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2019年7月

2019.07.31

松尾清貴『南総里見八犬伝 2 犬士と非犬士』(その二) 理不尽を乗り越える人間性の不滅


 松尾清貴による『南総里見八犬伝』第2巻の紹介の続きであります。「八犬伝」という物語に存在する理不尽、その一つを背負った山林房八、そして彼に続く人々「非犬士」を本作は如何に描くのか……

 当事者同士は知る由もなかった父祖の罪を精算する、そのためだけに、自分とたまたま瓜二つであった信乃の身代わりとなる――しかもその過程で自分の妻を巻き込んで、それがまた信乃の役に立ってしまう(現代から見れば噴飯ものの理由で!)房八。
 そんな彼の存在と行動、辿った運命は、まさしく理不尽――特にその行動理由は、現代人から見れば、何とも理解しがたいものがあります。

 非常に失礼なことを申し上げれば、ある種滑稽ですらあるその姿は、苦難に満ちた者とはいえ、勇士として存在する犬士たちとは対局に位置するようにすら感じられます。
 本書の副題「犬士と非犬士」は、一面、そんなこの両者の間の深い断絶を表していると言えるでしょう。しかし、それに留まることなく、その先を描き、両者を繋ぐものをみせるのが、本作の見事な点なのであります。


 小文吾を挑発し、敢えて小文吾に討たれることで彼らの役に立とうとする房八ですが、しかしそんな彼の中にも、一片の後悔が残らないはずがありません。「自分が犬士であったなら」――と。
 そしてその想いは、彼らの前で伏姫と犬士たちの因縁を語る丶大法師に対して爆発することになります。本作においては、ほとんどメタフィクショナルな言葉で以て……

 それに対する丶大法師の答えについて、さすがにここで引いて述べることはいたしません。しかしここで語られる言葉は、一人房八に対するものだけでなく、この「八犬伝」において、理不尽に泣く全ての非犬士たちに向けられたものである――と僕には感じられた、とは申し上げたいのです。

 確かにこの世に理不尽は――まさしく理不尽なほどに不公平な形で――無数に存在する。しかしそれでもなお、その理不尽の中にも、意味と救いは存在することを、本作は語ります。
 それはもちろん、主人公である八犬士たちの存在を前提とした物語としての格好によるものではあります。因果応報を基調として、物事にきっちりと白黒をつける「八犬伝」という物語だからこそ成立するものでもあるでしょう。

 それでもなお、本作の房八の姿からは、理不尽の果てに斃れながらも、それでもなお、八犬士たちの中で生き続けるものの存在を――いうなれば人間の、人間性の不滅というものを感じさせてくれるのであります。
 そしてそんな非犬士たちの存在があるからこそ、彼らに支えられて立つ犬士たちが、現代の我々から見ればあまりピンとこない「忠義」を一つの動機としているにも関わらず、我々の心を大いに動かしてくれるのではないか――とまで言えばさすがに大袈裟にすぎるかもしれませんが、そんな気持ちにもなるのであります。


 そしてそんな非犬士たちの姿は、本書の後半で描かれる姨雪世四郎と音音、力二・尺八兄弟とその妻である曳手・単節にも見ることができます。

 田舎町を舞台として世話物めいた惨劇の一夜を描く前半、山中の陋屋で繰り広げられる怪談を描いた後半――どこか芝居めいた舞台と趣向(実際、明らかに歌舞伎の台本的に描かれる部分がどちらにもあるのですが)を用いることにより、理不尽な悲劇と、その中に浮かび上がる人間性を巧みに描き出してみせた本書。
 これからいよいよ複雑化し、より広い世界を舞台に始まっていく犬士たちの物語を描く前に、彼ら非犬士の物語がこの中で描かれることには、大きな意味がある――そう感じさせられた次第です。

 そして、古奈屋の段に並ぶ理不尽すぎる物語、庚申山の段が本作において如何に描かれるのか、今までは大いに気になっていたのですが――本書を読んだ後であれば、おそらく次巻で描かれるであろうそれを、安んじて待つことができるように思うのです。


『南総里見八犬伝 2 犬士と非犬士』(松尾清貴 静山社) Amazon
南総里見八犬伝 2 犬士と非犬士


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2019.07.30

松尾清貴『南総里見八犬伝 2 犬士と非犬士』(その一) 八犬伝という理不尽な物語の中で


 いま最も期待の「八犬伝」、松尾清貴によるリライト版『南総里見八犬伝』待望の第2巻であります。この巻で描かれるのは芳流閣の決闘から荒芽山での犬士集結までと、山場の連続ですが――しかしそれに留まらず、本作ならではの切り口で、物語に新たな命が吹き込まれることになります。

 本朝伝奇小説のマスターピースである曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』。本作はその原典を細部まで忠実に踏まえつつ、同時に原典にない部分を違和感なく巧みに、作者ならではの視点で補うことで、新たな八犬伝を描くシリーズの第2巻であります。

 伏姫と八房にまつわる奇譚を、そして犬塚信乃の少年時代と旅立ちを描いた第1巻に続き、本書の冒頭で描かれるのは、信乃vs犬飼現八という犬士同士の対決――芳流閣の決闘。激しい戦いの末に川に落ちた二人は、流された先の行徳で新たな犬士・犬田小文吾と出会うことになります。
 奇縁に喜ぶまもなく病に倒れた信乃を救うため、その身を犠牲にする小文吾の妹・沼藺とその夫・山林房八。そしてその果てに信乃たちは伏姫に始まる因縁の存在と、房八の子である親兵衛もまた、犬士であると知ることになるのでした。

 しかし大塚村に残してきた犬川荘助が、代官殺しの罪で獄に繋がれ、処刑されようとしているのを知り、牢場破りを決行する信乃・現八・小文吾。
 さらに主家の仇である関東管領・扇谷定正を襲撃するも失敗し、追われる犬山道節を助けた犬士たちは、荒芽山で彼の乳母・音音やその子・力二と尺八らと出会うのですが……


 と、本書の内容を簡単に紹介すれば、このようになります。いずれも原典前半の名場面とも言うべき場面の数々――次々と出会い厚誼を結んでいく犬士たち、悪人や奸物たちとの対決、犬士たちを助ける人々の活躍と、胸躍る展開が続くことになります。
 ……しかし、本書の副題は『犬士と非犬士』という、何とも意表を突いたもの。そしてそれに相応しく、本作は原作に忠実でありながらも独自の視点でもって展開していくことになります。
(以下、本書の内容にかなり踏み込むこととなりますが、古典リライトということでご容赦下さい。)

 そう、ここでクローズアップされるのは、上で挙げた、八犬士たちを助け、それ以外の人々の存在。いかに運命の子とはいえ、犬士たちも人間、一人二人が揃っただけではその力には限界があります。そんな犬士たちを助け、時に命を投げ出す人々は、犬士たちの陰に確かに存在しています。
 そしてそんな人々の中で、最も印象に残る一人は、本書に登場する、いや本書の表紙を飾っている山林房八ではないでしょうか。

 小文吾の義弟でありながらも、市川と行徳という二つの町を背負って対立するライバルである房八。小文吾を遺恨から付け狙い、その末に自らの子である大八(親兵衛)や沼藺を手に掛けてまで小文吾に挑みかかるも、実は――という、実にドラマチックなキャラクターであります。が……


 ここで個人的なお話となってしまい恐縮ですが――僕が「八犬伝」から受ける印象の中には、面白さや痛快さ、壮大さや精緻さと並んで、「理不尽さ」があります。
 実のところ「八犬伝」の物語展開は、登場人物にとっては理不尽な災難としか言いようがないものが少なくない――というより、伏姫の悲劇をはじめ、八犬士一人一人の運命に至るまで、理不尽でないものの方が少ないようにすら感じられます。

 正しく生きる人間が報われるわけではない――いやむしろ、その正しさが故に悪人たちに付け入られ、運命の悪意に翻弄される様が、「八犬伝」においては、幾度も描かれることになります。
 それが主人公として最後には報われる八犬士たちであればまだいい。しかしその途中で、彼らを救うために命を落としてしまった者はどうか? 犬死にとは言わぬまでも、捨て石扱いなのではないか?

 そしてそんな理不尽さを最も強く感じさせるのが、この房八の運命なのですが……


 恐縮ですが、長くなりましたので次回に続きます。


『南総里見八犬伝 2 犬士と非犬士』(松尾清貴 静山社) Amazon
南総里見八犬伝 2 犬士と非犬士


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2019.07.29

『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」

 人間をその毒で蜘蛛に変える兄蜘蛛と遭遇した善逸。しかし彼もまたその毒を受け、徐々に体が蝕まれていく。その中で意識を失った善逸は、自分の師の記憶に励まされ、自分が唯一使うことが出来る霹靂一閃で兄蜘蛛をついに倒すのだった。一方、炭治郎と伊之助の前には、巨大な父蜘蛛が現れ……

 炭治郎と伊之助に置いていかれ、一人山の中を行く善逸。おっかなびっくり歩く彼が、後ろからの物音に振り向いてみれば、そこにいたのは恨めしげな目で見上げる人面蜘蛛!(しかも髪の毛がほとんど抜け落ちている)
 思わず「こんなことある!?」と叫ぶ善逸に心から同意できる地獄のような光景ですが、無我夢中に逃げていった先で善逸が見たものこそ本当の地獄。そこにあったのは、木々の間に糸で吊された小屋と、その周囲に幾人も吊り下げられ――蜘蛛に変化していく途中の人々だったのですから。そしてトドメに、空中の小屋から現れたのは、顔だけ人間でそれ以外は人間大の巨大な蜘蛛――無理、もう無理。初めて善逸の気持ちにシンクロできた、というか、自分だったら見た瞬間に発狂しそうな怪物であります。

 当然と言うべきか、その場から逃げ出した善逸ですが、しかし先ほど人面蜘蛛に出会った時には既に蜘蛛に噛まれ、その毒を受けていた状態。この毒を受けた者は、苦しみ抜いた末に四半時後には自我を失った人面蜘蛛になってしまうという、本当にこうして書いていても厭な厭な兄蜘蛛の能力であります。
 ビビりまくって樹の上に逃げてもなお兄蜘蛛の煽りは続き、さらには人面蜘蛛たちまで這い上がってきて、もう泣き叫ぶしかない善逸。その時彼の脳裏をよぎるのは、かつて修行中にあまりの辛さに逃げ出し、同じように樹の上に登っていた時のことであります。その時は追いかけてきた師匠の前で泣き言抜かした挙げ句、樹に雷が落ちてきて髪が金髪になるという散々な目にあった善逸ですが――そんな情けない自分を最も嫌いつつも、しかしどうにもできずに、彼は今までもずっと藻掻いてきたのであります。

 そして今、本当にもうどうしようもない状況に追い込まれた善逸。ついにあの人面蜘蛛たちのように髪まで抜けてきて――ついに意識を失ってしまった善逸ですが、吾妻善逸はここからが強い。気絶して樹から真っ逆さまに落ちながらも、途中で覚醒して樹を蹴ってジャンプ、雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃で兄蜘蛛に肉薄――するも、しかし敵の吐き出す毒や、飛びかかってくる人面蜘蛛を相手に不発に終わります。
 それでもなお、執拗に霹靂一閃を狙う善逸――そう、実は彼に使える技は霹靂一閃のみ、それでもなお、彼は霹靂一閃の構えを愚直に続けます。やたらと柄の悪い先輩に桃をぶつけられたり、周囲の人間たちに呆れられ、嘲られ、見捨てられ――それでもなお、自分を信じてくれた師匠の言葉を信じて、なりたい自分になるために、善逸は自分自身に出来ることを貫こうとしていたのであります。

 しかし毒も回り、ついに動きもままならなくなってきたところに、原作よりも異常に数が増えた(十倍くらいいませんか)人面蜘蛛にまとわりつかれ、というより蜘蛛団子状態になってしまった善逸。その時――あたかも雷の落ちる寸前のように周囲の空気が震え、蜘蛛を振り払って善逸が現れます。そして放たれるのは、一閃を連続して放つ霹靂一閃 六連――地上から樹を蹴り、宙に舞った善逸の体は、ぶら下がった小屋を突き破り、そこに隠れた兄蜘蛛の首を一撃で断つのでした。
 しかし彼の力もそこまで。師を、炭治郎を思い出しながら、何とか呼吸の力で毒の巡りを送らせようとする善逸ですが、しかしその視界は黒く染まっていき……

 そして善逸がそんな死闘を繰り広げていたとは知らぬまま、先に進む炭治郎と伊之助。その前に蜘蛛の顔をした(もうやだこの一家)巨大な父蜘蛛が出現、凄まじい力で襲いかかってきて――というところで続きます。


 冒頭とラストを除けば、炭治郎そっちのけで善逸の姿が描かれた今回。もう完全に善逸主人公回でしたが、これまで(それだけではないことを窺わせつつも)ヘタレでやかましくてと良いとこなしだった善逸が、その心中に抱えたものを丹念に描いた上で、溜めに溜めた末にクライマックスで霹靂一閃 六連爆発! というカタルシスは素晴らしいものがありました(原作になかった、満月をバックにしたフィニッシュのケレン味も実に良い)。

 あまりに善逸回りで盛り上がりすぎて、善逸これで死んじゃった!? と思わされてしまった――というのは大袈裟かもしれませんが、原作を読んでいても満足できる回であったことは間違いありません。


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 『鬼滅の刃』 第三話『錆兎と真菰』
 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」
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 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」
 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」
 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇


関連サイト
 公式サイト

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2019.07.28

谷津矢車『某には策があり申す 島左近の野望』 戦場を駆け抜けた戦国の化身


 様々な題材を、これまた様々な切り口から描いてみせる才人・谷津矢車。その作者が、戦国史を飾る大一番・関ヶ原の戦を中心に描く物語が本作であります。主人公は、副題にあるとおり島左近――石田三成に仕えた名将を、従来とは全く異なる形で捉え直してみせた、実に作者らしい戦国武将伝です。

 石田三成に過ぎたるもの二つとして、佐和山の城に並び称された島左近。人間としては今一つの主を最後まで支えた「義」の人、というイメージも強い人物ですが、その一方で、実像がはっきりしない人物でもあります。その左近を、本作は自由に、非常にユニークな人物像でもって描き出すのです。

 ある出来事がきっかけで、主家であった筒井家との間に溝が生まれ、ついに主家を捨てた左近。以来、主持ちはこりごりだと豊臣秀長、次いで蒲生氏郷の下に陣借りし、九州討伐や忍城攻めといった戦に参加した左近ですが――そこで敵味方様々な人々と出会いながらも、決まって周囲と衝突し、飛び出すことを繰り返すことになります。
 実は彼が求めるのは出世や富ではなく、ただ戦いのみ。戦いの場を求めて次々と居所を変える上、出会ったとは思えない武田信玄から軍略を直伝されたと嘯く困った男ですが――しかしその強さは本物であります。

 そしてそんな左近を受け入れ、戦う場を与えたのが、かつて忍城攻めの際に彼に命を救われた三成。この国から豊臣家の敵を全て滅ぼす決意を固める彼は、そのための大戦を戦わせてやると、左近を誘ったのでした。
 かくて政略は三成、軍略は左近という組み合わせで、天下の大戦を起こすべく策を練り始めた二人。そして家康が上杉攻めに向かった機に起った二人は、関ヶ原でついに大戦へと打って出ることになるのですが……


 本作とは世界観を共有する三部作である『曽呂利』『三人孫市』のほかにも戦国時代を舞台とした作品を幾つか描いている作者。しかし本作はその中でも、最も真っ正面から「戦」を描いたものという印象があります。
 特に本作の後半をほとんど丸々使って描かれる関ヶ原の戦は、新説や巷説を巧みに取り入れる歴史ものとしての面白さだけでなく、ドラマの盛り上がり方も素晴らしい。それまでに描かれてきた左近を巡る人々との間の因縁が次々と昇華されていくのにはただ唸るほかありません。

 特に特に左近とはある意味裏返しの存在とも言うべき藤堂与右衛門や、左近とは近しいベクトルの戦馬鹿・島津兵庫、そして『三人孫市』ファンには嬉しい雑賀孫市といった面々は、左近を引き立たせると同時に自分たちも輝くという理想的な立ち位置で、物語を大いに盛り上げてくれるのであります。
 さらに実は似たもの同士である左近と三成との交流なども含め、本作は普通に戦国もの、合戦ものとしても実に面白い作品なのですが――しかし作者の作品が、そんな直球のみで終わるはずもありません。

 そう、本作で描かれるのは、左近という男の持つ強烈な「歪み」の存在。天下太平に向かう世界の中で、ひたすらに戦のみを求める左近の(極端にいえば)異常性なのです。


 作中で左近を評してしばしば使われる「山犬」という言葉――それは当然肯定的なものではありません。それは戦国の時代を終わらせて秩序をもたらそうとする者たちから、理想や理念を持たず、ただ戦いのために戦う左近に対し、強い嫌悪感とともに発せられるものであります。

 血を分けた息子に対する親としての想いなど、基本的に人としての情を理解できず、戦場を荒れ狂う嵐のような存在――それでいて単なる暴力馬鹿として描くのではなく、人間臭さを感じさせるのが本作の巧みな点ですが――である左近。
 その姿は一面から見れば、作者が得意とする、抜きん出た才を持ちながらも、社会や制度といった壁にぶつかり藻掻く天才たちに通じるものがあるのは間違いありません。

 しかしそれだけでなく、彼の存在は一種の――終わりゆく戦国時代の、そしてそんな時代を作りだし動かしてきた時代の流れの――化身としても感じられます。善悪といった人間の価値判断から離れたところにある、一種純粋な存在として……
 そしてそれは、一種のキャラクターものとしての側面が強い、戦国もの、戦国武将ものというジャンルへの強烈なカウンターということができるかもしれません。


 戦国時代を駆け抜けた猛将の姿を描く血沸き肉躍る戦国ものでありつつも、その根底にむしろそれを相対化してみせるような視点を持った物語――小説としての面白さはもちろんながら、それだけではすまない、作者ならではの強烈な毒を持った物語であります。


『某には策があり申す 島左近の野望』(谷津矢車 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
某には策があり申す 島左近の野望 (ハルキ文庫 や 16-1 時代小説文庫)


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2019.07.27

京極夏彦『続巷説百物語』(その二) モラトリアムの終わり、百介と又市たちの物語の終わり


 『続巷説百物語』のご紹介、後半三話であります。後半といいつつ、分量的には六割を占めるこの三話――それまで描かれてきた断片が結びつき、本作のメインと言うべき巨大な物語がいよいよ動き出すことになります。

『船幽霊』
 淡路島の狸騒動の後、おぎんと共に四国へ渡った百介。謎の一団に襲撃された二人を助けた浪人・東雲右近は、北林藩先代藩主の正室・楓姫の弟を探していると語り、二人と行動を共にすることになります。
 そして楓姫の母が、山中に棲まう川久保党の出身であったことを知る百介たち。しかし川久保党は、何者かによって世を騒がす船幽霊の正体という濡れ衣を着せられ、百介たちも仲間として捕らえられることに……

 内容的には次話のプロローグ的な色彩も強い本作、前話でも仄めかされた北林藩と七人みさきがよりクローズアップされ、思わぬ形で百介たちに関わっていくことになります。
 物語の本筋の方も、伝説の秘術を受け継ぐ平家の末裔たちを巡る一種の秘境譚、そしておぎんの過去との因縁と、ある意味最も伝奇色の強い内容となっています。

 それらが全て絡み合い、絶体絶命の危機に陥った百介たちを救い出すクライマックスは異様な盛り上がりを見せることになります。又市一味にしてはびっくりするくらい力業ではありますが……


『死神 或は七人みさき』
 江戸で変わり果てた右近と再会した百介。北林藩では残忍極まりない辻斬りが横行した末に人心は荒廃し、右近の妻子も無惨な最期を遂げたばかりか、彼はその下手人にされ、おぎんの手引きで逃れたというのであります。
 北林藩で一年おきに起きるという残虐な殺人と、かつて江戸を騒がした四神党なる一団との間に関連性を見いだした百介。北林藩に入った百介と右近は、そこで恐るべき「死神」と対面することに……

 そして本作のメインというべき大作の登場であります。これまでのエピソードに登場した様々な人物、語られてきた様々な出来事が次々と結びつき、ついに慄然たる事件の真相が浮かび上がることになります。
 あまりに盛りだくさんの内容のために、どこから話すべきか逆に悩ましいのですが――やはり強烈な印象を残すのは、一連の事件の真犯人、百介が「死神」と呼ぶある人物の存在でしょうか。

 作中では死神という概念は一般的ではなく、他の人物に対して百介が説明に苦労するくだりもあるのですが、ここで描かれるのはまさしく「死神」としかいうほかない怪物。
 直接登場する場面自体はかなり少ないですし、また冷静に考えるとその言葉は結構定番の悪役的なものではあるのですが、しかしその登場シーンは、シチュエーションも相まって本作屈指の名場面と言うべきでしょう。

 さて、この怪物――そしてこの怪物によって地獄と化した一藩を向こうに回して又市の仕掛けもフル回転。これまた冷静に考えれば豪快すぎる一撃が決まることになるのですが、しかしそこまで(百介が)追いつめられまくった末に、クライマックスの異常な緊迫感の中で描かれる大逆転劇は、ただただ痛快というほかないのであります。
 しかし……


『老人火』
 それから六年後、事件の最中で出会った北林藩の家老・樫村の容態が悪いと知らされ、又市と繋ぎを取ってほしいと藩士から依頼された百介。しかし二年前から又市一味は彼の前からふっつりと姿を消しており、百介はただ一人、北林藩に向かうことになります。そこで彼が出会った怪火の正体は……

 本書の、いや百介と又市の物語の一つのエピローグというべき本作で描かれるのは、既に百介の前から、又市たちが去った後の物語であります。
 百物語ではないものの、自分の作品を出版し、戯作者として歩み出した百介。又市たちとの日々は過去のものとなり、彼らの記憶も薄れていく中、再び「妖怪」の痕跡と出会った彼の想いを、物語は描くことになります。

 いうなればモラトリアムの終わりを描くことにより、百介だけでなく、読者の我々にも、あの恐ろしくも楽しかった又市たちとの時間が終わったことを、はっきりと突きつける本作。一つの結末に相応しい、哀しくも見事な締めくくりであります。


 ……が、やはり千代田のお城のでけェ鼠を相手にしての江戸と上方の間の大抗争の物語は読みたかった――いや、今でも絶対読みたいと、結局モラトリアムから抜け出せない一読者は心から思ってしまうのですが。


『続巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
続巷説百物語 (角川文庫)


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2019.07.26

京極夏彦『続巷説百物語』(その一) 百介の視点、又市たちの貌


 『巷説百物語』シリーズ第2作、『続巷説百物語』の全話紹介のその一であります。時系列的には、全6話が、前作の各話の前後に挟まれていくという構造の本作。そんなリンクがありつつも、本作は本作としての大きな物語を形作っている、ユニークな作品であります。

『野鉄砲』
 八王子千人同心である兄・軍八郎に呼び出された先で、頭に小石が突き刺さったという異様な姿の彼の同役の死体を見せられた百介。まるで妖怪「野鉄砲」の仕業のような事件に、百介は先日知り合ったばかりの又市のもとに相談に向かうのですが……

 又市一味の――すなわち主人公側からの視点は少なく、それ故に主人公側の心理描写や情報は実はかなり少なかった前作。それに対して本作は、ほとんど完全に百介の視点から、事件が語られることになります。
 そんな本作の最初の物語で語られるのは、百介の出自と、もう一人、又市一味のある人物の過去。そして何よりも、前作の第1話『小豆洗い』で出会ったばかりの百介と又市たちのある種の絆が生まれていく姿であります。

 正直なところ、出来すぎの人物関係ではありますし、本作のような趣向の作品においては幻術の次に禁じ手のトリックのような気がしないでもないのですが、しかしキャラクターたちの魅力(軍八郎がまた好人物で……)に読まされてしまう一編です。


『狐者異』
 不死身と噂される極悪人・稲荷坂の祇右衛門が三度目の斬首を受けたと聞き、その首を見物に行った百介。そこでおぎんと出会った百介は、おぎんと祇右衛門の間に遺恨があると聞かされるのでした。
 そして首を見て「まだ生きるつもりかえ」と謎めいた言葉を残し、姿を消したおぎん。一月後、尋ねてきた又市にそのことを話した百介は、祇右衛門が本当に過去二回斬首されたと聞かされることになります。その後、祇右衛門の仕業とい奇妙な誘拐事件に巻き込まれる百介ですが……

 今度は百介の現在の生活と、おぎんの出自が語られることとなる本作。しかし何よりも最も注目すべきは、やはり江戸の暗黒街を支配してきた稲荷坂の祇右衛門の登場(と「死」)でしょう。
 奉行所や火盗改、さらには弾左衛門をも敵に回しながらも平然と悪事を続けた正体不明の悪人であり、しかも過去二回、本作を含めれば三回も獄門晒し首になったというほとんどラスボスクラスの怪物である祇右衛門。(そしてそれがまさにその通りだった、ということが後の作品でわかるという実に珍しいケース)

 それを作中2話目で描いてしまうという構成には驚かされますが――そういうある意味メタな話はさておき、やはり感心させられるのは祇右衛門の「正体」でしょう。種明かしをされてみればなるほど、と言うほかないのですが、それを物語の――登場人物たちの因果因縁の――中で描くことで浮かび上がらせていく手法は、べらぼうに巧みとしかいいようがありません。
 ラストの又市たちの仕掛けも実に痛快で溜飲が下がります。(特に治平のタヌキ爺ぶり! ……この後実際にタヌキ爺になるわけですが)


『飛縁魔』
 知人の貸本屋・平八から、尾張の廻船問屋・金城屋が、十年前に後祝言直前に姿を消した女性・白菊が江戸にいると聞いて以来、完全におかしくなってしまったと聞かされた百介。平八の頼みで、又市に白菊探しを依頼した百介は、丙午生まれのために行く先々で不幸な目に遭ってきた白菊の過去を知るのですが……

 人探しの依頼が、全く思わぬ方向に転がっていく本作。白菊という、運命の悪意に翻弄されたかのように不幸を引き寄せる女性の物語と、その彼女のために新たに御殿まで建ててしまったという金城屋の謎が、果たしてどのように結びつくのか……
 全く先の読めない展開の中、明かされるのはあまりに奇想天外であり、そして哀しく恐ろしい一つの真実であります。(そしてその中で「迷信」のメカニズムが語られるのも興味深い)

 そしてそれを受け止めた上で、一つの美しい物語として描き直すのが又市一味の真骨頂。その見事さの中に、本作の前半で描かれていた又市の一つの顔が現れている――というのはこちらの思い過ごしではないでしょう。

 さて、平八の噂話の中で、そしてラストの又市の言葉の中で語られる若狭の北林藩。そこで語られる「七人みさき」の祟りとは、そして又市が語る「続き」とは――後半3話に続きます。


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続巷説百物語 (角川文庫)


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2019.07.25

出口真人『前田慶次かぶき旅』第1巻 「ご存じ」前田慶次の新たな旅


 隆慶一郎の小説や原哲夫の漫画、特に後者で広く知られるようになった戦国随一のかぶき者・前田慶次郎。その慶次が、原哲夫原作の漫画として帰ってきました。本作『前田慶次かぶき旅』は、関ヶ原の戦後の慶次が、九州に渡って大暴れしようという物語であります。

 前田利家の甥という立場でありながら、一騎当千のいくさ人そして天衣無縫なかぶき者として暴れ回り、あの天下人・豊臣秀吉から傾き御免を認められたという前田慶次郎。
 晩年は上杉家家老・直江兼続と親交を結び、関ヶ原の戦で東軍西軍真っ二つに割れた際には、その縁から上杉家に加わって活躍したと言われます。

 本作の慶次はその後の慶次――兼続らが米沢に帰った後、一人京に残って気儘に暮らしていた慶次は、ある日、簀巻きにされた若者・権一と出会います。
 生まれつき人の心を読む力を持ち、その力で博奕に大勝ちしたものの、イカサマを疑われて袋叩きにされたという権一。その話を聞いた慶次は鉄火場に乗り込み、破落戸を相手に大立ち回りを演じることになります。

 さらに自分の首を狙う推参者たちを煙に巻き、心酔して家来志願してきた権一を連れて京を離れた慶次。彼が向かった先は肥後――肥後の虎・加藤清正と会うために九州に渡った慶次ですが、行く先々で騒動を引き起こすことに……


 というわけで、久々でありながらも全くそんな気がしない姿を見せてくれた慶次。史実ではこの時慶次は既に70歳近いのですが、それは漫画の中では置いておいて、相変わらずの暴れっぷりであります。
 この辺りはもう説明無用と言うべきか、既に彼の存在が「お馴染み」「ご存じ」というレベルになったということでしょう。

 そしてここで描かれるのは、彼の全く新しい冒険――ゼノン公式サイトではInspired by『前田慶次道中日記』と表記されてはいるものの、『道中日記』が京から米沢までの旅を描いたものであることを考えれば、本作は正反対の西海行。史実にないお話ではありますが、そんなことは抜きに楽しむべき作品なのでしょう。

 ここの第1巻では、早くも加藤家三傑として知られるうち飯田覚兵衛(直景)と森本義太夫(一久)、二人の豪傑が登場。特に覚兵衛は、日本槍柱七本としてあの本多忠勝や後藤又兵衛とも並び称された人物であります。
 そして彼らの主君であり、慶次の旅のひとまずの目的である清正は、髭面の短気な豪傑という一般的なイメージとは裏腹の、洋物のシャツを素肌に羽織るイケメンというアレンジ。この辺りの捻り方もまた、「らしい」と言うべきでしょうか。

 お話の方はまだまだ導入部、慶次が清正と対面し意気投合した一方で、肥後領内には謎の凄腕西洋人剣士が現れて――というところでこの第1巻は幕。肥後といえば薩摩は目と鼻の先、島津との緊張も高まる中で何が起こるのか、いや慶次が何を起こすのか、乞うご期待といったところでしょうか。


 ……といったところで、やはりこれに触れなければそれはそれで不誠実であろうという点について述べておきましょう。それは、本作の少々微妙な位置付けであります。
 冒頭で触れたように、慶次人気の火付け役となった原哲夫の漫画『花の慶次』。本作は作画者と原作者の違いこそあれ、同じ原哲夫による前田慶次郎の物語であり、慶次をはじめ、家康など登場人物のデザインもほぼ同じなのですが――しかし続編とはどこにも書かれていないのであります。
(当然と言うべきか、『花の慶次』オリジナルのキャラも登場しません)

 この辺りの事情は想像しかできないので触れませんが、言ってみれば本作は、『花の慶次』で形作られた慶次のパブリックイメージを活かした、一種のリブート作品と評するべきなのかもしれません。
 だとすれば――本作のこれからは、そのイメージを乗り越え、新たなイメージを打ち立てられるかによるようにも感じます。

 言うなれば慶次対慶次――果たして数十年ぶりに登場した慶次は、かつての慶次を超えられるのか。これはなかなか気になる対決であります。


『前田慶次かぶき旅』第1巻(出口真人&原哲夫・堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
前田慶次 かぶき旅 1 (ゼノンコミックス)

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2019.07.24

『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』 ファンであればあるほど納得の一冊!


 いまや週刊少年ジャンプの看板作品の一つとなった感もある『鬼滅の刃』の公式ファンブックが発売されました。ファンブックとしては定番の内容ながらその内容は充実の一言、新情報も多く、ファンであれば必読の内容であります。

 ある程度の人気と連載期間の作品には刊行されることも少なくない公式ファンブック。本書はそのファンブックとして、単行本第16巻までの内容をベースとした(それゆえ単行本未収録分については記載なし)一冊であります。
 その内容はといえば、ストーリー紹介にキャラクター紹介、カラーイラストの再録など、定番のものが少なくないのですが――しかしその部分だけでも十二分に面白いのです。

 特に面白いのはキャラクター紹介。何が面白いといえば、主要登場人物に付されたプロフィールの数々であります。
 身長体重や生年月日、出身地などは、個人的にはそこまで興味はないのですが(ただ、出身地は馴染みのある地名が多くてなかなか面白い)、趣味や好きなものが、かなりユニークなものとなっていて、実に愉快なのです。

 詳細は述べませんが、キャラクターのイメージのままであったり、意外だったりと、ちょっとした情報なのに、ぐっとその人物像が膨らむのは、ファンとしては何とも楽しいもの。
 特に目つきが異常に悪いあのキャラの趣味がカブトムシを育てることというのは、これはもうネタにしてくれと言わんばかりで、作中ではまず描かれない(まあこのキャラの場合、作中で好きなものをさんざんいじられていましたが)情報がこうして提示されるのは、ファンとしては嬉しいことです。

 さらに情報といえば、単行本のおまけページやアニメ予告でおなじみの「大正コソコソ噂話」は、各キャラクターに作者の描き下ろしカットつきで収録+細かい字でびっしりと書かれた全3ページと大盤振る舞い。
 その内容がまた、趣味や好きなものどころではないぶっ飛び方で、ある意味実に身も蓋もありません。個人的には、誰もが何となく気付いていた蛇柱の想いの正体をぶっちゃけている点など、もう少しこう何というか、手心というか――と言いたくなるほどであります。

 ひねくれた見方をすれば、こうした企画記事というのは、ファンブックの編集スタッフの手になるものが多いのかもしれませんが、しかし本書については、そのあまりの内容ゆえに、これは作者が自分で書いたのだろうなあ――と、妙な形で確信してしまうのです。


 さて、こうした定番企画自体も面白いのですが、その他に目を引くのは、本作の前身に当たる『鬼殺の流』の第1話から第3話までのネームの収録であります。
 てっきり本作の原型である読み切りの『過狩り狩り』が収録されるのかと思いきや、より現在の形に近い形のネームが収録されるというのは驚きです。

 原稿を横向きにして、1ページに2ページ収録という変則的な形式ではありますが、しかしそれでも絵などは十分細部まで読みとれる精度。もちろん内容の方は今回初公開であり、ファンブックとしては珍しい、かなり思い切った――そしてファンには非常に興味深い企画であることは間違いありません。

 ちなみにこの『鬼殺の流』は、明治時代を舞台に、鬼を狩る鬼殺隊の少年・流を主人公とした物語。
 鬼と鬼殺隊の関係、最終選抜の内容、沼鬼の登場など、すでにこの時点で現在の作品の設定ができあがっていたのがよくわかりますが――主人公が右腕と両手を失い、左手のみで刀を振るうという設定はさすがに尖りすぎていて、現在の形になったのも頷けるところではあります。


 その他、これでもかとばかりにキャラクター(特に善逸と義勇さん)をいじりたおした『キメツ学園』の短編9ページ描き下ろしが収録されていたりと、とにかくファンを楽しませることに徹した印象のある本書。

 非常にひねくれた、意地の悪いことを申し上げれば、ファンブックというものは、ファンであればあるほど納得のいかない内容であったりするものですが――本書については、それは全くの杞憂であった、と言ってよいかと思います。
 こうしたファンブックを手にしてみようと思うくらいのファンであれば、間違いなく読んで損はない一冊であります。


『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』(集英社ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録 (ジャンプコミックス)


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2019.07.23

麻貴早人『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第2巻 「正義」という名の壁を叩き壊して進め!


 酒呑童子が倒された後に始まる酒呑童子伝とも言うべき奇怪な物語『鬼哭の童女』の続巻であります。体を喪い、童女・葵(アオ)の中に眠る酒呑童子を守り、孤独な戦いを続ける茨木童子。頼光四天王との戦いの末、鬼取山の前鬼・後鬼を訪ねる茨木ですが、そこにも安息の地はなく……

 大江山で源頼光と四天王によって滅ぼされたと言われる酒呑童子一党。しかしただ一人の生き残りである隻腕の男・茨木童子は、その身に酒呑童子の魂を宿した童女・葵を連れ、復讐のために京に向かうことになります。
 一度鬼としての力を発揮すれば、異形の獣人と化し、超絶の力を揮う茨木。しかし彼の怨敵である頼光配下の四天王もまた、酒呑童子の血を口にすることで、異形の怪物と化す力を得ていたのでした。

 かくて、鳥人に変身する力を得た四天王随一の弓使い・卜部季武と、人外の死闘を繰り広げることとなった茨木は、辛うじてこれを撃退したものの、力つきたアオを守って同じ鬼である前鬼・後鬼を訪ねることになるのですが、そこで彼らを待っていたものは……


 酒呑童子ならぬ酒呑童女として、一つの身に二つの魂を宿すこととなった酒呑とアオ。弱い体に宿ったことでその力を十全に発揮できない魔人――というのは定番パターンではありますが、しかしそれが鬼の中の鬼であるだけに、そのギャップは強烈であります。
 そんな状況のこともあり、この巻ではアオは力尽きて寝ているか、人質になっているかの状態で、戦いはほとんど全て茨木の役割なのですが――いずれにせよ、大江山のツートップがこの状況だけに、残された鬼たちの苦境も推して知るべしであります。

 そう、この巻に登場するのは、そんな残された鬼たち――朝廷に帰順し、その庇護に、いやその支配下に置かれた鬼たちの姿。かつて役小角に従った古き鬼・前鬼と後鬼すら、今は自由に出ることのできない結界の中の里に、一族の者たちと細々と暮らすのみなのであります。
 もちろんそれは一つの立派な選択の結果であり、それを今になって――それも自分たちの敗北がその原因である――酒呑童子たちが復讐に憑かれてそれをひっくり返そうというのは、むしろ迷惑であるだけなのかもしれません。

 しかし――だからといって、「正義」の名の下に行われる理不尽に屈するわけにはいかない。その気持ちで、目の前の(物理的にも精神的にも存在する)壁を叩き壊す茨木の姿には、大きなカタルシスがあります。
 そしてアオをさらった季武との再戦に向かう茨木。鬼の子供たちを引き取り、育てるという意外な側面を持つ季武ですが、しかしその本心は鬼とは全く相容れない歪んだもの。そんな季武に怒りを燃やして突っ込む茨木ですが……

 というわけでこの巻のクライマックスも季武との対決となるのですが、ここで明かされる季武のかなり歪んだキャラクターはそれなりに面白いものの、第1巻で対決したばかりの季武と、他の四天王と対峙する前に再戦というのは、少々盛り上がらない印象があるのも正直なところ。

 何よりも、「正義」を謳う季武ら頼光サイドの主張に全く説得力がないのがカタルシスに欠けるところで――もちろんそれが狙いなのかもしれませんが――現時点では単純に裏返しの善悪二元論に留まっているのが、勿体ないと感じます。
 せめて茨木と戦う正統な理由がある綱が前面に出てくれば印象は変わるのかもしれませんが……(いや、それはそれで復讐者vs復讐者に矮小化されてしまうのかな)

 そしてそんな本作の「正義」のよくわからなさを象徴する頼光も、この巻ではほとんど出番のなかったのですが――そろそろ彼の「「正義」の一端を見せてほしい、というのが偽らない心境なのです。


『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第2巻(麻貴早人 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon
鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治 2 (マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ)


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2019.07.22

『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」

 那田蜘蛛山に潜む鬼に操られる鬼殺隊士たちに襲われる炭治郎と伊之助。卑劣かつ非情な敵に怒りを燃やして進む二人の前に、首を持たない怪物が現れる。炭治郎の的確な指示で怪物を倒した二人は、その余勢を駆って母鬼をも倒すのだが……

 敵に操られる隊士たちの襲撃を受けた炭治郎と伊之助(善逸はへたれて置いてけぼり)が、その敵の居場所を看破して――というところで終わった前回。しかし目の前には操られた隊士たちが立ち塞がって――というところでいきなり男を見せたのは、モブ隊士の村田さんであります。「ここは俺に任せて先に行け!」とやたらと格好良い台詞で二人を送り出します。
 が、すぐに二人の前に立ち塞がったのは、操られるその他の隊士たち。肉体の限界を超え、体を損壊しつつも攻撃してくる者や、既に体中がずたずたになって殺してくれと訴えてくる者と、もう大変な鬱展開なのですが――ここでめげる炭治郎ではありません。

 攻撃できず、そして糸を斬ってもすぐ繋げられてしまう状態――それなら糸を斬らずに動きを封じることができれば、というわけで、相手を捕まえて樹の上に投げ上げ、枝に糸を絡ませてしまおうという炭治郎の策は大成功。こういう変わったことには目がない伊之助も大喜びでチャレンジして成功、これで隊士たちを助けられる――と思いきや、怒った母鬼の手で隊士たちは全員首を捻られて……
 さすがの伊之助も黙るほど怒りのオーラを漂わせる炭治郎。決意も新たに先に進む二人の前に現れたのは――母鬼の切り札、首のない肉体に、肘から先を昆虫めいた奇怪な刃に変えた異形の「人形」であります。冷静に考えれば鬼じゃないのだから首がなくてもまあ何とかなる気もしますが、しかし伊之助は急所が無ェと、ちょっとびっくりするほど大慌て。そこで炭治郎は冷静に、袈裟斬りにしてみてはどうかと提案するのでした(これはこれで怖い子だな)。

 そこまで聞いていきなり突っ込む伊之助。しかし蜘蛛に動きを封じられ、身動きできずに目の前に迫る敵の刃――というところで割って入ったのはもちろん炭治郎。危機一髪のところを助けられて好感度ゲージがホワホワ上がる(まあ、より正確には人間との関係性ゲージなのだと思いますが)伊之助にダメ押しするように、炭治郎は力を合わせた攻撃を提案、さらに自分を踏み台にして跳べと促すのでした。
 そして炭治郎が相手の足を斬れば、大ジャンプした伊之助は相手の巨体を袈裟斬りに――この見事なコンビネーションの源が、俺が俺がではなく、戦いの流れを見ている炭治郎にあるとと、さすがの伊之助もついに認めるのでした。(しかしこの「人形」、斬られるとボロボロになって消えたというのは鬼の死体を人形にしたということなのか?)

 が、ここで素直になれない伊之助は、炭治郎を捕まえると上にぶん投げ、そのまま炭治郎は母鬼のところへ一気に到達。突然目の前に現れた炭治郎に、母鬼は反撃を――しない。もはや奥の手も尽きたのもさることながら、父鬼からことあるごとにDVを受け、他の家族からも白眼視されていた彼女にとっては、もはや死こそが救いだったのであります。
 そして自ら首を差し出した母鬼の動きを察知し、咄嗟に繰り出す技を伍ノ型 干天の慈雨に変えた炭治郎。例によってナレーションが入らないためにわかりにくいかもしれませんが、この型は相手に苦痛を与えない慈悲の剣撃であります。母鬼はむしろ暖かさすら感じたまま崩れ去るのでした。その間際に、この慈悲を与えた炭治郎に対し、十二鬼月がいると言い残して。

 そしてその頃善逸は、ちゅん太郎をお供におっかなびっくり山の中に歩を進めるのですが、その後ろには……


 一話丸々、母鬼との戦いであった今回。上で述べたように、操られて襲いかかる仲間を救えるかと思いきや結局救えない鬱展開の上に、鬼側ではDVが行われている(またこの時の会話が妙にリアリティのある厭な描写)という、冷静に考えると非常に気の滅入る内容なのですが、比較的その印象が薄いのは、炭治郎と伊之助の関係性の変化を丁寧に描いていたためでしょうか。
 考えてみればなし崩し的に行動を共にしているものの、鼓屋敷での蛮行はやはりドン引きものの上に、結局炭治郎とはぶつかってばかりの伊之助。その伊之助が、真に炭治郎と仲間になったのは、今回からと言えるのではないでしょうか。

 まあ、その時暴力を振るった相手の善逸はここにはいないのですが……


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 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」
 『鬼滅の刃』 第六話「鬼を連れた剣士」
 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」
 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇


関連サイト
 公式サイト

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2019.07.21

夢枕獏『陰陽師 女蛇ノ巻』 定番に留まらない怪異と霊異の世界


 実に3年ぶりの『陰陽師』シリーズ新刊であります。本書に収録されているのは全12編――いつもと変わらぬ、そして同時にそれぞれ極めてユニークな物語が収められた、楽しい一冊です。

 平安の大陰陽師・安倍晴明と、彼の親友で笛の名手・源博雅――このコンビが様々な怪異や霊異に出会う連作も、本書でもう16作目であります。
 本シリーズといえば、のんびりと風景を眺めながら酒を楽しんでいた二人のもとに依頼が持ち込まれ、「ゆくか」「ゆこう」そういうことになったのであった――というのが定番ではありますが、本書ではそれを踏まえた作品ももちろん多いものの、それだけに留まらない作品も少なくないのが、一つの特徴と言えるでしょう。

 晴明とは敵とも友人ともつかぬ、何ともユニークな立ち位置の蘆屋道満が主人公を務める『狗』『にぎにぎ少納言』や、そのタイトルどおり、むしめずる姫君が主人公となる掌編『露子姫』など、シリーズのサブレギュラーたちが中心となる物語。
 あるいは、観相の名手として「今昔物語集」に登場する登照の背負ったものを、少々捻った構成で博雅と晴明が解き明かす『相人』など――このように本書は先に述べた定番に収まらない物語も、様々に含まれているのです。

 あるいはその理由の一つは、冒頭に述べた全12編という作品数にあるかもしれません。シリーズのファンであれば気付かれるかと思いますが、この数は、一冊に収められるにはずいぶん多い数字(これまでは9編前後を収録)であり――言い換えれば一作辺りの分量は比較的抑えめということになります。
 そのため、定番に依らない(定番を描かない)作品が多いのでは――いや、そんなことを云々するのは、無粋というものでしょう。

 大事なのは、こうして描かれた作品の一つ一つが、それぞれ独自の味わいを持って、この『陰陽師』の世界を広げ、そして我々を楽しませてくれるということなのですから。


 もちろん、その一方で、本書にはシリーズの定番をきっちり踏まえ、晴明と博雅が恐ろしくも奇怪な怪異に挑む物語も、当然ながら収められております。

 その代表格は、『土狼』と『墓穴』の二作でしょうか。前者は、京の夜の闇の中で突如人の片足を食いちぎる謎の獣の正体と、突如人が変じたように凶暴となった貴族を結ぶ因縁を描く物語。そして後者は、近江の野中の墓穴で恐怖の一夜を明かした男が奇怪な症状で倒れたことをきっかけに、この地に潜む魔物の姿が明らかになる物語――と、どちらも定番でありつつも、本シリーズらしいひねりを効かせた内容となっています。

 特に『墓穴』は、結末に至り大いに伝奇的な――そしてシリーズファンであればニヤリとさせられる真実が明かされる点も面白く、怪異との対決という点では、本書随一の内容ではないでしょうか。

 また、本シリーズの魅力の一つである、どこかすっとぼけた霊異の物語という点では『月を呑む仏』が面白いところであります。
 神泉苑に夜毎現れる薬師如来が、水面に映る月を呑み込んで消してしまうという奇怪極まりない怪異もさることながら、その背後のある霊異と「真犯人」の意図が何とも楽しい。
 そしてクライマックスに描かれるある光景の突き抜けたスケール感にはただ驚き呆れるほかなく――これもまた、本シリーズの面白さをよく表した物語かと思います。

 ちなみに本書は、巻末の一編を除いて全て「オール讀物」に掲載されたものですが、その一編『蝉丸』は、CD+書籍というユニークな形式で発売された『蝉丸 陰陽師の音』に掲載された作品。
 内容的にはこれまでシリーズで何度か言及された、蝉丸にまつわるある出来事を描いたものなのですが――これまた『陰陽師』シリーズに欠かせない魅力である「自然」「音」「美」といったものの描写がたっぷり詰まった作品で、何ともたまらないものがあります。


 シリーズ開始から実に30年以上を経過した『陰陽師』ですが、まだまだこれほど豊饒な世界を見せてくれるとは――と嬉しくなってしまうような一冊であります。


『陰陽師 女蛇ノ巻』(夢枕獏 文藝春秋) Amazon
陰陽師 女蛇ノ巻


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2019.07.20

京極夏彦『巷説百物語』(その二) 「妖怪」が解決する不可能ミッション


 ついに新作が発表された『巷説百物語』シリーズ、その」第一作の紹介の後編であります。今回は全七篇のうち、残る四篇をご紹介いたします。


『芝右衛門狸』
 村に人形浄瑠璃が来た晩、何者かに惨殺された淡路の長者・芝右衛門の孫娘。気落ちした芝右衛門は、庭にやって来た狸を可愛がるようになるのですが、ある日その狸だと名乗る老人が現れたではありませんか。
 一方、故あって高貴な身分らしい若侍を預かることとなった人形浄瑠璃一座の座長の屋敷では、夜な夜な怪異が起きて……

 又市や百介といった一味以外のゲストキャラクターの視点から物語が語られることが多い『巷説百物語』のスタイルが、ある意味一番良く出ているのが本作かもしれません。
 人間に化けたという狸と、謎の若侍、座長の屋敷での怪異――三題噺のようなこれらの要素がどう繋がっていくのかは、読み進めていれば容易に予想はつくのですが、さてこれをどう妖怪の仕業として収めるのか? かなり直球ではありますが、本作らしいエピソードであります。


『塩の長司』
 放下師一座の座長・四玉の徳次郎が信州で拾った記憶をなくした少女。彼女が加賀の馬飼長者・長次郎の娘ではないかと考えた徳治郎は、旧知の又市に調べを依頼するのでした。
 12年前に凶悪な盗賊・三島の夜行一味に一家全員を殺されたという長次郎は、その時に一味の頭領兄弟の一人を無我夢中で殺し、それ以来復讐を怖れてか人前に出なくなったというのですが……

 その後も本シリーズ等に顔を見せる徳次郎のデビュー作である本作。彼の特技は幻術――刀や馬を飲み込んでみせるなどお手の物の徳次郎ですが、しかし本シリーズのような仕掛けものでは、こうした何でもありの技は興を削ぎかねません。
 しかし本作で驚かされるのは、そんな禁じ手を、彼や又市が挑む長者の謎に絡めて生かしてみせる、その巧みな語り口であります。塩の長司だけでなく、夜行や提馬といった、馬関連の妖怪(の名前)を織り込んでみせるのも楽しいエピソードです。


『柳女』
 見事な柳の木で知られる北品川宿の老舗旅籠・柳屋の主人・吉兵衛の後添いに迎えられることになったという、おぎんの幼馴染み。しかし吉兵衛には、柳に祟られ、そのために過去に幾人もの妻や子を失ったという噂がありました。
 おぎんの依頼を受けて、その真相を探ることになった又市が知った真実とは……

 前話同様、又市の仲間が頼み手となる本作。先祖代々祀られていた祠を打ち壊したことがきっかけで、柳に呪われたとしか思えない男が――という謎の正体自体は、正直なところ予想するのは難くありません。
 しかし本作の面白さは、祝言が三日後に迫る中、不幸な半生を送ったおぎんの幼馴染みを傷つけずに事を収めるという、不可能ミッションめいた条件設定にあります。あちらを立てればこちらが立たず、という状況を、妖怪を利用して解決してみせる――本作の魅力の一つが横溢したエピソードです。


『帷子辻』
 一年ほど前から、何度も女性の腐乱死体が何処からか現れるという京の帷子辻。既に下手人の大体の見当はついているものの、故あって表沙汰にできないというこの一件の始末を、腐れ縁の悪党・靄船の林蔵から依頼され、不承不承引き受けた又市ですが……

 又市の悪友であり、後に『西巷説百物語』の主役を務めることになる林蔵。その他、今後も何度か顔を見せる又市のかつての相棒・玉泉坊初登場となる本作は、あらすじから察せられるように、本書の中でも最もおどろおどろしい物語であります。
 本作も林蔵が語るように犯人(とその動機)はすぐに予想がつくのですが、見所はルチオ・フルチ映画のような気合いの入った仕掛け――ではなく、随所で描かれる、又市の内面を窺わせる描写でしょう。

 一種全能の狂言回しのような立場でいて、その実、様々な過去を背負った人間でしかない又市。その彼が冒頭で九相図を見ながら語る言葉、そして結末の一言は、人間・又市の発露として、強く印象に残るのであります。
(その一方で、百介と接している時とは全く違う、玉泉坊や林蔵との生き生きとした掛け合いもまた楽しい)


 本作と対を成す構成の『続巷説百物語』は、近日中にご紹介いたします。


『巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
巷説百物語 (角川文庫)

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2019.07.19

京極夏彦『巷説百物語』(その一) 又市一味、初のお目見え


 先日、最新作『遠巷説百物語』がスタートした『巷説百物語』シリーズ。しかし考えてみればこれまで漫画版の紹介はしたものの、原作小説の紹介はしておりませんでした。そこでこれを機に、原作の全話紹介に挑戦してみたいと思います。まずはもちろんシリーズ第一作、『巷説百物語』から……

 まだ妖怪たちの存在が当然のように人々に受け容れられていた江戸時代を舞台に、裁くに裁けぬ外道、暴くに暴けぬ人の闇を、妖怪の仕業に託して始末をつける小悪党一味の活躍を描く『巷説百物語』シリーズ。
 その第一弾である本作は、口八丁の御行の又市、妖艶な山猫廻しのおぎん、老獪な事触れの治平という裏社会のメンバーに、戯作者志望の考物の百介が協力する(させられる)形で展開していくこととなります。

 以下、一話ずつ紹介していくことといたしましょう。

『小豆洗い』
 越後の山中で、嵐を避けるために小屋に集まった人々。その一人である旅の僧・円海の前で、退屈しのぎに人々は怪談話――百物語を始めることになります。

 嫁入り直前に姉が山猫に魅入られた末、山の中に作った小屋の中で息絶えたという山猫廻しの女。誰も信用できず知恵の足りない小僧に店を譲ると宣言した結果、小僧が殺され、以来周囲で小豆洗いの怪事が起こるようになったと語る江戸の商人。
 それらの怪談を聞く中、円海は不審な態度を見せるようになるのですが……

 記念すべき第一話は、タイトル通り百物語スタイルで展開していく物語。偶然小屋に集った男女が語る奇妙な怪談(それがこれだけ取り出しても十分に面白いのは流石であります)が、やがて思わぬ形で標的を糾弾して――というのは、それ以降のより直接的なエピソードとは少々趣は異なるものの、やはり本シリーズならではの妖怪の使い方と言えるでしょう。

 まだほとんど顔合わせ状態とはいえ、レギュラー4人もしっかりと顔を見せ、まずは理想的な第一話であります。


『白蔵主』
 かって自分が狐を釣って暮らしていた甲州の狐杜にやってきた弥作。そこで江戸からやって来たというおぎんと出会った彼は、近くの寺で役人の捕り物があったと聞かされることになります。
 どういうわけかそこで意識を失ってしまい、気が付いた百姓家で出会った治平と百介から、狐杜が白蔵主という古狐の墓であること、そしてその狐が長い間寺の住職に化けていたと聞かされた弥作は……

 弥作という男の心理描写を中心に語られる本作では、ある人物の心中を執拗に描いていく作者お得意のスタイルによって、弥作の抱えた闇が少しずつ明らかにされていくことになります。
 途中途中で又市一味が名前そのままで登場してくることで、弥作が標的なのはすぐにわかりますが、さてそれは何故か――結末に明かされる真実は、あまりにも惨く、苦いもの。本シリーズのモチーフの一つである必殺シリーズ――というよりむしろその原点である池波正太郎の暗黒街ものを思わせる味わいであります。


『舞首』
 伊豆の巴が淵に棲みつき、その大力で周囲を荒らし回っては女たちを攫い、好き放題に弄んで死に至らしめる悪漢・鬼虎の悪五郎。
 ある晩、悪五郎によって賭場を滅茶苦茶に荒らされた地元の侠客・黒達磨の小三太は、おぎんに唆され、重傷を負っているという悪五郎を討つことを決意することに。一方、病的な人斬り浪人・石川又重郎も、娘を攫われたという老爺の依頼で、悪五郎を討ちに向かうのですが……

 三つの生首が、口から炎を吐きながら空を飛び、争いあうという強烈なビジュアルの舞首。本作では三人の極悪人が登場して――とくれば、(モチーフとなる妖怪がどのように活かされるかすぐにはわからない他のエピソードに比べて)どのような展開になるかは何となく予想できるかかもしれません。

 しかしそれを一体どうやって――というミステリ的趣向が特に濃厚に漂う本作。簡単に言ってしまえば一種の○○トリックではあるのですが、それを成立させるのが、三つの生首という先入観なのが実に面白いところであります。
 そしてそこに結びつけられたもう一つのトリックは、やがて本シリーズでもまた別の形で使われるのですが――そのプロトタイプと見るのは、牽強付会に過ぎるでしょうか。

 残り4話は次回紹介いたします。


『巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
巷説百物語 (角川文庫)

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2019.07.18

青木朋『土砂どめ奉行ものがたり』 史実とファンタジーで描く人間と自然の和合の姿


 中国ものを得意とする青木朋が、江戸時代の農村を舞台として描く物語――江戸時代、土砂崩れなどを防止するために木の伐採などを取り締まる土砂留奉行の奮闘を、ファンタジー要素も交えつつ描いたユニークな作品であります。

 木の伐採や草刈りなどによって山がはげ山となったことにより、土砂崩れや洪水が頻発していた江戸時代。これを重くみた幕府は土砂留令を出し、山での木の伐採を取り締まり、護岸工事などを行うこととするのでした。

 そしてその任についたのが、土砂留奉行――本作の主人公・稲田守弥であります。早速担当の地域に赴き、農民たちを指導する守弥ですが、しかし土砂留の負担は全て農民。当然のことながら、彼らは大きく反発することになります。
 その中でも、村の若き長者である利兵衛は反対の急先鋒。かつて山で幼い弟を事故で喪った彼は、守弥の言葉も聞かず、ひたすら金儲けに邁進するのですが……


 先日発売された「歴史街道」誌の細谷正充「子供や孫にすすめたい「歴史小説&マンガ」24 」という記事で紹介されていた本作。
 このことからも察せられるとおり、本作は子供にも非常にわかりやすい、学習漫画と読んでもよいタッチで描かれた物語なのですが――しかし絵柄は可愛く、展開はコミカルであっても、内容の方は、あくまでも丁寧に史実を踏まえた本格派であります。

 そもそも、江戸時代には森林資源の管理が行われていなかったことから、際限ない伐採によってはげ山が増加し、それに伴い災害が頻発していた――という、ベースとなった史実が興味深い。
 そう、本作は「江戸時代は自然と共存し、自然を大事にしていた」と、何となく共有されている思いこみを完膚なきまでに叩き壊し、そこから文字通り地に足が着いた物語を描いていくのであります。

 しかし、江戸時代に土砂留令のような自然保護と環境回復の思想があったのには感心させられますが、これは農民に対する一方的な申し渡しであり、幕府側では経費の負担等を行わない点で、(今の目で見れば)大きな欠点があります。
 本作でも、土砂留を推進しようとする守弥の重い自体は純粋なものではありますが、しかしこの欠点に目を瞑り、農民に強制する時点で、やはり時代の制約から逃れられていない状況にあるのです。

 そしてそんな彼の矛盾を突く、農民のロジックを代表するのが、農民側の主人公――というより本作の中盤以降の実質的な主人公と言うべき利兵衛であります。
 欲に駆られて山の神木を伐ったことにより、祟りで仲間を、そして弟の命を喪いながらも、そのためにかえって金儲け優先の守銭奴となってしまった利兵衛。そんな彼にとって、土砂留は金儲けの機会を奪うものであり、ことごとく守弥の命に逆らうことになるのです。

 この彼の行動はさすがに極端かもしれませんが、しかし当時の農民たちがあの手この手で取り締まりを逃れようとしたであろうことは容易に想像がつくところで、農民たちのある種のリアルを、彼は背負っていると言えるのでしょう。


 さて――このようにある意味生真面目な本作をここで取り上げているのには、一つ理由があります。それは冒頭で述べたように、本作にはファンタジー――というより民話的要素が随所に織り交ぜられているためなのです。

 実は守弥は、生まれつき人ならざるものを見ることができる人物。それ故、利兵衛の行いに怒る山神や、兄を心配してこの世に留まる利兵衛の弟の霊などの存在を知り、時にその協力を得て、自らの任を進めていくことになります。
 そして物語中盤から大きな役割を果たすのが、彼にくっついてきた狐のお紺であります。こともあろうに垣間見た利兵衛に一目惚れしてしまった彼女は、人間に化けて彼の屋敷の下働きとなり、物語の台風の目となるのです。

 この辺りは、ややもすれば重い内容になりかねない本作に対するユニークなアクセントであることは言うまでもありません。しかし同時に、狐――人間に比べ遙かに天然自然に近い存在――と人間が、紆余曲折を経てその距離を縮めていく姿は、本作が描く人間と自然の共存、和合の姿を体現しているとも感じられるのです。
 物語後半にはちょっと存在感が薄れていた守弥にも(とんでもない)真実があって、楽しい気分で物語は終わるのですが――これもまた、その和合の姿の一つと感じます。


 江戸時代のシビアな現実を、楽しくも美しいファンタジーで包んで描いてみせる――子供から大人まで楽しめる佳品です。


『土砂どめ奉行ものがたり』(青木朋 双葉社アクションコミックス) Amazon
土砂どめ奉行ものがたり (アクションコミックス)

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2019.07.17

「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌、2019年8月号の紹介の後編であります。

『武蔵の理』(柴田真秋&永井義男(協力))
 幕末の佐賀藩で、次々と強者に挑戦しては破っていく二刀鉄人流の剣士・牟田文之助。しかし流祖である宮本武蔵の五輪書を重んじる父からはその派手な剣を厳しく咎められ、文之助は不満と悩みを抱えていたのでした。
 そんな中、彼の前に現れた幼馴染みの直心影流の剣士・誠士郎。全国武者修行の権利を賭けて誠士郎と立ち会う文之助ですが……

 非常にインパクトの強い流派名ですが、その「二刀」が示すとおり、宮本武蔵の弟子が創始したと言われる二刀鉄人流。本作の主人公・文之助は、その皆伝者であり、幕末の佐賀にその人ありと知られた実在の剣士であります。
 その青年時代を描く本作では、派手な技に流れまくって、二刀鉄人流の道理=武蔵の理を理解しない文之助が登場するのですが――ライバルに完膚なきまでに敗れて、そこで初めて、というのはお約束ながらやはり盛り上がるところであります。

 ただ、本作で文之助が目覚める場面が、いわゆる「覚醒」的で説得力に欠けるのと、使う技も二刀鉄人流という本作ならではの流派を踏まえたものとして感じられるかというとちょっと苦しいところであります。題材は非常に面白いだけに、少々勿体なく感じたのが正直なところです。


『カムヤライド』(久正人)
 難波での戦いで出会ったオトタチバナに不審者扱いされた末にのされ、連行されてしまった主人公二人は置いておいて、今回は、彼らの敵であり、国津神を各地で目覚めさせてきた謎の男・ウズメを中心に描かれることになります。
 たった一人でモンコ=カムヤライドとヤマトタケルを手玉に取ってみせた怪物・ウズメ。しかしそのウズメには何と仲間が、それも四人も!? という衝撃の事実が、今回明かされることになるのですが――その面子が、また実に作者らしいビジュアルと言動の奇っ怪な連中揃いであります。

 ウズメ一人でも大変なところに、一気に同格が四人も増えてどうなるのか――と心配になりますが、しかし彼らにも弱味と悩みがある様子。それは――と、いうのも大いに気になりますが、モンコたちの運命も気になるところ。そろそろまた格好良い活躍を見せていただきたいものです。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 芦名氏との戦いに劇的な勝利を収め、奥羽の覇者となった政宗。しかしそれが関白・豊臣秀吉の逆鱗に触れてしまい、政宗は北条家を巻き込みつつ、状況を打開すべく動くことになります。しかし北条家と真田家の激突が、その思惑を狂わせ、そして伊達家の中でもある動きが……

 という史実どおりの、そして非常に緊迫した状況を、四コマ漫画でギャグを絡めつつ描いてみせるのに相変わらず驚かされる本作。
 今回は前半部分に「その後の」秀吉が出ずっぱりで、シリアスなのに妙におかしい――というのはさておき、そりゃあ第二の○○○を期待したくなるだろうなあ、と伊達家に同情させられるというものです。

 ちなみに先月号ラストの四コマに冠されたタイトルは「終章の幕開け」。政宗にとって「最大の危機にして最悪の事件」の存在がここで予告されるのですが――間違いなくそれが指すのはあの出来事だとは思うものの、それが本作のラストとなるのか? それはそれでキリは良いとは思いますが――とこれは先のことを気にしすぎですね。


 来月号はやまさき拓味『用心棒稼業』が巻頭カラー&最終回とのこと。これまで様々な剣戟シーンを楽しませていただいただけに残念ですが、最後まで見届けたいと思います。


「コミック乱ツインズ」2019年8月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年8月号 [雑誌]


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2019.07.16

「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その一)


 一ヶ月空いてしまいましたが、「コミック乱ツインズ」誌の最新号、8月号の紹介であります。表紙は武村勇治『仕掛人藤枝梅安』、巻頭カラーは橋本孤蔵『鬼役』、特別読み切りで柴田真秋『武蔵の理』が掲載されています。今回もまた、印象に残った作品を一つずつ取り上げましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 七代将軍・家継宣下が近づく中でいよいよ激しくなっていく権力者の暗闘。新井白石は長崎奉行減員の噂を聞き、その背後に柳沢吉保の影を知ることになります。
 ここで聡四郎に代わり白石の手足となった徒目付の前に立ち塞がるのは、同じ徒目付でありながら柳沢の下についた永渕。そして二人が激突を繰り広げる場に現れた怪漢の正体は……

 というわけで、白石に逆らって聡四郎が閑職に置かれ、今回はほとんど驚き役となっている一方で、どんどん展開していく物語。これまでも物語の陰で暗躍してきた一伝流の達人・永渕ですが、今回ついにその師が登場することになります。
 その師というのがまた、剣鬼という存在を絵にしたような――本当に本作は「厭な人間」の顔を描くのが上手い――実に恐ろしい相手。そしてその存在が、聡四郎たちを思わぬ因縁に引きずりこんでいくことになるのですが――その前に聡四郎の前に再び紀文が、というところで次回に続きます。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明(監修))
 散逸した初代大橋宗桂の棋譜七冊のうち、長崎までの旅で二冊を手にした宗桂。残る五冊を、宗桂と彼の周囲の人々は、それぞれの思惑を秘めて探すことになります。
 そして今回の中心となるのは、宗桂の従姉妹であり、将棋御三家・伊藤家の生まれながら女である故に将棋に触れることを許されなかったお香。宗桂のもとに調べに向かった彼女は、そこで思わぬ相手に出くわして……

 宗桂・お香・田沼勝助と、これまで将棋を通じて結びついてきた仲間たちが、それぞれに背負ったもののために道を少しずつ違えていく姿を最近描いている本作。その中でも最も印象に残るのは、女というだけで差別され続け、好きなように将棋を打つという自由を掴むためにスパイ紛いの行為を余儀なくされるお香の姿でしょう。
 今回もその彼女の複雑な心中が描かれることとなりますが――その一方で相変わらずの鉄面皮なのが宗桂。思惑が一番わからないのが主人公というのもすごい話ですが、しかし今回彼が明かした棋譜の秘密の一端は、そうならざるを得ないようなとんでもない背後があることをうかがわせます。

 果たして今回明かされた人物の名前が如何なる意味を持つのか――これは気になります。


『土忍記 剣と十字架』(小島剛夕)
 小島剛夕の名作復活特別企画の第十一回は、先月に引き続き、抜忍たちの孤独な旅と戦いの姿を描く連作『土忍記』からの採録であります。

 放浪の果てにやって来た九州で激しいキリシタン弾圧を目の当たりにした抜忍・多羅尾平八。ふとしたことからそんなキリシタンの村の一つに身を寄せることとなった平八は、両親を処刑されたばかりの娘・香代らとともに、そこで開墾に勤しむことになります。
 キリシタンの教えを理解できぬものの、香代と語らううちに、神の存在を信じるようになっていく平八。彼がようやく平和と幸せを掴もうとしたその時、村の人間の醜い嫉妬が……

 抜忍+キリシタンという、これはもうどう転んでも悲惨なことにしかなりそうもないという予感のとおり、何ともやりきれない物語が展開する本作。決して辛苦だけでなく、小さな希望の姿が描かれるだけに、その辛さは幾層倍にもなって刺さるのであります。
 アクションシーンは非常に少ないのですが、凝縮されたそれが、(一歩間違えるとかなり無理矢理な場面なのですが)主人公の悲痛な想いの爆発として描かれる様も印象的な作品であります。


 長くなりましたので二回に分けたいと思います。


「コミック乱ツインズ」2019年8月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年8月号 [雑誌]


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2019.07.15

『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」

 先の戦いの傷も完全に癒えた炭治郎・善逸・伊之助に下された新たな任務――それは那田蜘蛛山に急ぎ向かえというものだった。先に派遣された十人もの隊士たちが行方不明になっていたその山で、先発の隊士たちから襲われる炭治郎たち。彼らは皆、蜘蛛の糸に操られていた……

 禰豆子だけでなく、炭治郎まで頭上にお花を浮かべて追いかけ回す善逸の姿から始まる今回。このアニメ版特有の(?)原作のナレーションは再現しない仕様のおかげで、禰豆子が炭治郎の妹だと知ったくだりが描かれず、とうとう善逸が色々と見境がなくなったように見えないでもないのが困りものですが、何はともあれ炭治郎・善逸・伊之助の三人組は、今回も実に賑やかであります。
 そんなこんなで傷も完治したと思えば、早速鎹鴉が指令を携えてやってくるブラックな職場の鬼殺隊、今度の任務地は那田蜘蛛山だそうですが……

 他人に無償の好意を向けられるのに全くもって馴れていない伊之助が、藤の花の家紋の屋敷のお婆さんが手向けの言葉を贈ってくれたことを理解できず炭治郎に絡んだり、うまく説明できなかった炭治郎がダッシュしてごまかしたり――と、相変わらず男子中学生の日常のような微笑ましい三人組なのですが、しかし辿り着いた那田蜘蛛山は見るからにヤバげなムードであります。
 例によってへたれぶりを発揮した善逸が腰を抜かしているところに現れたのは、鬼殺隊の隊士。しかし助けを求めてきたその隊士は、炭治郎たちの眼前で、謎めいた言葉を残して、文字通り山の中に引き戻されてしまったではありませんか。

 かくて、善逸を置いてけぼりにして山中に分け入った炭治郎と伊之助ですが――そこで彼らが出会ったのは、いかにもモブい感じの隊士・村田さん。炭治郎たちの前に、総勢10名でこの山に派遣された村田さんたちですが、突然隊員たちは同士討ちをスタートしたというのであります。
 ……という話が終わるのを待っていたかのように現れるゾンビっぽい隊士の皆さん。早速襲いかかってくる隊士たち(ここで、隊員同士でやり合うのが御法度と知らないなんて馬鹿だぜ、と得意気な伊之助がアホカワイイ)。彼らが何者かに操られていることに早速気付く炭治郎ですが――その正体は、隊員たちの体につけられていた糸だったのでした。

 早速糸を切る炭治郎ですが、しかしこの糸は、周囲に無数に蠢く蜘蛛たちがつけたもの。切っても切ってもすぐにつけ直される上に、炭治郎たちの体にまで隙あらばつけようとするのですから恐ろしい。これではラチがあかないと、伊之助は鋭敏な触覚で遠方の存在をも察知できる獣の呼吸・漆の型 空間識覚――伊之助のわりには攻撃技ではないのが面白い――で、蜘蛛たちを操る鬼を発見するのですが……

 隊士たちの危機にお屋形様の命を受けて出撃する二人の柱・義勇としのぶ、炭治郎が禰豆子を連れていったことを思い出しておっかなびっくり山に足を踏み入れた善逸、操り人形の糸を操る鬼、そしてその鬼を「母さん」と呼び、張り巡らされた糸の上から炭治郎たちの戦いを見つめる少年鬼――かつてない規模の戦いは、まだ始まったばかりであります。


 というわけで、これまでは一対一、せいぜい敵味方二、三人同士の戦いであったものが、敵味方ほとんど団体戦のような様相を呈する那田蜘蛛山の戦い。冒頭のわちゃわちゃと楽しい炭治郎たち三人組の姿からはうって変わった地獄絵図ですが、この落差の激しさこそが『鬼滅の刃』であります。

 そして今回初登場したのは二人目の柱・しのぶさん。冷静に考えれば義勇さんが柱ということがこれまで言及されたのか、そもそも柱って何だっけ? という気もしますが、それはさておき――ほとんどのキャラは初登場の時悪人かサイコパスに見える本作(言いすぎ)らしく、にこやかな態度の中にも昏さが見える瞳が印象的であります。

 今回はもう一つ、善逸の雀・チュン太郎の本名が「うこぎ」だったという事実が判明したのがマニアには嬉しい……か?


『鬼滅の刃』第7巻(アニプレックス Blu-rayソフト) Amazon
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 『鬼滅の刃』 第二話「育手 鱗滝左近次」
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 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」
 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」
 『鬼滅の刃』 第六話「鬼を連れた剣士」
 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」
 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇


関連サイト
 公式サイト

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2019.07.14

みもり『しゃばけ』第2巻 若だんなが追う殺人の謎と自分の未来


 原作小説の方は近日中に最新巻が刊行される『しゃばけ』シリーズ――その第1作の漫画版の第2巻が、実に1年3ヶ月を置いての登場であります。物騒な人殺しを目撃してしまい、その謎を追いかける長崎屋の若だんな。しかし犯人の魔手はついに若だんなにまで……

 店の番頭を務める二人の兄やをはじめ、幼い頃から何故か妖に好かれる江戸有数の薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎。その若だんなが故あって一人外出した晩、無惨な人殺しを目撃することになります。
 もしかしたら犯人の方も若だんなを目撃しているかもしれない、と探りを入れる若だんなと妖たち。しかし犯人の行方は杳として知れません。そんな中、不死の妙薬と言われる木乃伊があることを聞きつけて、長崎屋を訪れる一人の男。その応対をする若だんなですが、その男こそは……


 若だんなが偶然目撃してしまった殺人を巡り展開していく物語の方も、いよいよ盛り上がってきたこの第2巻。
 出入りの十手持ち・日限の親分も当てにならないと――若だんなに褒められたい一心で――それぞれ手がかりを探しに出かける妖たちですが、そうそう簡単に見つかるはずもありません。それどころか、元々の謎はそのまま、さらなる新たな謎ばかりが増えていく状況であります。

 最近のシリーズはいささかこの辺りの味わいが薄れてきている感がなきにしもあらずですが、こうして読み返してみると、記憶以上に時代ミステリしているのに気づかされる本作。
 何しろ途中で若だんなが未解決の謎をリストアップしてくれるのですから親切ですが――しかしそのいずれもがこの時点でも謎だらけ、いや一つの謎が解けたと思えば、また新たな謎が生まれるのが、悩ましくも楽しいところであります。

 この、世間から見るとアウトサイダーな、しかし極めて個性的で愉快な連中が寄り集まって騒々しく事件に挑む様は、原作者の師にあたる都筑道夫の『なめくじ長屋捕物さわぎ』にある意味通じるものがあるというのに、今更ながらに気づかされた、というのはさておき……
(もちろん、こちらが大金持ちに比べてあちらは赤貧洗うが如しですが)


 しかし同時に本作の魅力は、ミステリとしての興趣だけでも、賑やかな妖たちの個性だけでもないこともまた、改めて再確認させられます。
 それはこの世で人が生きていく上で否応なしに背負うことになる、ままならないものの数々――ある意味、人生そのものとも言うべきものの数々。その苦さは、本作から今に至るまでシリーズの基調を成すものとして存在しているのであります。

 そして本作においてそれをある意味体現しているのは、若だんなの親友である菓子屋の息子・栄吉であります。
 いずれは実家を継がねばならぬ身の上ながら、どうしようもなく菓子作りが下手――という彼のキャラクター描写は、漫画では特にユーモラスに感じられます。しかしそんな彼の姿には、早々にモラトリアムから抜け出さなければならない者の苦さが濃厚に漂います。

 そんな彼のあり方は、彼の妹の人生にも残酷な影響を与えるのですが――それだけでなく、何不自由ないはずの若だんなの心にも、大きな波紋を残すことになります。
 幼い頃から病弱で、長崎屋の跡取りとは言い条、できること、やってきたことはほとんどない若だんな。自分自身のやるべきことがあり、それに向かって曲がりなりにも進んでいる栄吉の姿に引き比べて、自分の身をどう考えるか――想像するまでもないでしょう。

 本作は、そんな限りある生の未来に向けて懸命にもがく人々の姿を描く物語でもあります。それは、その生を断ち切る殺人という行為、そしてまた、ほとんどいつまでも生き続ける妖の存在と対比することによって、より際だって感じられるのです。


 ほとんど同じ髪型のキャラクターばかりというビジュアル化にはなかなかに困難な状況ながら、それを丹念に描き分けて見せた作者の絵の確かさもあり、新たな『しゃばけ』としての存在感を確立した印象の本作。
 ただ、次の巻はもう少し早く刊行されることを祈るのみであります。


『しゃばけ』第2巻(みもり&畠中恵 新潮社バンチコミックス) Amazon
しゃばけ 2 (BUNCH COMICS)


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 しゃばけ
 『しゃばけ漫画 仁吉の巻』『しゃばけ漫画 佐助の巻』 しゃばけ世界を広げるアンソロジー

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2019.07.13

仁木英之『飯綱颪 十六夜長屋日月抄』(新装版) 伝奇ものと人情ものを結びつけた快作ふたたび


 約12年前、歴史群像大賞最優秀賞と日本ファンタジーノベル大賞を受賞した直後に刊行された、作者の最初期の作品――そして伝奇ものと人情ものという、全く異なるジャンルの物語を結びつけた快作の加筆修正版であります。深川の長屋に拾われた記憶喪失の巨漢、その驚くべき正体とは……

 深川の十六夜長屋で、男手一人、泥鰌取りでもって幼い娘・とみを育てる甚六。ある日深手を負って倒れていた記憶喪失の男を見つけた彼は、男に山さんと名付け、共に暮らすことになります。
 時にその巨体からは考えられぬほどの運動能力を発揮しつつも、普段は気弱でおとなしい山さんと、慎ましくも楽しい毎日を送る甚六親子。しかしやがて彼らの周囲に、不審な人物が出没するようになります。

 そしてそんな中、娘と山さんを置いて長屋の男衆と善光寺詣でに出かけた甚六は、そこで驚くべき真実を知ることになります。松代真田家に戦国時代から仕え、今は藩内の争いによって分裂した忍たちの存在。そして山さんこそは……


 加筆修正版ということで、内容的には当然ながら同一の本作。その意味では改めて取り上げる理由は薄いといえば薄いのですが――しかしこうして読み返してみると、初版を読んだ時とは別の印象を受けることに気付きます。

 実は本作の特徴の一つは、物語を語る視点の多さであると言えます。
 甚六、とみ、山さんといった物語の中心人物だけでなく、甚六が想いを寄せる長屋の未亡人・さえや同じ長屋の寺子屋の先生などの長屋の人々、そして強引と言われようと復興に邁進する国家老、それと対立して江戸で暗躍する江戸家老、快活な仮面の下に仇への憎悪を秘めた青年武士、そして江戸家老と結んだ忍びの首魁……

 本作は、これらの登場人物の間で次から次へと物語に対する視点が入れ替わり、そして同時に、その視点の主の想いが描かれていく――そんな構成にあります。
 それは初読時には非常にめまぐるしく、そしてまたそれぞれのキャラクターの心情描写が、物語のテンポを削いでいるようにも感じられたのですが――しかしそれはこちらの理解が浅かったと今であれば感じます。

 冒頭に述べたとおり、本作は伝奇ものと人情ものという、全く異なる――ほとんど水と油の――ジャンルを折衷して、新たな物語を生み出してみせた作品であります。
 それはもちろん、全く異なる二つの世界を巧みに並べ、結びつけてみせたストーリーテリングの妙に依るところも大きいでしょう。しかしそれ以上に大きいのは、その二つの世界に生きる人々、本来であれば決して交わらぬ人々の姿を、その内面も含めて丹念に描いてみせたことであると、今ならばわかります。

 ミクロなユートピアを作り上げ、その中で生きる人々を描く人情ものと、マクロな歴史の中で、ある目的のために血で血を洗う戦いを繰り広げる伝奇ものと――全く異なる二つの世界を、決してご都合主義に陥ることなく、結びつけるのはどうすればよいのか?
 その一つの答えが、ここにはあります。

 そして初読時に、いや今回も呆気にとられた、というより置いてけぼり感すらあった、北斗の拳のようなラストバトルの展開も、むしろその感覚を生み出すことで、この二つの世界の距離を描いてみせたのではないか、というのは牽強付会かもしれませんが……


 しかしいずれにせよ、静かな序盤から始まり、徐々に物語がスケールアップする中盤、そして一気呵成に展開する終盤と、波瀾万丈な本作を貫いているのは、これはデビュー時から現在まで変わらない作者の視点であることは間違いありません。
 それは、時に対立し、時に孤立し、分かり合うことなくぶつかり合う人間たちの姿であり――そしてそんな中にふと浮かび上がる相互理解の可能性の美しさ、素晴らしさであります。

 どれほど深い悲しみや恨みを抱えようと、どれほど(物理的にも精神的にも)異なる世界に暮らそうとも、この世に生きる者同士はわかりあえる、手を取り合うことができる……
 字にしてみれば理想主義に過ぎるものを、エンターテイメントの中で、強く実感できるものとして描いてみせる。そんな作者の精神は、伝奇ものと人情ものという二つの世界を交わらせてみせた本作において、特に強く感じられるのであります。

 そしてそれが、本作を現在に至るまで色あせることない物語として成立させていることは、言うまでもありません。


『飯綱颪 十六夜長屋日月抄』(仁木英之 徳間文庫) Amazon
飯綱颪: 十六夜長屋日月抄 (徳間時代小説文庫)


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2019.07.12

鳴海丈『どくろ舞 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 首無し死体を巡る怪異捕物帖の快作


 颯爽たる北町奉行所の青年同心と、妖怪の力を借りる可憐な美少女が、江戸を騒がす怪事件に挑む『あやかし小町大江戸怪異事件帳』シリーズ、待望の第5弾であります。今回二人が挑むのは、夜の空を舞う奇怪などくろの怪。その怪異に込められた秘密とは、そして怪異を生んだものとは……

 妖怪・おえんちゃんこと煙羅を櫛に宿し、その力で人々を助けてきた茶屋の看板娘・お光と、北町奉行所で活躍する切れ者の同心・和泉京之介。本シリーズは、不思議な縁で出会い、そして互いに強く惹かれあうようになったこの二人が、知恵と異能、そして情で様々な怪事件を解決する姿を描いてきました。

 そして全3話構成の本書の表題作である中編『どくろ舞』では、タイトル通りの何ともぞっとする怪異の出現をきっかけに、京之介たちが入り組んだ謎に挑むことになります。

 夜中に長い髪を振り乱したどくろが、首を求めてさまようという噂が流れる中、京之介が上役から解決を依頼された事件。それはとある寺で、老女が墓の一つを掘り起こそうとしたという騒動でありました。
 そして調査に出向いた京之介の問いに答えて老女・お路が語るのは、彼女の生き別れの娘・お絹にまつわる奇怪な物語だったのです。

 故あって養子に出され、さる大店の長女として育てられたお絹。しかしさる旗本屋敷に奉公に出た彼女は、半年前のある晩、彼女は何者かに呼び出されて一人大川端に出かけ、そこで首と胴が切り離された無惨な亡骸となって発見されたのであります。
 この一件、別件で獄門となった男が、自分が殺したと嘯いていたことから事件は解決したものと思われたのですが……

 しかし数日前、自分の頭を抱え、失われた首を探すお絹が夢枕に立ったと語るお路。そこで無我夢中でお絹の墓の中を確かめようとしたという彼女の言葉を信じた京之介が墓を確かめてみれば――何と棺は破られ、お絹の首が失われていたのではありませんか。

 この奇怪な事件には、半年前のお絹殺しが関わっていると考え、再度調べ始めた京之介。しかし、事件の第一発見者の男、獄門となった男から話をきいたちんぴら、そしてお路までもが、何者かに襲われる事件が頻発し、ついに京之介自身にも危険が迫ります。
 京之介の危機を知り、おえんちゃんとともに彼を救うために奔走するお光ですが……


 前作を紹介した際、私は事件そのものはかなりシンプルな部類と評していたのですが――一転、かなり複雑な謎が描かれることとなる本作。お絹を呼び出したのは何者か、何故彼女は無惨に殺害されたのか。事件の関係者の口封じに動くのは何者か。そして何よりも、お絹のどくろが宙を舞うのは何故か――と、様々な謎が、物語の中で複雑に絡み合っているのであります。

 本作の魅力は、間違いなく、過去の事件を構成するこれらの謎が京之介の奮闘により解き明かされ、少しずつ真実が浮かび上がっていく様にこそあると言えるでしょう。
 特にお絹が何故首を斬られなければならなかったというホワイダニットが、首を探す彼女のどくろと結びつく様は――「なるほど!」と言いたくなるミスリーディングとも結びついて――時代ミステリとして、きっちり楽しませていただきました。

 そして事件が明るみに出るきっかけと、事件の締めくくりに怪異の存在が絡む――そしてそこにお光活躍の必然性が生まれる――のも巧みで、前作で確立した怪奇捕物帖としてのスタイルが、本作においてさらに深化したと言っても間違いありません。
(ただし、明かされていない謎というか、一種の矛盾があるようにも感じるのですが……)


 そして残る短編2編は、いずれもシリーズ第三の主人公というべき男装の娘陰陽師・長谷部透流にまつわるエピソードであります。

 彼女が操る四体の強力な式神にまつわる悲痛な物語を描く『死闘・四鬼神狩り』、そしてお光と京之介が巻き込まれた奇妙な行き倒れに関する事件に、透流が思わぬ形で関わる『人憑き』――京之介とお光の物語が捕物帖だとすれば、透流のそれは伝奇もの。その違いからしばしば生じるある種の違和感(もちろんそれは狙ってのものではありますが)は、この2編にも漂っています。

 しかし今回は透流の過去を描くことにより、彼女がお光たちと関わり合う一つの理由が示されるのが目を引きます。そして、それは私がこのシリーズを愛する理由でもあると気付かされます。
 怪奇・捕物帖・伝奇――それぞれ異なる世界を繋ぐもの。それは人間の心がもたらす光であり――それがヒロインの名に冠されているのも、決して偶然ではないと、今更ながらに感じた次第です


『どくろ舞 あやかし小町大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon
あやかし小町  大江戸怪異事件帳  どくろ舞 (廣済堂文庫)


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2019.07.11

さいとうちほ『VSルパン』第1巻-第3巻 ロマンスで切り取ったアルセーヌ・ルパン伝


 誰もが知る怪盗アルセーヌ・ルパン――しかし、その怪盗たる所以か、ルパンは描く者によって様々な姿を見せることになります。本作はルパンを少女漫画として――ロマンスの側面を強調して描く作品。そしてそれもまた、確かにルパンの顔の一つなのであります。

 ある日、ヴァンドーム公爵家に舞い込んだルパンからの手紙。それは、公爵の一人娘・アンジェリックとルパンの結婚を宣言するものでありました。もちろん公爵にもアンジェリックにも身に覚えはないものの、ルパンの巧みなマスコミ攻勢によって婚約は既成事実化してしまうのでした。
 これに対して公爵は三人の花婿候補を選び、アンジェリックと結婚させてしまおうとするのですが……

 という第1話「プリンセスの結婚」から始まる本作ですが――ルパンファンほどこのチョイスには驚くのではないでしょうか。
 というのもこの第1話のベースとなっているのは『ルパンの告白』に収録されている短編『ルパンの結婚』。簡単に言ってしまえば、ルパンが結婚詐欺を働こうとするお話なのですから。

 しかもその相手であるアンジェリックは、33歳で、読書をしている時間が一番幸せなオールドミス。容姿も決して優れているわけではなく――と、ルパンよ、いくら犯罪でもやっていいことと悪いことがあるだろう、と言いたくなってしまう内容なのであります。
 が、しかし本作の面白さは終盤のあるドンデン返しなのです。公爵をまんまと欺き、懐に入り込んだものの、ちょっとしたミスから追い詰められたルパン。窮地の彼を救った者は、そしてその相手に対してルパンは……

 と、できすぎといえばできすぎなのかもしれませんが、盗みに入ったルパンがまんまと心を盗まれてしまう――というお話は、なるほど実にロマンチック。
 ヒロインであるアンジェリックの造形も個性的かつ魅力的で、なるほどこれは少女漫画に向いているわい――と、作者の炯眼に感心させられるのです。


 そしてこれ以降も、本作は原作の様々なエピソードをピックアップして展開していくこととなります。

 『伯爵夫人の黒真珠』『王妃の首飾り』『カリオストロ伯爵夫人』『結婚指輪』――そしてその中で中心となるのが、唯一の長編である『カリオストロ伯爵夫人』なのですが、しかしそれに合わせて前後の物語がアレンジされているのも面白いところであります。
 というのも、ルパンの最初の犯罪を語る『王妃の首飾り』――本作では、そこで原作には登場しない『カリオストロ伯爵夫人』のヒロインの一人・クラリスを登場させ、ここでルパンと彼女の出会いを描いているのです。

 こうして『王妃の首飾り』をプロローグとしてスタートする『カリオストロ伯爵夫人』は、マリー・アントワネットがカリオストロ伯爵に明かしたという4つの謎の一つ「七本枝の燭台」の秘密を巡る物語。
 ルパンが謎の美女・カリオストロ伯爵夫人や王党派の結社を向こうに回して繰り広げる初期の冒険なのですが――しかしこの作品もまた、ロマンス(というか愛欲)の香りが濃厚に漂う物語であります

 このエピソードも、原作ではルパンは結構(女性に対して)どうしようもない奴なのですが、しかし本作はその印象を巧みにアレンジし、同時に物語の骨格は外さずにダイジェストしてみせます。
 そして悪女・妖女としかいいようがないカリオストロ伯爵夫人も、母と父の影に縛られた悲しい存在としての側面を描いている(なお、本作に収録されたエピソードには、「親と子」というモチーフにまつわるものが多いのも一つの特徴であります)のも、印象に残るところであります。


 しかし、このロマンスによって独立した原作のエピソードを巧みに繋げてみせる本作の真骨頂は、第3巻のラストに収められた『ルパン誕生』でしょう。
 本作の中では非常にオリジナル度が高い(というより原作の隙間を埋めたという形の)このエピソードで描かれるのは、『カリオストロ伯爵夫人』のエピローグと言うべきある悲劇と、そして原作で最も名高いあのエピソード(そしてそれは『カリオストロ伯爵夫人』とある一点で繋がるのですが)のプロローグなのですから。

 そしてそこで同時に、そのタイトル通りの「ルパン誕生」――ルパンが怪盗紳士として劇場型犯罪を繰り広げるその理由を、本作ならではのものとして示してみせるのですから、もう感嘆するほかありません。
 季刊誌での連載ゆえ、刊行ペースは早くありませんが、次なる展開が大いに気になるアルセーヌ・ルパン伝であります。


『VSルパン』(さいとうちほ 小学館フラワーコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
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2019.07.10

鳴神響一『凶嵐 おいらん若君徳川竜之進』 クライマックス目前!? 立ち塞がる思わぬ「敵」


 尾張徳川家のご落胤ながら、故あって吉原の花魁・篝火として暮らす徳川竜之進の冒険もこの第4弾でいよいよ佳境に入りました。娘の生き肝を食らう河童の跳梁に怒りを燃やし、黒幕に迫る竜之進。しかしその先に待ち受けていたのは、思いも寄らぬ大陰謀で……

 生まれ落ちてすぐに藩の政争に巻き込まれて命の危険に晒された末、五人の甲賀忍びによって救い出され、吉原に潜んで成長した徳川竜之進。
 木を隠すには森の中――その身を隠すために花魁・篝火に身をやつした竜之進は、決して客とは同衾しない花魁として名を馳せつつ、裏では江戸を騒がす許せぬ悪を成敗してたのであります。

 そんな七夕の晩、気に染まぬ花魁稼業の憂さ晴らしに吉原を抜け出し、いつもの仲間たちが集う煮売り屋に向かった竜之進。そこで、娘たちが河童によって無惨に殺され、生き肝を奪われているという噂を聞いた竜之進は、あまりにも無惨な所業に激しく怒りを燃やすのでした。
 そして町娘に扮し、自らを囮に河童が出没するという赤坂の溜池近くの山王社に向かった竜之進。果たして現れた悪党たちに、破邪顕正の刃を振るう竜之進ですが……


 もはや第4弾ともなればシリーズのスタイルも固まったというべきでしょうか、仲間たちと飲んでいるところで江戸を騒がす怪異じみた事件の存在を聞きつけ、竜之進が成敗に乗り出す――という展開を今回も敷衍する本作。
 誰かから依頼されたわけでも、犠牲者に関連があるわけでもなく、直接竜之進には関連のない事件に正義感のみで乗り出すのは、世を忍ぶご落胤としてはいかがなものか――という気もいたしますが、それがヒーローというものでしょうか。

 それはさておき、「河童」の目的を察知した(ここで登場するゲストキャラがなかなかの存在感)竜之進は、悪党成敗に向かうのですが――ちょっと展開が急なのでは、と思いきや、ここから物語は思わぬ方向に走り始めることになるのです。


 ここから先の展開について、未読の方の興を削がぬように紹介するのはなかなか難しいところであります。
 しかし、事件の背後に潜んでいたものが思わぬ存在であり、そしてそれがまた、さらに思わぬ形で、竜之進自身の存在に繋がっていく――と述べることは許されるかと思います。

 冒頭に述べたとおり、尾張徳川家の御家騒動の中で危うく命を奪われかけ、江戸に逃れた竜之進。その彼がいまだに吉原に潜み、こともあろうに花魁に身をやつしているのは、彼の身に迫る危険がいまだ去っていないことを意味します。
 だとすれば、いずれは尾張徳川家を
向こうに回した物語を――と予想できるのですが、いやはや、それを思わぬ、それも絶妙な形でひねった展開が待ち受けているとは……

 これも詳細を述べられないのが非常に心苦しいのですが、ここで竜之進の前に立ちはだかるのは、ちょっと意外な、しかし史実を見ればまさしく彼の敵とするに相応しい存在であります。
 実は時代物では比較的メジャーな人物ではあるのですが、この時期に登場するのはかなり珍しいのでは――というのは語り過ぎかもしれませんが、定番の物語かと思えば、この落差十分の変化球には、大いに唸るしかありません。

 そして繰り広げられる、シチュエーション的にもスケール的にもシリーズ屈指の大殺陣だけでも楽しいところに、さらに「えっ!?」というような展開から「ええっ!!」という結末に――いやはや、完全に作者の掌の上で転がされました。


 はたしてこの先に竜之進を待ち受けるものは何か。はたして彼は己の正義を貫き、そして平穏な日常を手に入れることができるのか――クライマックスは目前であります。


『凶嵐 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
おいらん若君 徳川竜之進(4)-凶嵐 (双葉文庫)


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2019.07.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第16巻 哀しき巨人・岩柱の過去 そして最終決戦の幕上がる!


 このブログでも毎週何だかんだ言いつつ取り上げているようにアニメも好調に放送中の『鬼滅の刃』ですが、原作の方は鬼殺隊総出の柱稽古を経て、この巻からいよいよ最終決戦に突入することになります。鬼舞辻無惨たち鬼の本拠地である無限城で、絡み合う因果因縁とは……

 禰豆子がついに日の光を克服したことで、鬼殺隊と鬼、それぞれにとって新たな局面に入った戦い。いよいよ決戦が近いことを予感した鬼殺隊は、柱たちを中心とした大特訓・柱稽古を開始することになります。
 義勇さんのコミュ障ぶりが明らかになったり、不死川兄弟の兄弟喧嘩に皆が迷惑したりと、色々と賑やかに(キャラの掘り下げが)展開していった末――次に炭治郎と善逸は、岩柱・悲鳴嶼行冥のもとに向かうのですが、しかし……

 と、この巻の冒頭で描かれるのは、滝行に丸太背負い、岩押しと、ある意味最も修行らしい岩柱の特訓。しかし強烈なビジュアルだらけの柱たちの中でも一際目立つ風体の悲鳴嶼がそこに加わると、異次元の風景という感があります。
 さらに久々に登場した感のある伊之助も加わって、賑やかな(しかしやる側は笑い事ではない)特訓風景を楽しんでいたものが、しかしここで一転、シリアスで重い物語が語られることになります。

 それは悲鳴嶼の過去――かつては僧として孤児たちと寺に暮らしていた彼が、何故鬼殺隊に加わり、柱にまでなったのか? ここで描かれるのは、他の柱(恋柱とか例外もいますが)――いや炭治郎たち同様、鬼によって運命を狂わされ、辛酸を舐めた者の悲痛な叫びなのであります。

 先に述べたとおりその強烈なビジュアルといい、ことあるごとに数珠を爪繰りながら涙を流すその言動といい(あと玄弥が弟子だったり)、他の柱が評する通りどうにも得体の知れなかった悲鳴嶼。
 しかしたった一つのエピソードで、キャラクターのイメージをマイナスからプラスに変えてみせるのは本作の最も得意とするところであり――ここでも、悲鳴嶼が一気に哀しくも頼もしい勇者に見えてきたのですから、さすがと言うべきでしょう。


 しかし(衝撃の不死川兄の秘密暴露を挟んで)ここから一気に物語は展開していくことになります。
 ついに鬼殺隊の長・産屋敷の居場所を突き止め、その前に現れた無惨。実は同族の出だったという二人の対話によって、鬼と人間の違い――それはこれまで物語の中で語られてきたものの延長線上にあるのですが――が語られるのもイイのですが、まさかここから決戦の烽火が、あまりに思い切った形で上がるとは!

 懐かしいあのキャラクター(ここに来てさらりと語られるあまりに重い過去に涙)、意外なキャラクターの起用に驚きつつ、ついに長かった戦いもここで決着かと思えば――待ち受けていたのは別の意味での決着戦であります。

 無惨の本拠・無限城を操る存在であり、そして空席となった上弦の肆の座に就いた鳴女の力によって、その無限城に引きずり込まれた鬼殺隊の隊員たち。そして無惨に至る道において彼らの前に立ち塞がるのは上弦の鬼たち――これぞジャンプに脈々と続く死亡遊戯パターン(の変形)と言うべきでしょうか。
 かくて、迷宮という言葉すらも生ぬるい無限城の内部で待ちかまえる下弦クラスの力を持つ無数の異形の鬼と上弦の鬼vs岩・霞・風・蛇・恋・水・蟲の各柱、そして炭治郎や(何故か非常に覚悟を決めた表情の)善逸をはじめとした鬼殺隊の隊士たちの決戦がここで始まるのであります

 敵も味方も役者は揃い、幕開けとなる第一番勝負は蟲柱・胡蝶しのぶ対上弦の弐・童磨――あの猗窩座殿を手玉に取る得体の知れぬ男であり、そして何よりもしのぶの姉・カナエの仇であります。
 奇しくも自分が鬼殺隊に入ったその理由を作った相手と対峙したしのぶですが、全力を尽くした彼女にとっても、相手はあまりに悪い。果たして……

 というところで引きとなるこの第16巻。ここから先は全てが死闘であり名勝負(でも突発的にギャグは入る)、今から次の巻が待ち遠しいのであります。


 ちなみに単行本のおまけページは、これまで以上にキャラの掘り下げや補足が多い印象。去就が気になっていたあのキャラクターにもきちんとフォローが加えられていて、少しだけ安心しました。


『鬼滅の刃』第16巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 16 (ジャンプコミックス)


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2019.07.08

8月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 雨が降ったり暑くなったりと、ようやく暦通りの気候になってきました。いよいよ夏本番、学生の方はもう少し夏休みですが、出版の方まで休みに入ってしまったらイヤだなあ――と思っていたところですが、その点はご安心を、というわけで8月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 まず文庫新刊の方では、内容詳細は一切わからないものの、この作者であれば作者買いして大丈夫、の武内涼『不死鬼』に期待。
 そしてシリーズものの新刊としては、鎌倉時代初期の京を舞台とした瀬川貴次『百鬼一歌』第3巻が登場であります。

 一方、文庫化・復刊では、何といっても宮本昌孝の戦国ロマン『ドナ・ビボラの爪』上下巻に注目です。
 その他、今年に入ってからも快調なペースの谷津矢車『三人孫市』(中公文庫)、シリーズ第2弾も刊行の上田秀人『茜の茶碗』、久々に新装版で登場の海道龍一朗『惡忍』が目立ったところでしょうか。

 また、アンソロジーでは『決戦! 関ヶ原2』が文庫化、そして創元推理文庫での末國善己編集の時代ミステリ選集は、南條範夫『血染めの旅籠 月影兵庫ミステリ傑作選』が登場します(月影兵庫はあまりミステリというイメージがなかっただけに気になるところです。)


 そして漫画の方ですが、新登場は、忠見周『幕末イグニッション』第1巻。忠見周は同月に異色すぎる時代アクション『竜侍』第1巻も発売されます。
 その他、大石まさる『大江戸スモーキングマン』全1巻、第1巻・第2巻同時発売の和風ファンタジー、鶴淵けんじ『峠鬼』が気になります。

 そしてシリーズものの最新巻では、何と言っても和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第3巻が楽しみなほか、川原正敏の『修羅の刻』第18巻と『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第13巻が刊行されます。
(『修羅の刻』は個人的にはちょっと意外な主人公とライバルで吃驚)
 また、『龍帥の翼』の他にも、張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第2巻、許先哲『ヒョウ人 BLADES OF THE GUARDIANS』第3巻と、ユニークな中国ものが豊作です。

 その他、上田倫子『蘭と葵』第7巻、楠桂『鬼切丸伝』第9巻、さいとうちほ『輝夜伝』第3巻と注目作が並びますが、さいとうちほは、新釈ルパンものの『VSルパン』の新巻が久々に登場するのも嬉しいところであります。



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2019.07.07

『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」

 善逸を執拗に痛めつける猪男――嘴平伊之助と激突する炭治郎。素手での激しい戦いは、炭治郎が猛烈な頭突きで伊之助をKOして終わるのだった。その後、指令で休養のために藤の花の家紋の家に向かう三人。騒々しい一日も終わりの夜、炭治郎の箱の中に禰豆子が入っていたことを知った善逸は……

 鬼(禰豆子)の入った炭治郎の箱を必死に守る善逸をボッコボコに痛めつける猪男に激怒する炭治郎、という場面から始まる今回。こちらもいきなりぶん殴ってアバラを折る(しかし腹を殴ってアバラが折れるのか?)というラフファイトに走る炭治郎ですが、彼らしいと言うべきか、怒る理由が禰豆子の箱を刀で突き刺そうとしたからではなく、善逸に暴力を振るったから、というのが素晴らしいところであります。
 しかしこのリアクションに喜んだのは猪男。隊員同士で刀を抜くのはいかんと炭治郎に怒られて、それならばステゴロでいこうともの凄い曲解をすると、今度は炭治郎に襲いかかります。そして繰り広げられる二人のバトルなのですが――この辺り、とにかくやたらとリソースを割いた感のある気合いの入ったアクションが延々と続き、まさかここでこのクオリティのものが見れるとは、と驚かされます。

 そして猪男の、文字通り獣のような下段中心の攻めに苦戦する炭治郎。しかも異常に体の柔らかい猪男は、アバラが折れているというのにキングアラジンの真似までして柔軟アピールであります。体に悪いと心配する炭治郎に、「今この刹那の愉悦に勝るもの無し!」と読み書きできないわりに妙な言い回しを知っている猪男ですが、それはともかくここで炭治郎の隠し必殺技、頭突き炸裂!
 さすがの猪男もよろめいて猪の仮面が外れるのですが――その下の素顔は何と美少女顔。違和感バリバリの中、ここでようやく嘴平伊之助と、これは何となくらしい名前を威勢良く名乗る猪男ですが――そこでようやく頭突きの威力が頭に回り、失神するのでした。

 何はともあれ鼓屋敷での戦いもこれで終了。炭治郎の絶妙の天然ぶりと伊之助の単細胞が噛み合って犠牲者たちの埋葬も終わり、炭治郎たちは清や正一、てる子と別れて山を下りることになります。正一が鬼を倒したと完全に勘違いしている善逸が、正一と離れたくないとダダをこねた末、炭治郎に首筋に手刀を食らう一幕もありましたが……
 そして休息と治療のために三人が向かったのは、「藤の花の家紋の家」。この家紋の家は過去に鬼狩りに命を救われており、鬼狩りに無償奉仕をする家柄ということですが――いざ入ってみれば、異常に手際のよいお婆さんによってこれまた異常においしそうな食事が振る舞われたり、布団が用意されたり医者が手配されたりと、何ともいたれり尽くせりであります。

 しかしおかしいのは、直前まで激しくやりあっていた(というか伊之助が一方的に突っかかった)三人が、一緒の食卓を囲んでわちゃわちゃ騒いだり、布団を並べてうだうだ喋ったりしていることで――君たち修学旅行か! とツッコミたくなる姿なのです。もちろんそれが実に良いのですが……

 しかし、そこでちょっとマジになったのは、善逸であります。(自分がボコられる原因となった)鬼を連れているのは何故か――そう問われて、まずそれを知って箱をかばってくれたことに礼を言う炭治郎は良い子ですが、いい奴と言われて赤面したり、強いと言われたら真顔で正一君と引き離したことは許さないとキレたりたりと、実に善逸は面倒くさい。
 そしてそんなやりとりをしている間に、箱から禰豆子が出てきたのですが――はじめビビっていた善逸も、出てきたのが美少女と知って豹変。お前のリア充生活のために頑張ったわけじゃないとブチ切れると、結婚を止められたのと正一のことも合わせ、炭治郎を粛正すると日輪刀を抜き――という、実にしょうもないオチで次回に続きます。


 というわけで前半のハードな徒手格闘と、後半の修学旅行ぶりと、ある意味実に本作らしい内容だった今回。途中に入る場面転換の演出が非常に気恥ずかしいものがありましたが、やっぱり一人より二人、二人より三人の方が台詞やリアクションに膨らみが出てよいものです。

 そして次回予告はまさかのキメツ学園物語。本編の方ではしばらくお見限りだった(と言ってももうすぐ出番あるんですが)義勇さん、良かったね登場できて――まあ、本編とは別の意味でポンコツですが……


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 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」
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 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』第十二話 「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』第十三話 「命より大事なもの」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第3巻 ついに登場、初めての仲間……?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇


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2019.07.06

蓮生あまね『去にし時よりの訪人』 室町の謎の中で過去と向き合う人々


 近頃何かと話題の室町時代――それも応仁の乱前夜を舞台とした本作は、能の観世小次郎信光とその謎めいた弟子を中心に様々な人間群像を描く、ミステリ味も濃厚な連作であります。京の闇を騒がす事件の背後に潜む存在とは……

 かの世阿弥が足利将軍の不興を買った後に能の世界の中心となった音阿弥の七男である小次郎信光。その名を挙げてもすぐにはわからない方も多いかもしれませんが、「羅生門」「紅葉狩」「舟弁慶」といった、現代まで残る名作を残した人物です。
 本作に登場する小次郎はまだ青年時代――才気は溢れながらもどこか暢気で飄々とした人物。そしてその小次郎の弟子として近くに仕えるのが、小次郎と並んで(そしてほとんど彼以上に)主人公格である那智であります。

 観世座に拾われるまでは何をやっていたのか不明ながら、頭は切れるし腕っ節は立つ那智。師である小次郎を師とも思わぬようなぶっきらぼうな言動を見せると思えば、連れ子である幼い少年・天鼓は過剰に大切にするという、なかなかユニークな男であります。
 本作はそんな那智と小次郎を中心に、応仁の乱も間近な京を舞台に起きる奇妙な事件の数々を描く連作集です。

 観世座出入りの能面師が、顔に火傷を負い、生きたまま野辺送りされた娘を拾ってきたことから始まる『鬼女の顔』。
 貧乏貴族のところに出入りしていた小次郎が、貴族の庭の見事な桜を巡る争いに巻き込まれたことをきっかけに、都の闇に跳梁する者たちと出くわす『桜供養』。

 そして、そんなプロローグ的短編2話を踏まえて展開するのが、表題作である中編『去にし時よりの訪人』であります。

 とある妓楼での宴席に招かれた際に、その妓楼の近くで起きた辻斬りの下手人として囚われてしまった那智。被害者の持ち物が彼の荷物から出てきたためですが、もちろん那智には身に覚えなどあるはずがありません。
 那智の無実を証明するために奔走する小次郎たちですが、しかしこの時代、一度罪を問われればそうそう簡単に解放されることはありません。

 それでも那智を救うために調べを続ける小次郎たちは、やがて都の土倉(金貸し)が何者かに相次いで襲われ死者も多数出ていること、その一方で貧乏貴族たちの屋敷から秘蔵の宝物が次々と盗まれていることを知るのでした。
 何者かの手引きで牢を脱した那智自身も交え、謎に迫る小次郎たち。やがて一連の事件の背後には、数年前に吉野で起きたある惨劇が関わっていることが明らかになるのですが……


 冒頭でミステリ味も濃厚、という表現を使いましたが、本作のエピソードは、いずれも提示された大小様々な謎の解明が中心となって展開する物語であります。

 その意味では本作は時代ミステリに区分されるのかもしれませんがしかし実際に読んでみれば、そのようなジャンルの枠に囚われない――強いていえば「室町小説」とも言うべき内容であることがわかります。
 そう、本作で謎を通じて描かれるものは、応仁の乱も間近――というのはもちろん登場人物たちにはわからないのですが――の、ほとんど無法とも言える混沌たる京の姿であり、そしてその中で生きる人々の姿なのであります(脇役で若き日の伊勢新九郎が登場するのもちょっと楽しい)。

 帝や貴族とといった既存の権威が衰え始め、その後を襲った将軍や幕府ですら、時代の波に飲み込まれつつある時代。その一方で、まさに能に代表される新たな芸術が育っていく時代――そんな厳しく混沌とした時代の中で、人々は現在を懸命に生きることになります。
 しかしその現在を生きようとする人々を縛るものの姿が、本作では描かれることになります。それこそは過去――すなわち「去にし時」、ある者は隠しある者は忘れようとしながらも――決して逃れられない過去なのです。

 その過去と如何に向き合うのか、それはもちろん人によって様々ですが、その向き合う姿、向き合おうともがく姿こそが、本作の最大の魅力なのではないか――そう感じます。


 ……と、本作の最大の仕掛け(これがまた非常に伝奇的なんですが!)を伏せたおかげで抽象的な表現が多くなってしまいましたが、これがデビューとは思えぬ筆致で、時代と人間と謎の姿を描いてみせた本作が、優れた物語であることは間違いありません。
 終盤にちらりと登場した黒幕の正体も気になるところ、是非とも続編を――すなわち、彼らの未来の姿を――期待したいところであります。


『去にし時よりの訪人』(蓮生あまね 双葉社) Amazon
去にし時よりの訪人

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2019.07.05

石川優吾『BABEL』第4巻 巨大な魔との戦い、そして驚きの新章へ


 『南総里見八犬伝』をベースとし、作者一流の精緻な画でもって新たな八犬伝を描く『BABEL』第4巻であります。邪悪な怪人・扇谷定正の支配する佐倉城で新たな珠を持つ男・現八と出会った信乃。しかしそこで姿を現した定正の正体とは何と……。そして物語は予想もしなかった新章に突入いたします。

 里見家を奇怪な闇から救う八つの珠を求めて旅にでた信乃たち。最初に訪れた佐倉城で、信乃は定正の闘技場最強の男・現八と芳流閣で決闘することになります。
 敗れた信乃が城に囚われた一方で、自由を得た現八が十数年ぶりに帰った故郷で知ったのは、奇怪な魔物によって村人全てが食われたという事実。そしてそこで己の珠を得た現八は、佐倉城に舞い戻ることになります。

 折しも信乃が処刑されようとする時、駆けつけた現八によって倒される定正。しかしその体から飛び立ったのは無数の蠅。そしてそれが集まって現れたのは巨大な蠅の魔物――大食を象徴するベルゼブブ!

 ……なるほど、八つの珠に抗する者はと思えば、こう来たか! というこの展開。八つの徳目に対して、七つの大罪を持ってくるとは驚くほかありません。
 しかし相手が伝説の堕天使とすれば、人間たちにとってはあまりに分が悪い。たとえ珠の力があっても、信乃の言葉が城の人々を奮い立たせようとも、現八の怒りの力があろうとも――あまりに強大な敵に如何に挑むのか? 佐倉城編のラストに相応しい死闘が描かれることとなります。


 そしてその激闘の興奮覚めやらぬ中、この巻の後半から突入する新章の舞台となるのは――何と南国。その中心となるのは、薩摩の下士と覚しき犬田家の下人・小文吾(!)であります。

 島津家で行われた犬追物で逃げ出した犬を追いかることとなった小文吾。しかし彼が見つけたその犬は、「我を助けよ」と彼に語りかけてきたのであります。
 心優しき主夫婦の協力で、犬を匿うこととなった小文吾。しかしそれを知った残忍な薩摩侍たちによって主夫婦は惨殺され、崖から海に転落した小文吾と犬。彼らが辿り着いた先とは……


 信乃・荘助・現八とくればやはり次は小文吾――というところですが、ここで舞台がいきなり薩摩と屋久島に飛ぶのには、冒頭から驚かされっぱなしの本作においても、ある意味最大の驚きであります。

 もはや南総でも里見でもありませんが(もっとも本作はタイトルにその二つを謳ってはいないわけですが)、八犬伝で南国というのは、かの『新八犬伝』も通った道であります。
 あちらは『椿説弓張月』を取り入れたから――というのはさておき、本作に登場する八犬士の敵の正体と出自を考えれば、もはやこの国のどこが舞台となってもおかしくないということなのでしょう。
(ちなみに本作の小文吾は、小太りの体型に太い眉と丸い目という、何だか西郷さんをイメージさせる造形ですが――その辺りの連想もあるのかしらん)

 もはやこの先の物語がどう展開していくのか、見当もつきませんが――まずは第三の八犬士(であろう男)の冒険の向かう先と、それがどのように信乃たちの旅と繋がっていくのか、本作らしい奇想天外な物語を期待するとしましょう。


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2019.07.04

『ご存じ、白猫ざむらい 猫の手屋繁盛記』 ついに実現、待望の父子競演!?


 猫又の呪いで巨大な白猫にされてしまった猫ざむらい・近山宗太郎の奮闘を描く『猫の手屋繁盛記』も快調シリーズ第6弾――今回はいよいよある人物がゲストとして登場することになります。そう、元町奉行の大身旗本であり、若い頃は遊び人だった宗太郎の父が――果たして父子競演の行方は如何に!?

 ふとしたことから猫又の呪いを受け、巨大な白猫の姿に変えられてしまった宗太郎。呪いを解くためには百の善行を積まなければならないという運命に、市井で何でも屋を開業した宗太郎は、その中で様々な人間や猫、動物や幽霊と触れ合ううちに、人間として大きく成長していくことになります。

 そして今日も猫の手屋として市井の人々を助ける宗太郎が、ある日銭湯で出くわした事件を描くのが、巻頭の『昔取った杵柄』です。
 ある日、馴染みの銭湯で思わぬ人物と出会うことになった宗太郎。それは近山銀四郎――自称・用心棒の浪人にして「桜吹雪の銀の字」、そして宗太郎の父であります。

 ……もともと宗太郎の父親は、以前町奉行を務めた大身旗本という設定。そもそも近山という姓自体本名ではなく、父や家に迷惑をかけないための偽名なのであります。
 しかしこのような設定であれば、いずれ父親も登場するのかな――と思えばこの展開。思わずびっくりの直球ですが、息子が猫ざむらいなのを思えば(?)これもOKでしょう。

 かくて思わぬ再会を果たした宗太郎は、父が密かに自分を見守ってくれていたことに感動するのですが――そこに水を差すように起きたのが、思わぬ泥棒騒動。銭湯の二階から、24両もの大金が盗まれたという騒動に、近山父子は二人で挑むことになります。
 しかし父の方は昔取った杵柄とはいえ今はお役目を外れ、一方の宗太郎のほうは猫ざむらい。性格の方も若い頃は遊び人で彫り物までしていたという父と、石部金吉金兜の宗太郎は正反対であります。

 果たしてこの二人のコンビネーションや如何に――と、一種のミステリとしての楽しさに加えて、父子のコミカルなやりとり、そしてたとえ姿は変わっても確かに通じ合っている父子の情がグッとくるお話です。


 そして何だかんだで年末には実家に帰った宗太郎を襲った思わぬ悪夢を描く小編『加牟波理入道、ホトトギス』 に続いて描かれる第3話『すごろく』は、それまでとは一風変わった、何とも不思議な味わいの作品です。

 あまりに放蕩が過ぎたために蔵に押し込められ、それでもまだ行いが収まらず、面当てのように自らの命を絶ったという大店の若旦那・清太。宗太郎とは全く無関係のような話ですが――しかし何でも屋の仕事の帰り道に宗太郎の懐に飛び込んできた子猫には、何と清太の魂が宿っていたのであります。

 首をくくった直後に、その身に近づいた猫に取り憑いたという清太。そんな彼が宗太郎を頼ってきたのは、二世を誓った吉原の遊女のもとに自分を連れていって欲しいと頼むためでありました。
 あまりに自分勝手で脳天気な清太に閉口しつつも、しかし頼まれたらイヤとは言えない宗太郎。しかし彼にとって吉原には最も縁遠い場所と悩んでいるところに、腐れ縁の役者・雁弥と出くわした宗太郎は、彼の力を借りて吉原に向かうのですが……

 テンポよい会話によって、まるで落語のようにおかしなシチュエーションで物語が展開していくのが魅力の一つの本シリーズ。
 その魅力はこのエピソードにおいてももちろんフル回転で、宗太郎以上におかしな境遇ながら太平楽な清太に振り回される宗太郎たちの姿には、幾度も噴き出しそうになります。

 しかしそれだけでは終わらないのも、また本シリーズらしさというもの。苦労の果てに吉原にたどり着いた宗太郎たちが知った真実とは、そしてそれを知った清太の選択は……
 そこまでのおかしさが一変、あまりに苦い真実にギョッとさせられた末に、さらに苦いもう一つ真実を突きつけられる本作。『すごろく』という題名に込められたものに気付かされた後に、何とも言えぬ味わいが残る――本シリーズでなければ描けないような、変格の人情ものであります。


 そんなわけで、本作においても幾つかの善行を積み、そしてそれ以上に大きな経験を積んだ宗太郎。
 そんな彼が百の善行を積んで人間に帰れるのはいつか――は、猫は七つより大きい数を数えられないのでわからないのですが(ひどい)、様々な面白さが詰まった本作を読むと、それはもう少し先でもいいのではないかな、などと思ってしまったりもするのであります。


『ご存じ、白猫ざむらい 猫の手屋繁盛記』(かたやま和華 集英社文庫) Amazon
ご存じ、白猫ざむらい 猫の手屋繁盛記 (集英社文庫)


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2019.07.03

久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』 謎と怪異の中に浮かぶ「想い」の姿


 少年時代の小泉八雲――ラフカディオ・ハーンと、神学校の寄宿舎で同室の親友「おれ」が、様々な怪異と出会い、その謎を探る英国ホラーシリーズの待望の続巻であります。今回収録されているのは短編2話に中編1話――心温まる怪異あり、心を凍てつかせるような恐怖ありと内容豊かな一冊です。

 さる貴族とオペラ歌手の母の間に生まれ、辺境の神学校に厄介払いされた「おれ」ことオーランド。そこで彼は、この世ならぬものを見る力を持ち、怪談を蒐集する変わり者の少年パトリック・ハーンと出会い、意気投合するのでした。
 そんな二人が怪談を蒐集する過程で出会う様々な怪異が、本シリーズでは描かれることになります

 本書の冒頭の『名もなき残響』は、そんなオーランドが、学校の周囲の森の中に佇む自分自身――それも初めに現れた時には子供だったのが、徐々に成長していく――姿を目撃したことから始まる物語。
 「自分」が出現したきっかけが、休日に外出した町で、かつての持ち主の霊が取り憑いた手回しオルガンと出会ったことではないかと考えた二人は、再び向かった町で、オルガンにまつわる過去、そしてもう一人のオーランドの正体を知ることになります。

 そして続く『Heavenly Blue Butterfly』 では、学校の敷地内に迷い込んだ母猫を探しているという子供の手伝いをすることになった二人が、その途中でこの世のものならざる不思議な蝶と出会うことになります。
 窓をすり抜けて飛ぶ蝶が入り込んだ寄宿舎の部屋を訪ねた二人は、そこで絵を愛する上級生ユージンと出会うのですが……

 この2編は、いずれも短編ながら、一見全く関係なさそうな二つの要素を巧みに絡み合わせることで、入り組んだ謎を巧みに織り上げてみせた物語。
 どちらも超自然的な怪異や不思議をきっちりと描きながらも、その核に温かく優しい「想い」を置くことで、美しい物語を成立させて見せる、ジェントル・ゴースト・ストーリーの名品であります。


 しかし本書の表題作である中編『罪を喰らうもの』では、一転してひどく重苦しく忌まわしい怪異と、複雑怪奇に絡み合った因果因縁が描かれることになります。

 ある晩、神学校の礼拝堂で見つかった身元不明の老人の死体。奇妙なのは、その礼拝堂では一年前にもアンソニーという学生が転落死を遂げていたことであります。
 彼の親友だった上級生・ハロルドの頼みで、事件を調べることになったパトリック。彼はアンソニーの友人たちを集め、「罪喰い」の儀式を行うことを提案するのでした。

 死者になすりつけたパンを口にすることで、死者の犯した罪の記憶を共有できるというこの儀式。それに参加したのは、ハロルド、アンソニーと同室だったウォルター、そして彼らと友人だったユージン。しかし儀式の最中、ウォルターは謎めいた言葉を残して気絶、意識不明となってしまうのでした。
 この思わぬ結果が一連の事件と深い関わりを持つと考え、上級生たち、そしてアンソニーに信頼されていたロレンス先生に共通する過去を調べ始める二人。しかし学校内では更なる怪異が続発して……


 「罪喰い」という名前に相応しく何とも不気味で忌まわしい儀式を題材とした本作。そしてそんな物語の中でクローズアップされるのは、その「罪」の存在――本作ではその正体を追って、二人が奔走することになります。
 これまでミステリを数多く手掛けてきた作者らしく、事件に関わる人々それぞれが胸の内に隠した秘密と想いが、二人の手によって一つずつ解き明かされていく様は、読み応えたっぷり。この辺りは良質のミステリと読んでもよいほどであります。

 しかし本作の魅力は、怪異の恐ろしさや、謎解きの興趣のみではありません。本作の最大の魅力は、前2話同様に本作にも確かに存在する、人の「想い」の姿なのですから。
 人がいればその数だけ存在する想い。人はその想いによって時に力付けられ、時に悩み苦しむことになります。本シリーズにおいては、これまで様々な想いの形が描かれてきましたが――人間関係が複雑に入り組んだ本作においては、その姿が特に強く浮かび上がることになります。

 それは時に重く苦しく、時にやりきれないものではあります。しかしそれでも、そんな「想い」の存在こそが人と人を結びつけ――そう、パトリックとオーランドのように――そして救うことができる。本作はそう強く謳い上げるのです。

 ホラーとしてミステリとして、そして何よりも人の「想い」を丹念に描く物語として――末永く続いてほしいシリーズであります。


『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』(久賀理世 講談社タイガ) Amazon
ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲 罪を喰らうもの (講談社タイガ)


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2019.07.02

『鬼滅の刃』第十三話 「命より大事なもの」

 全力を出した響凱に苦戦を強いられつつも、戦いの中で新たな動きに開眼し、ついに響凱を倒した炭治郎。清たちとともに屋敷の外に出る炭治郎だが、そこに待っていたのは、傷つきながらも禰豆子の入った箱を守る善逸の姿だった。善逸を執拗に痛めつけた猪男に、炭治郎は……

 前回ラスト、いかにも少年漫画の主人公らしく、それでいてちょっとヤケクソ気味に己を鼓舞した炭治郎。しかしあっという間にやっぱダメだ! と気合いだけではどうにもならないことを思い知るのでした(それにしても早すぎないか――と思いましたが、原作では数コマで断念しているのでまだマシ)。
 それでは頭を使うんだ! と言っても頭を使う暇もなく、精々が相手の名前を問うて、響凱であるということを知ったくらいの炭治郎。そんな中、響凱が繰り出してきたのは、」さらにハイスピードに鼓を叩きまくるという、ビジュアル的には面白いものの、色々と洒落にならない攻撃であります。しかしその戦いの最中、部屋の一つの棚にしまい込まれていた無数の原稿用紙が散らばり、床にまき散らされて――そこに何かが書いてあるのを見て取った炭治郎は、とっさにそれを踏まずに避けるのでした。

 それを見て驚いたのが響凱であります。実は彼の前身は作家志望の男(そして趣味は鼓)。しかしなかなか芽が出ずに知人(?)から酷評を受けた上、文字通り原稿を踏みつけにされた彼は、鬼の力で相手を惨殺した過去があったのであります。
 もちろんそうとは知らぬものの、しかし咄嗟に紙を避けたことがきっかけで、怪我が痛まない体の動かし方、呼吸法に開眼した炭治郎。そして響凱の攻撃の予備動作も見破り、水面を飛び跳ねるような動きで回転する部屋もものとはせずに飛び込んだ炭治郎の一刀は――「君の血鬼術は凄かった!!」という言葉とともに――見事に響凱の頸をはねるのでした。

 そして崩れ落ちながらももう一度炭治郎の言葉を確かめる響凱と、それを認めながらも、人を殺したことは許さないと答える炭治郎。不思議な心の交流の果てに、響凱は自分のことが認められた満足感と共に散るのでした。(まあ炭治郎はその間、珠世に言われたとおりに響凱の血を採取したりしていたのですが)
 何はともあれ、屋敷を支配していた鬼が滅び、待っていた清とてる子とともに表に向かう炭治郎。しかしその途中で血のにおいを嗅ぎ、不吉な予感に急いでみれば、そこには猟奇猪男にボッコボコにされた善逸という衝撃映像が待っていたではありませんか!

 実は炭治郎と響凱の戦いの最中、屋敷がグルグル回るのに巻き込まれて屋敷の窓から外に放り出されていた善逸と正一。咄嗟に正一を庇って傷を負うなど、相変わらず人の良いところを見せる善逸ですが――そこで終わればまあめでたしだったところに飛び出してきたのがあの猪男だったのです。
 そして善逸が声を聴いて気付いたその正体は、五人目の鬼殺隊合格者――そう言われてみればお館様が、その場に四人しかいないのに五人と言っていましたが――誰よりも早くやって来て誰よりも早く帰っていったという見かけ通りの猪野郎であります。

 さて、その猪男が狙うのは、鬼の気配がする箱――そう、禰豆子が入った箱。しかし善逸は箱に鬼がいることを初めから知りながら、炭治郎を信じ、そして炭治郎の「命より大事なもの」という言葉のためだけに、箱に襲いかかる猪男を必死に止め、身を挺して庇っていたのであります。そんな善逸に対し、らちが明かぬとついに刀を取り出した猪男。それを目にした炭治郎は……


 前回原作を3話消化したと思えば、1話半という一気にペースダウンした今回。しかし前半は響凱との決着戦、後半は善逸の覚悟と決意というそれぞれ大切な内容だったので、まあ仕方がないところでしょう。
 特に善逸については、原作以上に丹念に善逸の行動を描写することで、これまでどう見ても単なるナニだった彼の中の――これまで少しずつ匂わされていた――内なる善性とヒロイズムの描写に力点を置いてみせたのは大いに好感が持てます。その分、かなり痛めつけられて痛ましい限りですが……

 さて、今のところ単なる戦闘狂の猪男の方はどのように描かれるのか――それは今後に期待であります。


 しかし響凱、伝奇小説家志望だと知って一気に親近感が(もっとも私など、うかつな感想書いてばっさりやられる側かもしれませんが……)


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 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」
 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』第十二話 「猪は牙を剥き 善逸は眠る」


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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇


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 公式サイト

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2019.07.01

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』 逆襲の女妖、そして千弥の選択の行方


 先日ご紹介したように漫画版の第1巻も刊行された『妖怪の子預かります』シリーズ、原作の方は何とこれで8巻目であります。物語の方は前作ラストの展開を受けて、危険極まりない妖怪に弥助が狙われることになるのですが――物語は思わぬ方向に展開し、千弥が思わぬ行動に……?

 かつて妖怪奉行・月夜公に横恋慕し、自分に振り向かせるために彼の両親を惨殺、長年氷牢に閉じ込められていた女妖・紅珠。
 奉行所の烏天狗の一人を籠絡して牢から脱出した彼女は、かつて月夜公の心を奪った(と彼女が信じている)白嵐=千弥を苦しめるため、今の彼にとって宝物に等しい弥助の命を奪うことを宣言したのでした。

 このヤンデレにもほどがある地雷女を捕らえるため総力を挙げる妖怪奉行所ですが、しかし杳として知れないその行方。当然千弥の方も厳戒態勢で弥助にべったりなのですが、当の弥助の方はそんな状態に飽き飽きして、いつも通りの子預かり屋として働き始めるのでした。
 しかしはじめのうちは順調に見えた子預かり屋ですが、そこにも陰を落とす紅珠の存在。そして周到な罠がついに弥助を捕らえた時、千弥は……


 ここしばらくは久蔵や王蜜の君、烏天狗兄弟と、他のキャラクターにスポットが当たっていた感のある本シリーズ。それがこの巻では久しぶりに弥助と千弥が主役になることになります。
 が、今回の二人はヤンデレ女妖の復讐(それも完全に八つ当たり)のターゲットという、非常にありがたくない役回り。しかも結構早い段階で弥助は敵の毒牙にかかってしまうのですが――実はここから本作は凄まじい形で盛り上がっていくことになります。

 弥助のことになると途端にメロメロになるものの、他者に対してはかなり冷淡な千弥が窮地に陥った時にとったのは――あまりにも意外かつ、エモさ満点の行動。
 冷静に考えればそれほどおかしな行動ではないのかもしれませんが、普段の彼からすれば、そして何よりも彼の来し方を考えれば、こ、ここでこう来るか! と、ある種の感動すら覚えます。

 そしてさらなる紅珠の卑劣な罠に追いつめられた千弥が選んだ道は――これもこれしかない選択ではあるものの、しかしシリーズ読者にとっては驚きと感慨なしには見られないものであります。
 未読の方のために詳細を書けないのが非常に歯がゆいのですが、ここで描かれるのは、本シリーズには比較的珍しい大バトルであり――そしてかつて本シリーズで最もエモかったあのエピソードの、リプライズとも言うべき物語なのであります。

 もちろん最後は収まるべきところに全ては収まるのですが――いやはや、ある意味本シリーズで一番ドキドキさせられた物語でありました。


 そして巻末に併録されているのは、本作の後日談ともいうべき短編。シリーズのサブレギュラーである付喪神と人間の仲人屋・十郎が主人公のエピソードであります。
 紅珠騒動の中で壊れてしまった付喪神を直すため、奉行所の武具師・あせびのもとを訪れ、彼女の手伝いをすることなった十郎。その作業の最中に彼が思いだしたのは、彼が人間であった時の記憶だったのですが……

 という本作で描かれるのは、紅珠とはまた別の形で実に暗くおぞましい人の心の存在。十郎が今に至るまでにひどく暗いものを見てきたことは以前にもほのめかされていましたが、本作を読めばなるほど――と思うほかありません。
 だからこそラストの十郎の姿には、笑顔で声援を送りたくなってしまうのですが――こうしてみると、シリーズが始まってから、人間(妖怪)関係もだいぶ動いてきたものだと感慨深くなります。

 少なくとも10巻までは刊行が決まっているという本シリーズ、その先に何があるのか――これまで同様、温かくも恐ろしく、深い闇と明るい光が共に存在する物語を期待したいと思います。


『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』(廣嶋玲子 創元推理文庫) 
弥助、命を狙われる (妖怪の子預かります8) (創元推理文庫)


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 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 7 妖怪奉行所の多忙な毎日』 少年たちが見た(妖怪の)大人の世界?

 森野きこり『妖怪の子預かります』第1巻 違和感皆無の漫画版

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