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2019.05.13

大塚已愛『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』 少女と青年と贋作の戦いと救済の物語


 先日ご紹介した同じ作者の『鬼憑き十兵衛』の日本ファンタジーノベル大賞受賞と同年に第4回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞した本作は、19世紀末のロンドンを舞台に、「贋作」から生み出される魔を祓う青年と少女の戦いを描く、奇怪で風変わりで、そして美しくもどこか物悲しい冒険譚です。

 ハンズベリー男爵家の長女でありながら一人身軽に外を歩き、画廊や美術館で絵画を鑑賞するのをこよなく愛する少女、エディス・シダル。ある日、父の使いで画廊を訪れた彼女は、そこでルーベンスの未発表作品と言われる絵画を目にすることになります。
 しかしその絵から、強い怒りと羞恥の念をを感じ取るエディス。彼女の言葉に反応した深紅の瞳の美青年サミュエルは、この絵は贋作だと断じて去っていくのでした。

 数日後、再び同じ画廊を訪れたエディスが見たものは、店内が闇に包まれ、人々は全て意識を失うという奇怪な状況。そして異空間と化した店に閉じこめられた彼女の前で、あの贋作は奇怪に変貌し、中から鋼の異形が現れたではありませんか。
 異形に襲われた彼女があわやというところに現れたのは、あの美青年サミュエル。異空間にも平然と入り込んできたサミュエルは、手にした極東の刀と人間離れした身体能力を武器に、異形を迎え撃つのですが……


 この事件をきっかけに、現世に口を開いた異界「ネガ・レアリテ」で、贋作を媒介に生まれる魔を祓うサミュエルの戦いに巻き込まれたエディス。本作はこの二人が、ネガ・レアリテを解き放たんとする妖人に挑む姿を描く、全3話の連作スタイルの物語であります。
 その作風を一言で表せば、「ダークファンタジー」――THORES柴本の表紙絵が何よりもふさわしい作品といえます。

 そしてそんな本作のモチーフであり、最大の特徴が、絵画――それも「贋作」であることは言うまでもないでしょう。ある作家の作品として偽ってこの世に生み出される「贋作」。本作はその存在を、著名な作家たちの、現実に存在する真作と対比させつつ、一定以上のリアリティをもって、見事に浮かび上がらせます。
 しかし本作は――それを扱う多くの作品がそうであるように――贋作の真贋のみを問題とする物語ではありません。本作で描かれるのは、そのように描かれてしまった贋作の悲しみや怒り、怨念――「生まれてきたことそのものが罪である存在」の想いなのです。

 贋作が何故描かれるのか――その理由は様々に存在します。そしてその数だけ、贋作者の想いが、そして贋作自身の想いがある……。本作はそれを、真摯な審美眼と、豊かな感受性、そして何よりも優しさを持つエディスの瞳を通じて浮かび上がらせます。そしてそれを認め、心に留めようとする彼女の存在は、贋作たちに一種の赦しを与えるのです。

 それは、刀と呪法でもって贋作の魔を倒し、祓うサミュエルとは、また別の力を発揮するのであり――そこに本来であればごく普通の少女でしかないエディスが、一種の超人たるサミュエルのパートナーとして活躍する意味がある、という構成も巧みであります。


 しかし、本作はそれ以上の贋作との関係性を二人に持たせます。

 実は男爵の実の子ではなく、その姉が誰とも知らぬ男との間に生んだ娘であるエディス。彼女に注がれる家族の愛は本物であったとしても――しかし本物の家族ではない、という意識が彼女にはつきまといます。それは彼女自身が、自分を不義の子という「生まれてきたことそのものが罪である存在」と感じているからにほかなりません。
 そしてサミュエルもまた――その形は彼女とは全く異なるものの――一種の贋者であり、そしてやはり同様の存在なのです。

 そんな二人が出会い、そしてある意味己と同じ存在である贋作の魔と対峙することによって、己自身を見つめ直し、そして互いに見つめ合う時生まれるもの……
 エディスが贋作に与えるものが救済であるとすれば、同時にそこには彼女自身の、彼女とサミュエルへの救済がある――そんな物語構成が、本作に豊かな味わいを生み出しているのであります。


 全てを知る敵の企てに、二人がほとんど何も知らされぬまま(そしてそれは読者も同様なのですが)翻弄されるという物語展開には違和感を感じないでもありません。日本刀と日本の呪法を操るサミュエルにもやり過ぎ感はあります。

 しかし――本作で描かれる異形の存在と、それに対して、そして二人に対して与えられる救済の形は、何よりも魅力的に感じられることは間違いありません。是非とも続編を読みたい作品であります。


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