« 岩崎陽子『ルパン・エチュード』第3巻 運命の二人の恋、すれ違う二人の想い | トップページ | 許先哲『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第2巻 おしゃべりな賞金稼ぎが黙るとき »

2019.02.20

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね


 ちょっと不思議な力を持つ猫絵師・十兵衛と、元・猫仙人で今は十兵衛の相棒・ニタを狂言回しに描く本作も、連載12年目にしてついに単行本20巻達成であります。しかし20巻目でも描かれるのはこれまで変わぬ物語――人と猫と妖が織りなすちょっと不思議な物語の数々であります。

 猫と会話できるのをはじめ、この世ならぬ世界に触れることができる十兵衛と、十兵衛の絵を実物に変えるなど、強力な神通力を持つニタ。この凸凹コンビを中心に、時に切ない人情噺、時にちょっと恐ろしい怪異譚、時に可愛らしい猫物語を綴ってきた本作。
 この第20巻には全8話+αが収録されていますが、妖絡みの話が多めなのが特徴でしょうか。

 猫神の娘・真葛が想いを寄せる人間・権蔵が巻き込まれた奇妙な怪異の姿が描かれる「科戸猫の巻」
 師走も押し迫った頃、十兵衛たちの周囲に出没する謎の影の意外な正体を描く「事納め猫の巻」
 お馴染みの猫怖浪人・西浦さんの猫まみれの日常を描く「西浦弥三郎の日々の巻」
 かつて子供の頃の十兵衛が出会った、人そして猫とともに暮らす狐を巡る思い出「初午猫の巻」
 木彫り職人として今日も頑張る信夫が寺の経蔵に彫った猫が、夜毎抜け出して鯉を穫るという「経蔵猫の巻」
 十兵衛が捜索を依頼された、家を飛び出した猫の意外な旅路が語られる「踏み猫の巻」
 老夫婦から河鹿が鳴く絵を奪った旗本の横暴を十兵衛とニタが懲らしめる「河鹿笛猫の巻」
 七夕というのに雨が降り続く中、再び十兵衛の前に現れた異国の猫王が引き起こす騒動を描く「烏鵲猫の巻」
 その猫王とお供の日本観光の模様を描く猫絵茶話「妖精日本紀行」

 お馴染みの面々の登場あり、新顔の登場ありと、登場するキャラクターも、そして彼らが繰り広げる物語も、相変わらずバラエティに富んだこの巻の収録作品。先に述べたように妖絡みの物語が多いためか、不思議なのはもちろんですが、しかしどこか穏やかで呑気ですらある空気が楽しめます。

 例えば「事納め猫の巻」に登場するのは、これまでも作者の作品に何度か登場してきた、ある妖怪。シンプルでどこかユーモラスでもあるその妖怪は、しかし今回はちょっと意外で剣呑ですらある目的で現れます。
 その妖怪に十兵衛たちがどう対処するかがこのエピソードの肝なのですが――いかにも妖怪らしい(?)妙な義理堅さを逆手に取った展開は、一編の民話を聞かされたような暖かみすら残します。

 また、ラストの「烏鵲猫の巻」は、以前に弟猫に会うためにはるばる海を渡ってきたエーレ(アイルランド)の猫王・イルサンが再び登場。
 この漫画では当たり前ながら極めて珍しいバリバリの洋装で登場し、王族に相応しい気品と傲岸さを見せるイルサンですが、それでも時折すっとぼけたところを見せるのは、作中でぬけぬけと語るように「猫だからね!」ということだからでしょうか。この辺りの空気感も、実に本作らしい味わいです。

 一方、そんなユニークな妖たちを前にしては人間たちの影はちょっと霞みがちではありますが、「初午猫の巻」で自分とともに暮らす雌猫と雌狐を見守る堂守の男などは、なかなかに味わい深い造形であります。


 と、そんなゲストキャラクターたちがまず印象に残るところではありますが、しかしそれも十兵衛やニタたち、レギュラーキャラと、彼らの物語があってのことであるのは言うまでもありません。

 本作は各話読み切りの短編連作スタイル。どこから読むこともできる物語構成ゆえ、作中で時間の経過を感じさせることは――「初午猫の巻」のような過去エピソードを除けば――基本的にほとんどありません。
 その意味では、十兵衛とニタたちは変わらぬ日常を送っているわけですが――しかしそれが決して単調などではなく、毎回それぞれに新鮮さを感じさせてくれるのは、本作のレギュラーたちの描写が、そしてそれが描かれる物語が、丹念に積み上げられてきたからにほかなりません。

 そしてその積み重ねこそが、いつまでも変わらない面白さを生み出していることも、言うまでもありません。


 12年、そして20巻もほんの通過点――これからもいつも変わらぬ、しかし新鮮な日常を描く人と猫と妖の物語は、長きにわたって積み重ねられ、そして魅力を増していくのでしょう。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 二十 (二十巻) (ねこぱんちコミックス)


関連記事
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻 猫と人の優しい距離感
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

 『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画

|

« 岩崎陽子『ルパン・エチュード』第3巻 運命の二人の恋、すれ違う二人の想い | トップページ | 許先哲『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第2巻 おしゃべりな賞金稼ぎが黙るとき »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね:

« 岩崎陽子『ルパン・エチュード』第3巻 運命の二人の恋、すれ違う二人の想い | トップページ | 許先哲『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第2巻 おしゃべりな賞金稼ぎが黙るとき »