« 平谷美樹『口入屋賢之丞、江戸を奔る 幕末梁山泊』 理不尽を許せない奴らの大暴れ、始まる! | トップページ | 『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その二) »

2019.02.25

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その一)


 様々な合戦を、豪華作家陣がそこに参陣した武将一人ひとりを主人公に描くアンソロジー『決戦!』シリーズの第8弾は『決戦! 設楽原』。設楽原? と一瞬思うかもしれませんが、これはいわゆる長篠の戦い――副題にあるとおり、武田軍と織田・徳川連合軍の文字通り決戦を描いた一冊であります。

 以下、収録作品を一つずつ取り上げます。

『麒麟児殺し』(宮本昌孝):徳川信康
 徳川家康の長子であり後々まで家康の信頼厚かったことがうかがわれる徳川信康。その信康と設楽原の戦いというのは今ひとつ結びつかない印象ですが、そこに参戦していたのは事実。しかしそれ以上に彼とこの戦いを繋ぐのは、大賀弥四郎事件によってでしょう。

 本作における信康は、武勇もさることながら、その鋭い知恵の冴え、若いに似合わぬ腹芸の使いよう、そして何よりも配下や周囲を慮る人物の大きさと、言うことなしの英傑。作者は颯爽たる英雄たちを描かせれば右に出る者のない作家ですが、本作の信康もまた、確かに作者の主人公であります。
 そんな信康が知ったのは、実母・瀬名の近くに仕える弥四郎の不穏な動き。勝頼の三河侵攻と呼応して岡崎に武田軍を引き込もうとした弥四郎の動きを、水際立った動きで防いで見せる信康ですが……

 本書の主題である設楽原の戦いの引き金となった勝頼の三河侵攻の、そのまた引き金となったとも言われる大賀弥四郎事件。その意味ではこの事件を描く本作は、本書の巻頭に置かれるにふさわしいと言えるでしょう。
 しかし本作はそこで終わりません。本作のタイトルの意味は――それは残念ながら、史実が証明するところであります。颯爽たる英雄を描きつつも、その英雄が小人たちによって悲劇的な最期を遂げるのもまた、作者の作品にはまま見られること。それが歴史と言ってしまえばそれまでですが、何とも物悲しく、口惜しいことであります。


『ならば決戦を』(佐藤巖太郎):武田勝頼
 設楽原での決戦は、言うまでもなく信長がこの地に誘き寄せて起きたものではありますが、しかし直接の引き金を引いたのは勝頼の決断であることは間違いありません、本作で描かれるのは、その勝頼が決戦を決断する姿であります。

 元々は後継者の資格がなかったものが、兄の死によりその座につけられ、信玄へのコンプレックスと諸将との反目から、無理な拡大路線を続けた――という人物像が定番の勝頼。
 本作もそれを踏まえたものではあるのですが、三人称と勝頼の一人称を交互に用いるという変則的なスタイルを通じて浮かび上がるのは、愚将のイメージからは遠い、等身大の勝頼の姿であります。

 この決戦の判断について、甚だしきは、勝頼と側近が、父の代からの宿将たちを一掃するために無謀な戦を仕掛けた、などという説もまま見かけます。しかし、本作の勝頼の判断は、失敗ではあるもののある意味ごく真っ当であり――それだけに、その後の結末が身につまされるものがあります。


『けもの道』(砂原浩太朗):酒井忠次
 どちらかというと壮絶な最期を遂げた武田軍の武将の方が印象に残る設楽原の戦いですが、それに対して織田・徳川軍で最も印象に残る武将は、酒井忠次ではないでしょうか。
 本隊が設楽原で武田軍と激突する中、別働隊を率いて夜の山を越え、長篠城を囲む鳶ヶ巣山の砦を奇襲、さらに武田軍の退路までも断つという活躍を見せた忠次。情報が漏れることを恐れた信長に献策を一旦撥ね付けられながらも、後に密かに決行を命じられたという逸話も含めて、実にドラマチックです。

 本作はその忠次の奇襲を巡る意外譚。土地の者に道案内を依頼した忠次の前に現れたのは、何と女性――武田軍に夫を殺された敵討ちのために協力を申し出た杣だったのであります。夜目が利くという彼女の先導で、忠次たちは危険極まりない夜の山道を行くことになるのですが……
 という本作で描かれるのは、奇襲そのものではなく、そこに至るまでの山中行。道案内が女性という設定も面白いのですが、何よりも素晴らしいのは、その山中行の描写そのものであります。

 夜の山が刻一刻と姿を変えていく様、そしてそれに対して人間たちがある意味合戦以上に命がけで挑んでいく様――その描写は、合戦以上に強く印象に残ります。
 途中のある展開が(ある意味お約束に感じられて)ちょっと引っかかったのですが、それも終盤の一文で納得であります。


 長くなりますので数回に分かれます。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


関連記事
 『決戦! 関ヶ原』(その一) 豪華なるアンソロジー、開戦
 『決戦! 関ヶ原』(その二) 勝者と敗者の間に
 『決戦! 関ヶ原』(その三) 関ヶ原という多様性
 『決戦! 大坂城』(その一) 豪華競作アンソロジー再び
 『決戦! 大坂城』(その二) 「らしさ」横溢の名品たち
 『決戦! 大坂城』(その三) 中心の見えぬ戦いの果てに
 『決戦! 本能寺』(その一) 武田の心と織田の血を繋ぐ者
 『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者
 『決戦! 本能寺』(その三) 平和と文化を愛する者と戦いと争乱を好む者
 『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち
 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの
 『決戦! 桶狭間』(その一)
 『決戦! 桶狭間』(その二)
 『決戦! 関ヶ原』(その一) 豪華なるアンソロジー、開戦
 『決戦! 関ヶ原』(その二) 勝者と敗者の間に
 『決戦! 関ヶ原』(その三) 関ヶ原という多様性

 『決戦! 忠臣蔵』(その一)
 『決戦! 忠臣蔵』(その二)
 『決戦! 新選組』(その一)
 『決戦! 新選組』(その二)

|

« 平谷美樹『口入屋賢之丞、江戸を奔る 幕末梁山泊』 理不尽を許せない奴らの大暴れ、始まる! | トップページ | 『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その二) »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その一):

« 平谷美樹『口入屋賢之丞、江戸を奔る 幕末梁山泊』 理不尽を許せない奴らの大暴れ、始まる! | トップページ | 『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その二) »