながらも明るさを忘れない少女と、彼女を影ながら支える人物――というのは、人情ものでしばしば見かけるシチュエーションですが、しかし本作ではその人物というのが怪しい、いや妖しい。何しろこの男、川で何度も土左衛門になって見つかりながら、そのたび息を吹き返して――と、なるほどこれは千太郎向きの事件であります。

 果たして男は何者なのか、そして何故お駒を助けるのか。そしてお駒は何故彼を避けるのか? その謎の先にあるのは、相手を想う気持ちが、かえって相手を苦しめてしまう――しかしそれが善意なのがわかるからこそ尚更悲しい――想いのすれ違いであります。
 そんな切ない想いを描く一方で、お駒を救うために千太郎たちが繰り広げるとんでもない作戦は実に愉快で――そして彼が悪に見せる怒りの凄まじさも印象に残る、復活作に相応しい作品です。


 そして後半の『憑き物』は、題名通りに一風変わった憑き物が、それも千太郎に憑くというユニークな一編であります。
 何者かに刺し殺された男を看取った千太郎。しかしその男に掴まれた彼の腕は奇妙に腫れ上がり、やがてその腫れは人間の顔のようになってしまいます。ついには目を開き、喋りだした腫れ物――そう、千太郎の腕にできたのは、人面疽だったのです。

 しかもその顔は、殺された男の顔。千太郎に何かを託そうとしていた男の想いが、人面疽となったのだと思われたのですが――しかし人面疽は自分を誰が、何故殺したのか、肝心なことを覚えていません。やたらと気が短く、鼾のうるさい人面疽に悩まされつつ、千太郎は謎を追うのですが……

 というわけで、顔のないのっぺらぼうと、顔だけの人面疽という組み合わせだけで、既に本作は面白いのですが――しかし本作の魅力はもちろんそうした楽しさ、可笑しさだけではありません。

 本作の魅力は人面疽が自分を殺した相手を確かに見ているはずなのに、知らないと言い張るという謎――第1話以上に強いミステリ味と、その背後に隠された想いにあります。
 実のところ、その真実は、それだけ見れば、さまで珍しい内容ではないかもしれません。しかし本作以外あり得ないような奇っ怪なシチュエーションを通じて描かれるその真相は、そこまでしなければならなかった想いの存在と、その強さを強く浮き彫りにするのです。


 人とあやかしの間に立ち、双方の世界を知る千太郎の活躍を通じて、人もあやかしも決して変わらない――いや、人ならぬ身だからこそより一層強く感じさせる――情の姿を描く本シリーズ。その復活編として、本書は笑いあり、涙ありと、期待通りの楽しさを見せてくれました。

 久方ぶりに復活したこのシリーズが、この先どのような物語を、どのような情の姿を描いてくれるのか――シリーズ開始当初から応援してきた身としては、この先の展開が楽しみでならないのです。


『とんちんかん あやかし同心捕物控』(霜島けい 光文社文庫)

とんちんかん: あやかし同心捕物控 (光文社時代小説文庫)

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2018.12.26

週刊朝日「2018年歴史・時代小説ベスト10」に参加しました


 毎年師走に楽しみなのは様々なジャンルの小説等のランキング、ベスト10ですが、今週発売の「週刊朝日」2019年1月4-11日合併号に掲載の「歴史・時代小説ベスト10」に、ありがたいことに今年も参加させていただきました。

 今年で記念すべき10回目を数えるこのランキングは、芸評論家や書評家、新聞や雑誌の書評担当者、編集者、書店員ら「本読みのプロ」たちに対するアンケートによって選ばれたもの。
 対象となるのは2017年11月から2018年10月まで刊行された歴史・時代小説、その中から三作品に投票することになります。

 さて、三つという決して多くない作品数の中で何を選ぶのか、これが考えどころ。もちろん自分の琴線に触れた作品を選ぶのがベストではありますが、それでは三つでは到底収まりません。単純に売れた作品というのも選択肢かと思いますが、少なくとも私がそれをやる意味はない……
 などと色々と悩んだ末に、私の中で一つのテーマを決めて投票させていただきました。

 それは作品の中で、主人公をはじめとする登場人物たちが、一個の人間として時代に向き合う様を描いていたか、それをどう描いたか――時代や社会の不安定性がいよいよ増している昨今だからこそ、歴史・時代小説においては内容の面白さや豊かさだけでなく、我々読者の生き方にも重なるであろう、こうした点を評価したいと考えたのであります。

 さてその結果については――投票した作品の一つにコメントを掲載していただけた、と述べるにとどめましょう。私の大好きな作品、これぞと認めた作品がランクインして、そこにコメントが掲載されたというのは、まことにありがたいお話です。


 それにしてもランキングという形で、色々な方々の考え方を、客観的に拝見できるというのは実に面白い機会であります(私はこの世界に関しては極めて主観的に生きているだけになおさら……)。

 ランクインした作品を見てみると、なるほど、と感心させられることあり、えっ、と驚かされることあり、実に興味深いことこの上ありません。
 今年一年の締めくくりとして、そして新しい一年の始まりに、ぜひご覧いただければと思います。


 と、もう一度振り返ってみると、私が投票した三作品は、このブログではいずれも一回では収まりきらず、二回に分けて掲載しておりました。やはりそれだけ印象に残った、そして語るべきものが多い作品だったのだなあ――と今更ながらに気付きました。全くの蛇足ですが……


「週刊朝日」2019年1月4-11日合併号(朝日新聞出版) Amazon
週刊朝日 2019年 1/4-1/11合併号【表紙: V6 】 [雑誌]


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2018.12.25

星野之宣『海帝』第1巻 伝説の海の男・鄭和を突き動かす想い


 星野之宣といえば、ハードかつロマンチシズムに溢れた希有壮大なSF漫画の名手ですが、しかしその活躍の舞台は、SFだけに留まりません。本作はその作者が15世紀初頭の大海を舞台に描く歴史ロマン――主人公は明王朝で重用された宦官にして、七度もの大航海を成功させた伝説の男・鄭和であります。

 元を滅ぼした明王朝において、二代皇帝・建文帝を力で除き、皇位に就いた永楽帝の時代。猜疑心の強い永楽帝により血で血を洗う粛正が相次ぎ、秘密警察・錦衣衛と東廠が恐怖政治を支える中、永楽帝に諫言することを恐れない数少ない男が鄭和であります。
 今日も倭寇を蹴散らし、足利義満への使節の任を成功させて帰ってきた鄭和。その彼に対して、永楽帝は明の威信を諸国に知らしめるための大船団派遣を命じることになります。

 建国以来ほとんど鎖国状態にあった明において、本格的に海外に乗り出すのはこれが初めて。かねてより海の向こうの国を夢見てきた鄭和にとっては念願とも言うべき機会ですが――しかし、彼にはもう一つの目的があったのです。

 永楽帝によって南京の兵火の中に消えたはずの建文帝。しかしその生きたいという願いに応えて、鄭和は建文帝と皇女を密かに匿っていたのであります。
 今回の航海の機会に乗じて、彼らを海外に亡命させようとする鄭和は、命を救ったことで縁ができた少年・潭太と、彼が属する倭寇・黒市党の協力を得ると、建文帝らを乗せて大海に乗り出そうとするのですが……


 冒頭に述べたとおり、鄭和といえば大航海時代に先んじて、大艦隊を率いて遠く南洋までの航海を七度も成功させた実在の人物であり、世界史の教科書ではお馴染みの人物――しかしその実像については知られていないことが多いのではないでしょうか。

 実際のところ、鄭和の航海については永楽帝の死後、資料がことごとく破棄されてしまい、実像は不明の部分が多いのが事実。
 たとえば艦隊の母艦であった「宝船」のサイズなども、コロンブスのサンタマリア号の5倍という途方もないサイズと言われていますが、それが本当であるかは、謎のベールに包まれています。

 しかし本作はそれを巧みに利用し、その史実の隙間を作者一流のビジュアルを以て巧みに埋めつつ、説得力のある物語を生み出すことに成功しています。いやそれだけでなく、そこに建文帝生存伝説という巷説を絡めることによって、伝奇風味も濃厚な物語を作りだしているのですからたまりません。
 これも冒頭に述べたとおり、日本屈指のSF漫画家である作者ですが、それと同時に、屈指の伝奇作家でもあります。本作はその作者の資質がはっきりとでた、希有壮大な物語なのであります。


 が、本作の最大の魅力は、その歴史ロマンとしての壮大さ、伝奇物語としての面白さではなく、本作で描かれる鄭和の人物像にこそあると感じられます。

 史実においても、永楽帝が帝位に就く前の燕王であった時代から彼に仕え、武人として知られた鄭和(宦官にして武人というのは一見矛盾して感じられますが、水滸伝でおなじみの童貫のように、決してあり得ない存在ではないのでしょう)。
 本作においては、燕王とともに蒙古と戦っていた時代に追った数々の傷が、作中の言を借りれば、まさしく「完膚なきまでに」その身を覆う鄭和。そんな彼の行動は、常にその身に相応しく果断かつ勇敢なものなのですが――しかしそんな彼を突き動かしているのは、常に「生きたいと強く願う人間の命を救う」という想いなのです。

 時に己の身をも平然と危険に晒す鄭和の強い想いはどこから来ているのか――彼の出自にも繋がるその理由が語られる場面は、間違いなくこの巻のクライマックス。ぜひ作品を実際に読んで驚き、感動していただきたいと思います。

 もちろん、彼は決して単純な理想主義者ではありません。それどころか、それを貫くことの難しさを誰よりも知りつつ――それでいて決して諦めない。そんな快男児の姿に、心を動かされずにいられるでしょうか。
 そしてそんな強い想いを抱く鄭和が、海を往来する倭寇をして「遥かなる旅人の目だ」と言わしめるその瞳で、この先何を見るのか――この先を彼と共に見届けたいと、強く感じるのであります。


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2018.12.24

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』


 北から来た盲目の美少女修法師と、付喪神をはじめとする怪異の対決を描く連作シリーズもこれで第9章。今回紹介する前半のエピソードでは、ついにあのキャラが登場することに……

『千駄木の辻刺し』
 千駄木の百姓地で相次ぐ辻斬り――いや辻刺し事件。腕利きの八丁堀同心までもが犠牲となり、怪異を疑う奉行所の依頼で千駄木に向かった百夜と左吉、そして怪談噺専門の読売・文七は、打ち捨てられた稲荷の存在に気付くことになります。
 そこで怪異の正体を見抜き、迎え撃つ百夜。しかし相手の凄まじい攻撃に、あわやというところまで追いつめられて……

 犠牲者を鋭利な刃で突き刺さす姿なき辻刺しとの対決を描く今回。得物を手にすれば作中では屈指の遣い手である百夜をも苦しめる敵の正体はなんであるか――激しい戦いを描きつつも、ミステリ味を用意しているのが、らしいところです。
 そんな物語の中で印象的なのは、今回初登場の文七のキャラクター。怪談、それも自分の足で稼いだ実話専門の読売という、ユニークなキャラですが、左吉を完全に差し置いて、百夜とともに怪異の正体を推理してしまうのが、ちょっと楽しいところであります。
(しかしこの文七、てっきりこの章のレギュラーになるのかと思いきや、これきりなのはちょっと勿体ない……)


『鋼の呪縛』
 看板戯作者である鉢野金魚の手が突然動かなくなったのは呪詛のためだと、薬楽堂に怒鳴り込んできた弁財屋。相手にしない長兵衛ですが、無念は金魚が何かに祟られているのではないか、いやもしかしたら密かに想いを寄せる自分の生霊の仕業では――と、百夜に助けを求めるのでした。金魚のもとに向かった百夜は、その心眼で思わぬ怪異の正体を見抜くのですが……

 というわけで、やはり登場しました鉢野金魚。言うまでもなく『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末』の主人公の彼女ですが、本作では薬楽堂ではなく弁財屋付きの戯作者、そして何よりも女性であることを隠しているという点で、おそらくはあちらの彼女とはパラレルな存在(おそらくプロトタイプ)。しかしそれでも夢の競演であることは間違いありません。
 本作ではその過去などは描かれませんが、やはりその美貌と読みの鋭さは相変わらず(?)の金魚。『薬楽堂』の方では怪異の存在を全く信じないキャラクターでしたが、今回は自分がそのターゲットとなっていることもあってか、百夜にも特に反発することなく受け入れているのが、何となく新鮮です。

 しかし何よりも気になってしまうのは、無念との関係。『薬楽堂』ではお互い意識してはいるものの、あまり表には出さない想いが、こちらではかなり表に出ているのにはニヤニヤさせられます。もっとも、無念の残念っぷりが思い切り足かせになっているわけですが……

 と、金魚のことばかり書いてしまいましたが、今回の怪異の正体は、物語のシチュエーションを踏まえてかなりユニークな存在。その正体を知った後の無念たちのリアクションも面白く、戯作という特異な世界を舞台にしエピソードならではの物語であることは間違いありません。


『重陽の童』
 重陽の節句も近いある晩、百夜の後ろ盾である倉田屋徳兵衛の枕元に現れた童姿の怪異。その後、徳兵衛の目の調子が悪くなった――と、左吉から聞いた内容からすぐにその正体に気付いた百夜は、たまには左吉自身に怪異を解決させようと、彼に調査を任せるのですが……

 探偵もののシリーズではまま見かける、助手が探偵役となるパターンである今回。というより百夜が見守っているので、はじめてのおつかい的な印象もあり、いわば百夜の親心なのですが――しかしここにもう一つの親心が絡んでくるのが本作のみどころです。

 以前のエピソードで語られたように、実は左吉の実の親である徳兵衛。外で作った子であるために名乗りを上げられず、店を継がせることは叶わないものの、それでも手元に置きたい――という親心を全く知らない左吉は、いつもの通りのお調子者ぶりを発揮しつつ、頼りない推理を巡らせるのですが……
 しかし右往左往した挙げ句にたどり着いた真実から、徳兵衛にとって色々な意味での贈り物が生まれる結末が実にいい。人情話の要素も少なくない本シリーズですが、それを変化球で、だからこそ印象的な形で描いてみせた、爽やかな後味の一編です。


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夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖49 千駄木の辻刺し 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖50 鋼の呪縛 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖51 重陽の童(ちょうようのわらべ) 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


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2018.12.23

「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その二)


 2019年最初の「コミック乱ツインズ」誌の掲載作品の紹介、その二であります。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 宗桂の従姉妹であり、自身も名うての棋士であるお香が縁日で出会ったおかしな男。天才浄瑠璃作家・鬼外を名乗るこの男に口説かれ、南蛮渡来の櫛を渡されたお香ですが、その話を聞いた宗桂は、突然鬼外に会いたいと言い出します。
 鬼外にあることを尋ねる宗桂と、それに対してお香を賭けた将棋を挑む鬼外。しかし意外なことに、素人に見えた鬼外の早指しは宗桂を圧倒して……

 これまで単発エピソードが続いていたものが、今回一気に物語が動き出した印象の本作。自称天才で面長で新しいもの好きの浄瑠璃作家でもある鬼外さんとくれば、これはもうあの人しかいないわけですが、なるほど考えてみれば宗桂たちとは同時代人であります。その彼が宗桂を追い詰めるのも(そしてそのカラクリも)実にらしく楽しいところであります。
 しかし今回のクライマックスは、将棋指しがルールなどに変化のない将棋のない世界にしがみついていると嘲笑う鬼外に対して、宗桂が己が将棋に拘り続ける理由を語る場面でしょう。普段は飄々とした、穏やかな宗桂が将棋において見せる異様な迫力――その理由の一端が語られるこの場面は、物語において大きな意味を持つといえるでしょう。

 そしてラストにはちょっと伝奇的な趣向も待ち受けていて、どうやら物語はこの謎を追って広がっていく様子。物語はここまでがプロローグといったところでしょうか、これからの展開が楽しみであります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲に出現した強敵を倒し、イズモタケルを救ったモンコとヤマトタケル。ようやくこれで一息か、と思いきや、その前には皆殺しにされた大和の軍勢と、手を下したと思しき謎の旅人が……
 というわけで第1話以来、久々に顔を合わせた3人。この謎の旅人ことウズメこそは、各地で国津神を覚醒させている「敵」――異形の腕を武器とするウズメにヤマトタケルは一蹴され、カムヤライドに変身したモンコも追い詰められることになります。そして今回のかなりの部分で、この二人の息詰まる死闘が描かれるのですが――しかしこの戦いは、もはやモンコ一人のものではありません。

 いまやモンコの頼もしい相棒、いやもう一人の主人公となった彼の活躍が今回も小気味よく描かれた末に、一気に形勢逆転か、というところで次回に続きますが――さてどうなることか。
 敵の目的の一端も明かされた中、いよいよ佳境に入った印象であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 元鬼輪番・夏海と彼の同鬼の友・流一道の戦いを描く物語の後編――鬼となるために人を捨てざるを得なかった男の悲しい宿命が描かれます。

 旅の途中に訪れた林田藩で、かつての親友であり、今は鬼輪番の草として潜入している一道と遭遇してしまった夏海。一騎打ちの末に敗れた夏海を見逃して去る一道ですが、しかしそのために鬼輪番の制裁を受け、何も知らない妻と子、義父を殺されてしまうのでした。
 一方、林田藩を脱出するために、夏海の用心棒を買って出た終活と坐望。裏道を行く一行ですが、決意を固めた一道率いる鬼輪番の群れに追いつめられることに……

 抜け忍キャラには定番中の定番である、追っ手となったかつての親友との対決。しかし今回は、互いがあまりに壮絶かつ悲惨な過去を背負っており(いやもう過去のエピソードには絶句)、そしてその中で培われた友情が全く薄れていないのが、悲壮感をより際だたせます。
 しかしそんな辛い戦いの中でも決して夏海を見捨てないのが今の友。本作の見所であるクライマックスの大殺陣で描かれる、暗闇を舞台にした三人対多数の戦いは見応え十分ですが……

 一度鬼となった人はどうすれば人に戻ることができるのか。これしか道はなかったのか。予想通りの結末ではありますが、やはり胸に刺さるものがあります。


 その他、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)は、仕掛けの瞬間を目撃されてしまった梅安を巡るエピソードの前編。自分の裏の顔を目撃されたとて、全く無関係の女性を殺すことを躊躇う梅安に対し、梅安さんのためなら――と相手を付け狙う彦さんには、こう、なんだかヤンデレめいた香りが……

「コミック乱ツインズ」2019年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年1月号[雑誌]


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2018.12.22

「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その一)


 発売でいえば2018年最後の、号数でいえば2019年最初の『コミック乱ツインズ』は、創刊16周年特別記念号ということもあってか、なかなかに充実の内容。『鬼役』を中心に、本誌の連載陣が並ぶ表紙はなかなか賑やかなのですが、その中には何とゲゲゲの鬼太郎の姿が……!?

『ゲゲゲの鬼太郎』(水木プロダクション)
 というわけで創刊16周年記念プレミアム読切として巻頭に掲載されるのは、まさかの『ゲゲゲの鬼太郎』の完全新作。それも、江戸時代を舞台とした歴とした時代ものです。
 八百屋お七の事件の直後から、江戸を騒がす奇怪な妖怪たち。訝しむ鬼太郎たちですが――その一方でねずみ男は骨女の術中に陥り、太郎坊なる存在の企みの片棒を担がされることになります。そして江戸に出現する巨大妖怪との死闘を経て、謎の太郎坊と対峙する鬼太郎ですが、思わぬ強敵の前に苦戦を強いられることに……

 というわけで、鬼太郎・目玉おやじ・ねずみ男・猫娘・砂かけばばあ・子泣きじじい・ぬりかべ・一反もめんと、鬼太郎一家総出の賑やかなスペシャルエピソードである本作。
 何の説明もなく鬼太郎たちが江戸で暮らしている辺りが実におおらかですが(さすがに鬼太郎と猫娘はどうなのかなあと思わないでもないですが)、しかし砂かけばばあが大家をしている通称おばけ長屋に彼らが住みついているという設定はなかなか楽しいところです。

 内容的には鬼太郎が意外と活躍していない(というかかなり苦戦)する印象があるのですが、それはそれで何となく「らしい」かなあといったところ。ちょっとアダルトな(?)方面で頑張った挙げ句に大変なことになるねずみ男の姿も実にオカチイのであります。
 何よりも、妖怪たちが普通に暮らしていた(?)時代における鬼太郎たちの姿はなかなか楽しく、また時代劇版の鬼太郎も見てみたいな、という気分になります。そしてまた、水木しげる先生の怪奇時代劇画の再録も……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隔月連載の本作、今回は、とある大店に奉公を始めたばかりの少年・栗吉の体に突然謎の痛みが生じたことを発端に、漢方医としての顔を持つ桃香が、思わぬ事件に絡むことになります。
 栗吉の体にびっしりと生じた黒い斑点を見て、血相を変えて栗吉の治療に当たる桃香の師匠・竹造。一方で桃香は、捨て子たちを引き取っては育てていると評判の栗吉の両親を調べに向かうことになるのですが……

 江戸で実際に起きたある事件を題材とした今回のエピソード。実に重い内容なのですが、それでも、作者の良い意味でマンガチックな絵に救われた印象があります(特に一見、鬼のような商人の素顔など……)。
 しかし悪い意味で驚かされるのは桃香の未熟ぶりで、クライマックスの展開に繋げるためとはいえ、さすがにこれはちょっとどうかなあ――という印象。以前の子供の神隠し事件といい、肝心なところでモヤモヤさせられる主人公であります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 第3章というべき「秋霜の撃」編の最終回である今回。間部越前守の不正の証を手に入れるため、芝増上寺に潜入した聡四郎・玄馬・袖吉の三人ですが、その前に不気味な気配を漂わせる四人の墨衣の僧兵たちが……
 というわけで、思わぬ強敵との戦いから始まる今回ですが、これまで様々な敵が登場してきた本作でも、僧兵というのはおそらく初めて。ということは彼らが得物とする錫杖との対決も初めてということで、聡四郎と玄馬は思わぬ苦戦を強いられることになります。

 そしてその果てに聡四郎が手にした権力者の秘密――その内容もさることながら、それに対する聡四郎の処し方が、ある意味今回のクライマックスと言えるでしょう。そこで描かれるものは、権力を前にしていかに振る舞うべきかを悩んできた聡四郎の、一つの成長の証と感じられます。
 しかしそれはもちろん新たな戦いの始まり。権力に固執する白石は、ある人物と手を組むことを考え始めるのですが――と、ここで、シリーズの陰の主人公と言うべきあの人物(の顔)がついに登場、盛り上がったところで新章に続くことになります。

 その新章は4月号から、というのが残念ですが、今後の展開も楽しみであります(しかし、イメージしていたよりも善い人っぽい顔だったなあ……)

 ちなみに今号では16周年記念プレゼントということで人気作家サイン色紙プレゼントという企画があるのですが、本作の色紙に描かれた聡四郎のイラストがえらく格好良くて思わず応募したくなりました。


 長くなりましたので、次回に続きます。


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2018.12.21

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」

 魑翼によって鬼歿の地に運ばれたものの、自分以外に七殺天凌を触れさせることがなくなったと歓喜に震える婁震戒。しかしその前に敵意に燃える歿王が現れる。一方、喪月之夜の力で衙門の人々を下僕に変えた嘯狂狷に単身挑む浪巫謠は、相手の奇策の前に苦戦を強いられる。そこに駆けつけた殤不患は……

 前回、凜雪鴉の罠(?)にはまり、魑翼によって飛ばされてしまった婁震戒と七殺天凌。たどり着いたのは鬼歿の地、こんな人気のないところ、エサもないし早く帰りたーい、とむくれる七殺天凌ですが、婁震戒はむしろこれでやっと二人きりになれましたねと、うっとりねっとり囁きます。自分にもいつか老いや病が訪れるだろう、その後に別の男の手に姫が渡るなど耐えられない、それならばこの地で二人ひっそりと永遠に手を携えて眠りましょう――と、谷底ダイブ寸前のヤンデレ全開であります。
 さすがの七殺天凌もこれは真剣にヤバいと焦りながら、己の魔力で彼を引き戻そうとしますが、しかし効かない。それもそのはず、婁震戒は魅了の魔力のためではなく、ガチで七殺天凌にぞっこんだったのであります! 想像を絶する基地外によって、よくわからないうちにラスボス退場か、と思われたその時出現したのは、殤不患に片翼を落とされ、浪巫謠と凜雪鴉に角を折られと人間に対して恨み骨髄の竜・歿王。人間殺すドラゴンと化した彼ですが、しかし修羅場に首を突っ込んだのは、あまりに空気を読まない所行というほかありません……(そもそも、竹光持った奴にナメプで重傷を負わされたのを忘れたのか)

 一方、惨劇の連続に、さすがに人っ子一人いなくなったいつもの街。そこを往く浪巫謠の前に現れたのは、小悪党モードの嘯狂狷であります。衙門の人々を喪月之夜でゾンビに変え、勝ち誇る相手に、傷を押して単身立ち向かう浪巫謠ですが――戦いの最中、突然嘯狂狷が喪月之夜を投げて寄越した!? 自らの最大の武器を手放してきた行動に戸惑う浪巫謠ですが、これぞ恐るべき罠であります。
 自分は喪ブの皆さんがどうなろうとも知ったことではない、むしろ積極的に叩きのめし、吹き飛ばして高笑いの嘯狂狷。しかし浪巫謠にとって彼らを見捨てることができるはずもなく、さりとてコントロールに慣れぬ身では喪ブたちを制御不能、自分も気を取られて棒立ち――そんな彼の状況をあざ笑いながら、嘯狂狷は遠距離からガンガン落ちてる剣やら槍やら投げつけ、浪巫謠はズタズタに。そしてついにトドメの槍が浪巫謠に迫る……!

 が、そこに最高のタイミングで駆けつけたのはもちろん殤不患。浪巫謠を救うや喪月之夜を手にした殤不患に対し、同じ手段で苦しめようとする嘯狂狷ですが――殤不患は滅茶苦茶巧みに喪ブをコントロールして攻撃を躱す、そして逆に攻撃を仕掛けまくる! 喧嘩は手数が大事、というのは殤不患の言うとおりですが、まさかここまで見事に喪ブを操ろうとは、誰も想像できるはずがありません。かくて嘯狂狷は喪ブたちにタコ殴り、メガネは吹っ飛び青あざだらけのギャグみたいなビジュアルとなって、見ているこちらも大いに溜飲が下がりました(凜雪鴉も意地を張らなければこんな愉快な場面を見れたのに……)
 人々を自在に動かすほどの将器(っていうのかしらコレ)を持ち、それどころか35本の魔剣まで持っている。それだけの力を持ちながら、何故流浪の身に甘んじているのか、と愕然とする嘯狂狷に対し、それがそうしたいからだ、とある意味鬼のような言葉で返す殤不患。そんな規格外のトラブルメーカーとこれ以上つきあってはいられないと、嘯狂狷は、ダイナマイトみたいな煙幕を張ってその場から逃げ出すのでした。

 そして喪ブを解放し、衙門おじさんの感謝の声を背に立ち去る殤不患と浪巫謠。そこに、もう誰でもいいからひどい目に遭うところを見たい! と禁断症状が出た凜雪鴉も加わり、三人で嘯狂狷を追うことになります。
 そして鬼歿の地では、可哀想な歿王が婁震戒によって暴力の本当の意味を教えられて惨死。さあ邪魔者もなくなりましたし死にましょう、と言い出す婁震戒に対し、焦った七殺天凌が、最強の剣士である殤不患を倒さないと自分を手にするのにふさわしいとはいえないんじゃないかな、と口から出任せを抜かしたおかげで、嫉妬に燃える婁震戒は殤不患打倒を誓って――最終回に続きます。


 というわけで、前作同様、殤不患が反則級の能力を発揮して大活躍、二つ名がサブタイトルになりながらも嘯狂狷はボッコボコにされて、実に気分が良い展開となりました。

 その一方で今回もヤンデレ絶好調の婁震戒。皆にとって最もよい結末は、(殤不患に敗れた末に)彼が七殺天凌を手に谷底に落ちることではないかと思っていましたが、まさか自分からそれをしようとするとは、さすがに驚かされました。
 しかしまさかそのヤンデレの逆恨みで、ラストバトルが勃発することになるとは、そしてそこに悪人を馬鹿にしたくて仕方がない真の最強剣士が居合わせることになるとは――次回、大惨事の予感であります。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』第4巻(アニプレックス) Amazon
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2018.12.20

畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い


 「生まれ変わり」を題材とした物語を集めた、『しゃばけ』シリーズ第17弾の紹介の後編であります。ユニークなエピソードが集まった本書でも、後半二話はさらに先の読めない展開が続くことになります。

『くわれる』
 長崎屋で栄吉の新作団子を食べていた若だんなたちの元に遊びに来た許嫁の於りん。しかし彼女の後からやって来た男女、もみじと青刃の二人組は人を食らう悪鬼――しかももみじの方は、三百年前に出会った若だんなの前世を慕い、縁談を蹴って家を飛び出してきたというのであります。
 その縁談の相手である青刃はもみじを連れ戻そうとしているのですが彼女は相手にせず、しかも栄吉がもみじに一目惚れしてしまったからややこしいことに。どちらがもみじと彼女の親の仲を取り持てるか、というお題で勝負することになった二人ですが、そこに緊急事態が発生して……

 本書の中では、「ひと月半」に並んで全く先の読めない展開を見せる本作。前世で若だんなと出会っていた妖が現れて――という展開自体は本書のモチーフに沿ったところですが、そこからはジェットコースターのような急展開が連続することになります。
 気がつけば若だんなの前世はどこへやら、騒動の連続の末に、果たして物語がどこに落着するかと思えば、実は栄吉の存在が色々な意味で物語の中心となっていく――という展開が実に面白いところです。

 思えばほとんど変わらない若だんな(といっても本作に登場する於りんのように変化は生じているのですが)に対し、時間の流れを最も感じさせるキャラクターである栄吉。
 その彼の悩みを描きつつ、彼に対する存在として、人間と姿が同じでも時間感覚だけでなく決定的にメンタリティが異なる悪鬼を置くことにより、変わるもの、変わらないものを対比してみせる構図(後に述べるように、これは本書に共通するものではありますが)も巧みな一編です。


『こわいものなし』
 苦しんでいる飼い主を助けてほしいという猫又・ダンゴに頼まれて薬を用意した若だんなたち。しかしダンゴが口を利いているのを聞いてしまった飼い主の隣人・夕助が、人間は生まれ変われることを知ってしまい、さらに若だんなが妖と関わりがあることまで気付いてしまうのでした。
 転生できるならば死んでも怖くないと浮かれる夕助。彼を寛朝に説教してもらおうと広徳寺に連れて行った若だんなたちは、そこで寺を騒がす騒動に巻き込まれることになります。そしてその末に夕助が……

 掉尾を飾る本作は、これまでのとは異なり、若だんなの生まれ変わりではなく、生まれ変わりに憧れる男・夕助にまつわるお話。
 転生できるんだったら死ぬ気で頑張っても怖いものなし、これで俺もヒーローだ! と無邪気に張り切る夕助は、当然のようにトラブルメーカーぶりを発揮するのですが――そこからの展開が恐ろしい。

 詳細は伏せますが、思わぬピタゴラスイッチ的展開の果てに描かれるのは、一種の因果応報譚的シチュエーションながら、むしろいわゆる「転生もの」への強烈なカウンターとも受け取れる物語なのであります。
 一見ユーモラスでありながら、畳みかけるように描かれる終盤の展開の容赦のなさには、ただただ震え上がるばかり。タイトルに反して、ある意味最も本書で怖いお話です。


 というわけで、「生まれ変わり」「転生」を題材する本書ですが――個人的なことを申し上げれば、個人の力の全く及ばぬところで現世の自分が振り回されるようで、これまでこのモチーフにはあまり魅力を感じていませんでした。
 しかし本書では、まさにその点を巧みに使って、時にユーモラスな、時に重い物語を描いてみせるの実に楽しい。この辺りのバラエティの豊かさと緩急の付け方は、やはり本シリーズならでは面白さというべきでしょう。

 何よりも、時を経て変わっていく(というか別人になる)外面と、時を経ても変わらない(正確にはそうでもないのですが)内面という、「生まれ変わり」の相反する二つの要素が、そのまま「人間」と「妖」の関係性に重なって感じられるのが面白い。
 折に触れて描かれる登場人物の切ない想いは、まさにこの変わるものと変わらないものの関係性に起因するものであり――そしてそれは何よりも両者の間に立つ若だんなにとって、より強く感じられるものなのでしょう。

 結末で描かれるその切なさへの一つの答えは、ある意味身も蓋もないものなのですが――しかしそれだけにそれを求める想いもよくわかります。それは妖との間だけでなく、我々が人と人が触れ合う中でも、常に求め、願うものなのですから……

『むすびつき』(畠中恵 新潮社)

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2018.12.19

畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世


 先日『新・しゃばけ読本』も発売され、相変わらず絶好調の『しゃばけ』シリーズ。その最新巻、第17弾が本書であります。毎回趣向を凝らしたシリーズですが、今回は収録された全5話のいずれも「生まれ変わり」を題材にした内容、いずれもユニークな作品揃いですので、1話ずつ紹介していきましょう。

『昔会った人』
 ある日、広徳寺の寛朝和尚から呼び出され、付喪神になりかけの玉「蒼玉」を見せれた若だんなと妖たち。まだ片言しか喋ることが出来ないこの玉が「若」と喋ったことから、若だんなたちと相談しようとしたという和尚ですが、彼らの前で玉は「若長」に会いたいと言い出します。
 それを聞いた貧乏神の金次は、かつてこの玉と若長に出会っていたことを思い出します。それは戦国時代も終わりの頃、土砂崩れで生き埋めにされた金次を、村を占拠した野武士を追い払うために寺に頼みに行く途中の若者――若長と連れが助け、金次は彼らと旅をしたというのですが……

 本書の冒頭を飾るエピソードは、少々意外なことに、貧乏神の金次を主人公とした物語。長崎屋の裏の一軒家に住み着いて楽しく暮らしている何とも人間臭い金次は、これまでも何かと印象深い活躍を見せてきたのですが――その彼が戦国時代に出会った出来事が語られることになります。
 人間と異なり、数百年は普通に生きる妖たちが登場するだけで、本シリーズでも幾度か過去を舞台とした物語が描かれてきましたが、戦国時代というのは珍しいと感じます。

 そしてここで描かれるのは、戦国時代の陰の部分――力ある者に苦しめられる弱き者の姿であります。もちろん本シリーズらしいどこか緩やかなムードではありますが、しかしそこで描かれる現実はどこまでも厳しく、弱き者が生きるために時に他者を傷つけても足掻く姿の苦さは、別の意味で本シリーズらしいと言うべきでしょう。
 そしてそんな人間の姿を見つめる金次の旅の果てに待つのは――ちょっと切なくも暖かい、そして不思議な結末なのであります。


『ひと月半』
 若だんなと兄やたちが箱根に行って一月半、暇を持て余して長崎屋の離れでゴロゴロしていた妖たち。その前に現れた三人の男は、彼らに対してとんでもないことを語り始めます。
 実は彼らの正体は死神――というのはまだしも、何と彼らはそれぞれ、自分は箱根で事故で死んだ若だんなの生まれ変わりだと言い出したではありませんか!

 若だんなが死んで死神に生まれ変わったというだけでも信じがたいのに、それが三人もいるはずはありません。自分こそが本物だと言い張る彼らの正体を暴こうとする妖たちですが、成り行きはどんどんおかしな方へ……

 ユニークなお話揃いの本書の中でも――いやシリーズ全体を通してみても、極めつけに奇っ怪な設定の本作。
 三人の死神が若だんなの生まれ変わりを主張するというのは、冷静に考えると、いや考えなくても無理すぎる設定なのですが(作中でもツッコまれているように、そもそも転生が早すぎるとか)、だとしたら何故死神たちが長崎屋に現れ、そんなことを言い出したのか?

 その謎を抱えたまま、日限の親分まで巻き込んで物語は予想外の方へ、予想外の方へと突き進むのですが――それが最後には、きっちりと伏線を回収して終わるのは、ミステリとしての本シリーズの面目躍如たるものがあります。まあ、冷静に考えるとやはりちょっと無理があるような気もするのですが……


『むすびつき』
 もしかすると自分も若だんなの前世と縁があったかも、と考え出した鈴彦姫。数十年前に亡くなった、自分のいる神社の宮司こそがそれに違いない、と思いこんで宮司のことを調べる彼女ですが――当の宮司は何やら事件に巻き込まれて死に、しかもその幽霊が今も出没していると知ることに……

 本書の表題作である本作は、シリーズ冒頭からのレギュラーである鈴彦姫の主役回。付喪神である彼女ですが、そういえばその本体についてはあまり細かく描かれていなかった――と思いきや、思わぬ形で事件に巻き込まれることになります。

 謎解きや物語展開等は、正直に申し上げて本書の収録作品の中では一番小粒の印象はあるのですが、自分も若だんなの前世と会っていたい、いたに違いないと思いこむ鈴彦姫の乙女ぶりとうっかり加減が実に可愛らしく、結末で描かれる彼女の感傷にも、何やら共感できてしまうのであります。


 長くなりましたので、残り二話は次回ご紹介いたします。

『むすびつき』(畠中恵 新潮社)

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2018.12.18

百地元『黒狼』第1巻 原田左之助、満州に立つ――40年後の!?


 新選組隊士の中でも、その豪快なキャラクターで特に人気の高い原田左之助。彼には幕末に生き残り、満州に渡って馬賊となったという楽しい伝説がありますが――本作は伝説通り、左之助が満州で大暴れする姿が描かれる物語であります。ただし、戊辰戦争から40年後の満州で!

 彰義隊に加わり、上野寛永寺で新政府軍と戦った末に壮絶な最期を遂げた原田左之助。しかし彼が目を覚ましてみれば、そこは遠く異国の地――中国大陸は満州でありました。
 状況が掴めぬまま、この地で覇権を争う二つの馬賊集団――金寿山と白虎王の争いに巻き込まれた左之助は、その最中に白虎王に目を付けられることになります。

 いや、白虎王が注目したのは、左之助ではなく、彼が首に下げた石。左之助の祖父の形見のその石こそは、持つ者に王の力を与える伝説の宝玉「龍の瞳」の欠片だというのではありませんか。
 自身もその欠片の一つを持つという白虎王に自分の欠片を奪われそうになり、逆に相手の欠片を飲み込んでしまった左之助。それがきっかけで、彼は白虎王と行動を共にすることになるのでした。

 自分が目覚めたこの時代が、上野戦争から実に40年後と知り、さすがに驚く左之助。しかし満州の覇権を争う男たちの戦いの真っ只中に放り込まれた左之助は、持って生まれた闘争心に火をつけ、馬賊となることを決意するのでした。
 白虎王――後に満州王と呼ばれる男・張作霖の下で……


 というわけで、冒頭で触れたように、左之助が馬賊となって活躍する(正確にはこの巻のラストでようやく馬賊に仲間入りするのですが)本作。
 左之助が馬賊に、と聞いた時には、普通に(?)上野戦争で死ななかった左之助が海を越えるものと思いこんでいたのですが――豈図らんや、一度死んだと思ったら満州にいました、という転生もの(というよりタイムスリップもの)チックな展開だったとは!

 というわけで冒頭から驚かされる本作ですが、さらに驚かされるのは、彼の前に現れた馬賊の頭目――一見とても馬賊に見えぬ小柄な美形ながら、その実、極めて凶暴なその青年の正体が、張作霖であることでしょう。

 爆殺という、たぶん日本史の教科書に出てくる人物の中でも屈指のアグレッシブな最期を遂げたことで多くの人の記憶に残る張作霖ですが、本作で描かれるようにその前身は馬賊。
 貧しい少年時代を過ごしながらも馬賊として頭角を現し、日清・日露戦争後の東三省(中国東北部)で、日本軍や地方軍閥の間を巧みに立ち回って一大軍閥を築いた彼は、ある意味、混沌としたこの時代を象徴するに相応しい人物と言えるかもしれません。

 なるほど、いくら左之助が有名人であったとしても、いきなり彼自身に馴染みのない異国に渡るのも、我々読者にあまり馴染みのない馬賊になるのも、ちょっとすぐには受け入れにくい話。
 そこで彼を、我々を新たな世界に導くナビゲーターとして――そしてもちろん、その世界で大暴れするもう一人の主役として、張作霖を設定してみせたのは、実にユニークな目配りと言うべきでしょう。

 ……もちろん、それでいきなり40年飛ぶのはどうかとも思いますが、しかしそれは「龍の瞳」とともに、本作の物語の根幹となる一つの要素なのではないかと思います(実は単なる設定のための設定でも、それはまあそれで)。
 本作の舞台設定が、上野戦争からジャスト40年後だとすれば、1908年――その年に西太后が亡くなり、清朝最後の皇帝である溥儀が皇帝となったことを考えれば、その激動の中で、左之助と張作霖がどのように暴れ回ることになるのか、大いに気になるではありませんか。

 何よりも本作の左之助は、荒々しくも凛々しく、そして何よりもバイタリティに溢れた快男児。そんな彼が、「また」死に損なった後にたどり着いた新天地で何を見るのか、見せてくれるのか――実に楽しみなのであります。


 そしてもう一つ、左之助が首に下げる形見が、彼の祖父のものだけでなく、彼がかつて手に掛けた(と本作では描かれる)あの男のものでもある、というのが、新選組ファンとしては何とも気になるところなのですが――さて。


『黒狼』第1巻(百地元 講談社アフタヌーンKC)

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2018.12.17

渡辺仙州『三国志博奕伝』 三国志+死のギャンブル=!?


 児童書の中国もので活躍しながらも、マニアックなまでに丹念な原典への目配り等で、個人的に以前から注目していた渡辺仙州。その作者のおそらくは初の一般向け作品は、極め付きにユニークな作品――何しろ『三国志』を題材に、大の博奕嫌いの呉の文官が、死のギャンブルに挑むというのですから!

 既に劉備も孔明も、曹操も亡き後の三国時代の呉で皇太子の孫和に仕える文官の韋昭を目下悩ませているのは、巷での博奕の流行。自身でも『博奕論』なる博奕の批判書を著すくらいの博奕嫌いの韋昭ですが、呉の国民性によるものか、一向に博奕の流行は収まらないのであります。

 そんなある日、孫和の友人で無類の博奕好きの青年・蔡穎を諫めるため、街の博奕場・福福楼に足を踏み入れた韋昭。そこで彼は、借金のカタに売られた少女を助けるため、楼の老板(主人)・徐の言葉を受けてゲーム勝負をすることになるのですが――それが災難の始まりでした。
 実は全ては韋昭を勝負の場に引っ張り込むための策略。韋昭が持つという博奕の力・奕力(イーリー)を狙う徐は、呪術で奇怪な博奕場を作ると、韋昭の対戦相手として、ある英雄を呪術で復活させるのでした。その名は――呂布!

 かくて伝説の英雄を向こうに回した韋昭は、蔡穎、そして少女――実は徐によって蘇った董卓の孫娘・董白とともに、命懸けのゲーム勝負をする羽目に……


 いやはや、どこから驚くべきか、と言いたくなるほどの本作ですが、まず驚くべきは、その主人公のチョイスでしょう。

 何しろ本作の主人公は、韋昭――と言ってすぐにわかるのはよほどのマニアでしょう(かく言う私も調べるまでわからず)――『三国志』、それも演義ではなく歴史書の方のそれに登場する呉の文官。
 文官ながら、その最期に至るまで実直、剛直ぶりを以て知られた人物であった彼は、『三国志』の呉書の原型となった歴史書『呉書』を編纂した人物であります。

 そんな彼が主人公に選ばれたのは、それは先に述べたとおり、彼が博奕批判の書を著したためかと思いますが、いずれにしても意表を突く人選であることは間違いありません。(そして蔡穎も董白も、もちろん実在の人物であります)

 そして次に驚かされるのは、その彼が挑むことになるのが、死のゲーム、死のギャンブルであること。
 負けたら金ではなく自分の体の一部や、甚だしきは命を持って行かれるギャンブルというのは、これはもうギャンブル漫画では定番ですが、それをここで、このキャラクターがやるのか! と、仰天させられます。

 それも登場するゲームは全て本作のオリジナル。様々なイベントが待ち受けるゲーム盤の中に実際に入り込んで、相手とバトルを繰り広げる「侠客棋」。手にした五枚の札で(自分たちが頭に乗れるほどの)巨大な蟋蟀をカードで操りバトルする「闘蟋牌」。そして木火土金水の五行相克をルールにしたカードゲーム「五行牌」。
 創意を凝らしたゲーム内容と、そこで繰り広げられる駆け引きの面白さは、ゲームマニアでもある作者ならではと感じさせられます。

 そして最後の驚きは、そのゲームで韋昭と対決するのが、呂布、董卓、そして××と、いずれも死した三国志の登場人物――それも一筋縄ではいかない曲者ばかり。
 全くもって先が読めない内容はむしろ奇書と言いたくなるほどですが、それでいて古典の記述を踏まえつつ、丹念に世界観と人物像を構築して描かれる物語は、作者の面目躍如たるものがあると言うべきでしょう。


 と、作者のファンはもちろんのこと、初めて作品に触れる方にも楽しい本作なのですが、気になってしまったのは、作中のゲームがオリジナルであるために、そのルールに馴染むまでに時間がかかってしまうことと、展開がいささか――時に敵側に、時に見方側に――都合良く見えてしまうことであります。
 この辺りはギャンブルものとしては結構残念なところで、そのキャラクターがよく表れたプレイヤー同士の駆け引きは面白いだけに、勿体ない印象は否めません。(そして最終戦の展開もちょっと……)

 こうした点を踏まえてなお、マニアックな舞台・題材・人物を用意しつつ、それを物語や背景となる史実に巧みに絡めて、きっちりエンターテイメントを描いてみせた本作が、期待通りの内容であったことは間違いありません。
 本作を期に、この先も作者一流の中国奇譚、中国伝奇、中国エンターテイメントが描かれていくことを、期待する次第です。


『三国志博奕伝』(渡辺仙州 文春文庫)

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2018.12.16

2019年1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 師走とはよく言ったもので、月が変わって以来忙しさにかまけていたら、気がつけばもう月の半ば。新しい年も目前ですが、まず気になるのは来月の発売スケジュールです。というわけで1月――来年最初の時代伝奇アイテムの発売スケジュールであります。

 といっても12月に比べるとそれほどは発売アイテムが多くない1月。それでも注目の作品は少なくありません。

 まず何よりも必読は、武内涼『謀叛花』。作者の代表作である『妖草師』シリーズの最新巻にして完結編とのことで、これは残念ではありますが、最後の盛り上がりを楽しみにしたいと思います。
 そしてもう一つ大いに気になるのは、築山桂の双葉文庫からの新作です。タイトルは未定のようですが、作者のブログを見るにデビュー作シリーズの新作とのことですが――だとしたら!

 そのほかの新作では、廣嶋玲子『妖怪の子預かります 7 妖怪奉行所の多忙な毎日』、仁木英之『レギオニス 望京編』に注目であります。
 また、文庫化・復刊では、垣根涼介の室町ロマン『室町無頼』、そして復刊も順調に進行中で本当によかった瀬川貴次『暗夜鬼譚 血染雪乱(仮)』が要チェック。また、創元推理文庫からの末國善己編の時代ミステリ集は、『櫛の文字 銭形平次ミステリ傑作選』が登場です。

 一方、マンガの方では湯野由之&蝸牛くも『天下一蹴 今川氏真無用剣』の第1巻が登場。『ゴブリンスレイヤー』の作者の幻の作品の漫画化ということですが、さて……
 また、ちさかあや『狂斎』第1巻も楽しみなところです。

 そして、吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第14巻、梶川卓郎『信長のシェフ』第23巻、川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第11巻もお待ちかねの続刊。
 肋家竹一『ねじけもの』第3巻と秋月カイネ『Fの密命』第2巻は、残念ながらこれで完結。いかなる結末を迎えるか、期待したいと思います。


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2018.12.15

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」

 決戦に備え、魔剣目録を捲殘雲に預ける殤不患。その頃、悪事が露呈して追いつめられた嘯狂狷をさらに追い込もうとする凜雪鴉だが、思わぬ開き直りを見せた嘯狂狷に当てを外されてしまう。一方、仙鎮城を壊滅させた婁震戒の前に立ち塞がった浪巫謠は、視界を断って七殺天凌を追い詰めるのだが……

 冒頭、森の中で立ち合う二人の男。一人は殤不患、もう一人は短髪に眼帯の――捲殘雲! 槍を捨て、今は妻となった丹翡の家に伝わる丹輝劍訣を操る捲殘雲は、まだ慣れぬ技ということもあって殤不患にはまだまだ及びませんが、丹翡の気持ちもしっかりと慮るなど、殤不患をして親指を立たせしむるほどの好漢に成長した様子です。
 さて、その捲殘雲に殤不患が会いに来たのは、決戦を前に万が一にも敵に渡せない魔剣目録を彼に預かってもらうため。もちろん快諾した捲殘雲は、かつての兄貴分・狩雲霄と行動していた頃の隠れ家を転々として、一週間稼いでみせると請け合うのでした(人間何が役に立つかわからないものです)。

 一方、前回ついに凜雪鴉のトラップに引っかかり、東離では宝剣泥棒の濡れ衣を着せられ、西幽ではこれまで秘宝の数々を横領していたことが露見(予定)となってしまった嘯狂狷。(たぶん凜雪鴉が宝剣を隠していた)洞窟で荒れる嘯狂狷に、凜雪鴉は「そんなことで絶望しちゃだめだよ! まだきっと打つ手はあるよ!(でもやっぱりそんなものはなくて、ガッカリ屈辱顔を見せてね)」いう感じで、助言のふりをしつつトドメを刺しにかかるのですが……
 しかしここで嘯狂狷が態度を一変させます。これまでの慇懃無礼な態度をかなぐり捨てて、微妙に正体が露見した弁天小僧チックに開き直る嘯狂狷の姿に凜雪鴉は愕然。冷徹に悪事を重ねてきたのに、一気に破滅させられて絶望する姿にメシウマしようと思っていた相手が、豈図らんや、悪の矜持など欠片も持たない小物中の小物だったとは! 自分を陥れた奴の勝手な愉しみを粉砕したとも知らず、自分の明日からの身の振り方を算段する嘯狂狷に、凜雪鴉は怒り心頭で――しかしもちろん自分で手を下すなどはできず――去っていくのでした。

 さて、前回七殺天凌ラブが極まるあまり、彼女が嫌がる神誨魔械を滅ぼすべく、仙鎮城に殴り込んだ婁震戒は、城の護印師を皆殺しにし、城にあった神誨魔械を全て破壊。しかし最も強力な三本の宝刀は、先に逃れた伯陽候が持ち去っていた模様で、もうここには用はないと一人と一本は城を離れるのですが――その前に立ち塞がるはやはり一人と一本、言うまでもなく、浪巫謠と聆牙です。
 以前、蠍瓔珞が手にした七殺天凌をあと一歩まで追い詰め、そして諦空=婁震戒の危険性をただ一人見抜いて処断しようとした浪巫謠は、言うなれば七殺天凌にも婁震戒にも因縁の相手。といっても婁震戒が警戒などするはずなく、七殺天凌を手に襲いかかるのですが――もちろん浪巫謠は、再び自らの視覚を封じて立ち向かいます。

 視覚を封じてというのは、前回も祐清か碧樞のどっちだったかがやっていましたが、しかし浪巫謠の場合が決定的に異なるのは、彼には視覚に勝るとも劣らぬ聴覚があることと、何よりも滅茶苦茶に武術の腕が立つことであります。魅了は効かず、近づけば剣となった吟雷聆牙の斬撃が、離れれば琵琶に戻った聆牙の音撃が襲いかかる――遠近に隙なし、これは七殺天凌にとっては最悪の相手かもしれません。
 が、その七殺天凌を手にするのも達人の婁震戒。攻撃を躱しながら密かに石を拾い集めた彼は、宙に飛んで逃れた時にその石を放ち、足音と思わせておいて上から襲いかかるという(冷静に考えれば結構地味な)策で反撃! ああ、浪巫謠もこれで退場か――ということはなく、辛うじて肩を斬られただけですんだものの、しかし七殺天凌は小さな傷でも容赦なく体力を奪う魔力を持ち主。もはや浪巫謠の命運は極まったか……

 と、その時自分目掛けて飛んでくる物体を思わず婁震戒が手で受け止めてみれば、それは魑翼の骨笛――召喚された魑翼に捕まり、一人と一本は天空高くに追放されてしまうのでした(まあ、魑翼が力尽きたら戻ってきてしまうわけですが……)。さてその救いの主はやっぱり殤不患かと思えば、それは何と凜雪鴉。玩具であった嘯狂狷に裏切られて(?)機嫌は最悪のようですが、ナイスアシストではあります。
 そしてその原因である嘯狂狷は、大胆にも衙門に殴り込むや、己の手駒とするべく喪月の夜を振るって――と、ますます混沌とした状況ですが、残りはわずか2話であります。


 サブタイトルから、さぞかし立派な悪の矜持を見せて散るかと思いきや、そんなもの持ってないぜ! というスゴい切り返しを見せた嘯狂狷が全て持って行った気がする今回。玩具を失って暇になった凜雪鴉がようやく物語の本筋に絡むのかと思いますが、一筋縄では行かない物語でありキャラクターであるだけに、まだまだ油断できないところです。


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関連サイト
 公式サイト


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2018.12.14

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』


 北から来た盲目の美少女修法師が怪異に挑む連作短編シリーズ、第8章の後半の紹介であります。今回も怪獣ものやこれまでとは趣向の異なる怪異など、バラエティに富んだ作品が並びます。

『大川のみづち』
 大川に船を出していた倉田屋や薬楽堂の長兵衛の眼前で、水中から巨大な顔を出した怪物。彼らだけでなく夕涼みに来ていた大勢の人々に目撃された怪物を、伝説のみづちではないかと言い出す長兵衛ですが、相談を受けた百夜は冷たくあしらいます。
 しかし日本書紀に倣ったみづち退治を企画し、それを無念によって戯作に仕立て上げることを企む長兵衛。それを危ぶんで駆けつける百夜が見たみづちの正体とは……

 というわけで、今回も薬楽堂が登場する本作は、久々に桔梗も登場して賑やかなエピソードなのですが――しかしそれだけでなく、登場するのが怪異、というより怪獣というのが嬉しいところであります。
 何しろ今回の登場怪獣みづちは、大川からニュッと突き出した頭だけで八尺、全身ではおそらく二十尺という巨大さ。現代のサイズ感でみれば小ぶりかもしれませんが、大きな建造物のない江戸時代であればさぞかし「映える」ことでしょう。映像で見てみたい……!

 というのはさておき、そんな怪獣を前にしても、自分の商売に利用してやろうという長兵衛の商魂たくましさが印象に残る本作。考えてみれば、怪獣ものでマスコミ関係者が話をややこしくするというのは、まま見る展開であります。そんな長兵衛に頭を抱えながらも助けに向かった百夜による謎解きも楽しい一編です。


『杲琵墅』
 無頼の部屋住集団・紅柄党の一員・林信三郎の様子が最近おかしいのに気がついた頭目の宮口大学。信三郎を問いただしてみれば、数日前から周囲で腐った臭いが漂ってくるのに悩まされているというではありませんか。
 自分たちには感じられないその臭いが霊的なものではないか、と考えた大学から依頼を受けた百夜は、林家の隣の日比野家に秘密があると睨みます。はたして、日比野家から盗まれた手文庫が林家の庭に落ちていたことを知る百夜ですが……

 全く聞いたことが無い言葉「杲琵墅(こうびしょ)」がタイトルとなっている本作は、「臭い」を題材とした怪談。何だかわからないモノの臭いを嗅いでしまう、嗅がされてしまうというのは、対象がどこにあるかわからないだけに、何とも始末が悪いとしか言いようがありませんが――解き明かされた真相は、この存在であれば、と感じさせられます。
 そして明らかになるタイトルの意味も、なるほどと感心させられるもので、小品ながら面白いエピソードであります。


『芝居正月』
 顔見世興行も近づく十月の晩、両国の芝居小屋・東雲座で夜毎起きる怪異。誰もいない小屋の中から様々な声が聞こえてくるという怪異の解決を依頼された百夜は、調査に向かった東雲座で、強い情念を背負った菊之丞という役者に目を留めます。
 はたして聞こえてくる声の内容は、菊之丞が演じる役の台詞。さらに彼が南部の出身であることを知った百夜たちが、彼の長屋で見たものは……

 臭いに続き、今度は音にまつわる怪談である本作。芝居が題材といえば、鶴屋南北の息子・孫太郎を相棒とする鐵次の出番では――と一瞬思ってしまいますが、物語が進むにつれて、これは百夜が挑むべき事件であるということがわかります。
 この怪異の正体――そしてそれがまた、この巻の幾つかのエピソード同様、これまでのシリーズと大きく異なる趣向のものなのですが――は比較的早い段階で明らかになるのですが、しかし問題はこれから。怪異を祓って終わりとならない一件に決着をつけたのは――これはまさしく、役者が違うと言うべきでしょうか。


 ところで以下は蛇足。本作でおっと思わされるのは、作中でこれが『ゴミソの鐵次調伏覚書』シリーズの第3弾『丑寅の鬼』の翌年であると明言されていることであります。
 ゴミソの鐵次と孫太郎が出会ったのは文政7年ですから、本作はそれ以降の出来事となりますが、一方で『草紙屋薬楽堂』シリーズの『絆の煙草入れ』は文政3年の出来事。すなわち本作は『草紙屋薬楽堂』の出来事よりも少し後の時期を描いていることになるのですが、だとすれば前回紹介した『笑い榎』でまだ本能寺無念が無名のように描かれていたのと少し矛盾があるのですが、これはもちろん、ここで登場する薬楽堂と無念が、いわばプロトタイプであるためでしょう。

 そして薬楽堂といえばやっぱり欠かすことができないあの人は――それは次回のお楽しみ、であります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『大川のみづち』 Amazon/ 『杲琵墅』 Amazon/ 『芝居正月』 Amazon
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2018.12.13

鳴神響一『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』 芸術家の精神と世俗なるものの衝突の果てに


 江戸の文化人にして名探偵・多田文治郎が怪事件に挑むシリーズの第三弾であります。今回文治郎が挑むのは、萬古焼の祖である実在の陶物師(陶芸家)・沼波弄山が主催する宴席の最中で起きた殺人事件。果たして被害者は何故殺されたのか、そして事件の背後にあるものは……

 猿島六人殺し、祝儀能殺人事件と難事件を次々と解決してきた書家にして戯作者・多田文治郎(後の沢田東江)。これまでの事件で縁があった幕府目付役・稲生下野守から宴席に誘われた文治郎は、新年早々、上野池之端の料理茶屋に足を運ぶことになります。
 将軍家御数寄屋御用を務める江戸随一の陶物師・沼波弄山が主催するその宴席で振る舞われるのは、普茶料理――大皿や大鉢に盛られた精進料理を各人が取り分けて食べるという、当時では極めて珍しい形式の料理であります。

 富裕な旗本たち、そして後に名高い浮世絵師や戯作者、蘭方医となる人々とともに料理を堪能し、その席で踊り子たちの芸を楽しむ文次郎ですが、その最中に客の一人である二丸留守居役・河原田内膳が具合を悪くして席を立つことになります。
 その後も宴席は続くもの、いつまで経っても帰ってこない内膳。それもそのはず、内膳は厠小屋の中で、首に長火箸を突き刺された死体となっていたのですから!

 その場で下野守から事件捜査を依頼された文治郎は、宴席に参加していた杉田玄白の協力で、内膳が何らかの毒を盛られて体調を崩し、そのために厠に立ったところで待ち構えていた何者かに襲われたと目星をつけます。
 しかし宴席に参加していた者には完全なアリバイがあり、別の建屋で控えていた供の者たちの動きは細かくは把握できない状況。そもそも、何故内膳が狙われたのか、狙われたとすれば、始まるまで席が決まっていなかった宴席で、どうやって毒を盛ったのか?

 五里霧中の謎に対し、文治郎は旧友で下野守の部下でもある徒目付の甚五左衛門、江戸に出てきた相州の漁師の娘・お涼ら、お馴染みの面々の手を借りて、内膳、そして弄山の周囲を探索していくことになるのですが……


 孤島にいた者全てが犠牲者となった連続殺人、能が演じられる最中の客席での殺人に続いて本作が描くのは、江戸では珍しい形式の宴席の最中に発生した殺人事件。
 前作同様、あまりにもセンセーショナルな第1作に比べると非常に地味(という表現はいかがなものかと思いますが)ではありますが、文治郎の丹念な調査と推理によって、徐々に謎の全貌が明らかになっていくというスタイルは、本シリーズらしい真面目さを感じさせます。

 特に、膳で一人ひとり料理が出される普通の宴席とは異なり、自分たちで料理を取り分ける普茶料理というシチュエーションを使った謎の設定は本作ならではのもので、トリック自体は軽いものの、その背後に様々な人間心理が働くという構図は悪くありません。

 しかし本作ならではという要素は、むしろ何よりも物語の背景となる萬古焼という芸術の世界ではないでしょうか。
 もともと桑名の商人でありながら焼き物の世界に惹かれ、自分でも窯を開いた弄山。いわば旦那芸であったそれを一個の芸術にまで高めたのは、弄山の芸術家としてのセンスであることはもちろんのこと、それを支えた彼の精神性であると、本作は感じさせます。

 そしてその精神性は、彼一人ではなく、芸術家と呼ばれる者、何かを新たに生み出す者に共通のものといえるでしょう。それは人間の自由な精神性の発露とも言うべきものですが――しかし、それは同時に、その自由さ故に、世俗的なるものと衝突し、歪められかねないものでもあります。
 思えば本シリーズで描かれる事件の背後に通底するのは、そのような構図であったと感じられます(ちなみに本作、特に解説されていないものの、件の宴席に参加した町人たちが、いずれも著名な文化人としての顔を持つのが実に面白い)。

 だとすればこうした事件を解決するのは、職業探偵ではなく、自身もまた芸術家である――それでいて世俗にも片足を置いている――文治郎でなければならなかったと言うことができるのではないでしょうか。


 もちろんこれは私の深読みのしすぎかもしれませんし、そうだとすれば、時代ミステリとしても、一種の芸術小説としても、もっともっと踏み込んでほしかった、という印象はかなり強いのですが――しかし本シリーズが、本シリーズならではの独自の世界観を構築しつつあるのも、また事実と感じられるところであります。


『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)

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2018.12.12

SOW『風銘係あやかし奇譚』 百人斬りが見た文明開化の光と陰


 西南戦争で百人斬りの悪名を轟かせた時代遅れのサムライと、内務省警保局図書課風銘係なる肩書きを持った謎の少女が、文明開化の世に新たな生き方を探す(中であやかし絡みの騒動に巻き込まれる)、ちょっと変わった明治ものノベルであります。

 西南戦争の熊本城での激戦で無数の官軍を斬った末、深手を負って捕らえられた青年・乃木虎徹。牢の中で意識を取り戻した彼を迎えに来たのは、卯月と名乗るちょっと変わった少女でありました。

 彼女が勤めるのは内務省警保局図書課風銘係なる聞いたこともない部署。その上司であり、官界に顔の利く謎の男・天樹鈴白に何故かスカウトされた虎徹は、行く宛もなかったこともあり、試用期間ということで風銘係に参加することになります。
 その風銘係の業務とは、一種の文化振興事業。文明開化の世にはびこる因習や偏見・誤解を解くために奔走する卯月を――自分自身も文明開化の風物に驚きつつ――助けて、虎徹は奮闘することになります。

 そんな中、二人が新宿の貧民街で出くわしたのは、コレラの流行に乗じてぼろ儲けを企むインチキ宗教者。人々を誑かし、こちらの言葉も通じない相手に、人斬りに戻ることを決意する虎徹ですが、その前に宗教者に雇われた用心棒が現れます。異様な存在感を漂わせるその男こそは、帝都を騒がせるある事件の犯人であり、そして……


 文明開化の時代を舞台した物語といえば、文明開化に乗り切れない時代遅れのサムライか、あるいは夢に燃えてその文明開化の最先端で活躍(奮闘)する人物が主人公になるというのが、まず定番でしょう。

 そして本作の主人公たる虎徹は、その双方の要素を持つキャラクター――すなわち、西南戦争で人を斬って斬って斬りまくってきた最後の薩摩武士にして、一転、風銘係なる肩書きで文化振興に奔走する人物として、描かれることになります。
 もちろんそこには卯月という導き手がいるのですが、ちょっと浮き世からずれたキャラである卯月と、さらにずれている虎徹のおかしなコンビが文化振興に当たる様は、本作の前半の見せ場というべきでしょうか。

 ちなみにその中で虎徹が目の当たりにすることになる文明開化の東京の姿は、有名なものからマイナーなものまで様々で、かなり丁寧に描写されているのが印象に残るところであります。
 聞けば本作の作者は、劇場版の『るろうに剣心』のノベライゼーションを担当していたとのこと。恥ずかしながらそちらは未読なのですが、なるほど、と言うべきでしょうか。


 しかし本作は、ちょっとおかしなバディの、ちょっとトリビアルな明治漫遊記だけで終わる物語では、もちろんありません。何しろ虎徹は剣呑極まりない百人斬り――一見平和の世に馴染んだようでいて、作中後半で描かれるように、容易に人斬りのメンタリティに戻れる男なのですから。

 そんなキャラクターを本作の主人公にする必然性は何なのでしょうか。その手がかりの一つになるのは、本作が決して時代の陽を――輝かしい文明開化の光のみを描くものではなく、同時にその光から外れた陰の中に取り残された者・物・モノを描いた物語であるということではないでしょうか。

 そう、虎徹は(そして実は卯月も)最も文明開化とほど遠い、それどころかその対極にあった人物。その彼の目から見た時代の姿は、ある意味正面から描く以上に、よりその本質を――少なくともその本質の一つを――描き出しているように感じられます。
(ちなみに、主人公たちを助ける役回りであり、二人とは別の意味で文明開化の時代を象徴するキャラクターとして、佐藤進を配置するセンスには感心させられます)

 そしてその構図は、後半に登場する「敵」の姿と対比することによってより明確になるのですが――そのもう一人の虎徹というべき存在と対峙することによって、虎徹の中の人間性、ある意味文明と対応する部分を浮かび上がらせるのも、面白いところでしょう。


 正直な印象を申し上げれば、虎徹のキャラクターはあまりにわかりやすい、関ヶ原からタイムスリップしてきたような薩摩武士でありますし、その「敵」の「ヒャハハと笑う殺人鬼」というキャラも、非常に類型的に感じます。(ただし本作の場合、それをあえてやっている印象も強いのですが……)

 それでもなお本作は、明治を、文明開化を切り取った物語として独自の味わいを持ちます。新たな時代で生まれ変わった虎徹が何を見るのか――その先が気にならない、と言えば嘘になるでしょう。


『風銘係あやかし奇譚』(SOW マイクロマガジン社文庫)

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2018.12.11

今村翔吾『童の神』(その二) 反逆と希望の物語の果てに


 平安時代を舞台に、まつろわぬ者たち「童」の熱い反逆を描いた快作の紹介、後編であります。本作が描く、より切実で重いもの。それは……

 それは桜暁丸たちの戦いの目的、彼らの求める自由の意味が、突き詰めれば自分たちもまた人間であること、すなわち自分たちの人間性を認めさせることにほかならないということであります。

 前回のに述べたように、桜暁丸をはじめとして、本作の主人公となるのは、「童」と呼ばれ、京人から激しい差別と抑圧を受けてきた者たちであります。
 鬼や土蜘蛛が、被征服民や異民族のメタファーであるとはしばしば言われることであり、その意味では本作の趣向は珍しいものではないのかもしれませんが――しかしその彼らの視点を中心に物語を描いてみせた作品は、実は決して多くはないと感じます。

 その一方で、本作はその視点をほとんど最初から最後まで貫くことによって、彼らの置かれた状況、彼らの抱く想い、そして彼らをそのような立場に置いてきた者たちの傲慢と社会の無情を、これまでにないほど力強く浮き彫りにするのです。メタファーなどと、したり顔で言うことを恥じさせるほどに。
 そこにあるのは、人が人を差別することへの怒りであり、そして人が人として生きることへの切なる願いであり――その点において、本作は様々な「反逆」を描いた物語の中でも、極めて切実で、根源的なものを描いていると感じるのです。

 そしてその怒りと願いは、実は決して彼ら「童」たちのみのものではないことが、本作にさらなる厚みを与えています。
 童を差別してきた京人――その中でも庶民と言うべき人々もまた、より富める者、より持てる者たちに、同様に扱われる存在にほかなりません。そしてまた、童を抑圧する武士たちの中にも、彼らと同じ血を持ち――それでも生きるため、信じるもののために、彼らに対峙する道を選んだ者もいるのであります。

 善と悪で割り切れる物語ではない、悪を倒してめでたしめでたしという物語ではない――そんな物語である本作は、時に、いや多くの場面で、読者である我々にひどく苦い味わいをもたらします。

 いや、物語が大江山の酒呑童子伝説を題材としていることがわかった時点で、ある意味結末は見えてしまうのですが――しかしそれでもなお本作が我々の目を最後まで惹きつけるのは、そこに描かれている物語がどこまでも希望に満ちたものであり、そしてその希望は自分たちの中にもあるものであることを、感じさせてくれるからではないでしょうか。


 ……などという理屈を捻るまでもなく、とにかく最後の最後まで、こちらの胸を熱くさせてくれる本作。
 特に終盤の疾走感たるや尋常なものではなく――酒呑童子伝説に伝わるある言葉が、異常に格好良い形で使われるのにはもう!――純粋にエンターテイメントとしても非常に魅力的な作品であることは間違いありません。

 もっとも、そんな本作にとっての私の最大の不満は、童たちの戦いが結末で一つの終わりを迎えること――それに尽きます。
 いや何を言っているのだ、と思われるかもしれませんが、童たちが抱いた反逆の想いは、決してこの時この場所の彼らだけのものではない――それは明らかでしょう。それは人間が人間であろうとする限り、人間が人間をあきらめない限り、必ず抱く想いなのですから。

 だとすれば、童たちの戦いがここで終わってしまうはずがない。いつかまた、童たちが、童たちと同じ想いを抱いた者たちが必ず現れる――そんな「希望」を胸に、新たな「反逆」の物語の登場を期待するところであります。


『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)

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2018.12.10

今村翔吾『童の神』(その一) 平安を舞台に描く日本版水滸伝


 平安時代を彩る様々な伝説やキャラクターを題材に、「童」と呼ばれたまつろわぬ者たちが、自由を求めて命がけの戦いを繰り広げる姿を描いた平安伝奇小説――第10回角川春樹小説賞受賞も納得の、平成の本朝水滸伝とも言うべき大作であります。

 鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥――かつてはそれぞれ平和に暮らしながらも、朝廷により平定されて恐ろしげな名をつけられ、「童」と呼ばれ京人から蔑まれていた先住民たち。
 その一つ、盗賊団・滝夜叉の美しき頭領・皐月と出会い、密かに愛し合うようになった安倍晴明は、京の貴族でありながらも「童」に心を寄せ、彼らとの共存を図ろうとする源高明の蜂起の企てに加わることになります。

 しかし企ては協力者であったはずの源満仲の裏切りにより瓦解。鬼、土蜘蛛の頭領たちをはじめとして多大な犠牲を払った末に、童たちは散り散りとなるのでした。
 辛うじて追求の手を逃れた晴明は、折しも起きた日食を利用して、これを空前絶後の凶事と断じ、捕らえられた者たちの恩赦を勝ち取るのですが……

 その日食の最中に生まれた越後の郡司の息子・桜暁丸は、その生まれた時と異国人の母から受け継いだ異貌によって周囲からは疎まれつつも、父と師に支えられて成長していくことになります。
 しかし日食から十数年後、凶作から民を救うために力を尽くしていた父が京人によって謀反人の汚名を着せられ、桜暁丸はかつての蜂起に参加していた師に助けられて、一人生き残るのでした。

 激しい復讐の念を抱いて京に出るや、役人たちばかりを狙う強盗となり、花天狗と呼ばれて恐れられるようになった桜暁丸。しかし源満仲の子・頼光に仕える渡辺綱と坂田金時に追われ、追い詰められた彼は、人間離れした身軽さを持つ一人の男に助けられることになります。
 その男こそは袴垂――歴とした藤原氏出身の貴族ながら、童の一つである夜雀の体術を身につけ、民を救うために貴族から奪っては施しを行う義賊でありました。

 袴垂と行動を共にするうちに、彼を兄とも慕い、同じ夢を追うようになっていく桜暁丸。しかし彼らの行いは思わぬことから露見することとなって……


 と、ここまでで全体の半分弱といえば、本作がどれだけ波瀾万丈な物語であるかが想像できるのではないでしょうか。この先も桜暁丸を待つのは様々な人々との出会いと別れ――奇しき因縁に結ばれた童の仲間たちや愛する人との出会い、宿敵となる頼光四天王との激しい戦いの数々なのであります。

 そんな本作を手にした時に私が真っ先に抱いたのは、「なるほどこうすれば日本で『水滸伝』を描けたのか!」という想いでした。
 『水滸伝』がいかなる物語であるか――そのあらすじや形式ではなく目指すところ、内包する可能性を示す言葉は様々にありますが、そこに確実にあるのは、世を支配する者たちに圧せられ、追われた末に、自由の新天地を求める者たちの願いと心意気ではないでしょうか。

 しかし文化が、歴史が、風土が異なる日本を舞台としてそれを描くのは、決して簡単なことではありません。その難事を、本作はまつろわぬ者たちを――鬼や土蜘蛛といった魔物の名で呼ばれた者たちの代表選手たちを――メインに据えることによって、軽々と成し遂げてみせたと感じます。
 冒頭で私は『本朝水滸伝』の名を挙げましたが、一種の権力奪還の物語の側面を持つ同作よりも、本作の方がさらに『水滸伝』している――と評するのは、贔屓の引き倒しでしょうか。

 もっとも本作の場合、別の『水滸伝』――はっきり言ってしまえば北方謙三のそれの影響が、キャラクター造形や言動、彼らの戦略等に濃厚に見て取れてしまうのは、ちょっとどうかな、とも感じるのですが……


 閑話休題――ファンとしてついつい浮かれるあまり、他の作品と重ねて語りすぎるという、一個の作品に対してあまりに失礼なことを長々と書いてしまいましたが、もちろん本作が、先行する作品(のモチーフ)とは重なるものを持ちつつ、より切実で、重いものを内包する作品であることは間違いありません。

 それではそれは――長くなりますので次回に続きます。


『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)

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2018.12.09

鷹野久『向ヒ兎堂日記』第6-8巻 彼らの戦いの結果、彼らの叶えた望み


 以前途中までしか紹介していなかった作品、それもだいぶ前に完結した作品を今頃で恐縮ですが――怪異や怪談が取り締まられるようになった明治時代を舞台に、怪談を集め、怪(あやかし)が集まる貸本屋・向ヒ兎堂を舞台とした物語のラスト3巻をご紹介いたします。

 かつての陰陽寮を母体とする国の機関・違式怪異取締局によって、妖怪変化など怪たちと、彼らのことを記した怪談が取り締まられていく時代。そんな中、密かに怪談を集める向ヒ兎堂には、人間に化けた様々な怪たちが集まるようになります。
 そして向ヒ兎堂店主・兎崎伊織も、人間でありながら鬼や天狗に育てられ、怪を見ることができる不思議な片目を持つ青年。怪が失われていく世情を憂う彼らは、密かに怪を保護していたのですが――それはやがて、取締局との対立に繋がっていくこととなります。

 そんな中で明らかになっていく取締局の企み。新時代となり解体された陰陽寮の人々は、怪を手中に収め、それを使役して騒ぎを起こすことによって、自分たちの必要性を世に示そうとしていたのであります。
 そして伊織も知らなかった彼の出生もまた、陰陽寮に繋がるもの――彼こそは安倍家の正統の血筋であり、強大な鬼・白姫の血を文字通り受けた存在だったのです。

 これまで何かと縁を持ち、取締局のやり方に反対して離反した局員・都築夫妻と手を組むことになった伊織と怪たちは、ついに帝都に怪たちを放った取締局に全面対決を挑むことに――


 と、ノスタルジックでのんびりした空気の流れる連作怪異譚であった序盤から大きくストーリーは動き、伝奇活劇的な展開となっていった本作。
 決して派手な術合戦などが繰り広げられるわけではありませんが、まだ闇深い帝都の夜を舞台に繰り広げられる本作ならではの攻防戦は、次々と明らかになる伊織や周囲の人々・怪の因縁も相まって、大いに盛り上がります。

 しかしそんな中でも、当初のムードが薄れないのも面白いところで、人間とは価値観や感覚が異なる怪たちはあくまでもマイペース。真剣な戦いの中でも、やはりどこか呑気な感覚があるのに、ホッとさせられます。
 そしてそれはまた、この戦いが――少なくとも向ヒ兎堂側にとっては――相手を滅ぼそうというものではなく、自分たちの存在を認めさせるためのものであるからなのでしょう。

 そう、第5巻の紹介でも述べましたが、取締局が怪を取り締まり使役しようとするのは、自分たちがこの世から、時代から忘れ去られないようするため。そして向ヒ兎堂が怪を、怪談を守るのは、怪たちの存在がこの世から、時代から忘れ去られないようするため。
 その目的、望みという点を見れば、両者は同じものを求めていると言ってもいいかもしれません。

 しかしもちろん、その望みは基本的に併存できるものではありません――少なくとも、取締局が今のやり方を続ける限りは。
 それを変えるべく奮闘した伊織の、都築の、周囲の人々・怪たちの戦いの結果がどうなったか? それはもちろん、決して甘いばかりのものではありません。いくつもの傷と痛みが残り、それはこの先も残っていくものでもあるでしょう。

 しかし同時にそれは、この先に希望の光を示してくれるものでもあります。少なくとも、この物語そのものが次の物語を生み出すという結末は、彼らの存在が語り継がれていったということにほかならないのですから……


 最後の最後まで温かい空気感を漂わせていた本作。一つの物語が終わったにもかかわらず、まだどこかに彼らがいるような気持ちになってしまうのは、その空気感があればこそであり――そしてそれこそは彼らが望んだものなのだと、心から思うのです。


『向ヒ兎堂日記』(鷹野久 新潮社バンチコミックス)



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2018.12.08

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』


 北から来た美少女陰陽師が江戸を騒がす怪異と対決する短編連作シリーズも8章に突入。この章は意外なクロスオーバーあり、シリーズの方向性の転換(?)ありと、バラエティに富んだ物語が展開いたします。

『笑い榎』
 友人である草紙屋・薬楽堂の先代・長右衛門が耄碌したという噂に、店を尋ねた左吉の主・倉田屋。しかし長右衛門が中庭の榎が時折大声で笑うと語ったまさにその時、倉田屋もその笑い声を聞くことになるのでした。
 倉田屋の依頼で薬楽堂を訪れた百夜は、そこで居候で目下スランプ中の戯作者・本能寺無念と出会って……

 というわけで、平谷美樹ファンには仰天のクロスオーバーである本作。『草紙屋薬楽堂ふしぎ草紙』シリーズの薬楽堂の面々、特に無念の登場にはさすがに驚かされました。
 といっても本作の発表は2015年11月、『草紙屋薬楽堂ふしぎ草紙』のシリーズ第一弾はその約一年後なので、むしろスピンオフということになるのかもしれませんが……

 それはさておき、考えてみればどちらも文政年間の物語(実は細かいことをいえば色々あるのですがそれはまた次回)――『薬楽堂』は怪異に見えた事件をロジカルに解決するミステリ、本作はミステリ味の強い怪異譚と、方向性は正反対ですが、こうして交わってみると違和感がないのは面白いところです。
(というより『薬楽堂』の主人公であり、一番怪異否定派の金魚が登場しないのが、大きいのかもしれませんが)

 さて、本作で描かれるのは一風変わった怪異ですが、百夜が解き明かすその真実はそれに輪をかけてユニーク。一種の霊異譚ではありますが、そこに戯作者の業が絡むのは、『薬楽堂』的といえるかもしれません。
 にしても無念は、やはり基本的に陰のキャラクターなのだなあ……


『俄雨』
 とある呉服屋の隠居所で、晴天の日であっても毎晩深更に聞こえてくる、俄雨の降るような音。実はその屋敷は、数年前に足抜けした遊女とその恋人が心中したという曰く付きだったことから、震え上がった当代の主人は、百夜に依頼してくることになります。
 偶然、数日前に隠居と知り合っていた百夜は早速屋敷に向かいますが、そこで彼女が感じた気配とは……

 表紙の、早春に咲く梅の花を前にした百夜の笑顔が印象に残る本作。描かれる事件は、シリーズに幾度かあったように記憶している幽霊屋敷もので、あまり特徴はないようにも思われるのですが――しかし実は本作にはこれまでにない大きな特徴があります。
 それが一種の引っかけとなっているところもあり、ここではその内容には触れませんが、ようやく百夜の念願も叶ったというところでしょうか。

 閑話休題、これまでと趣向はいささか異なっているものの、怪異の謎に対峙する百夜の姿勢は変わることがありません。その彼女が明かす真実とは――これはちょっとヒエッと言いたくなるようなものなのですが、それに対する百夜の選択にもまた驚かされます。
 これで良いのかと考えさせられる一方で、しかしこれが最良なのだろうと思わされるその答えは、やはり百夜が元々は生者と死者を繋ぐイタコだから――と思うべきでしょうか。幾重にも捻りの効いた作品であります。


『引きずり幽霊』
 板橋宿の岡場所で遊んだ帰り、見えない何かに絡みつかれ、引きずり倒されたおばけ長屋の住人二人。自分たちを引きずっているのが十人もの女郎の亡魂であることに気付いた二人は、命からがら逃れると、百夜のもとに駆け込むことになります。
 実は最近板橋宿で同様の被害が増えていると知った百夜は、左吉を囮に幽霊たちの正体を探るのですが……

 夜道で亡魂たちに捕まり、どこかへ引きずられていくという、冷静に考えれば非常に恐ろしい怪異が描かれる今回。しかしこれも冷静に考えれば、女郎たちは何故男たちを捕らえるのか、どこへ引きずって行こうというのか、謎だらけであります。
 もちろん本作の肝はその謎解き。百夜がクライマックスでその謎を知る手段はちょっと反則の気もしますが、しかしそこで明かされる女郎たちの行動の理由と、女性ならではの心情がなんとももの悲しくも切なく印象に残ります。

 実は今回も前話同様、これまでとは異なる趣向の内容なのですが――考えてみればだいぶ前にレーベルのタイトルも「九十九神曼荼羅シリーズ」から「夢幻∞シリーズ」と変わっていることもあり、あるいはこの先世界観が広がっていくのかもしれません。もちろん、それはそれで大歓迎であります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『笑い榎』 Amazon/ 『俄雨』 Amazon/ 『引きずり幽霊』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖43 笑い榎 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖44 俄雨 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖45 引きずり幽霊 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』

 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

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2018.12.07

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」

 七殺天凌を手にした諦空(婁震戒)によって蠍瓔珞が斬られたことを知る殤不患。一方、凜雪鴉と商談をまとめ、西幽の秘宝を売りさばこうとする嘯狂狷だが、意外な陥穽が待ち受けていた。そして七殺天凌を手に虐殺を繰り返す婁震戒は、彼女の天敵である神誨魔械を破壊するため、仙鎮城に迫る。

 前回、非業の死を遂げた蠍瓔珞を浪巫謠が弔っているところにやってきた殤不患。新たな道を行こうとしていた矢先の彼女を斬った諦空に怒りを燃やす殤不患ですが、浪巫謠はそれでも殤不患が可能であれば諦空を助けようとしていると見て、非情になれない奴は邪魔だと、戦場から一時離れるように促します。もちろん浪巫謠は、そんな甘さを捨てきれない殤不患をそのままの彼でいさせるために、あえて冷たい言葉を吐いたのですが……

 その頃七殺天凌と諦空改め婁震戒はといえばイチャイチャの真っ最中。七殺天凌が求めるままに人を斬り、その血を吸わせていく彼は、その前に現れた祐清だったか碧樞だったかのどちらかと遭遇、相手があまりの変わりように驚いて間に(というよりむしろよく同一人物だとわかったな!)バッサリと斬殺してしまいます。そんな婁震戒に対して、「ほかにもっと良い剣が現れたらそっちにさっさと乗り換えちゃうんじゃないの?」と軽くスネてみせる七殺天凌。いやいやそんなことはないですよと返す婁震戒ですが――一体君たちは何をやっているのだ。

 一方、そんな流れはお構いなしに悪巧みを進める嘯狂狷。彼が西幽から運んできた秘宝と、凜雪鴉が隠していた東離の名刀と――ともに売りさばけば後ろに手が回る品を交換して、遠く離れた地でそれぞれ売りさばこうという企みであります。そして互いの品を取り替えた嘯狂狷ですが――ここで凜雪鴉が、西幽のお宝の方が価値が高すぎる、これでは自分ばかりが得してしまうので、君がこれを売ってその中から分け前を渡してくれたまえよ、と言い出すのでした。
 凜雪鴉の言葉に疑いを抱きつつも、自分には破幻のメガネがあるのだから心配はない、と嘯狂狷はその提案を受け入れるのですが……

 そのおそらく翌日、釣りをしている凜雪鴉のところにやってきたのは殤不患(こいつら普通に友達だな?)。と、振り向いた凜雪鴉の顔には、あの嘯狂狷のメガネが!偽物とすり替えておいた、としれっと語る凜雪鴉は、物に頼り切っているからこんなことになると、もっともながらお前が言うな的なことを語るのですが――当の嘯狂狷の方は、そんなことになっているとはつゆ知らず、凜雪鴉に頼まれた通り、商人のもとに、西幽の秘宝の数々を持ち込みます。
 ……が、櫃を開けてみれば、そこに入っていたのは東離の名剣――それも墳墓や宮中にあるはずのものばかり。こんな恐ろしいものを一体、という疑いの目に耐えきれなくなった嘯狂狷は、店主たちを殴り倒して逃走、さらに途中で出会った東離の捕吏たちも殴って逃げるのでした。しかし東離の剣がこちらにあるということは、西幽に送った荷の中身は西幽の宝、すなわち彼の汚職の証拠。東にも西にも逃げ場はなくなり、地団太を踏むしかない嘯狂狷であります。

 さて、殺人バカップルに目を向ければ、スネられたのが悪かったか、婁震戒は姫以外の刀は許せんと、仙鎮城への殴り込みを決意。なるほど、護印師のもとであれば、神誨魔械をはじめ名刀宝剣の類は様々あるかと思いますが――しかし神誨魔械は魔物に近い七殺天凌にとっても苦手な相手。しかし婁震戒は大丈夫大丈夫と、珍しく弱気の七殺天凌にもかまわず乗り込んでいくのでした。
 もちろんたまったものではないのは仙鎮城側。あっさりと突破されていく守りを前に、祐清だったか碧樞だったかの生きていた方は、自分が時間を稼ぐうちにお逃げ下さいと伯陽候に促します。そして目隠ししたまま婁震戒と七殺天凌の前に立つ彼が持つのは――自在に宙を舞い、自動的に「魔」を察知して襲いかかる誅荒劍。なるほど、これであれば目が見えなくとも戦えます。

 婁震戒は体術で攻撃を躱しまくるものの、人間の身であれば限界はあります。そしてついに動きを止めた婁震戒に襲いかかる誅荒劍ですが――ここで婁震戒は身を捻るや、肘と膝で挟み込んで剣を止め、そのままへし折った! 真剣白刃取りどころか、まさかの蹴り足ハサミ殺しを白刃相手に敢行する婁震戒、やはり異常な遣い手であります。
 道具に頼りすぎだ、とどこかで聞いたような言葉とともに相手に止めを刺す婁震戒。一方、ただ一人逃れた伯陽候が向かう先は……?


 突然ものすごい格好になった(しかし一目で見抜く仙鎮城の皆さん)諦空改め婁震戒と七殺天凌のバカップルぶり、そしてついに転落を開始し小物っぷりを見せつける嘯狂狷と、クライマックス間近ながら愉快な展開が続いた今回。こんな楽しい人たちもこれからバタバタ退場していくのだろうなあ――と思っていたら、次回予告に見覚えのある眼帯青年が登場して、思わず真顔に……


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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
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2018.12.06

肋家竹一『ねじけもの』第1-2巻 人間と妖怪、激情と平静の間で


 戦国時代の九州・日向を舞台に、復讐に燃えて放浪する山賊・カガシと長きに渡り山に住まう妖の女・縣――奇妙な二人の姿を描く漫画であります。人間と妖怪、それぞれに考え方も生き様も違う二人が、力が全ての戦国の世で見るものは……

 強盗、追い剥ぎ、人殺し――生きるために平然と悪事に手を染めながら放浪を続ける山賊・カガシ。ある時立ち寄った村で狐の妖怪退治を依頼された彼は、好奇心からそれを引き受けて山に入った際に、凶暴な山犬に襲われることになります。
 谷に落ちた彼の前に現れたのは、人間めいた外見ながら、獣の耳を生やした巨躯の女。山犬を友と呼び、不思議な力でカガシの傷を治した彼女は、カガシの言動に興味を持ち、彼に付いて山を出るのでした。

 実は、かつて彼の仲間を皆殺しにした傭兵集団・蜥蜴衆を追って放浪を続けていたカガシ。様々な事件を経て蜥蜴衆が佐土原城の伊東義祐に仕えていることを知ったカガシは都於郡に向かったものの、そこで住民の蜂起と島津家の侵攻に巻き込まれることになって……


 復讐を目的として放浪する男、異なる時を生きる人間と妖怪のバディ――どちらもエンターテイメントではしばしばお目にかかる題材ではありますが、その二つを組み合わせた本作は、かなりユニークな手触りの物語。そしてそのユニークさを生み出す最大の原因となっているのは、カガシのキャラクターであることは間違いないでしょう。

 目的のためには手段を――特に暴力を選ばないというのは、これは決して珍しい特徴付けではないかもしれませんが、本作の描写は、そんなカガシの在り方を、決して美化することなく、むしろ露悪的に描きます。
 自分より弱い者から奪うことも、敵となった者を殺すことも躊躇わない。いや、己より強い者に勝つためには、人質など卑怯な手をも平然と使ってみせる――その姿は、ピカレスクというような格好良いものではなく、もっと泥臭く、生臭いものを感じさせるのです。

 人間と妖怪がコンビを組む場合、妖怪のキャラクターの方が、命の有り難みを理解せず、平然と暴力を振るい、それに対するものとして人間のキャラクターが存在することが大半のように思えます。
 しかし本作においては、縣の方がよほど穏やかであり――尤も、人間の命に対しては極めて無頓着なのですが――作中で本人が言っているように、カガシの方が妖怪に近い、という印象すらあります。

 その意味では、本作においては、人間と妖怪をはっきりと分けるものはないようにも感じられます。もちろん両者は、姿も、力も、寿命も大きく異なるものではありますが――特に弱肉強食の戦国の世において「生きる」ということにおいて、両者の間に大きな違いはないことが、作中では描かれていくのであります。

 いや、カガシと縣の間に違いがあるとすれば、それは種族ではなく、強い感情――己の、他者の生き様に影響を与えるほどの――有無にあると言えます。

 己を弱者と断じ、それ故に恨みを生きる原動力とするカガシ(そして彼の場合、それが他者にも同様と信じ込んでいるのがまた凄まじい)。大妖と呼べるだけの力を持つが故に、怒りをはじめとする激情を失い、カガシに生きるまで逼塞していた縣。
 果たしてそのどちらが「人間的」なのか――本作で描かれる二人の関係性は、一筋縄でいくものではなく、それだけに何ともユニークなものとして感じられるのです。


 しかしそんな二人もまた、人間の歴史の激動の中に巻き込まれていくこととなります。仇である蜥蜴衆が伊東家に仕えることを知り、戦いを挑もうとするカガシ。しかし当の伊東家は圧政により民の信望を失い、さらに九州統一を目指す島津家の圧倒的な力の前に、風前の灯火の運命にあります。
 その嵐の前に、一人の「人間」がいかなる力を持つものか――仮に一人の「妖怪」が手を貸したところで、それは微々たるものというしかないでしょう。

 その中でカガシは己の激情を貫くことができるのか。縣はそれを前に平静さを保っていられるのか。
 時は1577年、いわゆる伊東崩れが目前に迫る中、物語はいかなるクライマックスを迎えるのか――近いうちに刊行されるであろう第3巻・最終巻に何が描かれるのかを見届けたいと思います。


『ねじけもの』第1-2巻(肋家竹一 新潮社BUNCH COMICS)


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2018.12.05

君塚祥『上海白蛇亭奇譚』 人間と妖の真の共存を求めて


 時は1927年、所は魔都「上海」――そこで茶館・白蛇亭を営む少女・花琳と、ちょっと変わった茶館の下宿人たちが、様々な妖絡みの事件に挑む連作漫画であります。

 先の大戦の後に列強が鎬を削る中で、自治権を持った都市として反映する「上海」。主人公・花琳は、白蛇亭の看板娘兼主人として忙しく働く毎日であります。
 上の階が下宿として貸し出されている白蛇亭で暮らすのは、女装タロット占い師の菫雲、引きこもりの画家のダリオ、いつも妖しげなガラクタばかりを買い込んでいる謎の男・壱岐島など変わり者ばかり。さらに常連の怪しげな伊達男・リチャードも含めて、ある意味この街らしい面々です。

 そんな白蛇亭に舞い込んでくるのは、この世の物ならぬ奇怪な事件の噂。恋する相手を求めて上海に現れた人魚のミイラ、街を騒がす怪火と幽霊屋敷の怪、小さな女の子の姿をした芸術の女神、人を吸い込む不思議なのぞきからくり――そんな事件を次々と解決していく花琳と壱岐島ですが、二人にはそれぞれ秘密があります。

 花琳は伝説の大妖・女カと人間の男の間に生まれ、強大な母の力を引き継ぐ半妖。そして鬼道に通じる壱岐島は、そんな彼女の監視役――失われた女カの力を巡り列強が暗躍する中、花琳たちは否応なしに巨大な運命の中に巻き込まれることに……


 「上海」と言われたら、「魔都」と頭に付けたくなるようなイメージがありますが、様々なフィクションの中に登場するそんな上海の中でも、本作はかなりユニークな印象があります。
 何しろ、この「上海」には世界各国の人間が住み着いているだけではなく、この世のものならざるモノたちも――そしてこの世のものならざる力を操る者たちも――様々に存在しているのですから。

 しかしその姿は、本作の暖かみのある絵柄――その最たるものは、主人公たる花琳のビジュアルだと思いますが――で描かれることで、恐ろしさや猥雑さというネガティブなイメージよりも、むしろ活力や陽気さというイメージを与えてくれるのがいい。
 妖しさもさることながら、全てを包み込むような懐の深さを感じさせてくれる――そんな印象があります。

 しかしそんな世界においても、人間と人間ならざる妖の共存――単に同じ世界にいるというだけでなしに――は、容易なことではありません。
 同じ人間同士が激しく争った、そして争い続けている世界において、生まれついての種や拠って立つ理を異にする者たちが共存することがどれだけ難しいか――それは我々の世界に存在する様々な伝説が証明しているといえるでしょう。

 さらに本作の中盤以降は、その人間と妖の関係性に加えて、人間と人間の争いの中に、妖たちが巻き込まれていく姿がクローズアップされていくことになります。

 何しろ本作の世界観の根底をなすルールこそが、白蛇協定――命を失い、引き裂かれてもなお強大な力を持つ女カの、すなわち花琳の母の遺骸を巡る列強の中立協定なのですから凄まじい。
 そして花琳もまた、その母の力を継ぐ者として、様々な者たちに狙われることとなるのであります(その中には、女カといえば――と言うべき者までもが紛れているのですから実にややこしくも面白い)。

 それでは人間と妖の真の共存は幻なのか――それは決してそうではないことは、花琳の存在自身が証明していることは言うまでもありません。単に彼女が人間と妖の間に生まれたというだけでなく、彼女の営む白蛇亭に集った人々と彼女の間に培われた絆の存在でもって……
 作者の作品では、比較的近い時代、近い設定の『ホムンクルスの娘』が思い浮かぶところですが、そちらとはまた異なる方向性の結末は、印象に残るところであります。


 もっとも、背景となる神話伝説がこの世のものである一方で、登場する国家名が架空のものに差し変わっているのが――例えば上海が存在するのは夏楠国、壱岐島の母国は倭国という設定――ほとんど全く機能していない点が残念ではあります。が、これはまあ置いておきましょう(理由も何となく察せられるところではあります)。

 全3巻と巻数は決して多くはないものの、それだけによくまとまった、人と妖の絆を描く愛すべき物語。本作はそんな物語なのですから……


『上海白蛇亭奇譚』(君塚祥 新潮社BUNCH COMICS 全3巻)



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2018.12.04

森川成美『さよ 十二歳の刺客』 人として少女が掴んだ一つの希望


 牛若丸という少年ヒーローがいるためか、特に児童文学における源平合戦は、源氏側から描かれるものが比較的多い印象があります。それに対して本作は、生き延びた平家の姫君――それも当の義経の命を狙う少女を主人公とした、極めてユニークで、そして重く豊かなものを持った物語であります。

 平家方の総大将であった平維盛の姫・さよ。壇ノ浦の戦いで乳母共々入水したものの、平家びいきの漁師たちに奇跡的に助けられた彼女は、素性を隠して奥州藤原氏に仕える清原家に引き取られ、養女として暮らすことになります。
 そこで平和に暮らしながらも、弓馬の腕を磨いてきたさよには、一つの目的がありました。それは卑劣な手段で平家を滅ぼした男・源義経をこの手で討つこと。そして当の義経が奥州に逃れてきたことを知った彼女は、平泉で行われた流鏑馬の場で、ついに義経に出会うことになります。

 流鏑馬を見物するために男のなりをしていたためか、当の義経から息子の千歳丸の遊び相手となるよう命じられたさよ。これ幸いと衣川の接待館で暮らすようになった彼女は、義経が千歳丸に異常に厳しく当たるのを目の当たりにして、いよいよ敵意を燃やすのですが――しかし父を一心に慕う千歳丸を前にして、複雑な心境を抱くようになります。

 それでも仇は討たなければならないとこころを奮い立たせ、足跡が残らないよう雪がとけた時に義経を襲撃することを決めたさよ。しかし決行の日、思わぬ事態が……


 冒頭で述べたように、これまで源氏側から描かれた物語が多かった印象がある源平の合戦。そうした物語では、いきおい平氏の方が武家として劣っていた、驕っていたから敗れたという視点になりがちであります。
 しかしそれが真実であったか。まさしく判官贔屓といいつつ、その九郎判官に敗れた平氏の側が不当に貶められているのではないか。何よりも私自身、気付かぬうちにそんな視線が内面化されていなかったか――本作を読んでまず考えさせられたのはそれでした。

 そう、本作の主人公・さよは、そんなものの見方に真っ向から、自分の身を以て異議申し立てを行う人物として描かれます。
 彼女の父・平維盛は、富士川の合戦で舞い立つ鳥の音に驚いて兵を退いた愚将、敗戦後も武士らしく身を処することなく、その死に様も定かではないと伝えられる人物ですが――しかし少なくともさよにとっては愛すべき父であり、そしてその父をはじめとする平氏方を卑怯な手で滅ぼした義経こそが許せぬ悪なのですから。

 実際のところ、本作で描かれる義経は、そんな彼女の憎悪を向けられるに相応しい人物として感じられます。子供のような体格にしわくちゃの猿のような顔、突然賑やかに振る舞うかと思えば、実の息子である千歳丸に過剰なまでに癇癪を爆発させる――その姿は、およそ後世に伝えられるような名将とは思えません。
 そのような描写も相まって、本作の佐用の姿には、誰でも応援したくなるのではないでしょうか。……物語の中盤までは。


 義経を討つために期を窺い、彼の周囲を調べて回るさよ。しかしその中で明らかになっていくのは、英雄でもない、悪人でもない、もう一つの義経の素顔であります。

 彼にも愛する者がいる。不器用でありながらも千歳丸に対する愛情がある。そして何より、彼にも戦う理由、勝たなければならない理由がある。そして千歳丸もまた――さよ自身がそうであったように――そんな義経を慕っている。
 そんな考えてみれば当たり前の、しかし仇討ちを夢見て生きてきた身にとっては意外で、そして重い事実が、やがて彼女に突きつけられることになります。

 だとすれば彼女はどうすればよいのか。彼女は如何なる道を選べばよいのか。平氏と源氏に、勝者と敗者に、戦う者たちに善も悪もないとすれば――そんな難しい問いかけに、本作はいたずらに相対主義に陥ることなく、一つの答えを示してみせます。

 あるいはそれは最善の答えではないかもしれません。その先に待つのは茨の道であり、結局は同じ結果になるのかもしれません。
 しかし彼女の選んだ道は、彼女自身や彼女の父、そして義経がそうであるような「人」として――そしてこれからの人生で、あるいは彼女と似たような悩みを抱くかもしれない人々が読む物語の結末として――望ましいものであったと、そう強く感じます。

 少なくとも本作の結末二行に静かに描かれた一つの「事実」、それは人が人らしく生きた結果に掴んだ、希望の証なのですから……


『さよ 十二歳の刺客』(森川成美 くもん出版)

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2018.12.03

光瀬龍『所は何処、水師営 SF〈西郷隆盛と日露戦争〉 』 現実に存在した虚構の歴史、現実と化した虚構の歴史


 今年の大河ドラマもいよいよ終盤――つまり西郷隆盛の最期の時が近づいているということですが、西郷は死なず、ロシアに逃れたという有名な伝説があります。本作はそれを踏まえつつ、西郷によって日露戦争でロシアが勝利したことをきっかけに、大きく歴史が変わっていく姿が描かれるのですが……

(以下、作品の性質上、内容の詳細に触れますのでご容赦下さい)

 西南戦争に敗れ、城山で自害した西郷隆盛。しかし彼の生存説はその後も根強く残り、ロシアに渡り、消えた戦艦畝傍に乗ってくる、あるいはニコライ皇太子と共に帰ってくる――そんな奇説が真面目に人の口に上ったほどであります。

 そして本作のほぼ前半を使って描かれるのは、その西郷がロシアに客将として遇され、やがて日露戦争に遭遇する姿であります。
 当時、巨大な国家に相応しい規模の軍隊を持ちながらも、皇帝の親政の名の下に到底近代軍隊とは言い難い制度に留まっていたロシアと、小国ながらもロシアの存在に危機感と怒りを抱き、挙国一致で対決を望んだ日本と――その対決の様が、西郷の視点を中心に描かれるのであります。
(ここでの双方の国家とその軍の在り方の分析、さらに当時の日本と太平洋戦争時の日本の比較分析は、それ自体が非常に興味深いものがあります)

 結果、あまりに杜撰すぎるロシア軍の体制にも助けられる形で日本は快進撃を続け、ついに旅順で両軍は最大の激戦を繰り広げるのですが――ここで西郷の奇策によりロシア軍が大逆転。西郷の指揮により一気に反撃に転じたロシア軍は日本軍を散々に打ち破り、水師営の地において、西郷と乃木大将は勝者と敗者として会談することになって……


 そして一体このまま物語はどこに向かっていくのか――と不安になってくる頃に、舞台は現代に移ることになります。中国に、日本近海に、そして東京のど真ん中に出現する謎の軍隊。強大な戦力を有し、日本共和国を名乗るその軍隊の出現に、元・かもめ・笙子の三人は、恐るべき敵の存在を察知して……

 というわけでここで登場するのはお馴染みの三人組――作者のシリーズキャラクターであります。ある任務を帯びつつも、普段は古本屋や骨董屋に身をやつし、一朝事あらば人知れず奮闘する彼女たちの正体は時間監視員――というわけで、ここに至り、本作は歴史改変テーマのSFであるということを明らかにします。

 過去のある時点で歴史が改変されたことにより、未来、すなわち現代において異変が生じ、それがやがて世界全体を覆い尽くし、歴史を塗り替えるほどになっていく――というのは、この時間監視員シリーズの多くに共通するシチュエーション。
 しかし本作は、ある意味前半で丹念に種明かしをすることによって、逆にその改変された歴史の重さ・大きさを感じさせるのが面白いところでしょう。
(現実にはあり得ない過去の絵葉書や雑誌の出現という、小さなところから広がっていく異変の描写も相変わらず巧みです)

 しかしまあ、それは正直なことを申し上げれば、シリーズの先行する作品、例えば『征東都督府』と同じパターン。ということは、どれだけ派手な事件が起きても、結局なかったことになってしまうのでしょう? と、意地悪なことを言いたくなってしまうのですが――まあ、その予想通りの展開ではあります。

 もっとも、本作は西郷生存説という、「現実」に存在した「虚構」の歴史を題材することによって、更なる「虚構」の歴史に一定の強度を与えていることは、これは流石と言うほかありません。
 また、現代における「敵」の工作員のちょっと意外な正体、そして真の「敵」の意外かつとんでもない正体(といっても冒頭で明かされているのですが……)などはなかなか面白く、特に後者については、ある種メタな意味でも時間監視員の最大の敵に相応しいと言えるでしょう。

 終盤には時間監視局始まって以来の大ピンチ――といっても、この事態は想定できなかったのかしら、という印象――もあり、お話としてはそれなりに盛り上がるところではあります。


 何よりも本作の題名が実に格好良くミステリアスで――これはもちろん、「水師営の会見」の唱歌の一節の引用ではあるのですが、それだけでグッと惹きつけられます。この辺りは間違いなく、練達の技と言うべきではないでしょうか。


『所は何処、水師営 SF〈西郷隆盛と日露戦争〉 』(光瀬龍 角川文庫) Amazon
所は何処、水師営 SF〈西郷隆盛と日露戦争〉 (角川文庫)


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2018.12.02

『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』 当時ならではの、そして現在だからこその悪の姿

 邪悪な魔法使いグリンデルバルドが護送の途中に脱走、パリに潜伏した。一方、恩師ダンブルドアの依頼もあり、仲違いしたそれぞれの恋人を追いかけて、人間の友人・ジェイコブと共にパリに向かうニュート。そこで彼らは再びグリンデルバルドとクリーデンスにまつわる事件に巻き込まれることに……

 ハリー・ポッターシリーズと同一世界の過去の物語であり、その前史とも言うべき『ファンタスティック・ビースト』シリーズの第二弾である本作。
 前作は1926年のアメリカを舞台に、逃げた魔法生物を追うニュートの奮闘と、強大な魔力を持つ青年・クリーデンスの謎が描かれた末、事件の黒幕であったグリンデルバルドの捕縛を持って終わりましたが、本作はその翌年を舞台に、次なる物語が描かれることとなります。

 その物語の中心となるのは、もちろん第1作で活躍した面々顔ぶれ――魔法生物の研究に並々ならぬ熱意と愛情を燃やすもののコミュ障気味のニュート、魔法とは無縁で気のいい中年男性・ジェイコブ、生真面目で活動的な魔法省の役人のティナ、そして彼女の妹で相手の心を読む魔力を持つクイニーの四人。
 そんな彼らの(特に物語前半での)姿は、実に「らしく」楽しく、久々にお馴染みの面々に再会できたという気持ちになれます。

 そしてお馴染みといえば、本シリーズには初登場ながら、ファンの皆が待ち望んでいた若き日のダンブルドアがついに登場。
 初登場シーンの表情一つで、「これはあのダンブルドアだ!」と思わされるジュード・ロウの好演は、登場する場面は決して多くないものの、一筋縄ではないかないこの人物を見事に描き出していたといえるでしょう。

 そして予備知識なしに見れば誰もが仰天したであろう「彼女」が実に印象的な姿で登場し、さらに今まで名前だけが語られていたあの人物の意外な活躍(?)と、ファンにとっては実に嬉しいキャラクターたちが登場。
 何よりも、(過去の時代の姿ではあるのですが)「懐かしの」と形容したくなるようなホグワーツ魔法学校の姿には、誰もが胸躍らせることでしょう。


 このように、心憎いまでのファンに対する目配せを見せる本作ですが――しかしそこで描かれるのは、前作よりも遙かに重く、厳しい物語であります。

 前作ではほとんど顔見せ同然の登場で捕らえられてしまったグリンデルバルド。本作では(予想通り)冒頭であっさりと逃走、故あって――その「故」を、ファンにはお馴染みのあのアイテムを用いて、直接的ではなく、しかしこれ以上ないほど鮮明に描く演出に脱帽――ダンブルドアが彼と戦いを避ける中、彼の影響力が水面下で、しかし着実に広がっていく姿が、克明に描かれることになります。

 そしてその末に――今回もまた様々な姿で登場する魔法生物たち以上に――強烈な印象を残すのは、本作のクライマックスで描かれるグリンデルバルドの姿であります。

 まだ公開されたばかりの作品故に、詳細は申し上げません。しかしここで描かれるグリンデルバルドの姿は、後の世を騒がせることとなるヴォルデモートとは全く異なる「悪」の姿を体現するものである――と言うことは許されるでしょう。
 そしてそれはまた、物語の舞台となる1920年代――先の大戦が終わり、平和な日々への希望を抱いた人々の間に、新たな不安が芽生えつつあった時代――だからこそ生まれたものであると同時に、極めて現代的なものでもあるのです。

 この世に悪の種を蒔くべく、自らの信奉者を煽り立てるグリンデルバルド。しかしその言葉は、表向きは決して悪を為そうというものではありません。そこにあるのは、この世にある脅威や恐怖の存在と、それに対する備えの訴え――そのことのみ。
 しかしその言葉にどれだけの毒があるのか、それがどれだけ危険なものであるか、我々は知っています。そう、ここで描かれる悪は、いま我々が目の前で対峙しているものにほかならないのですから。


 一本の映画としてみた場合、悪の存在感が強すぎるために、歪な印象があるのは否めません(それはあるいは、五部作の二作目だからこそ描けるものであるかもしれませんが)
 しかし個人的には、この時代が舞台だからこそ描ける、そしていまこの時代だからこそ描かれなければならない悪の存在を見事に提示してくれた本作に、大いに満足しています。

 そしてこの先に望むのは、この悪に我々はどう対峙すべきなのか――その答えであります。本作の結末でわずかにその可能性が垣間見えたようにも思えるそれを、この先どのように描くのか――今後の物語が今から楽しみでなりません。


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2018.12.01

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』


 盲目の美少女修法師が付喪神の引き起こす怪異に挑むミステリタッチのシリーズ『百夜・百鬼夜行帖』の第7章――吉原編の後半、第7章の4(第40話)から第7章の6(第42話)までのご紹介であります。

『青輪の龍』
 重陽の節句に吹き荒れた野分の翌日から、吉原上空で目撃されるようになった怪異――空に浮かんだ青白い輪の中を龍がくるくると回るという姿を目撃して体調を崩した者の依頼で吉原を訪れた百夜は、さらに路上に龍を見上げて佇む僧侶の亡魂の存在を知ることになります。
 この僧侶の亡魂が鍵を握ると睨んだ百夜が知った龍の正体とは……

 実に本シリーズ三回目の登場となった龍の怪異を描く今回、龍といえば強大で荒々しいイメージもありますが、夜の吉原の上空を静かに龍が飛び回るというのは、どこか不気味な迫力が感じられます。
 今回はそれに謎の僧侶の亡魂まで登場し、入り組んだ事件を予感させるのですが――明かされた真相は、むしろ何故龍が出現したか、よりも何故吉原なのか、という場所にまつわるホワイダニットなのが面白いところであります。
(そしてまたその推理の中で、吉原とあの場所がある意味同一と喝破するのがまた痛快です)

 ちなみに作中で、廓内に百夜を快く思っていない輩がいると語られるのですが、それは次のエピソードでより明確に描かれることになります。


『於能碁呂の舞』
 ある晩、吉原の松竹楼の男衆五人に襲撃された百夜。もちろん軽々と撃退した百夜ですが、自分が疎まれていると知って吉原の出入りを断とうと彼女が決意した矢先、当の松竹楼から仕事の依頼が舞い込みます。
 かつて身請けされて吉原を去り、その後亡くなった花魁・桐壺太夫の霊が夜毎出没し、神楽舞を踊るという怪異に、不承不承挑むことになった百夜ですが……

 冒頭で描かれる吉原の荒っぽい連中と百夜の対決。百夜の存在が怪異を招いているのではないかと彼女を疎む者たちの存在は前話をはじめこれまでも語られていましたが、常の世間とは異なる吉原からも阻害される彼女の心の痛みは、彼女がいわば制外の民であるだけに、より一層突き刺さるものがあります。

 そしてその疎外感、その哀しみは実はこのエピソードで描かれる怪異――吉原の花魁にまでなろうとも、周囲から疎外されていた桐壺にも共通するものであることは明らかでしょう。
 夜毎現れ、自分がかつて舞った伊弉冉と伊弉諾の国生みの儀式を描いた神楽を舞う怪異を鎮めることができるのは、なるほど百夜のみと感じます。

 ――というエピソードだけに、今回は随所で描かれる左吉のクズっぷりが際立ちます。無神経な男の側の象徴なのだとは思いますが……


『紅い牙』
 吉原の松屋で、敵娼を待っていた男の前に現れ、ざわざわ ざわざわいう音とともに床を這い回り、足に噛みついてきた怪異。無数の髪の毛が絡みついたような形だったことから鬢頬玉と呼ばれたこの怪異が現れた部屋は、開かずの間として封印されるのでした。
 松屋に上がった際に好奇心から部屋を覗きに行き、部屋からあふれ出した髪の毛に仰天した左吉に泣きつかれた百夜は、七瀧とともに松屋を訪れることに……

 第7章ラストのエピソードは、実体を備えて人を襲う、不気味な怪異との対決を描く物語。髪の毛の塊の隙間から、紅く小さい牙を覗かせるというその姿だけでも不気味ですが、何よりも怖いのは、それがいつまでも実体を持って、封印された部屋の中で這いずり回っているということでしょう。
 怪異が――それも肉体的被害を与えてくるものが――その時々に出没するだけでなく、ずっと存在して、すぐ隣にいるというのは、これは何よりも恐ろしいことではないでしょうか。

 お話的にはそれほどスケールが大きなものではないのですが、しかしだからこそ、この物語は、そして明かされる怪異の正体は、吉原を舞台とした第7章の掉尾を飾るに相応しいと感じます。
 結末で百夜にかけた七瀧の言葉もまた、一つの救いとして、そして一つの願いとして、実に沁みるのです。


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夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖40 青輪の龍 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖41 於能碁呂の舞 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖42 紅い牙 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)

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