松尾清貴『南総里見八犬伝 2 犬士と非犬士』(その一) 八犬伝という理不尽な物語の中で
いま最も期待の「八犬伝」、松尾清貴によるリライト版『南総里見八犬伝』待望の第2巻であります。この巻で描かれるのは芳流閣の決闘から荒芽山での犬士集結までと、山場の連続ですが――しかしそれに留まらず、本作ならではの切り口で、物語に新たな命が吹き込まれることになります。
本朝伝奇小説のマスターピースである曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』。本作はその原典を細部まで忠実に踏まえつつ、同時に原典にない部分を違和感なく巧みに、作者ならではの視点で補うことで、新たな八犬伝を描くシリーズの第2巻であります。
伏姫と八房にまつわる奇譚を、そして犬塚信乃の少年時代と旅立ちを描いた第1巻に続き、本書の冒頭で描かれるのは、信乃vs犬飼現八という犬士同士の対決――芳流閣の決闘。激しい戦いの末に川に落ちた二人は、流された先の行徳で新たな犬士・犬田小文吾と出会うことになります。
奇縁に喜ぶまもなく病に倒れた信乃を救うため、その身を犠牲にする小文吾の妹・沼藺とその夫・山林房八。そしてその果てに信乃たちは伏姫に始まる因縁の存在と、房八の子である親兵衛もまた、犬士であると知ることになるのでした。
しかし大塚村に残してきた犬川荘助が、代官殺しの罪で獄に繋がれ、処刑されようとしているのを知り、牢場破りを決行する信乃・現八・小文吾。
さらに主家の仇である関東管領・扇谷定正を襲撃するも失敗し、追われる犬山道節を助けた犬士たちは、荒芽山で彼の乳母・音音やその子・力二と尺八らと出会うのですが……
と、本書の内容を簡単に紹介すれば、このようになります。いずれも原典前半の名場面とも言うべき場面の数々――次々と出会い厚誼を結んでいく犬士たち、悪人や奸物たちとの対決、犬士たちを助ける人々の活躍と、胸躍る展開が続くことになります。
……しかし、本書の副題は『犬士と非犬士』という、何とも意表を突いたもの。そしてそれに相応しく、本作は原作に忠実でありながらも独自の視点でもって展開していくことになります。
(以下、本書の内容にかなり踏み込むこととなりますが、古典リライトということでご容赦下さい。)
そう、ここでクローズアップされるのは、上で挙げた、八犬士たちを助け、それ以外の人々の存在。いかに運命の子とはいえ、犬士たちも人間、一人二人が揃っただけではその力には限界があります。そんな犬士たちを助け、時に命を投げ出す人々は、犬士たちの陰に確かに存在しています。
そしてそんな人々の中で、最も印象に残る一人は、本書に登場する、いや本書の表紙を飾っている山林房八ではないでしょうか。
小文吾の義弟でありながらも、市川と行徳という二つの町を背負って対立するライバルである房八。小文吾を遺恨から付け狙い、その末に自らの子である大八(親兵衛)や沼藺を手に掛けてまで小文吾に挑みかかるも、実は――という、実にドラマチックなキャラクターであります。が……
ここで個人的なお話となってしまい恐縮ですが――僕が「八犬伝」から受ける印象の中には、面白さや痛快さ、壮大さや精緻さと並んで、「理不尽さ」があります。
実のところ「八犬伝」の物語展開は、登場人物にとっては理不尽な災難としか言いようがないものが少なくない――というより、伏姫の悲劇をはじめ、八犬士一人一人の運命に至るまで、理不尽でないものの方が少ないようにすら感じられます。
正しく生きる人間が報われるわけではない――いやむしろ、その正しさが故に悪人たちに付け入られ、運命の悪意に翻弄される様が、「八犬伝」においては、幾度も描かれることになります。
それが主人公として最後には報われる八犬士たちであればまだいい。しかしその途中で、彼らを救うために命を落としてしまった者はどうか? 犬死にとは言わぬまでも、捨て石扱いなのではないか?
そしてそんな理不尽さを最も強く感じさせるのが、この房八の運命なのですが……
恐縮ですが、長くなりましたので次回に続きます。
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