折口真喜子『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』 隣り合った世界と、隣り合った時間と
箱崎の船宿・若狭屋を舞台に、何かとこの世のものならぬものと縁を持ってしまう女将・お涼を狂言回しに描かれるシリーズの第二弾であります。今回もお涼の前に現れるのは、どこか人間くさいあやかしや神さまたち。そして本作では、お涼のルーツも描かれることに……
日本橋は箱崎――現代では東京シティエアターミナルの所在地ですが、江戸時代はこの時代は江戸の水運の中心地。本シリーズは、その江戸を海と繋ぐ箱崎の小さな船宿・若狭屋を中心に、人とあやかしの、この世とあの世の奇妙な繋がりを描く短編連作であります。
この若狭屋の女将・お涼は、父親・甚八譲りの見える体質。それゆえ幼い頃から何かとあやかしたちと縁を持ってしまうことになります。
何しろ生まれてすぐに水害で流され、そこから救われるのと引き換えに、サルタヒコなる神の嫁になる約束をしたというのですから、筋金入り(?)なのであります。
そんなこともあって、三十を過ぎた今も一人で父から譲られた若狭屋を切り盛りしているお涼ですが――しかし彼女はそんな運命など気にすることなく、江戸っ子らしいさっぱりとした態度で日々を暮らす、気持ちのよい女性。今日もおかしな縁で結ばれた人やあやかしを出迎え、明るくもてなすのであります。
さて、そんな若狭屋とお涼を中心として描かれるシリーズ第二弾の本書は、八つの短編を収録しています。
攫われた山の守り神を探して江戸にやってきた片目片足の小僧を助けてお涼が奔走する「小正月と小僧」
幼い頃のお涼が手習所で出会った少年・吉弥との間の淡い恋心と、ある約束を描く「約束」
飛鳥山に花見に出かけたお涼が、月虹が出る晩に開かれる異界の市に迷い込んだ末、思わぬ勝負に巻き込まれる「月虹の夜市」
お涼と遊女上がりの綾と御家人の娘の菊江、生まれも育ちも違う友達同士の心の交流「月を蔵す」
人付き合いを好まない男・源造が不思議な力を持つ女性・志乃と出会ったことから動き出す運命を描く「常世の夜」
幼い頃に父の愛人・お慶に預けられた甚八が、自分の持って生まれた力に悩みつつも、お慶らの励ましで歩み出す「痣」
行き倒れの男と出会った幼い頃のお涼が、男とともに雷珠を落とした雷獣に遭遇する「遠雷」
いつも変わることなくそこにいて、若狭屋の船頭の銀次に、そして災害に苦しむ人々に力を与える萱原の女神の存在を描く「鹿屋野比売神 」
いずれの物語も過剰に派手でも、ひどく恐ろしいわけでもなく、描かれているのは日常から半歩、あるいは一、二歩踏み出した不思議の世界。どこかのどかで、親しみやすさすら感じられる――そんな物語が描かれるのは、前作同様であります。
しかし、本作で描かれるのは、日常とその隣の世界だけではありません。本作の特徴の一つは、現在に繋がる過去の世界が描かれることであります。
特に「常世の夜」「痣」「遠雷」の三部作とも呼ぶべきエピソードは、お涼の親の、そしてそのまた親の代からの繋がりを描く物語として、印象に残ります。
お涼が生まれながらに持つ力――それが父・甚八から受け継いだものであることは冒頭に述べましたが、その力もまた、甚八の親から受け継がれたものでもあります。
ここで描かれるのは、受け継がれるその「力」と、そこに込められた想いの繋がり。それは決して真っ直ぐなものばかりではなく、時に脇道に逸れたり、ねじれたりとすることもありますが――しかし確かに今の自分に受け継がれている。本作で描かれるお涼たちの姿は、そんなことを感じさせてくれるのです。
そしてまたもう一つ本作で印象に残るのは、巻末に収められた「鹿屋野比売神 」であります。紆余曲折を経て船頭となった銀次に、折に触れて力を与える萱原の女神の存在を描く本作は、しかしその女神が、銀次だけではなく、この世に、この自然に生きるものたちに力を与えるものであることを描きます。
洪水や噴火などの天災に苦しめられる人々に寄り添う存在として――
そんな女神の存在が、今この物語の中で語られるのは何故か――それを言うのは野暮かもしれません。しかしそこには本作の、そして作者の、我々に向ける優しい眼差しを感じる――そう述べることは許されるのではないでしょうか。
『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』(折口真喜子 東京創元社) Amazon

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