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2019.01.16

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻 怪異とギャグと絆が甦らせる新しい古典の姿


 4世紀に東晋の学者・干宝が著した怪談・奇談集である『捜神記』。その名を副題に関する本作は、その『捜神記』をモチーフに、一人の妖狐とその周囲の妖怪・神仙と人々の姿を、時にコミカルに、時にシリアスに、時に感動的に描く、風変わりな連作集であります。

 中国は晋の時代(3世紀頃)、役人の張華を訪ねてきた美しい書生・廣天。博学で知られる張華も到底及ばぬ知識を持つ廣天を、張華の友人・孔章は妖怪ではないかと疑うのですが――果たして廣天の正体は、千年を生きた狐でありました。
 犬をけしかけても正体を現さない廣天に対し、千年生きた木を燃やせば妖怪が正体を現すと知った孔章は、燕昭王の墓地に立つ華表(柱)が千年を経た木を用いたものだと知り、切りに行くのですが……

 この冒頭のエピソードは、第18回MFコミック大賞を受賞し、本書には第0話「張茂先、狐と会う事」として収録されているもの。そしてこのあらすじ自体は『捜神記』の「張華擒狐魅」とほぼ同じ内容でありますが――しかし実際の作品を読んでみれば、その印象は大きく異なります。
 ……というのもこのエピソードに限らず、本作の基本的なトーンは実にコミカル。大いに真面目な話をしているはずが、ちょっとしたところにギャグが入り、それがまたテンポよく実におかしいのです。
(冒頭、狐姿の廣天が禹歩だか反閇を踏むシーンだけで爆笑であります)

 しかし本作は古典を忠実に漫画化しただけのものでなければ、それをギャグにしただけのものでもありません。そんな本作の独自性は、この第0話によく現れています。

 これは物語の内容を明かしてしまって恐縮ですが、原典の結末では、華表を燃やした火に照らされて正体を現した狐はそのまま殺されてしまいます。
 しかし本作は原典とはある意味全く逆の結末を迎えることになります。そこにあるのは人間と妖怪の対立ではなく、むしろ人間と妖怪の間に生まれた絆の姿をなのですから……
(まあ、とんでもないギャグも描いているのですが)


 そしてこれ以降、張華が往古の物語から怪異を――なかんずく狐の怪異を集めたという態で描かれる物語も、原典を踏まえつつも、ギャグと、そして人と妖怪の絆を陰に陽に描いていくこととなります。
(それにしても、中国の怪異譚のどこかすっとぼけた味わいは、ギャグとの相性が実にいいと今更ながら感心)

 三国時代の琅邪王・孫休に召された道士の物語、漢の時代に冥府の使いと出会った漁師の物語、宿屋に現れ人を殺す妖怪と対峙した豪傑の物語、奇怪な獣を産んだ皇帝の男妾の物語、漢の時代に狐に魅せられて軍を脱走した青年の物語……
 もちろんギャグによってうまく中和されている部分はあるものの、ここで描かれるのは、人と妖怪の関係性が決してネガティブなものに留まらないということであり――そしてそれは人と人との関係性と変わるものではないことすら、本作は描き出すのであります。

 そして最後の物語――もう一度張華の時代に戻って語られる物語においては、さらにその先が描かれることとなります。
 その物語とは、廣天自身の物語。そこに浮かび上がるのは、これまで狂言回し的に多くの物語に顔を出していた廣天の想いであり、そして何よりも、何が人と妖怪を分かつのか――その答えの一端であります。

 正直に申し上げれば、軽みのある絵柄と物語展開から、ここまで描かれるとは思ってもみなかった――というのはこちらの不明を恥じるばかりですが、いやはや嬉しい驚きであります。


 そしてこの第1巻のラストでは、ほとんどオールスターキャストで物語が展開し、一応の大団円を見るのですが――しかしこの先も物語はまだまだ、それも思わぬ方向に続いていく様子。
 怪異とギャグと絆と――古典を踏まえながらも、この先もまだまだ新しく刺激的な物語を見せてもらえそうであります。


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