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2018.12.12

SOW『風銘係あやかし奇譚』 百人斬りが見た文明開化の光と陰


 西南戦争で百人斬りの悪名を轟かせた時代遅れのサムライと、内務省警保局図書課風銘係なる肩書きを持った謎の少女が、文明開化の世に新たな生き方を探す(中であやかし絡みの騒動に巻き込まれる)、ちょっと変わった明治ものノベルであります。

 西南戦争の熊本城での激戦で無数の官軍を斬った末、深手を負って捕らえられた青年・乃木虎徹。牢の中で意識を取り戻した彼を迎えに来たのは、卯月と名乗るちょっと変わった少女でありました。

 彼女が勤めるのは内務省警保局図書課風銘係なる聞いたこともない部署。その上司であり、官界に顔の利く謎の男・天樹鈴白に何故かスカウトされた虎徹は、行く宛もなかったこともあり、試用期間ということで風銘係に参加することになります。
 その風銘係の業務とは、一種の文化振興事業。文明開化の世にはびこる因習や偏見・誤解を解くために奔走する卯月を――自分自身も文明開化の風物に驚きつつ――助けて、虎徹は奮闘することになります。

 そんな中、二人が新宿の貧民街で出くわしたのは、コレラの流行に乗じてぼろ儲けを企むインチキ宗教者。人々を誑かし、こちらの言葉も通じない相手に、人斬りに戻ることを決意する虎徹ですが、その前に宗教者に雇われた用心棒が現れます。異様な存在感を漂わせるその男こそは、帝都を騒がせるある事件の犯人であり、そして……


 文明開化の時代を舞台した物語といえば、文明開化に乗り切れない時代遅れのサムライか、あるいは夢に燃えてその文明開化の最先端で活躍(奮闘)する人物が主人公になるというのが、まず定番でしょう。

 そして本作の主人公たる虎徹は、その双方の要素を持つキャラクター――すなわち、西南戦争で人を斬って斬って斬りまくってきた最後の薩摩武士にして、一転、風銘係なる肩書きで文化振興に奔走する人物として、描かれることになります。
 もちろんそこには卯月という導き手がいるのですが、ちょっと浮き世からずれたキャラである卯月と、さらにずれている虎徹のおかしなコンビが文化振興に当たる様は、本作の前半の見せ場というべきでしょうか。

 ちなみにその中で虎徹が目の当たりにすることになる文明開化の東京の姿は、有名なものからマイナーなものまで様々で、かなり丁寧に描写されているのが印象に残るところであります。
 聞けば本作の作者は、劇場版の『るろうに剣心』のノベライゼーションを担当していたとのこと。恥ずかしながらそちらは未読なのですが、なるほど、と言うべきでしょうか。


 しかし本作は、ちょっとおかしなバディの、ちょっとトリビアルな明治漫遊記だけで終わる物語では、もちろんありません。何しろ虎徹は剣呑極まりない百人斬り――一見平和の世に馴染んだようでいて、作中後半で描かれるように、容易に人斬りのメンタリティに戻れる男なのですから。

 そんなキャラクターを本作の主人公にする必然性は何なのでしょうか。その手がかりの一つになるのは、本作が決して時代の陽を――輝かしい文明開化の光のみを描くものではなく、同時にその光から外れた陰の中に取り残された者・物・モノを描いた物語であるということではないでしょうか。

 そう、虎徹は(そして実は卯月も)最も文明開化とほど遠い、それどころかその対極にあった人物。その彼の目から見た時代の姿は、ある意味正面から描く以上に、よりその本質を――少なくともその本質の一つを――描き出しているように感じられます。
(ちなみに、主人公たちを助ける役回りであり、二人とは別の意味で文明開化の時代を象徴するキャラクターとして、佐藤進を配置するセンスには感心させられます)

 そしてその構図は、後半に登場する「敵」の姿と対比することによってより明確になるのですが――そのもう一人の虎徹というべき存在と対峙することによって、虎徹の中の人間性、ある意味文明と対応する部分を浮かび上がらせるのも、面白いところでしょう。


 正直な印象を申し上げれば、虎徹のキャラクターはあまりにわかりやすい、関ヶ原からタイムスリップしてきたような薩摩武士でありますし、その「敵」の「ヒャハハと笑う殺人鬼」というキャラも、非常に類型的に感じます。(ただし本作の場合、それをあえてやっている印象も強いのですが……)

 それでもなお本作は、明治を、文明開化を切り取った物語として独自の味わいを持ちます。新たな時代で生まれ変わった虎徹が何を見るのか――その先が気にならない、と言えば嘘になるでしょう。


『風銘係あやかし奇譚』(SOW マイクロマガジン社文庫)

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