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2019.04.12

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力


 発売と同時に第1巻を読み、紹介しようと思いつつも機会を逃し、ついに第2巻発売の日が来た『新九郎、奔る!』、今更ながらで大変恐縮ですが第1巻の紹介であります。伊勢新九郎――後の北条早雲の姿を、その少年時代、応仁の乱の直前から描こうという意欲作であります。

 元祖戦国大名とも言うべき存在である北条早雲。かつては一介の素浪人から身を起こしたと言われていましたが、今は室町幕府の政所(財政担当)執事・伊勢氏の支流の出身とされており――と言っても、正直なところ前半生はだいぶ馴染みのない人物であります。
 その北条早雲=伊勢新九郎を、1493年に彼が鎌倉公方の御所に討ちいることにより下克上の狼煙を上げた場面から描く本作は、すぐに時代を遡り、1466年の未だ元服前の新九郎(千代丸)の姿から描くことになります。

 政所執事・伊勢貞親の義弟を父に持ち、その父に呼ばれて京に上った新九郎。元服した兄・八郎や姉の伊都とともに暮らし始めた新九郎は、そこで幕府の政治の何たるかを目の当たりにすることになります。
 しかしそれに慣れる間もなく、足利義視排斥を狙った貞親が逆に排斥されるという文正の政変が勃発、新九郎の両親もそのあおりを受けて都落ちを余儀なくされるのでした。

 貞親の子・貞宗とともに京に残った新九郎は、細川勝元の近くに仕えることとなるのですが、今度は勝元と山名宗全の対立を目の当たりにすることになって……


 1467年に勃発した応仁の乱の、その前年から物語が展開していく本作。ここ数年、一種のブームとなった感のある応仁の乱、そして室町時代でありますが、しかしそれなり以上に興味を持つ人間でも、やはり非常にややこしい時代であることは間違いありません。

 その最大の理由は、言うまでもなく入り乱れまくった人間関係にあります。将軍の権威が失われつつあるこの時代、幕府を実質的に支える有力武家たちが林立そして対立するだけでなく、その諸家の中でも家督争いが頻発する状態であります。
 何しろその上の将軍からして、足利義視と義尚で争っていたわけですが――いずれにせよ、その争いが様々な形で入り乱れ、しかも時に敵味方が入れ替わるのですから、見ている方はたまったものではありません。

 ……が、たまったものではないのは、その時代を実際に生きた人間たちの方こそ。本作はそんなややこしい時代を、新九郎という少年の目を通じて、鮮やかにそして賑やかに、そして何よりも我々にとってもわかりやすく描いてみせるのです。


 もちろん、状況が状況だけに、説明の台詞などは非常に多かったりもするのですが、しかしその印象を和らげ、物語をスムーズに展開してみせる本作の武器は、その「漫画」らしさにあります。
 例えば物語の序盤、京に出てきたばかりの新九郎に、父が現在の状況を説明する場面で、いきなり画面上からスクリーン(?)が降りてきたり、登場人物同士の会話の中に「武家のリアル」「ウィンウィンの関係」といった言葉が普通に出てきたり……

 生真面目な方は顔をしかめるかもしれませんが、それが実際に目にしてみれば、するりと入ってくる、許容できてしまうのは、漫画家としての作者の力というほかありません。
 この融通無碍な「漫画らしさ」は、本作に始まったわけではなく、作者の作品であればお馴染みのものではありますが――それが実に鮮やかに、効果的に感じられるのは、先に述べたとおりのややこしい物語世界だからこそなのでしょう。

 そしてもう一つ魅力的なのが、人物描写の巧みさであります。この巻の後半、新九郎が近く接することになる細川勝元は、応仁の乱の中心人物の一人。謀略渦巻く幕府の中枢にいたこともあり、あまりよいイメージをもたれない人物であります。
 本作の勝元のビジュアルも、いかにも怜悧で、常に目が笑っていない人物として描かれるのですが――その勝元がフッと人間味を見せる場面が印象的なのです。

 そして彼のライバルともいうべき山名宗全も、いかにもというビジュアルながら、しかし人間味の感じられる描写で――決して怪物ではない、血の通った人間たちの描写が、より我々を物語に引き込んでくれるのす。


 正直なところ、作者と歴史漫画は今一つ結びつかなかったのですが(『ヤマトタケルの冒険』は、まあ……)、これほどまでに合うとは、と嬉しい驚きの『新九郎、奔る!』。
 この巻で描かれるのは応仁の乱の前夜まで、いよいよ始まる未曾有の乱を、本作が漫画として如何に描くか――期待するほかありません。


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