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2019年4月

2019.04.30

『どろろ』 第十六話「しらぬいの巻」

 父が白骨岬に隠した財宝を狙うイタチ一味に捕らわれたどろろ。岬に向かうため、しらぬいという少年に舟を頼むイタチだが、しらぬいはイタチたちを舟を引く鮫・二郎丸と三郎丸の餌にしようとする。イタチと協力して三郎丸を倒し、上陸したどろろだが、ついに背中の秘密を知られてしまい……

 前回のラスト、百鬼丸についていけないものを感じて離れたところで、父・火袋のかつての部下・イタチとその配下に見つかってしまったどろろ。火袋を裏切って侍になったはずが、結局合戦で捨て駒にされてしまったイタチは、野盗に戻ると決め、以前から怪しいと思っていた火袋の隠し財産を見つけようとしていたのです。
 しかしその地図の半分は、今は亡きどろろの母・お自夜の背中にあったはず――と思いきや、墓を暴いて背中を見たというのですからひどい話。その地図から財宝が白骨岬に埋められていることを知ったイタチは、その先の在処を知るどろろを捕らえて強引に岬に行こうとするのでした。

 そして岬に行くには舟が必要と、海辺の村を訪れた一行ですが――しかし村は何者かに襲われ、至る所に血しぶきが飛び散った見るも無惨な有様。もやっていた舟も全て壊されていたのですが――そこに舟を持っているという片腕の少年・しらぬいが現れます。何やら異様な雰囲気をまとったしらぬいに警戒心を抱くどろろですが、イタチはいざとなれば斬ればいいと、どろろを連れ、手下たちとともに二艘の舟に乗ってしまうのでした。
 しかししらぬいは一人、しかも片腕の彼が、どうやって二艘の舟を漕ぐのか――と思いきや、彼が二郎丸・三郎丸と呼ぶ二匹の巨大な鮫が、水中から舟を引くというではありませんか。異様なシチュエーションに引く一行ですが、しらぬいはそこで自分が(原作と違い)片腕の理由を、二郎丸と三郎丸に餌としてやってしまったからだと語ります。おかげで人肉の味を覚えてしまったという鮫たちに、女子供を攫ったり、村を――そう、先ほどの惨劇の村を――襲ったりして人を食わせてきたというしらぬい。相手が完璧にシリアルキラーのサイコパスだったことに気付いた時には既に遅く、イタチの子分たちが乗った舟は鮫に襲撃され、無惨にも餌食にされるのでした。

 と、一度にたくさん食わせると腹を壊すと、三郎丸を見張りに残し、自分は二郎丸とともにその場を離れるしらぬい。しかし舟を漕ぐ手段はなく、そして海中の鮫を攻撃する手段もない状況で、さすがに海千山千のイタチも絶望に沈むのですが――そこで立ち上がったのはどろろであります。自分は両親を亡くしてたった一人になっても、決して諦めずに生きてきたのに、大の男たちが何やってやがる! と、あたかも火袋写しの叱咤が、イタチたちの魂に火をつけます。
 さらに自ら海中に飛び込み、囮になるどろろ。どろろを追って海面に現れた三郎丸に、待ち受けていたイタチたちが一斉に刀を突き込み、さしもの巨大鮫も海を血に染めて浮かび上がります。そしてこういう時はさすがは野盗と言うべきでしょうか――イタチは三郎丸の死体を囮にしらぬいを誘き出し、捕らえて袋叩きにかけるのでした。

 しらぬいを見逃すように制止するどろろ。しかし今度はどろろの方が、イタチに財宝の在処を問い詰められることになります。そして体のどこかに隠しているんだろうと服を引っぺがされるどろろですが――そこで初めてどろろが女だと知るイタチ(てっきり知っていたものかと……)。非常に嫌な感じの絵面ですが、前を押さえてうずくまった彼女の背中が焚き火で温められて地図が浮かび上がったことで、ついにイタチは財宝の在処を知ることになります。
 翌朝、意気揚々と財宝を掘り出しに向かうイタチ一行。その一方でボロボロになった状態で、残った二郎丸に復讐を誓うしらぬい。その言葉に応えるように、黒く輝く二郎丸の目――それこそは妖の証であります。

 その頃、消えたどろろを追う百鬼丸ですが、前回義足を破壊された状態で歩くのもやっと。と、苦労しいしい歩く彼を見かけた僧が、百鬼丸に声をかけます。失われた体の一部を与えてくれる医師がいると……


 百鬼丸は冒頭とラストのみの登場の、実質どろろ主役回なのですが――ほとんど『悪魔の沼』状態のしらぬいの強烈なインパクトがほとんど全て持っていった印象の今回。原作で描かれた過去のあれこれ抜きに、いきなり自分の片腕を鮫に食わせるというサイコパスっぷりにはドン引きであります。
 あるいはしらぬいの過去は今後描かれるのかもしれませんが、次回はどうやら百鬼丸と寿海の再会が描かれる様子。相変わらず悩み多そうな寿海が今の百鬼丸を見てどう思うか、また重い内容になりそうであります。


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2019.04.29

『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」

 鱗滝に送り出され、最終選別が行われる藤襲山に向かう炭治郎。鬼たちが幽閉されている山で七日間生き延びるという試験に挑む炭治郎は、早速自分の技が鬼に通じることを確かめるが、さらに無数の手を持つ巨大な鬼と遭遇することになる。鱗滝に恨みを持つ鬼は、錆兎と真菰を喰ったと語る……

 前回大岩を真っ二つにしたことで、鱗滝から認められた炭治郎。岩を斬れると思っていなかったと何気なく酷いことをいう鱗滝ですが、儂がしてやれるのはここまでと、炭治郎に心づくしの具だくさんの鍋と魚を振る舞う姿には、心から炭治郎を案じていることが窺えます。修行中は粗食だったのか、その鍋をご馳走だと嬉しそうにがっつく炭治郎ですが、食べれば食べるだけ力になる成長期の炭治郎を見ながら、鬼も人を食えば食うほど強くなり、様々な術を操るようになると語る鱗滝さんは何気にデリカシーがないと思います。
 そして炭治郎に呪いの――いや厄除の狐面を与える鱗滝。さらに自分とお揃いの羽織を着せてやり、炭治郎を送り出すのですが――別れ際に炭治郎が錆兎と真菰のことを口にするのにギョッとする鱗滝なのでした(一緒の山にいて気付いてなかったのか……)

 さて、無数の非常に美しい藤の花が狂い咲く、その名も藤襲山にやってきた炭治郎。そこには、茫洋とした雰囲気の美少女やら目つきが異常に険しいモヒカンとか、頬っぺたを晴らした金髪やら、いかにも一癖も二癖もありそうな少年少女が集まっております。
 そしてそこに現れたのは、揃いの着物を着た瓜二つの――髪の色のみが白と黒で異なるだけの――二人の子供。彼/彼女は、弱点である藤の花で鬼を閉じ込めたこの山で、七日間サバイバルすることが鬼殺隊入隊のための最終選別であることを告げるのでした。

 まずは最初の晩を生き延びるため、最も早く陽が当たる東側(そういうものか……?)を目指す炭治郎ですが、しかし早速二匹の鬼に遭遇。これは俺の獲物だと争いながら同時に襲ってくる鬼たちを迎え撃つ炭治郎は、初お目見えの水の呼吸の太刀一閃――鱗滝に渡された日輪刀の一撃は、鬼を一瞬のうちに塵に変えるのでした。
 が、己の修行の成果を確認したのも束の間、凄まじい悪臭とともに現れたのは、人間の倍以上の巨体から無数の腕を生やした異形の鬼であります。既に一人犠牲になり、もう一人があわやというところに駆けつけた炭治郎は、鬼の腕の何本かを切り落とすのですが――鬼の方は、炭治郎が身に着けた厄除の面に見覚えがある様子であります。

 実はこの鬼こそは、今を去ること47年前の慶応年間(ということは本作の舞台は大正のごく初期か)に鱗滝に捕らえられた鬼。本来であれば小物の鬼しか入れられず、しかも選別の中で倒される鬼も少なくないだろうこの山で、桁外れの長寿――というよりどう考えても鬼殺隊の不手際としか思えない存在です。
 が、最大の問題は、この鬼が50人は選別に来た子供たちを喰っていることであり――そして何よりも、そのうちの実に14人が鱗滝門下であることであります。さらに頼まれもしないのに、特に印象に残っているのは、宍色の髪の少年と花柄の着物の少女――錆兎と真菰だと言い出す鬼。厄除の面こそが鬼にとっての目印であったというのは皮肉どころではない大問題――というのはさておき、その言葉に炭治郎が怒らぬはずはありません。

 が――怒りに冷静さを欠いた炭治郎は鬼の腕の攻撃をもろにくらって一瞬失神。さらに鬼の手が襲いかかる中、幻なのか亡魂か、死んだ弟の呼びかけで意識を取り戻した炭治郎は、辛うじてこれを躱すことに成功します。そして反撃を開始した炭治郎は、土の中から奇襲をかけてきた腕もジャンプ一番躱すと、文字通り手を尽くしてしまった肉薄。しかし首の周りに幾重にも腕を巻き付けた鬼のガードは、かつて錆兎すら刀を折られた鉄壁なのですが――しかし炭治郎の全集中はその隙を見抜き、壱ノ型 水面斬りが鬼の首を切り裂くのでした。


 原作の第6話・第7話をベースとした今回は、これまで同様に基本的に原作に忠実な内容ながら、諸所にオリジナル――というより原作を補完する要素が描かれた回。その最たるものが冒頭の炭治郎に鍋を振る舞う鱗滝で、その後の揃いの羽織を用意してやるのも合わせて、彼の優しさが窺われる場面であります。
 また、今回初めて本格的に描かれた(炭治郎の)水の呼吸の太刀も、波のエフェクトを絡めた刀の動きが美しく、なるほど動くとこうなるのか、と改めて感心。これは今回のアクションシーン全般に言えることですが、原作初期の比較的書き込みの薄い時期を、きっちりと映像として補完してくれたという印象があり、これまでで最も見応えのあった回だと、素直に思います。

(ちなみに手鬼が喰った鱗滝の弟子の数を勘定するシーン、原作だとそこまで妙には見えないのですが、アニメだとわけのわからない指の出し方をしていて、それがまた逆に異常性が出ていて感心いたしました)



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2019.04.28

冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第2巻 裏切りと罠と家庭の事情と 巻き込まれ続ける迅鉄の旅


 鉄面の渡世人と喋る刀の新たなる物語――『黒鉄・改』の第2巻であります。旅の途中、それぞれ何やら怪しげな一団に襲われることとなった迅鉄と丹。曰くありげな連中と道連れになったり戦ったり、次から次へと面倒に巻き込まれる彼らの運命は――

 人斬りに次ぐ人斬りの果てに命を落とし、ある蘭学者の手により、失った体の一部をカラクリで、失った言葉を喋る妖刀・鋼丸で補って甦った「鋼の迅鉄」。
 渡世人としてのあてどない旅の途中、迅鉄そして彼とは腐れ縁の少女渡世人・紅雀の丹は、奇妙な刺青を入れた三度笠の一団に襲われることになります。どうやら三度笠は丹が偶然手に入れた書状を狙っているようですが――なんとか敵を撃退した二人は、それぞれの道を行くのでした。

 が、二人は再び厄介事に巻き込まれることになります。旅の途中で何者かの仕掛けた罠によって傷を負い、偶然出会った旅芸人の姉妹に匿われた迅鉄。再び三度笠の一団に襲われたところを、怪しげな学者・狩野久作に救われた(?)丹。
 それぞれ新たな道連れとともに旅する二人ですが、その道連れたちもまた、腹に一物ある連中であったことから、裏切りと罠と家庭の事情(?)と――迅鉄たちはややこしい状況に巻き込まれることになるのでした。

 そして二人の前に立ちはだかる思わぬ強敵。苦戦する迅鉄と丹の運命は……


 前巻のラストから続くエピソード「底根國の天探女」が描かれるこの第2巻。『黒鉄・改』として作品がリブートされてから続く、謎の書状を巡る三度笠の一団との戦いは、この巻でも展開されることになります。
 ……といっても戦いだけでなく、旅の道連れになった人々の人間模様、彼女たちとの迅鉄の交流が並行して描かれるのが、人情ものとしての要素も色濃い本作らしいところであります。

 この巻のゲストである旅芸人の少女・月等と、彼女の「姉さん」である月百――傷を負った迅鉄を助けた彼女たちには、実は思わぬ顔があるのですが、しかしそれと同時に、月等には月等なりの事情があることが描かれることになります。
 それは書状の秘密に比べれば遙かに普通の、言ってしまえばよくある話ではあるのですが――しかしそれだからこそその切実さは、何だかんだいって人の良い迅鉄や丹を動かすのであります。

 その一方で、思わぬ強敵として登場する鎖鎌使いの浪人も、実に面白いキャラクターであります。
 罠にかかって必ずしも本調子ではないとはいえ、真っ正面から一対一で迅鉄を圧倒するほどの強豪でありながらも、その言動はいい加減で人間臭い――というよりせこい。特にこの迅鉄との戦いの最中、あるキャラと口でやりあう姿は何とも愉快なのであります。
(これだけキャラが立っていて、結局名無しのおっさんなのが、またなんとも)


 その一方で、謎が謎呼ぶばかりで、物語的にはほとんど全く進展が見られないのは、やはりちょっと苦しいところではあります。
 確かに個々のシチュエーションやキャラは面白いものの、こう進展がないと、迅鉄と丹が一方的に巻き込まれてばかり――そう見えてしまうのであります。

 もちろん、それが迅鉄であり、彼の物語らしいといえばらしいのですが――そろそろ大きく物語が動いて欲しいかな、というのも、正直な印象なのです。


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2019.04.27

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第12巻 史記から一歩、いや大跳躍の鴻門の会


 項羽とのデッドヒートを制し、ついに秦を滅ぼした劉邦。しかし劉邦の愚策によって項羽は激怒、劉邦の命はもはや風前の灯であります。この窮地を逃れるため、劉邦と張良の乾坤一擲の勝負の行方は――『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第12巻を丸々使って描かれるのは、かの「鴻門の会」であります。

 張良の奇策に次ぐ奇策でもって、ついに先に関中に入り、そして秦皇帝を降伏させた劉邦。悲願であった秦を滅ぼし、さしもの張良も気が緩んだところに、思わぬ事態が発生します。
 小人の献策を取り入れ、項羽を締め出して敵視するような対応を取ってしまった劉邦。これに激怒した項羽は劉邦抹殺の決意を固めるのですが――かつて張良に命を救われた項伯の急報によって事態を知った張良は、劉邦に命懸けの策を授けるのでした。

 項伯の取りなしによって、項羽と対面し、釈明する――一歩間違えれば、いやかなりの確率でその場で項羽に討たれてもおかしくないこの策に望みを託し、劉邦と張良は鴻門に向かうことに……


 かくてこの巻で描かれるのは、史上名高い鴻門の会。形の上は劉邦を許した項羽によって開かれた宴席で、幾度にも渡り劉邦に命の危険が迫る――という故事であります。

 この見せ場の固まりのような鴻門の会ですが、しかし冷静に考えるとビジュアル的にはかなり地味。項羽と劉邦、范増と張良、そして項伯の男五人だけで酒を酌み交わすという華のない(軍営の中なのですから当たり前なのですが)場なのですが――しかしここで繰り広げられるのは、どんな戦いよりも激しい、一進一退の攻防なのです。

 劉邦が項羽に対して(文字通り)必死の釈明を試みるのに対し、何としても項羽に劉邦を討たせようとする范増。そしてそれが叶わないと知り、范増は項羽の従兄弟の項荘に剣舞を舞わせ、劉邦を斬らせようとするのですが――そこで項伯が命懸けのブロックに出ることになります。
 それでもなお続く危機に、張良が呼び寄せたのは――と、この巻の前半では、鴻門の会での攻防が、史記を踏まえて描かれることになります。

 この辺り、かなり史記に忠実なのですが、しかしこれまで10巻以上にわたって描かれてきたキャラクターたちのやりとりは、それだけでも十分以上に濃厚な味わい。そしてそれだけでなく、諸処に挟まれるアレンジがまた、実に良いのであります。
 その最たるものが、張良が呼んだあの男の言動でしょう。史記で描かれたそれよりもさらに単刀直入に項羽に迫り、命という名の盾となって劉邦を守ろうとするその姿は、あの項羽をして「壮士」と呼ばせるのに十分な迫力で、実に痛快であります。

 史記の描写を愚直なまでに踏まえつつ、しかしそれだけに終わらない一歩を踏み出してみせる。これまで幾度も見せてくれた本作ならではの魅力は、ここでも健在なのです。


 と――上で述べたように鴻門の会が描かれるのはこの巻の前半部分。劉邦は項羽の手から脱し、死地を逃れるのですが――しかし本作は、その先を描いてみせるのです。

 劉邦に対する殺意を失い、彼を赦した項羽。しかしこの機に劉邦を除くことに固執する范増は、密かに項荘を呼び、軍を率いて劉邦を討つように命じるのでした。
 襲われて敗れればもちろん命はない。いや、襲われて反撃したとしても、敵意ありとして結局は項羽に討たれることとなる――この絶対の死地に対して、張良が取った一手とは。そして覚悟を決めた張良に迫る項荘の前に立ちはだかったのは、もちろん――!

 と、ここから繰り広げられるのは、一種の神経戦であった鴻門の会とはある意味正反対の、ド派手でフィジカルな戦い。そしてその戦いの中心に立つのは、本作のフィクションの部分を支えてきたあの男であります。
 いやはや、一歩どころではない大跳躍ですが、しかし史記の表を描き、その隙間を埋めるだけでなく、その裏で自由に、豪快に奇想を遊ばせてこそ、本作らしいと言えるでしょう。

 そしてそんな豪快な展開の一方で、韓信の帰順や陳平との因縁を織り込んでみせたり、史記ではほとんど剣舞のためだけに登場した項荘のその後を描いたりと、構成としても抜群にうまいこの展開には、さすがは――と感心するほかないのであります。


 そしていよいよ新たな道を歩むことになる劉邦と項羽。二人の、そして張良の先に待つものは――ある意味、ここからが物語の本当の始まりであります。


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2019.04.26

琥狗ハヤテ『ねこまた。』第5巻 町人と武士 異質な物語の中に浮かぶもの


 家に憑く不思議な存在「ねこまた」と、そのねこまたに憑かれた(懐かれた?)仁兵衛親分の日常を描く四コマ漫画『ねこまた。』の第5巻であります。静かな日常を描く本作に血生臭い空気を持ち込む人斬り浪人・三好の存在を気にかける親分ですが、ついに三好の運命に大きな変転が……

 「家」に必ず一匹憑いている、猫又ならぬねこまた。その一匹に憑かれている京の岡っ引き・仁兵衛親分は、その正義感と腕っ節から町の人々に慕われる好漢であります。
 人には見えないねこまたたちと会話することから、「ささめ(つぶやき)」というありがたくない渾名を頂戴している仁兵衛ですが、肩の一匹、そして家の四匹のねこまたたちと暮らす仁兵衛は、それなりに彼らとの平穏な生活を楽しんでいて……

 という、基本日常系(?)の四コマ漫画である本作。この巻でももちろんその流れは変わることなく、親分とねこまたたちの、何とものんびりとした、そして微笑ましい日常が描かれております。
 しかし本作では同時に、1巻に数回、極めてシリアスな物語が短編形式で挿入されることになります。そして第3巻以来そのシリアスパートを担ってきたのが、京にやってきた朱鞘の浪人・三好なのであります。

 その三度笠に白ねこまたが憑いているということもあり、仁兵衛にとっては何とも気になる人物である三好。賞金稼ぎという殺伐とした稼業の彼は、かつては某藩の歴とした侍であったことが、前の巻で描かれました。

 御家騒動に巻き込まれ、主も家族も、全てを喪い、故郷を捨てた――その過去は知らないものの、大きな陰を背負っていることはいやでもわかる三好を、仁兵衛は治安維持を担う岡っ引きの役目以上に、気にかけるようになります。
 そしてその彼の危惧が現実のものとなる日が、ついにこの巻で描かれることになります。それは桑名からやって来た男・木下――三好に対する討ち手の出現であります。

 見かけはわんこ系で正直な人柄ながら、見えないはずのねこまたの存在を察知する力を持つ木下。そんな彼は、実は三好とは竹馬の友であり、同門の剣士であります。
 そんな間柄でありながら、主家の命により、三好を斬らねばならぬ木下。仁兵衛は三好を救うため、何とか二人が対面するのを避けようとするのですが……


 作中で登場する、桑名という地名と、前の巻で描かれた野村(そして藩主が定重)という名前からすると、ほぼ間違いなく、18世紀初頭に伊勢桑名藩で起きた御家騒動・野村騒動が題材となっているこのエピソード。
 これまで史実との関係が匂わされることはほとんどなく、いつかどこかの物語として描かれてきた本作においては、かなり異質に感じられるところですが――それが逆に、強烈な印象を残します。

 たとえねこまたという妙な因縁で結ばれ、互いに不思議な共感を抱きながらも、しかし片や浪人とはいえ武士、片や町人である岡っ引きである三好と仁兵衛。同じ町に暮らしながらも、しかし二人の属する世界は、その世界を動かす規は、あまりに異なるものであります。
 どうにもできぬ世界の規を前に、仁兵衛は何を想うのか。そしてその規に縛られた末に、全く望ままに敵同士として対峙することを余儀なくされる三好と木下の運命は……

 平和な世界に生きる我々にとってみれば異質でしかない、しかしそれでいて我々と同じ人間たちが演じる悲劇の姿は、仁兵衛そしてねこまたたちという存在を間に挟むことで、より鮮明に、我々の胸に突き刺さるのです。
(そしてその両者の間に立つ、立たざるを得ない、奉行所の寺島の旦那の存在感が、また実にいいのであります)


 今回の三好のエピソードを通じて、これまで以上に「時代劇」を描いてくれた本作。しかしそこにあるものが、これまで本作が日常の中で描いてきたもの――この世に生きる者の生の姿と情の形と本質的に変わらぬものであることは言うまでもありません。
 己の「家」を喪い、そして図らずも己が白ねこまたの「家」となってさすらい続けた三好。その彼が向かう先は――やはりこのエピソードは、本作だからこそ描くことができた物語と評すべきでしょう。

 哀しくも心に沁みる物語であります。


(と、一瞬親分についにロマンスが!? と思われた展開もあったのに、完全に頭からすっ飛んだこの巻であります)


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2019.04.25

さいとうちほ『輝夜伝』第2巻 月詠とかぐや、二人の少女の意思のゆくえ

 かぐや姫伝説を巡り、様々な人々の思惑が絡み合う『輝夜伝』の第2巻では、いよいよかぐや姫が帝のもとに入内。かぐや姫から特に警護のために指名された月詠は、様々な危険に晒されることになります。そしてかぐや姫が語る、驚愕の真実とは……

 謎の「血の十五夜」事件で兄を喪い、真相を知るために男を装い、帝を守る滝口の武者の見習いとなった少女・月詠。彼女が女だと知る滝口の先輩・大神ととも事件の謎を追う月詠は、都で話題のかぐや姫の入内のために、姫のもとに赴くことになります。
 そして自分を求めるのであれば天の羽衣が欲しいと語るかぐや姫を満足させるため、帝の命で、羽衣を探し求めることになった滝口たち。月詠もその中で奔走するのですが、そこに謎の西面の武者・梟が接近してきて……


 「血の十五夜」の謎と、かぐや姫の謎と――二つの謎が織りなす物語である本作。その待望の続刊であるこの第2巻では、前者はひとまず置いて、かぐや姫を巡る物語が展開していくことになります。
 その絶世の美で世の男たちを引きつけながらも決して靡かず、帝に対しても不遜とすらいえる態度を見せるかぐや姫。彼女はしかし、瞬間移動能力を持ち、そして月詠と共鳴して体から光を放つなど、常人とは思えぬ異能の持ち主であります。

 果たして彼女は何者なのか、果たして伝説のとおり天から来たのか――それはまだわかりませんが、伝説とは大きく異なるのは、単に求婚者を阻むだけでなく、一人の人間として自分の意志をはっきりと示すことでしょう。
 帝であれ上皇であれ決して折れず、不敵なまでの自由奔放さを見せる。そんな彼女の素顔は、帝との思わぬ因縁の中でも描かれるのですが――しかし今のところ彼女に最も近い場所にいるのは、月詠であります。

 上で何度か述べたように、かぐや姫とは不思議な共鳴現象を起こした月詠。それ以外にも、不可思議な共通点を持つ月詠のことを、かぐや姫は自分と同類と呼びます。
 なるほど、その名前をはじめとして、月とは不思議な因縁を持つ月詠。正直なところ、本人が登場するまでは、彼女こそがかぐや姫なのでは、という印象もあっただけに、それも頷けるところではあります。

 しかしかぐや姫とは(おそらく)異なるのは、月詠が兄や師から十五夜の月を見ることを禁じられていること。
 月を見上げて涙をこぼしたという伝説のかぐや姫とはむしろ正反対の姿ですが――それは果たして何故なのか、それがこの巻においてついに描かれることになります。

 そしてそんな彼女につきまとい――いやむしろ、彼女を見守るような行動を取るのは、帝と対立する怪人・治天の君こと上皇の忠実な配下と思われた仮面の男・梟。
 あたかも月詠の正体を知り、そして彼女を大切に想っているかにかに見えるその言動からは、やはりその正体は――と想わされるのですが、それはまだ早計と言うべきかもしれません。

 かぐや姫、月詠、治天の君、そして梟と、本作はまだまだ正体不明の人物だらけなのですから……


 そんな非常にシリアスな物語が展開していく一方で、月詠と梟と大神の関係が、端から見ると男が男を取り合ってるように見えたり(そして妙に理解のある大神の親友の凄王)、かぐや姫の愛犬・太郎丸が可愛いらしい上に大活躍したり……
 と、緩急の付け具合も非常に楽しい本作。先に述べたようにかぐや姫が、そしてもちろん月詠が、謎の渦中にありながらも決して流されない、強い意志を持った女性であるのも好感が持てます。

 しかしそんな月詠も、自分自身に秘められた秘密を知った時、どうなるのか――いよいよ先が気になる物語であります。


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2019.04.24

『どろろ』 第十五話「地獄変の巻」

 一夜明け、百鬼丸が鯖目を見張る間に村に聞き込みに出かけるどろろ。しかし村の倉に忍び込んだどろろは村人に捕らえられ、幼虫たちの犇めく地下に落とされてしまう。一方、この村を守るために鬼神を受け入れたという鯖目に対し怒りを爆発させた百鬼丸は、襲いかかるマイマイオンバに挑むが……

 一夜が明けて、お互い何事もなかったかのように朝餉の膳を囲むどろろ・百鬼丸と鯖目。鯖目を見張るという百鬼丸を残し、村に聞き込みに出かけたどろろは、これまでに登場した貧しく殺伐とした村とは正反対の、物だけでなく心も豊かな――ちょっと過剰なくらいに和気藹々と暮らす――人々の姿でした。
 見ず知らずの自分にまで団子を振る舞ってくれる老婆に感心するどろろですが、しかしあの廃寺について尋ねた途端に老婆の態度はよそよそしくなり、周囲の村人たちも剣呑な視線を向けてくるようになります。そんな中で更に奧に足を踏み入れたどろろは、村はずれの林の中に蔵を見つけて忍び込むのでした。

 そこに収められていたのは米俵(さりげなくルパン三世のようなことを言うどろろ)だけかと思いきや、床に隠し扉を見つけてその中を覗き込んだどろろ。その彼を待ち構えていた村人たちは下に突き落とし、閉じ込めてしまうのでした。そして闇の中に取り残されたどろろの周囲に無数に光る、あの巨大な幼虫たちの赤い目。襲いかかる幼虫たちから必死に逃げ出すどろろですが――しかしついに追い詰められて絶体絶命のその時、妖しげな光とともに現れたのは――あの妖怪小僧!
 どろろは自分に優しくしてくれたから助けるという妖怪小僧の頭が割れると、そこから飛び出したのは、幾人もの子供の姿をした光。幼虫たちを抑えるその光の一人を通じて、どろろはあの寺で起きた出来事を知ることになります。尼僧は鯖目によって殺された末に寺は焼かれ、そしてマイマイオンバの餌にされた子供たち。無惨な過去に涙するどろろは、やけに説明口調で語る子供の霊に導かれて、地下からの出口に向かうのでした。

 一方、館を出て村を見下ろす高台に向かった鯖目を追う百鬼丸。彼を待ち受けていた鯖目は自分のことを語り出します。祖先が代々守ってきたこの地に生まれ、今に至るまで、この村の中で生きてきた鯖目にとってはこの村が全てであること。しかし戦乱の中で落ち武者や獣たちに荒らされ、村が無惨な状態となったこと。そして村に現れたマイマイオンバの言葉に従い、彼女とその眷属が村に居着くことを許し、外敵は彼女たちの餌食となり、村は平和と豊かさを取り戻したことを(そしてマイマイオンバと結ばれたことを)。
 そして村を守るためと、羽化したばかりのマイマイオンバの眷属を百鬼丸にけしかける鯖目。しかし鬼神に縋り周囲を犠牲にして生きる鯖目の姿が、醍醐景光や多宝丸、母の姿と重なり、思い切りトラウマを刺激された百鬼丸の怒りが爆発します。次々と眷属を叩き斬る百鬼丸は、邪魔だと鯖目を山から蹴り落とし、自分を捕らえて飛び上がったマイマイオンバ(の眷属?)にも斬りつけるのですが――百鬼丸を落として飛び去ったその一匹が、夕刻迫る中、櫓の上で見張る村人の松明に直撃し、櫓は大炎上。そのままよくわからないくらいの勢い(どろろが油の壺をひっくり返しておいたせい、ではないか……)で村に火は燃え移っていくのでした。そして業火の中に村の繁栄が消え去っていく中、呆然と立ち尽くす鯖目の前で、あれほど和気藹々としていた村人たちは醜い争いを始めるのでした。

 そんな村を置いて、どろろが子供の霊から聞いたマイマイオンバの居所――湖に単身向かう百鬼丸。水中から出現し、自分を掴んで飛び上がったマイマイオンバに対し、百鬼丸は壊れた自分の片足に仕込んだ油の袋から放った油に火をつけ、マイマイオンバを焼き払うのでした。
 そして百鬼丸は背骨を取り戻すのですが――しかしその代償に焼け落ちた村の惨状に心を痛め、自分たちのせいではないかと悩むどろろと、関係ないと言い放つ百鬼丸。そんな百鬼丸と文字通り距離を置いてしまったどろろの前には、あのイタチが現れます。どろろの持つ宝の地図を見せろと言いながら……


 子供たちを生贄にして自分たちの繁栄を望む村と、その繁栄が失われた途端に本性を剥き出しにして争う人々。まさに「地獄変」と呼ぶに相応しいものが描かれた今回ですが――しかし結局プチ醍醐景光、プチ醍醐領が描かれただけという印象がないでもありません。
 もちろん、醍醐領では状況を客観的に見れなかった二人が、同様の場所である鯖目の村を訪れその顛末を目にすることで、改めて百鬼丸の所業の是非を問うという意味はあるのですが――その分、鯖目とマイマイオンバの(異常な)関係性がスルーされてしまったのはちょっと惜しいな、という気がします。

 また、鬼神に子供たちを生贄にした村人たちに怒っていたと思ったら、その鬼神を滅ぼしたことで村をも滅ぼしてしまった百鬼丸に怒るどろろも、何だかすっきりしないところであります。これはこれで非常に人間らしいといえばその通りなのですが……


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2019.04.23

木原敏江『白妖の娘』第4巻 大団円 大妖の前に立つ人間の意思が生んだもの


 木原敏江版『玉藻の前』というべき本作『白妖の娘』もついに最終巻となりました。白妖をその身に憑かせた娘・十鴇と、かつて白妖を封じた術者の子孫・直と――すれ違う二人の想いはどこに向かうのか。そしてついに真の力を取り戻した白妖を倒すことはできるのか――いよいよ大団円であります。

 都の貴族に騙されて死んだ姉のため、禁忌の森に封じられていた白妖にその身を差し出した十鴇。そして貴族たちの世界を滅ぼすことを望んだ末、玉藻と名を変えた十鴇は、ついに法皇の寵姫にまで上り詰めることになります。
 十鴇とともに白妖を世に放ったことに責任を感じ、そして何よりも愛する彼女を救おうとする葛城直は、陰陽師・安倍泰親の下で修行に励むのですが――しかし白妖の力には未だに及ばず、妖魔の跳梁は続くのでした。

 そんな中、うち続く日照りを前に、雨乞い対決を行うことになった泰親と十鴇。師の助手に選ばれた直ですが、しかしその直前に十鴇の罠にかかって儀式に間に合わず、結果として十鴇が勝利することになるのでした。
 権力と妖力と――もはやこの世に並ぶ者のない力を手に入れた彼女に対して、直に残された手段は……


 ついに法皇を完全に操り、名実ともにこの国の頂点に立とうという暴挙に出た十鴇と白妖。もはや近づくことすら難しい相手に対して、直と仲間たちが仕掛ける最後の賭けは――というわけで、この第4巻で描かれるのは、クライマックスに相応しいスケールの大きな展開。
 その一方で、この深刻極まりない事態の中で直たちが仕掛ける作戦が、(少なくとも見かけ上は)それとは正反対だったりする変化球加減もまた、実に楽しいところで、この辺りはもう、大ベテランの横綱相撲というべきでしょう。

 しかし、真のクライマックスは、真の感動は、その先に用意されています。辛うじて最悪の事態は防いだものの、本性を剥き出しにした白妖の前に、大きな危機に瀕する都。これに対して直は、自分の先祖がかつてこの大妖を封印した呪の正体を知るため、危険な旅に出ることになります。
 そしてついにその呪の正体を、白妖封印の真実を、そして白妖の秘めた想いを知った直。かつて夢の中で直が見た、不思議な光景――暗い闇の中で、ただ一人、孤独に石積み遊びを続ける白いけものの姿の意味を。

 そしてそこから、これまで物語の中で積み上げられてきた全てが一つに繋がり、全ての謎が解かれることになります。
 無敵の白妖が、何故直の祖先に敗れ去ったのか。復活した白妖が直を直接倒そうとしなかったのは何故か。白妖の力の源とは、白妖を倒す手段はあるのか。白妖に憑かれた十鴇を救う手段はあるのか、救うことはできるのか。そして十鴇と直の運命は、二人が望んだものとは……


 以前の巻の紹介でも触れましたが、本作の題材は、岡本綺堂の『玉藻の前』であります。本作の設定や物語展開(例えばこの巻でいえば雨乞い対決のくだり)は、ある程度この『玉藻の前』を踏まえたものであるのですが――しかし結末において、本作は明確に新たな物語を描くことになります。

 そしてその根底にあるのは、登場人物たちの、その代表である十鴇の想い、明確な意思――それであります。白妖に運命を狂わされた十鴇と直の悲恋物語とも言うべき本作。しかしそれは(原典のように)どうしようもない運命に流されただけではなく、二人が自分の意思で選んだ結果でもあります。

 それを象徴するのが、第1巻で十鴇が白妖に言い放ったセリフ「なにがあっても私は私!」といってよいでしょう。そしてその十鴇の意思は、最後の最後まで変わることなく貫かれることになります。そしてそれが、全く思わぬ形で、大いなる救いを生み出すのであります。

 白妖という巨大な超自然の悪意(しかし同時に……)を描きつつも、その前に毅然と立つ人間の意思の姿を描いてみせた本作。
 だからこそ、この物語はあまりにやるせなく、悲しくもあるのですが――しかし同時に、力強くも優しく、そして何よりも美しく感じられるのです。

 そして我々がこの物語を読み終え、『白妖の娘』の名を振り返ってみた時に浮かぶ想いは――何とも切なくも温かく、そしてどこか微笑ましいものなのではないでしょうか。


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2019.04.22

『鬼滅の刃』 第三話『錆兎と真菰』

 鱗滝の下で鬼殺隊入隊のための修行を始める炭治郎。厳しい修行の末、もう教えることはないと鱗滝は告げ、巨大な岩を刀で斬るよう命じる。岩を斬れず悩む炭治郎だが、その前に、狐面をつけた少年・錆兎と不思議な少女・真菰が現れる。二人との修行の末、ついに炭治郎と錆兎、最後の対決の日が……

 冒頭、鱗滝の声で説明される鬼殺隊の存在と鬼の生態(柱たちがシルエットになっているのは格好良いのですが、漫画の方ではそれなりに目立っていたのにかえって目立たなくなったしのぶと小芭内)。
 冷静に考えると作中で鬼殺隊の内容がしっかりと説明されるのはここが初めてなのですが、鱗滝の声で、鬼殺隊を率いる者も、鬼を創り出した者も不明と語るのはちょっと違和感が……

 それはさておき、日記をつける炭治郎のモノローグという態で展開していく今回。山下りや刀の素振りといった地道な基礎訓練から、鱗滝による稽古、呼吸法と型の指導、さらには「水」の剣士らしく、水に一体になるための滝行――と、最後の描写はアニメオリジナル。水と一つになるのだ、と滝壺に叩き落とされ、滝に打たれる――とかなり無茶な修行であります。

 そして修行開始から瞬く間に時間は過ぎて一年後、もう教えることはない、と言い出す鱗滝。もちろんこれで免許皆伝ではなく、あとは実践、とばかりに鱗滝が炭治郎を連れていったのは、古びた注連縄がかけられた、二抱えはありそうな巨大な岩――この岩を斬れたならば、鬼殺隊士への最終選別に行くのを許可するというのであります。
 何だかこれを斬ったら悪いものの封印が解けそうで心配――というのはどうでもいいとして、岩なんて斬れるわけがないし刀が折れる、三十七歳児が殺しにやってくる(のはまだ先)という炭治郎の困惑をよそに、鱗滝は一切指導をすることなく、炭治郎は独力で岩に挑んだものの、虚しく半年が過ぎるのでした。

 それでも全く岩は斬れず、自分を奮い立たせるためにガンガン頭を岩に叩きつける炭治郎の前に、うるさい! と非常にもっともなツッコミとともにあらわれたのは、口元から右頬にかけて傷のついた狐面を被った宍色(黄色がかった赤)の髪を持った少年・錆兎であります。
 鼻でも匂いを感じ取れず、突如として現れた錆兎に驚く炭治郎ですが、「男なら」「男に生まれたなら」と、やたらと「男」を連呼する錆兎はいきなり木刀で斬りかかってくるのでさらに困惑。自分は真剣を持っているのに――と躊躇う炭治郎を一笑に付す錆兎は、木刀でもって炭治郎を圧倒、凄まじい打上げで炭治郎の顎を痛打してKOするのでした。

 そして意識を取り戻した炭治郎の前に現れたのは、狐面を横被りした少女・真菰。堅物の炭治郎が頬を赤らめるほどの可愛らしい真菰が語る内容は、炭治郎の動きや呼吸法に対する指摘であります。実践、いや実戦第一の錆兎と、言葉で適切な指示を与える真菰(しかし全集中の呼吸の説明で、結局死ぬほど鍛えるしかない、というあたりは実にアバウト――いや、結局真実だったのですが)の指導を受け、また半年が過ぎることに……
 しかしその中で腕を上げ、ついに真剣を抜いた錆兎と対峙した炭治郎。二人の勝負は一瞬、炭治郎の刃が真っ正面から錆兎の面を打ち、狐面を斬り――そしてなんとも言えぬ笑みとともに錆兎は、そして真菰は消え、そこに残ったのは真っ二つとなった岩だったのでした。


 原作の第4話・第5話を、またもや非常に忠実にアニメ化した今回。しかし細かい修行のディテールはかなり補われていた印象(しかし型の指導、鱗滝さんが何も教えてないのに適当にやらせているように見えてしまう……)ですし、上で述べたように、アニメオリジナルの修行として「水」の流派らしいものが加わっていたのも面白いところであります。
 そして今回のタイトルロールである錆兎と真菰ですが――特に印象に残ったのは錆兎の存在感。原作では炭治郎と比較的年齢が近い印象だったのですが、こちらでは完全に彼よりも上に感じられたのは、これはもう演じた梶裕貴の力によるものではないかと思います。

 しかし冒頭で述べたように日記形式であったから仕方ないとはいえ、錆兎が最後に浮かべた笑顔は、まさにそのものの表情が描けていただけに、言葉での説明は要らなかったのではないかなあ――とは思います。



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2019.04.21

『どろろ』 第十四話「鯖目の巻」

 自分の背中に隠された秘密を知り、複雑な心境での旅の途中、幽霊に巨大な赤子の妖怪を押しつけられたどろろ。途中、焼け落ちた寺の跡で赤子は消え、そこで二人はこの辺りを治める鯖目に声をかけられる。誘われるまま彼の屋敷の客となった二人に、その晩、奇怪な怪物が襲いかかる……

 前回、温泉に入ったどろろの背中に浮かび上がった地図のようなもの。どろろの体温が上がった時に浮かび上がるそれは、父・火袋が蓄えた、貧しい人々が立ち上がる時のための隠し金の在処を記したものだったのであります。お自夜の背中と半分ずつ描かれたものが合わされば、おそらくは莫大な金が見つかるはず――しかし母の背中のそれはどろろの記憶にしかなく、どろろは自分の背中を見られない(そしてその存在を知る百鬼丸と琵琶丸は目が見えない)。
 よく考えられたものですが、琵琶丸はその金が世を動かす大きな力の源になるかもしれないと、微妙に不穏なことを言い出すのでした(初めから見ていないと、どう考えても黒幕な言動の琵琶丸であります)。

 そんな琵琶丸と別れ、また鬼神退治の旅に出る二人ですが、その途中、人気のない道で聞こえてきたのは、買うて下され、という声。そこに現れたのは、巨大な赤子めいた妖怪を連れた、不気味な尼のような姿の幽霊であります。鬼神ではないとスルーの百鬼丸ですが、何故か妖怪小僧にピカピカした感じの声で「まんままんま」と懐かれた彼は、妖怪をおぶって――いや妖怪に抱えられて旅を続ける羽目になります。

 そんな中、焼け落ちた寺の廃墟にたどり着いた二人。そこで百鬼丸は尼の幽霊に導かれて油が撒かれた跡を見つけ、どろろは相変わらず妖怪小僧にまとわりつかれていたのですが――そこで突然妖怪は姿を消してしまいます。と、そこに現れたのは、ここには夜になると妖が出ると語る鯖目と名乗る男――その名の通り、魚のように丸く、瞬きをしない鯖目に厭な印象を受けるどろろですが、この辺りの村を治めているという彼の屋敷に招かれ、歓待を受けることになります。

 その宴席で、あの焼け跡はかつて孤児を集めては牛馬のように働かせた末に人買いに売っていた尼僧の寺であり、ある日雷が落ちて尼僧や子供もろとも焼け落ちてしまったのだ、と語る鯖目。しかしそれであればあの油の跡は、とどろろは疑念を抱くのでした。
 何はともあれ、その晩は屋敷の広い部屋にただ二人泊まることとなったどろろと百鬼丸。相変わらず鉄面皮の百鬼丸に、微妙に怖がってるどろろと、何となく微笑ましいムードの二人ですが、その時、天井の梁に蠢く不気味な影が――それは、人間以上の大きさの芋虫に、人間の手を四本生やしたようなおぞましい怪物!

 二人めがけて襲いかかってきた芋虫を迎え撃ち、芋虫の放つネバ糸に刀を封じられたりはしたものの、すぐに振り払って芋虫を叩き斬った百鬼丸。が、倒したかに思われた芋虫が咆吼を上げたとき、外の戸が激しい風とともに吹き飛び、現れたのは巨大な蛾の鬼神――マイマイオンバであります。その羽ばたきから放たれる鱗粉に二人がたじろいだ隙に、マイマイオンバは芋虫を連れて姿を消すのですが――人間の女に変じた鬼神は、屋敷の外で待っていた鯖目のもとに現れます。どうやら鯖目は彼女の正体を知った上で側に置き、誘い込んだ人間を餌として与えていたようですが……


 これまでで一番ホラームードが強かった今回、妖怪小僧を連れて現れる尼僧の幽霊の、ねじれ細ったような異形ぶりもコワいのですが、夜中に天井から襲ってくる人間大の芋虫というのは、実に実に厭なシチュエーションであります。その一方で、異形ながら赤子の要素を多く持つ妖怪小僧は、見ているうちにだんだん可愛くなってくるのですが……

 それはさておき、どろろたちが先に出会った妖怪が実は敵ではなく、そしてその妖怪を悪役に仕立てようとする人間の側が、実は鬼神と繋がっている――というのは、万代様とシチュエーション的に被るお話。もっとも今回の場合、鯖目とマイマイオンバの間に恋愛感情があるようですが、これはこれで以前に絡新婦の話があります。
 これらのエピソードとどのように差別化してみせるのか――おそらくそれは、マイマイオンバに子供がいるということに繋がるものなのでしょう。そしてそれはどろろと母の関係に重ねられるのでは――という気がしますが、さて。


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2019.04.20

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その二) 兵法が終わった後の兵法者たち


 戸部新十郎の「秘剣」シリーズの一つ、『秘剣水鏡』の紹介の続きであります。前回は三作品をご紹介いたしましたが、今回は二作品+残る作品をご紹介いたしましょう。

『無外』
 慶安二年に甲賀に生まれた辻月丹は、兵法を志して京に出るも、既に家光の御前試合も終わり、兵法者が兵法者として名を上げられる時代は終わったも同然。それでも兵法に打ち込み続けた月丹は、江戸に出ても芽の出ない日々を過ごすのですが……

 「秘剣」シリーズは、それこそタイトルに相応しく、兵法者同士の決闘の中で秘剣が繰り出される様を描く作品が多い一方で、兵法者の一代記とも言うべき内容のものも少なくありません。本作もその一つ、タイトルどおり無外流の祖として知られる辻月丹の半生を描いた物語であります。
 江戸時代前期という既に泰平の世に入り、剣術が無用の長物となった――師から「つまらぬときに生まれた」「おまえが生まれたころで、兵法は終わった」と言われるのがキツい――中でも、ただひたすら剣を磨いた月丹の道が思わぬ縁から開けていく姿は、比較的淡々と描かれているだけに、かえって不思議な感動があります。

 月丹の師や兄弟子とのそれこそ禅問答めいた立ち会いの様も、実に本シリーズらしい枯れた味わいがあるといえるでしょう。


『空鈍』
 加賀から兵法修行のために江戸に出てきた青年・狩野叶之助は、ある日立ち会った伊庭是水軒から、当世無双の剣士として、無住心剣流の小田切空鈍の存在を教えられます。ついに空鈍と出会った叶之助は、その教えを受けるのですが……

 『無外』同様、兵法者が無用の長物となった時代を描く本作ですが、異なるのは、達人本人ではなく、達人の近くにいた一人の青年剣士の姿を通じて描いたことでしょう。
 その時代遅れの剣術に青春を燃やし、ついに師とも目標ともいうべき存在である空鈍と出会った主人公が辿った皮肉な運命は、青春時代に何かに打ち込んだ者にとっては、身震いするほど恐ろしく感じられるのではないでしょうか。

 ある意味『無外』のB面とでも言うべき本作――ラストの主人公の叫びが胸に突き刺さる、シリーズ有数の「痛い」作品であります。


 その他、『善鬼』は、伊東一刀斎の弟子の一人でありながら、御子神典膳に敗れたという小野善鬼を題材とした作品。
 粗暴なやられ役として描かれることの多い善鬼ですが、彼の師に対する想いをある言葉を通じて描くことで、結末に何とも言えぬ哀しみが生まれています。

 『大休』は、松田織部之助によるもう一つの新陰流、松田方新陰流の幕屋大休の物語。柳生家の隠し田を密告したことで後に柳生に殺されたという松田織部之助の逸話を題材としたものです。
 この逸話は、主に柳生の黒さを描く際にしばしば描かれるもので、今回もその流れを踏まえたものですが――ラスト、大休の言葉を描くことで、物語にずんと深みを与えているのが本シリーズらしいところでしょう。ある意味、『水月』の前編とも言える作品です。

 『牡丹』は、様々な流派の太刀への返し技で構成された雖井蛙流というユニークな剣術を生み出しながら、娘の恋愛のもつれから相手方を殺して腹を切ったという、何とも言えぬ逸話が残る深尾角馬の物語。
 その通りの内容ながら、そこに至るまでの角馬の人生を淡々と描くことで、語らぬ中にも多くのことを語る物語は、読後に苦味とも哀しみと言えるものを残します。

 巻末の『花影』は、本書の中で最も遅い時代、江戸時代後期を舞台に、桃井春蔵の鏡心明智流の誕生を描いた一編。
 開祖である春蔵の父・八郎左衛門のアイディアマンぶりも楽しい物語で、八郎左衛門と春蔵の父子鷹ぶりが、「位」の桃井を生む結末はホッとさせられるものがあります。


 以上十編、いずれも剣豪小説の名編とも言うべきものであります。つい先日『秘剣龍牙』も復刊されましたが、こちらも近いうちにご紹介したいと思います。


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秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


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2019.04.19

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その一) 一刀斎の後の兵法者たち


 あくまでも個人の印象ではありますが、最近は剣の遣い手を主人公にした作品はあっても、実在の剣豪(剣流)を主人公とした「剣豪もの」はだいぶ少なくなっているように感じます。そんな中で本書『秘剣水鏡』の復刊は福音とも言うべきもの。全10話、どれから読んでも味わい深い名品揃いの短編集です。

 一足早く復刊された大作『伊東一刀斎』によって、戦国末期の剣豪たちの姿を描いてみせた戸部新十郎。本書を含めたいわゆる作者の「秘剣」シリーズは、ある意味その姉妹編ともいうべき短編集――実在の剣豪、実在の剣術流派を中心に、その剣の姿を様々な形で描いてみせた作品が収められています。

 本書『秘剣水鏡』の表題作である名作『水鏡』については、以前この作品のみでご紹介しておりますので、今回はその他の収録作の中で、特に印象に残ったものをご紹介しましょう。


『無明』
 中条流の達人・富田勢源にまめまめしく仕える少年・柿之助。時折おかしないたずらをする猪口才な彼一人を連れ、勢源は美濃に旅立つことになります。そこで梅津兵庫なる武芸者に執拗に迫られた勢源は……

 作者の故郷である加賀の剣豪・富田勢源とその弟子の姿を題材とした本作。中条流と勢源は、この後もシリーズにしばしば顔を見せるセミレギュラーであり、そして勢源は一刀斎の師の師でもあることを考えれば、本作が冒頭に収められているのは妥当なところと言うべきかもしれません。
 薪ざっぽうで梅津某を一撃で破ったという勢源の有名な逸話をクライマックスに据えつつ、剣豪と弟子の複雑な関係性を、戦国時代の武将たちの興亡を背景に描いた本作。まさしくすれ違う師弟の姿が強く印象に残ります。


『岩柳』(がんりゅう) 巌流
 「岩流」を編み出した一方で、妻亡き後、草木染めで娘を養う岩柳斎。ある日現れた佐々木小次郎なる美貌の青年から、いま売り出し中の宮本武蔵なる武芸者のことを聞いた岩柳斎は、小次郎にも見せなかった秘伝の「虎切」でもって武蔵と対峙するのですが……

 『宮本武蔵』外伝とも言うべき内容の本作は、武蔵の逸話をちりばめながらも、兵法家というより兵法(記録)マニアの岩柳斎の目を通すことで、どこか地に足の付いた味わいが残る作品。
 虎切という秘剣を持ちながらも、あくまでも常識人のおじさんである彼が、武蔵と小次郎の双方と関わる姿が何ともユニークなのですが、しかしそれがあの決闘の結果に繋がっていく――という結末は、何ともいえぬ皮肉な味わいを残すのです。


『水月』
 癲狂となり、致仕して柳生の里に暮らす柳生十兵衛。奇矯な言動を繰り返す彼の前にある日現れた武士・荒木又右衛門は、十兵衛に「水月」の極意を問いかけます。それに対する十兵衛の答えとは……

 この「秘剣」シリーズにおいて、中条流と並んで、そしてその敵役としてしばしば登場することになるのが、柳生新陰流であります。その中心となるのは柳生宗矩(いわゆる黒宗矩)なのですが、その子である十兵衛が不気味な存在感を見せるのが本作であります。
 いわゆる躁鬱病と診断された十兵衛の奇妙な隠居生活を描きつつ、鍵屋の辻の仇討ちの物語でもあることが徐々に浮かび上がる構成も良いのですが、白眉はやはり十兵衛が語る「水月」の極意でしょう。

 剣術の極意に関する(難解な)問答は、「秘剣」シリーズの隠れた名物ともいうべきものですが、ここでは十兵衛と又右衛門という両達人の問答の形で描かれるのが、何とも味わい深いのであります。
 ある史実の背後を仄めかす不気味な結末も含めて、他の十兵衛像とはずいぶん異なるにもかかわらず、奇妙に印象に残る作品です。


 以降、長くなりましたので次回に続きます。


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秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


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2019.04.18

『鬼滅の刃』 第二話「育手 鱗滝左近次」

 義勇の言葉に従い、狭霧山の鱗滝左近次のもとに向かう炭治郎と禰豆子。途中鬼に遭遇してしまった炭治郎は、間一髪のところを禰豆子に助けられただ、鬼に止めを刺すことを躊躇う彼の前に鱗滝が現れる。炭治郎に厳しい態度を見せる鱗滝は、弟子入りを志願する炭治郎に一つの試練を課すが……

 家族は殺され、唯一残った妹は鬼にされ――といきなりの運命の変転に戸惑う炭治郎は、その妹を連れて唯一の頼りとも言える鱗滝を尋ねて狭霧山へ――という悲壮極まりない状況ですが、壊れた籠だからタダでいいと言う相手に無理にお金を払おうとする炭治郎の頭の固さは、完全にギャグとなっております(ある意味伏線ですが、しかしこういうギャグは声がつくと妙に浮きますね)。
 そしてもらった籠を修繕して、そこに小さく変化した禰豆子を入れ(そのままのサイズでは籠からはみ出す彼女を見て、「大きくなったなあ」と感慨にふける炭治郎は大物というかなんというか……)昼夜を問わず急ぐ炭治郎ですが――夜の山中で血の臭いを嗅いだ彼が途中のお堂に駆けつけてみれば、中には無惨な死体の数々と、それを喰らう鬼(何故か声は緑川光)の姿が!

 まさしく地獄絵図を前にした炭治郎が愕然とする一方で、新鮮な血肉を前に涎をダラダラと垂らす禰豆子。そしてそんな炭治郎に襲いかかる鬼――と、なんとか斧で首に切りつけた炭治郎ですが、浅い上に鬼の生命力はあっさりと傷口を塞いでしまいます。そしてそのまま鬼にのしかかられて炭治郎大ピンチ――と、そこで兄のために本能に打ち克った禰豆子のサッカーボールキックが直撃、鬼の頭は吹っ飛ぶのでした。
 ……が、それでも動き出す鬼の体に、今度は禰豆子が吹っ飛ばされ、頭だけになった鬼が炭治郎に襲いかかります。頭から手を生やすという奇怪な鬼に斧を掴まれ、苦戦する炭治郎ですが、頭の固さを生かして至近距離から頭突きを連発! 斧を木に打ち込んで動きを止め、鬼の体も崖下に突き落として、何とか窮地を脱するのでした。

 しかしそれでもまだ生きている首の部分。何とか止めを刺さなくては――と考える炭治郎ですが、首だけの相手を完全に殺すというのは、昨日まで常人だった彼には高すぎるハードルであります。そんな中、後ろから渋い声(格好良い時の大塚芳忠)が……。全く足音をさせぬ相手に驚いて振り返れば、それは天狗面にほっかむりというさらに驚く外見。彼こそが炭治郎の探し求めていた鱗滝左近次であります。
 そんなこんなのうちに日が昇り、太陽の光の前に鬼は塵と化すのですが――それまで何もできなかった炭治郎に対し、判断が遅いと指弾する鱗滝。妹が人を喰ったらどうすると問われて答えられない炭治郎に容赦なく平手打ちを食らわせ、その時は妹を殺して腹を切れという突き放しっぷりに炭治郎も愕然であります。が、それでも彼に頼るしかない炭治郎は、走る鱗滝に必死について、ようやく狭霧山に辿り着くのでした。

 が、弟子入りのための試験はこれから――山頂まで連れて行かれ、ただ一人で夜が明けるまでに下りてこいと、夜の山に置いていかれる炭治郎。楽勝と思ったのは初めのうちだけで、容赦なく襲いかかるトラップの数々に、いかに鼻が利く炭治郎でも、無機物相手には勝手が違って大苦戦。しかも空気が薄い山に大いに苦しめられる炭治郎ですが、それでも何とか微妙な匂いの違いを嗅ぎ分けて、夜のうちに鱗滝のもとに帰り着くのでした。
 鬼に対しても情けを見せる炭治郎を甘いと感じたものの、根性で食らいついてきた彼の弟子入りを認めた鱗滝。その脳裏には、いきなり炭治郎を押しつけてきた義勇の手紙が浮かぶのでありました。


 と、義勇の手紙が読まれるのがラストである以外は、ほとんど全く原作第2、3話のままだった今回。しかし原作ではかなりサラッと描かれていた、人間の死体を前に涎を垂らす禰豆子の姿を、かなりねっちりと描いていたのはなかなか良かったかと思います。
 それ以外は、正直なところ特に印象に残る場面は少なかったのですが……(単調なBGMの使い方など、いまいちな点は印象に残りましたが)

 それにしても今回改めて振り返ってみれば、実質最初の鬼の時点で、首を斬っても死なないという、鬼の最大の弱点を潰してきているというかなりトリッキーな相手が出ていたのだなあ、と感心いたします。(ちょうど今、原作の方で首を斬られたアイツの首がこうなっていたら、と想像してしまって妙におかしい)

 にしても、住んでいる山の隣で鬼が縄張り作ってる鱗滝さんは色々とマズいのでは。(この先描かれる最終選別絡みの展開といい……)



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2019.04.17

赤神諒『神遊の城』 甲賀鈎の陣に展開する驚天動地の忍法、そして自由と秩序の物語


 大友家を題材とした三作品を矢継ぎ早に送り出して斯界の注目を集めた赤神諒が、室町時代を舞台に、忍者を題材として描いた本作『神遊の城』。いわゆる甲賀鈎の陣を舞台としつつ、驚天動地の忍術を描く、全く先が予想できない奇想天外な物語です。

 応仁の乱の混乱冷めやらぬ中、九代将軍義尚が六角高頼討伐のために近江に親征した長享の乱。大軍を率いた義尚の慢心、それと裏腹の諸将の志気の低下等により、勢力では遙かに勝る幕府軍は六角家を滅ぼせず、それどころか義尚が陣没するという、足利将軍家の凋落を象徴するような戦いです。

 しかし時代ものファンにとってこの戦はまた別の意味を持ちます。それは、その中で甲賀忍びが大活躍し、彼らが歴史に名を残した戦いであったことであります。
 甲賀に逃れた高頼を迎え入れた甲賀の地侍たち。彼らはゲリラ戦によって散々幕府軍を悩ませ、ついに撤退に追い込んだ――それは甲賀の歴史に燦然と輝く勝利であります。

 本作の主人公は、その甲賀忍びの若きリーダー格である三雲新蔵人。伝説の忍術・神遊観を体得したという彼は自分を慕う異父妹のお喬らとともに、義尚暗殺のために陣中深く潜入することになります。
 しかし将軍に肉薄したものの、そこで凄腕の武士にして元伊賀の忍び・藤林半四郎に強烈な反撃を受けた末、新蔵人はお喬らを逃すために壮絶な自爆をして果てることに……

 全体のまだ二割程度で主人公が爆死、という衝撃の展開に愕然とする間もなく、続いて描かれるのは、その半四郎に密かに心を寄せる義尚の愛妾・煕子の視点からの物語。
 京兆家の重臣たる異母兄によって政略の道具として送り込まれた彼女にとって、唯一の支えは、兄に仕える半四郎のみ。しかしやがて彼女は、お飾りの将軍として扱われる義尚もまた、自分と同様の存在と気づきます。

 やがて義尚と真に心を通わせるようになった煕子。義尚を支え、将軍の権威を取り戻したい――しかしその希望を打ち砕くような出来事が、彼女を襲うことになります。
 一方、幕府軍に対して甲賀方が懸命のレジスタンスを繰り広げる中、窮地に陥ったお喬の前に現れたのは……!


 と、こうして内容を紹介してもよさそうなのは、この前半部分のみ。この先の展開はどんでん返しの連続、驚天動地という言葉が最も相応しい内容なのであります。
 特に物語の中核を成す神遊観の秘密は、もはや時代伝奇というよりSF、忍者ものというより○○○○テーマ――とでも言うべき、ほとんど空前絶後のものなのですから。

 その内容をさすがに明かすわけにはいかず、それ故その魅力を語りにくいのが本作の泣き所ですが――しかし、その奇想だけでなく、本作における足利義尚の人物像など、歴史小説としての妙にも目を向けるべきでしょう。

 応仁の乱の原因の一人であり、そしてこの鈎の陣での行状から、一般にその評価はまことに芳しからざるものがある義尚。本作における義尚像――煕子の目を通じて描かれるものも、初めはそれと変わらぬように感じられます。しかし煕子が義尚を理解していくにつれて、本作の描く義尚像もまた、大きく変化していくことになります。
 そこに在るのは、自分にはどうにもならぬ力に流されながらも、なおも理想を貫こう、取り戻そうとする人間の姿。それは作者がこれまでに描いてきた、そして我々の心を動かしてきた人々の姿と、重なるものがあると言えるように感じられます。

 しかし本作は、さらにその先を問いかけることになります。果たして義尚の取り戻そうとしたものが、言い換えれば幕府による秩序が、果たして正しいもの――時代とそこに生きる人々に求められたものであったか、と。

 本作で敵味方に分かれ、激しく相争う半四郎と新蔵人。半四郎が、己が汚れ役となってまでも幕府による秩序を望む者だとすれば、新蔵人は、一見絶望的な戦いであっても甲賀の自由を望む者であります。
 その姿は、衰退していく幕府の姿と勃興する下克上の気風を映すと同時に、いつの時代も変わらぬ、秩序と自由の関係性を描いたものであると言えるように感じられるのです。
(そして新蔵人と半四郎を結ぶ奇しき因縁の正体を思えば、その関係性はさらに大きな意味を持つと感じられるのですが……)


 もっとも、そんな構造が災いしてか、終盤の展開――神遊観を巡る因縁譚は複雑になりすぎた印象もあり、もう少しスパッと終わっても良かったのではないか、という気がしないでもありません。
 しかしそれでもなお、本作が、作者一流の歴史を描く視線と、ジャンルを超えた奇想を両立させてみせた、希有の作品であることは間違いないのであります。


『神遊の城』(赤神諒 講談社文庫) Amazon
神遊の城 (講談社文庫)

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2019.04.16

「コミック乱ツインズ」2019年5月号


 「コミック乱ツインズ」2019年5月号の表紙は山本康人『軍鶏侍』。そして巻頭カラーは、今号から連載再開、新章突入のかどたひろし『勘定吟味役異聞』であります。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで今回から第四部『相剋の渦』に突入することとなった本作。第三部のラストで、間部越前守の密約の証を独断で焼き捨てたことで新井白石の怒りを買った水城聡四郎ですが、まあそれでもとりあえず身分は保障されているのは公務員のありがたいところであります。
 しかしそんな中で発生した、間部越前守襲撃事件。それにヒントを得た尾張藩主・徳川吉通は、実力で越前守を排除して自分が七代将軍の座に就こうと考え、そのために紀伊国屋文左衛門を動かすことになります。そしてそれが聡四郎に思わぬ影響を……

 と、第一回は間部越前守を襲う刺客たちと護衛の忍びの戦いは描かれたものの、主人公の殺陣はなし。しかし銃弾のような勢いで繰り出される棒手裏剣の描写などは、素晴らしい迫力であります。
 そして権力亡者たちが陰険な(あるいは浅はかな)企みを巡らせる一方で、聡四郎は着飾った紅さんと新年を祝ってめでたいムードですが――しかしそこでとんでもない年始回り(?)現れて、早くも波乱の雰囲気で続きます。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 永井義男の『幕末一撃必殺隊』の漫画化である本作は、相楽総三率いる薩摩の御用盗に対して、勝海舟が秘密裏に集めた百姓たち「一撃必殺隊」が繰り広げるゲリラ戦を描く物語。
 これまで「コミック乱」誌の方で連載されていたものが今回から移籍、それも内容の方は、一撃必殺隊乾坤一擲の相良暗殺作戦という佳境からのスタートであります。

 人でごった返した金杉橋の上で、白昼堂々相良たちを襲撃する一撃必殺隊。降りしきる雨の中、柄袋をつけたままだったり、手がかじかんでそれを外せなかったりと、相手が混乱する中で襲いかかるという超実戦派のバトルが面白いのですが――その一方で、無数の庶民が巻き添えを食らって無惨に死んでいく描写がきっちりと描かれるのが凄まじい。
 テロvsカウンターテロの泥沼の戦いの行方は――いきなりクライマックスであります。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 妻と子二人とともに平和に暮らしていた「軍鶏侍」こと岩倉源太夫の前に現れたおかしな浪人・武尾福太郎。源太夫の秘剣「蹴殺し」を見たいという武尾は、源太夫の長子・市蔵を拐かしてまで立ち会いを望んで……

 というわけで、今回は秘剣に取り憑かれた男の物語の後編。作品冒頭からその存在が語られながらも、ついぞ使われず仕舞いだった「蹴殺し」については、武尾ならずとも気になるところでしたが――今回ついにその一端が明かされることになります。
 その剣理たるや、なるほど! と感心させられるものでありましたし、養子である市蔵を巡る源太夫の老僕の怖い思惑なども面白いのですが、しかしいかにも温厚篤実な人格者然とした源太夫に対して、あまりにも武尾のビジュアルが――というのが前回から気になったところ。

 ちょっと残酷すぎるのではないかなあ、と見当違いなところが気になってしまった次第です。


『カムヤライド』(久正人)
 百済からの交易船に化けて難波に現れた新たな国津神に立ち向かうヤマトの黒盾隊。さしもの黒盾隊も「神」を前にしては分が悪い――という時に隊長のオトタチバナ(!)が切り札として鋼の鎧に魂を遷し、新たな戦士が……

 という衝撃の展開となった今回、何が衝撃ってどう見てもメタルヒーローなその外見(と名前)もさることながら、ファイティングスタイルが回避を一切拒否、全て受けて受けて受けまくるという、板垣恵介のキャラみたいなのには、驚くというより困惑であります。
 もっとも、結局は定番通り(?)目が光って光線剣でシルエットになってフィニッシュなのですが――それはともかく、旧き土の力で国津神を封じるカムヤライドに対して、黒金で国津神に抗するというのは、これはこれで平仄のあった考え方になっているのが、これはさすがと言うべきでしょう。

 今回はほとんど驚き(というかツッコミ)役だったモンコですが、果たして新たな戦士の登場に、彼は何を想うのか――いよいよ盛り上がってきました。


「コミック乱ツインズ」2019年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年5月号 [雑誌]


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2019.04.15

さいとうちほ『輝夜伝』第1巻 ケレン味と意外性に満ちた竹取物語異聞


 日本最古の物語として誰もが知る竹取物語。その知名度と内容のユニークさから様々な形で描き直され、語り継がれてきたその物語を、新たにアレンジしてみせた漫画が本作――『輝夜伝』であります。正体不明の美女と十五夜の晩の惨劇の謎を巡り、滝口の武者に潜り込んだ少女の冒険が始まります。

 竹取の翁に養われる絶世の美女・かぐや姫の噂で持ちきりの京。そこで帝をお守りする滝口の武者のもとに、自分も加わりたいと現れたのは、月詠(つくよみ)と名乗る若者でありました。
 長の命によって月詠を預かることになった滝口の一人・大神。しかし彼は、月詠が男装の少女であったことを知り、大いに戸惑うことになります。

 数年前に内裏で多数の滝口が謎の死を遂げたという「血の十五夜」事件。その場に居合わせ、そこで兄を喪ったという月詠は、事件の真相を知るため、滝口に入り込もうとしていたのであります。
 そして実はその事件の犯人の疑いをかけられ失脚した父を持つ大神は、月詠に協力して事件の真相を探ることになるのでした。

 そんな中、かぐや姫を内裏に召し出すと言い出した帝。姫を迎えに行った月詠らは、かぐや姫が人にあらざる異能を持つことを知ることになります。そして姫と月詠、偶然二人が出会った時、意外な現象が起きるのでありました。
 果たしてかぐや姫とは何者なのか。十五夜に外に出ることと禁じられた月詠の秘密とは。帝をも動かす怪人・治天の君と、彼に仕える仮面の西面の武士・梟の真意とは……


 「血の十五夜」というネーミング(事件が起きた建物が「黒の陣」と呼ばれているのも素晴らしい)の時点で大いに刺さる本作。
 スタイル的には平安ものではあまり珍しくない異性装もの(というより、その異性装ものの元祖ともいうべき物語を題材とした『とりかえ・ばや』が作者の前作に当たるの)ですが、しかしこのネーミングをはじめとして、随所に光る独自性が、本作に唯一無二の印象を与えます。

 そもそもこの事件、ある十五夜の晩に数多くの滝口が亡くなったということ以外、その原因や犯人を含め、今のところ全ては謎。それ以前に、宮中で起きたその事件に、何故月詠とその兄が巻き込まれたか、そこからが謎なのであります。
 そんな事件が、本作の題材であるかぐや姫とどう結びつくのか――月以外共通項がないように思えるだけに、大いに気になるではありませんか。

 そして「月」といえば、それを名に冠する月詠も、主人公ながら謎だらけの少女。すぐ上で述べた事件にまつわる謎はもちろんのこと、それにも繋がる記憶の欠落や、十五夜を恐れること、かぐや姫と出会った時の異変など、彼女自身が謎の固まりであります。
 そんな複雑な属性のわりに、本人は至ってピュアで、大神にはえらく素直な顔を見せるのがなかなか可愛く、彼女が女だと知らない周囲の滝口連中のリアクションなどもなかなか愉快なのですが……


 何はともあれ、何から何まで謎の中という構造だけでも楽しいところに、刺さる用語やキャラ(明らかに月詠と因縁のありそうな梟なんて、目元だけ仮面の(たぶん)美形ですし)が次々と飛び出してくるのがたまらない『輝夜伝』。
 誰もが知る物語を題材としながらも、ここまでのものを描くことができる――ベテランならではのケレン味と意外性から目が離せない、そんな物語の開幕であります。


『輝夜伝』第1巻(さいとうちほ 小学館フラワーコミックスアルファ) Amazon
輝夜伝 (1) (フラワーコミックスアルファ)

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2019.04.14

響ワタル『琉球のユウナ』第3巻 ややこしい琉球の、ややこしい人間関係


 15世紀の琉球、後に伝説の王となる尚真王・真加戸の若き日を題材に、不可思議な力を持つ朱色の髪の少女・ユウナの成長を描く『琉球のユウナ』の第3巻であります。互いに惹かれ合いながらも、何かと邪魔が入るユウナと真加戸の前に現れた新たなるキャラクターとは、そしてユウナの想いの行方は……

 その力のために忌避されてきた自分を受け入れてくれた真加戸に思慕の念を抱くユウナと、若き王としての孤独感を受け止めてくれたユウナに惹かれる真加戸と――ほとんど両思い状態の二人の前に現れた思わぬ障害。
 それは、真加戸の父である第二尚氏の初代王によって王位を簒奪された、先代王家・第一尚氏の生き残りを名乗る男・ティダでありました。

 ユウナと同じ、いや彼女を遙かに上回る力を持つ謎の男・白澤とともに、第二尚氏への復讐を企むティダの手に落ちたユウナ。決して悪人ではないにもかかわらず、しかし真加戸とは決して相容れないティダを前にして、彼女の心は千千に乱れることになります。

 ティダの手からは、真加戸とシーサーたちの奮闘によって救い出されたユウナですが――しかし相変わらずコミュ障気味の彼女は、妙に意識してしまって真加戸との間もぎこちなくなるばかり。
 そんなところに、真加戸の許嫁だという破天荒な先王の娘・居仁が登場し、いよいよますますユウナの気まずさは増すことになります。

 そんな中で明らかになる琉球の聖地・琉球開闢七御嶽の異変。御嶽の力が失われたことは、すなわち王家にその資格がないとされかねない状況で、御嶽のことを調べようとするユウナは、思わぬ形でティダと再会することに……


 (薩摩に攻められるまでは)平和な王国というイメージがあるものの、決してそんなことはない琉球王国。
 真加戸が王の座を次いだ第二尚氏は、第一尚氏の王位を簒奪したものであり、そして真加戸自身、先王であった叔父を結果として追い落とす形で王となったものであり――古今東西を問わず、何処の国でも変わらぬ、権力を巡る争いがそこにあります。

 そしてそんな第二尚氏の王国も決して一枚岩ではなく、なおも王に服さぬ諸侯たちの存在が――と、これはいずれもこれまでの物語で描かれてきたことではありますが、いずれも若い二人の微笑ましさとは対極にあるような、血なまぐさく生々しい状況であることは間違いありません。
 そしてその状況を象徴するように、第二尚氏の真加戸、第一尚氏のティダに加えて真加戸に追われた先王の娘・居仁まで登場して――と、この巻ではそんな琉球のややこしい状況が、そのまま人間関係に落とし込まれたような展開が描かれることになります。

 この辺りのシチュエーションは、よく考えてみれば(韓流・華流のドラマではお馴染みの)歴史ロマンスの定番中の定番であります。
 しかし本作においては、純情すぎる、そして不安定な力を持ったユウナを中心に置くことで、不思議なバランス感を生み出しているのが面白いところでしょう。

 とはいえ、そんな状況の中でユウナに何ができるのか――というところで、琉球開闢七御嶽の存在が描かれるのもまた面白い。少年漫画であれば、一カ所ずつ巡って番人を倒していく展開になりそうですが、もちろんそうなるはずもなく、本作では思わぬ形でユウナと絡んでいくことになるのですが……


 この巻から登場する居仁も、単純な恋敵などではなく、むしろ真加戸を実力でぶちのめして自由になろうとする男前だったり、琉球音楽史上伝説の人物・赤犬子が思わぬ形で登場したりと、新キャラクターたちの造形も楽しい本作『琉球のユウナ』。
 決して馴染み深い題材というわけではありませんが、それだけに、このややこしい状況を、如何にユウナと真加戸が乗り越えるのかが楽しみになる――そんな物語であります。


『琉球のユウナ』第3巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス) Amazon
琉球のユウナ 3 (花とゆめCOMICS)


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2019.04.13

黒史郎『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』 妖怪馬鹿必読、強い熱意に満ちた妖怪譚


 妖怪が出没したのは圧倒的に近世以前が多いわけで、必然的に妖怪譚は時代怪談の色彩を濃く帯びることになります。しかし最近はあまり新鮮な妖怪譚がなくて――などと思っていたところに現れたのがこの『妖怪補遺々々』。その名前に相応しく、余所でお目にかかれないような妖怪に出会える一冊です。

 古今様々な書物に記され、あるいは語り継がれてきた妖怪たち。しかし元々が(姿が見えない現象に名前が付いていたりと)よくわからない存在であるところに、このようなある種伝言ゲーム状態で伝承されれば、後世から見れば何だかわからないような存在になってしまうことも少なくありません。

 いきなり【ナカネコゾウ】なる、名前だけ残った謎の妖怪探求から始まる本書は、そんな正体不明になってしまった妖怪、あるいはあまり有名でない、ほとんど知られていない妖怪譚ばかりを集めたもの。
 忘れられかけた、そもそも妖怪なのかわからない――しかしそれだからこそ実に「らしい」妖怪たちの姿が集められた一冊であります。

 元々がweb連載ということもあり、一つ当たり10ページ前後の、エッセイ的な妖怪譚が約40話収録されている本書。
 そこで語られる中には、耳袋の【首吊り狸】や宿直草の化け物寺(化け物問答)のようなメジャーどころ(?)も含まれてはいるのですが――しかし圧倒的に多いのは、冒頭の【ナカネコゾウ】のような、ほとんど初耳の妖怪たちであります。

 いやそれどころか、水木しげるの子供向け妖怪本から、ジャガーバックスの佐藤有文の『日本妖怪辞典』(伝説の【びろーん】が!)まで……と、本書がカバーする領域は、一歩間違えれば反則状態。
 それが妖怪か、と目くじらを立てる向きもあるかと思いますが、しかしそれも含めて妖怪なんだ、という本書の――特別企画の京極夏彦との対談に最もそれがよく現れた――姿勢には、大いに共感できるところであります。


 と、話が脱線してしまいましたが、本書には、時代怪談・時代怪異譚としても、類話のないような、実に興味深いものが幾つも収録されているのも紛れもない事実であります。

 たとえば、近隣を荒らし回る大盗賊を斬首した男が、度重なる生首にまつわる怪異に襲われた末に、不可解な死を遂げる土佐の怪異談。
 奄美で、江戸時代から昭和に至るまで語ることすらタブーとされてきた、ある女性にまつわる陰惨な怨念と呪いの物語。

 あるいは『魔岳秘帖 谷川岳全遭難の記録』なる、ほとんど伝奇時代小説のような題名の(しかし性格は副題の方が表している)書籍に記された、清水峠のトンネル開通工事の背後で繰り広げられた作業員200人vs化け猫との死闘。
 そして、都市伝説やフィクションではなしに、本当に存在した【牛の首】の怪談……

 いやはや、これらの怪異譚を知ることができただけでも、本書を手にした甲斐があったと感じます。
(個人的には、天から降ってきたとされる、上下左右に開いて【八つの顔になる面】の奇瑞譚が、面の存在自体の不可解さもあって印象に残りました)


 それにしても感心させられるのは(子供向け妖怪本の話題はともかく)本書に収録された妖怪譚が、すべて丹念な調査に基づき、実際に怪談集や民俗誌に収録されたもののみを扱っていることでしょう。
 曖昧なものを曖昧なまま愛し、それでいて確たるものに従って記録する――タイトルの「補遺」という言葉に込められた強い熱意が感じられる、妖怪馬鹿必読の一冊であります。


『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』(黒史郎 学研プラス) Amazon
ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々 (ムー・スーパーミステリー・ブックス)

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2019.04.12

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力


 発売と同時に第1巻を読み、紹介しようと思いつつも機会を逃し、ついに第2巻発売の日が来た『新九郎、奔る!』、今更ながらで大変恐縮ですが第1巻の紹介であります。伊勢新九郎――後の北条早雲の姿を、その少年時代、応仁の乱の直前から描こうという意欲作であります。

 元祖戦国大名とも言うべき存在である北条早雲。かつては一介の素浪人から身を起こしたと言われていましたが、今は室町幕府の政所(財政担当)執事・伊勢氏の支流の出身とされており――と言っても、正直なところ前半生はだいぶ馴染みのない人物であります。
 その北条早雲=伊勢新九郎を、1493年に彼が鎌倉公方の御所に討ちいることにより下克上の狼煙を上げた場面から描く本作は、すぐに時代を遡り、1466年の未だ元服前の新九郎(千代丸)の姿から描くことになります。

 政所執事・伊勢貞親の義弟を父に持ち、その父に呼ばれて京に上った新九郎。元服した兄・八郎や姉の伊都とともに暮らし始めた新九郎は、そこで幕府の政治の何たるかを目の当たりにすることになります。
 しかしそれに慣れる間もなく、足利義視排斥を狙った貞親が逆に排斥されるという文正の政変が勃発、新九郎の両親もそのあおりを受けて都落ちを余儀なくされるのでした。

 貞親の子・貞宗とともに京に残った新九郎は、細川勝元の近くに仕えることとなるのですが、今度は勝元と山名宗全の対立を目の当たりにすることになって……


 1467年に勃発した応仁の乱の、その前年から物語が展開していく本作。ここ数年、一種のブームとなった感のある応仁の乱、そして室町時代でありますが、しかしそれなり以上に興味を持つ人間でも、やはり非常にややこしい時代であることは間違いありません。

 その最大の理由は、言うまでもなく入り乱れまくった人間関係にあります。将軍の権威が失われつつあるこの時代、幕府を実質的に支える有力武家たちが林立そして対立するだけでなく、その諸家の中でも家督争いが頻発する状態であります。
 何しろその上の将軍からして、足利義視と義尚で争っていたわけですが――いずれにせよ、その争いが様々な形で入り乱れ、しかも時に敵味方が入れ替わるのですから、見ている方はたまったものではありません。

 ……が、たまったものではないのは、その時代を実際に生きた人間たちの方こそ。本作はそんなややこしい時代を、新九郎という少年の目を通じて、鮮やかにそして賑やかに、そして何よりも我々にとってもわかりやすく描いてみせるのです。


 もちろん、状況が状況だけに、説明の台詞などは非常に多かったりもするのですが、しかしその印象を和らげ、物語をスムーズに展開してみせる本作の武器は、その「漫画」らしさにあります。
 例えば物語の序盤、京に出てきたばかりの新九郎に、父が現在の状況を説明する場面で、いきなり画面上からスクリーン(?)が降りてきたり、登場人物同士の会話の中に「武家のリアル」「ウィンウィンの関係」といった言葉が普通に出てきたり……

 生真面目な方は顔をしかめるかもしれませんが、それが実際に目にしてみれば、するりと入ってくる、許容できてしまうのは、漫画家としての作者の力というほかありません。
 この融通無碍な「漫画らしさ」は、本作に始まったわけではなく、作者の作品であればお馴染みのものではありますが――それが実に鮮やかに、効果的に感じられるのは、先に述べたとおりのややこしい物語世界だからこそなのでしょう。

 そしてもう一つ魅力的なのが、人物描写の巧みさであります。この巻の後半、新九郎が近く接することになる細川勝元は、応仁の乱の中心人物の一人。謀略渦巻く幕府の中枢にいたこともあり、あまりよいイメージをもたれない人物であります。
 本作の勝元のビジュアルも、いかにも怜悧で、常に目が笑っていない人物として描かれるのですが――その勝元がフッと人間味を見せる場面が印象的なのです。

 そして彼のライバルともいうべき山名宗全も、いかにもというビジュアルながら、しかし人間味の感じられる描写で――決して怪物ではない、血の通った人間たちの描写が、より我々を物語に引き込んでくれるのす。


 正直なところ、作者と歴史漫画は今一つ結びつかなかったのですが(『ヤマトタケルの冒険』は、まあ……)、これほどまでに合うとは、と嬉しい驚きの『新九郎、奔る!』。
 この巻で描かれるのは応仁の乱の前夜まで、いよいよ始まる未曾有の乱を、本作が漫画として如何に描くか――期待するほかありません。


『新九郎、奔る!』第1巻(ゆうきまさみ 小学館ビッグコミックスペシャル) Amazon
新九郎、奔る! (1) (ビッグコミックススペシャル)

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2019.04.11

『どろろ』 第十三話「白面不動の巻」

 醍醐領を離れ、妖怪狩りの旅を続ける百鬼丸とどろろ。滝の裏にそびえ立つ巨大な不動明王像の近くで、おかかという女の家に厄介になった二人だが、どろろは彼女に母の匂いを感じる。しかし彼女は二人に薬を盛ると、百鬼丸の顔を不動明王――顔を持たない妖怪・白面不動に捧げようとするのだが……

 滝の裏に彫られた巨大な不動明王像の下に、一人の女によって引きずられていく男。抵抗空しく像の下に引き据えられた男に対し、像が手にした巨大な剣が動き出し、振り下ろされると、哀れ男の顔のみがそぎ落とされて……
 と、そんな惨劇も知らずに今日も旅を続ける百鬼丸とどろろ。鬼神・九尾を倒したにもかかわらず体の一部が戻ってこなかったのはともかく、実の親兄弟とのあまりに酷い出会いと別れは、百鬼丸の心を深く傷つけたか、百鬼丸はこれまで以上に妖怪との戦いに没頭している様子であります。そんな彼の姿に心を痛めたどろろは、彼を温泉に連れて行こうとするのですが――その途中、滝の近くの小屋で出会ったのは、そこに住むという、おかかという女性であります。

 滝にやってくる行者たちの世話をして暮らしているというおかかに食事を振る舞われ、二人はこの滝にまつわる話を聞かされることになります。かつて腕は良かったものの世に容れられず、何とか世の人を唸らせる不動明王像を彫ろうと思い定め、滝の裏に不動像を彫ったという仏師。しかし仏師はどうしてもその顔を満足いくように彫ることができず、失意のうちに亡くなったというのです。
 そんな恐ろしくも哀しい話を聞かされながらも、おかかの姿形や声に、亡き母の姿を感じてしまったどろろは、彼女をおっかちゃんと呼んで甘えるのですが……

 しかし食事の中に入れられていた薬によって眠りこけているうちに、おかかに縛り上げられ、不動の下に引きずられていく百鬼丸。縛られなかったどろろは、遅れて意識を取り戻すと、よろめきながらも二人を追うことになります。そして不動の下でようやく追いついたどろろに、真実を語るおかか。実は彼女は、妖怪が取り付いた不動像――白面不動によって蘇らされた仏師その人。見る相手によって姿を変える彼女は、白面不動に顔を与えるため犠牲者を連れてきていたのです。
 衝撃を受けながらも、おかかのことを止め、百鬼丸を救おうとするどろろ。その間に何とか戒めから抜け出した百鬼丸は、白面不動に挑みかかります。それを阻むべく、再び妖術によって百鬼丸を捕らえるおかかですが、しかしどろろの訴えの前に、とどめをさすことができなくなるのでした。

 そんな彼女を制裁するように振り下ろされる白面不動の剣。その隙に不動の顔まで駆け上った百鬼丸の刃、そして彼を狙ったものの躱された自分の剣を受けて、白面不動は滅びるのでした。
 再びの死の間際に、人間の心を取り戻して逝くおかか。そんなどろろの想いを汲んでか、百鬼丸の心も、少し和らいだように見えます。そしてようやく本来の目的地であった温泉にたどり着いた二人は、そこで(また先回りしていた琵琶丸と出会ったりしながら)ようやくお湯に浸かることができた二人。久々にゆっくりとした時間を過ごす二人ですが、一緒に入っていた土地の子供が、どろろの背中を見て声を上げます。どろろの背中に、地図が書かれていると……


 いよいよ今回からOPEDも変わって後半戦、登場するのは原作でも印象深かった妖怪・白面不動であります。巨大な仏像が実は怪物、自分では動かずに獲物を配下に集めさせる、そして何よりも自分の顔を持たず、それ故に人を襲う――と、実にキャラの立った白面不動ですが、今回はちょっと今一つの印象。
 原作では普通に(?)死人の女だったおかかが、今回は仏師の変じたものであったというのがどうにもすっきりしないところで(別に女仏師というわけでもなさそうですし)、肝心の白面不動も、黒バックに一部しか攻撃できない/攻撃しない巨体と、何だかファミコン時代のアクションゲームの巨大ボスのような存在感でありました。
(そして毒に強そうな割りにはあっさり薬を盛られて捕まる百鬼丸……メンタル不調とはいえ)

 そんな中で取って付けたように温泉シーンが――と思いきや、ここで描かれるどろろの背中。果たして本作でも同様の秘密が隠されているのか、だとしたらそれが本作で持つ意味は、原作以上に大きいのではないか――などと考えてしまうのはもちろん気が早すぎるのですが、やはり楽しみな展開であることは間違いありません。


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2019.04.10

小松エメル『一鬼夜行 つくも神会議』(その二) 渦巻く情念と、互いに寄り添うことと


 『一鬼夜行』シリーズのわき役たちを主人公とした作品を中心に収録した短編集『つくも神会議』の紹介の後編であります。今回は、本書の中でも特に印象に残る二つの作品を紹介します。

『姫たちの城』
 荻の屋の付喪神たちの中でも一番口うるさい前差櫛姫。小さな姫の姿を取る彼女はその名のとおり櫛の付喪神であります。
 その彼女は、元々はさる名人の手によって生み出されて早くに妖力を発揮し、ある姫君の元に買われていった時に付喪神として目覚めたのですが――しかしその姫君・お正は、あばら屋のような家に、老女と少女のわずか二人の供と住んでいたのであります。

 そのお正の前で正体を顕してしまい、彼女の身の上話を聞くことになった前差櫛姫。何とお正は、さる殿様の側室を母に持ちながらも、不義の子と噂された上、母がしでかしたとんでもない不始末の罪を償うため、このような暮らしをしているというのですが……

 付喪神たちの中でも、サイズは小さいながらも人間の女性姿で、物好きにも喜蔵に熱い想いを寄せる前差櫛姫。その、良くも悪くも女性へのある種のイメージを誇張したようなキャラクターは、付喪神たちの中でも一際印象的であります。
 そしてその前差櫛姫を主人公とする物語は、彼女の目を通じて、姫たち――すなわち女性たちの姿を描き出すのであります。

 お正をはじめ、本作に登場するのは、いずれも望まぬ環境に置かれ、己の想いとは裏腹の生を送ることを強いられた女性たち。
 舞台となるのが、今以上に女性が暮らしやすくない時代だったとはいえ――彼女たちは運命の悪戯から哀しい境遇に追い込まれ、自らをすり減らしていくことになります。

 ……いや、それがは正確ではありません。それが単なる運命の悪戯であれば、まだ救いがあったかもしれません。しかし本作の女性たちは、自ら道を選んでしまった――それ以外の道が目に入らない状況であったとしても、しかし、選んではならない道を選んでしまったのであります。

 本作は、前差櫛姫というある意味信頼できない語り手の口を通じて語ることにより、その哀しみを幾重にも強めることになります。一つの真実が語られた末に、それをひっくり返して新たな真実が語られ、そしてその先にもまた新たな真実が――と。
 そしてその度に心臓を掴まれたような気分になりながら、最後に我々が知るのは、途方もなく哀しく、そして美しい真実――かもしれないものであります。

 個性的なキャラクターの愉快なやりとりが印象に残る作者の作品ですが、しかしその背後には、極めて濃厚な情念が渦巻いている――そしてそれでいて、いやそれだからこそ、それがひどく魅力的に感じられる。
 そんなことを再確認させられる本作は、個人的には本書でベストの作品であります。


『化々学校のいっとうぼし』
 最後に収録されたのは、本書ではようやく登場したともいえる小春を主人公とした物語。しかし本作で彼が対峙するのは、本シリーズではおそらく初の相手なのであります。

 お目付役の青鬼の命で、旧知の妖怪・このつきとっこうのもとに向かうことになった小春。以前から何かを学び、教えることに異常な情熱を持っていたこのつきとっこうは、昔からの夢である、妖怪たちが通う「化々学校」を開設していたのであります。
 そこでこのつきとっこうから、最近生徒たちの間で噂になっている、品川はずれの港に出没する得体の知れない者の正体を突き止めて欲しいと頼まれた小春。不承不承引き受けた小春の前に現れたのは、何と蝙蝠の魔物を連れた西洋の「魔女」で……

 というわけで、初の西洋妖怪のお目見えとなった本作。もちろん本作に登場する「魔女」アルは日本征服にやってきたわけでなく、あるよんどころない事情があってやって来のですが――こういう時に放っておけないのが小春であります。

 アルを連れて東京を駆けめぐる小春ですが、やがて意外な、そして残酷な真実を知ることになって――と、やはりここでもまた、ギョッとするくらい生々しい情念の存在が描かれる本作。
 ここでもまた、あまりにも大きなやりきれなさの存在に胸が塞がるのですが――しかしそれでも自らの決めた道を貫くのが、小春の小春たる所以であります。

 シリーズで繰り返し描かれてきた、誰かと誰かが寄り添うこと――そこから生まれる、様々な垣根を乗り越える小さな希望の姿を描いてみせる本作は、小春が活躍するというだけでなく、やはり本書の掉尾を飾るに相応しい物語だと感じるのです。


『一鬼夜行 つくも神会議』(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[こ]3-12)一鬼夜行 つくも神会議 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2019.04.09

小松エメル『一鬼夜行 つくも神会議』(その一) 交錯する妖情と人情


 昨年『鬼の嫁取り』によってめでたく第二部が完結した『一鬼夜行』シリーズ。その番外編ともいうべき一冊が本書『つくも神会議』――主人公たる喜蔵と小春の出番は少な目に、脇役である妖たちを中心とした短編が6話収録された短編集であります。以下、一作品ずつご紹介いたしましょう。

『付喪神会議』
 実質的に本書の表題作である本作の主人公は、喜蔵が営む古道具屋・荻の屋に住みついた付喪神たち。硯の精、前差櫛姫、小太鼓太郎、堂々薬缶といったお馴染みの面々が、思いも寄らぬ対決に望むことになります。

 浅草界隈の付喪神たちが集まってはああだこうだと騒ぐ付喪神会議。今夜も荻の屋で喜蔵の目を盗んで開催されていた会議に、同じ町内の骨董屋・今屋の付喪神五妖が現れたことから、事態はおかしな方向に転がっていくことになります。
 かねてより喜蔵を敵視する店主同様、何かと衝突してきた骨董品の付喪神たちの上から目線に、ついに怒りを爆発させた荻の屋の付喪神。彼らは、どちらが上か決めるため五対五の対決を挑むことになったのであります。

 かくてその勝負に巻き込まれる形となった喜蔵は、審判役として大家のもとに、正体を隠した付喪神たち十妖を持ち込むと、この中から五品を選んで欲しいと頼むのですが……

 シリーズのほとんどの作品の冒頭部分、荻の屋の日常を描くくだりに登場しては賑やかに騒ぎ回り、喜蔵や小春に一喝されるのがお馴染みの付喪神たち。
 シリーズに欠かせない名脇役たちですが、それだけに物語の中心になかなかなれない彼らが今回は大暴れ――と言いたいところですが、物語は思わぬ方向に転がっていくことになります。そこで描かれる意外な人情、いや妖情も楽しい一編であります。


『かりそめの家』
 過去にタイムスリップしてしまった多聞とできぼしが奇怪な箱庭に引きずり込まれる本作は、以前アンソロジー『となりのもののけさん』に収録された際に紹介しておりますので、そちらをご覧いただければと思います。


『山笑う』
 幼い頃に天狗に拾われ、その天狗を祖父と慕って成長した少年・つむじ。しかし祖父は山を去り、代わって現れたのは、祖父から山を託されたという天狗・花信とその配下たちでありました。
 つむじに甘い配下たちとは対照的に冷たい態度を崩さず、山を下りて人間の世界に戻れと告げる花信。何としても天狗になると言い張るつむじですが……

 シリーズ当初から小春の宿敵として登場し、特に前々作『鬼姫と流れる星々』では深雪と絡んで大きな役割を果たした天狗・花信。
 そこでの言動を見ればわかるように、普段小春を甘いとか言っているわりには結構情が深い花信ですが、さて、天狗になりたいという風変わりな人間の少年を前に何を想うか?

 情に人も妖もない――いやそれどころか、人よりも妖の方がよほど情に厚かったりするのは、本シリーズでしばしば描かれてきたところであります。そんな人と妖の交流を描いた本作は、やはり本シリーズの一作と呼ぶに相応しい物語です。


『緑の手』
 水の世界を支配する大妖怪・須万の僕として、相手の魂を奪うその手の力をもって、妖たちの魂を集めていた妖・岬。ある日、河童の弥々子に出会った彼は、彼女に強く惹かれ、その魂を狙いつつも、彼女にまとわりついて暮らすようになります。
 そんな中、海に現れた伝説の妖怪・アマビエ。須万からアマビエの魂を奪うよう命じられた岬は、妖たちが繰り広げるアマビエ争奪戦の中に潜り込むのですが……

 『鬼の嫁取り』の山場の一つであったアマビエ争奪戦。水妖たちが群れをなしてアマビエを追い、妖神と戦う中に、本作の主人公・この岬も登場したのですが――そこでは脇役の一人という印象でしかなかった彼が抱えた、複雑怪奇な事情が本作では描かれます。
 複雑な(本当に複雑な)出生により、須万に使われ、魂を集めてきた岬。陰の中で暮らす妖たちの中でも、一際濃い陰の中に在る彼にとって、弥々子が、アマビエがどのように映ったか――輝く者たちを前にした日陰者の屈託が、痛いほど刺さります。

 一つの巨大な戦いの陰で繰り広げられた、小さなしかし激しい戦いの結果、彼が得たものは何であったか――自分だけの妖生に一歩を踏み出した岬の姿が印象に残ります。


 長くなりましたので次回に続きます。


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(P[こ]3-12)一鬼夜行 つくも神会議 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2019.04.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第15巻 二つの勝利の鍵、そして柱稽古開幕!


 いよいよアニメも放送開始となった『鬼滅の刃』。この第15巻では、刀鍛治の里編がついに完結し、みんな大好き柱稽古がスタートいたします。その中で次々と明らかになっていく秘密と人間模様。その中で炭治郎は……

 刀鍛治の里を襲撃した上弦の伍・玉壺と上弦の肆・半天狗を迎え撃つこととなった炭治郎・玄弥・禰豆子・無一郎、そして蜜璃。
 数多くの犠牲を出しながらも、ついに自分の過去を思い出して覚醒した無一郎は玉壺に圧勝するのですが――しかし残る半天狗は新たな分身・憎珀天を生み出し、炭治郎たちは苦戦を強いられることになります。蜜璃が憎珀天を抑える間、炭治郎たちは半天狗の本体を追うのですが……

 というわけで、半天狗との決着から始まるこの第15巻。嫌になるほど分身を生み出して逃げ回る半天狗を追う中、夜明けが近づいてくるのですが――鬼の最大の弱点である太陽の光は、禰豆子にとっても弱点であります。
 敵味方にタイムリミットが迫る中、救う命の選択を迫られた炭治郎。しかしそれが思わぬ結果を生むことになるのです。

 かくて、一つの戦いが終わった以上のものを敵味方にもたらしたこの戦い。鬼殺隊側には覚醒の証ともいうべき「痣」の存在を、そして無惨にとっては、千年の悲願である太陽を克服した鬼という存在を――と。
 二つの勢力にとって、それぞれに勝利の鍵となるべき存在の情報を手にしたことにより、いよいよ決戦の機運が――高まるのは、しかしもう少し先で、ここからこの巻の2/3程度を費やして描かれるのは、決戦に向かって鬼殺隊が繰り広げる特訓――柱稽古の様であります。

 柱稽古、それは柱たち六人がコーチ――というにはあまりに強烈な壁となって立ち塞がり、平隊士たちを鍛えるという一大特訓イベント。引退した音柱もこの時だけ復帰して、総勢六人の柱が――六人?
 炎柱は死亡、蟲柱はお館様の別命があるとして、水柱・冨岡義勇は――何だかよくわからない理屈で参加拒否。そんな義勇を引っ張り出すために向かった炭治郎に対して、義勇は「水柱が不在の今」「俺は水柱じゃない」と、衝撃の発言を……

 いやはや、寡黙でクールで頼りになる先輩(cv:櫻井孝宏)のようでいて実は天然、というのが個性であった義勇。しかしこれではまるでちょっと危ない人のようではありませんか。
 しかしもちろん、この言葉には彼なりの理由が、そして彼なりの想いがあります。そう、ここで描かれるのは、これまで寡黙すぎてわからなかった不器用な男・冨岡義勇の真実なのであります。

 そしてその真実とは――なるほど、ここでこう繋がるか! と、物語を冒頭から読んでいれば唸らされるほかないもの。極端なほどの振れ幅の大きさを生かして描いてみせる、本作ならではのキャラクターの掘り下げをここでもまた見せていただきました。


 そんなこんなでようやく始まった炭治郎の柱稽古ですが――これが読者にとっては実に楽しい。いや、修行を楽しいと言ってしまうのも申し訳ないのですが、ただでさえ一癖も二癖もある柱たちの個性が、これでもかと飛び出してくるのですからたまりません。
 本作においては鬼たちとの戦いと戦いの合間に、治療と修行のエピソードが描かれるのが定番。鬼との戦いが全く洒落にならないシビアでハードなものである一方で、修行フェーズの方は適度に、いやかなりコミカルに描かれているという、その落差もまた魅力であります。

 今回はその落差が、柱たちが絡むことでより強烈になっているのですが――しかしもちろん、ここで描かれるものが、楽しいものだけでは終わらないこともまた事実。
 風柱・不死川実弥とその弟・玄弥――その壮絶な過去は、以前玄弥を通して描かれましたが、そこで生じた二人の溝は、今もなお深く深く存在していることが、今回示されることになります。

 義勇のように、この二人が過去を乗り越えることができるのか――それがわかるのはまだ先のようですが、二人の関係性は、この先大いに注目すべきものであるのは間違いないでしょう。


 そして表紙を飾った岩柱・悲鳴嶼行冥が登場、というより出現といった方がいいようなインパクトでもって、この巻は終わるのですが――さて、柱の中でも最も得体の知れない彼がどのように描かれるのか、楽しみは続く柱稽古であります。


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2019.04.07

『鬼滅の刃』 第一話「残酷」

 山で母と妹・弟たちと暮らす少年・炭治郎は、町に炭を売りに行って帰ってきた時、家族が何者かに皆殺しにされたことを知る。唯一息があった禰豆子を背負って山を下りようとする炭治郎だが、突如禰豆子が凶暴化して襲いかかる。その時、鬼の首を斬るのが仕事だという青年・冨岡義勇が現れるが……

 ついにスタートしたアニメ版『鬼滅の刃』。第5話までを再編集して劇場公開されるなど面白い試みも為されている本作ですが、この第1話は驚くほど原作の第1話に忠実な内容。
 台詞回しなど、原作をそのまま使っているのではないか――というくらいで、ビジュアル的にもパッと見で異なるのは、炭治郎の婆ちゃんのビジュアルが出たのと、町にやたらと電信柱と電線が多かった程度では、という印象であります。


 父亡き後、母と5人の妹弟を炭焼きで養っていた炭治郎。雪が降る中、ただ一人炭を背負って山を下りた彼は、その帰りに町外れに住む知人のもとに泊まり、そこで夜徘徊する人喰い鬼と、鬼を斬る鬼狩り様の言い伝えを聞くことになります。
 その時は全く本気にしなかったものの、家に帰った時、家族が全員血の海に沈んでいたのを目の当たりにして愕然とする炭治郎。幼い弟を庇う形で倒れていた禰豆子のみ、体にぬくもりがあったことから、彼女を背負い医者のもとに向かう炭治郎ですが――しかし突然獣のような声を上げた禰豆子は炭治郎に襲いかかるのでした。

 体まで巨大化していく禰豆子に追い詰められながらも、懸命に呼びかける炭治郎の声を耳にして、禰豆子も涙を流すのですが――そこに突如現れ、手の刃を振るったのは、詰め襟に半半羽織の青年・冨岡義勇。易々と禰豆子を捕らえ押さえつけた義勇は、人喰い鬼の生態と、一度鬼になれば人間には戻らないことを冷然と告げると、刃を振り上げるのですが……
 土下座して妹を殺さないよう懇願する炭治郎に、「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」と、声を荒げて微妙にわかったようなわからないようなことを言いながら叱咤する義勇。炭治郎を絶望から奮い立たせるため、敢えて憎まれ役を買って出たらしいけれどもわかりにくいところが、実にこの人らしい――と、原作読者としては感じてしまうところであります。

 しかしそこで期待とは別のところで奮い立った炭治郎は、林に身を隠しながら石を投げつつ、手斧を振りかぶって襲いかかるという炭焼き殺法で反撃。もちろんそれが通じるはずもないのですが――炭治郎が注意を逸らしながら手斧を頭上に投げて相討ちを狙っていたことを知り、そして禰豆子が倒れた炭治郎を庇うのを見た義勇は、何か通常と異なるものを感じ取り、炭治郎に鱗滝左近次なる老人を訪ねろと告げると、姿を消すのでした。
 家族を弔った炭治郎は、鬼から戻ったものの茫洋とした状態の禰豆子の手を引いて、山を下りることに……


 冒頭に述べたとおり、本当に原作ほとんどそのままの台詞回しだった今回は、それ故に――というべきか、異常に炭治郎(と義勇)のモノローグが多かった印象があります。
 もちろんそれは原作に由来するものなので仕方ないと言えば言えるのですが――原作ではそうでもなかったそれが、今回何だか非常に耳についてしまうのは、言うまでもなく「声」がついたからでしょう。

 これはもう個人の趣味であることは間違いありませんが、個人的にはモノローグが多いアニメはあまりピンとこない――本来であればそれ以外のもので置き換えることができるのではないか、と感じるので――ため、この先も続く炭治郎のモノローグが同様に処理されるのであれば、ちょっと困ってしまうなあ、と思ってしまうのでした。


 にしても原作の方では、ちょうど発売されたばかりの第15巻でその内面が描かれた義勇さん。それを知った上で見てみると、頑張って喋ったなあとか、独断で禰豆子を見逃したのはやはり無茶だなあとか(彼の過去を踏まえると実は猛烈に尊い判断なのですが)、何だか微笑ましくなってしまうのでした。
 いや、面白がってはいけないのですが……



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2019.04.06

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 年度が変わったと思ったら一ヶ月で元号が変わり、ややこしいことこの上ありませんが、何はともあれあともう少しでゴールデンウィーク。そして新しい月には新しいアイテムが――というわけで、5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 と、十連休などというもののおかげか、残念ながら新刊は少な目の5月。

 そんな中で目を引く文庫新刊は、シリーズも佳境の瀬川貴次の平安もの『ばけもの好む中将 8(仮)』。そして待望のシリーズ第2弾、久賀理世『罪を喰らうもの 奇譚蒐集家 小泉八雲』であります。
 その他の新刊も、佐々木匙『帝都つくもがたり』、4月から発売延期となったらしい霜島けい『ろくろ首の涙 九十九字ふしぎ屋商い中』が気になるところです。

 また、文庫化・復刊では、数々の作品に影響を与えた岡本綺堂の名作『玉藻の前』が登場。そして矢野隆『鬼神』は酒呑童子もの――と、奇しくも平安伝奇が並ぶ形となっています。


 一方、漫画の方では、室井大資の戦国武田家もの『レイリ』が第6巻で完結。一方、原田左之助と張作霖が競演する快作、百地元『黒狼』は第2巻が登場です。
 また、唐々煙『煉獄に笑う』は早くも第10巻が登場、そしてさらに過去の時代を『泡沫に笑う』も同時発売(外伝で積み残した物語も完結するか!?)


 そのほか、黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第16巻、速水時貞『蝶撫の忍』第4巻、楠桂『鬼切丸伝』第8巻が楽しみなところ。特に『鬼切丸伝』は、この辺りからWEB連載分のはずで、気になるところです。


 と言いつつ、やはり点数的には寂しい5月。空いた時間は積ん読の解消に充てるとしましょうか。


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2019.04.05

小松エメル『銀座ともしび探偵社』 「不思議」と「普通」のせめぎ合いから生まれるもの


 今年に入ってから『歳三の剣』『一鬼夜行 つくも神会議』と新刊が続いた小松エメルの作品の中でも、特にユニークなのが本作『銀座ともしび探偵社』ではないでしょうか。大正時代の銀座を舞台に、この世に残された「不思議」をランプの中に集めて回る、探偵所員たちの姿を描く連作であります。

 大正に年号が変わり、早11年が過ぎた銀座――一見、既に迷信や怪談奇談は過去のものとして追いやられたようでいて、今日も不可解な出来事が囁かれるこの街で、「不思議」を集めて回る者たちがいます。
 それが「ともしび探偵社」――所長の三咲正之助を中心に、町川秋人、木下研吾、能瀬亜子、小山田道郎と、年齢も育ちも前歴も全く異なる面々ながら、共通するのは不思議の存在を見る、あるいは感じる力を持つことであります。

 腰につけた回収用のランプに、街に出没する「不思議」をともしびとして収め、そして探偵社に安置されたランプにそのともしびを移す――それを仕事とする探偵社の面々。
 果たしてランプに集められたともしび=「不思議」はどこに行くのか、そして何のために集められているのか――それを知るものは、所長とランプのみ……


 そんな、まさに「不思議」としかいいようのない基本設定を踏まえた物語全4話から、本作は構成されています。

 「あれ」を探して彷徨う、常人には見えぬ少女・サチを連れて小山田が銀座を往く「サチの足跡」
 おかしな老人を助けて「欲しい物が入っている」という白い箱を渡された町川が巻き込まれる騒動「白い箱」
 街で次々と見知らぬ人間たちから親しげに声をかけられるようになった能瀬が知った、意外な真実「知らない声」
 夜が更けると服部時計店の大時計の針が好き勝手に回り出すという怪異に巻き込まれた小山田が迷い込んだ世界を描く「まわる時」

 実は「探偵社」というタイトルを冠するわりには、一般の探偵のように誰かの依頼を受けて――という内容は少なく、所員たちが巻き込まれた「不思議」を描くエピソードが大半の本作。しかしここで描かれるのは、どれも等しく不思議な温もりをもって感じられる、魅力的な物語ばかりであります。


 しかし、そもそも本作で描かれる「不思議」とは何なのか――その定義は、実に作中で明確に描かれることはありません。神や妖怪、亡魂や怨念――そういったモノが原因や由来ということもあれば、時には全くの原因不明の場合もある。そしてその顕れ方たるや千差万別……
 その中で共通するのは、それがこの世に在らざるものであり、今はその数を大きく減じていること、そして探偵社のランプに集められるものであること――やはりただ、「不思議」と呼ぶほかないものたちであります。

 そんなわからないことだらけの存在を描く物語が、何故上に述べたように魅力的に感じられるのか――それはその不思議に触れた人々、すなわち探偵社の所員たちの存在に因るのだと、僕は感じます。

 彼ら所員たちは、その「不思議」を見る力をきっかけに探偵社にスカウトされたと言っても、それ以外の点では、あくまでも常人にほかなりません。
 温厚だけど空気の読めない町川、超がつくほどの美形ながら異常に女性を恐れる木下、男性のような短髪で感情を表に出さない能瀬、皮肉屋で常に斜に構えた小山田――皆それぞれに個性的ではあるものの、しかし彼らは皆、「普通」の人間なのです。

 そしてそんな「普通」の人間だからこそ、彼らは様々な想いを――憧れや悩み、喜びや哀しみ、希望や後悔といった、我々にも馴染み想いを抱えることになります。

 そんな想いと、「不思議」が触れあった時に生まれる、小さくそして強い輝き。そこに浮かび上がるのは、「不思議」だけでも「普通」だけでも見えず、その輝きの中でだけ見ることができるもの――それでいていつもそこにあるものであります。
 それは同時に、この世界が決して単純なものでも味気ないものでもなく、複雑で豊かなものであり――自分たちもまた、その一部であることを教えてくれるものなのです。


 それを描く一方で、本作には、エピローグで描かれる所長の言葉をはじめとして、「不思議」を巡る大きな秘密も存在するらしいことがうかがわれます。
 どうやら物語は始まったばかりのようですが――だとすれば、我々はこの先も、この「不思議」と「普通」の素敵なせめぎ合いから生まれるものを見ることができるのでしょう。それは何とも心躍ることでありませんか。


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2019.04.04

重野なおき『信長の忍び』第15巻 「負け」続きの信長に迫る者


 『信長の忍び』第15巻は、第三次包囲網に参加した諸勢力との戦いの真っ最中の信長を描く内容。当然ながら千鳥(と助蔵)もあちこちに飛び回ることになりますが――何と今回は戦国の超大物との出会いまで!?

 元将軍・足利義昭の暗躍(手紙攻勢)によって、本願寺・毛利・上杉といった、いまだ信長に屈せぬ強豪たちによって形成された信長包囲網。何とかこれを突き崩そうとする信長ですが、局地戦では分が悪く、苦戦や敗戦が続くことになります。
 その間も各地で発生する戦いの火種――というわけで、この巻では信長があまり動かない分、千鳥たちが各地に奔走し、戦いを見届けることになります(という形で、信長が直接参加していない戦いを描いてみせるのは、相変わらず巧みだと感心させられます)。

 そしてこの巻でその第一弾となるのは、北畠具教――かつて信長と戦い、そして千鳥との一騎打ちを繰り広げた剣豪大名であります。信長に敗れた後、信長の次男・信雄を養子にした具教ですが、包囲網に加わったことで、ついに粛正されることに……
 が、ここで手を下したのは信長ではありません。その信長に命じられた信雄なのですが――その信雄がどのような人物であるか、ご存じの方も多いでしょう。

 そう、信長から「うつけ」の部分だけを継いだような人物――一方的に歴史上の人物を下げることは比較的少ない本作において、容赦なくボンクラとして描かれているのですから、その程度は推して測るべし、でしょう。
 そのようなボンクラを養子とし、そして攻め滅ぼされる具教の無念たるやいかほどのものか――最後の望みすら叶えられない最期には、酷く苦いものが残ります。

 そして主人公が信長に命じられるまま、そのボンクラに手を貸した(わりに綺麗事を言っていること)ことにも釈然としないものが残ります。この辺りは、その先の歴史がある種の皮肉となっているだけに、それをどのように描くか、気になるところですが……


 それはまだ先の話として、次いで信長が対峙するのは、本願寺攻防戦で織田軍を最も苦しめた男・雑賀孫市率いる雑賀衆。
 傭兵として乱世が続くことを望む孫市と、乱世を終わらせようとする信長――現実に信長がそのような人物であったかは別として、本作においてはある意味好一対の男であります。

 そして信長に千鳥(と助蔵)がいるとすれば、孫市にも――というべき凄腕の少女ガンマン・小雀と蛍が登場。
 織田軍と雑賀軍の激突の背後で、この両者の激突が描かれるのもまた面白いのですが――そのある意味局地戦を描きつつ、この戦いの複雑な決着を解説してみせるのは、これは本作ならではの面白さでしょう。

 そして解説といえば、この巻を読んで改めて理解させられたのは、この時期の信長が苦戦続きであったこと。前の巻で描かれた丹波攻略失敗、天王寺の苦戦、木津川口の敗戦――そしてこの雑賀攻め。
 決して自領を失ったわけではなく、それだけに負けという印象は薄かったのですが、なるほど攻めていった先で撃退されるのは、確かに「負け」と言うべきでしょう。


 そしてこの巻の終盤では、その「負け」続けの信長に迫る男が、それも二人描かれることになります。

 その一人が上杉謙信。言うまでもなく戦国最強の大名の一人でありながら、これまで本作においてはほとんど全く出番のなかった人物が、ついに描かれることになるのですが――その登場の仕方がとんでもない。
 「かなり信憑性が低い」「本当に無茶苦茶」と作中でも言われるほどの、ある逸話を踏まえて描かれる謙信の姿は、やはり実に本作らしいデフォルメぶりなのですが――しかし恐るべき強敵であることは間違いありません。

 そしてもう一人は――それはここではその名を伏せますが、下克上・謀叛を繰り返し、ある意味戦国の申し子と言うべき存在ながら、ここのところ一武将に甘んじてきた人物。
 千鳥とも縁浅からぬキャラクターとして、本作ではどちらかといえばコミカルに描かれていたこの人物がついに――というのは、これまで本作を読んできた身には、何とも感慨深いものがあります。


 「負け」続きの信長に迫る二人――何とも気になる引きで、次の巻に続くことになります。


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2019.04.03

吉川景都『鬼を飼う』第5巻 奇獣争奪戦の中の彼の血の意味


 昭和初期を舞台に、奇妙な姿と奇怪な能力を持つ奇獣たちを巡る物語『鬼を飼う』も巻を重ねて第5巻。奇獣を惹きつける血の持ち主である帝大生・鷹名をはじめとする人々を巻き込んで展開する事件は、いよいよ混沌とした様相を呈することになります。

 奇獣商の男・四王天と、彼が連れる少女姿の奇獣・アリスに出会ったことで、にわかに奇獣絡みの事件に巻き込まれるようになった鷹名。
 しかし身辺が騒然となってきたのは四王天も同じ――明らかに人間の手による奇獣騒動の続発に何者かの影を感じた彼は、自分をマークしてきた特高の特殊部隊と手を組むことになります。

 そして事態に対処するには手数が必要と考えた四王天は、密かに鷹名に奇獣商になるための試験を受けさせるのですが、それが思わぬ騒動に発展。その中で自分の血にまつわる宿命を知った鷹名は……


 はじめは奇獣にまつわる市井の人情ホラー連作的な味わいのあった本作。しかし物語が進むに連れて世界観は次々と広がり、前の巻辺りから、「奇獣の兵器利用」を巡る暗闘に、物語の中心が完全に移った印象があります。
 しかし物語がこれほどスケールアップすると、鷹名の出番はなくなってくる――ということはないのが本作の面白さであります。この巻においては、以前語られた鷹名の出生の秘密が、再びクローズアップされることになるのですから。

 かつて水の神(と信じられたモノ)を祀る一族に生まれ、神の贄として育てられてきた鷹名。ある事件から一族は鷹名を残して滅びましたが、代々神の贄となってきた一族の末裔である彼は、奇獣を惹きつける「鬼飼血統」と呼ばれる血を持っていたのであります。
 四王天により水の神は滅ぼされ、鷹名は宿命から解放されたかに見えましたが――しかし同じ水の奇獣・アリスと宿命的に引き寄せ合う彼は、アリスが傷を負わされた際に暴走。その結果起きた大騒動は前の巻で描かれましたが、それを受けてこの巻では、彼の鬼飼血統の真実が、さらに掘り下げられて描かれることになります。

 と、かなり深刻かつ重い展開の中でも、元々天然気味だった鷹名は相変わらずなのが実に愉快なのですが――この落差は本作全体を貫く、一種の魅力と言ってよいでしょう――そこで一端が描かれた彼の力は、物語の本筋ともいうべきある奇獣争奪戦に大きな意味を持つことがここで明らかになります。

 四王天がその存在を知ると目され、一連の事件の背後で糸を引く怪軍人・宍戸が追い求める伝説の奇獣「ナンバー04」。奇獣を食らい、奇獣のあるところに現れ、そしてけた外れの殺傷力を持つというこの「ナンバー04」を御することができれば――それがどのような意味を持つかは明らかでしょう。

 本作で描かれてきた奇獣にまつわるルールの一つ、「奇獣を操る魔法はない」――その例外を巡り、この先の物語は展開していくのでしょう。


 その一方で、以前登場したイイ女を目指しながら徹しきれない人情家の(元)女給の竜江や、彼女に奇獣を与えた奇矯な(元)富豪など、一度限りかと思われたキャラクターが再登場し、物語を賑やかにしてくれるのが嬉しい。
 先に述べたとおり、市井を舞台とした連作という側面もある本作ですが、それが伝奇的な展開と結びつくことで、お互いの持ち味をより引き出しているように感じられます。
(というより、個人的には純粋に竜江さんのエピソードが好きだったので再登場は実に嬉しいのです)

 そしてその二つの流れのある意味接点であり、本作随一の(?)一般人である鷹名の友人・司を巡り、ちょっと気になる展開を描いて終わるこの第5巻。
 正直に申し上げれば、本作がこれほどまでにスケールアップし、独自の伝奇世界を作り上げていくとは、物語を読み始めた時には思っていなかったのですが――いまや、最も目が離せない伝奇漫画の一つになっていると感じられます。


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2019.04.02

蝸牛くも『天下一蹴 今川氏真無用剣』 普通の人間・氏実の冒険行


 『ゴブリンスレイヤー』の作者のデビュー前に、GA文庫大賞最終選考まで残ったという幻の作品が、本作『天下一蹴 今川氏真無用剣』。その副題の通り今川義元の子・氏真を主人公としつつ、波瀾万丈の時代伝奇活劇を描いてみせた、ユニークな作品であります。

 桶狭間の戦いで討たれた父・義元の後を継ぎながらも今川家を没落させ、今は妻の蔵春と二人、静かに暮らす駿河彦五郎こと氏真。ある日、旧知の徳川家康に呼び出された彼は、かつて父が佩いた名刀・義元佐門次を、京の織田信長に届けるよう依頼されるのでした。

 二つ返事で引き受けた氏真ですが、しかし浜松から京に至るまでの道中で次々と彼を襲うのは、謎の怪人・黒式尉率いる甲賀金烏衆なる忍びたち。忍術、射撃術、剣術、幻術――常人離れした秘術の数々で襲いかかる刺客たちを前に氏真が振るうのは、塚原卜伝直伝の新当流剣術、そして飛鳥井の蹴鞠……!?


 というわけで、歴史時代小説多しといえども、かなり珍しい今川氏真を主人公とした長編である本作。短編の主役や、物語の脇役となることはそれほど少ないわけではないのですが――しかし長編の主人公になりにくいのは、偏にどうにも締まらない生涯によるのでしょう。

 一時は京を窺った父を失った後、その勢力を立て直すこともできずに坂道を転がるように今川家は没落、自分は妻の実家である北条家、そこを放逐された後は家康を頼って生きる。
 特技は和歌と蹴鞠、特に蹴鞠の腕は、父の仇である信長に望まれて、その前で披露したほど――という凄いのか凄くないのかわからないエピソードが残るくらいであります。

 と、豊臣家滅亡の前年まで生きた長寿を除けば、あまり――少なくとも戦国大名としてみれば全く――パッとしない氏真。なるほど確かに扱いにくい人物ですが――それを本作が、鮮やかに生まれ変わらせてみせたのに驚くほかありません。
 蹴鞠や和歌はもちろんのこと、剣聖・塚原卜伝直々の教えを受けた(これもまた史実であります)無双の剣士。それでいて決して敵の命を奪わず、愛する妻との平穏な暮らしを何よりも尊ぶ温厚かつ飄々とした男……

 もちろんフィクションとしての脚色であるのは言うまでもありませんが、しかし史実を踏まえつつ、こうした人物に氏真を造形するのか、出来るのかと、新鮮な驚きを味わいました(その妻の蔵春が、ツンデレ気味の女ガンマンというのも、これはこれで面白い)。
 特に物語の序盤、敵の忍者相手に飛鳥井流の技を生かして戦いを挑むくだりなど、ある意味お約束かもしれませんが、実にユニークで、新鮮であります。

 そしてそんな彼が道中で戦う、あるいは出会う人物も、全てではないにせよ、実在の人物揃い(女体化している人もいますが)なのが嬉しい。
 特に怪剣を操る無双の剣鬼として登場するある人物など、氏実の使う剣流を考えればなるほど、と膝を打ちたくなる人選で――ちょっと時代劇をやってみた、というのとは全く異なるレベルの嗜好・志向が感じられるのには、強く好感をおぼえます。


 もっとも、作者の最初期の作品であるためか(それなりに改稿はされているのだとは思いますが)、文章や言葉遣いにかなり固い点があるのは、大いに残念なところではあります。キャラクターについても、類型的な造形が少なくないのが気になります。

 このような難点は否めないものの、しかし私が本作に魅力を感じるのは、やはり今川氏真という題材と、何よりもその彼の造形によります。

 先に述べたように、ある種浮き世離れした、何者にも縛られぬ自由人として感じられる氏真。しかし物語が進むにつれて、彼の胸中にある深い屈託と、ある種の諦念が浮き彫りになっていくことになるのです。
 所詮自分は今川家を滅ぼした無用の人間。和歌にしても剣にしても、決して超一流などではない――そんな彼の想いは、普段が普段なだけに、表れたときにフッと胸を突くものがあります。

 しかし、だからこそいい。決してヤレヤレ系でもチートでもない、普通の人間の心を持った氏真が、普通の人間として怪人たちに挑む――その姿には大いに共感できるものがあるとともに、典型的な凡愚の将として描かれることの多かった氏真を、一人の人間として描き直す試みであるとも感じられます。

 そんな氏真の姿を、これからも(現在の作者の筆で)読んでみたい――そんな気持ちになる作品であります。


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天下一蹴 今川氏真無用剣 (GAノベル)

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2019.04.01

西條奈加『雨上がり月霞む夜』 雨月物語を生んだ怪異と友情


 怪談文学、いや江戸文学史上に重要な位置を占める上田秋成の『雨月物語』。本作『雨上がり月霞む夜』は、その雨月物語誕生秘話とも言うべき物語であります。秋成とその親友・雨月、そして兎の妖という、おかしな二人と一匹によって語られる真実の物語とは……

 おそらくは怪異怪談を愛する方であれば、一度は読んでいるであろう『雨月物語』――「白峯」「菊花の約」「浅茅が宿」「夢応の鯉魚」「仏法僧」「吉備津の釜」「蛇性の婬」「青頭巾」「貧福論」の全9話からなる怪談集であります。
 この雨月物語は、描かれる怪異の真に迫った恐ろしさや奇怪さもさることながら、怪異のための怪異を描くのではなく、それが人間の心理に深く根ざしたものである点で、豊かな味わいを持つ文学であります。

 さて、その作者・上田秋成は、もともとは大坂堂島の紙問屋・嶋屋を営んでいた歴とした商人。しかし元々あまり商売が得意でなかったところに、大火で焼け出されて店を失い、その結果、医師として、そして国文学者、作家としての道を歩き始めたというのは、これは歴とした史実です。
 そして本作は、その秋成が焼け出されて避難していた頃を舞台とした物語であります。

 家を失い、幼なじみの雨月が暮らす香具波志庵に転がり込んだ秋成。人嫌いの風流人ながら、秋成には優しい顔を見せる雨月は、しかし妖を見る力を持つ人物でもありました。
 ある晩出会った兎の妖を連れ帰った雨月。その時から秋成は、様々な怪異に巻き込まれることになるのです。

 「紅蓮白峯」「菊女の約」「浅時が宿」「夢応の金鯉」「修羅の時」「磯良の来訪」「邪性の隠」「紺頭巾」「幸福論」――0本作を構成する9つの怪異譚。これらが、そのタイトルや内容において、雨月物語のパロディとなっているのは一目瞭然でしょう。
 いや、パロディというのは正確ではないかもしれません。本作においては、この秋成が経験した物語こそが真実であり、雨月物語の原型である――そんな趣向なのですから。


 歴史上の文学者を主人公とした物語において、その物語の内容が――主人公自身が経験した出来事が――その代表作誕生のきっかけとなるという作品は、決して珍しくはありません。本作も、そんな作品の一つであります。
 もちろん雨月物語を知らずとも、十分独立した物語として本作を楽しむことはできますが、雨月物語を読んでいれば、あの人物が、あのシチュエーションが、あの怪異が――見事な本歌取りとして描かれるのを、存分に楽しむことができるでしょう。

 そんな一種のエピソードゼロとしても、本作は実に楽しいのですが――しかし決定的にユニークな作品としているのは、雨月の存在であります。
 秋成の幼い頃からの親友であり、今でも彼の頼もしくも優しい友人として、彼の近くに在る雨月。妖の世界に通じるというその力も含めて、彼が本作のもう一人の主人公であると申し上げても間違いないでしょう。

 しかし、ここで秋成の事績を知る方であれば、首を傾げるのではないでしょうか。いや、そうでなくとも、作中でほとんど冒頭から幾度となく描かれる雨月の言動から、そして作中のある描写から、これはもしかして○○ものでは――と感じる方も多いのではないでしょうか。
 私もかなり早い段階からそう感じたのですが――しかし終盤で描かれる真実は、その予想を遙かに超えて、意外な方向に展開していくことになるのです。

 そう、本作で、本作の終盤で描かれるのは、上田秋成という人物が抱いてきたある想いの真実であります。
 今でこそ、雨月物語の作者として千歳に名を残す秋成ですが、しかし彼は決して作家として順風満帆な人生を歩んだわけではありません。いやむしろそれとは正反対に、そこに至るまでかなりの遠回りをした人物といえます。

 本作で怪異と平行して幾度も描かれてきたのは、そんな秋成の自意識。作家となることを、作家であることを望みながらも、そんな自分の姿を否定する秋成の姿に、共感を覚える方も少なくないかもしれません。
 そんな秋成の背中を押したのは何であったか、本作の経験を、雨月物語として昇華させた原動力はなんであったのか――本作はそれを時に恐ろしく、時に可笑しく、そして時に美しく描き出すのです。秋成と雨月の友情を通じて。


 本作を読んだ後、『雨月物語』の題を見たとき、これまでと違う感慨と、嬉しさとも哀しみともつかぬ不思議な感情を味わう――そんな物語であります。


『雨上がり月霞む夜』(西條奈加 中央公論新社) Amazon
雨上がり月霞む夜 (単行本)

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