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2019.02.24

平谷美樹『口入屋賢之丞、江戸を奔る 幕末梁山泊』 理不尽を許せない奴らの大暴れ、始まる!


 昨年は『鍬ヶ崎心中』『柳は萌ゆる』と、独自の視点から幕末史を描いた骨太の作品たちを発表した平谷美樹。本作もやはり幕末ものですが――市井に生きる者たちが幕末の世に敢然と異議を申し立てるという、それらの作品とは全く異なる痛快な味わいの、しかし背骨にあるものは等しい快作であります。

 時はペリーの黒船が世を騒がしていた頃――麻布谷町で口入屋を営むのは、この業界では老舗で知られる山吹屋。やり手の若き主・賢之丞の差配で、武家や商家を問わず、様々な求めに応じて人を斡旋する稼業であります。

 そんな山吹屋に最近しばしば姿を見せるのは、いかにも腹に一物ありげな浪人・加宮小兵衛。何しろ、花火師と猟師と鉄砲鍛冶を揃えてくれ――というのですから怪しいことこの上ありません。
 加宮が江戸を騒がすような陰謀を企んでいると睨んだ賢之丞は、用心棒に読売屋、元女郎に元忍びといった多士済々な仲間たちとともに、裏を探り始めるのでした。

 はたして、加宮が江戸でも有数の大店と結び、剣呑な浪人たちを集めていることを知った賢之丞と仲間たち。侍たちが勝手に争うのは構わないが、江戸に暮らす町人たちを苦しめるのは許せねえ――そんな想いを胸に、賢之丞たちは陰謀を粉砕すべく動き出して……。


 と、これまでも常に権力者ではなく庶民の側に立っての物語を描いてきた作者らしく、実に反骨精神に溢れた本作。

 ペリーの来航で天下が大きく動き始めた時代、世界の情勢に目を瞑る無能で事なかれ主義の幕府も、結局自分たちが幕府に取って代わることしか考えていない攘夷主義者たちも(さらにはそんな状況にも危機意識のない連中も)当てにならねえ!
 とばかりに、動き出すのはそれぞれ一芸に秀でた面々。正面から力押しするのではなく、(悪)知恵と技によって悪党どもに一泡吹かせるのが、実に気持ちいいのであります。

 そんな本作の副題は「幕末梁山泊」。もちろん(作者も以前題材とした)あの『水滸伝』の梁山泊ですが、別に本作の主人公たちが魔星の生まれ変わりというわけでも、百八人の仲間たちが登場するというわけでもありません。
 いわば多士済々が集まる場の喩えとしての「梁山泊」なのですが、しかしそれだけではなく、本作において山吹屋に集うキャラクターたちの中には、『水滸伝』イズムが脈打っていると感じられます。

 ……水滸伝、あるいは梁山泊という言葉を目にした時、思い浮かべるものは何でしょうか。巨大な権力への反逆でしょうか。武術に秀で義に厚い豪傑たちでしょうか。
 もちろんそれもその通りではあります。しかし僕がこれらの言葉から受けるイメージは少々異なります。

 それは、権力、財力、暴力といった力による横暴、理不尽には決して屈しないという想い。そしてその想いによって結ばれた、生まれも育ちも異なる仲間たち――それであります。
 そして賢之丞と仲間たちは、まさにそれを体現する存在であると――そう感じるのです。作者の他の作品の主人公たちと同様に……

 もっとも、これと目を付けた伊賀組同心を罠に嵌めて、伊賀組に居られなくした上で仲間に引っ張り込む、という悪い意味の梁山泊イズムも発揮しているのですが――それはまあそれで。


 そんな、理不尽を許せない奴らの大暴れを描く本作。口入屋の道楽というにはいささか危険な綱渡りに過ぎるかもしれませんが――しかしこの混沌の時代、こういう連中がいてもいい、いやいて欲しいと思わされる、痛快な物語であります。

(ちなみに作者のファンとして嬉しかったのは、幕末にも『貸し物屋お庸』の湊屋が、それも両国の出店が存在していたことであります。あのシリーズもいつかまた復活していただきたいものです)


『口入屋賢之丞、江戸を奔る 幕末梁山泊』(平谷美樹 光文社文庫) Amazon" target="_blank">Amazon
口入屋賢之丞、江戸を奔る: 幕末梁山泊 (光文社時代小説文庫)

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