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2019.02.10

矢島綾&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 しあわせの花』 鬼殺隊士たちの日常風景


 連載の方では最終決戦開始、そして4月からはアニメが放映開始と、絶好調の『鬼滅の刃』。今度はその小説版が登場しました。作中の描かれざるエピソード――激闘と激闘の合間の、炭治郎たち鬼殺隊の日常を描く短編4話+番外編1話から成る短編集です。

 人を食らう異形異能の鬼たちと、鬼を刈るべく集まった剣士たち鬼殺隊の死闘を、妹を鬼にされた少年・竈門炭治郎を主人公に描く『鬼滅の刃』。
 当然のことながら、炭治郎と仲間たちが鬼と繰り広げる死闘が物語の中心となるわけですが、その一方で、戦いと戦いの合間に彼らが見せる(ユルい)素顔もまた、原作の魅力であります。

 本書はその戦いの合間の物語――ここでは、原作でお目にかかれないような物語が描かれることになります。

 鼓屋敷での戦いの直後、初対面で仲良く肋骨を折った炭治郎・善逸・伊之助のトリオが治療中の時期を舞台に、新月の晩にのみ咲くという、しあわせをもたらす花の伝説を通じて、炭治郎と妹・禰豆子の絆を描く表題作「しあわせの花」。
 那多蜘蛛山での蜘蛛鬼との死闘の後、蝶屋敷で治療中の善逸が、禰豆子とのふれ合いの中で、かつて出会った鬼に狙われた少女との出会い、そして師の教えを思い起こす「誰が為に」。
 無間列車での戦いの後、トリオが蝶屋敷を起点に鬼との戦いを続けていた時期に、善逸が街で占い師に女難の相と言われたことから始まる騒動を描く「占い騒動顛末記」
 トリオが遊郭での戦いに向かった間、蝶屋敷に残されたアオイが、師であるしのぶの計らいで苦手だったカナヲとお使いに出る「アオイとカナヲ」

 もう一編、いわゆる学パロである「中高一貫☆キメツ学園物語!!」も含めて、気楽に読める短編が並びます。


 冒頭から繰り返し述べているように、本書で描かれているのは、戦いと戦いの合間の日常の物語。それ故、鬼との戦いはほとんど――「誰が為に」でほんのわずか描かれるものの他は――描かれることはありません。
 その分、炭治郎たちの基本コミカルな、そして時にリリカルな素顔が存分に描かれるわけですが、個人的にはやはりシリアスな部分ももっと読みたかった――というのも正直な印象ではあります。

 これは個人的な印象ではありますが、原作の魅力は、物語展開といいバトルといい、そしてキャラクター描写といい、その緩急の巧みさにあると、以前から強く感じているところであります。
 もちろん「緩」も「急」も、それぞれが魅力的ではありますが、しかしそれが最大限に発揮されるのは、やはり両者がかみ合った時であると――ほとんど「緩」のみの本書を読むと、感じさせられるのです。
(その意味では、物語の性質的に「緩」のみで構成されるのが当然のキメツ学園が、一番気楽に楽しめました)

 ちなみに本書の著者は矢島綾――ジャンプ作品のノベライズが多い一方で、明治の世を舞台に、幻の青い花を巡る人と神の姿を描くオリジナルの時代ファンタジー『天空をわたる花』を発表している作家です。
 それだけになおさら、緩急込みの物語を読みたかった――という印象はあります。


 もちろん、「緩」の部分がつまらないかといえばそんなことはありません(僕も原作を読んでいる時は時で、ギャグエピソードがもっと続かないかと思っているほどなので……)。

 特に本書で異常に出番の多い善逸――実に5話中3話で物語の中心――の暴走っぷりは素晴らしく、暴走は専売特許のはずの伊之助が霞むほど。
 もっとも、トリオの中では一番「日常」が似合うキャラではありますし、いざバトルに入ると、今度は設定的にその要素がほとんど全くなくなるだけに、ここぞとばかりの活躍は嬉しいところではあります。

 そしてまた、そんなコミカルな要素が描かれる一方で、炭治郎を中心に、人の輪いや人の和が徐々に――炭治郎自身、初めは禰豆子とのみの関係性であったわけで――広がっていく様が、エピソードを重ねる中で浮かび上がっていくところも、巧みなところと感じます。

 内容的には完全なファンアイテムと言うべき本書ですが――裏を返せば、ファンであれば読んで損はないというべき一冊でしょう。


 しかし現時点の原作の展開を見ると、本書で描かれる善逸のじっちゃんやしのぶの良い師匠ぶりが何とも……


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