« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »

2019年5月

2019.05.31

瀬川貴次『ばけもの好む中将 八 恋する舞台』 宗孝、まさかのモテ期到来!? そして暗躍する宣能


 気がつけば前作から1年を経ておりましたが、『ばけもの好む中将』待望の第8巻の登場であります。ばけもの好む中将・宣能に振り回されて恐ろしい目にあってばかりの宗孝ですが、今回は何とモテ期に突入……!? しかしまあ、結局おかしな事件に巻き込まれるのは、いつものとおりなのであります。

 九の姉の遅咲きの自分探しに巻き込まれたり、十二の姉・真白に想いを寄せる東宮のための花見騒動があったりと、春から(というかいつもながら)慌ただしい日々を送っていた宗孝。ついには帝の前で舞を披露する羽目になるのですが――これが思わぬ幸運(?)を彼にもたらすことになります。

 何とその舞が評判になり、宮中の女房からの恋文が舞い込むようになった宗孝。まさかのモテ期到来ですが――そこで調子に乗れないのが彼の彼たるゆえんでしょう。
 そもそも和歌が苦手で返歌に苦しむ上に、相手が本気なのか悩んだりして、状況が一向に進展しないことを宣能が知ってしまい――はい、もう騒動の予感しかしません。

 その予感は的中し、宗孝のもとに来た恋文の数々を、妹の初草に見せてしまう宣能。確かに初草は、筆跡から書き手の感情を読み取る能力はありますが、しかし初草は宗孝のことを――なわけで……
 いかな兄上といえどもそれはさすがに無神経が過ぎるのでは、というより火に油を注ぎすぎではと感じますが、しかしそれも宣能の深謀遠慮。初草の反応を見た宣能は、さらにとんでもない行動に出ることになります。

 そして、そんな宣能の暗躍も知らぬ宗孝に襲いかかる更なる恐怖。何と、恋文の差し出し主の一人は、恋文を出した時には既に身罷っていたというではありませんか!
 死者からの恋文という、実に宣能好みのシチュエーションに放り込まれて怯える宗孝ですが、彼を表に引っ張り出したのは九の姉。そんなこんなで、今は稲荷社の専女衆の振り付けを担当している彼女の次の演目「藤の舞」の手伝いをすることになった宗孝ですが……


 ここのところ、九の姉が過去への未練から暴走したり、宣能が父・右大臣に弱みを握られてその暗部を引き継ぐ羽目になったりと、ちょっと重い展開が続いた本シリーズ。
 そんな中で本作は、ある意味ファンの期待通りの展開が次々と描かれることになります。すなわち、明るく、可笑しく、楽しいスラップスティックコメディが。

 今回は宣能と宗孝の不思議めぐりこそ少なめですが、それ以外の我々がシリーズに期待するものは――言い換えれば、お馴染みのキャラクターたちの活躍は、ほとんど余すことなく盛り込まれていたという印象。
 そう、愛すべき善人の宗孝、いつもながら完璧超人の宣能、相変わらず可憐な初草、個性的で人騒がせな宗孝の姉たち、そして相変わらず真白一直線で暴走する東宮――といった面々の賑やかな大騒ぎが。

 特に宣能は、今回は裏方に回ったような印象もありましたが、しかしクライマックスにはあまりにとんでもない見せ場が――あまりの面白さに書きたいのですが、さすがに未読の方のために伏せますが、まさかの○○○○がっ!――用意されており、全く油断できません。


 しかしそんな中でも、今回特に印象に残るのは、やはり宗孝であります。
 冒頭に述べたとおり、前作において帝の前で舞ったことで、思わぬ名を馳せた宗孝。それはある意味巡り合わせではありますが、しかしそこから先の彼の活躍(?)は、彼自身の誠実さが、これまで積み上げてきたものがもたらしたものと言えるでしょう。

 宣能のように持って生まれた身分も才もなくとも、しかし彼にはその誠実さがある――そんな彼の存在は、遠い平安という過去の時代を描き、ばけもの好む中将という一種の奇人を描きながらも、本作を親しみやすく地の足のついた物語としていると、今更ながらに再確認させられるのです。

 ところが――その一方で、本作を読んでいると、宗孝自身が台風の目になるような予感もいたします。「彼女」のことだけでなく、もう一つ、思わぬところで……
 この予感が正しいかどうかはともかく、これから先、これまで以上に宗孝と宣能の繋がりは強くなっていくのでしょう。そしてそれこそが、父の遺産の負の側面に引きずられていく宣能の救いになるのはないかと思うのですが――これもまた予感であります。


 何はともあれ、物語自体の楽しさはもちろんのこと、シリーズの先行きへの期待も膨らむ本作。ぜひ次の巻はあまり待たせないでいただければ――というのは、これは偽らざる気持ちであります。


『ばけもの好む中将 八 恋する舞台』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
ばけもの好む中将 八 恋する舞台 (集英社文庫)


関連記事
 「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
 「ばけもの好む中将 弐 姑獲鳥と牛鬼」 怪異と背中合わせの現実の在り方
 『ばけもの好む中将 参 天狗の神隠し』 怪異を好む者、弄ぶ者
 瀬川貴次『ばけもの好む中将 四 踊る大菩薩寺院』(その一) 大驀進する平安コメディ
 瀬川貴次『ばけもの好む中将 四 踊る大菩薩寺院』(その二) 「怪異」の陰に潜む「現実」
 『ばけもの好む中将 伍 冬の牡丹燈籠』 中将の前の闇と怪異という希望
 瀬川貴次『ばけもの好む中将 六 美しき獣たち』 浮かび上がる平安の女性たちの姿
 瀬川貴次『ばけもの好む中将 七 花鎮めの舞』 桜の下で中将を待つ現実

|

2019.05.30

楠桂『鬼切丸伝』第8巻 意外なコラボ!? そして少年の中に育つ情と想い


 この世で唯一鬼の肉を断つ刀・鬼切丸を持つ少年が、様々な時代を彷徨い、様々な人々と鬼に出会う見る『鬼切丸伝』の最新巻であります。この巻の途中から、掲載媒体が「コミック乱ツインズ」誌からpixivコミックに変更となった本作。しかしこの巻では思いも寄らぬ作品とのコラボが……?

 人間の怨念が凝った存在である「鬼」に対して、その身を唯一斬り、滅ぼす力を持つ神剣・鬼切丸。
 本作は鬼でありながらも人間と同じ姿を持ち、鬼切丸を手に鬼を斬る名無しの少年を主人公に、少年が生まれた平安時代から戦国、江戸時代に至るまで、様々な時代を舞台とした連作であります。

 さて、この第8巻に収録されるのは、江戸時代の尾張での切支丹弾圧事件を題材とした「鬼理支丹」、秀次謀反の巻き添えで斬首された悲劇の姫・最上の駒姫を題材とした「泣き鬼姫」、そして平安時代の歌人・僧侶である西行と鬼の数奇な関わりを描く「鬼反魂の章」の全3話が収録されています。

 このうち、冒頭の「鬼理支丹」までが「コミック乱ツインズ」誌掲載であり、紹介についてはこちらこちらをご覧いただければと思いますが――驚くべきはその次の「泣き鬼姫」であります。
 これはあとがき漫画を読むまですっかり見落としていたのですが、このエピソード、なんと作者が以前に発表した『あっぱれこま姫』とのコラボ漫画なのですから!

 『あっぱれこま姫』は、昭和末期から平成初期にかけて発表された、作者のナンセンスコメディ時代劇。那古里城の破天荒なお姫様・こま姫と、何の因果か彼女のボディーガードとなった腕利き忍者・佐平を主人公とした何でもありのドタバタコメディです。

 その懐かしい作品と本作がどのように結びつくか――といえば、それはなんと「こまひめ」繋がりなのであります。
 といっても上で述べたようにこま姫と駒姫はもちろん別人(確かめるためにあわててコミックスを読み返しましたが……)。キャラクターデザインがこま姫に寄せているという形で、コラボというよりスターシステム的な印象ではあります。

 と、作品を読む前から驚かされたこの「泣き鬼姫」ですが、しかし内容の方もシリーズ屈指の名品なのであります。

 関白・豊臣秀次にかけられた謀反の疑いにより、三条河原で次々と斬首された秀次の妻妾たち。その中には、いまだ秀次とは対面もしていなかった最上の駒姫の姿がありました。
 その処刑より以後、三条河原に響く泣き声。それが鬼の仕業かと現れた鬼切丸の少年は、旧知の鬼・鈴鹿御前と対面、さらにそこで駒姫の亡霊と出会うのですが……

 およそ戦国史で女性にまつわる悲劇においても最大級のものと思われる秀次の妻妾の処刑と駒姫の悲劇。本作で描かれる鬼の存在が、歴史上の悲劇に由来するものが少なくないことを考えれば、駒姫が鬼となるのはむしろ当然と言えるかもしれません。
 しかしこのエピソードは、そこに意外な、そして残酷な捻りを――それも一度ではなく幾度も入れてくるのです。そしてそれだけでなく、この悲劇の鬼に対する鬼切丸の少年の行動にもまた。

 そこに浮かび上がるものは、未曾有の悲劇に対する情と、それを受け止めようとする想いであり――それが鬼切丸の少年の中にも育っていることを、このエピソードは見事に描いてみせるのであります。
 コラボという話題性のみならず、本作の中でも屈指の名品と申し上げた所以であります。


 また、ラストの「鬼反魂の章」は、ぐっと時代は遡って平安時代末期の物語。西行上人で反魂とくれば、これはもう伝奇ものにはお馴染みのあのエピソードなのですが――本作はそれを本作らしい視点から描くことになります。
 あまりに周囲の人間を魅了しすぎるが故に周囲に鬼を生み出すこととなり、人の世を捨てざるを得なかった西行。そんな彼が人恋しさに造りだしたものとは……。

 人とは何か、鬼とは何か――人と鬼の物語を描き続けてきた本作ならではの、異形の愛の物語。物語の時系列的にはかなり最初に近い物語ではありますが、これもまた、少年の成長と物語の深化を感じさせるエピソードであります。


『鬼切丸伝』第8巻(楠桂 リイド社SPコミックス) Amazon
鬼切丸伝 8 (SPコミックス)

|

2019.05.29

『どろろ』 第二十話「鵺の巻」

 妖怪を探して美しい秋の山を行くどろろと百鬼丸の前に現れた青年・賽の目の三郎太。妖怪・鵺を追っていると語る三郎太は、しかしその実、鵺の手先となっており、戦いの中で百鬼丸たちは崖から転落してしまう。崖下で腕を岩に挟まれたどろろと助けようとする百鬼丸だが、その腕では思うにまかせず……

 久々に通常モードで妖怪探して二人旅のどろろと百鬼丸。しかしこれまで様々な戦いをくぐり抜けた二人の間に生まれた絆が、この旅を和やかで、そして何よりも楽しいものと変えます。生まれて初めて秋の山の美しさを味わうどろろ、どろろを気遣い口元には笑みすら浮かべて見守る百鬼丸――特にあの百鬼丸がこんなに成長したとは、と感慨深くなりますが、しかしこういう微笑ましい展開の後には地獄が待ち受けるのが本作であります。

 そんな二人の前に現れたのは、賽の目の三郎太と名乗る青年。この山の妖怪に恨みがあり、狙っているという彼は、母を妖怪に食らわれたと語り、胸には巨大な爪痕を残しているのですが――どこか荒んだその雰囲気の青年であります。
 何はともあれ、三郎太の言葉通り待ち受けていた山の上に現れた妖怪・鵺。伝説どおり、狒々の顔に虎の体、鷲の後ろ足と蛇の尻尾を持つ妖怪ですが、特に蛇は丸太並みの太さという怪物であります。しかしその姿も怖れず、鬼神と見抜いた鵺に斬りかかる百鬼丸ですが――その彼の後ろから三郎太が斬りつける! 実は妖怪に与し、この山に来る者を喰わせていたという、しらぬいに続いてヤバげな男・三郎太。そんな三郎太と鵺を向こうに回して戦いを繰り広げるうちに崖が崩れ、どろろと百鬼丸は下に転落することに……

 と、運良くほとんど無傷で崖下で目覚めた二人ですが、どろろの片腕が岩の隙間に挟まり、身動きが取れない状態。折悪しく、そこで水が湧き出し、放っておけば小柄などろろは水の下に沈みかねない状況であります。何とか岩を動かそうと必死になる百鬼丸ですが、しかし義手では思うように力が出せず、かえって自分を傷つけてしまう有様。しかしそれでもどろろを救うため、百鬼丸は自分の義手が壊れるのもかまわず、岩に手を叩きつけ続けるのでした。
 それでも岩は動かず、どろろが水中に没したかと思われたその時、見ていたかのようなタイミングで現れてどろろを救ったのは琵琶丸。しかし安堵する間もなく、百鬼丸は自分に生身の腕があれば! とばかりに山をよじ登り、鵺に再戦を挑むのでした。

 さすがに百鬼丸が崖から落ちても無傷で、しかもすぐに逆襲してくるとは思っていなかった三郎太ですが、しかし鵺には敵うまいと余裕顔。しかし鵺の渾身の一撃を受け止めた百鬼丸は、恐るべき戦闘力でもって、瞬く間に鵺をズタズタに引き裂いていきます。
 その信じられぬ光景を目の当たりにして、自分の過去を思い出す三郎太。かつて自分の母を背に山越えをしようとしていた時に鵺に襲われた三郎太は、自負していた己の剣が全く通じず、深手を負わされた恐怖のあまり、一人逃げ出したのであります。大事にしていた母が自分に縋るその手を、あまりに無惨な形で振り払って……。そしてその後、村人とともに鵺討伐に出かけたものの、村人たちが恐怖の表情も露わに次々に喰われていく様に、ついに三郎太の中で何かが壊れたのでした。

 その鵺を瀕死となるまで追い詰めた百鬼丸の行動を羨みながら、しかし自分はそうはなれないと鵺に喰われることを選んだ三郎太。それが如何なる形で作用したのか、鵺は半ば失われた顔から三郎太の半身を生やし、背中に生まれた巨大な鳥の翼を羽ばたかせて空から百鬼丸に襲いかかる――!
 と、百鬼丸を追って山を登ったどろろと琵琶丸が見たものは、あちらこちらに残された鵺の残骸――そして地に墜ちた鵺にとどめを刺さんとする百鬼丸の姿。三郎太に、こいつは人間ではなかったと呟かせるような血まみれの姿で……

 が、鬼神を討ったにもかかわらず――どろろが引くほどに百鬼丸が鵺の死骸に斬りつけても――百鬼丸の体の一部は戻りません。そう、あのばんもんの九尾を討った時のように。
 そしてその頃、地獄堂の鬼神像を確かめに向かっていた多宝丸主従。彼らが目撃したのは、鬼神像の一つが、命を持つもののように不気味に輝く姿だったのであります。


 おそらく残すところあと五話となった本作。ここで原作でも以前のアニメ版でも最後の妖怪だった鵺が登場するのですが――物語は思わぬ方向に転がっていくこととなります。
 以前「おや?」と思いつつも何となく忘れていた、九尾を倒した後に戻ってこなかった百鬼丸の体の一部。これは果たして、以前縫の方が語った百鬼丸の体を食い損ねた鬼神が、百鬼丸の体を新たに奪ったということなのでしょうか。そして九尾の時と今回とで、共通するのは果たして……

 しかし三郎太といえば、今回ミドロ号は――?


『どろろ』下巻(バップ Blu-ray BOX) Amazon
【Amazon.co.jp限定】TVアニメ「どろろ」Blu-ray BOX 下巻 (全巻購入特典 描き下ろし四曲屏風(364mm×257mm)・古橋一浩監督絵コンテ メイキングBD・完全版1話・24話絵コンテデータディスク・上下巻収納BOX 引換シリアルコード付)


関連記事
 『どろろ』 第一話「醍醐の巻」
 『どろろ』 第二話「万代の巻」
 『どろろ』 第三話「寿海の巻」
 『どろろ』 第四話「妖刀の巻」
 『どろろ』 第五話「守り子唄の巻・上」
 『どろろ』 第六話「守り子唄の巻・下」
 『どろろ』 第七話「絡新婦の巻」
 『どろろ』 第八話「さるの巻」
 『どろろ』 第九話「無残帳の巻」
 『どろろ』 第十話「多宝丸の巻」
 『どろろ』 第十一話「ばんもんの巻・上」
 『どろろ』 第十二話「ばんもんの巻・下」
 『どろろ』 第十三話「白面不動の巻」
 『どろろ』 第十四話「鯖目の巻」
 『どろろ』 第十五話「地獄変の巻」
 『どろろ』 第十六話「しらぬいの巻」
 『どろろ』 第十七話「問答の巻」
 『どろろ』 第十八話「無常岬の巻」
 『どろろ』 第十九話「天邪鬼の巻」

関連サイト
 公式サイト

|

2019.05.28

『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」

 浅草の雑踏の中で鬼舞辻無惨と遭遇したものの、無惨が鬼に変えた人間を抑えることを優先した炭治郎。その彼に力を貸したのは、鬼でありながら無惨を敵視する珠世と愈史郎だった。隠れ家で、鬼を人に戻すために炭治郎に協力を依頼する珠世。しかしそこに無惨の命を受けた刺客たちが襲いかかる……

 前回ラスト、妻子と一緒にいるところを炭治郎に声をかけられ、すっとぼけながら近くを歩いていた男の首筋を爪で切り裂いた無惨。そこから無惨の血が入り一瞬で鬼化した男は、突然の変貌に呆然とするその妻に襲いかかり――と、阿鼻叫喚の最中、炭治郎は無惨を追うのでも鬼となった男を討つのでもなく、男と妻を引き離し、男が周囲に被害を及ぼそうとするのを止めようとするのでした。
 ヒーローとして百点満点の行動ですが、そそくさとその場を立ち去る無惨を煽るのも忘れない炭治郎。地獄の果てまで追いかけて頸を斬るだの何だの、言いたい放題であります(何気に煽り能力が高い炭治郎)。

 そんな騒ぎの中でも「この人」に誰も殺させたくないと鬼となった男を抑え続ける炭治郎ですがもう限界、おまけに何も知らない官憲までやってきて、ややこしいことになりかけるのですが――そこで突然炭治郎の周囲を取り巻く美麗な紋様と香り。それを生み出したのは、人に紛れてこの雑踏の中にいた鬼・珠世だったのですが――しかし炭治郎の鼻は、他の鬼とは違うものを感じ取るのでした。

 一方、適当なことを言って妻子を車で送り返し、浅草の裏道に入っていく無惨。見るからに怪しい行動ですが、そこで地回りらしい二人+女性とぶつかったのが運の尽きであります(ぶつかった方の)。よせばいいのに顔色が悪いだの死にそうだの、ことごとく無惨の地雷を踏み抜いた酔漢はワンパンで惨死、その兄貴分もキック一発で打ち上げ花火となり――残された女性に追い込みをかける無惨様。関俊彦ならではのドスの効いた甘い声で矢継ぎ早に繰り出される言葉責めに常人が耐えられるはずもなく、さらに女性は無惨の血を過剰に送り込まれ、蔵六の奇病のような姿になり果てて息絶えるのでした。
 そんな惨劇を生み出しても表情一つ変えず、指を鳴らして近くに控えていたらしい二人の配下を呼び出す無惨様。その指令はもちろん、炭治郎の抹殺……

 と、CM明けにこれはこれで岩田光央の熱演が光るウドン屋のくだりを経て、愈史郎に連れられて珠世のもとに向かう炭治郎。しかし愈史郎は何故か炭治郎に非常に冷たい態度、しかも禰豆子のことを「醜女」呼ばわりしたものだから炭治郎のウザ絡みを呼び、色々な意味で雰囲気は最悪です。そんな騒ぎを繰り広げながらも、見た目は普通の塀をすり抜けた(何気にアニメオリジナル描写)その先にあったのは珠世の屋敷であります。

 そこで改めて珠世と対面した炭治郎は、珠世が鬼と化した夫に襲われた妻を治療してくれたこと、彼女と愈史郎は人間の血肉を食わないこと、愈史郎は彼女が鬼にしたこと、そして彼女が実はすごい年齢であることを知るのでした(そして最後のやつを突っ込んで愈史郎に殴られる炭治郎)。そう、彼女は鬼の中でも唯一、自力で無惨の呪いを解き、人間の血を少し飲むだけで生きていける鬼。そして彼女に鬼に変えられた愈史郎も、彼女よりさらに少量の血で生きていけるというのであります。
 自分と同じく無惨を敵視する珠世に、鬼を人間に戻す方法はあるか尋ねる炭治郎。その答えは是――しかし現時点ではそれは不可能であり、治療法確立のため、珠世は炭治郎に二つの頼み事をするのでした。一つはやはり特異な鬼である禰豆子の血を調べること、もう一つはできるだけ無惨の血が濃い鬼の血を採取すること。後者は言い換えれば、より強い鬼との戦いを強いることになるのですが――しかし炭治郎には是非もありません。

 と、その時、屋敷に飛び込んでくる奇怪な鞠。それは無惨の命を受け、珠世の隠れ家を探し当てたあの無惨の配下の二人組・朱紗丸と矢琶羽の襲撃で……


 毎回言っていますがまたもや原作に過ぎるほど忠実だった今回。比較的嵐の前の静けさ的な回ではありますが、珠世の惑血、矢琶羽の奇妙な矢印のビジョンと、血鬼術の描写はなかなか面白いところではありました。
 その一方で今回(炭治郎と愈史郎の間で)結構多かったギャグ調のやりとりですが――この辺りは音と動きがつくと妙に気恥ずかしい印象は否めません。原作のギャグは微妙な間の取り方による部分も大きいのですが、その点についてはあまり再現できているとは言い難い――というより原作に忠実にやればいいというものではない――ように思います。
(ある意味アクションシーンよりも再現が難しい部分ではあるのは間違いないのですが)


『鬼滅の刃』第4巻(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon
鬼滅の刃 4(完全生産限定版) [Blu-ray]


関連記事
 『鬼滅の刃』 第一話「残酷」
 『鬼滅の刃』 第二話「育手 鱗滝左近次」
 『鬼滅の刃』 第三話『錆兎と真菰』
 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」
 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」
 『鬼滅の刃』 第六話「鬼を連れた剣士」
 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者

関連サイト
 公式サイト

|

2019.05.27

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5 集え! 「梁山泊」の下に!


 長きにわたった官軍との死闘もついに終わり、招安を受けることとなった梁山泊。しかし百八星全員がそれを良しとするはずもありません。散り散りとなった豪傑たちが一つに再び集う時は果たして来るのか――いよいよ『絵巻水滸伝 招安篇』大団円であります。

 梁山を舞台とした壮絶な死闘の末、辛うじて官軍と引き分ける形となった梁山泊軍。しかし戦いの最中に梁山は炎上し、彼らの帰るべき梁山泊は炎の中に消えることとなります。
 まさしく呉越同舟となって梁山泊を離れた両軍を待ち受けていたのは、朝廷が梁山泊を招安し、そして梁山泊がそれを受けたという知らせだったのですが……


 というわけで、ついに招安を受けることとなった梁山泊。もちろんこれは原典と同様の結果ではありますが、しかしそこに至るまでの経緯は全く異なります。

 原典では高キュウや童貫、そして節度使たちの軍を圧倒的な力の違いで散々に打ち破った後に招安を受けたのに対し、ギリギリまで追い詰められ、ついには帰る場所を失った末の苦渋の選択として招安を受けた本作。
 どちらの梁山泊が「強い」かといえばそれは原典かもしれませんが、しかしどちらが「らしい」かと言えば、それは本作ではないでしょうか。

 迫られて梁山に向かった者たちが、その地を望んで捨てて、それを迫った者たちへ帰順する――あの豪傑たちがその選択を容易に肯んぜるかといえば、それはやはり違和感が残ります。
 それを思えば、迫られて梁山を捨てた者たちが、苦渋の選択として招安を受ける方が、まだ梁山泊「らしい」――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。


 しかし、帰るところを失ったとはいえ、そのまま官軍に加わるのを良しとしない者たちがいるのもまた、当然であります。しかも本作においては、去りたい者は梁山泊軍を去ってよろしいと宋江が語った故に、仲間たちと袂を分かつ者たちが続出。
 当て所なく旅立った武松と魯智深、史進、裴宣、燕順。李師師のもとに転がり込んだ燕青。相変わらず二人で旅を続ける楊雄と石秀、故郷に帰った朱仝と雷横、かつての根城に帰った黄門山組……

 官軍を好まない者、束縛を嫌う者、他にやるべきことがある者――理由は様々ですが、それはそれで納得できる一方で、もちろん寂しさが残るのも事実であります。

 そして彼らを失った一方で、梁山泊の主力は東京の帝のもとに粛々と向かうのですが――しかし、あの高キュウが、彼らをただで済ますはずもありません。
 帝の閲兵にかこつけて豪傑たちを武装解除、兵とも切り離して宮城に誘い込み、一網打尽にして皆殺しにする。まさしく、行けば死の罠、いかねば天下の笑い者――そんな状態に追い込まれた豪傑たちの運命は……


 もちろん、その先に描かれるものをわざわざ述べる必要はないでしょう。ここではただ、梁山泊は失われたとしても、百八星の豪傑は「梁山泊」にあるのだと、そしてその絆は何者にも――そう、彼ら自身にも――断ち切ることはできないと、そう述べるだけで足ります。

 この招安で豪傑たちが失ったもの――それは決して小さくはありません。しかしそれでも失われないものを、いうなれば「梁山泊」の心意気というべきものを、本作はここで描き出すのであります。
 それが本作の「招安篇」の最大の収穫と言うべきではないでしょうか。

 しかしその一方で、招安を受けた梁山泊を待ち受けるのは、決して明るい道ではありません。各地で覇を唱える田虎・王慶・方臘ら叛徒たち。宋国を虎視眈々と狙う遼国。そして何よりも宮中に巣くう奸臣たち……
 そんな中で梁山泊の豪傑たちは生き延びることができるか。宋江はかつて見た滅びの運命を変えることができるのか。盧俊義は梁山泊の救い主となることができるのか。呉用の秘策は成就するのか。

 これまで以上に苦難の道を行く豪傑百八星の前にまず立ち塞がるのは遼国――「遼国篇」ももちろん近日中にご紹介いたします。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 第五巻 招安篇5


関連記事
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇1 帰ってきた最も面白い水滸伝!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇2 強敵襲来、宋国十節度使!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3 絶体絶命、分断された梁山泊!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4 立て好漢!! 明日なき総力戦!!

 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

関連サイト
 公式サイト
 公式ブログ

|

2019.05.26

辻真先『焼跡の二十面相』(その二) 探偵である意味、少年である意味


 昭和20年、敗戦直後の東京を舞台に、再び跳梁を始めた怪人二十面相に小林少年が挑む、痛快なパスティーシュ『焼跡の二十面相』のご紹介の続きであります。

 前回、本作独自の魅力として、小林少年を主人公に据えたことを挙げましたが、もう一つ、決して忘れてはならないものがあります。それは、敗戦直後という舞台設定そのものであります。

 輝かしい文化の数々――その一つにほかでもない、探偵小説があったといえるでしょう――は戦争によって失われた末、誰もが明日の夢よりも今日の飯を追い求めることを余儀なくされた、敗戦直後の日本。本作はその姿を、リアルタイムでそれを目撃してきた者ならではの目で、克明に描き出します。
(例えば、爆撃で真ん中が、そして焚き付けにされて根本が失われ、天辺だけがブラブラと残った電柱、などという奇怪な風景など、その最たるものでしょう)

 そんな世界に蠢くのは、ロマンと稚気、そして美学に溢れる怪人とは全く異なる種類の人間たち――戦争を利用して私腹を肥やす大商人、敗戦したと見るや米軍にすり寄って儲けようと企むブローカー等々、厭な「大人」たちなのであります。
 敗戦直後という夢も希望も、文化も誇りも失われた世界、怪人や探偵にとっては空白の時代には、そんな人間たちが相応しいのかもしれません。しかしそれでも本作が、そんな焼跡にあえて乱歩の世界を復活させてみせたのは――これは作者らしい強烈な異議申し立てであると感じられます。

 作中で繰り返し繰り返し描かれる、当時のそして戦時中の世相、そしてそれを仕掛けた人々とそれに流された人々に対する皮肉。読んでいて些か鼻白むほど痛烈なその皮肉は、先に述べたように、リアルタイムでその世界を知る作者ならではのものというべきでしょう。
 しかし本作はそんな直接的な皮肉以上に、さらに強烈なカウンターパンチを、現実に喰らわせるのであります。戦争というバカバカしい現実にも負けずに復活し、現実を翻弄してみせる怪人の存在によって。そしてそれに挑む正義と理性の徒である探偵の存在によって。

 そしてまた――そんな焼跡の物語だからこそ、現実の愚かな「大人」たちを相手にするからこそ――本作の探偵は、未来と希望の象徴である「少年」でなければなかったと感じます。
 目の前の現実に翻弄されて右往左往している大人たち、現実の中にどっぷりはまって小狡く立ち回っている大人たちを後目に、明日を夢見て奮闘する少年に……

 さらに言えば、本作で描かれる痛烈な皮肉が、決して舞台となった時代に対してのみ向けられているわけではなく、今我々が生きるこの時にも向けられているであろうことをと思えば――小林少年の活躍は、かつて少年だった我々に対するエールとも、発破とも感じられるのです。


 などと小難しいことをあれこれと申し上げましたが、やはり本作の基本は良くできたパスティーシュであり、痛快な探偵活劇であります。

 終盤の逆転また逆転のスリリングな騙し合いのたたみかけは見事というほかなく、何よりも思いもよらぬ(それでいて乱歩とは全く無関係というわけではない)ビッグなゲストまで登場するサービス精神にはただ脱帽するほかありません。
 そしてここで語られるこのゲストの戦争中の行動については、なるほど! と納得するほかなく――そしてそこから生まれる「名探偵」同士の爽やかな交流にも胸を熱くさせられるのです。
(さすがにそこからあのキャラクターに持っていくのはちょっとやりすぎ感もありますが……)

 そして、ラストの小林少年の言葉に思わずニッコリとさせられる――そんな怪人二十面相と少年探偵団の世界、探偵小説という世界への愛に満ちた本作。
 かつてその世界に胸躍らせた我々にその時の気持ちを甦らせると同時に、空白の時代に活躍する彼らの姿を描くことにより、我々の胸に新たな火を灯してくれる――そんな快作であります。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

|

2019.05.25

辻真先『焼跡の二十面相』(その一) 昭和20年 対決、怪人vs少年探偵


 いまや遠い昔になってしまった感もある昭和。その昭和育ちの多くの方が親しんだであろう怪人二十面相が帰ってきました。焼け野原になった東京に再び現れた二十面相に対し、応召されていまだ帰国しない明智小五郎に代わって挑むのは、小林少年――名手が送る痛快なパスティーシュであります。

 1945年8月――敗戦の混乱冷めやらぬ中、それでも明日への希望を胸に、明智小五郎の留守を守って懸命に生きる小林少年。そんなある日、買い出しに出た彼は、途中で警視庁の中村警部が輪タクを追う現場に出くわし、輪タクの後をを追うことになります。
 中村警部が追っていたのは、輪タクに乗っていた隠匿物資のブローカー・伊崎。しかし追いついてみれば乗っていたのは替え玉、しかも彼以外いないはずの走る車中で、何者かに刺されて死んでいたのであります。

 走る密室の謎を鮮やかに解いてみせた小林少年ですが、伊崎は行方をくらましたまま。その後に友人を訪ねた田園調布で偶然輪タクの運転手を目撃した小林少年は、その場所が、戦争中に巨万の富を築いた四谷重工業の社長宅であることを知ります。
 早速中村警部と一緒に調査に向かった小林少年ですが――しかしそこで二人が見つけたのは、なんと二十面相の予告状! それは、四谷重工の社長が密かに隠匿しているという秘仏・乾陀羅の女帝像を狙った大胆不敵な犯行予告だったのであります。

 応召されてヨーロッパに渡り、いまだ帰国の目処が立たない明智小五郎に代わり、小林少年は二十面相の犯行を阻むべく行動を開始するのですが……


 名探偵・明智小五郎とそのライバル・怪人二十面相、そして明智探偵の助手・小林少年の名は、たとえ実際に彼らが登場する作品に触れたことがない方でもよくご存じでしょう。
 戦前の昭和11年に登場して以来、戦争を挟んで昭和の半ばに至るまで、数々の奇怪な事件を引き起こした二十面相と、それを阻んだ明智探偵と小林少年、そして少年探偵団の冒険は、私も子供の時分に大いに心躍らせた、懐かしい存在であります。

 本作は、そんな名探偵vs怪人の世界を、終戦直後の東京を舞台に忠実に蘇らせてみせた物語。そのシチュエーションだけでも心躍りますが、それを描くのが、今なお『名探偵コナン』などで活躍する名脚本家にしてミステリ作家、そしてこの時代を実際に生きてきた辻真先なのですから、つまらないはずがないではありませんか。

 かくてここに展開するのは、初めて目にする、しかし懐かしさが漂う――全編ですます調で展開するのも嬉しい――物語であります。
 かつてあの名探偵が、そして怪人が大好きだった身にとっては、その時のときめきを――作中で二人の帰還を信じて待つ、小林少年と中村警部のような心境で――思い出しつつ、ただただ夢中させられるのです。


 しかしもちろん、本作はノスタルジーのみに頼った作品では、決してありません。それでは本作ならではの魅力の一つは――といえば、それは言うまでもなく、本作の主人公として二十面相に、そして劇中で起きる怪事件に挑むのが、明智小五郎ではなく小林少年であることでしょう。

 明智小五郎の助手として、そして少年探偵団のリーダーとして、常に大人顔負けの活躍を見せてきた小林少年。しかしそうではあっても、やはり少年――物語の中では、明智小五郎の庇護の下、一歩譲る役回りでありました。
 しかし本作においては、名探偵不在の中、怪人を向こうに回して一歩も引かない活躍を見せて大活躍。これは、かつて自分たちの代表として小林少年に憧れた世代には、たまらないものがあります。

 しかし、本作で小林少年が戦うのは二十面相だけではありません。それは、二十面相などよりもある意味もっとたちの悪い、我欲に駆られた悪人たち――そんな美学も理想もない連中を前にしては、さすがの小林少年も、分が悪いように思われます。
 が、そんな小林少年の前に思いもよらぬ意外な同盟者が登場、痛快な共同戦線を張ることになるのですが……。いや、これ以上は内緒、ぜひ実際に作品に触れていただきたいと思います。

 長くなりましたので、恐縮ですが次回に続きます。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

|

2019.05.24

折口真喜子『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』 隣り合った世界と、隣り合った時間と


 箱崎の船宿・若狭屋を舞台に、何かとこの世のものならぬものと縁を持ってしまう女将・お涼を狂言回しに描かれるシリーズの第二弾であります。今回もお涼の前に現れるのは、どこか人間くさいあやかしや神さまたち。そして本作では、お涼のルーツも描かれることに……

 日本橋は箱崎――現代では東京シティエアターミナルの所在地ですが、江戸時代はこの時代は江戸の水運の中心地。本シリーズは、その江戸を海と繋ぐ箱崎の小さな船宿・若狭屋を中心に、人とあやかしの、この世とあの世の奇妙な繋がりを描く短編連作であります。

 この若狭屋の女将・お涼は、父親・甚八譲りの見える体質。それゆえ幼い頃から何かとあやかしたちと縁を持ってしまうことになります。
 何しろ生まれてすぐに水害で流され、そこから救われるのと引き換えに、サルタヒコなる神の嫁になる約束をしたというのですから、筋金入り(?)なのであります。

 そんなこともあって、三十を過ぎた今も一人で父から譲られた若狭屋を切り盛りしているお涼ですが――しかし彼女はそんな運命など気にすることなく、江戸っ子らしいさっぱりとした態度で日々を暮らす、気持ちのよい女性。今日もおかしな縁で結ばれた人やあやかしを出迎え、明るくもてなすのであります。


 さて、そんな若狭屋とお涼を中心として描かれるシリーズ第二弾の本書は、八つの短編を収録しています。
 攫われた山の守り神を探して江戸にやってきた片目片足の小僧を助けてお涼が奔走する「小正月と小僧」
 幼い頃のお涼が手習所で出会った少年・吉弥との間の淡い恋心と、ある約束を描く「約束」
 飛鳥山に花見に出かけたお涼が、月虹が出る晩に開かれる異界の市に迷い込んだ末、思わぬ勝負に巻き込まれる「月虹の夜市」
 お涼と遊女上がりの綾と御家人の娘の菊江、生まれも育ちも違う友達同士の心の交流「月を蔵す」
 人付き合いを好まない男・源造が不思議な力を持つ女性・志乃と出会ったことから動き出す運命を描く「常世の夜」
 幼い頃に父の愛人・お慶に預けられた甚八が、自分の持って生まれた力に悩みつつも、お慶らの励ましで歩み出す「痣」
 行き倒れの男と出会った幼い頃のお涼が、男とともに雷珠を落とした雷獣に遭遇する「遠雷」
 いつも変わることなくそこにいて、若狭屋の船頭の銀次に、そして災害に苦しむ人々に力を与える萱原の女神の存在を描く「鹿屋野比売神 」

 いずれの物語も過剰に派手でも、ひどく恐ろしいわけでもなく、描かれているのは日常から半歩、あるいは一、二歩踏み出した不思議の世界。どこかのどかで、親しみやすさすら感じられる――そんな物語が描かれるのは、前作同様であります。


 しかし、本作で描かれるのは、日常とその隣の世界だけではありません。本作の特徴の一つは、現在に繋がる過去の世界が描かれることであります。
 特に「常世の夜」「痣」「遠雷」の三部作とも呼ぶべきエピソードは、お涼の親の、そしてそのまた親の代からの繋がりを描く物語として、印象に残ります。

 お涼が生まれながらに持つ力――それが父・甚八から受け継いだものであることは冒頭に述べましたが、その力もまた、甚八の親から受け継がれたものでもあります。
 ここで描かれるのは、受け継がれるその「力」と、そこに込められた想いの繋がり。それは決して真っ直ぐなものばかりではなく、時に脇道に逸れたり、ねじれたりとすることもありますが――しかし確かに今の自分に受け継がれている。本作で描かれるお涼たちの姿は、そんなことを感じさせてくれるのです。


 そしてまたもう一つ本作で印象に残るのは、巻末に収められた「鹿屋野比売神 」であります。紆余曲折を経て船頭となった銀次に、折に触れて力を与える萱原の女神の存在を描く本作は、しかしその女神が、銀次だけではなく、この世に、この自然に生きるものたちに力を与えるものであることを描きます。
 洪水や噴火などの天災に苦しめられる人々に寄り添う存在として――

 そんな女神の存在が、今この物語の中で語られるのは何故か――それを言うのは野暮かもしれません。しかしそこには本作の、そして作者の、我々に向ける優しい眼差しを感じる――そう述べることは許されるのではないでしょうか。


『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』(折口真喜子 東京創元社) Amazon
月虹の夜市 (日本橋船宿あやかし話)


関連記事
 折口真喜子『おっかなの晩 船宿若狭屋あやかし話』 あの世とこの世を繋ぐ場所で出会う者たち

|

2019.05.23

『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』 確かな考証と豊かな発想で描く未知の世界


 博覧強記で知られる東郷隆の児童文学、しかも題材は邪馬台国――と、何とも気になることだらけの本作『邪馬台戦記 闇の牛王』。未だ混沌とした3世紀初頭の日本を舞台に、少年少女が奇怪な暴君に挑む姿を描く、ユニークで骨太なファンタジーであります。

 瀬戸内海沿岸の集落・ウクイ村を悩ませるクナ国の「徴税」。畿内を治める邪馬台国の女王・ヒミコに従わず、数年おきに近隣を襲うクナ国は、数年おきに生口(奴隷)として少年少女をさらっていき、そしてさらわれた者は二度と帰ってこないのであります。
 そのクナ国が襲来する年――今年に12歳となったばかりの村長の子・ススヒコは、幼なじみの少女・ツナテが生口に選ばれると知ると、彼女を守るため自ら生口に志願し、共にクナ国に向かうことになります。

 一方、遼東太守の公孫氏の命で邪馬台国への使節として派遣された学者・劉容公達は、対面した女王ヒミコから、思わぬ言葉を聞かされることになります。
 クナ国を治めるハヤスサは、実はヒミコの父親違いの弟。そしてクナ国に向かってハヤスサの様子を探り、叶うならば討ち果たして欲しい――と。

 国民を貧困に喘がせ、そして近隣諸国を武力で従わせようとするハヤスサ。ごく一部の者にしか姿を見せない謎の王に抗する者として、ススヒコとツナテ、そして劉容たちの運命が、クナ国で交錯することになります。


 歴史上、確かに存在したにもかかわらず、その位置を含めて不明な点が多く、また女王卑弥呼が用いたという「鬼道」もあって、あたかもファンタジーの中の存在のように扱われる邪馬台国。
 冒頭に述べたように、驚くほどの広範な知識を踏まえた作品を描いてきた作者であっても、これにリアリティを持たせて描くのはなかなか難しいのでは――というこちらの予想は、もちろんと言うべきか、完全に裏切られることになります。

 そんな難しい題材に対する本作のアプローチは、邪馬台国に限らず、この時代に関する(数は多くはないものの確かに存在する)記録や遺構の数々を踏まえ、そしてその点と点を結び、さらに他の知識を繋ぐことによって、大きな像を浮かび上がらせるというもの。

 その結果、本作は一種の人種のるつぼであった日本列島とそこに生まれた国々の姿、そしてその筆頭ともいうべき邪馬台国の姿を、何とも魅力的に、そして地に足のついた世界として描き出します。
 特に邪馬台国については、ユニークでダイナミックでありつつも、描き方の難しい邪馬台国東遷説を違和感なく採用しつつ、そしてそこに物語が有機的に結びついているのには感心させられます。


 と、本作の歴史小説としての側面ばかり触れてしまいましたが、本作の基本はあくまでも児童文学。
 自分の村以外の世界を知らなかったススヒコが、正義感と冒険心、そしてツナテへの想いから外の世界に飛び出し、様々な(時に過酷な)経験を踏まえて成長していく姿は、王道の児童文学の展開といえるでしょう。
(そしてそんなススヒコの、この国の無垢な少年の視点と、劉容という大陸の知識人、二つの視点から物語を描く手法も巧みであります)

 そしてその彼の先に待ち受けるのが、本作の副題の「牛王」なのですが――当時日本には伝来しておらず、未知の獣であった牛の角を戴くこの怪人の存在は、そんなススヒコのヒロイックな冒険の先に待つ者として、なかなかに魅力的であります。
 そしてこの牛王(と卑弥呼)から、我が国のあの神の存在や、異国のあの神話の影を感じさせる――あくまでも感じさせる、に留まるのがまたうまい――ことから生まれるロマンチシズムも、心憎いほどなのであります。


 確かな考証と豊かな発想を踏まえ、未知の世界で展開される『邪馬台戦記』。第2巻ではまた趣向を変えた物語が展開することになりますが――そちらも近日中に紹介したいと思います。


『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』(東郷隆 静山社) Amazon
邪馬台戦記 闇の牛王

|

2019.05.22

『どろろ』 第十九話「天邪鬼の巻」

 折られた刀を打ち直してもらうため、刀鍛治・宗綱のもとを訪れた百鬼丸とどろろ。そこで宗綱の娘・おこわに気に入られ、熱烈な求愛を受ける百鬼丸だが、彼はそれを受け入れると言いだし、驚くどろろの口から出るのも二人を祝福する言葉だった。果たしておかしな現象の背後にあるものは……

 前回、多宝丸に刀を折られ、刀鍛冶を訪ねて旅をしてきた百鬼丸とどろろ。前回いきなりのおでこコツンムーブに驚かされましたが、百鬼丸的にはマイブームらしく、道ばたの馬にまでコツンし始める有様ですが――そんなこんなで旅を続けて、ようやく宗綱という腕利きの鍛冶がいる村を訪れた二人。村の若い男に宗綱のことを訪ねてみれば、宗綱の研いだ刃物は切れないし、娘はひねくれ者で器量も悪いというのですが――どろろが試してみればその刃物はスゴい切れ味なのですからおかしな話であります。

 それはともかく、宗綱の元を訪ねた二人の前に現れたのは、その娘・おこわ。器量云々などとんでもない、本作に登場するには違和感の方が大きい美少女なのですが――ここでよせばいいのにまた百鬼丸がおでこコツンをしたことで、後々大問題となります。
 さて、そこに現れた娘とは大違いの激シブな壮漢・宗綱は、何を見たのか、百鬼丸の刀を見るなり、まず供養をすると言い出します。そして四人で毘沙門天を祀る(伏線)村の寺を訪れるのですが――寺の屋根に潜んでいた奇怪な男が、何やら怪しい手振りをすると、同様の光で縁取られる百鬼丸の体。しかし彼を含めて、誰もそれに気づかず……

 さて、刀が打ちあがるまで村の宿屋に逗留することになった百鬼丸とどろろですが、そこに現れたのは、おでこコツンに完全に勘違いして、「百さま」とデレて食べ物まで持っておこわであります。何ともチョロいおこわですが――しかしハードボイルドの極みのはずの百鬼丸は、おこわと一緒になる、刀も体も要らない、と言い出すではありませんか。
 当然、あまりのことに動転し、激怒するどろろですが、百鬼丸は淡々と同じことを繰り返すばかり。それだけならまだしも、今度はどろろまでも、本心とは正反対に、百鬼丸がおこわと一緒になるのが嬉しい、お似合いだと言い出すようになってしまうのでした。

 そして話はとんとん拍子に進み、祝言を上げることになった二人。そんな二人に、村人たちは祝福――にはほど遠い暴言の連発をぶつけるのですが、それを誰も気にする様子もありません。再び二人の前に殴り込んだどろろも、口を開けば出てくるのはお祝いの言葉ばかり。ただ一人、冒頭登場した若者だけは、素直に祝福の言葉をかけるのですが……
 そしてその晩、百鬼丸がこんな調子だったら、おいらが刀を盗んでやると宗綱の元に忍び込んだどろろ。あっさり見つかってしまったどろろは、宗綱と刀のこと、百鬼丸のことを語るうちに、力の使い道を間違えさせないためにも、やはり百鬼丸の傍にいたいと語るのですが――あれ、言葉が元に戻ってる!?

 そこで自分たちの行動を振り返ってみて、おかしくなったのがあの寺参りからだと気付き、寺に向かうどろろ。そこで屋根の上の奇怪な小男を見つけ、石をぶつけてたたき落とすのですが――折悪しくそこに現れたのは、挙式のためにおこわに引きずられる形で寺に連れてこられた百鬼丸。小男に操られるまま、百鬼丸はどろろにのしかかると首を絞め始めるのでした。が――そこで小男の後ろから現れた宗綱が、小男を殴り倒してジエンド。術が解けて抱きしめてくる百鬼丸にどろろも別の意味で大弱りであります。

 さて、騒動のタネとなった小男の正体こそは、寺の仏像に踏みつけられていた天邪鬼(の像)。仏像の位置を直せば天邪鬼も消え、皆も術が解けて一件落着。かわいそうなのはおこわですが、明るく村人たちに頭を下げていると、そこにあの若者が現れて彼女に求婚、彼女もあっさり受け入れて……
 何はともあれ、刀も復活して嬉しそうな百鬼丸は村を旅立ちます。もちろんどろろと一緒に……


 非常にハードだった前回(というかいつも)が何だったのか、というギャグ回の今回。自分の思いとは正反対の言動を取らされて――というのは一種の定番ネタではありますが、その状態になるのが鉄面皮の(それでいて最近少しずつ喜怒哀楽が芽生えてきた)百鬼丸というのは愉快ではあります。
 しかし、百鬼丸とどろろは自分たちの言動に違和感を感じているのに村人はそうでもなさそうだったり、おこわには術の効果が全くない上に周囲の言動に疑問を持ってなかったり――と、妙に感じられる部分も多く、今一つノレなかった、というのが正直なところであります。

 もちろん色々考えれば理屈はつくのですが、しかし妙にわかりにくいのがかなり損をしていると感じます。結局、どろろならずとも「なんだこれ」という印象の今回でした。


『どろろ』下巻(バップ Blu-ray BOX) Amazon
【Amazon.co.jp限定】TVアニメ「どろろ」Blu-ray BOX 下巻 (全巻購入特典 描き下ろし四曲屏風(364mm×257mm)・古橋一浩監督絵コンテ メイキングBD・完全版1話・24話絵コンテデータディスク・上下巻収納BOX 引換シリアルコード付)


関連記事
 『どろろ』 第一話「醍醐の巻」
 『どろろ』 第二話「万代の巻」
 『どろろ』 第三話「寿海の巻」
 『どろろ』 第四話「妖刀の巻」
 『どろろ』 第五話「守り子唄の巻・上」
 『どろろ』 第六話「守り子唄の巻・下」
 『どろろ』 第七話「絡新婦の巻」
 『どろろ』 第八話「さるの巻」
 『どろろ』 第九話「無残帳の巻」
 『どろろ』 第十話「多宝丸の巻」
 『どろろ』 第十一話「ばんもんの巻・上」
 『どろろ』 第十二話「ばんもんの巻・下」
 『どろろ』 第十三話「白面不動の巻」
 『どろろ』 第十四話「鯖目の巻」
 『どろろ』 第十五話「地獄変の巻」
 『どろろ』 第十六話「しらぬいの巻」
 『どろろ』 第十七話「問答の巻」
 『どろろ』 第十八話「無常岬の巻」

関連サイト
 公式サイト

|

2019.05.21

「コミック乱ツインズ」2019年6月号


 元号が改まって最初の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙と巻頭カラーが橋本孤蔵『鬼役』。その他、叶精作『はんなり半次郎』が連載再開、原秀則『桜桃小町』が最終回であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新年早々、宿敵・紀伊国屋文左衛門の訪問を受けた聡四郎。後ろ盾の新井白石と袂を分かった不安、自分の振るった剣で多くの者が主家から放逐されたことなどを突かれた上、自分と組んで天下を取ろうなどと突拍子もない揺さぶりを受けるのですが――そんな紀文の精神攻撃の前に、彼が帰った後も悩みっぱなし。ジト目の紅さんのツッコミを受けるほどでありますす(このコマが妙におかしい)。

 その一方で紀文は、その聡四郎に敗れたおかげで尾張藩を追われた当のリストラ武士団の皆さんに資金投下して煽りを入れたり暗躍に余念がありません。聡四郎が悩みあぐねている間に、主役級の活躍ですが――その上田作品名物・使い捨て武士団に下された命というのは、次期将軍の暗殺であります。これはどうにも藪蛇感が漂う展開ですが――さて。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 大橋家から失われた七冊の初代宗桂の棋譜を求めてはるばる長崎まで向かった宗桂と仲間たち。ようやく二冊まで手に入れた一行は更なる手掛かりを求めて長崎の古道具屋に辿り着くのですが――そこで待ち受けるは、インスマス面の店主による心理試験で……

 と、将棋要素は、心理試験に使われるのが異国の将棋の駒というくらいの今回。むしろ今回は長崎編のエピローグといったところで、旅の仲間たちが、楽しかった旅を終えてそれぞれ家に帰ってみれば、その家に縛られ、自分の行くべき道を自分で選ぶこともできない姿が印象に残ります。
 そんな中、ある意味一番家に縛られている宗桂が見つけたものは――というところで、次回から新展開の模様です。


『カムヤライド』(久正人)
 難波の湊に出現した国津神の前に立ちふさがり、相手の攻撃を受けて受けて受けまくるという心意気の末に国津神を粉砕した新ヒーロー、オトタチバナ・メタル。しかし戦いを終えた彼女に対し、不満げにモンコは突っかかっていって……
 と、早くも二大ヒーロー揃い踏みの今回、オトタチバナ・メタルとすれ違いざまにカムヤライドに変身するモンコの姿が非常に格好良いのですが、傍若無人なまでのオトタチバナのパワーの前に、文字通り彼も悶絶することになります。

 ヒーロー同士が誤解や立場の違いから衝突する、というのは特撮ヒーローものの一つの定番ですが、しかし気のせいか最近のモンコはいいとこなしの印象。そしてガチムチ女性がタイプだったらしいヤマトタケルは、その彼女に後ろから抱きつかれて――いや、この展開はさすがにない、という目に遭わされることになります。
 そして緊縛要員の彼のみならず、モンコまで縛られ、二人の運命は――というピンチなんだけど何だかコメントに困る展開で次回に続くのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回は「かまいたち愛」編の後編――江戸でとある大店に用心棒として雇われた三人ですが、夏海が心惹かれた店の女中・おりんは、実は極悪非道な盗賊・かまいたちの首領の女で……。と、夏海にとってはショッキングな展開で終わった前回を受けて、今回はさらに重くハードな物語が展開します。

 おりんの口から、そのあまりに過酷な半生を聞かされた夏海。かまいたちにしばられた彼女を救うため、店を狙うかまいたちを倒し、おりんが愛する男と結ばれるのを助けようとする夏海ですが――しかし物語はここから二転三転していくことになります。
 薄幸の女・おりんを巡る幾人もの男。その中で彼女を真に愛していたのは誰か、そして彼女の選択は……

 本作名物の剣戟シーンは抑えめですが、クライマックスである人物が見せる「目」の表情が圧巻の今回。無常しかない結末ですが、これを見せられれば、これ以外のものはない――そう思わされるのであります。


 その他、今回最終回の『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)は、江戸を騒がす火付けの濡れ衣を着せられた友人の許婚を救うため、桃香が活躍するお話。絵は良いけれども何か物足りない――という作品の印象は変わらず、やはり「公儀隠密」という桃香の立ち位置が最後まですっきりしなかった印象は否めません。


「コミック乱ツインズ」2019年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年6月号[雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2019年2月号
 「コミック乱ツインズ」2019年4月号
 「コミック乱ツインズ」2019年5月号

|

2019.05.20

『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」

 三体の沼の鬼のうち、一体を禰豆子に任せて自ら沼に飛び込み、二体を倒した炭治郎。残る一体に鬼舞辻無惨のことを問い詰める炭治郎だが、怯える鬼は答えず、刃の前に散るのだった。そして新たな任務で浅草に向かった炭治郎は、そこで家に残っていた匂いを嗅ぐ。鬼舞辻無惨の匂いを……

 前回ラスト、箱の中から強烈な蹴りとともに飛び出してきた禰豆子。そのまま冷静に考えたらちょっとマズいアングルで痛烈なかかと落としを放って鬼を牽制、沼からの不意打ちも軽々と避けて、身体能力の高さを見せつけます。
 その禰豆子の姿に、和巳とトキエを任せ、自分は攻撃に専念することを決意した炭治郎。自ら沼に呑まれるという思い切った手段に出た彼が飛び込んだのは、犠牲者の遺品が漂うほの暗い水の中。炭治郎は一見不利な水中という環境をもものともせず、襲いかかる鬼(歯ぎしり鬼とたぶん冷静鬼)に対し、「水」の呼吸の利点を生かしたともいえる陸ノ型・ねじれ渦で二匹まとめて粉砕するのでした。

 一方、残る一体と戦っていた禰豆子は、その身体能力で鬼を追い詰めるものの、初陣の経験不足が祟って反撃を受けることに――と思いきや、そこに炭治郎が帰還。鬼の犠牲者を辱めるようなクソ発言にブチ切れた炭治郎は、相手の両手を落として拷いや尋問モードで鬼舞辻無惨のことを問い詰めるのですが――その名を聞いた途端、鬼はこれまでの態度が嘘のように鬼は我を忘れて怯え出すのでした。
 結局、自棄になったように襲いかかってきた鬼の首を斬って戦いを終えることになった炭治郎。和巳に、俺たちは無様に生き続けるしか無いんですよ(違う……けどまあだいたい合ってる)と声をかけた炭治郎は、激高した和巳の手を握り返すと、哀しくも優しい笑みとともに犠牲者の遺品を託し、去って行くのでした。

 ――が、そこですぐに次の依頼が舞い込んでくるのが鬼殺隊の恐ろしいところ。鎹鴉の指令で、早速浅草に向かうことになった炭治郎ですが、鬼が潜んでいる噂、というアバウトな指令に行く宛もなく彷徨う炭治郎は、テリブル東京を前にして右往左往するばかり。うどんの屋台を見つけてそこで一息ついた炭治郎は、非常にうまそうな山かけうどんを食べようとするのですが――しかしそこで嗅ぎ憶えのある匂いが!
 無情にも器ごとうどんを地面に叩き落とし、禰豆子をもその場に残して突っ走る炭治郎。なぜならその匂いこそは、惨劇の現場に残されていた忘れもしない家族の仇・鬼舞辻無惨の匂いだったのですから……

 そして人混みをかき分け、ついに肩に手をかけたその相手は、額に縮れた髪を垂らした小洒落た洋装の伊達男。しかし、その瞳は鬼のそれ――人混みにもかかわらず刀を抜きかけた炭治郎の腕を止めたのは、男が抱いていた小さな少女でありました。そして後ろから現れたのはその母親――夫と呼び父と呼ぶ相手が人喰い鬼の首魁であることも気付かぬ、紛れもなく人間の母親と娘の姿に、炭治郎はショックを受けるほかありません。
 そしてその間に、無惨が自分の傍らを歩いていただけの男の首筋に何気ない風で自らの爪を振るうと、男は鬼に変わって……


 今回もまた、きっちり原作2話分を消化したこのアニメ版。原作でも、沼の鬼との激闘の後にいきなり浅草に行かされるというのは違和感があったのですが、今回1話の中で描かれることでその印象が強調された気もいたします。
 もっとも、相変わらず原作で描かれていない部分、省略されている部分を補う描写は面白く、特に後半の浅草の場面は、当時の浅草の華やかさを様々な形で描いて、文字通り山出しの炭治郎が右往左往する姿をより強調していたのが、楽しいくだりでありました。
(その一方で省かれたのは、最後の沼の鬼を問い詰める炭治郎のホラー顔――精神世界の中の善逸のような顔は、作品初期ならではの描写で、これは忠実に描かなくて正解でしょう)

 そして毎回驚くほどゲスト声優が豪華な本作ですが(今回も岩田光央と皆口裕子が……)、鬼舞辻無惨は関俊彦と、実に納得のキャスティング。この声でパワハラされたら、それはいかな鬼畜でも恐縮するほかありませんから……


『鬼滅の刃』第4巻(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon
鬼滅の刃 4(完全生産限定版) [Blu-ray]


関連記事
 『鬼滅の刃』 第一話「残酷」
 『鬼滅の刃』 第二話「育手 鱗滝左近次」
 『鬼滅の刃』 第三話『錆兎と真菰』
 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」
 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」
 『鬼滅の刃』 第六話「鬼を連れた剣士」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者

関連サイト
 公式サイト

|

2019.05.19

硝音あや『憑き神とぼんぼん』第1巻 おばけ絵師、自分の作品に振り回される!?


 浮世絵師を主人公にした作品は数多くあります。そして妖と縁を持つ浮世絵師の物語も、それなりの数があります。本作『憑き神とぼんぼん』もそんな物語の一つですが、しかし本作の主人公は、絵から妖を生み出すその力をコントロールできない、ちょっとしまらない「おばけ絵師」で……

 江戸の人々の噂にのぼる「おばけ絵師」――描いた絵からおばけが抜け出ていった、絵の中のものが動いた云々、悪評ばかりが高まるその正体は、新米絵師・来川ウタであります。
 新米ゆえ腕がイマイチなだけでなく、描いた絵から勝手に訳の分からないモノが出てくるという、ある意味絵師としては致命的な自分の力に悩むウタですが――それでも彼が絵を描き続ける、描き続けなければいけないのには一つの理由があります。

 それは彼の同居人の美青年・月の存在――実は彼こそはウタに憑いている「神」、ウタは月とのある約定のため、絵を描き続け、その腕を上げなければならないのであります。その約定を果たせなかった時には……


 と、冒頭に触れたように、妖と絵師の物語――それも妖を描き、生み出す力を持つ絵師の物語は決して少ないわけではないのですが、しかし本作がユニークであるのはなのは、主人公が今ひとつその力をコントロールできていないことであります。
 単純に主人公が絵の力で妖絡みの事件を解決するのではなく、むしろ主人公がその力に振り回され、事件の発端になりかねない――その最たるものが、自分が描いた神・月に憑かれ、脅かされていることなのですが――というのは、可哀想ではあるのですがユーモラスで、なかなか好感が持てるところであります。
(そしてウタにもどうにもならない事態となった時、月が力を発揮して事を収めるという展開も、お約束ながら楽しい)

 そんな本作の第1巻に収録されているのは全3話。
 奥座敷の掛け軸から夜な夜なおかしなモノが現れるという帯問屋に絵の引き取りを依頼されたウタがおばけと対峙する第1話、突然仕事場に「オナカイタイ」と現れた猫(?)のようなおばけにウタが振り回される第2話、流行の菓子屋に招かれて襖絵を描くことになったウタが思わぬ騒動に巻き込まれる第3話――と、なかなかバラエティに富んだ構成であります。


 ……しかしながら、本作から受けるイメージが今ひとつはっきりとしないのは、本作を構成する様々な要素――浮世絵、妖、バディ、職人、人情等々――が、あまり有機的に結びついているように感じられないためでしょうか。
 それぞれの要素はなかなか面白いものの、それらが物語に盛り込まれた時、一つの流れとして感じにくい点が、何とももったいないと思います。
(個人的には、あとがきでバーチャル江戸と断言されているために、史実のリンクにも期待できないのが苦しい)

 第3話のラストでは、本作のタイトルである「ぼんぼん」の意味が明かされ(それはそれでまた他と大きく異なる新しい要素なのですが)、それがさすがに予想できなかったような内容なのですが――さて、ここからどのように物語が広がっていくのか。
 本作のユニークな設定を生かした物語が描かれることを期待したいところです。


『憑き神とぼんぼん』第1巻(硝音あや ガンガンコミックスONLINE) Amazon
憑き神とぼんぼん(1) (ガンガンコミックスONLINE)

|

2019.05.18

山口貴由『衛府の七忍』第7巻 好青年・総司と、舌なき者らの声を聴く鬼と


 タイムスリップまで飛び出して、いよいよノってきた印象の『衛府の七忍』、第7巻をほとんど丸々使って描かれるのは、「魔剣豪鬼譚」沖田総司編――タイムスリップで元和の世に現れた総司の姿であります。新たな生き方を模索する総司の前に現れる柳生宗矩、そして新たな鬼との戦いの行方は……

 壬生狼として幕末の京で恐れられながらも、今は病を得て江戸で療養中の沖田総司。しかし突如愛刀・菊一文字とともに元和元年の江戸にタイムスリップした彼は、来て早々に旗本狩りを行う鬼と遭遇することになります。
 鬼の口から「今」が幕末ではないことを知り、行く当てもなく放浪する総司。今度は柳生宗矩と遭遇してしまった彼は、売り言葉に買い言葉で宗矩と刃を交えることとなります。

 宗矩の勝手な納得でその場はなんとか収まり、町道場に転がり込むこととなった総司。町道場といえば総司にとっては馴染みの場、そこで師範代となった彼は、道場の一人娘と結ばれ、新たな生を生きることを決めるのですが……


 前巻の後半から登場した沖田総司。江戸時代初期の物語に幕末の総司が!? という違和感がほとんどゼロなのは、変身ヒーローから巨大ロボットまで何でもありの世界観ゆえ――というのは確かですが、しかしそれ以上にその人物造形による点が大きいと感じます。

 そんな本作の総司を一言で表せば「イマドキの好青年」。敵とみれば全く容赦せずに冷徹に叩きのめすその姿は鬼より怖い壬生の狼そのものですが、しかしその性格は純粋で物怖じせず、そして良い意味で武士らしさを持たない実に気持ち良い青年であります。
 その物腰は柔らかく明るく(軽く)、女性に対しては紳士的。そして何かといえばモノローグで「土方さん、総司○○です」と語りかける姿は何とも微笑ましいものがあります。

 特にこの巻の冒頭、行き場をなくした総司が、河原で暮らす夜鷹たちの中に紛れ込んで彼女たちと仲良く言葉を交わす姿は、夜鷹を人間扱いしないこの時代の武士たちとは全く対照的な、彼の人物像を示す名場面でしょう。
 個人的には一つのエピソードがあまり長いのは苦手なのですが、この総司であればもっと長く見ていたい――という気分になるのであります。


 しかし、本作は総司の青春、いや凄春記ではなく、あくまでも「鬼」を巡る物語であります。
 このエピソードで登場する鬼は旗本狩りの鬼・霓鬼――その正体は刀剣御試役・谷衛成。あらゆる体勢から、あらゆる太刀で相手を斬る丹波流試刀術の達人である彼もまた、夜鷹たちから慕われる武士らしくない武士ですが――しかし皿を割っただけで無惨な仕置きを受けた少女・雀を御試の名目で斬らされた際に、鬼に変じた彼女とともに怨身し、「舌なき者らの声」を聴く鬼と化したのであります。

 あるいは人間として出会えば、肝胆相照らす仲になったかもしれない総司と衛成ですが、しかし夜鷹たちに対する幕府のあまりの非道に対して雀が行った報復が、今度は総司の――と、怨念が怨念を呼び、総司と衛成いや霓鬼はついに激突することに……(そして巻き込まれる宗矩)

 幕府の非道に対するのが衛府の鬼たちであるとすれば、彼らと敵対する者たちは、すなわち非道の手先――というのがこの『衛府の七忍』の基本フォーマットであります。
 しかし作品中作品ともいうべき「魔剣豪鬼譚」で描かれるのは、その衛府の鬼たちに対して、己の信念と戦う理由を持って戦う剣豪の姿。どちらが単純な悪というわけではなく、むしろどちらも正しい――その姿は、弱者の復讐譚というべき『衛府の七忍』の、ある種のバランス感覚、内側からの強烈なアンチテーゼとして感じられます。


 何はともあれ、どちらも負けて欲しくない戦いがここに始まったのですが――しかし少々気になるのは、総司の徳川家康とその元和偃武への、あまりに無邪気な信頼感であります。
 それは新選組隊士としてはある意味当然のものなのかもしれませんが、しかしそれこそが鬼を生み出していると知った時、総司はそこに「誠」を見出すことができるのか――霓鬼との決着以上に、その点が大いに気になるところなのです。


『衛府の七忍』第7巻(山口貴由 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
衛府の七忍 7 (チャンピオンREDコミックス)


関連記事
 山口貴由『衛府の七忍』第1巻 新たなる残酷時代劇見参!
 山口貴由『衛府の七忍』第2巻 第四の怨身忍者、その名は……
 山口貴由『衛府の七忍』第3巻 新章突入、南海の守護者と隻腕の武士と
 山口貴由『衛府の七忍』第4巻 怨身忍者も魔剣豪も食らうもの
 山口貴由『衛府の七忍』第5巻 武蔵、二人の「父」との対峙の果てに
 山口貴由『衛府の七忍』第6巻 あの惨劇を描く作者の矜持
 山口貴由『衛府の七忍』第8巻 総司が見た幕府の姿、武士の姿 そして十人の戦鬼登場!
 山口貴由『衛府の七忍』第9巻 激突、十大忍法vs時淀み 望みを巡る対決

|

2019.05.17

室井大資『レイリ』第6巻 武田家滅亡の先に彼女が掴んだもの


 武田勝頼の嫡男・信勝の影武者となった少女の戦いを描く『レイリ』もいよいよ最終巻。信長の勢いに抗することができず、ついに武田家が滅亡に瀕する中、レイリを待つ運命とは、そしてその果てにレイリが選んだ道とは……

 戦に巻き込まれて家族を皆殺しにされた末に、岡部丹波守に拾われ、そして信勝の影武者となったレイリ。高天神城の戦いで援軍のない中戦い続ける丹波守を救いに向かったレイリは、しかし生き残りの城兵脱出を託され、丹波守と永遠の別れを告げることになります。
 その悲しみを背負いつつも、家族を失って以来取り憑かれていた死への誘惑を振り払ったレイリ。しかし信長の攻勢は続き、武田家最後の希望たる信勝の秘策も空しく、武田家の運命はもはや風前の灯火となります。

 そんな中、レイリを襲う最後の悲劇。影武者としての最後の勤めの末、土屋惣三の子を託されたレイリは、武田家を去るのですが……


 長篠の戦に巻き込まれて父母と弟を殺されたことをきっかけに、ひたすらに腕を磨き、戦って戦って戦い抜いた末に自らも死ぬことを長きに渡り望んできたレイリ。その想いは、信勝や惣三との生活、そして何よりも丹波守との別れによって、ようやくぬぐい去られました。
……しかし武田家を、彼女が影武者を務める信勝を待つ運命は、歴史が示すとおりであります。個人としては群を抜いた(あわや歴史を変えかねないほどの)戦闘力を持つレイリであったとしても、としても、できることには限りがあるのです。

 そう、彼女にできることはただ、信勝を――天才を自認する傲岸不遜な少年でありながらも、誰よりも繊細で、父の愛に飢えていた主を――辱める者を討つこと程度(このくだりの人間描写の真っ黒さは、さすがはこの原作者と言うべきでしょうか)。
 歴史の流れを変えることなどできるはずもなく、ただ親しい人々の死を見送ることだけ、せいぜいがただ一人の命を守ることくらいが、彼女にできることなのであります。

 その意味では、最後の策が遅効性の毒として宿敵を滅びに追いやった信勝の方が、大きく歴史を動かしたと言えるでしょう。
 その策が動き出す場面の背後で、勝頼と信勝が初めて通じ合うイメージが描かれるのがまた泣かせるのですが……


 しかし――それでは彼女は結局何もできなかったのでしょうか。武田家で彼女が送った時間は無意味だったのでしょうか? その答えが否であることは、この最終巻を読めば瞭然でしょう。
 それは一つには、武田家を滅亡に追いやった者への復讐の完遂であることは間違いありません。しかしある意味伝奇的なその復讐以上に、本作において大きな意味を持つものが、物語の最後に描かれるのであります。

 かつて親の側を離れないように、という意味を込めて名付けられたレイリ(零里)。その名の通り――と言ってよいかはわかりませんが、彼女は親の死に囚われ、そして第二の生を、武田信勝という勝手には脱げない他人の仮面をかぶって送ることとなりました。
 いわば一カ所に己を縛り、縛られていた彼女が、そこから解放されて選んだ道は――それを象徴する彼女の言葉、ラストシーンに描かれたものは、決して明るいものではなかったこの物語に、素晴らしく爽やかな風を吹かせてくれたのです。


 全6巻という、決して多くはない分量の本作。しかしそこでは、歴史の中に生きた人間、生きる人間、生きていく人間の姿を、豊かに描かれました。
 そしてその中で彼女が掴んだもの――一言で表せば「自由」の姿は、最後まで物語を読み通した我々の胸を熱くしてくれるのであります。


『レイリ』第6巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ(6)(少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)


関連記事
 室井大資&岩明均『レイリ』第1巻・第2巻 死にたがり少女と武田の未来と
 室井大資&岩明均『レイリ』第3巻 レイリの初陣、信勝の初陣
 室井大資『レイリ』第4巻 死にたがりの彼女の、犬死にが許されぬ戦い
 室井大資『レイリ』第5巻 修羅場を超え、彼女が知った意味

|

2019.05.16

『どろろ』 第十八話「無常岬の巻」

 イタチたちが財宝を探しに出た間に、鬼神と化した二郎丸に襲われるどろろ。間一髪駆けつけ、二郎丸を倒した百鬼丸は左足を取り戻す。しかしそこに多宝丸率いる醍醐の兵が襲来、盗賊たちは次々と斃れていく。そんな状況でも財宝に執念を燃やすイタチと、多宝丸と激突する百鬼丸。そしてどろろは……

 中一回おいて、再び舞台は白骨岬に戻った今回。前々回、どろろの秘密を知ったイタチはついに二つの地図を手に入れ、配下の盗賊たちと岬の上を目指します。残されたどろろは海辺の樹に縛り付けられたままですが――そこでどろろが目撃したのは、しらぬいの呼びかけに答え、二郎丸がその姿を変えていく様でありました。体色は白く変わり、手足と幾つもの角を生やした怪物と化した二郎丸は、手始めにどろろに食らいつく――のは体の小ささが幸いして避けたどろろですが、追いつめられるのは時間の問題です。
 が、そこに飄然と現れたのは、見覚えのある急拵えの義足――どろろを追ってきた百鬼丸であります。って、前回ラストの流れから、新しい義足をもらったものとばかり思っていたら、「おかあちゃん」呼びにデレただけか!? というのはさておき、そんな身でも陸に上がった鮫には負けない百鬼丸。突進を躱して平成ウルトラ怪獣チックに生えた角に刀を突き刺してその身によじ登ると、脳天に一撃――二郎丸を案外あっさりと倒すのでした。

 しかし、再会を喜ぶまもなく、真の敵が現れます。それは百鬼丸を追ってきた多宝丸と陸奥・兵庫、そして数多くの醍醐兵――よくこれだけの舟を持っていたものだとも思いますが、この場にいるものは一人残らず討ち取れと言う多宝丸の下知に、次々と上陸した醍醐兵が盗賊たちに襲いかかります。不意を突かれた上に数にも勝る相手を前に、次々と殺されていく盗賊たち。そんな中、ようやく地図の場所にたどり着いたイタチは、しかし仕掛けられた罠にも怖じ気付くことなく、財宝を探し始めます。
 その一方で、再び多宝丸と対峙することとなった百鬼丸。以前とは異なり、明確に百鬼丸を醍醐の敵と見なし、襲いかかる多宝丸を迎え撃つ百鬼丸ですが、しかしそれに加えて大力の兵庫と、遠距離から弓を放ってくる陸奥には、さしもの百鬼丸も大苦戦。ついに片手の刃をへし折られてしまうのでありました。

 そんな各所で繰り広げられる死闘の最中、イタチのもとにたどり着いたどろろ。醍醐兵の猛攻に盗賊たちは皆やられってしまった中、偶然、岬の中腹のお地蔵様に仕掛けられていた罠を作動させて醍醐兵に打撃を与えたどろろですが、しかし頼みの綱の百鬼丸も多宝丸たちに追いつめられている状況では、どろろもイタチも、その命は風前の灯であります。
 が――そこで思わぬ者が状況をひっくり返すことになります。それは三郎丸、そして二郎丸を殺されたしらぬい――自棄になってこの場に集まった者たちを皆殺しにしようとした彼は、自分が吹き飛ぶのも構わず、積み上げられた火薬に点火! 大爆発と土砂崩れに皆が巻き込まれてはもはや戦いどころではなく、多宝丸は撤退を宣言――いつの間にか爆発の中で深手を負っていた兵庫を連れて去って行くのでした。

 ……やがて爆発の瞬間にイタチに庇われたどろろが意識を取り戻した時、目の前にあったのは爆発で露わとなった洞窟の所狭しと積み上げられた財宝の数々――自分が探し求めてきた財宝を目の当たりにしたイタチは、喜悦の笑みを浮かべたまま、息を引き取るのでした。
 そして迎えにやってきた百鬼丸とともに、その場を離れるどろろ。この財宝をどのように使えばいいのか、財宝が自分にとってこの先どのような意味を持つかはわかりませんが――いまはここに残して、再び百鬼丸と旅に出ようと、どろろは心に誓うのでした(まあ、ちょっぴり懐に収めましたが……)


 中盤のクライマックスにふさわしい激しい戦いが繰り広げられた今回、波乱が予想された二郎丸との戦いに序盤であっさりと決着が着いたのには少々驚きましたが、その後に待ち受ける多宝丸主従との戦いは迫力十分であり――そしてそれだけに、理不尽に追いつめられる百鬼丸の叫びが胸に響きます。
 もっとも、それもこれもヤケを起こした猟奇サメ男の自爆テロで水入りとなってしまうのですが……(しかしこの調子だと醍醐を滅ぼす戦犯はサメ男なのでは)

 そしてやはり今回最も印象に残ったのはイタチの姿でしょう。初登場以来、悪党ながらどこか憎めない姿を見せてきた彼もついに退場することになりますが――最後まで改心するわけでもなく財宝への執着を見せつけ、しかし爆発の瞬間にどろろを庇う姿は、誰よりも「人間」臭かったと言えます。

 そんな「人間」たち一人一人が必死に生きようとした末に引き起こされた戦いと、その結末――ここに描かれたものは、まさに無常と言うべきでしょうか。


『どろろ』下巻(バップ Blu-ray BOX) Amazon
【Amazon.co.jp限定】TVアニメ「どろろ」Blu-ray BOX 下巻 (全巻購入特典 描き下ろし四曲屏風(364mm×257mm)・古橋一浩監督絵コンテ メイキングBD・完全版1話・24話絵コンテデータディスク・上下巻収納BOX 引換シリアルコード付)


関連記事
 『どろろ』 第一話「醍醐の巻」
 『どろろ』 第二話「万代の巻」
 『どろろ』 第三話「寿海の巻」
 『どろろ』 第四話「妖刀の巻」
 『どろろ』 第五話「守り子唄の巻・上」
 『どろろ』 第六話「守り子唄の巻・下」
 『どろろ』 第七話「絡新婦の巻」
 『どろろ』 第八話「さるの巻」
 『どろろ』 第九話「無残帳の巻」
 『どろろ』 第十話「多宝丸の巻」
 『どろろ』 第十一話「ばんもんの巻・上」
 『どろろ』 第十二話「ばんもんの巻・下」
 『どろろ』 第十三話「白面不動の巻」
 『どろろ』 第十四話「鯖目の巻」
 『どろろ』 第十五話「地獄変の巻」
 『どろろ』 第十六話「しらぬいの巻」
 『どろろ』 第十七話「問答の巻」

関連サイト
 公式サイト

|

2019.05.15

百地元『黒狼』第2巻 「馬賊」原田左之助、本格始動?


 あの新選組の原田左之助が、上野戦争から40年後にタイムスリップ、中国大陸で大馬賊・張作霖と出会って――という奇想天外な大活劇『黒狼』待望の第2巻であります。紆余曲折の果てに作霖の下で馬賊に加わった左之助ですが、しかしまだ見習い扱い。そんな中で始まった敵との戦いの中で左之助は……

 上野寛永寺で新政府軍と死闘を繰り広げた末、壮絶に散った――と思いきや、意識を取り戻してみれば40年後の満州にいた原田左之助。
 そこで訳が分からぬまま、伝説の宝玉「龍の瞳」の欠片争奪戦に巻き込まれた左之助は、なりゆきで欠片の一つを飲み込んだことから、満州に覇を唱える大馬賊・張作霖に拾われることになります。

 その破天荒な暴れぶりを気に入ったのか、左之助を馬賊に加えた作霖。左之助もまた、今の日本には未練はないと、不思議なカリスマを持つ作霖一党に身を投じるのですが――しかし馬賊は超身分社会、まだまだ見習いの左之助は、彼を快く思わない幹部にこき使われる羽目に……

 というわけでついに本格的に始まった左之助の馬賊生活――なのですが、見習いの彼がやることといえば馬の世話や雑用ばかり。
 それでも、元々が中間出身の上に規律が厳格だった新選組にいたためか(?)、意外にも早々に見習い生活に馴染む左之助ですが、しかしいざ戦いにという時に加われないのは、彼にとっては苦痛でしかありません。

 折しも作霖のライバルであり、左之助とも因縁がある大馬賊・金寿山の一党が、作林の武器庫を襲撃。やりたい放題の狼藉を働いたことで、ついに作霖は全面対決を決意することになります。
 しかし、そこに加わることを許されない左之助。そんな彼に、作霖配下の小隊長・トカゲは、戦いに加わる手段があることを語ります。しかしそれは文字通り決死の任務で……


 と、左之助を通じて、前半は馬賊の普段の(?)生活を描き、そして後半は馬賊流の苛烈な戦いを描く第2巻。その落差には驚くほどですが――しかしその両方にきっちりと違和感なく適応してみせるのが、左之助という男であります。
 いやもちろん、それはあくまでも「左之助」という人物に我々が抱くイメージに過ぎないのですが、しかしそのイメージを忠実に、いやそれ以上に魅力的に描いているのですから、それに文句があろうはずがありません。

 特にこの巻のクライマックス、「ナニ物めずらしくもねぇ 要は○○だろ」(○○は敢えて伏せさせていただきます)と平然と死地に踏み込んでいく姿には、こちらはもうニコニコするしかないのであります。
 それでこそ左之助、と……

 そしてそんな左之助が、その美しい容貌とは裏腹に――あるいはそれに相応しく――冷酷非情な作霖にある表情を浮かべさせるのも、また痛快・爽快なのです。


 しかしここで白状すれば終盤のある描写には、ちょっと引くものがあったのも事実であります
 これは全く個人的な趣味の問題ではありますが、実は第1巻の時点で、非常に苦手だったあるある台詞。よりによってこの巻ではそれがよりクローズアップされ、その上、終盤では何だか想像を絶する展開に繋がっていくのですから、いやもうこれは一体――と大いに混乱させられました。

 しかし――そこからさらにひっくり返し、汚濁の極みから至純の愛の形を描いてみせるのが、本作の凄まじいところであります。
 ここに至るまでの数々の悪趣味な描写は、このためであったか!? と舌を巻くようなこの展開は、あたかも美と醜の間を行き来し、その間に君臨する作霖のよう――というのはさすがに言い過ぎかと思いますが、些かならず唸らされた次第です。
(犬と猫の違いがもう少しはっきり描かれてもよかったような気もしますが、それはそれで……)


 何はともあれ、並行して描かれる直情な左之助の活躍と、複雑な作霖の暗躍の姿が何ともユニークな本作。伝奇的な題材のみならず、この先の展開が気になる物語なのであります。


『黒狼』第2巻(百地元 講談社アフタヌーンKC) Amazon
黒狼(2) (アフタヌーンKC)

関連記事
 百地元『黒狼』第1巻 原田左之助、満州に立つ――40年後の!?

|

2019.05.14

『鬼滅の刃』 第六話「鬼を連れた剣士」

 禰豆子を連れ、初の任務に向かう炭治郎。毎夜娘たちが消える町で、恋人を攫われた青年・和巳と出会った炭治郎は、町に残った鬼の匂いを追い、新たに娘を攫った鬼と対峙する。しかし作り出した沼の中から自在に攻撃し、しかも三体に分身した鬼に炭治郎が苦戦する中、禰豆子が割って入る……

 前回ラストの指令を受けて、ついに隊服に身を包んだ炭治郎。隊服の機能やら黒い日輪刀にまつわる噂やら、非常に説明的な台詞(いや説明ですが)で教えてくれた鱗滝は、禰豆子を入れる箱もプレゼント、炭治郎は「軽い」とえらく喜ぶのでした。
 そして布団から直に箱に潜り込んだ禰豆子に、これからはいつも一緒だよと微妙にサイコパスっぽいことを言いながら旅立つ炭治郎。鱗滝は炭治郎の襟元を直して無意味に頷いたり、肩をポンポンしてやったりと、もはや師匠というよりお祖父さん状態であります(箱プレゼントもランドセル的な……)。

 しかし正確な位置を知らされていないらしく、いまいちアバウトな感じで歩いて大きな川の近くの町にやってきた炭治郎。そこで早速、モブに半分後ろ指を指される感じで噂される青年・和巳と出会った炭治郎は、前回ラストで恋人を鬼に攫われ、彼女の父親には無駄に凄惨に鉄拳制裁されて踏んだり蹴ったりの彼から話を聞き、鬼の追跡を始めるのでした。その追跡方法がいきなり地面の匂いを嗅ぎ始めるというのは完全に不審者ですが、しかし赤い煙のようなエフェクトで描かれる匂いの描写はなかなかユニークであります。

 そんなこんなで日も暮れ、かなり大きなお屋敷の中では、家の娘・トキエが眠りに就こうとしていたのですが――何と布団の下から黒い染みが浮き出し、瞬く間に広がると、突き出た腕が布団から彼女を「下」に引きずり込むではありませんか!
 この何ともホラーな展開を察知して走り出した炭治郎は、屋敷の外にまで駆けつけると、FPS視点で刀を構えるのですが――そこだ! と刀を突き刺したのは地面。そう、今回の敵は異能の鬼、地面や壁など堅い面に沼を自在に作り出し、その中から襲ってくる血鬼術の遣い手なのであります。

 と、沼から顔を出したと思ったら、高速言語みたいな勢いで歯ぎしりをする沼の鬼(人間の頃からの癖だそうです)。炭治郎は和巳にトキエを預けると、匂い頼りに鬼を追うのですが――沼から出現したのは、同じ姿の三人の鬼! さすがの炭治郎も三人相手は勝手が違い、いくら技を放っても浅手を追わせるのがやっとの炭治郎は窮地に陥ることになります。
 さて、ここで現れた三人の沼の鬼はそれぞれ個性に違いがあるらしく、短気な奴・冷静な奴・歯ぎしりしかしない奴とそれぞれなのですが(今見てみると半天狗の原型みたいですな)、うち冷静な奴が、戦利品として喰った相手の身に着けていたもの――残念ながら和巳の恋人のものもその中に――を見せつけたことが炭治郎の逆鱗に触れることになります。

 が、冷静さを欠いた炭治郎に鬼の一人が背後から攻撃を仕掛けたとき――箱の蓋がはじけ飛び、強烈な蹴り一閃! それはもちろん箱の中から現れた禰豆子ですが――彼女は鬼に襲いかかる前に、和巳とトキエを慈しむように、二人の頬にそっと長い爪を生やした手を当てるのでした。
 実は彼女に、人間は皆家族、鬼は敵だという暗示を与えていた鱗滝。炭治郎に剣を教えるよりも凄いことをやった気がするこの暗示に背を押されるように、禰豆子参戦……


 またもや原作の2話分を、ほとんど忠実にアニメ化した今回。きっちりAパートとBパートで1話ずつ消化しなくても――とは思いますが、鬼殺隊としての炭治郎の初陣ということで丁寧に描いたと思いましょう。
 そして今回も原作に忠実な分、冒頭の鱗滝の細かな動きや炭治郎のリアクション、鬼に不安を抱く町の様子やトキエ襲撃の描写等、原作で描かれなかった――あるいは一コマ二コマで処理されていたものを丁寧に描いているのはやはり好感が持てます。

 映画化分が終わったことで少々心配していたクオリティの方も上々で、意味が分からないアップでの鬼の独白や、ベタなBGMの流し方などひっかかる部分はあるものの、まずは安心して楽しむことが出来る内容でした。


『鬼滅の刃』第1巻(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon
【Amazon.co.jp限定】鬼滅の刃 1(メーカー特典:「キャラクターデザイン・松島晃描き下ろし色紙」付)(1~6巻購入特典:「描き下ろし1~6巻収納BOX」&「描き下ろしブックカバー(コミックサイズ)+B2布ポスター」引換シリアルコード付)(完全生産限定版) [Blu-ray]


関連記事
 『鬼滅の刃』 第一話「残酷」
 『鬼滅の刃』 第二話「育手 鱗滝左近次」
 『鬼滅の刃』 第三話『錆兎と真菰』
 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」
 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者

関連サイト
 公式サイト

|

2019.05.13

大塚已愛『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』 少女と青年と贋作の戦いと救済の物語


 先日ご紹介した同じ作者の『鬼憑き十兵衛』の日本ファンタジーノベル大賞受賞と同年に第4回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞した本作は、19世紀末のロンドンを舞台に、「贋作」から生み出される魔を祓う青年と少女の戦いを描く、奇怪で風変わりで、そして美しくもどこか物悲しい冒険譚です。

 ハンズベリー男爵家の長女でありながら一人身軽に外を歩き、画廊や美術館で絵画を鑑賞するのをこよなく愛する少女、エディス・シダル。ある日、父の使いで画廊を訪れた彼女は、そこでルーベンスの未発表作品と言われる絵画を目にすることになります。
 しかしその絵から、強い怒りと羞恥の念をを感じ取るエディス。彼女の言葉に反応した深紅の瞳の美青年サミュエルは、この絵は贋作だと断じて去っていくのでした。

 数日後、再び同じ画廊を訪れたエディスが見たものは、店内が闇に包まれ、人々は全て意識を失うという奇怪な状況。そして異空間と化した店に閉じこめられた彼女の前で、あの贋作は奇怪に変貌し、中から鋼の異形が現れたではありませんか。
 異形に襲われた彼女があわやというところに現れたのは、あの美青年サミュエル。異空間にも平然と入り込んできたサミュエルは、手にした極東の刀と人間離れした身体能力を武器に、異形を迎え撃つのですが……


 この事件をきっかけに、現世に口を開いた異界「ネガ・レアリテ」で、贋作を媒介に生まれる魔を祓うサミュエルの戦いに巻き込まれたエディス。本作はこの二人が、ネガ・レアリテを解き放たんとする妖人に挑む姿を描く、全3話の連作スタイルの物語であります。
 その作風を一言で表せば、「ダークファンタジー」――THORES柴本の表紙絵が何よりもふさわしい作品といえます。

 そしてそんな本作のモチーフであり、最大の特徴が、絵画――それも「贋作」であることは言うまでもないでしょう。ある作家の作品として偽ってこの世に生み出される「贋作」。本作はその存在を、著名な作家たちの、現実に存在する真作と対比させつつ、一定以上のリアリティをもって、見事に浮かび上がらせます。
 しかし本作は――それを扱う多くの作品がそうであるように――贋作の真贋のみを問題とする物語ではありません。本作で描かれるのは、そのように描かれてしまった贋作の悲しみや怒り、怨念――「生まれてきたことそのものが罪である存在」の想いなのです。

 贋作が何故描かれるのか――その理由は様々に存在します。そしてその数だけ、贋作者の想いが、そして贋作自身の想いがある……。本作はそれを、真摯な審美眼と、豊かな感受性、そして何よりも優しさを持つエディスの瞳を通じて浮かび上がらせます。そしてそれを認め、心に留めようとする彼女の存在は、贋作たちに一種の赦しを与えるのです。

 それは、刀と呪法でもって贋作の魔を倒し、祓うサミュエルとは、また別の力を発揮するのであり――そこに本来であればごく普通の少女でしかないエディスが、一種の超人たるサミュエルのパートナーとして活躍する意味がある、という構成も巧みであります。


 しかし、本作はそれ以上の贋作との関係性を二人に持たせます。

 実は男爵の実の子ではなく、その姉が誰とも知らぬ男との間に生んだ娘であるエディス。彼女に注がれる家族の愛は本物であったとしても――しかし本物の家族ではない、という意識が彼女にはつきまといます。それは彼女自身が、自分を不義の子という「生まれてきたことそのものが罪である存在」と感じているからにほかなりません。
 そしてサミュエルもまた――その形は彼女とは全く異なるものの――一種の贋者であり、そしてやはり同様の存在なのです。

 そんな二人が出会い、そしてある意味己と同じ存在である贋作の魔と対峙することによって、己自身を見つめ直し、そして互いに見つめ合う時生まれるもの……
 エディスが贋作に与えるものが救済であるとすれば、同時にそこには彼女自身の、彼女とサミュエルへの救済がある――そんな物語構成が、本作に豊かな味わいを生み出しているのであります。


 全てを知る敵の企てに、二人がほとんど何も知らされぬまま(そしてそれは読者も同様なのですが)翻弄されるという物語展開には違和感を感じないでもありません。日本刀と日本の呪法を操るサミュエルにもやり過ぎ感はあります。

 しかし――本作で描かれる異形の存在と、それに対して、そして二人に対して与えられる救済の形は、何よりも魅力的に感じられることは間違いありません。是非とも続編を読みたい作品であります。


『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』(大塚已愛 角川文庫) Amazon
ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲 (角川文庫)


関連記事
 大塚已愛『鬼憑き十兵衛』 少年復讐鬼とおかしな鬼の、直球ど真ん中の時代伝奇小説

|

2019.05.12

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 元号が変わったからといって何が変わるわけでもなく、むしろ十連休が終わってしまって非常に寂しい5月の日々。この先、7月まで祝日がないという絶望的な状況の中、楽しみなのは6月に出会える作品のこと――というわけで6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 と言っておきながら恐縮ですが、6月は結構寂しい印象……

 そんな中、文庫の新作でまず楽しみなのは廣嶋玲子『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』。前巻を受けての展開がサブタイトルに現れています。そして同シリーズを森野きこりが作画した漫画版も第1巻が登場です。
 また、霜島けい『ろくろ首の涙 九十九字ふしぎ屋 商い中(仮)』は――4月発売予定だったのが二度目の延期でしょうか。その他、かたやま和華『猫の手屋繁盛記』第6巻、久我有加『獣の牢番 妖怪科學研究所』に注目したいと思います。

 復刊・文庫化では、風野真知雄 完本『妻は、くノ一』が第5巻で完結。外伝的な『蛇之巻』は収録されないようでちょっと残念ではあります。
 その他、宮部みゆき『三鬼 三島屋変調百物語四之続』、畠中恵『まことの華姫』、夢枕獏『陰陽師 玉兎ノ巻』、柴田錬三郎『眠狂四郎殺法帖』上下巻が要チェックでしょうか。


 一方、漫画の方では、何と言っても楽しみなのは杉山小弥花『大正電氣バスターズ 不良少女と陰陽師』第1巻。これまで昭和(終戦直後)、明治と舞台にしてきた作者が、大正を舞台に何を描くのか、期待です。

 その他、続巻では石川優吾『BABEL』第4巻、賀来ゆうじ『地獄楽』第6巻、梶川卓郎『信長のシェフ』第24巻、野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻となかなかの充実ぶり。個人的には石川ローズ『あをによし、それもよし』第2巻が嬉しいところです。
 その他、小神奈々『つくもがみ貸します』第2巻、ついにオリジナルの巻数を超えたシヒラ竜也『バジリスク 桜花忍法帖』第7巻、殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第5巻が発売されます。


 ……やっぱり寂しいですね。


関連記事

|

2019.05.11

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第3巻 「平時」の五稜郭と揺れる少年の心


 北の大地に希望を求めた土方歳三ら、旧幕府軍の男たちを描く『星のとりで』も巻を重ね、これで第3巻であります。松前藩を打倒し、箱館を占領した旧幕府軍。一時の安らぎを取り戻した中、土方の傍らでその戦いを目撃してきた幼い新選組隊士も運命の岐路を迎えることに……

 新政府側との苦闘の末、ついに蝦夷地に上陸した旧幕府軍の面々。しかしそこに至るまでの犠牲は決して少なくはありません。

 北に向かう旅の途中で交誼を結んだ元唐津藩の若君・胖は戦死し、そして旅の当初からの仲間であった良蔵が病で脱落、そして今度は馬之丞が何者かに捕らわれ――と、数々の別れを経験することになった市村鉄之助と田村銀之助。
 戦いの現実や、政治の力学――決して甘くはない現実と否応なしに直面せざるを得ない少年たちですが、それでも刻一刻と状況は変化していくことになります。

 ついに五稜郭に入り、蝦夷地に新国家を樹立した旧幕府の面々。軍ではなく(事実上の、というただし書き付きとはいえ)国家になったということは、とりもなおさず戦い以外に行うべきことが幾つもできたということであり――陸軍奉行並とはいえ、土方もまた、戦場とは別の場所で力を振るうことになります。
 そして彼に小姓として仕えてきた鉄之助と銀之助もまた。

 自分から離れて新たな道を歩めという土方の言葉を受け容れる銀之助と、困惑する鉄之助。それでも土方の近くに在ろうとする鉄之助の決断は……


 物語の始まりから、土方たち「大人」の戦いの姿を、鉄之助や銀之助たち「少年」の視点から描いてきた本作。ある意味その戦いも一段落したこの巻においては、その視点も、新たなものに向けられることになります。

 それは言ってみれば「平時」の五稜郭の姿。その最期の姿があまりに鮮烈であっただけに、戦時の印象ばかりが残りますが、かつて蝦夷地に生まれたもう一つの国が、どのように国であろうとしたのか――少年の視点で描かれたその姿は、我々が見ても新鮮に映ります。

 もちろん、その大きな変化に対して、ついていけない者がいるのも事実ではあります。例えば前の巻で鮮烈な印象を残した胖の唐津藩のように、藩としての立場からこの戦いに参加した者たちにとって、新たな国は決して居心地が良いものではなかった――というのはなかなか興味深い視点であります。

 そしてその流れに巻き込まれた者に対する土方の言葉がまた実に格好良いのですが――しかしその土方の言葉を持ってしても、なかなか納得できないのが少年の純情というもの。なんとか土方を翻意させようとする鉄之助ですが、そこに思わぬ助っ人が現れて……


 というところで満を持して(?)登場するのが、あの隻腕の美剣士・伊庭八郎であります。
 本作においては、土方と伊庭は旧知の仲という設定。まだ江戸で暮らしていた時分につるんでバカをやっていた二人が、全く別の道を辿りながらそれぞれの節を曲げずに戦いを続けた末に五稜郭で再会する――というのは実にグッとくる展開です。

 そして本作の伊庭は、(期待通りに)明るく捌けた江戸っ子ではありますが、しかしそれだけに、彼が語る、これまで戦いを続けてきた理由は実に胸に迫るものがあります。
 そんな伊庭と鉄之助の会話の中で、それぞれにとっての「砦」の意味が語られるのが、個人的にはこの巻のクライマックスである――そう感じます。


 そしてこの巻の巻末には、その伊庭八郎と、親友である本山小太郎の姿を描く短編が収録されています。
 片腕を失い、江戸に潜伏しながらいまだ戦意を失わない伊庭と、そんな伊庭を案じる本山と――やはり「星のとりで」に集った綺羅星の一つである伊庭と、そんな星を振り仰ぎながらもついていこうとする本山の姿が印象に残る好編であります。


『星のとりで 箱館新戦記』(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス) Amazon
星のとりで~箱館新戦記~(3) (ウィングス・コミックス)


関連記事
 碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第1巻 少年たちの目に映る星々たちの戦い
 碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第2巻 辿り着いた希望の砦に集う綺羅星

|

2019.05.10

『王朝の陰謀 闇の四天王と黄金のドラゴン』 決戦! 大幻術 しかし……


 ツイ・ハークの判事ディーシリーズが帰ってきました。唐の則天武后の時代に実在した官僚・狄仁傑(判事ディー)が、皇帝から授かった無敵降龍杖を手に、奇怪な術師集団や、唐王朝に怨念を抱く妖術師一族に敢然と立ち向かう、伝奇ミステリ武侠アクション映画の最新作であります。

 日本で言えば大岡越前や遠山の金さん的な存在である狄仁傑。
 前作・前々作にあたる『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件』『ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪』は、その彼の活躍を(題材としたロバート・ファン・ヒューリックのミステリをそのまた題材に)豪快な伝奇武侠アクションミステリ映画として甦らせたものであります。

 そして本作はその五年ぶりの続編――第二作の直後の物語であり、時系列的にはシリーズ二番目に当たる作品であります。

 ディーのトレードマークであり、万物を破壊する力を持つ降龍杖。前作の功績で皇帝からディーに与えられたこの杖が、手にした者に皇帝や皇族をも諫める力を持つという証でもあったことが、本作の発端となります。
 この降龍杖――というよりディーの存在は、王朝の権力を奪取することを狙う則天武后にとっては、目の上のたんこぶ。かくて彼女が、市井の異能者たちを集めた「異人組」に杖の奪還を命じたことから、壮絶な攻防戦が始まることになります。

 しかしこれはほんの序の口――則天武后に取り入って国師の座に就こうとした異人組のリーダー・幻天道士が皇帝に拝謁し、宮殿の中で風雨を起こしてみせた時に、大異変が発生します。
 単なる彫像であったはずの宮殿の柱の龍――これが突然動き出すや、その鋭い牙と口からの炎で道士をはじめとして異人組に次々と襲いかかったのであります。

 皇帝の眼前でのこの怪異の捜査を命じられたディーは、事件を引き起こしたのが、天竺からやって来た強力な催眠術「移魂術」を操る瞻波伽なる民であることに気付きます。
 かつてその術で高祖を助け、封魔族の名を賜ったものの、謀叛の疑いをかけられて弾圧・追放された彼らの復讐の刃が皇帝と則天武后に向けられていることを知ったディー。

 二人を守るべく奔走するディーと仲間たちですが、しかし移魂術を打ち破ることができるのは、三蔵法師の弟子・ユエンツォー大師だけで……


 というわけで奇怪な術師たちとの対決がメインとなる本作ですが、開幕早々からシビれるのは、異人組の勢揃いシーンであります。
 四本の腕を持ち嵐を起こす幻天道士、幾つもの巨大なブーメラン刀を操る幻刀門の幽冥覇刀、火術を操る怪老婆・千手門の花火鬼夜、奇術と毒・暗器の遣い手である仙器門の妙手飛煙、影に潜んで襲いかかる女剣士(ツンデレ)・薊山符隠派の水月――名前も技もビジュアルもグッとくる連中が次々と登場する場面は、好きな人間にはたまらないものがあります。

 一方、封魔族の方は、個々のキャラクター性はさほどでもないものの(刺青を入れられて追放されたという設定故か、全員が奇怪な仮面とフードを身に着けているのがイイのですが)、幻術使いだけあって問答無用にド派手な技が次々と繰り出されるのが楽しい。
 というより終盤の大決戦は幻術合戦というよりもはや怪獣召喚大会(これがまた個性的なビジュアルの連中!)で、ツイ・ハークの趣味の大暴走を、今回もまた存分に楽しませていただきました。


 ……が、正直に申し上げて不満が残るのは、本作にミステリ要素が非常に少なかった点であります。
 もちろん前二作においても、ミステリというのは味付けに近い部分は多かったのですが、しかし全体の世界観を締める役割でディーの推理が用意されていたのに対し、本作は本当に申し訳程度という印象があります。(幻術というのは何でもありになってしまうだけに、ミステリとは元々非常に食い合わせが悪いのですが……)

 これは最初からミステリ抜きの伝奇武侠アクションファンタジーとして楽しめばよいのかもしれませんが、ラストの決戦でディー判事と仲間の活躍を期待していると――というのもあって、釈然としないものが残ります。
 こうして続編が――メインキャラは皆続投で――見られただけでも非常にありがたいのですが、しかしそれだけに勿体ないなあ、という気持ちは否めないのであります。

(ちなみにタイトルの「闇の四天王」はダブルミーニングだと思うのですが、全く「闇」ではないという――中国映画の邦題に今更何を、ではありますが)

『王朝の陰謀 闇の四天王と黄金のドラゴン』(株式会社ツイン Blu-rayソフト) Amazon
王朝の陰謀 闇の四天王と黄金のドラゴン [Blu-ray]


関連記事
 『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件』 通天の野望の果てに
 『ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪』 仰天の武侠アクションミステリ怪獣映画!

|

2019.05.09

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4 立て好漢!! 明日なき総力戦!!


 第3巻の紹介から大きく間が空いてしまい恐縮ですが、『絵巻水滸伝』第2部「招安篇」の第4巻では、いよいよ梁山泊と官軍の死闘もクライマックス。孤立した梁山泊に追いつめられた好漢たちは生き延びることができるのか、果たしてこの戦いを終わらせる術とは……

 梁山泊の息の根を完全に止めるため、実に十三万の大軍を擁して襲いかかる官軍。その主力はかつて好漢たちとは同類であった節度使――宋を守る最後の砦というべき十人と、底知れぬ知謀を誇る聞煥章の攻撃の前に、梁山泊は主力というべき騎兵軍を対岸に釘付けにされることになります。
 その最中、頭領たる宋江が姿を消し、さらに水軍の船まで失われて、完全に孤立した梁山泊を陥とすべく、高キュウ率いる大海鰍船団が迫る……


 と、無敵を誇ってきた梁山泊が、これまでにないほど追いつめられるこの第4巻。前の巻の時点で大変だったことは間違いありませんが、しかし現在の梁山泊は、歩兵軍の好漢たちと、その他の――いわば技術職ともいうべき好漢たち、さらには老人や女子供といった非戦闘員のみが残された状況なのですから、窮地というも生ぬるい状況であります。
 そんな中に迫るのは(高キュウはともかく)三人の節度使の軍勢と、宋国最強の海鰍船団。戦力差だけみれば、もはや絶望的というほかないのですが――もちろん、ここからが梁山泊は強いのであります。

 迎え撃つすべもなく、敵船団の上陸を許してしまった梁山泊。しかしそこで本領発揮と言うべきか、内外から呼応しての奇襲という、我々の大好きな梁山泊流で大反撃を開始――敵の戦力を減らし、残された者たちを逃がし、分断された主力を迎えに行く一石三鳥の策を繰り出してくるのですからたまりません。

 しかもここで活躍する面子は、(特に地上で戦う面々は)地サツ星が大半。失礼ながらどうしても二線級のイメージがあったり、そもそも戦闘ではなく特殊技能で活躍するメンバーたちであります。
 しかしそんな彼らが、それぞれの特技や持ち味を発揮して、実に「らしい」活躍を見せてくれるのが本当に嬉しい。もとより、原典ではあまり活躍しなかった好漢一人一人を掘り下げてみせるのが『絵巻水滸伝』ですが、ここではそれが最も効果的に発揮された印象であります。(終盤の戦いで勝利のきっかけとなったのがあの二人という展開も泣かせます)

 そして、その性質上「外」での戦いが中心であり、攻め込まれることはほとんどなかった梁山泊において、百八星が全員――普段梁山泊に残る面々も含めて――一つの戦いに加わることは、これまでほぼなかったと言えます。
 そう考えてみると、この「招安篇」での総力戦は、ある意味夢のオールスター戦なのかもしれない――などとも考えてしまうのであります。


 しかし、喜ぶのはまだまだ早計に過ぎます。既に梁山に上陸した官軍は、力と数で全てを薙ぎ倒す勢いで聚義庁に迫り、そしてようやく梁山泊帰還の希望が見えた騎兵軍の前には、十節度使最後の一人・あだ名なき韓存保が立ちふさがります。

 特に韓存保は、本作においては呼延灼・関勝・聞煥章と並ぶ宋国四天王の一人であり、呼延灼とは無二の親友であったという設定。「あだ名なき」が示すように、地味ではありますが、しかし迷いなきその戦いぶりは、梁山泊を圧倒することになります。
 そんな韓存保と呼延灼の無骨な男と男同士の激突は、武器と武器、拳と拳を超えて、想いと想いとがぶつかり合う戦い。数々の死闘が繰り広げられたこの巻においても、屈指の名勝負であることは間違いありません。

 そんな戦いの果て、誰もが傷つき、倒れていく中、ついに轟音を上げて燃え落ちる梁山。全てが終わったかに見えた、まさにその時に現れた者たちは、果たして何を告げるのか……
 次巻、「招安篇」最終巻は、それほど間を空けずにご紹介する予定です。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇4


関連記事
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇1 帰ってきた最も面白い水滸伝!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇2 強敵襲来、宋国十節度使!
 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3 絶体絶命、分断された梁山泊!

 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

関連サイト
 公式サイト
 公式ブログ

|

2019.05.08

『どろろ』 第十七話「問答の巻」

 死人の欠損した部位を作り続ける寿海の前に現れた百鬼丸。百鬼丸の成長を喜ぶ寿海だが、戦いのために義足を欲しいという言葉に顔を曇らせる。戦い続ければ傍らには誰もいなくなるのではないかと恐れる寿海に、既にいると答える百鬼丸。一方、景光は多宝丸に百鬼丸討伐を命じていた……

 どろろの方は一休みして、百鬼丸側の物語が描かれる今回。予想通り重苦しい内容となりましたが、ある意味本作のテーマを問い直したともいえる、重要なエピソードであります。

 百鬼丸を送り出した後も、ただ一人、死人の欠損した部位を補っては弔い続けている寿海。戦場荒しの人々の言葉によれば、生きている人間の治療よりも死人を優先しているようですが――そこに突如現れ、人々に襲いかかった獣のような妖は、何故か寿海には襲いかかろうともしない様子を見せます
 と、そこに現れて妖を叩き斬ったのは百鬼丸。しばらく離れていた間に幾つもの体の部位、聴覚や声を取り戻し、笑みさえ浮かべることができるようになった百鬼丸を大歓迎する寿海ですが、戦いのために義足が欲しいという言葉には複雑な表情を見せます。そんな寿海に問われ、旅の中で知った自分の出生の秘密と家族の存在を語る百鬼丸ですが――あまりの無惨な宿命に驚き悲しむ寿海は、戦いの中で百鬼丸が妖だけでなく人も殺めたことを見抜き、足はやれないと答えるのでした。

 自分にはお前を救えぬと、百鬼丸にとっての地雷ワードを口にする寿海と、それでも頑なに足を求める百鬼丸。理由を尋ねる寿海に、百鬼丸は体が欲しいと答え、何故欲しいのかとさらに問われると、俺のものだから、鬼神は全部殺すと答えます。それはある意味もっともとしても、しかし戦い続けた果てに、百鬼丸の周囲には屍のみが在るのではないかと危惧する寿海に――誰とは言わぬまでも――百鬼丸は既にいる、と答えるのでした。
 そんな中、合戦場に生えた樹木の変化・屍木の実から無数に現れる冒頭の妖たち。それを容赦なく叩き斬る百鬼丸の姿に、寿海は川から彼を拾い上げ、体を与えたつもりになっていた自分も、結局は彼を修羅の川に流した鬼神と同じだったと嘆じるのですが――しかし戦いを終えて旅立つ百鬼丸は、いまだに名乗らぬままであった寿海に対し、「おっかちゃん」と呼びかけるのでした。

 一方、醍醐領では、自分の母・縫の方が昏睡状態から目覚めたにもかかわらず郊外に現れた妖怪退治を優先する多宝丸。そこで待ち受けていた、屋敷の人間たちを餌に子供たちを育てる鼠の妖を倒した多宝丸は、非情にも親を慕う子もろとも妖たちを焼き払うように命じるのでした。
 そしてどろろの行方を突き止めた父の命により、軍勢を率いて出立する多宝丸。もう二度と剣を情で鈍らせないと誓う多宝丸と百鬼丸、そしてどろろたちの運命は白骨岬で交錯することに……


 寿海という本作では常識人の部類に入る――しかし極めて悩み多き人物の目を通じて、百鬼丸が戦う理由と、その是非を問い直した今回。
 奪われたものを取り返すのはもっともであり、そして彼に国一つを背負わせた責は景光が負うべきと考えながらも、しかし戦い続けることで百鬼丸が鬼神に――屍山血河を往くだけの存在になってしまうことを恐れる寿海の悩みは、醍醐家の人々とは別のベクトルで、百鬼丸の戦いの危険性を語っていると言えるでしょう。
(同様のことは琵琶丸も以前語っているのですが、親代わりである寿海の方がより切実に感じられます)

 しかし少なくとも百鬼丸が孤独ではないことを我々はよく知っています。そして彼が決して戦うだけの存在でもないこともまた。
 今回のラスト、百鬼丸の言葉が、寿海自身気づかぬままに失われかけていた彼の人間性を甦らせるのは、その現れというべきでしょう(これが冒頭、自分が百鬼丸の何なのか悩む寿海の言葉に対する答えにもなっているのが実に心憎い)。

 そしてその一方で、百鬼丸と対照的に心を失っていくように見える多宝丸。人を喰らう妖とはいえ、何のためらいもなしに親子を(その情を利用するような形で)葬ったのは、その象徴というほかありません。
 その多宝丸と百鬼丸が再びぶつかる時、何が起こるのか。以前は最悪の状況だけは避けられましたが、さて今度は――次回も大いに気になるところであります。


『どろろ』下巻(バップ Blu-ray BOX) Amazon
【Amazon.co.jp限定】TVアニメ「どろろ」Blu-ray BOX 下巻 (全巻購入特典 描き下ろし四曲屏風(364mm×257mm)・古橋一浩監督絵コンテ メイキングBD・完全版1話・24話絵コンテデータディスク・上下巻収納BOX 引換シリアルコード付)


関連記事
 『どろろ』 第一話「醍醐の巻」
 『どろろ』 第二話「万代の巻」
 『どろろ』 第三話「寿海の巻」
 『どろろ』 第四話「妖刀の巻」
 『どろろ』 第五話「守り子唄の巻・上」
 『どろろ』 第六話「守り子唄の巻・下」
 『どろろ』 第七話「絡新婦の巻」
 『どろろ』 第八話「さるの巻」
 『どろろ』 第九話「無残帳の巻」
 『どろろ』 第十話「多宝丸の巻」
 『どろろ』 第十一話「ばんもんの巻・上」
 『どろろ』 第十二話「ばんもんの巻・下」
 『どろろ』 第十三話「白面不動の巻」
 『どろろ』 第十四話「鯖目の巻」
 『どろろ』 第十五話「地獄変の巻」
 『どろろ』 第十六話「しらぬいの巻」

関連サイト
 公式サイト

|

2019.05.07

篠原烏童『生類憐マント欲ス』 希代の「悪法」の陰の人と動物の可能性


 悪法として名高い徳川綱吉の生類憐みの令。近年はその評価の見直しも進んでおりますが、本作『生類憐マント欲ス』は、まさにその法にまつわる物語――巨大な黒犬に変化する謎の浪人と旗本の次男坊が、江戸を騒がす怪事件の数々に挑む連作であります。

 生類憐みの令に対する江戸の人々の不満が高まっていた元禄――暇を持て余して部屋住み仲間たちと町をぶらついていた旗本の次男坊・遠山進之介は、近頃悪評で名高い材木問屋に入っていく奇怪な狐と、それを追う巨大な黒犬を目撃することになります。
 おふうという少女に「せんせい」と呼ばれて引き取られていく黒犬を追うも、見失ってしまった進之介。それでも自分が見たものが頭から去らない彼は、材木問屋周辺を調べ始めるのですが――そこであの黒犬とよく似た気配を持つ長身痩躯の浪人と出会うのでした。

 やがてその浪人とともに驚くべき事件の真相を目の当たりにする進之介。そして邪悪な魂に対して「我――生類憐れまんと欲す されどその心 生きものの法を越えた時 もはや鬼籍に入りたり」の言葉とともに破邪顕正の太刀を振るう浪人もまた、「せんせい」と呼ばれていることを彼は知ることになります。

 実は人間と黒犬の間を行き来する謎の男・せんせいは、将軍綱吉と柳沢吉保に仕える隠密。そして進之介もまた、せんせいと行動を共にするうちに綱吉と吉保の真の姿を知り、隠密として活動することに……


 その苛烈な取り締まりによって、人間を犬などの動物の下風に置いた稀代の悪法と言われてきた生類憐れみの令。勢い、その令を発し広めた綱吉と吉保も、時代ものでは悪役とされることが非常に多いといえます。
 もっとも、生類憐れみの令(そもそもこれも単一のものではないのですが)自体は、捨て子を禁ずるなど人間を含めた生類全体の保護に関する精神規定だったようですが――上の人間の意図を下が勝手に慮って悲惨なことになるのはいつの時代も同じということでしょうか。

 それはさておき、本作はまさにその生類憐れみの令に関する一種のギャップを題材とした物語。本作においてせんせいと進之介たちが対決する主な相手は、その悪評を利用して――いやむしろその悪評を作りだして――綱吉の政権に打撃を与えようとする者たちなのであります。
 読売などを操り、ありもしない苛烈な取り締まりや、憐れみの令によって増長した動物たちが起こしたという事件を声高に訴える敵の陰謀を阻むため、せんせいたちは奔走することになるのです。


 しかし本作のユニークな点は、こうした「普通の」時代ものとはある種逆転した構図――本作の綱吉は善良で純粋な君主、吉保は能吏として描かれる――のみにあるわけではありません。本作の最大の特徴――それは「せんせい」たち、人と獣の間に在る者たちの存在にほかなりません。

 人の歴史の陰に密かに生きてきた「彼ら」。せんせいのように犬の姿を取る者だけでなく、虎や狐など、様々な動物から人に変じる――もしくは人から動物に変じる者たちの存在が、本作においては生類憐れみの令と重ね合せて描かれることになります(というより、彼らの存在がこの憐れみの令を……)。
 人とその他の動物を分かつ(ものとして描かれる)生類憐れみの令。生類憐れみの令が人よりも動物を重んじるものだとすれば、あるいは人が動物の上に立つべきであるとすれば――彼らはそのどちらの立場にあるべき者なのでしょうか。

 本作は、せんせいと進之介の活躍を通じてそう問いかけることにより、必然的に生類憐れみの令の中のある種の矛盾を描きます。そしてそれ以上に、人と動物を分けることなく、ともにこの世に暮らす「生類」として共存することの可能性もまた……


 当初は全2巻の予定であったものが全4巻に延長されたこともあってか、大きな物語は2巻のラスト(正確には3巻の冒頭)でひとまず終わった感もあり、またラストの展開も少々駆け足の印象もあります。
 しかし、それを踏まえたとしても、本作で描かれた「せんせい」たちの生き様、そして「せんせい」と進之介の友情が浮かび上がらせるこの可能性の姿は、魅力的で、そして希望に満ちたものとして感じられるのであります。

 もちろんそれは、綱吉が没した途端に廃止された生類憐れみの令のように、仮初めの、はかないものかもしれません。それでも確かにその可能性は存在するのだと信じたくなる――本作は、そんな爽やかな後味を残す物語であります。


『生類憐マント欲ス』(篠原烏童 幻想コレクション全4巻) Amazon
[まとめ買い] 生類憐マント欲ス(幻想コレクション)

|

2019.05.06

木下昌輝『炯眼に候』 信長が暴くトリックと、人間が切り拓く歴史の姿


 戦国時代で合理的――といえば、頭にまず浮かぶのは織田信長の名ではないでしょうか。本作『炯眼に候』は、信長の周囲の人々の視点から、その合理性を描く物語――信長の事績の陰に隠された謎の一つ一つを明るみに出していく、ミステリ風味の連作短編集であります。

 桶狭間や長篠をはじめ、生涯数々の戦で驚くべき戦果を上げ、実にドラマチックな生を送った信長。本作はその最も信頼のおける記録である『信長公記』を踏まえつつも、その記述の隙間をクローズアップし、秘められた真実を解き明かす、全7話から構成される物語であります。

 常に命知らずの戦いを繰り広げてきた馬廻衆・荒川新八郎から戦意を奪った、首から上が映らない姿見の井戸の謎を解く『水鏡』
 桶狭間の合戦で今川義元の首を取った毛利新介の意外な出自と、首を巡る記録の矛盾から、その背後の逆転劇を描く『偽首』
 信長を狙撃し、後に無惨に処刑された鉄砲名人・杉谷善住坊に狙撃を依頼した黒幕の驚くべき正体とその動機を描いた『弾丸』
 信長の快進撃を支えた軍師「山中の猿」――源平合戦から続く呪われた一族の末裔であり、天候を予知する軍師の真実『軍師』
 本願寺の決戦に向けて信長から鉄甲船の建造を命じられ、苦心を重ねる九鬼嘉隆に対して秀吉が授けた驚くべき策『鉄船』
 土岐家復興のために暗躍する光秀に対し、武田家との決戦に向けた騎馬武者圧倒のための鉄砲運用法を命じた信長の真意『鉄砲』
 数奇な運命の果てに日本に渡り、信長に仕えることとなった黒人・弥助のみが知る信長最期の策と、その首の行方を描く『首級』


 以上、信長の天下布武の始まりから終わりまでを題材とした7話で描かれるのは、その信長の活躍にまつわる謎の数々。謎を信長が解くこともあれば、あるいは信長が臣下に謎をかけることもありますが、クライマックスで描かれる信長の「炯眼」による謎解きは、一種のミステリとしての興趣に満ちています。

 例えば『鉄船』――信長のテクノロジー重視の姿勢の現れとして語られる鉄甲船ですが、記録に記されたその姿は、実は大きさも形もまちまちという奇妙な事実があります。
 それは人の目の不確かさによるものかもしれませんが、しかしその他にも、当時の技術レベルから考えれば考えられないほどのサイズであったこと、そして何よりも、その後の歴史で鉄甲船が活躍していないことを考えれば、奇妙というべきでしょう。

 ある意味オーパーツというべきこの鉄甲船に対して、その建造を命じられた当の九鬼嘉隆が実現に頭を悩ませるという本作の構図がまず面白いのですが――しかし、終盤で明かされるその正体たるや!
 嘉隆をフォローするのが秀吉というのが実は――なのですが、しかしこの「トリック」には脱帽するしかありません。


 その他、敵の首にまつわる戦国時代特有の風習をベースに、義元の首争奪戦を巡る逆転劇を描く『偽首』、知性という点では信長にも負けぬ光秀の計算ではどうしても覆せぬ戦力差を覆す鉄砲戦術を描く『鉄砲』など、本作では「トリック」の面白さ、意外性がまず印象に残ります。

 その一方で『弾丸』や『軍師』など、トリックの点ではかなり分かり易い作品もあるのですが――しかし本作は決して、その意外性のみに頼った作品ではないことは強調しておくべきでしょう。
 本作の真の魅力、そして物語の中でトリックを意味あるものとしているもの――それは本作のストーリーテリングの妙であり、そしてそれを支える周囲の人々、各話の主人公たちの姿であると感じます。

 そのトリックや謎が、信長の生涯において、そして歴史の中でいかなる意味を持つか――本作のエピソードは、いずれもそれを丹念に描き、同時に物語としての盛り上がりを設定することにより、そのインパクトのみに頼らない、歴史小説としての面白さを生み出します。
 そして明察神の如き「炯眼」を持つ信長自身を主人公とするのではなく、彼に仕えた、あるいは彼に敵対した人々の視点からそれを描くことにより、無味乾燥な史実の羅列でも、冷徹な論理の連続でもなく、人間(もちろんその中に信長も含まれるのですが)が人間として切り拓く歴史の姿を浮かび上がらせることに成功しているのです。


 信長の論理と凡人たちの人間性と――その両者から生まれる歴史を、ミステリの味付けでもってドラマチックに描いてみせた本作。
 作者ならではのアイディアに満ちたユニークな歴史小説であります。


『炯眼に候』(木下昌輝 文藝春秋) Amazon
炯眼に候

|

2019.05.05

『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」

 異形の鬼を倒し、最終選抜の七日間をくぐり抜けた炭治郎。最終選抜を突破した炭治郎を含む四人は、日輪刀を造るための玉鋼を選ぶように告げられる。そして鱗滝と禰豆子のもとに炭治郎が帰って15日後、炭治郎の日輪刀を手に刀鍛治の鋼鐵塚が現れる……

 水の呼吸の壱ノ型 水面斬りで異形の鬼・手鬼の首を断った炭治郎。その瞬間、手鬼の脳裏をよぎったのは、47年前に鱗滝に敗れた瞬間であり、そして鬼になったばかりの自分の姿――誰よりも慕っていた兄を食い殺してしまった自分の姿でありました。その末期の悔恨の中身まではわからぬものの、兄に手を差し伸べたような形で事切れた手鬼から悲しい匂いを感じ取った炭治郎は、その手を握ると、後生の安らかならんことを祈るのでした。

 と、その後も数々の鬼との戦い(その中で禰豆子を元に戻す方法を聞くも収穫なし)をくぐり抜け、「切り抜けた……」と犬塚信乃のようなことを言いながら七日目の夜明けを迎えた炭治郎。そして藤の花が咲き乱れるスタート地点に戻った彼が見たものは、あの双子と自分以外の三人の少年少女――無言で蝶々と戯れる美少女と、異常にネガティブなことをブツブツ呟く金髪と、異常に目つきと態度の悪いモヒカンのみでありました。
 この四人の最終選抜合格者に対して、淡々と新人向けの業務連絡を行う双子ですが、ここでモヒカンの態度の悪さが大爆発、刀を今すぐよこせと、双子の一人を殴りつけて凄むのでした。が、ここで蛮行を見過ごせないのが長男気質の炭治郎――今すぐ手を離せ、さもなくば折る、というこれはこれでハードな二択を突きつけると、応じない相手の手首をバキッと握りつぶすお仕置きを食らわせるのでした(家で弟たちにどのようなしつけをしていたのか……)。

 しかしその騒ぎも流した双子は、一同に刀のための玉鋼を選ぶように命じます。唯一鬼の首を滅することが出来る武器・日輪刀の原材料となる玉鋼ですが、いきなり鉱石の段階で選べと言われてもわけがわからない中、それでも炭治郎は自分の鼻を頼りに一つの鉱石に手を伸ばすのでした。
 さて、日輪刀の仕上がりは約10から15日後ということでその場は注文のみ、文字通り這々の体で狭霧山に帰ってきた炭治郎ですが――到着してみればすでに日も暮れた中で彼を出迎えたのは、よくわからないうちに目覚めた禰豆子と鱗滝であります。涙ながらに彼を出迎えた鱗滝から、炭治郎は、禰豆子が人を喰う代わりに眠ることで体力を回復しているのかもしれないと聞かされるのですが……

 それはさておき、15日後に炭治郎を尋ねてきたのは、三度笠の回りに幾つもの風鈴をぶら下げた異様な風体の男。しかも傘の下の顔はほっかむりとひょっとこの面! と、初登場の時点からインパクト満点の三十七歳児・鋼鐵塚の登場であります。ビジュアルの異常さとは裏腹に非常なイケボの鋼鐵塚ですが、全く相手の言うことを聞かずに一方的に自分の言いたいことだけをまくしたてるというマニア特有のナニっぷりを発揮、空気を読まないことでは結構負けない炭治郎を圧倒いたします。
 何はともあれ、その別名「色変わりの刀」のとおり、持ち主によって色が変わるという日輪刀が炭治郎の手でどのような色に変わるのか、固唾を呑んで見つめる炭治郎・鱗滝・鋼鐵塚の三人ですが――その変わった刀身の色は漆黒でありました。刀身が鮮やかな赤になると思っていたのに、と理不尽な怒りを爆発させてウザ絡みする三十七歳児に辟易していた炭治郎ですが、そこに突如飛び込んできたのは、山崎たくみの声で喋る鴉。北西の町で毎夜毎夜少女が消えているという事件の調査を命じられた炭治郎は、鬼狩りとして最初の仕事に挑むことに……


 冒頭の回想シーンでの鱗滝と手鬼の対決を除けば、アクションシーンはほとんどなしの今回。物語の動きとしては静かでしたが、鬼殺隊の階級や伝達役の鎹鴉などのシステムや日輪刀の説明、血鬼術の解説など、本作独自の様々な概念が説明された回であります。
 そしてキャラクターの方も、まだまだ顔見せ的な扱いではありますが、徐々に各人の個性が表れてきたという印象。三十七歳児はいきなりフルスロットルでしたが……

 ちなみに今回は原作の第8話・9話に該当する内容ですが、上で述べた鱗滝と手鬼の対決、その後の炭治郎と鬼たちの戦い、玉鋼を匂いで選ぶくだり(あと、何気に三十七歳児のウザ絡みを力づくで外す炭治郎)など、原作にないオリジナルシーンが少しずつ追加されているのが面白いところ。原作の流れさえ踏まえていれば、細かいアレンジや補足は大歓迎なので、この調子で進めていただきたいものです。
 もっとも、個人的にはもっとスピードアップしてもよいとは思いますが……

 ちなみに今回までが『兄妹の絆』で劇場公開された部分。この先、作品のクオリティがどうなるか、少々気になるところではあります。


『鬼滅の刃』第1巻(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon
【Amazon.co.jp限定】鬼滅の刃 1(メーカー特典:「キャラクターデザイン・松島晃描き下ろし色紙」付)(1~6巻購入特典:「描き下ろし1~6巻収納BOX」&「描き下ろしブックカバー(コミックサイズ)+B2布ポスター」引換シリアルコード付)(完全生産限定版) [Blu-ray]


関連記事
 『鬼滅の刃』 第一話「残酷」
 『鬼滅の刃』 第二話「育手 鱗滝左近次」
 『鬼滅の刃』 第三話『錆兎と真菰』
 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者

関連サイト
 公式サイト

|

2019.05.04

大塚已愛『鬼憑き十兵衛』 少年復讐鬼とおかしな鬼の、直球ど真ん中の時代伝奇小説


 日本ファンタジーノベル大賞受賞作であり、直球ど真ん中の時代伝奇小説――松山主水の息子・十兵衛が美貌の鬼の力を借りて繰り広げる仇討ちが、やがて思いもよらぬ壮大かつ壮絶な妖戦へと展開していく、キャラ良しストーリー良しの快作であります。

 寛永12年、傷を受けて療養中のところを暗殺された、細川忠利の剣術指南役・松山主水大吉。しかしその直後、下手人の浪人たちを次々と討ち果たしていく、獣じみた動きの影がありました。
 影の正体は、主水の弟子であり、そして彼が山の民の女性との間に作った子・十兵衛――今際の際の父からその真実を知らされた十兵衛は、怒りに燃えて暗殺者たちを全滅させるものの、自らも瀕死の重傷を負うのでした。

 しかし、死闘の場である廃寺に残されていた干からびた僧の死体に十兵衛の血がかかった時、驚くべきことが起きます。
 実はその死体と思われたものこそは、力を封じられ倒れていた強大な鬼。人間離れした美貌を持つ大悲と名乗る鬼は、十兵衛の血で復活できた礼にと彼の傷を治し、彼が死ぬまで憑くと言い出すではありませんか。

 人の血肉を喰らうことにより相手の記憶を読む大悲の力によって、暗殺者たちの記憶を辿り、関係者を次々と暗殺していく十兵衛。
 しかし十兵衛は、やがて父の死が単なる兵法上の遺恨によるものではなく、背後に細川家で隠然たる力を振るう「御方さま」なる存在が潜むと知ることになります。

 さらに潜伏していた山中で、相討ちになったような人々の奇怪な死体と、彼らが運んでいた長持ちの中に入れられていたと思しき金髪碧眼の少女に出くわした十兵衛。
 顔に傷をつけられ、声を失ったその異国の少女を余計なお荷物と知りつつも助け、紅絹と名付けた十兵衛は、彼女を故郷に帰すことを誓うのですが、紅絹の存在は彼自身の復讐行にも絡むことに……


 と、復讐ありバディあり御家騒動ありボーイミーツガールありと盛りだくさんの本作。
 まず事の発端が松山主水――実在の人物でありながら、その二階堂流平法・心の一方など奇怪な逸話には事欠かない剣士――の暗殺という「史実」の時点でニッコリとさせられますが、その先の物語も、一切出し惜しみなしの波瀾万丈としかいいようのない展開なのに目を奪われます。

 そしてそれに加えて、その物語で暴れ回る主人公二人のキャラクターが実に楽しいのであります。
 山の民に育てられ、師(実は父)に剣を叩き込まれた復讐鬼という、ほとんど外の世界を知らない戦闘マシンのような存在ながら、妙に素直で純情なところを持つ十兵衛。
 見かけは絶世の美形ながら、人間を遙かに超える生命力と魔力を持つ鬼であり、それでいて妙に人なつっこい大悲。
(己の影を操って死人を喰らう力を持ちながらも、本当の好物は年月を経た器物(に宿る魂)というのもまた実に愉快なのです)

 人間と人外のバディものというのは珍しくはありませんが、しかし本作の二人は――特に「鬼」とは裏腹な大悲の飄々としたキャラがあって――その噛み合い方、いや噛み合わなさが、決して明るくはない物語を彩るアクセントとして機能しているのであります。


 しかしそれだけでなく、本作の真に優れた点は、作中に溢れるガジェットと、スケール感の巧みな制御にあると感じます。
 実のところ、伝奇もので物語のスケールを大きくすることは(大風呂敷を広げることによって)さまで難しくはないのでしょう。しかしそれを物語の構成要素と物語展開に見合った形で描こうとすれば、話はまた別であり――それを出来ている作品こそが、優れた伝奇小説と呼ばれるのではないでしょうか。

 本作は、松山主水の死から始まり、そこから、大悲の登場や紅絹との出会い、そして黒幕の正体と陰謀――と、物語のスケールは加速度的に広がり、そして内容も現実を(まさしく「ファンタジーノベル」の名にふさわしく)離れていくことになります。
 しかしその流れは同時に、物語の構成要素と破綻を来すことなく、首尾一貫した十兵衛自身の――彼の戦いと成長の――物語として成立しているのであります。本作は作者のデビュー作とのことですが、それでこのクオリティとは――と驚くほかありません。


 正直なところ、大悲の存在など序の口の、中盤以降の波瀾万丈な展開故に、物語の内容に触れられないのが残念なのですが、しかし本作の面白さには太鼓判を押すことができる――そして作者のこの先の作品が楽しみになる、そんな作品であります。

(そして読み終わった後、ぜひ裏表紙に目を向けていただければ――と思います)


『鬼憑き十兵衛』(大塚已愛 新潮社) Amazon
鬼憑き十兵衛

|

2019.05.03

久正人『カムヤライド』第1巻 見参、古代日本の特撮ヒーロー


 ヤマト朝廷による統一が進む時代に復活した国津神を人の世から放逐するヒーローの活躍を描く特撮風味濃厚の古代変身アクション『カムヤライド』の第1巻であります。「コミック乱ツインズ」の紹介の中で毎回触れてきたので今更の感もありますが、作品単体として、一度きちんと紹介いたします。

 時は4世紀――ヤマト朝廷が畿内を中心として列島の支配を進めつつも、しかし周辺各地にはまつろわぬ者もいまだ多く、反乱が続発していた時代。そんな反乱の一つである九州を騒がす熊襲の王・カワカミタケルの討伐に向かうヤマトの皇子・オウスは、途中、奇妙な男・モンコと出会うことになります。

 自分が作った埴輪なるものを広めるために旅しているというモンコから、埴輪を手渡されたオウス。その出会いから一週間後、カワカミタケルと対峙したオウスは、常人とは思えぬ力を前に配下を皆殺しにされた末、異形の化け物と化した相手に襲われるのですが――その時、モンコの埴輪に触れた化け物は、粉々に吹き飛ぶのでした。
 そこに現れ、カワカミタケルは力を与えられて人の境をはみ出した存在・土蜘蛛と化したこと、彼に力を与えたのがこの地に眠る国津神であることを語るモンコ。そして姿を現した巨大な国津神を前に、モンコは足元の土を身にまとい、鎧姿の戦士へとその身を変えます。戦士――人と神の境で門を閉じる者・神逐人(カムヤライド)に!


 ……というわけで、日本が誇る特撮変身ヒーローの世界を、古代を舞台に漫画の世界に巧みに移植してみせた本作。

 移植といっても、一歩間違えれば単なるもどきに終わりかねない特撮変身ヒーロー「風」キャラの漫画化ですが、しかし本作はまずデザインの時点で、最初のハードルをクリア(作者は近年スーパー戦隊もののデザインに参加しているので、ある意味当然かもしれませんが)。
 それだけでなく、変身直後の「俺の立つここが境界線だ!」や、国津神に必殺技を決めての「ここより人の世 神様立ち入り禁止だ」といった決め台詞の格好良さ、そしてその必殺技のギミックなど、ヒーローものとしてのフォーマットの存在が、実に「らしい」のが素晴らしいところであります。

 そしてそれらの要素が、ヤマトタケルという古代の超有名人の事績と結びつけて語られることによって、絶妙なバランスをもって一つの物語として成立している点にも注目すべきでしょう。
 一種(どころではなく)混沌とした世界観を、作者ならではのスタイリッシュな絵と、「史実」の事物を自身の作品世界に取り込む一種の伝奇センスによって、豪快に成立させてみせる――そんな作品構造は、実に作者らしいというほかありません。


 そしてそうした派手な部分だけでなく、唯一国津神を封印する力を持つ謎めいたモンコと対比される副主人公として、ヤマトタケルが配置されているのもまた巧みといえます。

 先に述べた通り、古代日本の最大のヒーローであるヤマトタケル。そのヒロイックな神話の内容とは裏腹に、本作の彼は、ヤマトの皇子という身分でありながら、いささか頼りない少年として登場します。
 しかし、そんな彼だからこそ、神話の怪物たちを前に、一人の人間として無力感を味わい、そしてその中で成長していく姿が、実にヒロイックに感じられます。既に完成されたヒーローであるモンコに対して、未完成のヤマトタケルもまた、異なる形のヒーローに感じられるのです。

 そう、本作はモンコとヤマトタケルと、虚実(?)二人の「ヒーロー」もの。古代という半ば神話というファンタジーのベールに包まれた世界を、特撮という現代のファンタジーと掛け合わせることによって、新たなヒーロー物語を生み出してみせたのが本作なのであります。


 そしてこの巻の終盤では、神話に登場するもう一人の「タケル」であるイズモタケルが登場。その物語が本作でどのようにアレンジされるのか――請うご期待であります。
(そして雑誌連載の方では、ヤマトタケルとは切っても切れないあの人物が、とんでもないアレンジで登場して……いやはや、どこまでいくのでしょうか)


『カムヤライド』第1巻(久正人 リイド社乱コミックス) Amazon
カムヤライド 1 (乱コミックス)

|

2019.05.02

士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第1巻 忠実で、そして大きなアレンジを加えた名作リメイク


 現在TVアニメが好調に放送中の『どろろ』ですが、ほぼ時を同じくして「チャンピオンRED」誌上で連載されているのがこの『どろろと百鬼丸伝』。しかし本作はアニメの漫画化ではなく、原作漫画のリメイクというべき作品――原作の内容を忠実に踏まえつつも、本作独自の要素も加えてみせた作品です。

 殺伐とした室町の荒野の中を一人流離う非情の剣士・百鬼丸と、泥棒として強かに生きるも意外と人のよいどろろ。そんな二人が偶然出会い、化物に挑む……
 本作は、様々な媒体・バージョンの違いこそあれど、原作以降ほとんどの版で共通するこの要素を、もしかしたら最も忠実に踏まえて描かれる作品であります。

 もちろん、作者の画風の違いから、本作の百鬼丸はかなりワイルドで大人びている――というより年齢的にも原作よりも上を想定しているとのことですが――という見た目の違いはあるのですが、それを除けば、現代描かれる作品として、順当なアップデートを重ねた作品、という印象があります。
 そして構成的には、この第1巻で描かれているのは原作の「百鬼丸の巻」の前半部分と、「金小僧の巻」「万代の巻」「人面疽の巻」(の前半)に当たる部分。どろろと百鬼丸の出会いと泥状の死霊との対決、そして金小僧との遭遇と万代の村での怪物との激突、万代の正体……と描かれていくことになります。

 ここで原作の熱心な読者であれば、上記で抜けている部分に共通点があることに気付かれるかもしれません。そう、本作のこの第1巻では、百鬼丸の過去編――彼の生まれと背負った宿命、死霊たちと戦う理由、そして哀しい過去の出会い――が丸々省かれているのであります。
 もちろんそれがこの先描かれないはずはないことを思えば、この構成は計算の上なのでしょう。この先、どのような形でこの過去編が描かれることになるのか、気になるところです。


 と、いきなり結論めいた話から入ってしまいましたが、大きく本作の独自性が出ているのは、この巻の後半、万代にまつわるエピソードの部分であります。
 野宿の最中、不気味な金小僧に出会った百鬼丸たちが、それがきっかけで女領主・万代が治める村で村人たちに捕らえられ、不気味な怪物に襲われる――その物語の流れ自体は変わりませんが、後半部分で語られる万代の真実に、大きなアレンジが加えられているのであります。

 その内容の詳細に触れるのは伏せますが、原作で描かれていた人間の無情さや身勝手さというものを、ある人物の存在を新たに加えることで、より強調してみせるのは、なかなか面白い試みであり、本作ならではの独自性と言えるでしょう。
 そしてそれが同時に、どろろの中の情と百鬼丸の中の人間らしさをも浮かび上がらせてみせるのもまた……


 その他にも、このエピソードで琵琶法師がほとんど出ずっぱり(しかもチラッと描かれたところによれば何やら大きな秘密がありそうな……)だったりと、アレンジの存在とその意味を考えてみるのも面白い本作。

 ちょっと展開のペースが遅めなのがもったいないところですが、この先どのような独自性を見せてくれるのか、気になるところであります。


『どろろと百鬼丸伝』第1巻(士貴智志&手塚治虫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
どろろと百鬼丸伝(1) (チャンピオンREDコミックス)

|

2019.05.01

新美健『満洲コンフィデンシャル』 陰謀と冒険と――作り物の国で見た夢


 その実情はともあれ、大陸に一つの国家として生まれ、わずか13年で幻のように消え去った満洲国。今なお様々な物語の題材とされているこの満洲国を舞台に展開される本作『満洲コンフィデンシャル』は、幻の国に生まれた夢の世界を舞台に展開する、陰謀と冒険の物語、なのですが……

 昭和15年、海軍士官候補生でありながらも、憲兵を殴って軍に居られなくなり、満洲鉄道に飛ばされた湊春雄。そこで彼に与えられた命令は、甘粕正彦の内偵でありました。
 関東大震災時に大杉栄らを殺害し、今は満洲映画協会理事長として隠然たる力を振るう甘粕を探るため、軍からは機密だというフィルムを持たされ、新京の満洲映画協会に向かう春雄。しかし大連駅に向かって早々、彼は西風と名乗る正体不明の気障な男に出会うことになります。

 その西風から尾行されていると警告され、その通りであったものの、非常に胡散臭い相手に警戒心を抱く春雄。その予感は正しく、大連駅から超特急あじあ号に乗り込んだ後も、彼は西風に散々振り回されることになります。
 果たして西風とは何者なのか。機密フィルムに隠された秘密とは。そして春雄は命令を果たすことができるのか……


 という第1話から始まる本作。以降、昭和20年の満洲国崩壊に至るまで、春雄と西風という奇妙なコンビによる冒険が、全4話構成で描かれることとなります。
 童顔で小兵の春雄と、瀟洒な物腰と国籍不明の風貌の西風。正反対の二人ですが、何故か西風に気に入られた春雄は、ほとんど彼に振り回される形で、様々な冒険に巻き込まれることになるのであります。

 満映の女優とその恋人の撮影技師が相次いで命を落とした謎に、阿片と某国のスパイ、尾崎秀実が絡む第2話。満洲国皇帝・溥儀暗殺の企てを背景に、霍殿閣・植芝盛平の中日の達人同士が火花を散らす第3話。そして日本の敗色濃厚となる中、自分の映画を撮ろうとする西風と李香蘭・川島芳子の姿を描く第4話……

 天才的な才能を持つ奇人と、彼の相棒として振り回される凡人のコンビ――というのは、これはエンターテイメントの定番ではありますが、本作は満洲国という独特の舞台を用意するとともに、そこに集った(かもしれない)実在の人々を巧みに配することで、起伏に富んだ物語を描いてみせるのです。


 このようにエンターテイメントとして実に楽しい本作ですが、しかし正直なことを申し上げれば、途中まで、いささか違和感を感じたのも事実であります。
 それは本作に描かれるもの、本作に漂うムードが、(終盤を除けば)どこか長閑とすら感じられること、そしてこの時代を描いた物語にはつきものの、一種のイデオロギー的な匂いがほとんど全く感じられなかったことにあります。

 しかし――その点こそが、実は本作の、本作の舞台の、独自性であり特殊性であることが、やがて明らかとなります。
 日本の傀儡政府として、中国東北部に打ち立てられた満洲国。そしていわば作り物の国を舞台とする本作の中心となるのは、満洲映画協会――作り物の国の中で作り物の物語を生み出す存在なのであります。

 その二重に作り物の世界に集うのは、他の世界に受け入れられない――表の世界から追われた甘粕や複雑なルーツを持つ西風のような――者たち。そんな彼らが、一つの国に固執するイデオロギーを背負うはずもないでしょう。
 そして彼らが、唯一自分たちのものとして夢見ることができたのが、虚構の世界である満洲、満映であったという真実は、何とも切なくほろ苦い味わいを生み出すのですが……

 実はそれは、本作の主人公である春雄も同様であることが、やがて明らかになります。やはり日本にいられなくなったものの、甘粕や西風とは別の人種として、一種の傍観者的たち位置にあった春雄。しかし彼もまた虚構の世界の住人であったことを、物語の終盤で我々は知ることになります。
 そしてその真実は、満洲国の崩壊と重ね合わされることにより、一つの夢の終わりをくっきりと浮かび上がらせるのであります。


 しかし――一つの夢が覚めたとしても、全ての夢が消えてしまうわけではありません。夢を見続けた、夢を貫いた者の姿を浮かび上がらせる本作の結末は、一つの希望として、実に爽やかなものを残してくれます。

 戦争による巨大な負の産物というべき満洲国を描きつつ、そこだからこそ描けた晴れ晴れとした夢の姿を描いてみせる――本作はそんな物語であります。


『満洲コンフィデンシャル』(新美健 徳間書店) Amazon
満洲コンフィデンシャル (文芸書)

|

« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »