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2019.05.17

室井大資『レイリ』第6巻 武田家滅亡の先に彼女が掴んだもの


 武田勝頼の嫡男・信勝の影武者となった少女の戦いを描く『レイリ』もいよいよ最終巻。信長の勢いに抗することができず、ついに武田家が滅亡に瀕する中、レイリを待つ運命とは、そしてその果てにレイリが選んだ道とは……

 戦に巻き込まれて家族を皆殺しにされた末に、岡部丹波守に拾われ、そして信勝の影武者となったレイリ。高天神城の戦いで援軍のない中戦い続ける丹波守を救いに向かったレイリは、しかし生き残りの城兵脱出を託され、丹波守と永遠の別れを告げることになります。
 その悲しみを背負いつつも、家族を失って以来取り憑かれていた死への誘惑を振り払ったレイリ。しかし信長の攻勢は続き、武田家最後の希望たる信勝の秘策も空しく、武田家の運命はもはや風前の灯火となります。

 そんな中、レイリを襲う最後の悲劇。影武者としての最後の勤めの末、土屋惣三の子を託されたレイリは、武田家を去るのですが……


 長篠の戦に巻き込まれて父母と弟を殺されたことをきっかけに、ひたすらに腕を磨き、戦って戦って戦い抜いた末に自らも死ぬことを長きに渡り望んできたレイリ。その想いは、信勝や惣三との生活、そして何よりも丹波守との別れによって、ようやくぬぐい去られました。
……しかし武田家を、彼女が影武者を務める信勝を待つ運命は、歴史が示すとおりであります。個人としては群を抜いた(あわや歴史を変えかねないほどの)戦闘力を持つレイリであったとしても、としても、できることには限りがあるのです。

 そう、彼女にできることはただ、信勝を――天才を自認する傲岸不遜な少年でありながらも、誰よりも繊細で、父の愛に飢えていた主を――辱める者を討つこと程度(このくだりの人間描写の真っ黒さは、さすがはこの原作者と言うべきでしょうか)。
 歴史の流れを変えることなどできるはずもなく、ただ親しい人々の死を見送ることだけ、せいぜいがただ一人の命を守ることくらいが、彼女にできることなのであります。

 その意味では、最後の策が遅効性の毒として宿敵を滅びに追いやった信勝の方が、大きく歴史を動かしたと言えるでしょう。
 その策が動き出す場面の背後で、勝頼と信勝が初めて通じ合うイメージが描かれるのがまた泣かせるのですが……


 しかし――それでは彼女は結局何もできなかったのでしょうか。武田家で彼女が送った時間は無意味だったのでしょうか? その答えが否であることは、この最終巻を読めば瞭然でしょう。
 それは一つには、武田家を滅亡に追いやった者への復讐の完遂であることは間違いありません。しかしある意味伝奇的なその復讐以上に、本作において大きな意味を持つものが、物語の最後に描かれるのであります。

 かつて親の側を離れないように、という意味を込めて名付けられたレイリ(零里)。その名の通り――と言ってよいかはわかりませんが、彼女は親の死に囚われ、そして第二の生を、武田信勝という勝手には脱げない他人の仮面をかぶって送ることとなりました。
 いわば一カ所に己を縛り、縛られていた彼女が、そこから解放されて選んだ道は――それを象徴する彼女の言葉、ラストシーンに描かれたものは、決して明るいものではなかったこの物語に、素晴らしく爽やかな風を吹かせてくれたのです。


 全6巻という、決して多くはない分量の本作。しかしそこでは、歴史の中に生きた人間、生きる人間、生きていく人間の姿を、豊かに描かれました。
 そしてその中で彼女が掴んだもの――一言で表せば「自由」の姿は、最後まで物語を読み通した我々の胸を熱くしてくれるのであります。


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