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2019.04.05

小松エメル『銀座ともしび探偵社』 「不思議」と「普通」のせめぎ合いから生まれるもの


 今年に入ってから『歳三の剣』『一鬼夜行 つくも神会議』と新刊が続いた小松エメルの作品の中でも、特にユニークなのが本作『銀座ともしび探偵社』ではないでしょうか。大正時代の銀座を舞台に、この世に残された「不思議」をランプの中に集めて回る、探偵所員たちの姿を描く連作であります。

 大正に年号が変わり、早11年が過ぎた銀座――一見、既に迷信や怪談奇談は過去のものとして追いやられたようでいて、今日も不可解な出来事が囁かれるこの街で、「不思議」を集めて回る者たちがいます。
 それが「ともしび探偵社」――所長の三咲正之助を中心に、町川秋人、木下研吾、能瀬亜子、小山田道郎と、年齢も育ちも前歴も全く異なる面々ながら、共通するのは不思議の存在を見る、あるいは感じる力を持つことであります。

 腰につけた回収用のランプに、街に出没する「不思議」をともしびとして収め、そして探偵社に安置されたランプにそのともしびを移す――それを仕事とする探偵社の面々。
 果たしてランプに集められたともしび=「不思議」はどこに行くのか、そして何のために集められているのか――それを知るものは、所長とランプのみ……


 そんな、まさに「不思議」としかいいようのない基本設定を踏まえた物語全4話から、本作は構成されています。

 「あれ」を探して彷徨う、常人には見えぬ少女・サチを連れて小山田が銀座を往く「サチの足跡」
 おかしな老人を助けて「欲しい物が入っている」という白い箱を渡された町川が巻き込まれる騒動「白い箱」
 街で次々と見知らぬ人間たちから親しげに声をかけられるようになった能瀬が知った、意外な真実「知らない声」
 夜が更けると服部時計店の大時計の針が好き勝手に回り出すという怪異に巻き込まれた小山田が迷い込んだ世界を描く「まわる時」

 実は「探偵社」というタイトルを冠するわりには、一般の探偵のように誰かの依頼を受けて――という内容は少なく、所員たちが巻き込まれた「不思議」を描くエピソードが大半の本作。しかしここで描かれるのは、どれも等しく不思議な温もりをもって感じられる、魅力的な物語ばかりであります。


 しかし、そもそも本作で描かれる「不思議」とは何なのか――その定義は、実に作中で明確に描かれることはありません。神や妖怪、亡魂や怨念――そういったモノが原因や由来ということもあれば、時には全くの原因不明の場合もある。そしてその顕れ方たるや千差万別……
 その中で共通するのは、それがこの世に在らざるものであり、今はその数を大きく減じていること、そして探偵社のランプに集められるものであること――やはりただ、「不思議」と呼ぶほかないものたちであります。

 そんなわからないことだらけの存在を描く物語が、何故上に述べたように魅力的に感じられるのか――それはその不思議に触れた人々、すなわち探偵社の所員たちの存在に因るのだと、僕は感じます。

 彼ら所員たちは、その「不思議」を見る力をきっかけに探偵社にスカウトされたと言っても、それ以外の点では、あくまでも常人にほかなりません。
 温厚だけど空気の読めない町川、超がつくほどの美形ながら異常に女性を恐れる木下、男性のような短髪で感情を表に出さない能瀬、皮肉屋で常に斜に構えた小山田――皆それぞれに個性的ではあるものの、しかし彼らは皆、「普通」の人間なのです。

 そしてそんな「普通」の人間だからこそ、彼らは様々な想いを――憧れや悩み、喜びや哀しみ、希望や後悔といった、我々にも馴染み想いを抱えることになります。

 そんな想いと、「不思議」が触れあった時に生まれる、小さくそして強い輝き。そこに浮かび上がるのは、「不思議」だけでも「普通」だけでも見えず、その輝きの中でだけ見ることができるもの――それでいていつもそこにあるものであります。
 それは同時に、この世界が決して単純なものでも味気ないものでもなく、複雑で豊かなものであり――自分たちもまた、その一部であることを教えてくれるものなのです。


 それを描く一方で、本作には、エピローグで描かれる所長の言葉をはじめとして、「不思議」を巡る大きな秘密も存在するらしいことがうかがわれます。
 どうやら物語は始まったばかりのようですが――だとすれば、我々はこの先も、この「不思議」と「普通」の素敵なせめぎ合いから生まれるものを見ることができるのでしょう。それは何とも心躍ることでありませんか。


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