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2019年6月

2019.06.30

『ゴジラ:レイジ・アクロス・タイム』 怪獣たち、歴史を動かす!?


 現在もハリウッド製作の新作が公開中と、日本のみならず米国でも怪獣王として知られるゴジラ。本書はアメリカで刊行されたゴジラを題材としたコミック、要するにアメコミですが――ゴジラが元寇(!)をはじめとして過去の様々な時代の様々な出来事に関わっていたという、何ともそそる一冊です。

 あの『レッドマン』をアメコミ化したことで、一部で知られるアーティスト、マット・フランク。オムニバススタイルの本書の巻頭に収録されたのは、そのマット・フランクによる、ゴジラ meets 元寇という、とんでもない一編であります。

 元の軍勢が日本に迫る中、小美人の社に向かうよう命じられた武士・須田悟郎と、女忍びの明雄。怪獣使いによって操られるガイガンとメガロの二大怪獣によって無敵を誇る元軍を倒すには、彼女たちが守る八岐大蛇の力を用いるしかない――これはで激しく対立してきた二人は、やむなく一時休戦すると旅立つのでした。

 途中、巨大平家蟹といった怪物たちと戦いながら、件の山にたどり着いた二人。そこで小美人から、八岐大蛇を操る像を託された二人ですが――しかしそこに何とゴジラが出現したではありませんか!
 激しく激突する八岐大蛇とゴジラ。しかしさしもの八岐大蛇もゴジラには敵わず、元軍打倒の希望は、思わぬ形で潰えたかに見えたのですが……

 冒頭で示される明雄の「森の戦士」という謎の肩書きから察せられるとおり、いわゆるアメリカンな日本観で描かれる本作。
 しかも元軍がガイガンとメガロを擁していたり、何故か小美人が八岐大蛇(『日本誕生』も『ヤマトタケル』も関係はないのでしょう、たぶん)を祀っていたり、さらにはいきなりゴジラが乱入してきたり――「?」がつく点は少なくありません。

 しかし漫画としてみれば、さすがはマット・フランクというべきか、巨大な怪獣がその能力を全開にしてぶつかり合う場面の迫力は見事というほかなく、細かい理屈や違和感も粉砕されてしまいます。
 一番の謎であった、何故元にガイガンとメガロが? という謎も、怪獣使いの影が――という思わずニヤリとさせられる形で明かされて(ただこの場面、原典に即した訳語にしていただきたかった)、なるほどこういう話もありか! と納得させられました。


 さて、本作はこの第1話を皮切りに、世界中でゴジラの痕跡を追う考古学者(何でもゴジラや怪獣に結びつけようとする○人。モナーク所属と言っても納得します)を狂言回しに、展開される全5話のミニシリーズ。
 ギリシア神話の神々(本当に神様)とゴジラの死闘がポンペイ最後の日に繋がっていく(ちょっとゴジラvsアクアマン的趣もある)第2話。
 黒死病が猛威を振るうイングランドで、ドラゴン退治を命じられた騎士たちが、モスラそしてメガギラス(!)と遭遇する第3話。
 ローマ攻略のために極寒のアルプスを越えようとするハンニバルがゴジラと遭遇する第4話。
 そして白亜紀、恐竜だけでなく怪獣たちの楽園だった世界を舞台に、ゴジラと無数の怪獣たちの最後の戦いが繰り広げられる第5話。

 先に述べたように緩い繋がりはあるとはいえ、基本的には独立した物語であり、ストーリーも作画も異なるため、エピソードごとにクオリティに差がある点は否めません。
 また、もう少し大胆に歴史上の事件に絡めてもよかったのでは――という気がしないでもありませんが、現代兵器・科学兵器の存在しない時代で繰り広げられる人間と怪獣の戦いは、これはこれで迫力十分。

 特に第4話は、最終話を除けば最も古い時代ですが、そんな時代の武器でゴジラに挑むハンニバルの姿は圧巻であります。


 ただ一つ、どうしても気になってしまったのは、「このゴジラ(たち)は、どの作品の過去なのだろう……」という点(ゴジラが突然変異を起こして怪獣になったのは、基本的に現代になってからのはずなので)。
 過去の時代にゴジラが出現するからこそ、どこからどのようにやってきたのか――そこはきっちりとして欲しかったのですが、これはまあ野暮というものでしょうか。

 あるいは冒頭に触れた最新作『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』では、ゴジラたち怪獣を、神話の時代から生き続ける、神話の元となった存在として描いているようですが――あるいは本書のゴジラはそれに一番近いのかもしれません。
 まず間違いなく偶然ではありますが、そう考えてみるのも楽しいものではあります。


『ゴジラ:レイジ・アクロス・タイム』(ジェレミー・ロビンソンほか フェーズシックス) Amazon
ゴジラ:レイジ・アクロス・タイム 限定カバー版

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2019.06.29

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第4巻・第5巻 アンバランスさが浮かび上がらせる新撰組の姿


 新撰組と「食事」という、ちょっと奇妙な組み合わせで描く青春群像劇『だんだらごはん』の続刊であります。浪士組として上洛しながらも悩みは尽きず、芹沢鴨の暴挙に悩まされながらも、会津候のために力を尽くそうとする斎藤一とない試衛館組の面々ですが……

 人を斬って京に出た末、浪士組として上洛してきた総司たち試衛館の面々と再会した一。なし崩し的に(元)浪士組に加わった一ですが、しかしそこでは芹沢鴨の一派が幅を効かせ、無法を繰り返していました。
 それでも会津藩への嘆願書を出すことで壬生浪士組となり、状況が好転したかと思えば、試衛館組を敵視する殿内義雄が近藤暗殺を計画、これを察知した総司は、土方の命で殿内を斬って……

 と、その直後の二人と出くわしてしまった近藤と一という、またもや重い場面で始まることとなった第4巻。
 とりあえず話し合うために居酒屋を訪れた四人が、何となく飯を食い始めるという妙にリアリティな場面が描かれる一方で、土方の考えるこれからの隊作りに否応なしに巻き込まれていく一という、実に「新撰組」的な展開が描かれるというギャップが、ある意味本作を象徴していると言えるかもしれません。

 その後、暇を持て余す試衛館組が、もらいもののカレイのつみいれ(つみれ)汁を皆で作ったり、とんでもない甘い物マニアの島田が加入したりと、それなりに楽しい場面も続くのですが――しかしもちろん、それだけで本作が終わるはずもありません。
 ついに揃いのだんだら羽織を誂え、公方様の警護で大坂に向かうことになった壬生浪士組。しかしこの時の大坂で何が起こったか――新撰組ファンはよくご存じでしょう。

 相変わらずの酒乱の芹沢の気を紛らわせるために船遊びを提案した一。しかし思わぬ形で(また総司のせいで一が――という気がしないでもない)船遊びは中断、そして大坂の町で芹沢と力士たちが――という場面で第4巻は終わり、そして第5巻では芹沢たちや総司と、力士たちとの大乱闘から始まることになるのであります。

 そしてその先も一や総司、仲間たちには、様々な荒波が押し寄せることになります。将軍の江戸帰還に衝撃を受ける近藤。三条実美・久坂玄瑞らの暗躍が会津の地位を危うくしていることを知る斎藤。
 そんな大きな動きの前に若者たちが迷う中、中では暴走を続ける芹沢が、大和屋を焼き討ちして……


 と、この時代の新撰組(の前身)を描く物語自体は、かなりオーソドックスな印象の本作。そんな中でもちろん本作の最大の特徴である料理描写が挿入されるのですが――それは時にアンバランスに感じられる時もあるのは否めません。
 しかし本作においては、そのアンバランスさもまた狙いの一つと言えます。人間であれば生きるために必ず食べる――そして時には楽しみのために食べる――食事。そんな食事の存在は、日常の象徴といえるでしょう。

 幕末の歴史の巨大なうねりという非日常と、食事という日常と――その両者がアンバランスな関係にあるのはむしろ当然。
 そして同時にそれは、ごく平凡な若者たちであったものが、突然幕府と反幕の争いの最前線に放り込まれることとなった新撰組を象徴するものでもあります。

 そして作中で一が永倉に語ったように、未来に希望を持てず、あるいは芹沢のようになるかもしれなかった彼を繋ぎとめたものが仲間たちとの日常であったとすれば――このアンバランスさは、本作において予想以上に大きな意味を持つものであり、そして欠かすことのできないものなのでしょう。

 そこから何が生まれるのか、そして一たちをどのように支えるのか――この先も見届けたいと思います。


『だんだらごはん』(殿ヶ谷美由記 講談社KCxARIA) 第4巻 Amazon/ 第5巻 Amazon
だんだらごはん(4) (KCx)だんだらごはん(5) (KCx)


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2019.06.28

野田サトル『ゴールデンカムイ』第18巻 ウラジオストクに交錯する過去と驚愕の真実!


 アシリパさんが大英博物館でのマンガ展のメインビジュアルに使われるなど、絶好調の『ゴールデンカムイ』、第18巻の前半で描かれるのは、土方と牛山を窮地に陥れた恐るべき脱獄囚と意外な人物の対決であります。そして後半、ウラジオストクを舞台とした過去編で明かされる驚くべき事実とは……

 網走以降、三派に分かれての行動がいまだ続くこの物語、杉元たちが日本を離れて北に向かう中、北海道に残って暗躍を続けるのは土方一派であります。
 独自に脱獄囚の刺青人皮を集める彼らが次に訪れたのは、脱獄囚が潜むという阿寒湖周辺――なのですが、ここで何と土方と牛山が行方不明という意外な事態が発生することになります。

 どちらも戦闘力という点では本作屈指の二人はどこに消えたのか――二人を追って奔走するのは、なんと門倉とキラウシのコンビ!
 一歩間違えると「誰?」と言われかねない二人ですが、網走監獄の元看守部長の門倉と、出稼ぎ中に土方たちと出会い、雇われたキラウシと、あまり取り柄のなさそうな男二人だからこそ、先が読めない展開が繰り広げられることになります。

 そしてこの二人と対決するのは、元家畜獣医であり、様々な毒物で数多くの人々を殺したという男・関谷。肉体的には非力ながら、その毒物知識と狡猾さを武器とする関谷は、門倉たちには分が悪い相手に見えるのですが……
 例によってまたとんでもないサイドストーリーを絡めつつ展開する中、浮かび上がる関谷の奇怪な信念と願い。そしてその果てに彼が掴んだものは――コミカルな展開だけでなく、悪役造形も印象的なエピソードであります。


 そして舞台は再び北に移り、描かれるのは北樺太のアレクサンドロフスカヤ監獄(亜港監獄)に囚われたかつての同志・ソフィアを救おうとするキロランケの姿ですが――ここで彼が思い出すのは、かつてウラジオストクで出会った人物のことであります。

 ロシア皇帝暗殺という大罪を犯し、逃亡を続けてきたキロランケ、ソフィア、そしてアシリパの父・ウイルク。日本に渡ろうとする三人は、ウラジオストクで写真館を営む日本人青年・長谷川幸一を訪ねたのでした。
 ロシア人の妻とまだ赤ん坊の子とともに暮らす物静かな青年・長谷川から日本語を学ぶことになった三人は、ここで束の間の平穏な時間を過ごすことになります。

 しかしウラジオストクに現れたロシアの秘密警察の影。長谷川を巻き込んで秘密警察と対峙する三人ですが、ここで意外な真実が明らかになることになります。そして引き起こされた大いなる悲劇の後、さらに意外すぎるもう一つの真実が……


 物語の始まりから今に至るまで、実に様々な形で我々読者を驚かせてきた本作。しかし断言しますが、この過去編の結末で描かれたある真実ほどショッキングなものはなかった――と言ってよいでしょう。
 こればかりは是非実際の作品を読んでショックを味わっていただきたいのですが、キロランケたちの過去を描くものとだけ思ってきたこのエピソードが、一転全く違った意味を持って浮かび上がるのは、ただただ圧倒されるばかりであります。

 そしてこの真実を踏まえてみれば、作中のいくつかの描写にも納得がいくのですが――特に稲妻強盗が遺した赤ん坊に妙に優しかった場面など――しかし振り返ってみれば、上で述べた関谷の過去ともよく似た構図となっている(ように見える)辺りなど、作者の用意周到さに慄然とするほかありません。

 そしてそんな過去の因縁があったとも知らず、現在において再会のために動き出すキロランケとソフィア。しかし亜港監獄からの脱獄がそうそう容易くいくはずもなく、また実に本作らしい強敵が登場して――と、またもや気を持たせる場面で次の巻に続くこととなった本作。

 登場人物は増え続け、物語の枝葉は繁り続け、その向かう先は予想もつかないのですが――それでもこの先も待ち受けるであろう驚きを求めて、期待は尽きないのであります。


『ゴールデンカムイ』第18巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 18 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


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 野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと

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2019.06.27

杉山小弥花『大正電氣バスターズ 不良少女と陰陽師』第1巻 「めんどうくささ」を抱えた二人の冒険始まる


 明治初期を舞台にした『明治失業忍法帖』を見事完結させた作者が次に舞台とする時代は大正――震災後の東京を舞台に、サブタイトルどおり不良少女と陰陽師の少年が帝都を騒がす悪霊に挑む活劇であると同時に、今回もまた、ままならぬ内面を持て余す男女の姿を綴る物語でもあります。

 本作の主人公は、関東大震災後の東京で、凄腕のスリとして知られるアーメンおりょう。元は良家の子女でありながら、震災で両親と家財を失い、流れ流れて今は一匹狼のスリとして暮らす少女であります。
 そんな彼女がある日銀座で出会ったのは、美形ながらおかしな気配を漂わせる少年・烏丸晴哉。自分を陰陽師と名乗る彼は、震災後に東京で活性化した悪霊たちを封じていると語り、おりょうが高い霊力を持ち、魔を惹きつける体質だと告げるのでした。

 もちろんそんな言葉を一笑に付して相手にしないおりょうですが、しかしかねてから帝都を騒がす通り魔に遭遇、訳の分からぬことを口走る男を前に、命の危険に晒されることになります。と、そこに現れたのはあの晴哉で……


 という第1話から始まる本作。電氣バスターズというのは何とも奇妙なタイトルですが、作中で晴哉が悪霊を指して語る「電気みたいな実体のないエネルギー」という言葉に由来するのでしょう。
 その言葉の通り、本作に登場する悪霊・魔の類は、その名から連想されるような恐ろしい姿は持たず、人間の心の弱い部分、暗い部分に取り憑いて、凶行を働かせるという形で活動することになります。

 それ故、本作はタイトルや設定から連想されるほどには派手なお話ではないのですが――しかしそれだからこそ、作中で描かれる「悪意」の姿は、より生々しく、危険なものとして感じられます。

 そしてそんな魔に立ち向かうのがおりょうと晴哉のカップル、というよりコンビ(途中でおりょうが「鷹の目団」と命名)なのですが――晴哉はともかくおりょうはほとんど一般人、そして晴哉の方は極端な貧血体質と命名ヒーローとはほど遠い二人であります。
 しかしそんな二人が、時にぶつかり合い、時に手を携えて、この世を蝕む魔に挑む姿は――先に述べたとおり、敵の姿が生々しいだけに――なかなかに痛快なのです。
(特に第2話で晴哉が繰り出す早九字は、こんなの見たことない! と言いたくなるような豪快さで実にイイ)


 さて、作者の作品といえば、丹念な考証とそれを踏まえた物語展開、そして何よりも登場人物の複雑な内面描写が魅力なわけですが――それはもちろん本作でも健在であります。
 特に最後の点については、期待通りというべきか、おりょうも晴哉も、内面に深刻な「めんどくささ」を抱えたキャラクターとして描かれることになります。

 もちろん、その「めんどくささ」を生み出しているのは、彼女たちが自分自身の内面を客観視しすぎている――客観視できすぎているが故のこと。
 自分の抱えたものに気付かないほど鈍感であれば、あるいはそれと適当につき合えるほど小利口であれば、もう少し傷つかずに生きられるのかもしれませんが――しかしそこから逃げず(逃げられず)に真っ向から向き合う姿は、それだからこそ、こちらの心を動かします。

 特に第1話のクライマックスにおいて、あの震災によって全てを奪われながらも、悲劇のヒロインであることを否定して、自分自身として生き抜いてやると叫ぶおりょうの姿は実に感動的かつ魅力的で――確かに晴哉が「姐さん」と呼んで慕ってしまうのも頷けるのであります。

 その一方で、晴哉の方は陰陽師としての顔にまだまだ見えない部分が多く、ちょっと感情移入しにくいのですが――この巻のラストを見るに、それはまだまだこの先のお楽しみなのでしょう。


 何はともあれ、愛すべきめんどうくさい二人の冒険は始まりました。
 これまで『当世白浪気質』では昭和(終戦直後)を、『明治失業忍法帖』では明治時代を描いてきた作者が、本作でどのような大正時代を描いてみせるのか――その点も含めて、この先が楽しみな物語であります。


『大正電氣バスターズ 不良少女と陰陽師』第1巻(杉山小弥花 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
大正電氣バスターズ~不良少女と陰陽師~ 1 (プリンセス・コミックス)


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 『当世白浪気質』第1巻 死の先にある真実を求めて
 『当世白浪気質』第2巻・第3巻 彼が見つけた本当に美しいもの

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2019.06.26

『どろろ』 第二十四話「どろろと百鬼丸」

 燃えさかる炎の中、最後の死闘を繰り広げる百鬼丸と多宝丸。ついに多宝丸を追いつめる百鬼丸だが――その時、これまでのどろろたちの思い出が頭をよぎり、刀を止めるのだった。負けを認めた多宝丸から両目を返され、現れた最後の鬼神も倒した百鬼丸。しかし炎に巻かれて倒れた彼の前に現れたのは……

 開幕早々、超絶作画で猛烈な剣戟を繰り広げる百鬼丸と多宝丸。死闘の最中、これは自分の城だ、自分の部屋などと百鬼丸に子供じみた言葉を叩きつける多宝丸ですが――戦いの中で百鬼丸は、多宝丸に欠けたものがある――百鬼丸には胸の部分が黒くぽっかりと空いて見える――のを感じ取るのでした。
 それでも互いの刃が止まることなく、いよいよ激しくなる火勢の中、ついに決着の時を迎える二人。百鬼丸のとどめの一撃が振り下ろされようとした時――百鬼丸の脳裏をよぎったのは、何故かどろろや、彼女との旅の中で出会った人々の姿でありました。

 そしてそれに止められたかのように、刀を下ろす百鬼丸。訝しげな多宝丸に、俺たちは人だと百鬼丸は告げ、多宝丸もついに負けを認めるのでした。そして百鬼丸に最後の身体の一部――両目を返すべく、己の目を抉りだした多宝丸。それと呼応するかのように、崩れつつある城の中に現れたのは十二番目の鬼神――植物とも鉱物ともつかぬような巨体の中核と覚しき部分を百鬼丸の刀が貫き、ついに百鬼丸は全き身体を取り戻したのでした。

 しかし返ってきたばかりの目を開けられぬ百鬼丸の上に落ち掛かる、燃え崩れた城の一部。そこから彼を救ったのは、既に城の中に入り込んでいた寿海と、抜け穴を抜けて戻ってきた縫の方でありました。ついに目を開けた百鬼丸と見つめ合い、母子の名乗りを交わす縫の方と、百鬼丸に最後の授け物として仏像を――人の心を与える寿海。百鬼丸を抜け穴から逃がし、その場に残った二人、いや、ようやく母の心からの愛を受け止めて心の隙間を埋めた多宝丸も入れて三人は、従容として崩れ落ちる城と運命を共にするのでした。
 一方、抜け穴の途中まで追ってきたどろろと出会い、共に外に出た百鬼丸。その目に映るのはどろろの顔と、美しい夕焼けの空……

 そして戦いが終わり、焼け出された人々の村の再建を、青年三人組に提案するどろろ。武士の力ではなく、金の力を使うというどろろに怪訝な表情の青年団ですが、どろろは心当たりがあると――もちろん、父の残した財宝であります――笑ってみせるのでした。

 一方、ただ一人地獄堂に向かった百鬼丸。そこには、朝倉との戦いで数多くの兵を失い、満身創痍で堂の中に端座する醍醐景光の姿がありました。事ここに至っても自分の所業を恥じることなく、今ここでお前に討たれても魂魄ここに留まって鬼神となると嘯く景光。しかし百鬼丸の刃が貫いたのは景光ではなく、傍らに置かれた兜でありました。
 百鬼丸が選んだのは、父を殺してこの先も修羅の道を行くのではなく、人の道を行くこと。そしてあんたも人として生きろと告げて去る百鬼丸の器と生命力の大きさを前に、初めて景光は己の失ったものの大きさを知り、心から慟哭するのでした。そう、百鬼丸を己の欲望の生贄にしなければ手には入ったかもしれないもう一つの未来――父と子で手を取り合って作り上げる国を失ったことを……

 そしてそのまま一人飄然と何処かへ旅立つ百鬼丸。しかしどろろはいつの日にか必ず百鬼丸が自分のもとに帰ってくることを信じて、村を再建するために走り始めます。そして数年後、美しく成長したどろろの前に、凛々しく成長した百鬼丸が……


 まさに大団円と呼ぶに相応しい内容となった最終回。多宝丸も縫の方も寿海も、悲しい結末ではありますが、しかしそれぞれ最後には己の行動に、己の生に満足することができたと言うことができるでしょう。
 景光が最後まで生き残ったのに不満を覚える方もいるかもしれませんが、しかし己以外の全てを失い、そしてその時になって初めて自分の欲望のために失ったものの大きさを知ったのは、彼にとっては何よりも残酷な罰と言うべきではないでしょうか。景光を怪物としてではなく、一人の人間として――そしてそれを百鬼丸の成長を通じて――描いたこの結末、私は大いに感心しました。

 そしてどろろと百鬼丸ですが――すっかり母親似の美人となったどろろと、家族の良いところだけ集めたようなイケメンとなった百鬼丸。二人にとっては最高の結末でしょう。
 最高と断言して良いかって? その理由は、景光が仕えた富樫家が一揆勢に追われ、加賀はその後100年近く「百姓の持ちたる国」となったという史実を掲げれば足りると――私はそう思います。

 そして原作においても景光が富樫家の家臣であったことを思えば、原作の描けなかった結末に、ここでようやくたどり着くことができた、というのはさすがに言い過ぎかもしれませんが……


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関連サイト
 公式サイト

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2019.06.25

石川ローズ『あをによし、それもよし』第2巻 ミニマリスト山上、「山上憶良」になる!?


 現代のミニマリスト・山上が奈良時代にタイムスリップするという、極め付きにユニークな歴史コメディ『あをによし、それもよし』、待望の続巻であります。相変わらずマイペースに奈良ライフを満喫する山上ですが、思わぬ形でこの時代で新たなしがらみが……

 とにかく物を持たず、物に執着せずに暮らすことに全てを賭けてきたサラリーマン・山上(やまがみ)。日頃、物質社会の現代の生き辛さを嘆いてきた彼ですが――どうしたことか突然タイムスリップし、奈良時代に行ってしまったのでした。
 そこで、「あをによし奈良の都は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり」と詠んだ一発屋(と作中で呼ばれる)小野老と出会い、彼と共同生活を始めることになった山上。

 現代と違って質素で不便な奈良時代の生活ですが、むしろ彼にとってはこれこそが求めていたもの。水を得た魚のように奈良ライフをエンジョイする彼は、違和感なくこの時代に溶け込んで……


 と、(最近の)タイムスリップものでは定番である、過去の時代に現代の知識やアイテムを持ち込んで無双するという展開にきっぱり背を向けて――というより、過去の時代の不便さを満喫するという、ある意味非常に斬新な本作。
 もちろんその流れはこの巻でも全く変わらず、風呂がない中でも蒸し風呂に入ったり、夏バテに川でアレを捕まえて食したり――相変わらずマイペースな山上と俗物根性旺盛な老の愉快なやり取り、そして絶妙な史実アレンジの数々が楽しめるのですが――しかし、この巻では山上の身に、さらにとんでもない事態が発生することになります。

 時の中納言・粟田真人――遣唐使として則天武后時代の唐に渡り、そこその儀容の見事さを讃えられたという逸話を持つ(でもやっぱり本作では何かヘンな)彼が、偶然出会った山上のことを「山上憶良」と言い出したのです。
 聞けば「山上憶良」は真人と同じ時に遣唐使になりながらも、その途上で消息を断ったという人物。彼を引き立てた真人は、その才を惜しんでいたというのであります。

 ……いやはや、本作では山上が後に「山上憶良」と呼ばれるようになるものだとばかり思い込んでいましたが、何と「山上憶良」が別に存在していたとは!
 意外な展開に驚いていれば、さらに以外なのは「山上憶良」は妻子持ちだというではありませんか。真人からは従五位下の位を用意すると言われ、妻子までいるとなれば、普通の人間であれば喜ぶところですが、しかしミニマリスト・山上の選択は――?


 山上憶良といえば「貧窮問答歌」、という組み合わせのおかげで、何となく本人も貧窮していたイメージのある憶良ですが、しかし史実では遣唐使に選ばれたエリートであり、帰国してからは従五位下、すなわち貴族として国守にもなった人物(そして子煩悩)であります。
 どう考えてもミニマリストにはほど遠い人物ですが――といっても本作の「山上憶良」もしっかりミニマリストだったようですが――さて山上は「山上憶良」としてやっていくことができるのか?

 ……と、あまり深刻にならないのが本作の良いところ。何となくノリで物語は進行し、いよいよ山上も歴史に名を残すことになりそうですが――さて。
 同じくタイムスリップしてきた(元)カリスマミニマリスト・フジワラさん改め藤原不比等との対決(?)の行方も含め、この先の山上の運命が気になる――いや、良い意味で全く気にならない、実に楽しい物語であります。


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2019.06.24

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第16巻 最後の時まで屈することない男たちを描いて


 もはや一人一冊/一殺という状態で(史実がそうだといえばそうなのですが)、ファンとしては悲鳴と涙しか出ない本作。前々巻では近藤が、前巻では原田が散り、この巻では沖田の最期の姿が描かれることとなります。一方、続く悲劇と絶望に壊れた土方は……

 一度は脱出しながらも、宇都宮城での戦いで土方を救うために首の座に就いた近藤。一度は袂を分かちながらも、誠の旗を背負い、薩摩最強の伊地知と戦って散った原田。
 それまでに命を落とした者たちも含め、誠の旗の下に集った若者たちが次々と散っていくのには、それが史実(原田は置いておくとしても)とはいえ、こちらも土方の如くがっくりと沈み込みたくなるばかりであります。

 しかし歴史はさらに非情です。ここで待ち受けるのは更なる悲しみ――そう、沖田総司の最期の刻なのですから。


 結核を病み、もはや土方たちと行動するのも不可能となった沖田。彼に残されたのは、サイゾー(懐かしい!)を友に、江戸での療養と称した、自分が徐々に衰えていくのを見つめる日々のみであります。

 そんな中、ひたすら新選組隊士たちを追いつめ、苦しめることを快とする鈴が送り込んだのは、人の声色を忠実に再現する力を持つ黒猫めいた幼い双子・腦(なづき)と頭(つむり)。
 彼らを沖田の家に忍ばせ、夜な夜な土方や隊士らの声を聞かせることで、沖田を精神面からも追い込もうという、頭のどこを使えばこれほど鬼畜なことを思いつくのか――と言いたくなるほどの企みであります。

 しかし――ここで我々は、沖田の無垢なる心と、それが生んだ奇跡を目撃することになります。
 彼を苦しめるために再生される、彼を置いて旅立ったかつての仲間たちの声。しかしそれは決して沖田ににとっては絶望の響きなどではなく――そしてそれをもたらした者たちすら歓迎すべきものとして、沖田は受け止めてみせるのであります。

 それが何をもたらすのか――これ以上を語るのは野暮というものですが、しかしその無垢な心が起こした一つの、いやたくさんの奇跡には、こちらはただただ涙するしかなかった、というのが正直なところであります。
 死の床にあった沖田が黒猫を斬ろうとしたというのは有名な逸話ですが、それをこのような全く正反対の、こうであって欲しかったという形で描いてみせるとは!

 そしてここに至り気付くのであります。近藤も、原田も、沖田も、他の者たちも――本作で描かれる新選組隊士たちは、運命の悪意(鈴の存在はその象徴というべきでしょう)に翻弄され、地獄のような境遇で喘ぎ苦しみながらも、決して負けなかった、と。
 決して最後の時まで屈することなく、そして最後の時にはいまだ戦い続ける仲間たちを信じ、自分の生を生ききる――新選組の男たちは、そんな見事な最期を遂げたのだと。


 だとすれば――彼らに置いて行かれたと、残された者たちが沈み続けているわけにはいかないことは言うまでもありません。
 近藤の死に深い衝撃を受け、ほとんど廃人のような有様となった土方。この先伝説になるであろう、モブおじさんたちに路地裏に引っ張り込まれるほど壊れた土方も、ついに沖田の最期を知り、動くことになります。

 もっともそれが素直に前向きになるわけではないのは困ったものですが――いや、それも復活のための前奏曲というべきでしょう。
 生き残った隊士たちが、いやそれだけではなく「彼ら」までもが集まり、背中を押す中で立ち上がる土方。その姿は、お約束といえばそうかもしれませんが、しかしやはりこの上なく胸を打つのであります。

 いささか失礼なことを申し上げれば、このまま最終回でも満足してしまいそうになるほど……


 しかしもちろん、ここで物語が終わってよいはずがありません。先に述べたとおり、本作が、最後の最後まで生ききる新選組隊士たちの姿を描く物語であるとすれば、描かれるべきものはまだ数多くあるのですから。

 それでも――巻末に掲載された、連載ペースを落とすという作者の宣言には、むしろ心から共感し、納得してしまうのもまた事実。それは一番辛いのは、確かに作者ご自身でしょう、と。
 この先もまだまだ地獄は続くことでしょう。それでもその先に光があることを祈って――気長に待つことといたします。


『PEACE MAKER鐵』第16巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
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2019.06.23

『鬼滅の刃』第十二話 「猪は牙を剥き 善逸は眠る」

 鼓の音で空間を操る鬼・響凱と、謎のイノシシ男に遭遇した炭治郎。見境無く襲いかかってくるイノシシ男と乱闘している間に再び別の部屋に飛ばされた炭治郎とてる子は、そこで探していた少年と出会う。一方、炭治郎とはぐれた善逸と正一も別の鬼と遭遇、追いつめられた末に寝てしてしまう善逸だが……

 小生という小説家みたいな一人称の割には諏訪部声でブツブツ喋るゴツい鬼と、やたらとテンションの高い猟奇イノシシ男と、閉ざされた和風建築で一、二を争うくらい会いたくない連中と遭遇してしまった炭治郎とてる子。鬼――響凱が身体から生えた鼓を叩けば部屋が回転し、文字通り振り回される炭治郎ですが、同様の状態のイノシシ男がてる子を踏みつけにしたことに激怒、足を捕まえて片手でブン投げるという、何気に怪力ぶりを発揮いたします。
 しかしこれが闘争本能に火をつけたか、鬼そっちのけで襲いかかってくるイノシシ男。さらに家の中で騒がれて腹を立てた響凱の攻撃まで繰り出され、大混乱の中、突然炭治郎とてる子は、別の部屋に飛ばされるのでした。響凱は鼓を叩いていないのに――と思いながら屋敷内を探検してみれば、部屋の一つには鼓を手にした少年が……

 一方、はぐれてしまった善逸と正一は、屋敷の中なのに縁の下があるという、冷静に考えたら妙な構造のエリアを(善逸だけが)パニックに陥りつつ歩き回るのですが――四つ目に長い舌の鬼が、縁の下からズリズリ出てくるという、ホラーゲームのような展開が!
 絶叫してわたわたと情けなく逃げまどいながらも、それでも決して正一の手は離さず、彼の身を案じて先に逃がそうとまでするところに人の良さが現れる善逸。しかしついに行き止まりに追いつめられたその時、善逸の中で何かがはじけた! ……と思ったらそのまま寝始めた善逸。正一だけでなく観ている側もどうリアクションしたらよいかわからなくなってきた中、鬼の舌が二人に迫る――と思いきや、いきなり舌の先が吹き飛んだ!

 鬼の舌を切り落としたのは寝ていたはずの善逸の刀――立ち上がった善逸は極端な前傾の抜刀姿勢のまま、口からはなんか蒸気まで吐き出して攻撃開始の構え。と、次の瞬間に繰り出されたのは、雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃! 走り抜けざまの神速の抜刀により、見事に一撃で鬼の首を切り飛ばした善逸ですが、しかし本人は眠っている=意識を失っているまま……知らぬは本人ばかりなり、正一がやってくれたと思いこむ善逸の途方もないナニっぷりに、再び正一だけでなくこちらも困惑するしかないのでした。
 ちなみにその頃、猟奇イノシシ男は絶好調で屋敷内を突っ走りつつ、出くわした見るからにモブい肥満鬼を一撃で叩き斬ったりしていました。

 そして炭治郎の方に戻ってみれば、彼らが出会った少年こそは、鬼にさらわれたという清。実は彼こそは稀血なる、読んで字の如しの血液の持ち主であり、鬼にとっては貴重な食料扱いだったのであります。そしてそれが災いしてまさに餌食になろうとしていた時、鬼同士の仲違いで響凱の鼓の一つが叩き落とされ、無我夢中でそれを拾って叩いてみれば、部屋をワープしたというのです。
 それを聞いて、何かあったらすぐ鼓を叩くように清とてる子に言いおき、二人を残して響凱退治に向かう炭治郎。そして今度は邪魔抜きで響凱と退治する炭治郎ですが――鼓によって左右前後に部屋が回転させ、さらに衝撃波を放ってくる響凱はやはり強敵です。

 それもそのはず、響凱は元・十二鬼月――と言っても一番下の下弦の陸であり、しかも人間を食べられなくなって無惨様に給食ハラスメントのような感じで地位を剥奪されたりしましたが(これくらいで済んだのは実はすごい幸運だと思う……)、それでも今の炭治郎には強敵であります。
 そう、前回は鬼滅隊公認の戦いでないためかロクに回復期間も与えられていない炭治郎は、体中の痛みに立っているのがやっとの状態。冷静に聞けば泣き言満載のモノローグを延々と続ける炭治郎ですが、しかし最後は半ばヤケクソ気味に自分自身を応援し始めて復活。何はともあれ、炭治郎の反撃はここからであります。


 ようやくペースアップし、原作三話分を消化した今回。三人三様の戦いが描かれましたが、その中で良くも悪くも目立っていたのはやはり善逸でしょう。
 今回観ていて「汚い高音だなあ――そういえば原作で(汚い高音)と書かれたのはこの辺りだったかしら」となどと思っていたら、まさにそのシーンがそれだったのには、声優さんの演技力に驚きましたが、それはさておき、滅茶苦茶なキャラクターの善逸が動き回ると、やはり物語に緩急が出てきて、これまでとはまた異なる楽しさがあります。

 しかし(汚い高音)といい、正一の内心描写といい、原作の面白いナレーション(?)がアニメ版ではことごとくオミットされているのは、やはりちょっと勿体ない……


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 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」
 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」


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関連サイト
 公式サイト

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2019.06.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第24巻 大坂湾決戦の前哨戦にケン動く


 近づきつつある「その時」に向け、歴史を変えるために動き出したケンの奮闘はまだまだ続きます。この巻は丸々一冊かけて、織田と毛利の大坂湾決戦――木津川口の戦いの前哨戦というべき内容が描かれます。強敵の仕掛ける様々な策に対して、ケンは信長から意外な役割を命じられることに……

 歴史を変えて信長を救うため、不確定要素というべき最後の現代人を探すケン。どうやら四国の三好長治に仕えていた料理人が彼らしいと知ったケンですが、しかし中国四国は、織田と激しく敵対する強敵である毛利の勢力圏。特に海は、毛利と組んだ最強の村上水軍の支配下であります。

 そんな中、信長がケンに命じたのは――堺の商船の、その護衛の船に飯を振る舞うという謎のお役目。
 護衛というにはどうにもガラの悪い、どう見てもアレな感じの連中が(嫌がらせのために)持ち込む様々な食材を文字通り捌き、彼らの長にも気に入られたケンですが……

 と、言うまでもなく、その彼らこそが――なのですが(古今東西の料理には異常に詳しいケンも、この歴史知識は持っていなかったのか、とちょっと微笑ましい)、そんなところに自ら現れた信長の言葉が実に格好良い。
 いかにも本作の信長らしい、一歩間違えれば誇大妄想のようでいて、しかし先見の明がありすぎるその言葉に――現実の信長がそうであったかはさておき――ケンならずともKOされてしまうのはよくわかるところであります。

 しかしこのミッションの最中、これで料理を作ってみろとウミガメを差し出された時のケンの嬉しそうな顔たるや……


 さて、それもこれも信長が勝利した暁のことですが、しかしその彼の前に今立ち塞がっているのは、何度も繰り返すように毛利――あの元就にも負けぬ俊傑・輝元であります。

 そしてその輝元を謀略で支えるのは、小早川隆景――養子のおかげでいまいちイメージがよろしくない隆景ですが、しかし本作の隆景は、実にシブく格好良い。
 決して正面からの力押しではなく、信長を倒すために最も有効な手段は何か――それを見定めて、着々と布石を打っていくその姿は、本作にはこれまでいなかったタイプではないでしょうか。

 そしてその隆景の策の一つが、ある意味最も定番である調略、すなわち寝返り工作。そしてここでそれに引っかかって信長を裏切ったのが誰であるか、それは史実を知る我々にとっては、一目瞭然であります。
(あまりにもダメ人間なので、少しは裏があるかと思ったら本当にダメ人間だった……)

 しかし信長にとってはそれが誰かわかるはずもありません。内通者がいるらしい、とまではわかったものの、果たしてそれが誰なのか、肝心なところでわからない――とくれば、ケンの出番です。
 正直なところ、信長が前線で戦っていた頃の方が普通(?)の任が多かったケンですが、信長が隠居して身軽になってからは、無茶なミッションが増えた気がする――というのはさておき、今回の任務は内通者探しであります。

 内通者と結んで、本願寺に米を運び込んでいるのが川筋衆――川を使う運輸業で生計を立てている人々――と知り、彼らの元に向かうケン。
 しかし彼らは元々、本願寺の仕事を引き受けて暮らしていた人々であり、その本願寺を包囲して仕事を奪った信長はむしろ敵であります。そんな彼らの心を開くことができるか――おお、ケンの仕事らしくなってきました。

 ここでケンが繰り出すのが、料理としての見事さはもちろんのこと(この巻で一番おいしそう!)、川筋衆の身を立てるという点でも理にかなったのが楽しいところ。
 そしてここからさらに内通者を炙り出すためにケンが持ち出したのは――FSR!? 確かに戦場めしではありますが、と戸惑っていれば、それを使った策もなかなか面白くで、いやはやケンも人が悪くなったものだ――と妙なところで感心させられるのです。


 と、冒頭に述べたとおり丸々前哨戦、歴史の表面上はまだ何も起きていないだけに、地味といえば地味なのですが――ケンの料理の面白さと使いどころの巧みさはもちろんのこと、歴史上の人物解釈・描写の面白さもあって、この巻もしっかりと読まされてしまいました。。
 しかしいよいよ木津川口の戦い――歴史が大きく動くことになります。そして木津川口の戦いといえば、信長のあの船が登場するはずですが――本作でそれがただの船であるとは思えません。それも含めて、今から次の巻が楽しみなところであります。


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信長のシェフ 24 (芳文社コミックス)


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2019.06.21

森野きこり『妖怪の子預かります』第1巻 違和感皆無の漫画版

 ほぼ時を同じくして原作第8作が刊行された廣島玲子の人気妖怪時代小説シリーズ『妖怪の子預かります』――本作はその第1作を、『明治瓦斯燈妖夢抄 あかねや八雲』の森野きこりが漫画化した第1巻であります。

 故あって盲目の美青年・千弥と長屋で暮らす少年・弥助。ふとしたことから、森の中にあった石を割ってしまった彼は、突然烏天狗に捕らえられ、妖怪奉行所の奉行・月夜公の前に引き出されることになります。
 実は弥助が割った石こそは、妖怪たちの子を預かってきたうぶめが棲む石。しかし住処を壊されたうぶめはどこかへ消えてしまい、妖怪たちは怒り心頭というのであります。

 その罰として月夜公から、うぶめの代わりに妖怪たちの子を預かるよう命じられ、長屋に返された弥助。その晩から、弥助のもとには次から次へと奇怪な妖怪たちが現れ、子供をを預けていくことになります。
 子供といっても妖怪、奇怪な姿や能力を持つ彼らたちを前に、奮闘する弥助ですが……


 と、今となってみれば実に懐かしいあらすじの原作第1作を漫画化した本作。妖怪時代小説は数あれど、その中でも妖怪の子を預かって育てるという極めてユニークな設定は、今見ても新鮮であります。

 本作はその第1作を、原作に非常に忠実に漫画化。おしゃべりな梅の子や、人の血を餌にする百匹以上の小魚、人の髪を食らう鋏の精、さらには人語を解する巨大な鶏の卵まで――妖怪たちは伝承などに基づかないほぼ本作オリジナルながら、しかし実に面白くも不気味なその姿と生態は、存在感十分であります。

 そしてその妖怪の子たちを預かることになってしまった弥助は、過去のある体験がきっかけに、千弥以外の他人とはほとんど喋れないという少年。
 その彼が、子預かりで奮闘する中で、徐々に成長し、他者とのコミュニケーションに目覚めていく――というのは、ある種お約束ながら、その苦労が並みでないだけに説得力十分なのであります。


 さて、これらの点はもちろん原作由来ではありますが、本作はそれを、原作に忠実に、漫画として再現してみせます。いや、忠実というよりも、むしろ全く違和感なくと言うべきでしょうか。
 元々原作の挿絵はコミックタッチであり、本作もそれをベースとしたものではあるのですが――しかし本作はは、原作既読者をして「あれ、最初から漫画作品だったかしら?」と思わしめるほどの完成度。違和感仕事しろ、という言葉がありますが、本作はまさにそれであります。

 いかにも子供らしく活発さと可愛らしさを感じさせる弥助、彼を溺愛する(いかにもわけありの)盲目の超美形・千弥、そして数少ない人間のレギュラーである遊び人の久蔵――そしてもちろん妖怪たちに至るまで、この漫画版に登場するのは、まさしくファンが原作で親しんできた彼ら。
 上で述べたとおり、デザインは原作のものを踏まえているのだから当たり前――と思われるかもしれません。しかし漫画として作中で彼らが動き回っても、その違和感のなさは変わらない――というより、むしろより際だって感じられます。

 そしてそれはもちろん、この漫画版を担当する森野きこりの画の力によるところであることは言うまでもありません。
 人の世と妖の存在が重なり合うところに生まれる世界を描いた『あかねや八雲』の作者であるだけに、本作においても原作が本質的に持つほの暗さ、恐ろしさを漂わせつつ、漫画としての絵や動きの楽しさを見せてくれるのは、期待以上のコラボレーションであったと言うべきでしょう。


 こうなったら、人気キャラである二人の姫君が登場する原作第2作、千弥とあるキャラクターのあまりにエモすぎる過去が描かれる原作第3作も、ぜひ漫画化してほしい! ……などと、気が早すぎることすら考えさせられてしまうこの漫画版。

 まずは第1作のクライマックスである――様々な隠されていた真実が描かれるであろう――第2巻を楽しみに待ちたいと思います。


『妖怪の子預かります』第1巻(森野きこり&廣嶋玲子 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
妖怪の子預かります 1 (BLADE COMICS)


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2019.06.20

唐々煙『泡沫に笑う』 鎌倉から明治へ、二人の道の先に待つもの

 『曇天に笑う』『煉獄に笑う』の前日譚でもあり、『曇天に笑う』の後日譚でもある物語――『泡沫に笑う』が刊行されました。オロチと戦うために生み出された式神・牡丹と彼女を愛する隻腕の青年・比良裏の、時を超えて繰り返されてきた愛の物語は、ここに結末を迎えることになります。

 300年に一度復活する呪大蛇と人間たちの戦い――鎌倉時代を舞台としたその前々回の戦いにおいて、曇神社の初代当主・景光とともに戦い、大蛇を封じた牡丹と安倍比良裏。
 人ならざる牡丹を深く愛しながらも、大蛇を封印したことで牡丹は消滅し、比良裏はいつか彼女と再会することを誓うことになります。

 そして時は流れて明治時代、曇の三兄弟たちの奮闘によりついに大蛇は消滅。彼らとともに戦ってきた比良裏、そして牡丹にも安らぎの時が訪れたはず、だったのですが――しかし牡丹は人々の記憶から自分の存在を消し去り、一人姿を消してしまったのであります。比良裏を残して……

 この『曇天に笑う』第1巻に収録された(というか第1巻の大半を占める)前日譚である短編版『泡沫に笑う』の物語と、シリーズ全体の後日譚である『曇天に笑う外伝』の物語。本作はその間に挟まる物語であり、そしてその後に位置する物語であります。

 これらの作品――呪大蛇サーガというべき物語は、もちろん曇の一族を中心とするものであります。
 その一方で、長きに渡る物語を見届ける者として登場してきたのが比良裏と牡丹。この二人は、物語全体を繋ぐ縦糸とも言うべき者として存在すると言ってもよいでしょう。

 しかし物語の中心からほんの少しずれたところにいるためか、冷静に考えれば謎も少なくないこのカップル。
 消滅した牡丹が復活したのは何故か。比良裏は何故転生を繰り返しているのか(どのようにして転生できるようになったのか)。牡丹は何故戦国時代に「髑髏鬼灯」と呼ばれていたのか。比良裏と織田信長が瓜二つなのは偶然なのか。そして何よりも、牡丹はどこに消えたのか、比良裏は牡丹と再会できるのか……

 正直なところ、これまで謎を謎と認識していなかったものもあります(比良裏、根性で後追っかけてるんだなあ、とか)。また、明かされると思っていなかった謎もあります。
 しかし本作は、短編版『泡沫に笑う』の後の比良裏と景光の新たな冒険を描きつつ、その謎の全てに答えを用意してみせるのです。

 そう、本作は、短編版『泡沫に笑う』の後日譚であり、同作と『煉獄に笑う』を繋ぐ物語であり、『曇天に笑う』の結末であり、そして比良裏と牡丹の物語の結末である――そんないう離れ業を演じてみせる物語。
 その内容について詳しくは述べませんが――一連の物語を未読の方にはさすがにお勧めしないものの、逆に言えばこれらの作品をこれまで読んできた方にとっては必読の物語であると、そう断じさせていただきたいと思います。


 本作と第10巻が同時発売の『煉獄に笑う』の方は、まだまだ完結は遠いようですが、しかし一足先に、美しい形で終わりを見せてくれた二人の物語。
 それはファンにとっては、ちょっと寂しいことではありますが――しかし道の先にこの物語が待っていると考えれば、それは何とも暖かく嬉しいことに感じられます。


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泡沫に笑う (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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 唐々煙『曇天に笑う 外伝』下巻 完結、三兄弟の物語 しかし……

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 唐々煙『煉獄に笑う』第7巻 開戦、第二次伊賀の乱!
 唐々煙『煉獄に笑う』第8巻 伊賀の乱の混沌に集う者、散る者
 唐々煙『煉獄に笑う』第9巻 彼らの刃の下の心 天正伊賀の乱終結

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2019.06.19

『どろろ』 第二十三話「鬼神の巻」

 鬼神から百鬼丸の両眼と両腕を与えられた多宝丸・陸奥・兵庫と対峙する百鬼丸とミドロ号。駆けつけたどろろと縫、琵琶丸たちが見守る中で繰り広げられる死闘の中、ミドロ号と陸奥・兵庫が相討ちとなり、百鬼丸に両腕が戻ってくる。なおも激しく激突する兄弟の戦いは、終わることなく続き……

 災いの子である百鬼丸を倒し、その身を鬼神に捧げることで醍醐領に安寧を取り戻そうと、喪った体を補うようにその百鬼丸の体を十二番目の鬼神から与えられた多宝丸と陸奥・兵庫。対するは百鬼丸と妖怪(鬼神ではない模様)と化したミドロ号――もはや言葉は不要、ただ相手の命を奪うのみとなった両者は、駆けつけたどろろと縫、琵琶丸、そして前回から登場の村の若者三人組が固唾を呑んで見守る中、ぶつかりあいます。
 百鬼丸と多宝丸が激しく切り結ぶ一方で、ミドロ号の動きを封じるべく立ち塞がる陸奥と兵庫――と思ったら、次に場面が変わった時にはミドロ号に踏み潰されている兵庫。しかしそこにミドロ号の子供が現れ、気を逸らしたミドロ号に対して兵庫の、陸奥の刀が突き刺さります。しかし怒ったミドロ号に兵庫は首を引っこ抜かれ、そして陸奥も後ろ脚で蹴り飛ばされ――と、それでも鬼神の力か動き出した兵庫の体は再びミドロ号に一撃! 同時に陸奥も深々と刃を突き刺します。しかし二人の生命力もそこで燃え尽き、そしてミドロ号もついに息絶えるのでした。

 と、百鬼丸自身の手ではなくとも、百鬼丸の体の一部を奪った陸奥と兵庫が命を落とした結果、ついに戻ってきた百鬼丸の両腕。百鬼丸は襲ってきた多宝丸の攻撃を受け止めるため、自分の義肢に刺さっていた刀を素手で掴んだものだから手を血塗れにしつつも、なおも残る多宝丸を討とうとするのですが――そんな彼の前に立ったのは縫の方であります。はたして母の前で血塗れの両手を恥じたのか、はたまた取り戻したばかりの両腕を奪われまいとしたのか、両手と刀を背に回して隠した百鬼丸は、その場から走り去り、多宝丸も後を追って姿を消すのでした。

 その場に取り残され、息絶えた者たちを弔う中、百鬼丸と国を秤にかけるようなことを言い出す青年団に素晴らしい跳躍で殴りかかるどろろ。しかし縫の方は青年たちの発言を肯定しますが――しかし彼女は続けます。何者かに頼って築く平安は脆いと。この平安は百鬼丸ただ一人の犠牲で得られたものを享受していただけであって、自分たちの努力で得ていないものは、守ることもできないのだと……
 ここでどろろの脳裏によぎるのは、これまでの人生で、そして百鬼丸との旅の中で出会い、別れた人々――武士や戦に様々なものを奪われ、それでいて自分たちの力では何も出来なかった人々のこと。守りたいものがあるのなら、自分自身が力を得て強くならなければならないと気付いたどろろは、強すぎることの危険性を語る琵琶丸の言葉にも、大事なのは心の持ちようだと、決然とした眼差しでもって力強く返すのでした。

 そして景光自ら出陣する中、城に残った者たちの前にその異形の姿を現し、百鬼丸がやってくる前に去れと促す多宝丸。城から皆が去り、ただ一人残った多宝丸の前に、百鬼丸が現れます。そして自分たちだけの城の中で、幾たび目かの一騎打ちを始める二人。激しい激突の中で灯火が倒れ、辺りが炎に包まれる中、なおも二人の戦いは続いて……


 かなりの部分を使って、ひたすらバトルが繰り広げられるという、ある意味ラスト前に相応しい今回。全般的に作画は低調でしたがその分アクションに全振りしたかのように、縦横無尽に切り結ぶ百鬼丸と多宝丸の戦いは、まさしく触れれば斬れそうなほどの凄まじい迫力がありました。
(自らの腕を取り戻した百鬼丸が、手で刀を持つことで間合いを伸ばしながらも、しかしそのために屋内の戦いではそれが災いして長押に刀を引っかける場面も面白い)

 しかし気になるのはもちろんこの先の物語。どう転んでも誰かにとっては悲劇しか待っていない状況の中、どのようにこの物語は結末を迎えるのか。今回一気に成長した感のあるどろろは、朧気に向かう先を掴んだようですが、しかしその傍らにはやはり百鬼丸がいてほしい――それはどろろのみならず皆の願いでしょう。
 城が炎に包まる中、何か心に期するところがあったらしい表情を見せる寿海。果たして彼の存在が、どろろが、縫が何かを生み出すのか――ただ観ているしかないこちらとしては、縋れるものには何でも縋りたい気分であります。


 しかしミドロ号、最初の死に続いて、二度目の死も何だか雑な扱いでした。ここまで頑張ってきた陸奥と兵庫も。


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2019.06.18

唐々煙『煉獄に笑う』第10巻 嵐の前の静けさ!? 復活の三兄弟

 長きに渡り続き幾多の犠牲を出した天正伊賀の乱も終結し、呪大蛇を巡る戦いも振り出しに戻った(?)ところで、この『煉獄に笑う』も単行本二桁に突入(ちなみに『泡沫に笑う』と同時発売であります)。再び絆を取り戻した「三兄弟」の前に立ち塞がるの者は果たして……

 抗戦空しく、織田軍の前に伊賀陥落という形で終結した天正伊賀の乱。百地丹波と生き残りの烏たちは姿を消し、藤兵衛を失った国友も勇真がその名を継ぎ、そして安倍晴鳴も姿を消し――と、各勢力も表面上は動きを収め、天下はつかの間の平静を取り戻すことになります。。
 そして曇芭恋と阿国も曇神社に帰り、秀吉の下に戻ってきた佐吉と合わせて三兄弟も無事復活なのですが……

 しかしある意味乱の影響を一番大きく被ることになったのは佐吉であります。前巻で伊賀の生き残りを逃がすため、伊賀側に立って織田軍と戦ったことは、表向きは何となくスルーされてはいるものの、言ってみれば公然の秘密。
 あの魔王信長の小姓(として参戦した身)が、信長の命に逆らった――これは色々な意味で注目されないはずがありません。

 仮に誰かから刺客が放たれても守ってみせる、と豪語するのは芭恋と阿国ですが、早速現れたその刺客は、百地の烏の生き残り・海臣。昼日中から周囲の人々を巻き込んで見境のない攻撃を仕掛ける海臣を相手に戦いを繰り広げる芭恋たちですが……


 天正伊賀の乱の大激戦も終わり、物語的には小休止という印象も強いこの第10巻。史実の上でも大きな戦いのない、ある意味一種の空白期間なのですから、むしろそれは当然かもしれません。
 しかしもちろん、それは物語そのものが停滞しているということではありません。表舞台に立つ者も、地に潜った者も、そして舞台から去った者も――皆それぞれのドラマを抱え、それが様々な形で結びついているのですから。

 特にこの巻で印象に残るのは、激動の展開の連続でそういえばすっかり忘れていた、芭恋と阿国の母・旭と百地丹波の馴れ初め、そして旭の去就であります。
 いかにも曇の人間に相応しい明朗なキャラクターでありながらあの百地丹波と愛し合い、二人の子供をもうけた旭。その彼女の辿った運命は、ちょっと雑ではないかな――という部分もあるものの、しかし人々に誤解され憎まれようとも、その人々のために戦うという芭恋たちの魂が、実は母親譲りであったことがわかるのは、泣かせるところであります。

 そしてもう一人――佐吉の方は、相変わらずの真っ直ぐ石頭ぶりですが、しかしそれが人の心を揺り動かす様はやはり清々しい。
 新たな大蛇候補者かと思われた大谷紀之介も、佐吉の友情パワーの前に己を取り戻し――と、このくだりは、むしろそんな佐吉の姿を見ていた阿国の表情が必見なのですが――何はともあれ、「三兄弟」が再び、実にらしい形でわちゃわちゃしているのを見るのは、実に嬉しいものであります。


 と言いつつも、やはりこれは嵐の前の静けさなのでしょう。この巻のラストで、信長の影武者を務める比良裏が語る地の名は本能寺――そう、あの本能寺であります。
 もちろん史実でも、天正伊賀の乱の終結後数ヶ月で起きたのがあの事件。この巻の描写を見るに、どう見ても大蛇パワーを持っていそうなのは光秀ですが――さて、この物語がそんなに真っ直ぐ進むかどうか。

 確かなのは、いよいよこの物語も佳境に入った――そのことであります。


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2019.06.17

手塚治虫『どろろ』 人間性を奪うものへの反逆の物語


 現在放送中のアニメ版もいよいよ終盤ということで、ここで原作の『どろろ』を振り返ってみるとしましょう。言うまでもなく手塚治虫の手になる本作は、昭和42年から43年にかけて「週刊少年サンデー」に、昭和44年に冒険王に連載された時代妖怪漫画であります。

 戦国の世、地獄堂に封じられた四十八体の魔物に対して、もうじき生まれる我が子を生け贄に天下取りの力を求めた醍醐景光。その願いが叶ったということか、、子供は生まれながらにして体の大半の部分を持たず、生まれてすぐに川に流されるのでした。
 偶然それを見つけた医師・寿海によって義手や義足、そして百鬼丸の名を与えられた少年。しかし彼は、その生まれ故か、次々と妖怪を惹きつけ、狙われることになります。

 ついに寿海のもとを離れることとなった百鬼丸。彼は、謎の声の導きで自分の体を奪った四十八の魔物の存在を知り、体を取り戻すために魔物退治の旅に出ます。その途中、自分の刀を狙う自称・天下の大泥棒の浮浪児・どろろにつきまとわれるようになった百鬼丸。百鬼丸とどろろは、二人で当て所なく戦乱の巷を彷徨うことに……


 と、今更言うまでもないあらすじを繰り返してみましたが、今回読み返して改めて感じるのは、やはり百鬼丸の設定の面白さ、巧みさであります。

 何かと引き替えに超自然的な存在に体の一部を奪われるというのは、これはある種普遍的なモチーフかもしれませんが、しかし――これは私の不勉強かもしれませんが――ほぼ全身の全ての箇所を奪われ、そして奪った者を倒すたびにそれを取り返していくというのは、やはり本作が嚆矢ではないでしょうか。
 そしてその特異すぎる設定が、百鬼丸というキャラクターの個性と特殊能力、そして動機付けを同時に成り立たせているのには、感心するほかありません。

 そして登場する魔物たちも、そのほとんどが民俗的バックボーンを持ったキャラクターとしての「妖怪」とは異なる、不気味な怪物揃いなのが目を引きます。
 そんな百鬼丸と魔物たちの、ある種の怪物同士の戦いは、戦乱が打ち続き荒廃しきった室町後期の世界のある種象徴じみたものであり――そこにさらに荒んだ人間たちのドラマが絡み合う様は、今読んでも全く遜色ない面白さであります。

 ……といっても、それはあくまでも伝奇ファン、怪奇ファンとしての目線であって、当時の少年漫画の読者にとってみれば、やはりこの内容は不気味であり殺伐としすぎていただろうなあ――というのも正直な印象(時折差し挟まれるナンセンスギャグが、普通に少年漫画しているのも強烈な違和感)。
 少年サンデー連載版の終盤、どろろの背中に記された財宝の在処を巡り、一つの島(岬)を舞台に野盗や武士、魔物までが入り乱れて大乱戦を繰り広げる展開など、非常に盛り上がるのですが……

 なにはともあれ、よく知られているように、実質二度に渡って中途で終わったような扱いとなっているのは、大いに勿体ないとしか言いようがない一方で、それもやむなし――というより、そこに至るまでの経緯はさておき、今のそれ以外のどのような結末が描けたかわからない――という気もいたします。


 さて、こうして見比べてみると、現在放送中のアニメが想像以上に原作を巧みに換骨奪胎していることがよくわかるのですが――しかし、やはり原作にあった百鬼丸のキャラクターが変えられてしまったのは、実に勿体ない、という印象があります。
 不敵で不屈の闘志を持ち、そして常に斜に構えたような態度を見せながらも実は熱血漢――という原作のキャラクターは、これはこれで一種のヒーローの類型かもしれません。しかしそれが百鬼丸独特の設定と結びついた時、残酷な運命に立ち向かう――いや食らいつく「人間」の生命力というものを、強烈に感じさせるのであります。

 そしてそれが、生まれや育ちこそ違え同じ強烈な生命力を持つどろろと共鳴し、物語で繰り返し描かれる反権力のモチーフと結びついた時に生まれる一種の反骨精神は、今の目で見ても、いや今この時代に見るからこそ、力強く好もしく感じられます。。
 もちろんこれはこれで「時代性」というものかもしれません。しかし、本作の根底にあるのが人間性を奪うものへの怒りであり、そしてそれに対する反逆を体現するのが、百鬼丸のあのキャラクターである――というのは、決して牽強付会ではないと感じるのであります。

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2019.06.16

『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」

 新たな任務に向かう途中、女の子に抱きついて泣き叫ぶ善逸と出会った炭治郎。善逸を引きずって任務先の屋敷についた炭治郎は、兄が鬼に捕らわれたという兄妹と出会う。不気味な鼓の音が聞こえる屋敷の中に入った二人だが、敵の血鬼術の前に分断されてしまう。さらに炭治郎の前には奇怪な男が……

 本当に鬱陶しいなあ善逸は!(笑顔)

 ……という気分になってしまう今回。冒頭、炭治郎の行く先で女の子にストーカー紛いのつきまといをした上に結婚を迫る(というか結婚して欲しいと泣きつく)という善逸の常軌を逸した行動には、原作初読の時に無言で善逸を見る炭治郎のような顔になりましたが、今回もきっちりそんな顔になりました。

 とにかくハイテンションな後ろ向きとも言うべき善逸の言動に呆れながらも、善逸をなだめて任務先の人里離れた和風建築を訪れる炭治郎。そこでさりげなく善逸の耳の良さが描写されるのですが――それは一旦置いておいて、炭治郎は、屋敷の側で震えていた正一とてる子の幼い兄妹を見つけます。
 怯える二人を(善逸の)雀を使ってなだめて心を開くのはさすがに炭治郎の長男力と感心――というのはさておき、兄が屋敷の鬼に引きずり込まれたという話を聞き出す炭治郎。とその時、善逸の耳にのみ聞こえていた鼓の音とともにズタズタの青年が窓から落下! 運良くと言ってよいのかはわかりませんが、犠牲者は正一たちの兄ではなかったものの、もはや座視は出来ぬと炭治郎は屋敷に足を踏み入れるのでした。……嫌がる善逸を、炭治郎には本当に珍しい般若フェイスで威嚇しながら。

 しかし未だに前回の戦いの傷が癒えていない(本隊もそれぐらい治療させてあげればいいのに――と思えば、そもそもあの戦いの非公式戦のような扱いなのかしら)炭治郎の状態を知って泣き叫ぶ善逸。さらに安全のために屋敷の外に禰豆子の箱と一緒に残してきたお子様二人が(その箱の中からカリカリ音がすると怖がって)屋敷の中についてきてしまい、もはやどうしようもなくグダグダな状況であります。
 そしてそんな中に再び響き渡る鼓。ビビる善逸の尻に跳ね飛ばされるという実にしょうもない形で別の部屋に入ってしまった炭治郎とてる子ですが――気付いてみれば先ほどまでいたのとは全く別の見知らぬ部屋。どうやら鼓の音がする度に、部屋から部屋にワープさせられているようであります。

 そして残された善逸はやっぱり超パニックですが、そんな彼に対して正一の素晴らしい毒舌がヒット。それでも別に反省せず、パニックになったまま部屋から部屋に移動しまくるというホラー映画であれば真っ先に惨殺されそうな行動を取る善逸ですが――ある部屋を開けてみれば、そこには猪の顔を被った半裸の男が! 和風ホラーだったはずが一瞬にしてアメリカのスラッシャーホラーに転じた瞬間ですが、幸いというべきか、猪男は善逸には目もくれず、どこかへ走って行くのでした。

 そして炭治郎とてる子の方は、小生小生連呼しながらブツブツ喋る、体から幾つもの鼓を生やした鬼が目の前を行くのを目撃するのですが――不意打ちができない男・炭治郎が礼儀正しく所属と階級と名乗りを上げて斬りかかった瞬間、鼓の音とともに部屋は回転。鬼はそのまま先に行ってしまい、その次の瞬間、襖だか壁だかを突き破って現れたのはあの猪男! 善逸と違い、炭治郎は猪男が二本の刃が欠けまくった日輪刀を持っていることを見抜くのですが……


 本当に鬱陶しいなあ善逸は! ともう一度繰り返したくなる今回。前回ラストに顔見せしたものの、本格的な登場は今回からの善逸は、声と動きがついてみるとさらに鬱陶しいことこの上ありません。もちろんこれは褒め言葉ですが(本当よ?)、いやよくこんなキャラクターを主人公の最初の仲間として出してきたものだと改めて感心します。
 正直なところ、相変わらずギャグ演出はむしろ気恥ずかしさが漂うくらいなのですが、アニメオリジナルの、炭治郎にもらったおにぎりを炭治郎も空腹なのを知って半分返す善逸という描写は、この先に描かれる善逸の人間性をちょっぴり先取りする形で、なかなかよいシーンであったとは思います。

 そしてもう一人、初登場の猪男ですが――これまたよくこんなキャラクターを(略)と改めて感心するばかり。こちらの活躍(?)は次回からですが、豪快な暴れっぷりに期待しましょう。


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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第3巻 ついに登場、初めての仲間……?

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2019.06.15

山本巧次『開化鐵道探偵 第一〇二列車の謎』 徳川埋蔵金が映し出す時代の境目の想い


 デビュー作『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』もドラマ化された作者が、明治時代の鉄道を舞台に描くミステリシリーズの第2弾です。元八丁堀同心と鉄道技手のコンビが、今回挑むのは、何者かによって脱線させられた新型車両から発見された千両箱を巡る数々の謎であります。

 逢坂山トンネルの怪事件から6年後の明治18年――開業間もない大宮駅で、新型車両を連結した貨車の脱線が発生。それが何者かがポイント切り替えを行ったことによるものだった上に、脱線した車両から、記録にない小判のつまった千両箱が発見されたことから、大事件に発展することになります。
 その積み荷を乗せたのは群馬の高崎――高崎といえば、末期の幕府を支えた勘定奉行・小栗上野介が隠棲し、官軍に処刑された地。すなわちこの千両箱は、密かに囁かれてきた徳川家の埋蔵金ではないのか!? と……

 そんな中、長州五傑の一人にして、今は日本の鉄道網整備に邁進する井上勝に呼び出された元八丁堀同心・草壁賢吾と、なりゆきから彼の助手を務めてきた鉄道技手・小野寺乙松は、この事件の調査のために高崎に向かうことになります。
 高崎で二人を待ち受けるのは、千両箱=徳川埋蔵金を巡って火花を散らす没落士族、自由党の過激派、そして警察。そんな一触即発の状況下で、ついには高崎駅で自由党員が殺害される事件までが発生するのでした。

 小野寺の新妻で高崎出身の綾子まで捜査に加わり、三つ巴、四つ巴の構図の中で、草壁が明かす事件の真相とは……


 鉄道が日本中に普及する前、先人たちが文字通り道を切り開こうとしていた時代を舞台に描かれる時代鉄道ミステリとも言うべき本シリーズ。
 前作は逢坂山トンネルに対する妨害工作に挑む草壁&小野寺コンビの姿が描かれましたが、今回は鉄道脱線を巡る事件だけでなく、何と徳川埋蔵金を巡る謎解きまでが加わり、大いにそそられるところであります。

 誰が鉄道を脱線させたのか、何故その貨車に千両箱が乗せられていたのか。高崎駅で何故殺人は起きたのか。そして何よりも、本当に埋蔵金は存在するのか……
 上で述べたように、埋蔵金を巡って各勢力が入り乱れる中、事件の様相も前作に比べてグッと派手になり、クライマックスでは大乱戦も勃発するサービスぶりですが――主人公サイドも、新たに綾子が加わって賑やかになったのが楽しいところであります。

 美しく聡明で非の打ち所のない女性――のようでいて、いささか好奇心が強すぎて、隙あらば事件に首を突っ込んでくるという彼女の存在は、ある意味お約束ではあります。しかし前作同様、時に端正すぎる部分がある本作をいい感じにかき回してのが楽しいところです。(彼女の存在を含めて、様々な点で前作での不満点を解消しに来ているのは好感が持てます)


 しかし本作で最も強く印象に残るのは、やはり小栗上野介の、徳川幕府の埋蔵金の存在でしょう。
 もちろん本作のオリジナルではなく、現代に至るまで、幾度も存在が囁かれてきた小栗上野介の埋蔵金。フィクションの題材となることもしばしばですが――本作は上で述べてきたように、この埋蔵金の存在がそもそもの発端であり、事件に関わる者たちを動かす原動力であり、そして全ての謎の淵源とも言える存在なのであります。

 そして埋蔵金はそれだけでなく、一種の鏡としての役割をも果たします。埋蔵金を巡る人々の――明治18年という、江戸時代の残滓がどんどん消えていく一方で、まだ完全に新たな時代が来たわけではない、そんな狭間の時代に生きる人々の心を映す鏡として。

 本シリーズの舞台そして題材は、鉄道という新たな時代の象徴ともいうべき存在であります。しかしそんな新たな時代に乗り切れない人々もいます。古い時代の傷に苦しむ人々もいます。
 そんな時代の境目で人々が抱えるやりきれない想いは、埋蔵金に対する態度にも表れます。そしてそんな想いが引き起こす事件を、やはり元八丁堀同心という過去を持ちつつ、それに囚われない草壁が解決していく――そんな構図は、何とも象徴的に感じられるのです。

 もっとも本作のような物語においては、草壁のその囚われなさが少々ずるいな、と感じさせられるのも事実なのですが……


 何はともあれ、前作以上に時代ミステリとして楽しめた本作。続編があるならば、舞台はやはりラストに登場したあの地ではないかという気もしますが――さて。


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2019.06.14

賀来ゆうじ『地獄楽』第6巻 怪物二人の死闘、そして新たなる来訪者


 謎の孤島で繰り広げられる死罪人/浅ェ門たちの死闘もいよいよ佳境。島を支配する「てんせん様」を、死闘の末にようやく一人倒した死罪人と浅ェ門たちですが、しかしその状況は決して好転したわけではありませんそして画眉丸に起こった恐るべき異変が、事態をさらに混沌とさせることに……

 不老不死の仙薬が眠るという孤島に、無罪放免と引き換えに送り込まれた死罪人たちと、監視役の山田浅ェ門たち。しかしその島は異形の怪物たちが徘徊する魔境――そしてその中でも桁外れの力を持つ「てんせん(天仙)様」たちとの戦いの中で、彼らは次々と命を落としていくことになります。

 そして迷い込んだ島の中心部で、てんせん様の一人・不空就君ムーダンと交戦することとなった佐切・杠・仙汰そしてヌルガイと士遠。「タオ」に目覚めた佐切たちは、巨大な怪物と化したムーダンに対して死力を尽くして挑み、ついにこれを倒すのですが――その最中で仙汰が命を落とすのでした。
 一方、佐切たちとはぐれた画眉丸とめいは、巖鉄斎・付知と合流したものの、うち続く激戦の中でタオを消費した画眉丸の記憶は混濁し、かつて殺人機械「がらんの画眉丸」だった頃の人格が甦ってしまうのでしたことになります。

 そんな状況で遭遇したのは、「賊王」亜左弔兵衛とその弟・桐馬。共闘も念頭になく、いきなり襲いかかってきた弔兵衛を迎え撃つ画眉丸ですが……


 というわけでこの巻の冒頭で描かれるのは、島の異形に寄生されて半ば化け物と化しつつある弔兵衛と、歯止めの効かなくなった画眉丸という、怪物二人の死闘。
 元々、ともに作中の人間の中では最強クラスの戦闘力・生命力の持ち主ではある上に、それぞれ理性の箍が外れかけた状態とあって、展開されるのは凄惨とも壮絶とも言うべき戦い――いや潰し合いであります。

 しかし一方の画眉丸がこの島で手に入れた力は、「強さ」のみで発揮できるものではありません。「強さ」の種となる「弱さ」――陰と陽が一つとなって円を描くように、強さと弱さの二つが対になって、初めて得られるものであります。
 それを失った画眉丸が、更なる怪物化をみせる弔兵衛に勝てるのか? その答えは残念ながら明らかではありますが、しかし……


 と、意外な展開が連続した末に、ようやく合流/再会した画眉丸サイドと佐切サイド。両者が合流して一行は九名、一気に戦力が増強された感がありますが――しかしそれでもてんせん様を倒すにはまだまだ足りないことは言うまでもありません。
 てんせん様を打倒し、この島から脱出するために、ある者は力を求め、ある者を知識を求め――その果てに明らかになるのは、この島を作り出したのが、歴史上に名を残すあの人物であることであります。

 蓬莱をはじめとする東方三神山の名が時点でその名が登場するのは半ば約束されたようなものだとは思っていましたが、なるほど、こういう形で関わってくるとは――と、ここでの登場には思わずニヤリ。
 この先、本当に本人が登場することになるのか――その可能性は非常に高いと思われますが、だとすればその役割はどうなるのか。さらに物語は予想もしない方向に転がっていく予感があります。

 そしてこの巻のラストでは、ついに巻末組――と、言いたくなるようなこれまでの出番だった――の浅ェ門追加チームがついに島に上陸。
 殊現・十禾・清丸・威鈴と明らかに尋常ではない使い手四人が、そしてさらに画眉丸を狙う石隠れ衆たちが島に現れたことで、再び人間同士の死闘が繰り広げられることになるのか――? 一つだけ間違いなく言えるのは、この先ますます戦いは激化するであろうということであります。


 ちなみにこの巻では、再会した佐切と画眉丸が、プラトニックな、しかしちょっとドキドキするような絡み方をするのですが――その直後に別のキャラクターが、本来敵である相手と全然プラトニックではない絡みを見せるのがちょっと面白い。
 しかもこの二つの場面、回復のためという点では共通していて――なるほど、画眉丸と彼はある意味対になる存在であったかと、今更ながらに感心しました。


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2019.06.13

安萬純一『滅びの掟 密室忍法帖』 忍法帖バトルをミステリに再構築した意欲作


 サブタイトルを見ただけで「これは!」と思わざるを得ない――ミステリ作家であり、『忍者大戦 黒ノ巻』にも参戦した作者による本作は、伊賀と甲賀の五対五のトーナメントバトルと、それと平行する奇怪な連続殺人を繋ぐ恐るべき謎を描く、時代伝奇忍者ミステリと言うべき力作であります。

 時は島原の乱から数年後――伊賀に点在する忍びの里の一つ、木挽の里に、江戸の五代目服部半蔵からの使いが現れたことから、この物語は幕を開けることになります。
 その半蔵からの命とは、里の使い手五人――塔七郎、半太夫、五郎兵衛、十佐、湯葉――に対して、甲賀の忍び五人――麩垣将間、藪須磨是清、紫真乃、奢京太郎、李香――を討てというもの。

 しかし、戦国の世ならいざ知らず、共に徳川家に仕える甲賀の忍びを何故殺さなければならないのか? そんな疑問を胸に抱きつつも、しかし忍びにとって上からの命令は絶対、甲賀に向けて伊賀の五人は旅立つのでした。
 しかし早くも最初の犠牲者が――五人の中でも最強と目される半太夫の顔の皮が何者かによって無惨にも剥がされ、集合場所に打ち付けられているのが見つかったではありませんか。

 ところが、塔七郎たちが里を離れた間に、何者かによって里の住人たちが殺されていくという事態が発生することになります。外敵に対しては鉄桶であるはずの里の守りが簡単に破られ、里の者たちの探索も空しく、次々と犠牲者は続くのでした。

 熾烈な忍法合戦が繰り広げられる間も、次々と殺されていく里の人々。この両者に関連があると考えた塔七郎は、戦いの中で知り合った旅の牢人・由比与四郎、そして江戸城勤めの親友の手を借りて、背後にあるものを探ろうとするのですが……


 副題から明らかなように、山田風太郎の忍法帖のオマージュという性格を色濃く持つ本作。なるほど、見方を変えれば忍法帖の忍者たちはそれぞれ独自のトリックによる殺人者であり、そして同時に被害者であります。本作はその点に着目して、忍法帖をミステリとして再構築してみせたものと言えます。
 そして本作の場合、登場する忍者たちが、自分が何故戦うかを知らない――すなわち変形のホワイダニットものというべき内容なのが、また目を引きます。

 さらに本作は、その副題が示すように「密室」にまつわる忍法が――すなわち殺人手段が――全てとはさすがに言わないまでも、数多く登場するのがユニークであります。
 忍者で密室? と思われるかもしれませんが、代表選手の中に密室/機械式トリックマニアがいた、という理由で、本当に次々と趣向を凝らした密室が登場するのが実に楽しい。かなり豪腕ではあれど、そこ繰り広げられる忍法殺人の数々は、副題に偽りなしと言うべきでしょう。


 しかし、本作の魅力は、そんな連続殺人としての忍法バトルのみというわけでは、もちろんありません。忍法バトルが本作の縦糸とすれば、横糸は里で起きる連続殺人――代表選手を派遣しているとはいえ、本来無関係であるはずの忍びの里で、何故人々が殺されていくのかという謎であります。
 その内容に触れるわけにはもちろんいかないのですが――しかしこの謎こそが、本作を時代ミステリとして成立させている、ということはできます。

 忍者たちの使命の陰にもう一つ、ある存在のさらに巨大な、恐るべき意図が、というのは、山田風太郎の『忍びの卍』を思い出させます(そして作者も同作に強い影響を受けていることを言明しているのですが)。
 本作はそんな忍者を題材とした時代ミステリの流れを汲みつつも、本作ならではの謎と仕掛けを用意し――特に「真犯人」も想定しなかったある人物の秘密を絡めることで、事件をさらに複雑なものに変えてみせるのはお見事と言うほかありません――そしてさらに、この時代が生んだ非情と無情、そして理不尽の存在をえぐり出すのであります。


 もっとも、この本作最大の仕掛けについては、ちょっと苦しい部分があるように感じられる点は否めません。ここまで回りくどい手を使わなくとも――と。
 しかしこれは「忍者は殺し合うもの」という忍法帖のルールを内面化している我々だからこそ引っかかるトリックであると考えれば――むしろ本作だからこそできるトリックであると言えるものでしょう(また、読み進めながらちょっと違和感のあったトーナメントバトルの展開もまた――なのにも感心させられました)

 忍法帖をミステリとして読み替え、そして忍法帖であることをトリックとする――そんな意欲的かつ魅力的な作品であります。

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2019.06.12

『どろろ』 第二十二話「縫の巻」

 囚われたどろろを逃がし、自分も百鬼丸に会うために館を抜け出した縫の方。その百鬼丸は、己の身体とどろろを求めるあまり、鬼神と化したミドロ号と一体化して、醍醐の兵を手に掛けながら突き進む。一方、余命幾ばくもない中、自分の身を地獄堂の鬼神に捧げようとするも拒まれる陸奥。しかし……

 いよいよ醍醐と朝倉の間で戦いが始まろうとする中、醍醐に向かう寿海。しかしその彼も、目の前を行く一団が、百鬼丸と共に在ったどろろを捕まえて帰る途中であるとは思いもよりません。そして醍醐の館で牢に閉じこめられたどろろですが――彼女を助けたのは、なんと百鬼丸の母・縫であります。
 どろろを逃がすという縫ですが、彼女のばんもんでの言動をしっかり覚えていたどろろは不満タラタラ。しかしお母ちゃんに滅茶苦茶弱いどろろは、文字通り縫に抱き込まれ、結局彼女とともに行動することになります。

 その縫も初めはどろろを抜け穴から逃がすだけのつもりだったのですが、しかし百鬼丸と行動を共にしてきた彼女と一緒にいるうち、自分も百鬼丸に会いたくなって出奔。二人で小舟で川を下るのですが――しかし急流に捕まって、川に投げ出されるのでした。
 と、どろろが目覚めてみれば、そこにいたのはミドロ号の子供と、相変わらずタイミングの良い琵琶丸。戦や病で住むところを奪われたり、傷を負った人々が寄り集まった集落に、どろろは救われたのであります。そして同様に救われた縫は、自ら人々の助けになろうと働くのですが――意外と醍醐の所業に理解のある人々は、彼女の正体が半ば公然の秘密となっても受け入れているようです(これでは原作の一揆エンドはないか……?)

 さて、そんな中で醍醐の兵がおかしな動きをしていることを知るどろろたち。どうやら向かってくる何者かと戦い、そして敵わず浮き足立っているようですが――さては百鬼丸かと思えば、彼だけではなかったのであります。百鬼丸がまたがるのは、前回可愛い子供から引き離された上、無惨に特攻兵器に使われて爆死し、燃えるたてがみを持つ姿で甦ったミドロ号。まさか百鬼丸が鬼神(とは明言されていないのですが)と行動を共にするとは――と思いつつも、しかし百鬼丸もミドロ号も、醍醐に大切なものを奪われたという点は共通なのです。
 ……が、何の罪もない、醍醐の側にいるというだけの兵を叩き斬り、蹄にかけ、そして火だるまにするというのはいくら何でもやりすぎであります。もはや二匹、いや一体の鬼神と化した百鬼丸とミドロ号は、あの密偵もあっさりと消し炭にすると、ひたすら醍醐領に向かって突き進むのでした。

 さて、その百鬼丸を前回三人がかりで襲いながらも、顔に再び深手を負った多宝丸と、それぞれ片腕を失った陸奥と兵庫。しかも陸奥は疾病を発症し、体中には赤い腫れものが浮かび上がる状態であります。しかしそんな中でも、ある一念から必死に体を動かし、療養中の館から姿を消す陸奥。「姉上がいなくなった!」と驚く兵庫とともに、その行方を探す多宝丸ですが――姉上!?(完全に声の高い青年という設定だと思いこんでおりました)
 その陸奥が向かった先は、あの地獄堂――最後の鬼神が地獄堂に潜むことを知る陸奥は、醍醐を、多宝丸を守るために、自らの身を鬼神の生贄として捧げようとしていたのであります。そして駆けつけた多宝丸と兵庫の前で、鬼神に訴えかける陸奥ですが――彼女は残酷な真実を知ることになります。鬼神が生贄として受け取るのは、あくまでも醍醐の跡継ぎの身体のみ、と。しかし、あくまでも受け取るのはであって、与えるのは……

 そして四度、百鬼丸の前に立ち塞がる多宝丸、そして陸奥と兵庫。しかし陸奥と兵庫には、失われたはずの腕があるではありませんか。そして多宝丸の潰れた目が、そして新たな傷が口を開け、そこから現れたのは二つの目玉――そう、奪われた百鬼丸の身体のうち、いまだ戻ってきていない両腕、そして目は、最後の鬼神によって多宝丸たちに与えられたのです。
 奪われた身体が自分の敵に与えられたことに怒り狂い、襲いかかる百鬼丸ですが……


 残すところついに3回となったところで、寿海までもが醍醐に現れ、ついに百鬼丸に関わる全ての人間が集まった感がある今回。しかし物語の方は予想をはるかに超えた地獄絵図が繰り広げられることとなります。
 ミドロ号に乗る百鬼丸という、ある意味夢のコラボに驚く間もなく、ついに身も心も鬼神と化し、己の行く手に立つ者全てを血祭りに上げる百鬼丸。そして彼の前に立つ多宝丸は、醍醐を守るためとはいえ、その百鬼丸の身体を奪って異形と化すのですから。

 実は多宝丸が片目を失いながら生存した時点で彼が鬼神の力を得ることは予想していたのですが――しかしこの形で、このタイミングで描くとは。もはや希望は百鬼丸のもとに急ぐ縫の方のみですが――しかしそれとて、新たな惨劇の予感しかしないのです。嗚呼!


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2019.06.11

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年は1月から本当に忙しい――と思っていたら、おそろしいことにもう一年の半分が過ぎようとしています。いよいよ暑さも本格化する中、元気の素は――というわけで、7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 と、最近毎月書いているような気がしますが、ちょっと寂しい内容の7月。

 文庫小説の方は、霜島けい『おとろし屏風 九十九字ふしぎ屋 商い中(仮)』が一番の期待作ですが――かれこれ3,4ヶ月新刊情報に載っているような。
 その他、タイムスリップものらしい市宮早記『新撰組のレシピ(仮)』、内容は詳しくはわかりませんが囲恭之介『千年探偵ロマネスク 大正怪奇事件帖』が、新作では気になるところであります。

 その他、文庫化では、木下昌輝『戦国十二刻 終わりのとき』(『戦国24時 さいごの刻』の改題でしょう)、輪渡颯介『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』が登場。
 また、角川ソフィア文庫から発売の東雅夫『稲生物怪録』が気になるところです。


 一方、漫画の方では、何と言ってもたかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第1巻が要チェック。また、原哲夫原作で描かれる出口真人『前田慶次 かぶき旅』第1巻も、どのような物語となるか気になります。

 また、アニメも好調放送中の吾峠呼世晴『鬼滅の刃』は最新巻の第16巻と同時に、『鬼滅の刃 公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』も発売されます。

 そして、シリーズの続刊では、麻貴早人『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第2巻、久正人『カムヤライド』第2巻、みもり『しゃばけ』第2巻と偶然ですが第2巻が並びます。
 また、中国ものでは伊藤勢『天竺熱風録』第6巻と瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第8巻が登場、『天竺熱風録』はこれで完結となります。

 完結といえば、先日亡くなられた荻野真の『孔雀王 戦国転生』は、第5巻で完結。孔雀王サーガの結末を見届けたいと思います。


 というわけで、やはり来月は(も)ちょっと寂しい新刊状況であります。


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2019.06.10

『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」

 激闘の末、辛うじて矢琶羽を倒したものの、満身創痍の炭治郎。一方、朱紗丸に挑む禰豆子は互角の戦いを繰り広げる。しかし更なる力を見せようとした朱紗丸の前に、珠世が立ち塞がり、彼女の術によって朱紗丸は無惨な最期を遂げるのだった。そして、禰豆子を預かると申し出る珠世に対し、炭治郎は……

 幾つもの技を組み合わせ、新たな形で繰り出すことで矢琶羽の頸を吹き飛ばした炭治郎。しかしさすがに鬼はしぶとく、矢琶羽は最後の力を放ってとんでもない数の矢印を放ち、モロに食らった炭治郎は四方八方に飛ばされることになります。そんなヒマがあったら別のことをしろ、と言いたくなるような分量のモノローグを吐く炭治郎ですが、辛くも技を連発して矢印の勢いを相殺し、生き延びるのでした。しかしほとんど全ての力を出し尽くした炭治郎はもはや立つこともできない状態。朱紗丸との戦いに参戦するなど及びもつかない状況であります。

 さて、朱紗丸の派手な攻撃で土煙が立ちこめる中、毬を躱して接近しようとする愈史郎ですが、しかし逆に動きを読まれて毬を放たれ――と、それを禰豆子がナイスカット! 前回は毬を蹴ろうとして逆に足を(文字通り)吹き飛ばされましたが、今回は毬の力を受け止めて逆に蹴り返すというパワーアップを見せた禰豆子。これは別に珠世の注射によるものではなく、この短期間で禰豆子がどんどんとレベルアップした結果というではありませんか。
 そして朱紗丸と禰豆子の間で繰り広げられる壮絶なボレー合戦。ついにその反撃が朱紗丸を焦らせるほどになったのですが――しかしここで朱紗丸が本気を出せば禰豆子が危ない、と読んだ珠世が動きます。

 朱紗丸が攻撃に出ようとしたその機先を制して、朱紗丸に無惨の正体を問う珠世。あの男はただの臆病者と、ある意味言っちゃいけない真実を語る珠世の言葉をムキになって否定しようとする朱紗丸ですが――それこそがまさしく珠世の術であります。術で判断能力が薄れ、うっかりと無惨の名を口に出してしまう朱紗丸。そしてそれが呪いを発動させ、無惨にも口を、腹を突き破って鬼の腕が飛び出し――そして炭治郎はおろか愈史郎までドン引きする中、その腕は朱紗丸自身の頭を握りつぶし、そして描写もできないような恐ろしい形で朱紗丸の命を絶つのでした。

 ようやく終わった二つの死闘。しかしそれにも関わらず、朱紗丸たちが十二鬼月というのはフカしに過ぎなかったことが、珠世の口から明らかにされます。結局は捨て駒に等しい扱いだった朱紗丸の、この世に骨すら残さず消える最期に一片の哀れみを感じ、そしてそれをもたらした無惨に怒りを燃やし――屋敷に戻った珠世の後を追いかける炭治郎。その前に現れた禰豆子は、炭治郎だけでなく、珠世や愈史郎にまで、非常に親しげに触れ合おうとするのでした。
 禰豆子が人間を家族と認識して親しむのは鱗滝の暗示によるものですが、しかし今回の行動は、禰豆子にとって珠世や愈史郎が家族に――すなわち人間と感じられることにほかなりません。そんなある意味暗示を超えた禰豆子の心は珠世を涙ぐませ――その涙の理由は、最近になって原作で言及された珠世の過去を思えば、大いに胸打たれるものなのですが――珠世のこと以外には心を許さぬ愈史郎の心をも動かすのでした。

 そして、禰豆子を預かろうという珠世の言葉に心揺れながらも、自分の手を強く握る禰豆子の決然とした瞳に、もう二度と離ればなれにならないと誓った炭治郎。彼は姿を隠すという珠世たちと別れ、新たな任務に向かうのでした。
 が、その炭治郎が目的地に向かう途中、道の真ん中で女性に対して身も世もない態で抱きついて泣き言をわめく金髪が――と、およそBGMに似合わぬ場面で次回に続きます。


 前回に比べるとアクションは少なめなのが残念ながら(折角あの人が絵コンテなのに!)、原作では「毬の女は俺たちと妹で引き受ける」と言いながら何もしなかった愈史郎が前回に引き続いて動きを見せたり(そしてその愈史郎を禰豆子が救うことで、ラストの台詞にもより自然に繋がる印象があります)、何よりも術を使う際の坂本真綾演じる珠世の台詞回しが楽しめた今回。特に珠世様は、原作とは違い片方の鬢がほつれた髪型になっていたのが艶やかでした。

 しかし、結局今回も原作をきっちり二話分消化したわけで、進行ペースがもう少し速くてもよいのではないか――というのは、これはこのアニメ版の冒頭から感じているところ。一クールも終盤にさしかかって、ようやくこれまでOPEDにずっと描かれていた鬼殺隊の仲間(たち)が登場するのですから……
 ある意味、最もこのアニメ版でどのように音と動きがつくか気になるキャラクターがついに登場しただけに、今後の展開に期待したいと思います。


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2019.06.09

『どろろ』 第二十一話「逆流の巻」

 醍醐と朝倉の緊張が高まる中、自分の体を求め、がむしゃらに醍醐領に突き進む百鬼丸。そんな百鬼丸を醍醐に仇なす者として、多宝丸は陸奥・兵庫とともに立ち塞がるのだった。三対一の戦いでも多宝丸らを圧倒し、追いつめる百鬼丸。しかしその時、思わぬ乱入者が現れ……

 前回、岩に挟まったどろろを助けることが出来ず、これまで以上に自分自身の体を取り戻そうという気持ちが高まった百鬼丸。時あたかも醍醐と朝倉が一触即発となり、いつ戦が始まってもおかしくない状況、多くの人々が醍醐を避ける中を、逆らうように百鬼丸は醍醐領を目指すのでした。
 親切心から醍醐に行くなと声を掛けた相手にまで刃を向けるほど、他のことが目に入らなくなっている百鬼丸を案じるどろろ。しかし百鬼丸のその行動の根底にあるのが、自分自身の手でどろろに触れたい、自分自身の目でどろろと同じものを見たいという想いであると理解できるだけに、強く百鬼丸を止めることはできません。

 その頃、醍醐領では迫る戦に加えて伝染病が流行し伝染を避けるために村ごと焼き払う一方で、戦のために人馬を徴用するなど、庶民にとってはあまりに残酷な状況が続きます。今も、百姓が可愛がっていた馬・ミドロ号が、子馬から引き離されて連れていかれることに……
 と、そんな状況に胸を痛めるのは、陸奥と兵庫(そういえば白骨岬で深手を負ったのかと思えば全然普通に登場)――かつて戦に巻き込まれて隣国に捕らわれ、非人間的な扱いを受けた過去を持つ二人は、戦を止めるため、主の多宝丸を助けて百鬼丸を討つことを改めて心に誓うのでした。

 そして醍醐軍が朝倉に向けて出陣する一方で、醍醐に迫る百鬼丸を迎え撃つ多宝丸ら三人。両者は、屍が累々と転がる谷間を望む道で対峙、鴉が一斉に舞い立つ中、ついに三度目の戦いが始まることとなります。――が、陸奥の弓を躱し、兵庫の大力もものとはせず、かえってそれぞれの片腕を叩き斬る百鬼丸。彼らがそれぞれ多宝丸の右腕と左腕を自称していることを思えば、あまりに残酷な皮肉ですが――もちろん百鬼丸がそれを知ることも気にすることもなく、兄弟は激しく刃を交えることになります。
 お返しのつもりか顔を狙う多宝丸の刃をギリギリのところで躱し、逆に再び多宝丸の顔に一太刀見舞う百鬼丸。もはや勝負あったかと思われた時、その場に乱入してくる騎馬の者たちが……。それは醍醐景光直属の隠密――これまでもしばしば顔を出して渋い動きを見せていた名もなき隠密ですが、今回は多宝丸を守るために、密かに伏せていたのであります。

 あのミドロ号に乗り、百鬼丸に迫る隠密。しかしミドロ号には、幾つもの爆裂弾がくくりつけられ――その爆裂弾に点火して自分は飛び降りた隠密は、無情にもミドロ号の尻に矢を打ち込み、百鬼丸に突っ込ませたではありませんか。暴走の末に哀れミドロ号は大爆発、百鬼丸も爆発に巻き込まれ、バラバラになったミドロ号もろとも、谷底に転落していくのでした。
 そしてなおも戦おうとする多宝丸を吹き矢で眠らせて連れ帰る際に、人質にとどろろをも連れ去る隠密。一方、谷底で転がるミドロ号の躯には幾つもの怪火が集まり、そしてそれが一つとなった時、そこには炎をまとった妖馬の姿が……


 残すところ、今回を含めてついに四話となった本作。今回はストーリー的にはある意味シンプルな内容ですが、しかしどう考えても誰も幸せになれそうにない結末(陸奥は疫病に感染している様子でもあり……)に向けてジリジリと物語が動いていく様には、大いに心をかき乱されました。

 そしてここでミドロ号が登場、原作で因縁のあった三郎太は前回死んでしまった上に、本馬もびっくりするくらい雑な形で殺されてしまうのですが――しかしミドロ号の場合、ここからが本格的な出番。百鬼丸もろとも谷底に転落したミドロ号には、どうやら次回、相当意外な場面が用意されているようであります。
(しかし原作で百鬼丸と戦った妖怪の中で、あと残すは、どんぶりばらと四化入道のみ。さすがにこの先登場するのは難しそうですが……)

 そして、百鬼丸と多宝丸の対決でえらくダイナミックで力の入った剣戟が描かれつつも、その他の場面の作画はかなりヤバ目だった本編に対し、EDではこれまでと映像が変化し、ラストに美しいどろろの顔が描かれることになります。
 百鬼丸の視界ということなのでしょう、これまでぼんやりとシルエットが映るだけだったEDで、ついにどろろの顔が描かれたことには如何なる意味があるのか――この光景を、本編でも百鬼丸が目にすることができるよう、祈りたいところであります。


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2019.06.08

小神奈々『つくもがみ貸します』 漫画版つくもがみ貸します、ここに完結


 既にアニメ版は放映終了して半年が経ちますが、そのアニメ版のコミカライズである漫画版の『つくもがみ貸します』が全2巻で完結しました。ボリュームの関係もあってかなり大胆にアニメ版をカットしつつも、物語の骨格は踏まえた作品であります。

 付喪神たちが棲みついた深川の損料屋兼古道具屋・出雲屋を舞台に、お紅と清次の姉弟が様々な事件に巻き込まれ、付喪神の力を借りて(利用して)解決していく連作『つくもがみ貸します』。
 原作は言うまでもなく畠中恵の小説ですが、この漫画版は、冒頭に述べたとおり昨年7月から10月まで放映されたアニメ版をベースとした内容であります。

 エピソード的には単行本第1巻にアニメの第一幕・第二幕の前半が、第2巻に第二幕の後半と、第六幕・第九-十一幕をベースとしたエピソードを収録――というと非常にわかりにくいのですが、簡単に言ってしまえば第二幕該当部分のみがアニメオリジナルエピソード、それ以外は全て原作由来のエピソードとなっています。
 すなわち、婿入りを控えた武士のもとから逃げ出した根付けの謎、夜毎古美術商の蔵で掛け軸の付喪神たちが繰り広げる騒動、そしてお紅と清次が探し求める蘇芳の香炉の行方と二人の過去と未来――と描かれていくことになります。

 正直なところ、第1巻の部分はあまりにもアニメ版に忠実すぎる内容だったのですが(第1巻単独で紹介しなかったのはこの理由によります)、しかし第2巻は良い意味でかなり展開が盛り込まれているため、適度にエピソードがアレンジされている印象であります。
(ちなみに、第1巻にアニメの冒頭エピソードを収録して第2巻で一気にラストまで描いてしまうというのは、いかにもアニメのコミカライズという印象がいたします)

 もちろんアレンジといっても、アニメ版、ひいては原作の展開を踏まえているのですが――しかしここで一種ダイジェストされている内容を見ると、作品のエッセンスというものが感じられるのが実に面白い。
 特に大店の若旦那・佐太郎から想いを寄せられたお紅が、彼の母から櫛一つで大金を作ってみせるよう迫られるくだりや、消えた蘇芳を巡るある人物の心理、そして清次に怒りを爆発させるお紅といった辺りは、こうしてみると実に原作者である畠中恵「らしさ」が詰まっている――そしてそれこそが本作の魅力なのですが――と、今更ながらに再確認させられた次第であります


 と、いささかひねくれた楽しみ方になってしまいましたが、アニメ版に続き、無事漫画版も完結したのはめでたいお話。さすがに、漫画版だけでも続編を――というのは難しいとは思いますが……


『つくもがみ貸します』(小神奈々&畠中恵 KADOKAWA B's-LOG COMICS 全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
つくもがみ貸します 1 (B's-LOG COMICS)つくもがみ貸します 2 (B's-LOG COMICS)

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 「つくもがみ貸します」 人と妖、男と女の間に
 畠中恵『つくもがみ貸します』(つばさ文庫版) 児童書版で読み返す名作
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2019.06.07

『妖ファンタスティカ』(その四) 朝松健・芦辺拓・彩戸ゆめ・蒲原二郎・鈴木英治


 操觚の会の「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」『妖ファンタスティカ』の紹介も今回で最終回。まとめて五編紹介させていただきます。

 『夢斬り浅右衛門  小伝馬町牢屋敷死罪場』(朝松健)
 本作は、『伝奇無双』に掲載された『夢斬り浅右衛門』のある意味本編とも言うべき物語。
 「夢を拾う」、すなわち他人の夢を自分のものとして見る力を持つ仙台藩士が、夢で見た浅右衛門の仕置きの場に立ち会うことで、更なる不思議な世界に入り込む――という物語は、作者ならではの丹念かつ静謐さを感じさせる文章で読ませる作品ですが、長編の一部という印象が否めないのが残念なところです。


 『浅茅が学問吟味を受けた顛末  江戸少女奇譚の内』(芦辺拓)
 本作もやはり『伝奇無双』収録作品の『ちせが眼鏡をかけた由来』と同じシリーズに属する作品。
 男装して昌平黌の学問吟味を受けることとなった少女が巻き込まれた騒動を描く物語は、作者にしてはミステリ味がちょっと控えめなのが惜しいところであります。

 本作や『ちせが眼鏡をかけた由来』は、長編『大江戸黒死館』のプリクウェルに当たるとのことですが――早くこちらもを読みたいものです。


『神楽狐堂のうせもの探し』(彩戸ゆめ)
 神楽坂で美青年が営む喫茶店兼失せ物探しを訪れた少女の不思議な体験を描く本作は、本書で唯一の純粋な現代もの。まさか本書であやかしカフェものを読むことになるとは……!
 舞台は好きな場所ですし、描かれる「失せ物」の正体もグッとくるのですが、伝奇アンソロジーである以上、「彼」の正体にもっと伝奇的な仕掛けが欲しかったところです。


『江都肉球伝』(蒲原二郎)
 江戸で妖怪変化絡みの事件を専門とする同心に、配下の猫又たちが持ち込んだ事件。それは江戸を騒がす連続怪死事件の始まりで――という、変格の捕物帖ともいうべき作品。
 猫又が主人公の作品や、妖怪と人間のバディものは、今ではしばしば見るシチュエーションですが、本作のように猫又が完全に人間の子分として使われているのはなかなか珍しいのではないでしょうか。


『熱田の大楠』(鈴木英治)
 桶狭間の戦の直前に、信長の奇襲を察知した今川家の忍び。信長が出陣前に熱田に詣でることを知った彼は信長狙撃を狙うも……
 作者の桶狭間ものといえば、やはりデビュー作の『義元謀殺』が浮かびますが、本作は全く異なる角度でこの戦いを扱った掌編。この路線を突き詰めると非常に面白い伝奇ものになるのでは――と感じます。


 以上、駆け足の部分もありましたが、全十三篇を取り上げさせていただきました。いずれも短編ながら、作者の個性が発揮された作品も少なくなく、時代小説プロパー以外の作家の作品も含めた貴重な――そして何よりもバラエティーに富んだ伝奇アンソロジーとして楽しめる一冊であります。
 正直なところ、「怪奇」よりの作品が多かった印象もあり、この辺り、実は短編で伝奇ものを描く難しさにも繋がっていくように思われますが……

 何はともあれ、この伝奇ルネッサンスの流れがこれからも絶えることなく続き、さらなるアンソロジーにも期待したい――心よりそう思います。


『妖ファンタスティカ 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


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2019.06.06

『妖ファンタスティカ』(その三) 日野草・誉田龍一・谷津矢車


 操觚の会の「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」『妖ファンタスティカ』の紹介の第三弾であります。

『遠夜』(日野草)
 養子に出された後に職を転々とし、今は手習い指南所の師匠として静かに暮らす青年・京悟。ある晩、「首(おびと)」とだけ名乗る傷だらけの男を助け、匿った京悟ですが、男は謎めいた言葉を残して姿を消すのでした。
 その翌日、遺恨から不良武士たちと果たし合いをすることとなった京悟。相手の刃が彼に迫ったまさにその瞬間、首が現れ……

 結成以来、驚くほどの勢いでメンバーを増やしてきた操觚の会ですが、作者は最も新しいメンバーの一人であり――そしてミステリをホームグラウンドとしている作家です。

 その物語で主役を務めるのは、いかにも時代小説らしい手習い所の師匠の好青年。しかし彼の前に謎めいた人物が現れそして消え、そして剣戟の場に彼が立たされた時――隠された数々の真実が明かされ、そして物語は思わぬ方向に向かっていくこととなります。
 青年が抱えていた屈託と、罪の記憶。しかしそれよりも遙かに深い闇と対峙した時、彼は何を思うのか……

 ミステリの手法を用いて揺れる青年の心の揺らぎを描き、そしてホラーとしてそれをちっぽけな感傷とあざ笑うような怪異を叩きつける――作者の実力のほどをうかがわせる作品です。


『血抜き地蔵』(誉田龍一)
 大学時代の友人から久々に呼び出された語り手。そこで彼を待っていたのは、二人が学生時代に出会った、とある寺院に伝わる血抜き地蔵の伝承の証拠とも言うべきものでした。
 それに関わった者は、悉く体内から赤い血を失い、苦しみ抜いて息絶えたといわれる血抜き地蔵。彼らが知ったその正体とは……

 現代人が語り手という思わぬスタイルの本作は、しかし彼の目を通じて、江戸時代の山村を襲った土俗的怪異の存在を語るという、変格の時代伝奇というべき物語。
 もちろん語り手が血抜き地蔵の奇怪な伝承を知るのは、古文書を通じてなのですが――過去という遠くに存在し、彼らに関わるはずもなかった怪異が、気付けば目の前にあるという、一種の遠近法的怪異描写は、なかなかにスリリングであります。

 あ実に豪快な怪異の正体や、(語り手にとっては)理不尽極まりない結末といい、どこか懐かしい伝奇ホラーの味わいを漂わせる佳品です。


『生き過ぎたりや』(谷津矢車)
 「生き過ぎたりや廿五 逸兵衛」と鞘に大書された太刀を手に、江戸のかぶき者たちを束ねてきた大鳥逸兵衛の耳に入ってきた奇怪な噂。それは江戸に彼と瓜二つの男が出没して、派手に暴れ回っているというものでした。
 もちろん彼にとっては覚えのない話――噂の主を捕らえるべく江戸を奔走し、ついに出会った逸兵衛は、まさに自分と瓜二つの相手が奇怪な存在であると知るのですが……

 本書のトリを務めるのは、『伝奇無双』では巻頭を飾った作者の作品。そしてこれが実に作者らしさに溢れた作品であります。

 開府直後の江戸で、主に中間や小者たちを束ね、武士たちの向こうを張って暴れ回った実在のかぶき者・大鳥逸兵衛(逸平)。
 タイトルにもなっている刀の文字に表れているように、明日を考えぬ勢いで生き、そしてその通りに死んでいった人物ですが――しかし本作はその彼が巻き込まれたドッペルゲンガー騒動を通じて、彼の隠された心中を描き出すのです。

 デビュー以来、能力を持ちながらも社会という壁にぶつかり、あがきながら生きる(あるいは死ぬ)若者の姿を多くの作品で描いてきた作者。
 そんな彼らの姿は作者自身に通じるものを感じる――というのはさておき、本作もまた、怪異という鏡を通じて、彼らの姿を、痛烈に浮かび上がらせているといえます。

 ……と、実はこの辺りは作者自身の言葉にもはっきりと表れているのですが、いずれにせよ、短編ながら実に作者らしい作品と申し上げた所以であります。


 次回(最終回)に続きます。


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2019.06.05

『妖ファンタスティカ』(その二) 坂井希久子・新美健・早見俊


 操觚の会の「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」『妖ファンタスティカ』の紹介の第二弾であります。

『万屋馬込怪奇帖 月下美人』(坂井希久子)
 金もなければ女にももてない万屋を営む浪人・馬込慎太郎。そんな彼のもとに久々に舞い込んだ依頼は、さる人形絵師が作った、豪商の亡き愛娘に生き写しの人形を壊して欲しいというものでした。
 折しも江戸では、健康な男が一晩で干からびて死ぬという事件が発生、その事件は思わぬ形で馬込の仕事と繋がって……

 総勢十三人、様々な作家が居並ぶ本書の中で、ある意味最も意外なのは本作ではないでしょうか。時代小説としては「居酒屋ぜんや」シリーズが代表作となる作者ですが、おそらく本書のメンバーの中で最も伝奇というイメージが薄いのですから。
 そんな作者が描く本作は、万屋の浪人と、江戸の夜に徘徊する危険極まりない妖女との対決を描く時代ホラーなのですから、さらに驚きであります。

 ……が、そこに「艶笑」の二文字が付くとなれば、一転して作者らしいと感じられます。
 正直なところ、怪異の正体はこれ以外ない、という存在であって、意外性はないのですが――しかしクライマックスでの馬込のぬけぬけとした(しかししっかり伏線がある)大逆転には、もう脱帽するしかありません。この路線でシリーズを読みたいものです。


『妖しの歳三』(新美健)
 禁門の変を経て、京洛にその名を轟かせた新選組。しかし近頃京では、怪鳥の声とともに現れる辻斬りが出没、ついに隊士の一人が斬られたことから、土方は自ら対決を決意することになります。
 山南や一夜を共にした島原の太夫らの、この事件には京の都に潜む魔が関わっているという言葉を一笑に付して、犯人と対峙する土方。彼が見た犯人の姿は……

 言うまでもなく歴史時代小説界では衰えることのない人気を誇る新選組。伝奇小説ゲリラにして冒険小説残党を名乗る作者も、デビュー作『明治剣狼伝』では(明治の)斎藤一を、『幕末蒼雲録』では芹沢鴨らを描くなど、折に触れて新選組を題材としてきましたが――本作はその新選組を通して、幕末という時代の裂け目に吹き出した魔性の姿を描く作品であります。

 多摩の田舎道場から、幕末の混乱の中で時流を掴み、京の治安を守る武士集団に成り上がった新選組。そんな彼らの存在は、ある意味、京の歴史の陰に潜んできた魔とは対になる存在とも感じられます。
 クールに野望に燃える土方のキャラクターもよいのですが、京の魔に憑かれたように変貌していく山南や、謎めいた存在感の太夫なども面白く、この先の物語も読んでみたいと思わされる作品です。


『ダビデの刃傷』(早見俊)
 赤穂浪士の討ち入りから数年後、ただ一人生き残った寺坂吉右衛門を襲う謎の武士団。窮地の吉右衛門を救ったのは、吉良の旧臣を名乗る野村という浪人でありました。
 未だに謎が残る松の廊下の刃傷の真相を知るため、大石内蔵助の書付を探しているという野村。彼に引き込まれ、ともに手がかりを求めて赤穂に向かった吉右衛門は、赤穂のとある神社に眠る思わぬ因縁の存在を聞かされることに……

 タイトルからおそらく忠臣蔵ものと想像できるものの、しかしあまりにそれとは不釣り合いな言葉が冠されていることに驚かされる本作。
 しかしこれまで(時代伝奇もので)様々に描かれた松の廊下の真実の中でも、屈指の奇怪な真実を描く本作を結末まで読めば、このタイトルは全く以て正しかった、と納得させられます。

 何を書いても物語の興を削ぎかねず、なかなか内容を紹介しにくい作品なのですが、ある意味本書において最も「伝奇」を――伝奇ものならではの飛躍感を――感じさせてくれる作品である、と述べれば、そのインパクトは伝わるでしょうか。


 次回に続きます。


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2019.06.04

『妖ファンタスティカ』(その一) 秋山香乃・神野オキナ


 「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」と銘打たれた本書『妖ファンタスティカ』は、『伝奇無双 「秘宝」』に続く操觚の会の伝奇アンソロジー。収録作品は実に十三篇――古代あり幕末あり、新選組あり忠臣蔵あり、怪奇あり艶笑ありと、バラエティに富んだ作品揃いの一冊です。

 単に歴史時代作家たちが集まるだけでなく、積極的にこのジャンルを動かしていこうと、これまでも様々な活動を行ってきた操觚の会。その操觚の会が、伝奇ものの波を起こそうとしています。
 その第一弾が『伝奇無双』であるとすれば、本書は第二弾。『伝奇無双』が「秘宝」をテーマとした七作品から成るのに対し、本書はバラエティに富んだ内容の、十三作品で構成されています。

 これから数回にわたり、その中でも特に印象に残った作品をピックアップして紹介することといたしましょう。


『草薙剣秘匿伝  葛城皇子の章』(秋山香乃)
 山背大兄王が蘇我入鹿に一族もろとも滅ぼされ、次は自分の番と怯える葛城皇子。しかし入鹿の傍らに、入鹿には見えない少年の姿を見た皇子は、山背大兄王の死に疑念を抱くのでした。
 そして真相を知るために蘇我馬子のもとに向かった皇子は、そこで山背大兄王・蘇我入鹿・中臣鎌子の運命を変えたある存在を知ることに……

 『伝奇無双』では『ヤマトタケルノミコト 予言の章』と、やはり古代を題材とした作品を描いた作者の次なる伝奇は、大化改新前夜ともいうべき時代の物語。
 日本史の授業で誰もが学んだであろう有名な事件ですが――本作はその陰に、事件の登場人物たちの奇妙な因縁と、それを操る奇怪な存在を描き出します。

 そんな本作で特に印象に残るのは、むしろ「悪役」となる蘇我入鹿のある種の人間臭さでしょうか。歴史上イメージの固まっている人物にもう一つの顔を与え、あったかもしれない影の歴史を描くのが伝奇の機能の一つであれば、入鹿の秘めた想いを描いた本作には、まさにそれがあります。
(そしてまた、作中で「人に権力をもたらすもの」と呼ばれるものの奇怪な存在感も印象に残るところであります)

 ちなみに本書には、各作品の末尾に作者の言が付されているのですが、作者が伝奇ものを書く時は、古代・平安・鎌倉のいずれかの時代のみでいきたいとのこと。何とも頼もしい宣言であります。


『ころりの木壺』(神野オキナ)
 とある屋敷に招待され、そこで木の壷を真っ二つに斬れば五十両という、破格の依頼を受けた江戸の名だたる剣術家たち。しかし彼らの前で壷はコロリと刀を避け、誰一人として斬ることはできなかったのでした。
 そして江戸で剣術道場を開く湯文字逸四郎のもとにも届いた招待。屋敷に向かった彼がそこで知った奇怪な因縁とは……

 出身地である沖縄を題材とした作品を多く描いてきた作者の作品は、やはりかの地にまつわる呪物ホラー――それも極めて特異な――というべき物語であります。
 達人の一撃を生あるもののように避ける壷とは何なのか、何故それを斬らせようとするのか。そして斬った時に何が起こるのか――様々な時代ホラーを読んできましたが、本作はその中でも屈指のユニークさを誇る作品といえるでしょう。

 正直なところ、作者と時代ホラーはあまり結びつかなかったのですが――これは認識を改める必要がありそうです。


 次回に続きます。


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2019.06.03

『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」

 無惨の命を受け、珠世邸の炭治郎を襲撃する朱紗丸と矢琶羽。常識外れの動きを見せる鞠の攻撃に苦戦する炭治郎は、愈史郎の助力で鞠を操っていた矢琶羽の術の存在を知るが、十二鬼月を名乗る朱紗丸たちに苦戦を強いられる。朱紗丸を禰豆子に任せ、矢琶羽に挑む炭治郎だが、矢琶羽の矢印に翻弄され……

 珠世の屋敷で、鬼を人間に戻す方法について聞いていた最中、突如猛烈な勢いで屋敷に飛び込んできた攻撃。それは手鞠――無惨の命を受けて耳に花札のような飾りをつけた鬼狩り、すなわち炭治郎を襲ってきた鬼の一人・朱紗丸の攻撃であります。次々と投げ込まれ、そして壁で当たって縦横無尽に跳ね返る鞠は、突如として直角に曲がるなど物理的にあり得ない動きで襲いかかり、ついに直撃を喰った愈史郎は頭を粉砕……。
 幸い(?)鬼の攻撃で頭を破壊されてもセーフということか、グロ動画のようなビジュアルで下から再生していく愈史郎(しかし、最後にポン! という勢いで髪が生えるのが異常におかしい。それにしても脳みそが再生する前から喋っているのはどういう仕組みによるものか)。彼は腕を六本に増やして更に激しい鞠攻撃を仕掛ける朱紗丸に苦戦する炭治郎に自分の視覚を貸すと語り、炭治郎の額に呪符のようなものを貼り付けるのでした。

 と、そこで初めて炭治郎の視界に入ってきたのは、鞠と一緒に動く――いや鞠を動かす矢印。そう、これこそが矢琶羽の血鬼術――炭治郎はようやく鞠の軌道を見切って朱紗丸に斬りかかり、そして禰豆子が樹上に潜む矢琶羽に連続蹴りを喰らわせますが、しかし自分たちを最強の鬼・十二鬼月と名乗る二人は、炭治郎たちの攻撃をものともせず反撃に移ります。
 愈史郎の応援してるんだか指示してるんだかわからない台詞を受けてテンパりのカミカミになりながらも、まず矢琶羽に狙いを定める炭治郎。一方、禰豆子は(姿を消して殴りかかるという愈史郎の姑息なアシストを受けつつ)朱紗丸に挑むことになります。

 が、鞠を動かすだけに見えた矢琶羽の矢印は、炭治郎自身の体をも動かし、攻撃を逸らすだけでなく、その体を樹や壁に叩きつけ、さらには上空にまで吹き飛ばすという攻防一体の技。そして下段を襲う朱紗丸の鞠を蹴りに行った禰豆子は、しかしそのあまりの威力に膝から下を吹き飛ばされるダメージを負うことになります。
 高速で近づく上に無限誘導、刀で受けても同じ効果を喰らってしまう矢琶羽の矢印に対し、直接触れないように矢印の向きを変えることを考える炭治郎。まず陸ノ型 ねじれ渦で矢印を巻き取り、参ノ型 流流舞いで距離を詰める。そして本来は縦回転の弐ノ型 水車を横回転で放つ弐ノ型・改 横水車を放った炭治郎の一撃は、見事に矢琶羽の頸を叩き斬り……


 毎回毎回、きっちりと原作を二話ずつ消化していくこのアニメ版『鬼滅の刃』。会話や情報量が多めの回はそれでもよいけれども、アクション主体の回はそれだけで時間が保たないのでは――と勝手に心配しておりましたが、今回示されたその答えは、「アクション描写を補いまくる」という、ある意味実に正しい答えでありました。

 凄まじい勢いで迫る朱紗丸の鞠、自由自在に動き回る矢琶羽の矢印を、CGも交えてガンガン動かし、そしてそれに対する炭治郎や禰豆子(矢琶羽に喰らわせた蹴りが、原作では一発だったのが連続蹴りになっているのがいい)も負けずに動くのが実に気持ちが良い。
 特に矢琶羽の矢印は、動きの方向を矢印で示すという漫画でこそ映える表現かと思いきや、そこに実際の動きを乗せることで、その効果のほどをきっちり示してくれるのに感心いたしました。

 滑り気味だったギャグ描写も、今回は一瞬本当にトチって噛んだのかと思った炭治郎のテンパりシーンや、その直後の愈史郎「あいつらを囮にして逃げましょう」→珠世ドン引き→愈史郎「冗談です」の流れも自然で楽しめました。
 この辺りは激しい戦闘シーンの合間にヒョッと入ってくるのが楽しく、やはり鬼滅の刃のギャグはメリハリがあってこそだなあ、と再確認した次第です。


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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第3巻 ついに登場、初めての仲間……?

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 公式サイト

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2019.06.02

東郷隆『邪馬台戦記 Ⅱ 狗奴王の野望』 巨人の謎を追い、海の彼方まで繋がる物語


 あの東郷隆が邪馬台国を題材に描く児童文学『邪馬台戦記』の第2巻であります。物語の舞台は前作から十数年後――前作の主人公の子・ワカヒコが、ヒミコの命を受け、巨岩を投じて船を沈める巨人の謎を追い、東に旅立つことになります。

 いまだ謎多い弥生時代、邪馬台国を中心とした当時の倭国を舞台に、博覧強記の作者が綿密な考証で描く『邪馬台戦記』。前作は、海人族の少年・ススヒコが、クナ国に連れ去られた幼なじみのツナテを救うために繰り広げた冒険が描かれました。
 その後、邪馬台国に暮らすこととなったススヒコとツナテの間には13歳の息子・ワカヒコが生まれ、邪馬台国も一層の繁栄を見せるのですが――しかしそこに生じたある翳りが、新たな物語の始まりとなります。

 ヒミコの下で、繁栄と拡大を続けてきた邪馬台国。しかし増えすぎた人口を養うための農地は邪馬台国にはなく、他国との交易で国費を補おうとしていたのです。
 そのために邪馬台国から船団が送られるのですが――しかしその途中、霧の中から突如投じられた幾つもの巨岩によって壊滅させらたというのであります。

 これは東の国、蓬莱国に住むという巨人の仕業ではないか――そう考えたヒミコによって、ワカヒコは巨人の謎を探る密使として選ばれることになります。。
 その父が英雄ススヒコであるだけでなく、大陸の学者の薫陶により海外の言葉を習得しそして何より大人顔負けの冷静さと頭の回転を持つ彼こそは密使に相応しい――と。

 こうして東国に旅だったワカヒコですが、早くも危難に見舞われることになります霧の深い日、突如現れた山のような巨船により彼の乗った船は沈められ、助かったのは彼と水先案内の少女・サナメのみだったのです。
 実は兄の乗った船を巨船に沈められた過去を持ち、復讐に燃えるサナメと、彼女に協力する風を装い、東国に向かうワカヒコ。二人が旅の先に見たものは……


 シリーズ第二弾ということで、基本的な舞台紹介は済ませ、いよいよ物語が本格的に走り出した感がある本作。それは何よりも、キャラ描写の面白さに現れていると感じられます。その中で特に魅力的なのは、もちろんワカヒコとサナメの主役コンビであります

 まだ少年の部類に入るワカヒコは、力には劣るものの、苦しい旅の中のサバイバル術、そして巻き込まれた戦闘において見せる軍略など、知識と知恵で活躍する軍師タイプの少年であります
 それに対してサナメは弓の達人の戦士タイプで、男勝りのあらくれ美少女(もちろんツンデレ)という設定。そんな凸凹コンビのやりとりは何とも楽しく(年下のワカヒコの方が主導権を持っているのもイイ)、少年少女が大人の中でも負けずに大活躍するのが、何とも痛快なのです。

(その一方で、邪馬台国といえばこの人、のヒミコの、茶目っ気たっぷりの食えないキャラクターも何とも楽しい)


 しかし本作の更なる魅力は、そのキャラクターたちが活躍する世界観の広がりにあると感じます。
 前作の時点で、大陸や半島から渡来した人々、あるいは黒潮に乗って南方からやってきた人々――言葉や習俗すら異なる人々が寄り集まった国として描かれた倭国。本作ならではの考証の豊かさを通じて描かれたその姿は、混沌としつつも生命力に溢れた、ひどく魅力的な世界でありました。

 しかし本作では、その倭国の遙か彼方の世界の存在が描かれることとなります。それは大秦国――すなわち古代ローマ!
 西の果ての古代ローマが、この東の果ての邪馬台国の物語に結びつく――それは一見荒唐無稽に見えますが、しかし後漢と古代ローマに、か細いながらも交流があったのは紛れもない事実であります。

 邪馬台国と三国の魏が同時代であるのは有名な話ですが、遙か西に目を向ければ、共和制末期のローマが存在している――そんな一種の時間と空間のダイナミズムを、本作は巧みに取り入れることで、破格のスケール感と、そして物語の根幹を為すあるガジェットを違和感なく取り入れることに成功しているのであります。


 倭国の少年少女の冒険に、古代ローマがいかなる形で絡むのか? 実は本作は、中盤のクライマックスとも言うべき部分で終わっているのですが、この先で描かれるであろう、本作ならではの冒険物語が今から楽しみなのなのです。


『邪馬台戦記 Ⅱ 狗奴王の野望』(東郷隆 静山社) Amazon
邪馬台戦記 II 狗奴王の野望


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2019.06.01

速水時貞『蝶撫の忍』第4巻 「斑猫」半坐、本領発揮! しかし……


 本能寺から失われた信長の首を巡る甲賀と伊賀の争奪戦から始まった、昆虫の異能を持つ忍者たちの十対十のトーナメントバトル。『蝶撫の忍』第4巻においてもそのバトルは、いつ終わるともなく続くことになります。そしてその渦中に巻き込まれた鱗と半坐の運命は……

 本能寺から信長の首を守って落ち延び、仲間であった甲賀も、敵対する伊賀も向こうに回し、一人孤独に戦う甲賀忍・「胡蝶」鱗。
 そして師・服部半蔵に騙される形で鱗に接近し、一度は彼女を捕らえた伊賀忍・「斑猫」半坐もまた、鱗を助けるために伊賀と甲賀の双方を敵に回すことになります。

 死闘と逃避行の連続の末、色里に身を潜めた二人。しかし甲賀最強の甲賀十忍衆、伊賀の精鋭・伊賀忍十座もそこに集結、かくして始まるのは、甲賀と伊賀の全面戦争……
 というわけで、鱗と半坐の戦いが拡大する形で、前巻から始まったのは、みんな大好き異能の忍者同士のトーナメントバトル。そこに参加するのは、以下の二十名であります。

甲賀十忍衆
「鬼ヤンマ」鬼多川無法・「噛斬蟲」天牛・「百足」蓮柔郎・「泡吹」伊呂波・「華潜」厳臓・「御器噛」巡魅・「ヤゴ」彦左衛門・「羽衣」嘉納菊之介・「鞭蠍」更紗・「蛍」灯

伊賀忍十座
「螻蛄」服部半蔵・「蟻地獄」獅子丸・「蝉」服部針蔵・「蜘蛛」綾乃・「糞転」蘭・「田鼈」燕・「刺椿象」亀十郎・「蠅」旻七・「米搗虫」鵯・「大蚊」百地丹波

 鵯を除いては既に前巻までに名前と姿が登場していたところですが、この巻でついに全員の二つ名が登場。もちろんいずれも昆虫の名から取られたものであります。

 これまでの巻の紹介でも述べてきたとおり、本作の最大の特徴は、登場する忍びの能力・忍法・戦法が、いずれも実在する昆虫の、実在する能力をモチーフにしたものであること。 そしてその昆虫たちの名が全て登場したということは、その能力もまた登場したということにほかなりません(正確にはまだ能力を見せてない者も何人かおりますが……)。

 忍たちの奇想天外な能力が登場するたびに解説される、昆虫たちの恐るべき生態。昆虫がその能力を持つからといって人間が持つとは限らない――などというのは野暮の極みで、もうこの解説が来るたびに「来た来た!」と嬉しくなってしまうのであります。
 ちなみにこの巻では、齢二百歳とも言われながら外見は幼女という甲賀の首魁・「蛍」灯のその姿までも蛍になぞらえて解説されていたのですが――まさかそんなところまで昆虫モチーフになるとは、ただただ驚くほかありません。


 さて、そんな最強クラスの面々の潰し合いになっては、鱗はともかく半坐は見劣りするのでは――などと思ってしまいそうになりますが、この巻において彼の本領がついに描かれることになります。

 以前にも描かれた彼の「斑猫」たる由縁――それは比較的「静」の部類に属する内容でしたが、ここで甲賀でも屈指の腕利き・「鞭蠍」更紗を向こうに回して発揮されるのは、その「動」の力。
 その能力の凄まじさ・格好良さは、そしてこの巻を含めて作中の随所で描かれる彼の好漢ぶりと相まって、本作のもう一人の主人公と呼ぶに相応しいものなのですが――それが大変な事態を招くことになります。

 半坐の戦いぶりに、彼を喰いたくなった――性的な意味で――灯。その術中にまんまと陥った半坐は、こう、ついに……

 こんな形で念願を叶えてよいのか――いやそれどころではない大変な状態になってしまった半坐。そして鱗もまた、強敵を前に苦戦を強いられることになります。
 さらに秀吉が動き、忍びたちの内部もきな臭い状況となってきたいま、物語のクライマックスは、いやカタストロフィは遠くないように感じられます。

 その時に生き残るのは誰か――いよいよ正念場であります。


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