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2019.01.28

あさのあつこ『火花散る おいち不思議がたり』 母と子を巡る事件の先に


 医者である父を助けて日夜懸命に働く少女であり、そしてこの世ならざるものを「見る者」「聞く者」であるおいちの奮闘を描くシリーズの第4弾であります。ある晩、おいちが往診の帰りに出会い、赤子を産み落として姿を消した妊婦を巡り、おいちは思わぬ事件に巻き込まれることになります。

 医者として貧しい人々を助ける父・松庵と父一人子一人で暮らしながら、自分も日夜修行を重ねるおいち。実は彼女には、この世に想いを残した者の姿を見て、声を聞く力を持つという秘密がありました。
 その力を活かして、あるいはその力のために、おいちはこれまで様々な事件に巻き込まれ、そしてその中で様々な人々の姿を目の当たりにしながら、人間として、医者として少しずつ成長してきたのであります。

 そんなある日、老舗の薪炭屋・吾妻屋の主・藤吉と内儀から、彼の母であり先代の内儀であるおきくの治療を依頼された松庵。父に付き添って吾妻屋を訪れたおいちは、そこで老いたおきくの顔に重なる若い鬼女の顔を見てしまうのでした。
 おきくの病の根底に、この心の歪みがあることを感じたおいちは、往診で吾妻屋に通い、おきくと言葉を交わすようになります。

 そして中秋の名月の晩、吾妻屋からの帰り道に異様な気配を感じて物陰に隠れたおいち。その前を姿は町人ながら侍言葉を使う一団が通り過ぎた直後、おいちは「かかさまを助けて」という何者かの微かな声を聞くことになります。
 そしてその声に導かれたおいちが見つけたのは、今にも赤子を産み落としそうな身重の女性でありました。

 自分の長屋に連れ帰り、長屋のおかみさんの助けを借りて何とか赤子を取り上げたおいち。滝代と名乗った女性は、赤子に十助と名付けるのですが――しかし夜のうちに、彼女は何処かへ姿を消してしまうのでした。
 そして翌朝、剃刀の仙こと岡っ引きの仙五朗親分がもたらした悲報。滝代が無惨に殺されていたというのであります。

 事件に武家が絡んでいるらしいと早々に奉行所が手を引く中、下手人を執念で追う仙五朗。一方おいちは、十助の世話をしながら、彼の引き取り手を探すことになります。そんなある日、おいちが十助を連れて吾妻屋に往診に向かったことで、事態は意外な方向に向かっていくことに……


 見かけは何不自由ない暮らしを送るおきくの抱えた心の歪みと、十助を残して何者かに殺された滝代の謎――この二つを軸に展開していく本作。一見全く関係ないこの二つの物語ですが、しかしそこに共通するのは、「母と子」の姿――さらにいえば、「母」という存在の姿であります。

 この世で唯一、命を新たに生み出すことができる母。その強さと覚悟には、ただ頭が下がるばかりですが、しかしその姿は、決して一様ではないことは言うまでもありません。
 そしてそれは、決して彼女が望んだ形で得たものではないこともあります。たとえば周囲の者たちの思惑によって歪められる形で……

 そんな状況に置かれたとき、彼女たちは母としてどう生きるのか。本作が描き出すのは、そんな母たちの想いの行方であると言えるかもしれません。
 そしてそれは、未だ母ではない身の――しかし様々な人の想いを人一倍感じ取ってきたおいちの目を通すことにより、より鮮烈に感じられるように思えます。


 正直なところを申し上げれば、本作はこれまでのシリーズに比べれば、「不思議」の部分は少ない物語であります。描かれる物語の内容、その真相も、決して非常に珍しいというものでもありません。

 しかし一つの物語として見たとき、食い足りないなどという言葉からはほど遠い、満ち足りた印象を与えてくれるのは、もちろん人物配置や物語展開の妙もありますが――それ以上に、この母たちの物語が、結末においておいち自身の物語として動き出すことによるのではないかと感じます。

 そう、本作の結末で描かれるのは、おいちの新たな決意。この物語の中で見たものを通じてこれまで抱いていた夢、そして新たな夢を、より具体的な形で彼女が心に刻む姿は、特にこれまでシリーズを通じて彼女を見守ってきた身としては、感慨深いものがあります。

 『文蔵』誌に連載されていた時には『おいち不思議がたり 飛翔篇』という題名であった本作。最初はその副題部分が不思議に感じられましたが――なるほどそうであったか、と納得させられたところでもあります。


『火花散る おいち不思議がたり』(あさのあつこ PHP研究所) Amazon
火花散る おいち不思議がたり


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