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2019.03.05

石川優吾『BABEL』第3巻 八つの徳目に対するもの、それは……


 あの名作を踏まえつつ、自由奔放奇想天外に物語を展開してみせる新釈八犬伝の第3巻であります。邪悪な闇の侵攻を前に、ついに現れた八つの玉。その一つ・孝の珠を手にした信乃、丶大、浜路は、扇谷定正の佐倉城に向かうのですが――そこでついに真の敵の正体の一端が明かされることになります。

 魔女・玉梓によって滅亡寸前まで追い込まれた里見家。霊犬・八房と伏姫、そして信乃が手にした孝の珠の力によって撃退された玉梓ですが、しかし不死身の魔女がこれで滅びるはずがありません。
 丶大と、玉梓によって村の者を皆殺しにされた少女・浜路とともに、珠と仲間を求めて旅立った信乃。不思議な犬たちの導きによって佐倉城を訪れた一行ですが、しかしそこは定正と玉梓によって、人と人が殺し合う巨大な闘技場を中心とした魔窟と化していたのであります。

 その闘技場で15年もの間生き延びてきた男・現八と遭遇した信乃。定正の命じるまま襲いかかってきた現八と信乃――二人はやがて巨大な芳流閣の屋根の上で対峙することに……


 と、八犬伝随一の名場面から始まるこの巻。なるほど、ここで原典通り屋根から転がり落ちた二人は川に流されて――と思えば、その予想は完全に裏切られることになります。

 魔ではない人との戦い、それも己の自由のために全く容赦しない現八に敗れて牢獄に囚われ、やがて闘技場の戦士として戦わされる運命に陥った信乃。
 一方の現八は自由を手に入れ、両親と妹の待つ故郷に向かうことになります。そして何故か犬たちに妙に懐かれる現八を追って、丶大と浜路も同行するのですが……

 ここで物語は、信乃と現八、両者の視点から描かれることになります。深手を負って牢に入れられた末、ついに死のバトルロワイヤルに参加させられる信乃の運命は。そして故郷で現八を待つ過酷な現実とは……
 そしてその合間に描かれる、定正と玉梓が奇怪な企みを巡らせる姿。そして玉梓が定正に対して呼びかけたある名前とは――ええええええっ!? と、ここでこの巻最大のサプライズが描かれることになるのであります。


 定正が「忌み名」と呼ぶその名――それだけでも驚きなのですが、注目すべきはそれが象徴する「もの」。
 これから読む方の興を削ぐといけませんのではっきり書けないのがもどかしいのですが、八犬伝という物語を支える八つの徳目――仁義礼智信忠孝悌に対するものとして、なるほどこれがあったか! と目から鱗と言うほかありません。

 ……現代における八犬伝リライトにおいては、幾つもの作品で、八犬士のライバルとなる存在・八犬士と対になる存在が、様々な形で描かれてきました。
 人間の善を象徴する八人の勇士とくれば、それに対する悪の勇士(?)たちを用意したい、というのはこれはある意味人情。しかしそれがなかなか容易いことではないのは言うまでもありません。

 その最大の理由は、犬士たちに対する悪の側のキャラクターを用意することはできても、その彼らの精神的支柱――八犬士の側の仁義礼智信忠孝悌――を用意することが難しいこと、これに尽きるでしょう。
 それを本作は、思わぬ形で飛び越えてしまったのです。

 いや、数はちょっとずれてはいますし、果たしてこれが八犬伝の世界と食い合わせが良いのかどうか、それはまだまだわかりません。しかし少なくとも、これまで描かれてきた八犬伝リライトではほとんど全く見たことがないアイデアであることは間違いない――それは間違いありません。


 と、敵側の設定にテンションが上がってしまいましたが、この世にはびこる悪意や陰の前に苦しみ、翻弄される人々を描いてこそ八犬伝。その意味ではこの巻で描かれる信乃と現八の姿はまさしく八犬伝の王道を往くものと言えるでしょう。
 一度は離れたものの、やがて二人の魔――定正と玉梓に呼び寄せられるように、再び佐倉城で交錯する信乃と現八、二人の運命。巨大すぎる悪意の、まさしく地獄の謀の前に、二人の力が及ぶのか――これが楽しみにならないはずがありません。

 牢に入れられた信乃の前に現れた狡っ辛い少年の名にも驚かされますが――まだまだ仰天させられることだらけであろう本作。これからも八犬伝を知らない方はもちろん、八犬伝ファンをこそ驚倒させる、そんな作品であって欲しいものであります。


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