« 折口真喜子『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』 隣り合った世界と、隣り合った時間と | トップページ | 辻真先『焼跡の二十面相』(その二) 探偵である意味、少年である意味 »

2019.05.25

辻真先『焼跡の二十面相』(その一) 昭和20年 対決、怪人vs少年探偵


 いまや遠い昔になってしまった感もある昭和。その昭和育ちの多くの方が親しんだであろう怪人二十面相が帰ってきました。焼け野原になった東京に再び現れた二十面相に対し、応召されていまだ帰国しない明智小五郎に代わって挑むのは、小林少年――名手が送る痛快なパスティーシュであります。

 1945年8月――敗戦の混乱冷めやらぬ中、それでも明日への希望を胸に、明智小五郎の留守を守って懸命に生きる小林少年。そんなある日、買い出しに出た彼は、途中で警視庁の中村警部が輪タクを追う現場に出くわし、輪タクの後をを追うことになります。
 中村警部が追っていたのは、輪タクに乗っていた隠匿物資のブローカー・伊崎。しかし追いついてみれば乗っていたのは替え玉、しかも彼以外いないはずの走る車中で、何者かに刺されて死んでいたのであります。

 走る密室の謎を鮮やかに解いてみせた小林少年ですが、伊崎は行方をくらましたまま。その後に友人を訪ねた田園調布で偶然輪タクの運転手を目撃した小林少年は、その場所が、戦争中に巨万の富を築いた四谷重工業の社長宅であることを知ります。
 早速中村警部と一緒に調査に向かった小林少年ですが――しかしそこで二人が見つけたのは、なんと二十面相の予告状! それは、四谷重工の社長が密かに隠匿しているという秘仏・乾陀羅の女帝像を狙った大胆不敵な犯行予告だったのであります。

 応召されてヨーロッパに渡り、いまだ帰国の目処が立たない明智小五郎に代わり、小林少年は二十面相の犯行を阻むべく行動を開始するのですが……


 名探偵・明智小五郎とそのライバル・怪人二十面相、そして明智探偵の助手・小林少年の名は、たとえ実際に彼らが登場する作品に触れたことがない方でもよくご存じでしょう。
 戦前の昭和11年に登場して以来、戦争を挟んで昭和の半ばに至るまで、数々の奇怪な事件を引き起こした二十面相と、それを阻んだ明智探偵と小林少年、そして少年探偵団の冒険は、私も子供の時分に大いに心躍らせた、懐かしい存在であります。

 本作は、そんな名探偵vs怪人の世界を、終戦直後の東京を舞台に忠実に蘇らせてみせた物語。そのシチュエーションだけでも心躍りますが、それを描くのが、今なお『名探偵コナン』などで活躍する名脚本家にしてミステリ作家、そしてこの時代を実際に生きてきた辻真先なのですから、つまらないはずがないではありませんか。

 かくてここに展開するのは、初めて目にする、しかし懐かしさが漂う――全編ですます調で展開するのも嬉しい――物語であります。
 かつてあの名探偵が、そして怪人が大好きだった身にとっては、その時のときめきを――作中で二人の帰還を信じて待つ、小林少年と中村警部のような心境で――思い出しつつ、ただただ夢中させられるのです。


 しかしもちろん、本作はノスタルジーのみに頼った作品では、決してありません。それでは本作ならではの魅力の一つは――といえば、それは言うまでもなく、本作の主人公として二十面相に、そして劇中で起きる怪事件に挑むのが、明智小五郎ではなく小林少年であることでしょう。

 明智小五郎の助手として、そして少年探偵団のリーダーとして、常に大人顔負けの活躍を見せてきた小林少年。しかしそうではあっても、やはり少年――物語の中では、明智小五郎の庇護の下、一歩譲る役回りでありました。
 しかし本作においては、名探偵不在の中、怪人を向こうに回して一歩も引かない活躍を見せて大活躍。これは、かつて自分たちの代表として小林少年に憧れた世代には、たまらないものがあります。

 しかし、本作で小林少年が戦うのは二十面相だけではありません。それは、二十面相などよりもある意味もっとたちの悪い、我欲に駆られた悪人たち――そんな美学も理想もない連中を前にしては、さすがの小林少年も、分が悪いように思われます。
 が、そんな小林少年の前に思いもよらぬ意外な同盟者が登場、痛快な共同戦線を張ることになるのですが……。いや、これ以上は内緒、ぜひ実際に作品に触れていただきたいと思います。

 長くなりましたので、恐縮ですが次回に続きます。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

|

« 折口真喜子『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』 隣り合った世界と、隣り合った時間と | トップページ | 辻真先『焼跡の二十面相』(その二) 探偵である意味、少年である意味 »