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2019.02.27

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その三)


 『決戦!』シリーズ第8弾、『決戦! 設楽原』の紹介の最終回です。今回取り上げるのはいずれも実力派による注目の二作品。それぞれちょっと意外な人物が主役となります。

『淵瀬は廻る』(箕輪諒):朝比奈泰勝
 この戦において主を逃すために壮絶な討ち死にを遂げた武田の名将たち。その一人、武田四天王・内藤昌豊を討ったのは、織田でも徳川でもない、何と今川の将であったことを、恥ずかしながら私は知りませんでした。
 それが本作の主人公・朝比奈泰勝――あの剛勇・朝比奈(三郎)義秀の子孫が、今川家に仕えていたとも知りませんでしたが、その泰勝の主が「あの」今川氏真であったとは、事実は小説より奇なりと言うほかありません。

 「あの」氏真――桶狭間に父・義元を討たれ、その後の混乱を立て直すことができずに家臣は次々と離反、戦国大名としての今川家を一代で滅ぼした末、はじめは北条家、ついで何と徳川家康を頼ったという氏真。歌や蹴鞠に耽溺していたと言われ、典型的な愚将として描かれることの多い人物であります。

 しかし本作の氏真は、こうしたイメージよりも、はるかに陰影に富んだ存在として描かれることになります。
 完全に敗北者であるにもかかわらず、「再起のために奮闘している自分」像にすがり、現実から目を背ける氏真。その姿は愚かとも情けないともいうしかありませんが――しかし同時にその姿は、日々窮屈な現実の中で生きている我々にとって、どこかしら親近感を感じさせるものですらあります。

 本作の主人公は、そんな主の姿を純粋に憂い、今川家再興のために徳川軍に参陣して戦功を挙げようとする泰勝であります。しかし本作は同時に、そんな泰勝を白眼視し、不信感すら抱く氏真を、陰の主人公として描いていると言ってもよいでしょう。

 本作の題名の「淵瀬」とは、古今集の「世の中は なにか常なる飛鳥川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる」――世の中の有為転変の習いをさすもの。そのように、今は不遇の氏真も、いつか必ず雄飛の日が来ると信じる泰勝ですが、さてそれは本当に来たのか。
 それは歴史が示すとおり、と言いたいところですが――しかし本作はそこに、もう一つの鮮やかで美しい「真実」を示してみせます。

 確たる史実を踏まえつつも、そこに人間の生の想いを乗せることにより、意外なドラマと感動を生み出してみせる――大げさに言えば、自分はこんな歴史小説が読みたかった、とすら感じさせられた一編です。


『表裏比興の者たち』(赤神諒):真田昌輝
 本書の掉尾を飾るのは、やはり設楽原の戦で勝頼を逃がすために戦場に散った武田方の武将の一人――あの真田昌幸の兄であり、本作においては信玄に仕えて右眼左眼と昌幸と並び称されたと語られる昌輝であります。
 が、本作の昌輝は、何とも意外かつ個性的な人物造形。何しろ彼が愛するのは女と酒と博打――武田の名将はどこへやら、絵に描いたような放蕩無頼の男なのですから。
 そしてその昌輝が、昌幸とともにこの戦いで巡らせる一計が、戦の中で巧みに敵を誘導し、武田家をかき乱す君側の奸を討たせてしまおうというのですからとんでもない。
 しかしそれにとどまらず、昌輝には昌幸も知らない真の狙いがありました。敵を誘導するのは同じ、しかし討たせる相手は……

 大友三部作で鮮烈なデビューを飾った作者。その題材のユニークさに目を向けられがちですが、しかしそこで描かれるものは決してお堅い史実のみではなく、中心にあるのは、血の通った人間である武将たちが、歴史や運命の巨大なうねりの中で、悩み、迷いながら懸命に生きる姿であると言えます。
 そして本作で描かれる真田昌輝――いや真田三兄弟も、そんな血の通った人間なのです。

 設楽原の戦が繰り広げられる陰で謀計を巡らせ、己の想いの赴くまま、自由に生き延びようとした昌輝。しかし冒頭に述べたとおり、彼が最終的に選んだのは、戦場での最期でありました。
 そこにあるのは、表裏比興の者であっても裏切れない一つの想い――ある史実の陰に隠された人の心を克明に浮かび上がらせてみせた好編であります。


 これまでの『決戦!』シリーズに比べると、大きく執筆陣が入れ替わった印象のある本書。冒頭を飾った宮本昌孝を除けば、ほとんどが数年以内にデビューを飾った新鋭揃いで――執筆陣の半数近くが「決戦! 小説大賞」を受賞していることもあり――非常にフレッシュな印象があります。

 私個人としてはこのラインナップは大歓迎ですし、成功していると感じます。ぜひ次なる『決戦!』でも、本書の方向性を踏まえた執筆陣の参戦を期待したいところであります。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


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