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2019.04.19

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その一) 一刀斎の後の兵法者たち


 あくまでも個人の印象ではありますが、最近は剣の遣い手を主人公にした作品はあっても、実在の剣豪(剣流)を主人公とした「剣豪もの」はだいぶ少なくなっているように感じます。そんな中で本書『秘剣水鏡』の復刊は福音とも言うべきもの。全10話、どれから読んでも味わい深い名品揃いの短編集です。

 一足早く復刊された大作『伊東一刀斎』によって、戦国末期の剣豪たちの姿を描いてみせた戸部新十郎。本書を含めたいわゆる作者の「秘剣」シリーズは、ある意味その姉妹編ともいうべき短編集――実在の剣豪、実在の剣術流派を中心に、その剣の姿を様々な形で描いてみせた作品が収められています。

 本書『秘剣水鏡』の表題作である名作『水鏡』については、以前この作品のみでご紹介しておりますので、今回はその他の収録作の中で、特に印象に残ったものをご紹介しましょう。


『無明』
 中条流の達人・富田勢源にまめまめしく仕える少年・柿之助。時折おかしないたずらをする猪口才な彼一人を連れ、勢源は美濃に旅立つことになります。そこで梅津兵庫なる武芸者に執拗に迫られた勢源は……

 作者の故郷である加賀の剣豪・富田勢源とその弟子の姿を題材とした本作。中条流と勢源は、この後もシリーズにしばしば顔を見せるセミレギュラーであり、そして勢源は一刀斎の師の師でもあることを考えれば、本作が冒頭に収められているのは妥当なところと言うべきかもしれません。
 薪ざっぽうで梅津某を一撃で破ったという勢源の有名な逸話をクライマックスに据えつつ、剣豪と弟子の複雑な関係性を、戦国時代の武将たちの興亡を背景に描いた本作。まさしくすれ違う師弟の姿が強く印象に残ります。


『岩柳』(がんりゅう) 巌流
 「岩流」を編み出した一方で、妻亡き後、草木染めで娘を養う岩柳斎。ある日現れた佐々木小次郎なる美貌の青年から、いま売り出し中の宮本武蔵なる武芸者のことを聞いた岩柳斎は、小次郎にも見せなかった秘伝の「虎切」でもって武蔵と対峙するのですが……

 『宮本武蔵』外伝とも言うべき内容の本作は、武蔵の逸話をちりばめながらも、兵法家というより兵法(記録)マニアの岩柳斎の目を通すことで、どこか地に足の付いた味わいが残る作品。
 虎切という秘剣を持ちながらも、あくまでも常識人のおじさんである彼が、武蔵と小次郎の双方と関わる姿が何ともユニークなのですが、しかしそれがあの決闘の結果に繋がっていく――という結末は、何ともいえぬ皮肉な味わいを残すのです。


『水月』
 癲狂となり、致仕して柳生の里に暮らす柳生十兵衛。奇矯な言動を繰り返す彼の前にある日現れた武士・荒木又右衛門は、十兵衛に「水月」の極意を問いかけます。それに対する十兵衛の答えとは……

 この「秘剣」シリーズにおいて、中条流と並んで、そしてその敵役としてしばしば登場することになるのが、柳生新陰流であります。その中心となるのは柳生宗矩(いわゆる黒宗矩)なのですが、その子である十兵衛が不気味な存在感を見せるのが本作であります。
 いわゆる躁鬱病と診断された十兵衛の奇妙な隠居生活を描きつつ、鍵屋の辻の仇討ちの物語でもあることが徐々に浮かび上がる構成も良いのですが、白眉はやはり十兵衛が語る「水月」の極意でしょう。

 剣術の極意に関する(難解な)問答は、「秘剣」シリーズの隠れた名物ともいうべきものですが、ここでは十兵衛と又右衛門という両達人の問答の形で描かれるのが、何とも味わい深いのであります。
 ある史実の背後を仄めかす不気味な結末も含めて、他の十兵衛像とはずいぶん異なるにもかかわらず、奇妙に印象に残る作品です。


 以降、長くなりましたので次回に続きます。


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秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


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