滝沢志郎『明治銀座異変』 狙撃事件に浮かび上がる時代の悲劇と運命の皮肉
『明治乙女物語』で松本清張賞を受賞した作者の受賞後第一作は、前作から数年を遡った明治16年を舞台とした物語。銀座で起きた鉄道馬車の御者狙撃事件の背後に潜む闇を、散切り頭の新聞記者と、記者見習いの少女、そして日本語よりも英語が堪能な美女の三人が追うことになります。
ある日、銀座で起きた鉄道馬車の御者の狙撃事件。偶然その場に居合わせた開化日報の見習探訪員・直太郎こと男装の少女・直は、暴走する鉄道馬車に飛び乗り、転覆の危機を救うことになります。
そしてその馬車に乗り合わせていたのは、「山本咲子」を名乗る妙齢の美女。何故かおかしな日本語を操る彼女は、直を助手に巧みな医術を振るうと、御者の命を辛うじて救うのでした。
しかし運び込まれた先の病院で息を引き取る御者。彼が撃たれた直後に「「青い眼の子よ、許せ」と呟いていたことを咲子――実は山川捨松から聞いた開化日報の敏腕記者・片桐は、直太郎を助手代わりに、実松の言葉の意味を探るべく調査を開始するのでした。
やがて明らかになったのは、開港直後の横浜で三人組の侍が、ささいなことから英国人商人ロバート・ブラウンを、その妻子の眼前で殺害した事件。
その直後に横浜で大火が起きたことから有耶無耶になっていたこの事件と、今回の狙撃事件に関わりがあるのではないか? さらに調査を進める三人ですが、そこに第二の事件が発生。やがて明らかになる意外な真相とは……
というわけで、元武士でやさぐれ気味の新聞記者、秩父から出てきた素直なんだけど抜けてる男装の少女記者見習、そして大山巌との結婚を間近に控えた山川捨松――と、ある意味明治時代を象徴するような三人が探偵役となって描かれる本作。
上で述べた維新直前の横浜での英国人殺しはプロローグとして配置されており、どう考えても狙撃はこの事件に繋がっていくのだろうな、さらに言ってしまえば三人の侍が物語の中に名と姿を変えて登場するのだろうな、と予想できてしまうところであります。
その予想が当たっているかどうかはここでは詳しく述べませんが――ミステリ的にはそれほど大きな仕掛けがあるわけではないものの、ちょっとしたボタンの掛け違えが次々と悲劇の連鎖を引き起こしていくという皮肉さ、やるせなさは強く印象に残ります。
そしてそれがこの時代――明治16年という、近世と近代の境目を舞台としていることから、より一層大きな意味を持って感じられます。
江戸時代において支配階層であった武士という存在がなくなり、そして幕末においては夷狄と呼ばれていたものたちの文化を積極的に取り入れる。そんな新しい時代において、それまで抑圧されてきた者が幸せになったかといえば、否というほかありません。
そんな時代の軋みや歪みを象徴するのが、本作で描かれる事件であり――本作の登場人物たちは、その時代の悲劇と運命の皮肉に巻き込まれた者たちと言うこともできるでしょう。
上で「ある意味明治時代を象徴するような三人」と述べましたが、彼らもまた、そうした時代を――時代の陰を背負ってきた人物。そんな三人が事件の真相を解き明かし、そこに縛られた人々を解放するのは、彼ら自身をもまた、過去から解放することに繋がっていくのも、興味深いところであります。
何よりも、本作の結末で描かれるある祝宴の姿、そこで語られるある言葉は、ひどく象徴的に感じられるのです。
と言いつつも、やはり因果因縁話のように見えるほど、物語展開に偶然が作用するのはどうかと思いますが――しかしそれがある種のミスリードになって、終盤のある場面に思い切り引っ掛けられたりしたのは、果たして狙ったものかはわかりませんが大いに楽しませていただきました。
このメンバーでの新たな物語、この先の物語も読んでみたいところであります。
『明治銀座異変』(滝沢志郎 文藝春秋) Amazon

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