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2018.12.10

今村翔吾『童の神』(その一) 平安を舞台に描く日本版水滸伝


 平安時代を彩る様々な伝説やキャラクターを題材に、「童」と呼ばれたまつろわぬ者たちが、自由を求めて命がけの戦いを繰り広げる姿を描いた平安伝奇小説――第10回角川春樹小説賞受賞も納得の、平成の本朝水滸伝とも言うべき大作であります。

 鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥――かつてはそれぞれ平和に暮らしながらも、朝廷により平定されて恐ろしげな名をつけられ、「童」と呼ばれ京人から蔑まれていた先住民たち。
 その一つ、盗賊団・滝夜叉の美しき頭領・皐月と出会い、密かに愛し合うようになった安倍晴明は、京の貴族でありながらも「童」に心を寄せ、彼らとの共存を図ろうとする源高明の蜂起の企てに加わることになります。

 しかし企ては協力者であったはずの源満仲の裏切りにより瓦解。鬼、土蜘蛛の頭領たちをはじめとして多大な犠牲を払った末に、童たちは散り散りとなるのでした。
 辛うじて追求の手を逃れた晴明は、折しも起きた日食を利用して、これを空前絶後の凶事と断じ、捕らえられた者たちの恩赦を勝ち取るのですが……

 その日食の最中に生まれた越後の郡司の息子・桜暁丸は、その生まれた時と異国人の母から受け継いだ異貌によって周囲からは疎まれつつも、父と師に支えられて成長していくことになります。
 しかし日食から十数年後、凶作から民を救うために力を尽くしていた父が京人によって謀反人の汚名を着せられ、桜暁丸はかつての蜂起に参加していた師に助けられて、一人生き残るのでした。

 激しい復讐の念を抱いて京に出るや、役人たちばかりを狙う強盗となり、花天狗と呼ばれて恐れられるようになった桜暁丸。しかし源満仲の子・頼光に仕える渡辺綱と坂田金時に追われ、追い詰められた彼は、人間離れした身軽さを持つ一人の男に助けられることになります。
 その男こそは袴垂――歴とした藤原氏出身の貴族ながら、童の一つである夜雀の体術を身につけ、民を救うために貴族から奪っては施しを行う義賊でありました。

 袴垂と行動を共にするうちに、彼を兄とも慕い、同じ夢を追うようになっていく桜暁丸。しかし彼らの行いは思わぬことから露見することとなって……


 と、ここまでで全体の半分弱といえば、本作がどれだけ波瀾万丈な物語であるかが想像できるのではないでしょうか。この先も桜暁丸を待つのは様々な人々との出会いと別れ――奇しき因縁に結ばれた童の仲間たちや愛する人との出会い、宿敵となる頼光四天王との激しい戦いの数々なのであります。

 そんな本作を手にした時に私が真っ先に抱いたのは、「なるほどこうすれば日本で『水滸伝』を描けたのか!」という想いでした。
 『水滸伝』がいかなる物語であるか――そのあらすじや形式ではなく目指すところ、内包する可能性を示す言葉は様々にありますが、そこに確実にあるのは、世を支配する者たちに圧せられ、追われた末に、自由の新天地を求める者たちの願いと心意気ではないでしょうか。

 しかし文化が、歴史が、風土が異なる日本を舞台としてそれを描くのは、決して簡単なことではありません。その難事を、本作はまつろわぬ者たちを――鬼や土蜘蛛といった魔物の名で呼ばれた者たちの代表選手たちを――メインに据えることによって、軽々と成し遂げてみせたと感じます。
 冒頭で私は『本朝水滸伝』の名を挙げましたが、一種の権力奪還の物語の側面を持つ同作よりも、本作の方がさらに『水滸伝』している――と評するのは、贔屓の引き倒しでしょうか。

 もっとも本作の場合、別の『水滸伝』――はっきり言ってしまえば北方謙三のそれの影響が、キャラクター造形や言動、彼らの戦略等に濃厚に見て取れてしまうのは、ちょっとどうかな、とも感じるのですが……


 閑話休題――ファンとしてついつい浮かれるあまり、他の作品と重ねて語りすぎるという、一個の作品に対してあまりに失礼なことを長々と書いてしまいましたが、もちろん本作が、先行する作品(のモチーフ)とは重なるものを持ちつつ、より切実で、重いものを内包する作品であることは間違いありません。

 それではそれは――長くなりますので次回に続きます。


『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)

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