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2018.12.13

鳴神響一『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』 芸術家の精神と世俗なるものの衝突の果てに


 江戸の文化人にして名探偵・多田文治郎が怪事件に挑むシリーズの第三弾であります。今回文治郎が挑むのは、萬古焼の祖である実在の陶物師(陶芸家)・沼波弄山が主催する宴席の最中で起きた殺人事件。果たして被害者は何故殺されたのか、そして事件の背後にあるものは……

 猿島六人殺し、祝儀能殺人事件と難事件を次々と解決してきた書家にして戯作者・多田文治郎(後の沢田東江)。これまでの事件で縁があった幕府目付役・稲生下野守から宴席に誘われた文治郎は、新年早々、上野池之端の料理茶屋に足を運ぶことになります。
 将軍家御数寄屋御用を務める江戸随一の陶物師・沼波弄山が主催するその宴席で振る舞われるのは、普茶料理――大皿や大鉢に盛られた精進料理を各人が取り分けて食べるという、当時では極めて珍しい形式の料理であります。

 富裕な旗本たち、そして後に名高い浮世絵師や戯作者、蘭方医となる人々とともに料理を堪能し、その席で踊り子たちの芸を楽しむ文次郎ですが、その最中に客の一人である二丸留守居役・河原田内膳が具合を悪くして席を立つことになります。
 その後も宴席は続くもの、いつまで経っても帰ってこない内膳。それもそのはず、内膳は厠小屋の中で、首に長火箸を突き刺された死体となっていたのですから!

 その場で下野守から事件捜査を依頼された文治郎は、宴席に参加していた杉田玄白の協力で、内膳が何らかの毒を盛られて体調を崩し、そのために厠に立ったところで待ち構えていた何者かに襲われたと目星をつけます。
 しかし宴席に参加していた者には完全なアリバイがあり、別の建屋で控えていた供の者たちの動きは細かくは把握できない状況。そもそも、何故内膳が狙われたのか、狙われたとすれば、始まるまで席が決まっていなかった宴席で、どうやって毒を盛ったのか?

 五里霧中の謎に対し、文治郎は旧友で下野守の部下でもある徒目付の甚五左衛門、江戸に出てきた相州の漁師の娘・お涼ら、お馴染みの面々の手を借りて、内膳、そして弄山の周囲を探索していくことになるのですが……


 孤島にいた者全てが犠牲者となった連続殺人、能が演じられる最中の客席での殺人に続いて本作が描くのは、江戸では珍しい形式の宴席の最中に発生した殺人事件。
 前作同様、あまりにもセンセーショナルな第1作に比べると非常に地味(という表現はいかがなものかと思いますが)ではありますが、文治郎の丹念な調査と推理によって、徐々に謎の全貌が明らかになっていくというスタイルは、本シリーズらしい真面目さを感じさせます。

 特に、膳で一人ひとり料理が出される普通の宴席とは異なり、自分たちで料理を取り分ける普茶料理というシチュエーションを使った謎の設定は本作ならではのもので、トリック自体は軽いものの、その背後に様々な人間心理が働くという構図は悪くありません。

 しかし本作ならではという要素は、むしろ何よりも物語の背景となる萬古焼という芸術の世界ではないでしょうか。
 もともと桑名の商人でありながら焼き物の世界に惹かれ、自分でも窯を開いた弄山。いわば旦那芸であったそれを一個の芸術にまで高めたのは、弄山の芸術家としてのセンスであることはもちろんのこと、それを支えた彼の精神性であると、本作は感じさせます。

 そしてその精神性は、彼一人ではなく、芸術家と呼ばれる者、何かを新たに生み出す者に共通のものといえるでしょう。それは人間の自由な精神性の発露とも言うべきものですが――しかし、それは同時に、その自由さ故に、世俗的なるものと衝突し、歪められかねないものでもあります。
 思えば本シリーズで描かれる事件の背後に通底するのは、そのような構図であったと感じられます(ちなみに本作、特に解説されていないものの、件の宴席に参加した町人たちが、いずれも著名な文化人としての顔を持つのが実に面白い)。

 だとすればこうした事件を解決するのは、職業探偵ではなく、自身もまた芸術家である――それでいて世俗にも片足を置いている――文治郎でなければならなかったと言うことができるのではないでしょうか。


 もちろんこれは私の深読みのしすぎかもしれませんし、そうだとすれば、時代ミステリとしても、一種の芸術小説としても、もっともっと踏み込んでほしかった、という印象はかなり強いのですが――しかし本シリーズが、本シリーズならではの独自の世界観を構築しつつあるのも、また事実と感じられるところであります。


『江戸萬古の瑞雲 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)

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