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2018.12.05

君塚祥『上海白蛇亭奇譚』 人間と妖の真の共存を求めて


 時は1927年、所は魔都「上海」――そこで茶館・白蛇亭を営む少女・花琳と、ちょっと変わった茶館の下宿人たちが、様々な妖絡みの事件に挑む連作漫画であります。

 先の大戦の後に列強が鎬を削る中で、自治権を持った都市として反映する「上海」。主人公・花琳は、白蛇亭の看板娘兼主人として忙しく働く毎日であります。
 上の階が下宿として貸し出されている白蛇亭で暮らすのは、女装タロット占い師の菫雲、引きこもりの画家のダリオ、いつも妖しげなガラクタばかりを買い込んでいる謎の男・壱岐島など変わり者ばかり。さらに常連の怪しげな伊達男・リチャードも含めて、ある意味この街らしい面々です。

 そんな白蛇亭に舞い込んでくるのは、この世の物ならぬ奇怪な事件の噂。恋する相手を求めて上海に現れた人魚のミイラ、街を騒がす怪火と幽霊屋敷の怪、小さな女の子の姿をした芸術の女神、人を吸い込む不思議なのぞきからくり――そんな事件を次々と解決していく花琳と壱岐島ですが、二人にはそれぞれ秘密があります。

 花琳は伝説の大妖・女カと人間の男の間に生まれ、強大な母の力を引き継ぐ半妖。そして鬼道に通じる壱岐島は、そんな彼女の監視役――失われた女カの力を巡り列強が暗躍する中、花琳たちは否応なしに巨大な運命の中に巻き込まれることに……


 「上海」と言われたら、「魔都」と頭に付けたくなるようなイメージがありますが、様々なフィクションの中に登場するそんな上海の中でも、本作はかなりユニークな印象があります。
 何しろ、この「上海」には世界各国の人間が住み着いているだけではなく、この世のものならざるモノたちも――そしてこの世のものならざる力を操る者たちも――様々に存在しているのですから。

 しかしその姿は、本作の暖かみのある絵柄――その最たるものは、主人公たる花琳のビジュアルだと思いますが――で描かれることで、恐ろしさや猥雑さというネガティブなイメージよりも、むしろ活力や陽気さというイメージを与えてくれるのがいい。
 妖しさもさることながら、全てを包み込むような懐の深さを感じさせてくれる――そんな印象があります。

 しかしそんな世界においても、人間と人間ならざる妖の共存――単に同じ世界にいるというだけでなしに――は、容易なことではありません。
 同じ人間同士が激しく争った、そして争い続けている世界において、生まれついての種や拠って立つ理を異にする者たちが共存することがどれだけ難しいか――それは我々の世界に存在する様々な伝説が証明しているといえるでしょう。

 さらに本作の中盤以降は、その人間と妖の関係性に加えて、人間と人間の争いの中に、妖たちが巻き込まれていく姿がクローズアップされていくことになります。

 何しろ本作の世界観の根底をなすルールこそが、白蛇協定――命を失い、引き裂かれてもなお強大な力を持つ女カの、すなわち花琳の母の遺骸を巡る列強の中立協定なのですから凄まじい。
 そして花琳もまた、その母の力を継ぐ者として、様々な者たちに狙われることとなるのであります(その中には、女カといえば――と言うべき者までもが紛れているのですから実にややこしくも面白い)。

 それでは人間と妖の真の共存は幻なのか――それは決してそうではないことは、花琳の存在自身が証明していることは言うまでもありません。単に彼女が人間と妖の間に生まれたというだけでなく、彼女の営む白蛇亭に集った人々と彼女の間に培われた絆の存在でもって……
 作者の作品では、比較的近い時代、近い設定の『ホムンクルスの娘』が思い浮かぶところですが、そちらとはまた異なる方向性の結末は、印象に残るところであります。


 もっとも、背景となる神話伝説がこの世のものである一方で、登場する国家名が架空のものに差し変わっているのが――例えば上海が存在するのは夏楠国、壱岐島の母国は倭国という設定――ほとんど全く機能していない点が残念ではあります。が、これはまあ置いておきましょう(理由も何となく察せられるところではあります)。

 全3巻と巻数は決して多くはないものの、それだけによくまとまった、人と妖の絆を描く愛すべき物語。本作はそんな物語なのですから……


『上海白蛇亭奇譚』(君塚祥 新潮社BUNCH COMICS 全3巻)



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