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2019.04.13

黒史郎『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』 妖怪馬鹿必読、強い熱意に満ちた妖怪譚


 妖怪が出没したのは圧倒的に近世以前が多いわけで、必然的に妖怪譚は時代怪談の色彩を濃く帯びることになります。しかし最近はあまり新鮮な妖怪譚がなくて――などと思っていたところに現れたのがこの『妖怪補遺々々』。その名前に相応しく、余所でお目にかかれないような妖怪に出会える一冊です。

 古今様々な書物に記され、あるいは語り継がれてきた妖怪たち。しかし元々が(姿が見えない現象に名前が付いていたりと)よくわからない存在であるところに、このようなある種伝言ゲーム状態で伝承されれば、後世から見れば何だかわからないような存在になってしまうことも少なくありません。

 いきなり【ナカネコゾウ】なる、名前だけ残った謎の妖怪探求から始まる本書は、そんな正体不明になってしまった妖怪、あるいはあまり有名でない、ほとんど知られていない妖怪譚ばかりを集めたもの。
 忘れられかけた、そもそも妖怪なのかわからない――しかしそれだからこそ実に「らしい」妖怪たちの姿が集められた一冊であります。

 元々がweb連載ということもあり、一つ当たり10ページ前後の、エッセイ的な妖怪譚が約40話収録されている本書。
 そこで語られる中には、耳袋の【首吊り狸】や宿直草の化け物寺(化け物問答)のようなメジャーどころ(?)も含まれてはいるのですが――しかし圧倒的に多いのは、冒頭の【ナカネコゾウ】のような、ほとんど初耳の妖怪たちであります。

 いやそれどころか、水木しげるの子供向け妖怪本から、ジャガーバックスの佐藤有文の『日本妖怪辞典』(伝説の【びろーん】が!)まで……と、本書がカバーする領域は、一歩間違えれば反則状態。
 それが妖怪か、と目くじらを立てる向きもあるかと思いますが、しかしそれも含めて妖怪なんだ、という本書の――特別企画の京極夏彦との対談に最もそれがよく現れた――姿勢には、大いに共感できるところであります。


 と、話が脱線してしまいましたが、本書には、時代怪談・時代怪異譚としても、類話のないような、実に興味深いものが幾つも収録されているのも紛れもない事実であります。

 たとえば、近隣を荒らし回る大盗賊を斬首した男が、度重なる生首にまつわる怪異に襲われた末に、不可解な死を遂げる土佐の怪異談。
 奄美で、江戸時代から昭和に至るまで語ることすらタブーとされてきた、ある女性にまつわる陰惨な怨念と呪いの物語。

 あるいは『魔岳秘帖 谷川岳全遭難の記録』なる、ほとんど伝奇時代小説のような題名の(しかし性格は副題の方が表している)書籍に記された、清水峠のトンネル開通工事の背後で繰り広げられた作業員200人vs化け猫との死闘。
 そして、都市伝説やフィクションではなしに、本当に存在した【牛の首】の怪談……

 いやはや、これらの怪異譚を知ることができただけでも、本書を手にした甲斐があったと感じます。
(個人的には、天から降ってきたとされる、上下左右に開いて【八つの顔になる面】の奇瑞譚が、面の存在自体の不可解さもあって印象に残りました)


 それにしても感心させられるのは(子供向け妖怪本の話題はともかく)本書に収録された妖怪譚が、すべて丹念な調査に基づき、実際に怪談集や民俗誌に収録されたもののみを扱っていることでしょう。
 曖昧なものを曖昧なまま愛し、それでいて確たるものに従って記録する――タイトルの「補遺」という言葉に込められた強い熱意が感じられる、妖怪馬鹿必読の一冊であります。


『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』(黒史郎 学研プラス) Amazon
ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々 (ムー・スーパーミステリー・ブックス)

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