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2019年8月

2019.08.31

さいとうちほ『輝夜伝』第3巻 自分の未来は自分から掴みに行く天女「たち」


 誰もが知るかぐや姫の物語を題材に、全く新しい物語を描き出してみせる『輝夜伝』第3巻であります。かぐや姫同様、常人離れした力をついに発揮した月詠。さらにかぐや姫を巡って現れた第三勢力によって、事態はいよいよ混迷の度合いを深めていくことになります。果たして天女が秘める謎とは……

 兄が命を落とした血の十五夜事件のなぞを追い、男装して滝口の武者となった月詠。やがて帝が思いを寄せる絶世の美女・かぐや姫付きとなった彼女は、姫を狙う上皇・治天の君一派との対決を余儀なくされます。
 そんなある晩、彼女が女だと知る同僚の大神に想いを打ち明けられ、唇を奪われる月詠。その時彼女の目に映ったのは、決して見てはならないと兄から禁じられていた満月でありました。

 そして月の光を浴びた月詠は、あたかも重力から解き放たれたかのように宙に浮かび上がり……


 という、何とも気になる場面から始まるこの巻の中心となるのは、いよいよ深まる天女の謎であります。
 あの夜空に輝く月から降りてきたと言われる天女。いうまでもなくかぐや姫はその天女であり――そしておそらくは月詠もまたその一人と思われますが――常人離れした成長速度を持ち、そして瞬間移動能力を持つ姫や宙に浮いた月詠など、彼女たちは超人的な力を持ちます。

 果たして彼女たちは一体何者なのか? そしてまた、帝をも凌ぐ権力者であり、不老不死とも噂される怪人・治天の君が、その天女を執拗に天女を手中に収めようとするのは何故か……
 月詠はおろか、かぐや姫すらわからぬその謎の一端が、この巻では思わぬ者たちの登場から明らかになることになります。

 それは比叡山延暦寺――僧兵の擁する山王の神輿を押し出して強訴を繰り返し、治天の君でも思いのままにはできぬ存在。そんな僧兵たちが、帝・治天の君に次ぐ第三勢力として登場したのであります。
(それにしても、ご丁寧に(?)こちらにも仮面キャラが……)

 はじめは治天の君に対して要求を押し通すために冷然院に押し掛けたものが、僧兵たちはそこにかぐや姫が訪れると知って彼女を拉致し、人質にせんと企むことになります。
 滝口・西面との大混戦の末、僧兵たちに奪われてしまった姫の牛車。しかしそこには月詠も乗っていたのであります。

 そして姫を逃がして自分は姫を偽ってただ一人その場に残り、比叡山に連れ去られた月詠。そこで彼女は、「過去の天女」の存在を知る者と出会うことに……


 本作の舞台背景(のモデル)となっているのは、おそらくは平安時代中期以降。それを考えれば、なるほど比叡山の僧兵たちの登場は意外に見えて、十分あり得るものと思えます。
 しかしその比叡山に天女を――しかも、かぐや姫や月詠よりも遙か前に地上に現れた天女を知る者がいたとは、これは事前に予想できる者はいないでしょう。しかもその天女とある人物との間に、浅からぬ関係があろうとは!

 比叡山で語られた事実でもって、一層謎が増えたかに思える物語。しかし少なくともここで、この人物に関する謎のいくつかには、答えの一端らしきものが見えてきたように思えるのですが……

 しかしそれでもまだ、月詠そしてかぐや姫にとって最大の謎は――天女とは何者なのか、そして自分たちはどうなってしまうのかという点は、どうやらその答えを知ると思われる仮面の西面の武者・梟が依然として沈黙を守る中、依然として謎のままであります。


 しかし本作のかぐや姫は、かぐや姫たちは、決して求めるものが自分のもとを訪れるまで、待っているだけの存在ではありません。
 自分たちの求めるものは、自分たちの未来は自分たちで掴む。そんな彼女たちの凛々しいに姿は、あるいはかぐや姫の物語を今この時に語り直す意味を示しているのではないか――そんなことすら感じさせる清々しさがあります。

 そしてそのために自分の過去と向き合う決意を固めた月詠とかぐや姫を待つものは何か? 過去の先にある彼女たちの未来に、幸多かれと願うばかりなのです。


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2019.08.30

柴田勝家『ヒト夜の永い夢』 南方熊楠と粘菌美少女人形、人間と世界の根本を語る


 博覧強記で知られた在野の博物学者・南方熊楠。昭和初期の混沌たる世相を背景に、様々な逸話を持つ彼と実在の登場人物たちが巻き込まれた、自動人形と粘菌コンピュータを巡る奇怪な騒動を描く一大伝奇SF小説――そして壮大な人間と夢と愛の真実を巡る物語であります。

 新天皇即位が間近に迫った昭和初年に、和歌山の田舎で暮らす熊楠を訪ねてきた一人の男。高野山で僧侶かつ大学教授として暮らすというその男は、かつて千里眼事件で学界を追われた超心理学者・福来友吉でありました。
 求められるまま、少年時代、一人の少女と共に迷い込んだ異界の物語を語り、意気投合した熊楠と福来。福来は、熊楠を自分たちの仲間――本流から外れながらも独自の研究を行う学者団体・昭和考幽学会に誘うのでした。

 そして学会の会合に初参加した熊楠は、そこで昭和天皇即位の記念事業を行うという学会の企てを知ることになります。そして様々な分野の専門家たちが意見を戦わせる中、その事業は、自動人形「天皇機関」を作り上げ、天皇に謁見させることに決まるのでした。
 天皇機関実現に向けて各人が検討を進める中、旧知の友人・孫文から手に入れたある設計図に、かつて知り合った青年・宮沢賢治から届けられた粘菌「賢者の石」を組み合わせることを思いついた熊楠。

 その組み合わせは、粘菌による自律制御を可能とする粘菌コンピュータを生み出し、そこに自殺した千里眼少女劇団員の肉体から作られた人形を組み合わせることにより、「天皇機関」はついに完成するのでした。
 しかし完成早々にひとりでに動き出し、教えていないことばかりか未来予測まで語り出した天皇機関。その計算外の能力に不安を覚えつつも、熊楠らは、昭和天皇のお召し列車に、天皇機関と共に乗り込むことになります。

 そしてついに決行される計画。しかしそこで思いも寄らぬ事態が発生して……


 ここまでが全体の約半分、第一部の物語ですが――こうして要約しただけでも、実にとてつもない物語としか言いようがありません。
 確かに熊楠といえば粘菌、ではありますし、そしてその粘菌について熊楠が昭和天皇にご進講する栄誉を得たのも史実ですが――それがパンチカード式コンピュータと粘菌から誕生した自分の意思を持った美少女人形を生み出すとは誰が思うでしょうか。

 そして驚くべきは、熊楠以外の登場人物も、ほとんど全てが実在であることでしょう。上に名前を挙げた面々のほかにも、日本初のロボット工学博士や、探偵小説の鬼の幻影城主、劇的な最期を遂げたあの文学者の祖母など、よくぞここまで――という異形のオールスターキャストなのです。
 さらに物語の後半で熊楠たちと全面的に対決することになる宿敵も意外かつ納得の人選であります。

 しかしこの面子がただ登場するだけではありません。熊楠をはじめ、登場人物の大半はおっさん、しかも時代背景も背負っているものも決して軽くはないのですが――とにかくパワフル。年も立場も関係なく、自分たちの目的・理想のために猪突猛進する姿は、もう痛快と言うほかありません。
 そしてそんな面々が物語の後半で繰り広げる天皇機関を巡る攻防戦が、やがて「彼」が昭和11年の雪の帝都で引き起こしたあの事件を背景として、自動人形同士の宿命的な激突になだれ込んでいくのですから、盛り上がらないはずがないのであります。


 しかし本作の真に恐るべきは、こうしたエキセントリックな伝奇エンターテイメントを描く一方で、極めて繊細でロマンチックな物語をも同時に描いてみせることでしょう。
 そう、物語の中で人間と人間が、そして人間と人間ならざる天皇機関が対峙し、その間で語られるもの――それは人間の存在の意味であり、その人間が生きる宇宙のあり方であり、そしてその間に働く偉大なる力の何たるかなのですから。

 史実を背景に、実在の人物たちを多数配置した物語において、人間の知性の結晶というべき熊楠と、彼らが生んだ一種の超人というべき天皇機関――粘菌との対話を通じて、これらを描いてみせる。
 それはある意味、物語全体を貫く舞台・レヴュウめいた非日常的空気があるからこそ成立するものかもしれませんが――その現実と虚構、実在と非在、人間と超人を通じて、この世を貫く根本ともいうべきものに丸っと答えを提示してみせる様には、これはもう「ああ、SFを読んだなあ……」と嬉しくなってしまうのであります。

 よく出来た時代伝奇として、優れたSFとして、そして何より痛快な人間群像劇として――その全てがハイレベルで融合した奇書、いや快作であります。


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2019.08.29

忠見周『竜侍』第1巻 正真正銘!? 紅蓮の竜、時代劇世界を往く


 同日に『幕末イグニッション』第1巻も発売された忠見周もう一つの時代活劇は、恐るべき腕前を持つ謎の侍の物語であります。各地を放浪しては、涙に暮れる人々を助けて悪を斬る、その名は「紅蓮の竜」――果たしてその驚くべき正体とは!?

 時はおそらく江戸時代――各地で噂が流れる謎の剣士がおりました。長大な一本差しと真紅の襟巻きを目印に、その風貌ととてつもない強さから、ついたあだ名が「紅蓮の竜」であります。

 今日も、凶悪な盗賊団に両親と店の者たちを殺された姉弟が、仇を討とうとするも返り討ちに遭おうとしている場に、三度笠の旅姿で飄然と現れた紅蓮の竜。
 絡んできた三下たちをあっさりと叩きのめしたものの、盗賊の頭領の卑怯な手段に三度笠を吹き飛ばされたその下から現れた顔は……

 竜、というより恐竜。
 そう、噂は正鵠を射ていたと言うべきか――紅蓮の竜の素顔は、爬虫類の瞳に耳(?)まで裂けた巨大な口、トサカのような羽毛と強靱な尻尾――彼は侍の格好をした二足歩行の竜、まさしく竜侍だったのであります!


 というわけで、譬えではなく本当にタイトルどおりに(恐)竜が侍という、直球ど真ん中の作品だった本作。
 恐竜が出てくる時代ものというのは実は絶無ではないのですが(それはそれで凄い事実ですが)、しかしここまでストレートな主人公というのは、さすがに見たことはないように思います。

 しかしこれはインパクトが絶大であるだけに、一歩間違えれば一発ネタで終わりかねない危険性があります。
 ……が、本作は短編連作。この第1巻には、上に述べた第1話を含め、全7話が収録されています。

 壁蝨のような父親につきまとわれる町娘の恋を助ける竜侍。不老不死をもたらすという竜の心臓を狙うくノ一を迎え撃つ竜侍。盗賊団に雇われた凄腕の浪人剣客と対決する竜侍。悪人に狙われる剣術道場を守る娘と門弟を助ける竜侍。同心だった父のようになろうとする少年に謎を探られる竜侍。同門の仲間とともに再び襲い来るくノ一と対決する竜侍……

 と書くとヒーローじみていますが、実際には何を考えているのか全くわからず、ただ好物の団子のために行動していたら、その過程で何となく人助けをしたり、悪人を成敗してしまう竜侍。
 しかしそんな本作の基本構造が、実に時代ものにありそうなものばかりの各話のシチュエーションと組み合わさるとき、絶妙の味わいが生まれます。

 時代ものの定番の中に、とんでもない異物(そう、竜侍はこの世界においてもあくまでもあり得べからざる存在なのであります)を放り込んだらどうなるか――本作はそれを丹念に、真っ正直に描いてみせた、何ともユニークな物語なのであります。


 果たしてこの先、本作はこのような形で竜侍が定番を粉砕していく姿を描くのか、はたまた新たな竜侍自身の物語が描かれることになるのか――それは全くわかりませんが、その向かう先を見届けたくなる作品であることは間違いありません。


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2019.08.28

『鬼滅の刃』 第二十一話「隊律違反」

 己の過去を思い出し、自分に殺されながらもなおその身を案じてくれた父母に詫びながら消滅する累。その直後、禰豆子を敵と見たしのぶが炭治郎たちを襲撃するも、隊律違反を犯しながらも義勇はしのぶを抑え、禰豆子を連れて逃げるよう炭治郎に促すのだった。しかし炭治郎の前には新たな影が……

 義勇の一撃によって今度こそ首を落とされ、後は朽ちるばかりとなった累。しかしその身は執念で炭治郎と禰豆子に迫ります。と、そこで累がようやく思い出したのは、人間であった頃の、鬼になったばかりの自分の過去――生まれつき体が弱く、外で走り回ることもできなかった累(アニメオリジナルで描かれる、雪の日に外に出て戸惑う顔が、もの凄く原作者が描くところの美少年顔でちょっとびっくり)。そこに現れた無惨によって鬼となり、健康な(?)体を手に入れた累ですが、しかし他者を平然と殺す姿を、両親が歓迎するはずもありません。
 そしてついに父親が自分を殺そうとしたのに怒り、両親を手にかけた累。しかし父親が息子の罪を償うために自分も死ぬ覚悟だったこと、そして母親が健康に産んであげられなかったことを息絶えるまで詫びていたことを知った累は、自分自身で家族との絆を断ち切ってしまったことを知るのでした。

 鬼としての力が増していくのと裏腹に、壊れていく累の心。偽りの家族を作ってはみたものの、誰も自分を守ってはくれず、空しさは募るばかり――そんな自分自身の悲しみを、炭治郎と禰豆子の姿にようやく思い出した累は、共に地獄にも落ちようと現れた父母の姿に涙ながらに詫びながら(それまで「俺」だったのが、ここで「僕」になるのが圧巻!)散るのでした。
 そんな累の心の内までは知れずとも、圧倒的な悲しみの匂いを感じ取った炭治郎。そんな彼に鬼は人喰いの化物に過ぎないと諭し、残された着物を無造作に踏みつける義勇ですが――炭治郎は鬼を討つ決意を語りつつも、同時に、かつて自分と同じ人であった鬼を虚しく悲しい生き物であると語り、その死を悼むと強く告げるのでした。

 ここで初めて炭治郎が禰豆子を連れていることに気付いた(と思うのですが、この人のことだから、単純に自分の話している相手が炭治郎だとようやく気付いた可能性があるのが怖い)義勇。しかしそこに突如割って入ったのは胡蝶しのぶであります。彼女にとっては、ボーッとしている義勇を鬼から守ったつもりなのかもしれませんが、しかしもちろんここで自分も妹キャラのくせに人の妹は平気で殺そうとする猟奇鬼体実験女に禰豆子を委ねるわけにはいきません。(ここでしのぶが見せた刀に「悪鬼」の文字がやたら目立っていたのが笑う)義勇は隊律違反を承知でしのぶを(文字通り)押さえながら、炭治郎に禰豆子を連れて逃げるよう促すのでした。
 と、ここできちんと話せばわかりそうなものを、義勇が事情を聞かれて困惑顔を見せたりするんですから、しのぶの「みんなに嫌われる」発言も説得力があるわけで……

 そんなコミュ障同士の激突を後目に、当て所なく禰豆子を抱えて必死に逃げる炭治郎。しかしその時、上空から降ってきた影が――しのぶによく似た蝶の髪飾りをつけたその姿は、かつて最終選抜の場にいた少女のものであります。そして華麗な動きで彼を圧倒した少女は、そのまま禰豆子に斬りかかる――というところで炭治郎にマントを捕まれて不発だったものの、そのまま炭治郎の頭に踵落としを叩き込み、炭治郎は顎を地面に強打、意識を失うのでした。
 そして禰豆子を追いかける少女ですが、禰豆子は危ういところを幼女モードに縮んで回避。見ようによっては何だか楽しそうな鬼ごっこ状態であります。この場合、追われるのが鬼で、捕まったらバッサリなのですが。

 そして相変わらずがっちり決めたフロントフェースロックを外さない義勇と、そんな彼に踵に仕込んだ刃(まず間違いなく毒塗ってある)で襲いかかろうとするしのぶという、どうしようもない状況に割って入ったのは、異常に豪華な二羽の鎹烏の伝令。
 炭治郎と禰豆子を捕らえて本部に連行せよというその言葉に、ひとまずは一命取り留めた二人ですが、次に炭治郎が目覚めた時に目の前にいたのは、しのぶを含めて異常に個性的なビジュアルの六人の男女で……


 これまでも作中で幾度も描かれてきた鬼という存在が背負った哀しみを、これ以上なく体現してみせた累の最期。それに対する炭治郎の言葉も含めて、このアニメ版のおそらくラストバトルを締めくくるのに相応しい結末といえるでしょう。
 が、その後に義勇としのぶ、というより義勇の珍妙なリアクションが描かれたおかげで、何だか微妙な空気になったのも事実。この辺り原作では、累の最期までが第5巻、しのぶと義勇の激突から第6巻と、くっきり分かれていたからよかったのですが……

 何はともあれ、次回はいよいよ柱たちが登場――声優陣が大いに気になるところです。


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 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」
 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」
 『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」
 『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」
 『鬼滅の刃』 第十九話「ヒノカミ」
 『鬼滅の刃』 第二十話「寄せ集めの家族」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?


関連サイト
 公式サイト

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2019.08.27

さいとうちほ『VSルパン』第4巻 水晶の栓と赤い絹のスカーフ 長短二編の名作


 怪盗紳士アルセーヌ・ルパンの活躍を、少女漫画としてロマンスの香り高く描く『VSルパン』待望の第4巻であります。この巻に収録されているのは、『水晶の栓』と『赤い絹のスカーフ』――長編と短編と趣向は違えど、いずれも人気の作品を、本作はどのように漫画化したのでしょうか……?

 『カリオストロ伯爵夫人』を巡る冒険の果てに、愛するクラリスを病で失い、そして二人の間に生まれた息子ジャンを夫人に奪われたルパン。
 その心の穴を埋めるために盗賊稼業に精を出す彼は、悪徳代議士ドーブレックの別荘に押し入るのですが――そこで部下のジルベールらがトラブルを起こした末、捕らえられてしまうのでした。

 死刑宣告が下されたジルベールを救うため、彼が暴走するきっかけとなった思しき、別荘にあった水晶ガラスの水差しの栓を手にするルパン。しかしその水晶の栓は謎の女性に奪われ、ルパンはそれがジルベールの母・クラリスであることを知ります。
 ドーブレックによって疑獄事件に関係したとして自殺に追い込まれた夫の仇を取ろうとしていたクラリス。そして水晶の栓とは、ドーブレックが持つ、事件の関係者たちの名が記されたリストの隠し場所だったのです。

 ルパンはジルベールを救い出すためにドーブレックと対決し、本物の水晶の栓を、リストを見つけ出すことを決意するのですが……


 ルパンシリーズの長編作品の中では、冒険もの・伝奇もの的味わいは薄い『水晶の栓』(「古塔の地下牢」のくだりはそれっぽいところではありますが)。その代わりといってはなんですが、本作はサスペンス色の強い――そして言うまでもなくミステリ色の強い物語であります。そしてロマンスもまた。

 現実にフランス政財界を騒がしたパナマ運河疑獄事件を背景に、その秘密が隠された「水晶の栓」を巡り、ルパンと奸悪極まりない悪党が丁々発止の戦いを繰り広げる――いやむしろ、ルパンの方が幾度も出し抜かれ、窮地に追い詰められる本作。
 しかもそこに部下の死刑執行というタイムリミットまでが加わるのですから、否が応でも盛り上がるのであります。

 そしてその悪役・ドーブレックの、代議士の顔の陰で数々の悪事を働き、件のリストで弱みを握った相手を強請り苦しめるというキャラクターは、実に厭らしく憎々しい、そして生々しい悪人像として印象に残ります。
 それに加えて(?)小肥りに長髪、その下の目を隠した二重眼鏡と、何ともいえないビジュアルのこの男が、かつて振られたクラリス未亡人を追い詰め、心身ともに屈服させようとする辺りは、ロマンスものの敵役にまことに相応しいと言えるでしょう。

 そしてこのロマンスものという側面で光るのは、本作のヒロインの名もまた、クラリスという点であります。
 もちろんこれは偶然の一致に過ぎませんが、しかし愛妻クラリスと息子を失ったルパンが、同じ名の女性とその息子を守るため、ドーブレックに戦いを挑む――というのは、一種の騎士道精神が感じられるではありませんか。

 もっとも、その点については、ある意味ラストで裏切られるのですが、これはこれでリアルさがあるというか、ルパンってこんな男だったなあというか……


 そして短編『赤い絹のスカーフ』は、切れ味のよい短編ミステリとして評価の高い一作。
 ルパンの宿敵・ガニマール警部が不審な行動を取る男たちを尾行してみれば、その先に待っていたのはルパン! という意表をついた冒頭から、川に投げ込まれかけたいくつかの品物からルパンが鮮やかに殺人事件の模様と犯人像を推理し、その情報をもとにガニマールが犯人を追いかけることになって――というユニークな展開の一編です。

 ルパンの一種安楽椅子探偵めいた推理の面白さもさることながら、果たしてその推理が当たっているのか、何よりも何故ガニマールに手を貸すのか……
 大いに興味を引かれてみれば、ラストに待ち受けているのは、何ともルパンらしい人を食った、しかし見事な企みが待ち受けていて、特に人気が高いというのも納得であります。

 この漫画版においては、このストーリーを丹念に描きつつも、ガニマールを手玉に取り、いたぶりまくるルパンの俺様ぶりが強烈――『水晶の栓』での溜飲を下げるような俺様っぷり――の一言で、しかしそれが嫌みなく決まるのも、この『VSルパン』で描かれてきたルパン像あってのものと言うべきでしょうか。


 さて、続く第5巻では、『緑の目の令嬢』が漫画化されるとのこと。これまたロマンス度の高い原作だけに、今から楽しみなのです。


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2019.08.26

瀬川貴次『百鬼一歌 菊と怨霊』 最強の怨霊と、時代に悩む老人・大人・若者・子供


 鎌倉時代の京を舞台に、文弱の和歌マニア青年・希家と、源頼政の孫娘の体育会系少女・陽羽が、宮中を騒がす奇怪な事件に挑む『百鬼一歌』シリーズの第三弾であります。今回登場するのは、あの後白河法皇――この世に怖いものなしの実力者を震え上がらせる怨霊の正体とは……

 中宮の名代として後白河法皇に縁起物の菊酒を献上することとなった陽羽たち。しかしそこで先輩女房の桂木が法皇に見初められ、一晩語らいたいと言い出すのでした。
 しかしこれは大問題――というのも桂木は見かけも心も女ながら性別は男だったのですから。中宮のもとを取り仕切る女房の讃岐は、もう法皇も老齢だからと桂木を送り出してしまうのでした。

 しかしその晩、法皇と桂木が語らっていた最中の仙洞御所に雷が直撃。さらに雨に打たれて倒れた軒端の荻を見て、法皇は震え上がってしまうのでした。
というのも荻はかつて崇徳上皇が歌に詠んだ草――これはかつて皇位を巡って争い、怨みを飲んで亡くなった崇徳上皇の怨霊の仕業だと、法皇は思いこんでしまったのです。

 それでも数日後に再び桂木を召し出した法皇は、夜具の下に鶉の羽根が落ちているのを発見。鶉もまた、崇徳上皇が歌に詠んだもの――ということで、宮中は祟りの噂で持ちきりとなってしまいます。
 さらに、帝と中宮がおわす清涼殿で雑色女の死体が見つかったのですが――そこには菰と柳の枝が置かれいたではありませんか。

 もちろんこれもまた、崇徳上皇の歌にまつつわるもの――最初は他人事であった希家ですが、中宮の実家の家司である彼にとっては、この騒動で中宮への帝の寵愛が薄れては大問題であります。
 例によって陽羽に引っ張り出されたこともあり、出家した兄の寂漣ともども、事件に巻き込まれていく希家ですが……


 というわけで、今回も思わぬことから、この世のものとは思えぬ怪異に巻き込まれてしまった希家と陽羽。半分自分から怪異に突撃していく陽羽と、巻き添えを食らう希家というのはいつも通りですが――しかし事が和歌のモチーフにまつわる見立てだけあって、今回は希家も専門分野を活かすことになります。
 そんなコンビの活躍(?)に、シリーズ第一作以来でヒロイン役を務める複雑な立場の佳人・桂木、希家の自慢のお兄ちゃんながら実は深い闇を背負った寂漣、頼もしくもおっかない讃岐といった個性豊かな面々が絡むのですから、面白くならないはずがありません。

 お得意のスラップスティック風味は抑えめですが(それでも、希家が見立てに気付いて騒いだおかげで、騒動がさらに大きくなるくだりなど実に楽しい)、しかし作者一流の雅で、しかしおかしくも恐ろしく、そしてもの悲しい物語は、本作でも健在であります。

 そして本シリーズの特徴である史実とのリンクとしては、後白河法皇が登場するのがやはり興味深いところであります。
 平安末期から鎌倉初期の歴史を大きく動かした逸話には事欠かない人物ですが、本作にでは少々意外な姿を見せてくれるのも興味深い。さらにそんなお方を脅かすのが、日本最強の怨霊となった方なのですから、騒動も、物語も、大きく盛り上がろうというものです。


 しかし、キャラクターや物語そのものの面白さもさることながら、本作において強く印象に残るのは、老人・大人・若者・子供という様々な世代の人間たちが、それぞれの立場から過去と現在、そして未来に向き合っていく姿であります。
 かつて愛した人の面影を追い求め、過去の罪の記憶に苛まれる老人。運命に流されるままに、抜け出せない深みにはまっていく大人。大人と子供の間で、後には戻れず先に進むには不安だらけの若者。先しか見ていないが故に、恐ろしく危なっかしい子供……

 ここで述べたのがそれぞれ誰を指すかは言うまでもありませんが、一人一人が自分自身の形でもがきながら、過去に折り合いをつけ、現在と向き合い、未来に進んでいく姿は、舞台となる貴族の世から武士の世という大きすぎる時代の移り変わりと重なり合って、より一層感動的に感じられます。
 そして同時に、そんな彼らの姿は、現代の我々から見ても、どこか身近に思えるものではないでしょうか。


 物語の面白さ、キャラクターの魅力はそのままに、史実と絡めることでさらに深みと感動を増してみせた本作。

 ただ一つ、この結末ではまるで――という点のみ、不満というか不安が残るのですが、それはいずれわかることでしょう。今はただ、この物語の余韻を楽しみたいと思います。


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百鬼一歌 菊と怨霊 (講談社タイガ)

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2019.08.25

八房龍之助『宵闇眩燈草紙』壱・弐 三人のワケありの目に映った怪奇・伝奇・猟奇


 大正時代頃の日本――を思わせる世界を舞台に、もぐり医者・仙術使いの荒事師・正体不明の古道具屋というワケありの三人の男女を中心に展開するオカルトホラーアクション漫画であります。何でもありの奇妙で悪趣味な世界で繰り広げられる奇譚の数々とは……

 血を見るのが苦手で医学を諦め、父の残した家に暮らしながら、今はワケありの患者専門の幇間医者として口を糊する木下京太郎。
 その京太郎の家に居候している隻眼黒ずくめの男――東西の黒社会で(様々な名で)悪名を轟かす仙術と忍術の使い手・長谷川虎蔵。
 二人の知人で古道具屋「眩桃館」を営む年齢不詳の女主人、常に謎めいた笑みを浮かべる眼鏡に黒髪の妖艶な美女・麻倉美津里。

 いずれもまともな渡世ではない、程度の差こそあれ渡世の裏街道を行く連中ですが――本作はこの三人が巻き込まれた、あるいは引き起こした奇怪な事件や騒動を描くシリーズであります。

 その内容は中短編からスケールの大きな長編まで様々ですが、今回ご紹介する第1巻・第2巻はいわば連作短編集。おそらくは大正時代を舞台として、その怪しげな空気漂う世界を舞台とした奇譚集であります。
 そしてその内容も、中心となる三人が生まれも育ちも稼業も性格も全く異なる面々だけに、実に多岐にわたることになります。

 鏡と薄幸の少女にまつわる骨董奇譚が語られたかと思えば、日本に進出してきた中国マフィアの用心棒とのド派手な仙術合戦が繰り広げられ、ヤクザや怪人に追われる謎めいた金髪碧眼唖の少女を連れての逃避行が描かれた次には、牡丹燈籠写しの幽霊話が。
 京太郎の父の遺産にまつわる淫靡な怪異譚の次には、面作りと遊女の怨念にまつわるおぞましい猟奇譚が展開し、突然どこかで見たような地下迷宮を探検した次には、人形作りの美女につきまとう謎の怪人との対決が……

 いやはや、古今東西の怪奇・伝奇・猟奇、様々な題材と趣向を作者の気の向くままに放り込み、魔女の大釜で煮込んだかのような物語は、その題材とはある意味裏腹にあっけらかんとパワフルに展開し――そのギャップが本作の魅力の一つともなっているのであります。

 そしてまた本作をさらにユニークな作品としているのは、基本的に三人組に主人公としての自覚が皆無である点でしょう。
 何の特殊能力も持たない小心翼々たる一般人の京太郎、極め付きのものぐさの上にどう考えても悪魔の側の美津里はもちろんのこと、能力的には最もヒーロー的な虎太郎も、善悪の価値観には全く無頓着な裏社会の男なのですから。

 なるほど、無頼――というよりむしろ外道というべき連中が事件・騒動と出会ったとしても、素直に解決のために尽力するはずがありません(というよりも酷いときには彼らが原因となったりすることもあって……)。
 そんな本作は、主人公というよりも狂言回し、あるいは傍観者といったといった彼らの目に映った物語というべきでしょうか。クセは強烈なのですが、その味が好きな人にはたまらない作品であります。


 ただ、第2巻に収録されたあるエピソードだけは、これは本当に悪趣味――というよりも拒否反応を示す人は多いだろうな、という印象があります。
 そしてよりによってそれをやらかしたのが美津里や虎蔵ではなく、京太郎という点もインパクトが大きいところであります。
(この辺り、この先のエピソードで描かれる京太郎の一般人ゆえの懊悩を考えてもどうなのかな――という気もしますが、あれは倫理観の問題ではなく力の有無の問題なので矛盾していないとも言えますが……)

 もともとこういうお話、といえばその通りなのですが、この点だけは覚悟して手に取った方がよいかと思います。


 何はともあれ、第3巻以降には、これまでのような短編のみならず、大仕掛けな伝奇長編も描かれる本作。そちらもおいおい紹介していきたいと思います。


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2019.08.24

川原正敏『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第18巻 陸奥狛彦再び! 激突、本多忠勝!


 本編が完結(?)したこともあり、あるいはもう読むことができないのか――と思っていた『修羅の刻』久々の登場であります。様々な時と場所を舞台に描かれてきた本作ですが、今回は「陸奥狛彦の章 東国無双編」。かつて「織田信長編」で活躍した陸奥が、あの最強の戦国武将・本多忠勝に挑むことに……

 千年不敗を誇る古武術・陸奥圓明流――現代に至るまで、歴史の陰で活躍してきたその時代の伝承者を描く連作『修羅の刻』。
 これまで平安時代から昭和に至るまでを舞台としてきた本作ですが、今回の舞台となるのは戦国時代――と、ここでシリーズのファンであればすぐに気付くかと思いますが、実は戦国時代は本作では(宮本武蔵の章は除くとして)二度目。本作はその戦国時代を舞台とした「織田信長編」の続編と言うべき物語なのです。

 本能寺の炎に織田信長が消えて二年――天下人の座を巡り小牧・長久手の戦いで秀吉と家康が激突する中、主君の窮地を救うため、わずか五百騎で数万の秀吉軍の前に立ち塞がった本多忠勝。
 秀吉曰く「花実兼備の張飛」――すなわち花も実もある真の勇士、日本の張飛とも称された忠勝は、名槍・蜻蛉切を手にしたその気迫で、単身秀吉軍を押しとどめるのでした。

 しかしその忠勝に、単身、しかも無手で近づく男が――それこそは、かつて信長と行動を共にし、やがて袂を分かった当代の陸奥袁明流伝承者・陸奥狛彦であります。
 ただ強い兵とやりたいだけの鬼を自称する狛彦にとって、忠勝は己が挑むに値する相手。そして忠勝にとっても、狛彦は無視できぬ相手――かくて、生涯無傷の猛将と、千年不敗の修羅が激突することに……


 と、戦国が二度目の舞台となることも意外であれば、その相手も意外であった本作。というのもこれまで同じ時代が再び舞台となることは基本的になく、そしてその時代の陸奥のライバルとなるのも、基本的には個対個の武術を用いる相手だったのですから。
 そのために戦国武将、すなわち兵を統率し、集団対集団の場で活躍する将である忠勝というのは意外に感じたのですが――しかし、こと強さという点では、なるほど納得の人選ではあります。

 本作はその忠勝の生涯を、三方ヶ原の戦いから小牧・長久手の戦い、そして関ヶ原の戦いといった歴史に名高い合戦を舞台に活写。その姿は、格闘と合戦、両方の戦いの描写を自家薬籠中の物とする作者だけに、納得の一言であります。
 特に蜻蛉切について、槍の穂先に留まっただけの蜻蛉が二つに切れたという逸話を、実に本作らしいさらりと、しかし凄みのあるアレンジで再話してみせたのが面白い。力の将というイメージで、比較的触れられてこなかった印象のある忠勝の「業」を、このような形で描いてみせたのに痺れます。


 が――忠勝の描写については満足できるものの、本作は『修羅の刻』としてはいささか食い足りないものが残るというのが正直なところであります。

 これはもう、単行本わずか一巻で、忠勝の生涯を――そしてそれにまつわる歴史の流れを語り、その上で狛彦との再三にわたる戦いを描くには分量的に苦しいものがあった、というほかありません。
 実に本作で描かれるのは約40年間の歳月――もちろんその間が全て描かれているわけではないとはいえ、それを語るにはかなり駆け足にならざるを得ないのですから。

 そして既に「織田信長編」でその人となりは描かれてきたとはいえ、狛彦の出番が相当に少なく、忠勝の敵役という位置づけに留まっている――もっとも、これまでのシリーズでも陸奥のそういう位置づけは少なくなかったのですが――印象があります。
 もちろん、それを見越しての狛彦の再登板だったのかな、という気がしないでもありませんが……

(ちなみに本作のラストの対決が行われた年は、シリーズ第1作「陸奥八雲の章 宮本武蔵編」の第1話と同年。息子が主役を張っていたのと同時に父親も戦っていたのですから、狛彦頑張ったなあ、という気もいたします)


 さて、そんな本作は、実は東西で対になる内容。次の巻では狛彦の双子の兄であり、史上最初の不破圓明流の遣い手・不破虎彦が、西国無双・立花宗茂と対決することになります。

 果たしてそちらではどのような戦いが描かれることとなるのか。忠勝よりも遙かに後まで生きた宗茂だけに、本作のような展開は難しいと思いますが――色々と申し上げつつも、ファンとしてはやはり非常に気になってしまうのです。


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2019.08.23

及川七生『月夜烏草紙』第1巻 進歩した女性と変わらぬ妖怪が生み出す物語


 明治維新から30数年、明治の世に生まれた女学生と、長き時を生きる二人組の妖怪を通じて、時の流れと人の情念を描く連作漫画であります。急速に時代が移り変わっていく中、変わらぬもの、変わっていくものとは……

 名門士族の家に生まれ、女学校に通う勝ち気な少女・千鶴。ある晩、芝居見物の帰りに昨今世を騒がす辻斬りと出くわしてしまった彼女は、危ういところで難を逃れることになります。
 しかしそれをきっかけに、彼女が子供時代に亡くなった祖母のことが気になりだした千鶴。そんな彼女の前に現れたのは、二人組の妖怪・紫紅と若葉――彼らとの出会い、そして再び辻斬りと遭遇したことで、千鶴は封印していた記憶と向き合うことに……

 新しい時代に生きる、進歩的でしっかりとした自我を持った女学生。人間とは異なる(物騒な)メンタリティを持ちながらも、人間に興味津々の妖怪。どちらも明治もの、妖怪ものでは鉄板のキャラクター類型ですが、この両者が組み合わさった作品は、存外少ないように思います。

 本作はその数少ない一つ――千鶴と皮肉な美男の紫紅、少女人形のような若葉のトリオを主人公とした物語であります。
 明治生まれの明治育ち、新しい時代の象徴ともいえる千鶴と、文明開化の世では時代遅れの妖怪と言われかねない紫紅と若葉と――住む世界も過ごしてきた時間も異なる両者の微妙なすれ違いから生まれるものが、本作の原動力といえるでしょう。

 そして上に述べた第1話をはじめ、そんな彼女たちが出会うのは、いずれも江戸から明治という時代の移り変わりの中でドロップアウトした末に、己の内に生まれた黒い情念に飲み込まれかけた人々。
 武士としての自分を捨てられぬ辻斬り、意に染まぬ結婚を強いられる女学生、彰義隊に加わった夫を上野戦争で亡くした女性、身分違いの結婚をきっかけに夫と溝が生まれた婦人――いずれもこの時代ならではの、そしてどこか我々の時代に通じるものを抱えた人々であります。

 そんな人々を前に、進歩した女性である千鶴が、変わらぬ妖怪である紫紅と若葉が何を思うか? 時に優しく、そして時に(結構な割合で)残酷な物語が、そこに描かれることになります。


 それにしても面白い――と言ってよいかはわかりませんが――のは、紫紅と若葉たちが基本的にかなり容赦がない点でしょう。
 今は人の精気を吸う程度であるものの(見かけは美男の紫紅は、その点相手に困らない、というのが面白い)、元来は人を好んで喰らう二人。そんな二人は、時と場合が許せば文字通り人間に牙を剥く存在である、というのはこれは定番かもしれませんが――しかしそれをごまかさず、真っ正面から描くのにはある意味好感が持てます。

 未読の方のためにあまり核心には触れられませんが、第1話は、まさにそんな彼らの容赦のなさと、人間の中に存在する、人間を人間ならざるものに変えかねない黒い部分――そしてそれは千鶴も全く例外ではなく持つものであることを明確に示すのも印象に残ります――が絡みあって、冷静に考えればかなり思い切った物語となっているのが、印象に残ります。


 この第1巻が刊行された時点では、タイトルにナンバリングがなされていない本作。このことから察せられるように、第1巻のラストの時点で、それなりに内容はまとまっており、物語には一つの区切りがついているとも言えます。
 とはいえ本作は全6巻構成。この先の物語で、ここで描かれた人間と人間の、人間と妖怪の関係性がどのように変わっていくのか、そして人間は時代の流れとどのように向き合っていくのか――やはり気になるところであります。

 またいずれ、続巻もご紹介したいと思います。


『月夜烏草紙』第1巻(及川七生 白泉社花とゆめコミックス) Amazon
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8月23日のKindle化された時代(伝奇)漫画

 ちょっとびっくりするくらい8月23日はKindleで電書化される/電書版が発売になる時代(伝奇)漫画が多いので、備忘録代わりにまとめておきます。
 いや、見ていただければわかりますが本当に多いのですよ。


大江戸恐龍伝 上 (ビッグコミックススペシャル)
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大江戸恐龍伝 下 (ビッグコミックススペシャル)
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鬼切丸伝 (9)
鬼切丸伝 (9)
posted with amazlet at 19.08.22
リイド社 (2019-08-23)


輝夜伝(3) (フラワーコミックスα)
小学館 (2019-08-23)
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VSルパン(4) (フラワーコミックス)
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幕末イグニッション(1) (コミックDAYSコミックス)
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蘭と葵 7 (マーガレットコミックスDIGITAL)
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竜侍(1) (ソノラマ+コミックス)
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2019.08.22

モーリス・ルブラン『三十棺桶島』(その二) ルパンが暴く過去の伝説の正体・現在の戦争の狂気


 ルブランのアルセーヌ・ルパンもの屈指の異色作『三十棺桶島』の紹介の後半であります。奇怪な伝説と予言が残された孤島で繰り広げられる謎と怪奇の数々に翻弄される本作の主人公・ベロニック。彼女の苦境に対してルパンその人は……

 といえば、これは実が終盤になってようやく登場することになります。
 颯爽とベロニックを助け、快刀乱麻を断つが如く怪奇の謎を解き明かす――とはストレートにはいかず、こんな物語でも過剰に芝居っけと饒舌さを見せてくれるのには思わず苦笑ですが、それはそれで実にルパンらしいというべきでしょう。
(ちなみに本作のルパンは、変名のドン・ルイス・ペレンナを名乗っているのですが、本人を含めて誰一人ルパンであることを疑っていないのも楽しい)

 そして本作においては、このルパンの登場を境に、物語のムードが大きく転換することになります。
 これまでほとんど超常現象のようにすら思えた事件の数々と、そして古怪な予言の謎が描かれていた物語が、ルパンを探偵役にすることによって、一気に科学的合理性の光に晒されることになるのであります。

 科学的――そう、本作のユニークな点の一つは、物語の根本に位置する謎の一つが、科学的に説明されることにあります。
 もちろんそれは当時なりの「科学的」であり、現代人の我々であれば(作中でルパン自身が述べているように)すぐに気付いてしまうようなものではあるのですが――しかし本作のような怪奇ムード濃厚な作品でこのような形の謎解きが用意されているというギャップは、これはアイディアマンのルブランならではのものでしょう。

 そしてそれと同時に、その「科学的」な存在の裏付けに、三十棺桶島の成立に関わる伝奇的な――歴史ロマンというべき秘話を用意しているという、いわば二重のギャップも面白い。
 これは(興を削ぐ言い方で恐縮ですが)後付けではあるものの、『カリオストロ伯爵夫人』で言及される、かのカリオストロ伯爵が追い求めていたと言われる四つの謎の一つが、本作で描かれているというのも、また嬉しいところであります。


 そしてもう一つ――本作で強く印象に残るのは、この古代から繋がる謎と怪奇の物語に対し、第一次大戦という「いま」の戦争の存在が色濃く影を落としている点であります。

 本作の冒頭から引用しましょう。「これからお話しようとするような、戦争の外で生じた様々な出来事も、戦争という大きなドラマのおかげで、なにか異常な、筋のとおらない、奇跡的なものに思えてくることがある」
 そして結末からももう一文を。「(前略)また狂気と錯乱の時代に起こった事件だったからです。戦争のおかげで、ひとりの狂人が、静かに安心して、かずかずの犯罪を練り、準備し、それを実行に移すことができたのです」

 本作の発表は1919年――第一次世界大戦が終結した翌年であります。人類史上初の世界規模の戦争――それが当時の人々にどれだけ強い衝撃を与え、そして社会に深い爪痕を残したのか、それは現代の我々は想像することしかできません。
 しかし本作において描かれた怪奇と謎が、その戦争という狂気と隣り合わせであること、そして本作の物語そのものが、この狂気の象徴であること――それは、上に引用した文章から明確に読み取ることができます。

 それは作者のエンターテインメント作者としての目配りの巧みさ(ちなみに本作の悪役の設定は、実にこの時代の国民感情を踏まえたものではあります)によることは言うまでもありません。しかし同時に、この時代の狂気を目の当たりにした作者の、掛け値なしの感情の発露ではないかと――そう感じてしまうのであります。

 そして――これは余談の上に、既に様々な方が指摘していることではありますが、本作のように、過去からの奇怪な伝説と因習が残る閉鎖環境で起きる連続殺人を描いた横溝正史の諸作が、同時に先の戦争の爪痕を浮き彫りにしたものであることは、興味深い暗合と感じられるのです。


 怪奇色・伝奇色濃厚な物語の中に、科学という合理性でもって切り込むと同時に、戦争という同時代性を――そして超時代性を――盛り込んでみせた本作。
 さすがに今の目で見ると古めかしさが感じられないでもなく、また現在流通している完訳版がほとんどないという点はあるのですが――ルパンファンのみならず、怪奇ファン、伝奇ファンにはご覧いただきたい名作であることは間違いありません。


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三十棺桶島 (アルセーヌ・ルパン全集 (11))


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2019.08.21

モーリス・ルブラン『三十棺桶島』(その一) 美しき未亡人を待つ伝説の島の恐怖と惨劇


 ミステリであると同時に、冒険もの、伝奇ものとしての色彩も強いルパンシリーズ。その中でも本作『三十棺桶島』は、伝奇ホラー度の極めて高い異色作であります。奇怪な伝説に彩られた孤島に、運命のように誘われた美しき未亡人を待つ謎と怪奇とは、そしてその先に待ち受ける恐るべき秘密とは……

 かつてポーランド貴族を名乗る男・ボルスキーとの不幸な結婚の末に、事故で父と息子フランソワを失い、今は一人静かに暮らす女性・ベロニック。そして第一次世界大戦中の1917年――偶然見た映画の背景に自分が昔使っていたサインが記されていることに気付いた彼女は、ロケ地であるブルターニュ地方を訪れることになります。
 そこで老人の死体と、自分の顔をした女を含めた四人の女が十字架にかけられた絵を発見したベロニック。しかし人を呼んで戻ってきてみれば死体も絵もその場から消え失せていたのであります。

 その後も各地に点在するサインを追ううちに、大西洋岸に辿り着いたベロニック。そこで彼女は、死んだと思われていた父と息子が、
「三十棺桶島」の異名を持つ孤島・サレック島で暮らしていることを、父の家政婦・オノリーヌから聞くことになります。
 オノリーヌとともに、モーターボートでサレック島に渡ったベロニック。しかし彼女は、心優しく立派に育ったと聞かされていたフランソワが、世にも邪悪な表情で父を射殺するのを目撃しただけでなく、その後もフランソワと彼の家庭教師が、次々と島の人々を虐殺していくのを目の当たりにするのでした。

 オノリーヌも命を落とし、三人の老婆とともに島に取り残されたベロニック。しかし老婆も奇怪な最期を遂げた末、何者かに十字架に吊されることになるのでした。
 三十棺桶島に残された中世の予言――十四と三の年に四人の女が十字架にかけられ、三十の棺桶を満たす三十の犠牲者が出る、というその通りに引き起こされる惨劇。果たしてベロニックはその最後の犠牲者となるのか。何者がこの惨劇を引き起こしたというのか。そして予言に記された、生かしもすれば殺しもする神の石の秘密とは……


 見ただけで心躍るような印象的なタイトルが少なくないルパンシリーズの中でも、群を抜いて異彩を――というより妖気を放つタイトルの本作。
 作中ではその由来は、島の回りに船を座礁させる三十の暗礁があり(さらに島にはそれと対応するように三十のドルメンが!)、それがフランス語では「棺桶」に近い音であるため、三十の棺桶の島に転訛した――ともっともらしく説明されるのですが、何はともあれ、もう本作はタイトルの時点で勝利した、と言ってよいのではないでしょうか。

 何しろ作中では、その三十の棺桶に合わせるように、主人公であるベロニック含めて三十人の島民が次々と犠牲になっていくという地獄絵図が展開。怪奇性や残酷性が比較的高めのルパンシリーズですが、その中でも特に怪奇度の高い本作は、タイトルに偽りなしとしか言いようがありません。
 そして冒頭から全体の約四分の一程度――本作はシリーズの中でも単巻ものとしては最大の規模であり、つまりは中編一本分以上の分量であります――まで、ひたすら怪奇な事件と無惨な殺人が連続し、主人公であるベロニックが追い詰められていく展開には、ただただ圧倒されるほかありません。

 そう、本作の主人公はルパンではなく、聡明であり、母としての強さを持ってはいるものの、あくまでもごく普通の女性であるベロニック。
 そんな彼女だからこそ、ふとしたきっかけ(それが全く関係のない映画の中に自分のサインが――という、実にホラー的なものなのがまたたまりません)から足を踏み入れた三十棺桶島で、次から次へと遭遇する恐怖が、実に生々しく、そして不可解かつ絶望的に感じられるのであります。

 そして物語の中盤頃にようやく謎の一端が明かされ、そして微かな希望が見えるのですが――しかしそれもまた恐怖と絶望の始まりでしかなかった、というのが実にキツくも面白い。
 そんな絶望的な物語の中でただ一人――いやただ一匹、彼女の味方として登場する雑種犬「トゥ・バ・ビヤン(万事快調)」が実に無邪気かつ有能で可愛らしく、本作において数少ないムードメーカーとして活躍してくれるのも実に嬉しく、そしてエンターテインメントとしての構成の巧みさを感じさせられるのです。


 しかし主人公がベロニックだとすれば、それではルパンは――? 
 というところで、長くなりましたので、次回に続きます。


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2019.08.20

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第13巻 もう一人の大愚から羽ばたく翼


 鴻門の会という大ピンチを乗り越え、今度こそ劉邦の下での役割を終えた張良。ようやく故地である韓の王に仕えることができるかと思われた張良ですが、しかし思わぬ悲劇が彼を襲うことになります。そしてそこから始まる彼の新たな戦いとは……

 ついに秦を滅ぼしたものの、項羽を怒らせたことで一転窮地に立たされた劉邦。張良は鴻門において劉邦を項羽の懐に飛び込ませてその赦しを勝ち取らせるとともに、さらに追いすがる范增の放った兵からも、韓信と窮奇の助けによって逃れたのでした。

 そして何とか一息ついたこの巻の冒頭で描かれるのは、項羽による戦後処理――というにはあまりに荒っぽい所業。いきなり始皇帝の墓を焼き、咸陽では秦の皇帝一族を皆殺し、そして略奪&これまた放火――これが当時の常識といえば常識、作中で言及されるとおり「ある意味兵に優しい」といえばその通りかもしれませんが、この項羽の行動にはさすがに引くものがあります。
 と、そこで項羽が出会った一人の少女。自分と同様に重瞳である胡人の少女――黄石にどこか似た面影のその少女を気に入った項羽は、彼女に虞姫と名付け、側に置くこととするのでした。

 なるほど、項羽を語る上で欠かせない人物でありつつも、史実では定かではなかった彼女との出会いがここで描かれるとは――と驚かされると同時に、黄石=虞美人でなくて本当に良かった、と一安心であります。


 さて、そんな戦後処理の果てに、劉邦に与えられたのは――関中ならぬ漢中。南西の僻地であります。要するに左遷(これが語源という説もあるようですが)されたわけですが、さらに劉邦の下からは張良が、韓王となった成のもとに帰るために離れることになります。
 もちろんこれは当初からの約束ではあったわけであり、双方納得の上ですが――しかし本作においては、途中で思い立った張良がとって返し、漢中に向かう途中の劉邦に、桟道を焼くように献策するという形になるのが面白いところであります。というのも、このアレンジによって、劉邦のもとには新たなる将が加わることになるのですから。

 その将の名は韓信――言うまでもなく後に漢の三傑の一人、国士無双であります。
 が、本作では史実以上に不遇な扱いに見える韓信。張良が劉邦に対して自分の後を任せられる人物として推薦したにもかかわらず、左遷のゴタゴタで相手にされず、蕭何に預けられたものの、ここでも忘れられ、挙げ句の果てにはつまらない罪で斬首寸前まで……

 ここまで不遇というのはちょっと可笑しさすら感じますが、ここで一計を案じた韓信は軍から脱走、彼の価値を悟って単身追ってきた蕭何ともども、劉邦のもとに戻り――という史実のくだりに、丁度居合わせた張良が加わることによって、ここで三傑が揃うという本作ならではの展開は、実にドラマチックであります。
 そして韓信がやたらと蕭何に認められ、帰った後に劉邦がいきなり大将軍に抜擢するという史実も、張良が間に挟まると、何となく納得できるところであります。


 と――なんだかんだで最後まで面倒見のよい張良ですが、ここで思わぬ運命が彼を襲うことになります。
 先に述べたように、劉邦のもとを辞して韓王成の下に向かった張良。ようやく彼の本来の望みであった祖国を復興し、その臣として働くことができるかと思いきや――成は項羽の下に留め置かれるというではありませんか。

 色々と理屈はつけられたものの、これは張良を縛らんとする范增の策であることは間違いありません。挙げ句の果てに、成は王から候に格下げされてしまうのですが――ここで成が一つの決断を下すことになります。
 張良に対して「重荷」という言葉をぶつけ、放逐すると言い出す成。果たしてその真意は、そしてその先の彼の行動は――これはここで述べるだけ野暮というものでしょう。

 ただ言えるのは、その真意を知った窮奇が評するように、成もまた「大愚」――すなわち一人の英雄というべき者であったということであります。
 そして本作において、彼が事ある毎に涙を流す感激屋の泣き虫として描かれていたからこそ、彼の決意は、彼の行動は、より一層尊いものとして、こちらの胸を打つのです。


 そして成の想いを受けて、ついに、真に「龍帥の翼」たることを誓った張良。前の巻の紹介とほとんど同じ文句の繰り返しになってしまい恐縮ですが、ある意味ここからが本当の物語の始まり――そう言ってもよいのかもしれません。



 
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龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(13) (講談社コミックス月刊マガジン)


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2019.08.19

鶴淵けんじ『峠鬼』第1・2巻 入り組んだ時間と空間の中に浮かび上がる神と人の関係


 修験道の開祖として知られ、様々な伝説を持つ役小角。その役小角と弟子たちを題材としつつ、自由な視点から人と神の関係性を描く古代ファンタジー漫画であります。神の贄に選ばれた少女・妙が役小角と出会った時、動き出す運命とは……

 山に神、峠に鬼がいるとされた頃、村を司る神・切風孫命神への生贄に選ばれた少女・妙の村に現れた一行――その名も高き役小角と弟子の前鬼・後鬼の三人。しかし胡散臭い素顔を持つ小角に反感を抱く一方で、妙は何故か自分に優しい仮面の女・後鬼に親しみを感じるのでした。
 そしていよいよ生贄に捧げられる日、切風孫命神に用があるという小角一行とともに、神の前に立つ妙。異形の神の姿に恐れを隠せない妙ですが、切風孫命神が持つ神器を前に、後鬼が思わぬ行動を見せて……


 役小角が前鬼と後鬼と呼ばれる二体の鬼を使役したというのは有名な伝説を踏まえつつも、全く新しい物語を生み出してみせる本作。
 この第1話の結末で小角に弟子入りすることとなった妙は、ひとまず都に向かうまで、小角と善(前鬼)と行動を共にすることになるのですが――その途中で一行は、異形の神々と、彼らが持つ人知を越える力を持つ神器と出会うのであります。

 かつてに比べれば力を失い、人との距離は離れた神々とはいえ、その力が込められた神器は、強力ではありながらも、しかし危険きわまりない存在。そんな神々と神器の引き起こす不思議な事件に巻き込まれながら、一行は旅を続けることになります。

 本作に登場する神々――たとえば第1話の切風孫命神などは、私の知る限りでは本作オリジナルの、神話に由来を持たない神かと思います。
 そんなこともあり、はじめは見るからにファンタジー色の強そうな(すなわち何でもアリになりそうな)本作に、正直に申し上げればちょっと引いた印象があったのですが――しかし実際に作品を読んでみれば、そんなことは小さな拘りに過ぎなかったことがよくわかりました。

 恐るべき異形を持ち、人間と異なるメンタリティを持ちながらも、なおも人間との関わりを持とうとする神々。それぞれに異なる力と能力を持つ神器の数々。そして小角・善・妙の三人の、賑やかでありつつもそれぞれの想いを背負った造形……
 本作を形作る要素それぞれが巧みに結びつき、本作でなければお目にかかれないような、神と人のドラマを生み出す様には、あっという間に魅了されてしまいました。

 さらに、第2巻で描かれる「都」において登場する役小角の友人である「東宮」は、どうやら歴史上のあの人物らしいなど、(もちろんアレンジされてはいるものの)神の姿を描くファンタジーのみで終わらず、人の歴史の姿にもきちんと触れてみせる点にも好感が持てます。

 特に第2巻の後半で描かれる前後編エピソードは、こうした神と人の世界が渾然一体に描かれると同時に、第1話でも示された、時間や空間が複雑に入り組んだ世界観が密接に絡んで描かれる複雑かつ奇妙な物語。
 本作ならではの要素を巧みに盛り込んだ末にたどり着く結末は、ひとまずの物語のクライマックスと呼んでもよいかと思います。
(実際にここまでが「ハルタ」の付録小冊子「青騎士」に連載分で、本作はこれ以降「ハルタ」本誌に移籍することになります)


 唯一気になるのは、タイトルに掲げられており、そして善というキャラクターの根幹に関わる「鬼」という要素が、ここまでの物語ではあまりクローズアップされていないことですが――それはこれからのお楽しみと考えればよいでしょうか。

 何はともあれ、役小角が追い求める一言主、神話伝説で小角とは因縁浅からぬあの神との出会いが、本作ではどのような形で描かれるのか――作中に登場する過去と未来を見通す目を持つ奇妙な蜘蛛神・晏尹石が語るように、果たして神話に語られているままが描かれるのか……
 この先の物語が、そこで描かれる神と人の姿が、何とも楽しみな作品であります。


 ちなみにこの第1巻と第2巻の巻末には、挿話あるいは番外編の形で、第1話に登場した切風孫命神にまつわる物語が収録されています。
 本編では実に恐ろしげな神でしたが、そんな彼が人との関わりをどのように感じていたのか、そしてまだ神と人が近い時代の両者がどのように暮らしていたのか――作品世界を広げる物語として、実に味わい深い内容なのが、また嬉しいところであります。


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2019.08.18

『鬼滅の刃』 第二十話「寄せ集めの家族」

 兄妹の死力を振り絞った一撃で首を断ったと思いきや、自分の糸で首を切り離していた累。しかし怒り狂った累が炭治郎にとどめの一撃を放った時、駆けつけた義勇が累の首を断つ。一方、累が作った家族のことを思い出しつつ、その場から逃げ出した。その前に、胡蝶しのぶが現れる……

 前回、超絶作画で炭治郎と禰豆子がそれぞれ新技を繰り出すという、まるで最終回のような盛り上がりで首を断たれた累。しかしこの盛り上がりに水を差す空気の読めない累は、炭治郎の一撃で首を断たれる前に自分の糸で自分の首を切り離すという、そんなのありか――と言いたくなってしまうような手段で生き延びていたのでした。

 当然ながら怒り狂い、一切の手加減抜きで炭治郎に糸を放つ累。もはや力尽き、禰豆子のもとに這いずっていくのがやっとの炭治郎にとって、もはや死は確実なものに……。と、そこに間一髪駆けつけて糸を一撃で断ったのは、何となく数話前にも似たようなことをやっていた気がする冨岡義勇であります。
 累に対してもその鉄面皮を崩すことない義勇は、炭治郎も知らない水の呼吸 拾壱ノ型 凪で累の放った血鬼術を無効化し、またもや一撃で相手の首を断ったのでした。

 その頃、戦場から逃げ出そうとしていたのは、何やら累に叱責されていた姉蜘蛛。必死にその場から離れる彼女は、かつて自分が累と出会い、家族に迎えられた時のことを思い出すのでした。幾人もの鬼殺隊士に追われ、那田蜘蛛山に追い詰められた姉蜘蛛(の前身)。あわやというところに現れた累によって救われた彼女は、累の言うままに彼の家族に加わることになります。今とは異なり、両親や兄姉の他にも5人ほど多かった累の家族。荒れ果てた家に集い、食卓を囲むその姿は、家族というもののグロテスクな戯画にしか見えないのですが……

 それでも、実はまだ子供でうまく振る舞えずに累に幾度も制裁を受けていた母蜘蛛の姿や、そんなグロテスクな世界に嫌気がさして脱走するも彼女に裏切られて(?)累にズタズタにされた蜘蛛少女の最期などを目の当たりにして、自分だけはうまく立ち回ってきたと回想する姉蜘蛛。と、そんな彼女に運悪く出くわしてしまったのは生き残りの隊士・村田さんであります。
 彼女が手から放つ糸による巨大な球の中に入れられ、まず服だけ溶かすという、なんかちょっと――な溶解液に襲われる村田さん。しかしそこに救いの女神が現れます。

 もちろんそれは胡蝶しのぶ――姉蜘蛛の後ろを簡単にとってマイペースに語りかけ、慌てる姉蜘蛛の攻撃を躱しながら無影脚じみた連続蹴りで地面に押し倒すという、段違いの実力を見せたしのぶは、相変わらずにこやかな無表情で、姉蜘蛛に仲良くしましょうと語りかけます。
 といっても彼女が鬼と仲良くするには条件があります。笑顔でド詰めしながら姉蜘蛛がこれまで殺した人数を吐かせた(というか決めつけた)しのぶは、その数だけ姉蜘蛛を拷問すると宣言。鬼だからどんなにいじくり回しても大丈夫――と言わんばかりの言葉に当然ブチ切れた姉蜘蛛ですが、しのぶは奇妙な刀で一瞬のうちに幾度もの傷を与えます。しかし鬼の急所である首は無傷と思いきや、しのぶの刀に塗られていたのは鬼にとっては猛毒――もがき苦しみながら姉蜘蛛は息絶えるのでした。

 一方、首を断たれながらも炭治郎と禰豆子に殺意を燃やす累の心に去来するものは……


 前回の異常な盛り上がりに比べれば流石に大人しくはありましたが、このアニメ版にしては珍しく、姉蜘蛛の回想シーンの大半がほとんどオリジナルだったのが印象的な今回。
 原作をよくよく読み返してみれば、一コマだけ、累に今回の戦いに加わらなかった家族がいた――つまり以前はもっと大家族だった――ことが描かれているのですが、そこを膨らませて、「寄せ集めの家族」の空しさ、歪さを描いてみせたのは良いアレンジかと思います。

 が、そのおかげで姉蜘蛛が、サイコパスから逃げ出したと思ったら、別のサイコパスに捕まった可哀想なヒロインに見えてしまうのはどうしたものか……。
 それにしても鬼に対して過激すぎる罪の赦され方を説くしのぶさん、宗教の教祖様とか似合いそうですね(すっとぼけ)。


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 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」
 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」
 『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」
 『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」
 『鬼滅の刃』 第十九話「ヒノカミ」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か


関連サイト
 公式サイト

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2019.08.17

「コミック乱ツインズ」2019年9月号


 今月の「コミック乱ツインズ」――2019年9月号は、最終回の『用心棒稼業』が表紙&巻頭カラー、82ページという破格の扱いであります。その他の作品も含め、今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 雷音(終活)が用心棒仕事を終えて帰ってくるのを待っていた坐望(仇討)と夏海(鬼輪)が出会った、武士たちに追われる足軽・春馬。藩主の異母弟と家老派に分かれて争う某藩で、前者に仕える春馬は、江戸の藩主に向けた訴状を持っていたのであります。
 江戸までの用心棒を頼みたいという春馬に渋い顔の坐望ですが、雷音が破落戸に追われる女性を助けるために用心棒代を使ってしまったため、やむなく引き受けるのでした。

 さらに夏海を仇と付け狙う若者まで現れ、混沌とした状況の中、ようやく国境まで辿り着いた一行の前に現れたのは……

 というわけで今月号で最終回の本作は、80ページ強という分量に相応しい、盛りだくさんの内容。藩の運命を背負った足軽に加えて、男から逃げる女、仇討ちに燃える若者というゲストキャラたちの存在は、主人公三人と様々な形で対応する形で描かれ、三人の旅の総決算といってもよいかと思います。
 もっとも、要素を盛り込みすぎた――という印象も無きにしも非ずなのですが、しかしそれらが一気に爆発するクライマックスの展開は圧巻。特に、一体何人参加しているのかと、唖然とさせられるほどの規模で描かれる見開きでの大殺陣は、これまで様々な剣戟を描いてきた本作ならではのものでしょう。

 実のところ、最終回といっても三人の物語自体は終わらないのですが――その苦く皮肉な、実に本作らしい結末も相まって、まずは見事な大団円であります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 聡四郎・新井白石・間部詮房・柳沢吉保・紀伊国屋と、様々なプレイヤーの思惑がいよいよ入り乱れてきた今回。剣戟は全くなしという静かな回ではありますが、濃い面子の思惑がギトギトと絡み合う様は、なかなかの読み応えであります。
 その中で、聡四郎と紅のやり取りのみはホッとさせる――と言いたいところですが、「人」としての紅と「武士」としての聡四郎の想いが一瞬齟齬をきたす様は印象に残ります。

 それにしても冒頭、聡四郎と玄馬が紀伊国屋にディナーに誘われるくだりは、二人の面白リアクションもさることながら、料理が妙においしそうに見えるのは、これはさすがと言うべきでしょう。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 湯屋の二階で、女といちゃつきながら四人相手の多面指しで全員同時に投了させた少年と出会った源内。目が覚めるくらい強い相手と指したいという少年に対して源内が連れてきたのは、言うまでもなく宗桂――というわけで、得体の知れない同士の対局が始まることとなります。

 と、得体の知れない「同士」と書きましたが、主人公でありながらも得体が知れない、底が知れないのが宗桂という男。そんな彼をこれまで本当に追い詰める相手はほとんどいなかったわけですが、ここに来てついに登場することになります。
 それも宗桂が先の先の先まで読むとすれば、こちらは――というわけで、全く対極のスタイルなのが面白い。初代宗桂の棋譜争奪戦も先が見えない中、実に面白いキャラクターが登場したものです。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)」
 北条家ともども、天下人秀吉から宣戦布告されてしまった伊達家。そういう状況下でも負けん気を失わないところがいかにも伊達家らしい――と言いたいところですが、さすがにいきなり二十万動員してくる相手は、世界が違うとしか言いようがありません。
 この辺りのインパクトを、これまで散々使ってきた伊達成実の毛虫ネタで描いてみせるのには吹き出しました。

 そんな窮地において、伊達家はどの道を選ぶのか、そして今回は出番のなかったあの人(たち)の行動は――と、やはりクライマックスに相応しい展開であります。


 次号からは、鳥羽亮の『必殺剣「二胴」』を原作とする『暁の犬』が連載開始。作画は『江戸の検屍官』『公家侍秘録』の高瀬理恵というのですから、これは楽しみにするなという方が無理であります。
 それにしてもこの作品を加え、次号は原作付きが6作品、掲載作品の半分以上というのは、なかなか興味深いところです。


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コミック乱ツインズ 2019年9月号 [雑誌]


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2019.08.16

ロジャー・ゼラズニイ『虚ろなる十月の夜に』 巨匠最後の「新しい」ゲーム小説


 ロジャー・ゼラズニイといえば、失礼ながら懐かしの――と呼びたくなる作家ですが、その最後の長編が21世紀に邦訳されるとは思いもよりませんでした。それも、19世紀末のイギリスを舞台に、あの有名人たちが、あの「神話」にまつわる「ゲーム」を繰り広げるという、極めてユニークな内容で……

 ある年の10月、ロンドンの郊外に集まる奇妙な者たち。「魔女」「魔術師」「伯爵」「ドルイド」「修道僧」「博士」そしてジャック――一見無関係な彼らは、しかしある目的のためにここに集まったのでした。
 それは「ゲーム」――10月31日の晩、すなわちハロウィンに行われるある儀式の準備のため、彼らは使い魔(コンパニオン)である動物たちとともに素材を集め、儀式の地を探し、そして誰が敵で誰が味方かを探っていたのであります。

 そして31日に向かって時間が流れていく中、なおも姿を現す奇妙な人々と、その数を減らしていく「プレイヤー」たち。さらに「探偵」が独自の動きを見せる中、いよいよ状勢は混沌を極める中、果たして勝利を収めるのはどちらの側なのか……


 というあらすじを見ただけでは、現代の(といっても本作の発表は1993年、作者の最晩年の作品なのですが)伝奇ファンタジーもののような設定に感じられる本作。
 作中では明確にされてはいないものの――本の裏表紙や帯、電子書店などでは固有名詞まではっきり述べられているのですが――ジプシーを連れた吸血鬼の「伯爵」、嵐の中で奇怪な「実験体」を生み出そうとする「博士」、夜毎ロンドンを徘徊して何かを集めているナイフ使いのジャック、そしてロンドンで活躍する変装の達人の「探偵」と、このオールスター性もまた、実に今っぽいという印象です。

 さて、そんな本作を一読すると、実に「ゲーム」的――作中でゲームと呼ばれていることを抜きにしても――という印象があります。その意味は二つあるのですが、一つには上で述べたような様々な職業・属性の「プレイヤー」たちが、一定の期間の下、一つの目的に向けて準備を進め、勝利を競うという、一種ボードゲーム的なルールであること。
 そしてもう一つは、そのルールの中の相互依存的状況下で、自分の行動の効果を最大限のものとし、目的を果たすために駆け引きを行っていくという点においてであります。

 上ではできるだけ伏せたものの、先の裏表紙等では、あらすじや設定がかなりオープンにされています。
 しかし作中では、当初伏せられていたそれらが徐々に明らかになっていく――読者に対してだけでなく、登場人物たちに対しても――のも含めて、そのゲームの展開、ゲーム性の描写が感心させられるほど巧みなのであります。

 先に述べた題材という点だけでなく、発表から約四半世紀後の今読んでも、全く古びて感じられないのは、この辺りによるものでしょうか。


 そしてそんな本作の物語運びをさらに効果的にしているのは、本作の語り手が、彼らプレイヤーではなく、コンパニオン――ジャックの相棒である犬のスナッフであることでしょう。
 もちろん犬といってもただ者ではなく、かなりの歴戦の強者であることが窺われるスナッフ。そんな人知を超えた存在であっても、やはり犬ゆえの限界が色々とあるのが愉快なのですが――何はともあれ、そんな彼の目線から描かれることによって、本作は一層謎めいた、そしてどこか俯瞰的なものとして、我々の前に現れるのであります。
(この点、上に述べたゲーム性と密接に絡むのもまた見事)

 そして彼と不思議な友情を結ぶ「魔女」のコンパニオンである猫のグレイモークをはじめ、フクロウやコウモリ、リス、ヘビやネズミに至るまで、様々な動物たちが大活躍するのも楽しく、一種動物小説的な側面も持ち合わせているのがまた、本作の実にユニークな点と言えるでしょう。


 そしてもう一つ、この点はわかりやすく作者らしいというべきか、物語の根底に、ある「神話」を置いている――この点も「新しい」と感じさせる原因なのですが――本作。

 こうして見ると驚くほどの様々な要素が投入されているのですが、しかし一つの作品、一つの世界として全く違和感なく、そして無二の個性を生み出しているのは、これはやはり作者の視点の確かさと腕の冴え――などというつまらない結論は野暮というものでしょうか。
 いまこの作品を読むことができることを感謝したい物語であります。


『虚ろなる十月の夜に』(ロジャー・ゼラズニイ 竹書房文庫) Amazon
虚ろなる十月の夜に (竹書房文庫)

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2019.08.15

畠中恵『つくもがみ笑います』 悪の親玉登場!? そして人間とつくもがみの新たな関係


 今年はシリーズ第1作がアニメ化された畠中恵のつくもがみシリーズ。その実に6年ぶりのシリーズ第3弾であります。清次とお紅の子・十夜も十代半ばの少年となり、つくもがみたちも賑やかな毎日を過ごしている出雲屋に現れた謎のつくもがみと悪の親玉。十夜とつくもがみの新たな冒険が始まります。

 深川の損料屋・出雲屋を舞台に、店に住みついたつくもがみたちと、人間たちの引き起こす騒動を描いてきた本シリーズ。
 シリーズ第1弾『つくもがみ貸します』ではまだ結ばれていなかった清次とお紅も、第2弾『つくもがみ、遊ぼうよ』では一人息子の十夜を得ましたが、初めは人間たちに極めてよそよそしかったつくもがみたちも、十夜たち人間の子供と仲良くなるなど、ずいぶんと丸くなりました。

 そして本作は、前作から数年後を舞台として、十五歳という、もうこの時代では大人の仲間入りとなる十夜が主人公となるのですが――これまでとはまた変わった、つくもがみと人間の物語が描かれることになります。


 ある日、よそに貸し出されるはずが、何処かに拐かされてしまった出雲屋のつくもがみたち。連れ込まれたどこかの家の中で待ち受けていたのは、彼らとは別のつくもがみ――小刀ののつくもがみ・阿真刀をはじめとする面々と出会うことになります。
 人間からの自由を勝ち取るための戦に手を貸せという阿真刀に対し、当然ながらこれを断る出雲屋のつくもがみ。しかしつくもがみたち同士の対立はエスカレートし、ついに正面切ってのバトルが勃発することに……

 という第1話「つくもがみ戦います」に始まる本作。第1話のラストには、十夜を「兄さん」と呼ぶ少年・春夜が登場し、不穏なムードが高まることになるのですが――続く第2話「二百年前」では、とある武家が持ち込んだ、つくもがみと化した将軍拝領の屏風の中に入り込んだつくもがみたちが、そこに描かれていた二百年前の江戸を舞台に大暴れする姿が描かれます。

 そして第3話「悪の親玉」には、春夜の養い親であり、題名通り悪の親玉を自称する男・阿久徳屋が登場。彼によって十夜たちはさる大名屋敷の幽霊騒動に巻き込まれることになります。
 さらに第4話「見つかった」では、十夜と春夜が何故か武家たちに狙われ、そして第5話「つくもがみ笑います」では、ある巨大な使命を背負って生み出された謎のつくもがみを巡る暗闘が勃発し――と、バラエティー豊かな物語が展開するのであります。


 さて、最初に触れたように、第1作では人間とは壁を作っていたつくもがみたちも、第2作では十夜の友だちとして賑やかに動き回り、人間との関係性を大きく変えてきました。そして本作においては、その関係性はまた別の方向に変わっていくことになります。

 実は、本作がこれまでと大きく異なる点の一つは、十夜たちと武士の――武家社会の関わりが多くなるところにあります。
 もちろんこれまでも、シリーズ第1話の冒頭のように、物語に武士は登場していました。しかし本作では、武士たちの間につくもがみたちの存在が広く知れ渡る、いや、武士たちがつくもがみたちを求めることになるのです。

 この辺りはちょっと話が広がりすぎでは――と心配になるのですが、しかしこれは、本シリーズの特徴の一つである、時の流れを象徴するものなのかもしれません。
 第1作ではまだ存在もせず、第2作では子供で、本作でようやく大人の仲間入りをしようとしている十夜。そんな時間の流れを、彼にとっては「外側」である武士の世界との関係性の変化が示しているのでは――というのは、穿った見方でしょうか。


 が――正直なところ、本作ではそうした一種の感慨も簡単に吹き飛ばされてしまうのが、長所でも短所でもあります。その理由は阿久徳屋――両国一帯を仕切る顔役であり、自称「悪の親玉」として貫禄十分でありながら、妙な茶目っ気を持ったユニークなキャラクターの存在であります。
 実に、十夜の成長や十夜と春夜の出自など、色々と気になる要素はあるものの、本作においては阿久徳屋の存在が全てを持っていった、という気がいたします。。口で言うような悪玉というより食えないおっさん――一種の大人の象徴である彼は、あまりにパワフルかつ魅力的で、読み終わって印象に残るのは彼の存在ばかり、というのが否めないのであります。

 物語はもちろん面白く、趣向も十分、そして登場人物が魅力的なのは何よりですが――いささか一人のキャラクターが前面に出過ぎたのは、ちょっと残念であったかな、というのが正直なところなのです。


『つくもがみ笑います』(畠中恵 KADOKAWA) Amazon
つくもがみ笑います


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2019.08.14

許先哲『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第3巻 炸裂、熱い武侠魂とダイナミックな大激闘


 中国は隋の時代、子連れの賞金稼ぎにして賞金首・刀馬の死闘を描く武侠漫画の第3巻が登場であります。反隋組織のリーダーを護衛しての旅のはずが、西域の覇権を巡る死闘に巻き込まれた刀馬。その中で恩人を殺され、大爆発した刀馬の怒りの行方は……

 恩人であり友人でもある西域の大商人・莫から、隋を倒すと嘯く奇妙な仮面の男・知世郎を長安まで連れて行くという仕事を請け負った刀馬。
 息子の七、莫の娘のアユアを連れて旅立った刀馬は、途中で訳ありの美女・燕子娘と、彼女を追う凄腕の剣士・豎を加えて旅を続けるのですが――その先には、思いも寄らぬ悲劇が待ち受けていたのであります。

 かねてより西域を狙っていた煬帝の命を受けた裴世矩に煽動され、それまで保ってきた自主独立の誓いを自ら破ることとなった五大胡商家族。
 その一人である莫のみ、隋の狙いを見破り、これに異を唱えたのですが――しかしそれがために、胡商家族の長を狙う和伊家の息子・玄をはじめとする外道たちに、莫は無惨に討たれることとなったのであります。

 そして同じ胡商家族の家長の子たちとともに、刀馬とアユアの前に現れ、莫の首を見せつける玄。これに対して刀馬の怒りが大爆発、荒事には慣れた面々もドン引きするほどの苛烈さで、和伊家の護衛長を叩き殺して……


 というわけで、この世で最も怒らせてはいけないタイプの男の怒り爆発から始まるこの第3巻。元々敵に対して容赦しないプロフェッショナルが、普段の減らず口も出なくなるほど怒り狂えばどうなるか――それは言うまでもないでしょう。
 しかし彼の前にはまだ和伊玄をはじめ、六人の尋常ではない使い手がいます。いかに刀馬が超人的使い手でも、さすがに不利は否めない――というところで豎が登場、というのも、お約束ながら燃える展開であります。

 何よりも、敵に対して莫のことを、主人でも他人でもなく「内(うち)ら」だと言い放つ刀馬や、その刀馬に俺の戦いに手を出すなと言われて「それを決めるのは私自身」と言い放つ豎の姿は、「武侠」の精神に満ち満ちていて、ただシビレるほかありません。

 そして彼らのように、誇り高き自由と絆の精神を行動原理としていたのは、かつての莫たち――莫の先祖たちも同様であります。
 力持つ者の暴虐に苦しみながらも、その力に屈することも、他の力持つ者に与することも肯んぜず、己たちの決意と絆、熱意でもって道を切り開く――過去シーンで描かれたそんな人々の姿は、今の刀馬たちの姿に重なり合い(そしてそれと裏腹な玄たちの姿に対比され)、強く印象に残るのです。
(それをさらに現代の世界情勢に重ね合わせてしまうのは、それはさすがに深読みが過ぎるのかもしれませんが……)

 それはさておき、ここで展開するバトルは、そんな刀馬たちと、それぞれが面白武器を手にした外道たちが、入れ替わり立ち替わりこれでもかとばかりに繰り広げられるのだからつまらないはずがありません。このくだりは、作者の画力の冴えも相まって、実にダイナミックな味わいの大殺陣を堪能させていただきました。
 さらにここで、知世郎がそれまでの道化めいた態度を一変、いやむしろそれをさらに増幅させて得体の知れぬまでの洞察力と話術を見せるなど、大いに盛り上がるのですが――しかしこの先には、更なる激動が待ち受けるのであります。


 隋との約束である知世郎の首を狙い、刀馬たちと玄たちの戦いの場に殺到する四大商家族の軍勢。しかし、もはや絆も誇りも失った彼らは、ただ我欲のためにぶつかり合う者たちに過ぎません。
 かくて、ある者は情勢に流され、ある者は混乱し、互いに相争う兵の群れ。その隙を突いてこの場を脱出しようとする刀馬たちですが、そこで父の復仇に燃えるアユアが暴走、さらに彼らを飲み込んで、かつてないほど巨大な大砂嵐が……

 と、ここで一気に混沌また混沌、思いも寄らぬ展開が連続し、もはや本筋がどこであったかを忘れそうになるほどなのですが――そして正直なところ、その本筋がこの巻ではほとんど進んでおらず、その点は不満が残るのですが――しかし先に述べたように、熱い武侠魂とダイナミックな大激闘で、一気に読まされてしまうこの第3巻。

 混沌の中、向かう先は全く見えず、そして謎は深まるばかりなのですが――まだまだ本作の、刀馬の持つエネルギーはこの程度ではない、と期待する次第です。


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2019.08.13

『鬼滅の刃』 第十九話「ヒノカミ」

 累の糸に圧倒されたところを禰豆子に救われた炭治郎。その禰豆子を妹に欲しがる累に怒りを隠さない炭治郎だが、禰豆子は累の糸に捕らえられ、自分も十二鬼月の正体を現した累の糸に追い詰められる。しかし走馬灯の中に現れた父の舞うヒノカミ神楽から新たな力を得る炭治郎。そして禰豆子もまた……

 対戦を迫ったのを縛り上げて去る義勇に対して伊之助が声小さいと言ったり、しのぶが善逸に人間が走馬灯を見る理由を語ったり、隠の皆さんが蜘蛛になった人々を救出しにきたりとオリジナル描写が冒頭に続いた今回。
 それはともかく、累の糸に斬りかかってみれば、あっさりと日輪刀が折れてしまった炭治郎はいきなり窮地であります。それでも心は折れずに間合いの内側に入って攻撃をしようと考える炭治郎ですが、しかし矢継ぎ早に繰り出される糸の前には及ぶべくもなく――と、この絶体絶命の危機に飛び出したのは禰豆子であります。鬼の肉体でも厳しい一撃を何とか受け止めた禰豆子ですが、ここで累が彼女の姿にヘンに感動することになります。

 これこそが本物の「絆」だ、あれ欲しいと言い出した末に、縋ろうとした姉蜘蛛を一撃で輪切りにした累にドン引きした炭治郎は、お前なんかに妹をやるかとエキサイト。しかしそれを嘲るように、累が隠していた左目を見せれば、そこには「下伍」の文字が……
 十二鬼月の実力を発揮して炭治郎を翻弄するだけでなく、あっさりと禰豆子を捕らえ、抵抗されたとみるや、糸が肌に食い込むほどに雁字搦めにして宙吊りにしてみせる累。そんな絶望的な状況でもなおも屈することなく、炭治郎が放った最大最後の技、拾ノ型 生生流転は、放てば放つほど威力が増していくというその性質で、見事累の糸を斬るのですが――しかし累の本気はこれから。さらに強度を増した糸が、目の細かい蜘蛛の巣のように放たれる中、炭治郎は死を覚悟するのでした。

 そしてその時、しのぶが語ったようにまさに走馬灯を見る炭治郎。そこで彼が見たのは、今は亡き父が、「ヒノカミ様」に神楽を奉納する姿でした。病み衰えながらも、一度神楽を舞えば、凍てつくような寒さの中でも動じることなく、キレのある動きを見せる炭治郎の父。そんな父は幼い日の炭治郎に、どれだけ動いても疲れない呼吸法があること、そして神楽と耳飾りは必ず途切れさせず継承してほしいと語るのでした――「約束なんだ」と。
 ここでこの炭治郎の父を演じるのは三木眞一郎。演技力には定評のある、私も大好きな声優ですが、突然の登場、そしてわずかな台詞数にもかかわらず、強烈な存在感を発揮しています。何よりも「約束なんだ」の台詞に込められた無限の重みたるや……

 そしてここから一気に物語はブーストすることになります。父の記憶とともに甦ったヒノカミ神楽の呼吸から放たれる、あたかも炎の龍のような太刀で、一気に累の糸を断ち切る炭治郎。そのまま糸を断ち切りつつ一気に肉薄する炭治郎と、躱しながら次々と糸を放つ累と――縦横無尽に駆けながら放たれる紅い糸と炎の太刀の交錯は、劇場用アニメと言われても信じてしまうほどのクオリティ、原作ではわずか数ページの攻防とは思えません。
 その果てに最後の力を振り絞り、相討ち覚悟で累に一撃を放つ炭治郎。その時、意識を失って宙吊りとなっていたところに現れた亡き母(演じるはこれまた名優・桑島法子!)の幻影の語りかけに応えて、禰豆子が復活、ついに彼女自身の血鬼術を放つことになります。血鬼術・爆血――彼女に絡みついた糸を通じて滴りながら燃え上がり、炭治郎を断とうとした糸をも焼き切る禰豆子の血。そして炭治郎の刀にも滴ったその血は、炭治郎の一撃をほとんど爆発する勢いで加速させ――ついに十二鬼月・累の首を断ち切るのでした。


 全く個人的なお話で恐縮ですが、あまりに原作に忠実なアニメ化というのは、実は嬉しくない――という気持ちがあります。どれだけ出来が良くとも、やはり原作を超えるというのは至難の業であり、それであればアニメを見なくとも――とひねくれたことを考えていたのであります。。
 そんなわけで、正直なところこのアニメ版にはかなり厳しい目で接してきたのですが――しかしこれほどのクオリティのものを見せられては、自分が間違っていたと認めるほかありません。炭治郎がヒノカミ神楽に覚醒してからの流れは、アニメーションの全ての要素が高いレベルで融合し合い、ここでしか見られないものが描かれていたと、心から感じます。(一つだけ、炭治郎のヒノカミ神楽が凄すぎて、全然相討ちしそうに見えなかったのですが――まあ細かい細かい)

 そしてこの凄まじい流れを、挿入歌「竈門炭治郎のうた」(また直球な題名!)が盛り上げたのも間違いありません。むしろ穏やかな曲調ながら、回想シーンとともに始まり、一端途切れたものの、上で述べた「約束なんだ」の台詞とともに再び流れ始め――という使い方は実に見事でしたが、それに留まらず、大バトルの果てに、この曲のままでエンディングに雪崩れ込んでいくというのも、スペシャル感があって実に良かったと思います。


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 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」
 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」
 『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」
 『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か


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2019.08.12

京極夏彦『後巷説百物語』(その三) そして百物語の最後に現れたもの


 『巷説百物語』シリーズ第三弾の紹介も今回で最終回。物語は思わぬクロスオーバーを見せる中で、山岡百介の百物語はついに大団円を迎えることになります。

『五位の光』
 明治政府で要職を歴任した末に引退した由良公房伯爵から、青鷺の怪について訪ねられたという剣之進。天保の頃、信濃で青鷺が変じた光る女性から父に託されたという記憶を持ち、その二十年後に同じ場所で再び青鷺の女と出会ったという伯爵からの問いに弱った四人は、一白翁を訪ね、そこで奇妙な騒動に巻き込まれることになります。
 後日、与次郎に対して、天保の一件は自分が又市と関わりを持った最後の仕掛けであったと一白翁は真相を語るのですが……

 幼少期の――いやそれだけでなく、青年になった後にも経験した――不思議な記憶という、何ともユニークなテーマを扱った本作。
 そしてその背後に潜むのは、本書でも随一の伝奇度を誇る真実であり――それは同時に、江戸時代後期から幕末という時代を映したものであるともいえるでしょう。
(それにしても、今回の仕掛けの相手には度肝を抜かれるわけですが)

 しかし何よりも印象に残るのは、やはり本作が、同じ作者の京極堂シリーズと思わぬクロスオーバーを果たしていることでしょう。
 そう、今回登場する由良公房伯爵は、言うまでもなく『陰摩羅鬼の瑕』に登場した鳥の館の主人・由良昂允伯爵の先祖であり――昭和に至るまで、鳥に取り憑かれたような人々を輩出した、由良家のルーツがここで描かれるのです。

 そしてそれだけでなく、本作は実はもう一つの作品とも密接に関係することになります。
 その題名をここで挙げるわけにはいきませんが、それを知った時には「又市さんも罪なお方ですよ」という一白翁の言葉に、心から頷いた次第であります。いやはやまったく!


『風の神』
 私塾を開いている公房卿の息子が、弟子たちから「百物語をやり終えると本当に怪異が起こるのか」と訪ねられたことをきっかけに、今度は百物語の作法を訪ねられてしまった剣之進。そこで百物語談義を重ねた四人は、一白翁に百物語の何たるかを尋ねつつ、その実証のために百物語を開くことになるのでした。

 しかしその際に、霊験あらたかなある寺の住職を呼ぶこと、そして自分が最初と最後に怪談を語ることを条件とした一白翁。小夜にまつわるある真実を明らかにするため、一白翁が心中密かに固めた覚悟とは……

 そして最終話――ついに長きにわたった山岡百介の百物語が、ここに結末を迎えることとなります。
 言うまでもなく本書の、本シリーズに冠されているのは「百物語」の語であり、そしてシリーズの第1話「小豆洗い」も、一種の百物語会を舞台とした物語。そんな『巷説百物語』が、百物語を描いてひとまずの結末を迎えるというのは、まことに平仄が合っていると言えるでしょう。

 そして本シリーズ――特に本書においては、妖怪や怪異に対する蘊蓄・解釈が大きな要素であり、魅力であったのですが、本作においてはクローズアップされるのは、百物語の持つ意味と機能であります。
 虚構と現実を結ぶ場としての百物語、そして結末を迎えないことを許容された場である百物語――この解釈の妙には膝を打ちましたが、さらにそれが百介自身の人生と重ね合わされた時の感動を何と評すべきでしょうか。

 前作ラストでの又市との別れ以来、二度と江戸を離れることなく、そして遂に夢であったはずの百物語を開版することがなかった百介。その姿は、開化の中で様々な不思議が失われていく――そして振り返ってみれば、本書に収録された物語のほとんどはそうであったのですが――のと重なり合い、何とも言えぬ寂しさを感じさせます。
 そんな百介の最初で最後の仕掛けをもって本書は、百介と又市の物語は、今度こそ本当の終わりを告げるのですが……

 しかしそれが決して悲しさだけに終わらないのは、一つには、怪異に向き合う彼の想いが、次の時代にも引き継がれていくことを描いているためでしょう。
 しかしそれ以上に、ファンであればただただ涙するしかない、あまりに美しくも暖かい――陽と陰の間で彷徨い、モラトリアムに取り憑かれた者を優しく包み込むよいうな結末によるものであることは言うまでもないでしょう。


 百物語を最後まで語れば、怪が現れると申します。そしてこの物語の最後にも怪が現れたのでしょう。かつてと同様に、とかく儘ならぬ憂き世に生きる人を救い、あちらもこちらも双方立ててきた妖怪が……


『後巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
後巷説百物語 (角川文庫)


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2019.08.11

京極夏彦『後巷説百物語』(その二) 繋がった現在と過去、怪事と仕掛け


 『巷説百物語』シリーズ第3弾、『後巷説百物語』紹介の第二回であります。今回もまた、過去と現在、虚構と真実が複雑に入り乱れた物語が展開していくこととなります。

『手負蛇』
 池袋村の旧家で、鼻つまみ者だった当主の甥が蛇塚の祠に入っていた石函を開け、中に入っていた毒蛇に咬まれて死んだ事件を捜査中の剣之進。しかし祠は数十年にわたって封印され、普通であればその中にいた蛇が生きているはずはありません。
 蛇の執念や祟りについて喧々囂々しても埒があかず、一白翁を訪ねた四人は、まさにその祠が作られたその場に翁が居合わせたことを知ることになります。

 七十年前、蛇憑き筋ではないかと村人たちから疑われた末、蛇塚で蛇に咬まれて死んだ先々代の当主。それから三十数年後、今度は塚を暴くと言い出した先代とその妻までもが蛇に咬まれて死んだのです。
 蛇の祟りの噂に村を訪れた百介によって招かれた又市が、祟りを収めるために塚の上に作ったのが、件の祠だというのですが……

 本作で描かれているのは、前話と異なり、現在の事件と過去の怪事が似ている――というのではなく、現在と過去が実際に密接に繋がっているという、さらに凝った構造。数十年前に封印された祠の中の箱に入れられていた蛇による毒殺、というなかなかに魅力的な謎が、きっちりと論理的に解き明かされるのには感心するほかありません。
 手負い蛇の伝承を踏まえた謎の設定と解明も見事なのですが、それを助けるのが、真実の蛇と文化としての蛇を題材にした、祟りを生み出すメカニズムというのもまた見事です。

 それにしても自分と又市が二人で携わった仕掛けが、明治の今になっても息づいているとは――それは一白翁が喜ぶのももっともと言うべきでしょう


『山男』
 三年前、野方村で行方不明となった娘が、子供を連れて帰ってきたという話を持ち込んできた剣之進。娘は山男にさらわれ、子を孕まされたとしか思えない状況ですが、しかし山男とは果たして人なのか獣なのか、はたまた化物なのか?
 さらに娘がさらわれた直後に村の男が何者かに殺された件も絡み、例によって古書を紐解きつつ議論を戦わせる四人は、今回も一白翁のもとを訪れることになります。

 彼らの問いに対し、自分が遠州秋葉山で出会った事件を語る一白翁。又市と小右衛門と三人で旅をしていた彼は、大店の娘とその夫が山男にさらわれたと聞いて山に入り、そこでさらわれた娘がぼろぼろの姿で現れたのを目撃したのであります。
 そして娘を探して山狩りが始まった時、山男の仕業としか思えぬ惨劇が……

 これまで本シリーズに登場してきた「妖怪」たちは、怨霊などの亡魂の類や獣の変化、あるいは怪奇現象と呼ぶしかないものまで様々でしたが、本作の山男は、それとは一風異なる存在といえるかもしれません。
 冒頭に四人組が議論を戦わせるように、彼らは文化習俗が異なる人なのか、猿や狒々の類の獣なのか、はたまた山の精気が凝った怪なのか? 

 そんな難しい存在にまつわる物語を描くのに、本作はサンカ等と呼ばれた「山の民」を題材とすることになります。
 さすがにこれは剛速球――それもビーンボールすれすれの――という印象もありますが、しかし本作はさらにそこに、長吏等の人々――山の民同様、江戸時代には士農工商の身分の外に置かれた人々をも絡めてみせるのであります。

 ここで考えてみれば、又市の一味は皆、人別を外れた無宿人――やはり身分の外の者たちであります。
 そんな、今となっては題材としにくい存在を主人公にした、そしてその身分が表向きなくなりながらも、なお形を変えて存在した明治という時代を舞台にした本シリーズだからこそ、本作のような物語を、身分の外に置かれた人々の姿を、説得力を持って描くことができる――そう感じます。

 二つの事件の解決自体は容易に想像がつくものの、しかし本作は、この設定でなければ描けないという点では本書のうちでも随一の物語でしょう。
 そして、これまで物語の遠景に留まっていた小夜が、妙にクローズアップされることになるのですが――その真実はこの先の物語にて。


 すみません、もう一回続きます。


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後巷説百物語 (角川文庫)


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2019.08.10

京極夏彦『後巷説百物語』(その一) 入り乱れる現在と過去、巷説と真実


 『巷説百物語』シリーズ第三弾は、過去(江戸時代)と現在(明治時代)が交錯し、虚構と現実が混淆する非常にトリッキーな連作であります。明治時代、老人となった山岡百介のもとに、四人の若者が持ち込む奇怪な事件とは、そしてそれに対して百介が語るものは……

 物語的には、一見前作できっちり完結したように思えた『巷説百物語』シリーズ。それに対して本作は、そこに至るまでの語られざる事件を描くこととなります。
 といってもそのスタイルが一筋縄ではいきません。舞台は明治時代、笹村与次郎・矢作剣之進・倉田正馬・渋谷惣兵衛の四人の今を盛りの若者たちが出会った、どうにも奇怪な事件の数々に対し、一白翁を名乗るご隠居――老いた百介が、己の体験や伝聞をもとに助言してみせるのですから。

 もちろんその経験や伝聞というのは又市一味の仕掛けなのですが――現在の怪事件と過去の怪異、語り継がれる巷説と百介の体験した真実が複雑に入り交じり、構成の複雑さではシリーズ随一と言うべき作品であります。


『赤えいの魚』
 一夜にして島が海に沈んだという伝説に対して意見を戦わせた末、一白翁のもとを訪れた四人組。一白翁は、かつて自分が男鹿半島近くの島で経験した出来事を語ります。

 男鹿半島の近くに周囲から隔絶された島があると聞いて出かけた先で、逃亡中の盗賊に捕らわれ人質になってしまった百介。彼は、盗賊の舟から逃れた末、偶然に引き潮で現れた道を辿り、戎島に辿り着くのでした。
 そこは島親が人間の生殺与奪を含め、島の全てを意のままに支配し、人々がそれを当然と疑わない世界。狂気に満ちた世界で過ごす中、追い詰められていく百介ですが……

 『続』の荒廃した北林藩とはまた別のベクトルで描かれる、島のディストピアぶりが強烈に印象に残る本作。人間が己の意思を持たず、定めに縛られることを当然とする世界の異常さと悍ましさは、しかし一白翁が語るように、決して他人事ではないものであり、ここには作者一流の風刺があるといえます。
 凝った物語構成のためか、又市一味の仕掛け自体はかなりあっさり目なのですが(そしてそれは本書の大半に共通するのですが)、真に島を支配していたものが何かを浮かび上がらせる仕掛けは、実に皮肉であります。


『天火』
 小火続きの両国で起きた油屋の火事で、犯人と目された後妻が、前妻の顔をした火の玉が火をつけたと証言したのに頭を抱える剣之進。怪火談義の末に四人組は、かつて一白翁自身が関わった出来事を聞かされるのでした。

 怪火騒動を耳にして摂津まで足を伸ばした百介。既に怪火は天行坊なる旅の六部によって退治され、村人は六部を村で歓待するのですが――そこに代官の奥方からの病気平癒の祈祷の依頼が舞い込み、六部は代官屋敷に向かうことになります。
 しかし奥方が六部に淫らがましいことをされたと代官に訴えたことで、打ち首にされてしまった六部。しかしそれ以来、その首が怪異を起こして……

 これ以降、四人組が一白翁のもとを訪れる理由に、巡査である剣之進が抱えた現代(明治)の怪事件解決という要素が加わる本作。
 さらにそれに対して一白翁が語る過去の物語にも虚実が――意図的に伏せた部分が――入り込み、ラストで一白翁の身の回りの世話をする娘・小夜が本当の真実を聞き出すという、幾重にも入り組んだ物語が展開していくことになりあmす。

 さて、多情な妻に悩む代官が、妻に目を付けられた僧を殺し、その祟りで屋敷もろとも焼き尽くされるという二恨坊の火の伝承を地で行くような物語が展開する本作ですが、もちろんここで登場する六部は又市の扮装。
 しかし又市が思わぬ窮地(どころではないのですが)に陥り、さて一体どうなるのかと思えば――なるほど、すっかり目をくらまされました。

 妖怪・怪異は「見える」のではなく「見る」ものである、という本作の趣向は、これはある意味本シリーズだけでなく、作者の作品の多くに通底するものではありますが、このように複雑な構成の中で語ることで、かえってそれが腑に落ちるものがあります。
 ちなみに今回はシリーズでほとんど初めて、「大塩平八郎の乱の翌年か翌々年」という年代に関する記述があるのですが――おかげでシリーズ全体の年代設定がある程度見えることに――それが実は、というのにも感心させられます。


 かなり長くなってしまいました。次回に続きます。


『後巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
後巷説百物語 (角川文庫)


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2019.08.09

9月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年は暑さはそうでもないのかな、と思いきや、今月に入るか入らないうちに猛烈な暑さがやってきたこの夏。このままでは今月をやり過ごせるかわからない、せめて来月の新刊を楽しみに頑張ろう――と思っていたのですが。何はともあれ、9月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて、文庫新刊の方は、平谷美樹『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末』第5巻と武内涼『不死鬼』という、大好きな作家二人の新作が登場。
 ……以上。しかも『不死鬼』は当初8月発売だったはずでは――いえ、久々の新作は非常に嬉しいのですが。そして武内涼は『駒姫 三条河原異聞』も文庫化。戦国史に残る悲劇を題材としつつも、人間の尊厳と強さを感じさせる名作です。

 なお、ハヤカワ文庫からは(伝奇ものではないと思いますが)誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖』、稲葉一広『戯作屋伴内捕物ばなし』が登場。これまで時代ミステリ、時代SFはありましたが、直球の文庫書き下ろし時代小説登場にはちょっと驚きました。


 そして漫画の方では、2巻同時発売の小山ゆう『颯汰の国』、そしてシリーズ(といってよいのかしら)最新作のとみ新蔵『卜伝と義輝 剣術抄』第1巻が新登場。
 その他、賀来ゆうじ『地獄楽』第7巻、野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻、重野なおき『信長の忍び』第16巻、かどたひろし『勘定吟味役異聞』第6巻、士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第2巻、皆川亮二『海王ダンテ』第8巻となかなか楽しみなラインナップであります。

 なお、『地獄楽』は何とジャンプjブックスから菱川さかくによる小説版『地獄楽 うたかたの夢』が登場。第2回ジャンプホラー小説大賞銀賞を受賞している作者だけに、期待してもよさそうです。
 ちなみに『信長の忍び』は、先月末からスピンオフの『明智光秀放浪記』が連載スタート。単行本第1巻はまだ先ですが、興味深いタイトルです。

 もう一つ、来月は蜷川ヤエコ『モノノ怪 化猫』下巻が登場。漫画版『モノノ怪』もついにこれで完結ということでしょうか。もう薬売りに会えないのかと思うとちょっと複雑ですが……


 何はともあれ、楽しみな作品は多々あれど、絶対数が少ないため、9月は過去作品に親しむ度合いが高まりそうではあります。

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2019.08.08

久正人『カムヤライド』第2巻 出雲の激闘決着! そして2号戦士登場!?


 4世紀を舞台とした日本最古の(?)変身ヒーロー・カムヤライドの活躍を描く変身アクション伝奇漫画、待望の第2巻であります。各地で復活する国津神を次々と封印していくモンコとヤマトタケルが出雲で繰り広げる死闘の行方は、そして第2の戦士とは……!

 熊襲の王・カワカミタケルの討伐に向かった先で、奇怪な怪物・土蜘蛛と化した相手に襲われたオウス。オウスを救い、カワカミタケルに力を与えた国津神を倒したのは、神を封じる力を持つ仮面の戦士・カムヤライドに変身する青年・モンコでありました。
 大和に向けて旅するモンコとオウス改めヤマトタケルは、その後も各地で復活した国津神と対決。そして出雲で、不思議な剣を持つ青年・イズモタケルとともに、巨大な国津神と対峙する二人ですが……

 というわけで、この第2巻はいきなりクライマックスからスタート。神殿が変化した巨大国津神・高大殿神(タカバルドン)に戦いを挑むモンコですが――しかしその巨体以上に、総身を鉄で覆ったタカバルドンは無敵の防御力を誇ります。
 国津神を封印するには、まずその身に鍵穴を開けなければならない。そのためにモンコはヤマトタケルにある頼みをするのですが――この場面が実にいいのであります。

 これまでは功を焦ったり、増上慢で痛い目にあったりと、未熟な面が目立っていたヤマトタケル。しかしモンコとの戦いの中で少しずつ成長してきた彼は、己に憧れるイズモタケルの前で、英雄としての自覚を見せることになります。
 とはいえそんな彼はあくまでもただの人間。いかにヤマト王族の血を引くとはいえ、この世で唯一国津神を封印する力を持つモンコ=カムヤライドに及ぶものではありません。

 しかし――それでもモンコはそんなヤマトタケルを信頼してみせるのです。ほとんど殺し文句、こんなことを言われたら人間として立ち上がらずにはいられない名台詞でもって。
 人間の代表というべきヤマトタケルを、超人というべきモンコが、己の命を預けるに相応しい相棒として(しかしストレートにそう言わないところがまた心憎い)信頼してみせる――それがこちらの心を熱くさせないはずがないのであります。

 さらにこの出雲編では、思いもよらぬしぶとさを見せる国津神に対するヤマトタケルの孤軍奮闘あり、さらに国津神を復活させて回る謎の男・ウズメとの最初の対決ありと、実に盛りだくさん。本作の最初のクライマックスと言っても過言ではないでしょう。


 が――この第2巻の真のクライマックスはこれからであります。突如出現した、巨大なハサミを持つ国津神に蹂躙される難波の湊。ここで恐るべき力を持つ国津神に挑むのはモンコたち――ではなく、ヤマトの精鋭部隊・黒盾隊とその女隊長・オトタチバナ(!)であります。
 しかし文字通り鉄壁の防御力を誇る黒盾隊もやはり人間、国津神の攻撃に苦戦を強いられる中で、オトタチバナが、もう一つの姿を見せることになります。黒金の体に魂を宿した戦士――その名はオトタチバナ・メタル!

 って、文字通りのメタルヒーロー(ビジュアル的には女バトルコップ的)が登場と、予想外の展開に仰天の2号戦士の登場ですが――しかし宇宙からやってきたモノに汚染された土を素体とする国津神に抗するに、カムヤライドが汚染されていない旧き土を素体とする一方で、新たな、そして人造の物資である黒金を用いた戦士というのは、確かに平仄が合っていると言えるでしょう。
 そしてその戦闘スタイルも、シャープでスピーディーなカムヤライドに対し、持ち前の防御力と心意気でもって耐えて耐えて耐えまくった末に、一撃で決めるという対照的なもの。いやはや、この二人が手を組めば怖いものなしでしょう。

 ……と言いたいところですが、きょうび(古代ですが)ヒーロー同士が顔を合わせて一発で仲良くなるというのはまずないお話。二人のヒーローがいきなりライバル意識剥き出しでぶつかり合った――というか一方的にモンコが突っかけた末に、思わぬ展開を描いてこの巻は幕となります。


 果たしてこの先、モンコとオトタチバナが手を組む日が来るのか。そして神話的には――なヤマトタケルとオトタチバナはそういうことになるのか?
 全く先が読めない展開ですが、しかし本作が変身ヒーローものとして、そして伝奇活劇として、必ずやこちらの期待を上回るものを見せてくれることだけは、これはもう確信できるのであります。


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2019.08.07

真堂樹『帝都妖怪ロマンチカ 猫又にマタタビ』 昭和初期の混沌に蠢くちょっとおかしな人間と妖怪たち


 関東大震災からの復興も著しい昭和3年の帝都東京――その闇に巣くう妖怪たちと、その中の一匹・猫又の少年にぞっこん惚れ込まれてしまった美青年変態心理学者が繰り広げる、ユニークな妖怪小説であります。耽美で滑稽でそして少し恐ろしい物語で描かれるものは……

 関東大震災で東京が焼け野原になったのを機に、どこからか様々集まってきた妖怪たち。そんな中の一匹、猫又の弐矢は、ある日偶然手にした雑誌に載っていた青年・折原嘉寿哉に目を奪われることになります。
 というのも嘉寿哉の顔は、かつて弐矢が飼われ、愛した女性と瓜二つ。矢も楯もたまらず、街の不良少年の姿を借りて嘉寿哉の家を訪れた弐矢は、行き倒れのふりをして彼の家に潜り込み、おさんどんとして彼と共に暮らすことになったのでした。

 さて、その嘉寿哉の肩書きは「変態心理学者」――今でいう異常心理学者。帝大を卒業した後は、恩師が主催する雑誌に寄稿しつつ、世にはびこるインチキオカルトに戦いを挑む毎日であります。
 そんな中、嘉寿哉を訪ねてきたのは、四六時中得体の知れない視線に悩まされているという帝大生・富岡。社会主義運動にかぶれている彼は、お茶の水のカフェで出会った美少女に惚れ込んで以来、おかしな現象に悩まされるようになったというのです。

 嘉寿哉が富岡を治療にかかりきりになってしまい不満顔の弐矢ですが、そんな最中に嘉寿哉の家に現れたのは、東京で不動産屋を営む妖怪・百目鬼と、秩父からやってきた犬神・白峰。ある理由でここにやってきた白峰を前に、弐矢は……


 主人公コンビをはじめ、とにかく登場する男性キャラの大半が美形の本作。そこまで美形でなくとも、というか男性でなくとも(特に○○の姫は)いいのでは、という気もいたしますが、ここまで徹底されるといっそ小気味が良い――と言えるかもしれません。

 と、ビジュアル面に目がまずいってしまうのですが、本作の基本はあくまでも妖怪小説であります。人間と妖怪のバディもの――というのは一つの定番パターンですが、本作の人間側の主人公である嘉寿哉は、基本的に妖怪(というより超常現象)否定派であり、そして弐矢が妖怪だと思いもしないのが、なかなかユニークなところでしょう。
 それに対して弐矢の方は基本的には人間を食うことも辞さない――そもそも彼の今の美少年姿自体、街で絡んできた不良少年を喰らって奪ったもの――という、物騒な存在であります。

 まあ弐矢の場合は嘉寿哉にデレデレなわけですが、登場する他の妖怪たちはもっとドライ、というか人間と異なるロジックで動く連中揃い。作中で東京に妖怪たちが巣くっているのも、震災で街に死と闇が溢れたから――という設定にも納得で、マスコット的ではない妖怪の存在は、なかなか好もしいところであります。
(それでいて弐矢をはじめ、妙に抜けている、というかどこかピュアな連中が多いのも、また妖怪らしくていいのですが)


 そしてそんな人間と妖怪たちが絡み合うのが、震災から数年後、普通選挙を間近に控え、社会主義運動も盛ん――という活力と不穏さが入り交じった混沌の昭和初期、というのも本作の魅力でしょう。
 史実と積極的に絡むわけではないものの、この時代が舞台背景としては想像以上に妖怪ものに馴染む――というのは嬉しい発見であります。

 とはいえ――意外にヘタレな弐矢をはじめ、妖怪たちの繰り広げる騒動は実に楽しいものの――物語的には冷静に見るとあまり進展していないのも事実。
 ひとまずの問題の根源は追い払ったものの、しかし物語を構成する様々な要素は、まだ謎と伏線だらけ、という印象があります。

 そういう意味では、キャラクター&設定の紹介編という感覚が強い本作。
 まだまだ本格的な物語はこれから、といったところではないかと思いますが、序章的な段階でも楽しめるのですから、物語が進展すれば――これはさらに楽しかろう、と期待したくなるのです。


『帝都妖怪ロマンチカ 猫又にマタタビ』(真堂樹 集英社文庫) Amazon
帝都妖怪ロマンチカ ~猫又にマタタビ~ (集英社文庫)

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2019.08.06

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第3巻 役者は揃った! そして過去と現在が交錯する戦いへ


 実写映画の完結編も発表され、まだまだ人気は衰えない『るろうに剣心』――その『北海道編』も絶好調であります。ついにその正体と目的を明らかにした劍客兵器。強大な戦力を持つ相手に対しては、こちら側も戦力を整えなければなりません。しかしそのメンバーとは!?

 薫の父を探して訪れた北海道で、函館山を占拠した謎の劍客兵器の一人・凍座と対面することとなった剣心。剣心は、劍客兵器が元寇の時に戦った鎌倉武士の末裔であること、そして長年歴史の陰で培ってきた実戦経験を得るために動き出したと、凍座の口から聞かされるのでした。
 しかし真に恐るべき情報は、彼らが先鋒に過ぎないということ――まさに剣心と凍座が対峙していたその時、次鋒が樺戸集治監を襲撃していたのであります。

 広い北海道の各地で、「実検戦闘」を称する襲撃を開始することを宣言した劍客兵器。その阻止を決意した剣心ですが、しかし今ここで戦えるのは彼と左之助のみ……


 そんな状況の下、この巻で描かれるのは剣心チームの集結編ともいうべき物語であります。しかし集結といっても、剣心と左之助、そして斎藤はともかく、今この場で劍客兵器と戦えるメンバーはいるのでしょうか――蒼紫は任務中、比古清十郎は行方不明、弥彦は自分たちが置いてきたという状況で。

 しかし幸か不幸か、襲撃の際には不在であったものの、樺戸集治監にはあの男がいます。かつて志々雄の下で、左之助と死闘を繰り広げた十本刀の一人、明王・悠久山安慈が。
 そして何が正しいのかを求めて諸国を放浪していた天才剣士、同じく十本刀の天剣・瀬田宗次郎が、そしてもう一人――剣心や斎藤とともに幕末の激動を生き抜いた最強の一人、今は杉村義衛と名乗る元新選組二番隊組長・永倉新八が、かつての盟友の要請により参戦。

 元・十本刀の飛車角とも言うべき安慈と宗次郎、そして実在の名剣士にして幕末から明治を生き抜いた永倉と、いま考え得る最強の追加メンバーであります。
 そしてそこにさらに三名――これは正直ちょっと意外だった面子を加え、対劍客兵器のメンバーが集うのはあの碧血碑の前。これが盛り上がらないはずはありません。役者は揃った!


 というわけで、設定上、北海道が舞台であれば当然登場するであろう安慈と、まあ登場してもおかしくない宗次郎(しかし剣心たちに味方する理由にはなるほど、と納得)、そして史実でもこの時点で北海道にいた永倉と、ある意味予想できたこの三人。
 いやむしろ予想ではなく期待というべきでしょうか。そしてその期待は裏切られることなく、真っ正面から見たいものを見せてくれた、という気持ちであります。この辺りの呼吸はさすがは――というほかありません。
(蒼紫や師匠、弥彦の参戦の目も残している辺りもやっぱり巧い)。

 呼吸といえば、剣心・斎藤・永倉という因縁の三人の対面のシーンで、いきなり池田屋ネタで外して見せるのも実に楽しい。
 幕末ファンをクスッとさせつつ、「新キャラ」である永倉の本作ならではの人物像を、そして剣心や斎藤との関係性をサラリと――ではなく、結構引っ張るのもこれはこれで楽しい――描いてみせるのには、ただただ感心させられるのみであります。

 そして、上記のメンバーに加わることとなった、明日郎・阿爛・旭の若手三人組のドラマも面白い。これまで唯一出自が不明だった旭の正体もこの巻で明かされ――これまた意外というか、そういえばいた、という感じなのですが――三人が三人なりの想いを秘めて、動き始めることになるのです。
 前巻の紹介で立ち位置がはっきりしないと述べた三人ですが、この巻において、それがはっきりしてきたという印象があります。「過去」の戦士たちと、さらにはるか「過去」から現れた敵との戦い。そんな自分たちとは(彼らから見れば関係ない)戦いに巻き込まれた「現在」の若者たちとして……

 そんな彼らにとって、この戦いがどのような意味を持つのか。「過去」と接することで彼らの「現在」が、そして「未来」がどのように変わるのか。それはおそらく、この『北海道編』が、懐かしの作品のリバイバルで終わらせない意味を持つものになるのではないでしょうか。
(一方、三島栄次を通じ、「過去」を背負った「現在」の若者の姿も描いているのにも納得です)。


 総勢七名いるらしい劍客兵器の部隊将たちの存在も明かされ、これより本当の戦いの始まり――楽しみしかありません。


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2019.08.05

『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」

 父蜘蛛の強大なパワーと固い皮膚に苦しむ炭治郎と伊之助。父蜘蛛の一撃で炭治郎が遠くに飛ばされ、孤軍奮闘を強いられる伊之助は、一矢報いたものの脱皮して巨大化した父蜘蛛に追い詰められる。一方、飛ばされた先で蜘蛛鬼の末子・累が姉蜘蛛を苛む場面に遭遇した炭治郎は憤るが……

 アバンタイトルで、斃れた隊士たちを検分する義勇としのぶというアニメオリジナル描写から始まった今回。原作では義勇さんは炭治郎と出会って驚いていたような描写がありましたが、こちらでは炭治郎がここに来ている(可能性がある)ことを認識していたと窺わせる場面であります。
 そしてそんな義勇をいじりにきたしのぶを冷たくあしらったために(違う)二人は別行動を取ることになるのですが――これがなかったら、前回華々しく散りかけた善逸の前に、無駄に妖精さんっぽくしのぶが登場することはなかったかもしれないわけで、何が幸いするかわかりません。

 それはさておき、姉蜘蛛を追いかける炭治郎と伊之助の前に突然現れた顔面大蜘蛛という本当に厭なデザインの父蜘蛛。攻撃は基本的にパワー任せですが、腕を断ちにいった炭治郎の渾身の一撃を凌ぎ、さらに伊之助の攻撃も効かないという、正当派が一番怖いパターンであります。
 そこで一計を案じた炭治郎は、周囲の大木を切り倒し、父蜘蛛を押し潰すという頭脳プレー。動けなくなった隙に、自分にとっての最大の技、拾ノ型を叩き込もうとするのですが――しかし木を切り倒したのが仇となり、大木をバットに見立てたような父蜘蛛のフルスイングがジャストミート! ギャグのように遙か彼方に吹っ飛ばされたところに、伊之助が炭治郎の名前を思い切り間違えるので、笑ってよいのか心配すべきなのかわからなくなるところであります。

 と、辛うじて炭治郎が着地してみれば、そのすぐ近くにいたのは累と姉蜘蛛。父蜘蛛、姉蜘蛛を炭治郎たちから守ろうとしていたのでは――という気もしますが、累は無惨にも姉蜘蛛の顔を切り刻んでいたのですから穏やかではありません。激高する炭治郎に、自分たちは強い絆で結ばれた家族だからと答える累ですが、しかし家族とくればなおさら炭治郎も黙っていられません。そんな絆は偽物だと喝破するのですが……
 そこに空気を読まずに突然登場したのは、生き残っていた先遣隊の隊士。こんなガキなら俺でも殺れる、安全に出世して支給金を稼ぎたい云々と、どう考えても小者感・噛ませ感丸出しで累に襲いかかるのですが――予想通りと言うべきか、一瞬のうちにバラバラにされるのでした。さらば、サイコロステーキ先輩……

 一方、ただ一人父蜘蛛を相手にすることになって苦戦する伊之助は、何とか相手の固い体を切る方法を考えようとするのですが――しかしそこで考える俺なんて俺じゃねえとわけのわからない方向に覚醒。一本の刀で斬りかかり、受け止められたところをもう一本の刀でぶっ叩いて押し切るという強引すぎる方法で、見事父蜘蛛の腕を切り落とすのでした。
 たまらず逃げ出した(?)父蜘蛛ですが、追いかけてみれば樹上で謎のポーズ。さらに震えだして何かと思えば――何とより巨大な姿に脱皮であります。その迫力たるや、あの伊之助が一瞬敗北感で絶望しかけたほどですが――ここで炭治郎の言葉や藤の花の屋敷の老婆の言葉が、伊之助を奮い立たせます。

 ……が、それもほとんど全く役立たず、思い切りぶん殴られる伊之助。何とか一矢報いようと放った一撃は、かえって刀を折られる始末で、ついに首を捕まれた伊之助は、もはや走馬灯を――能登麻美子の声で喋る謎の女性の姿を――見るまでに追い詰められます。そして最早打つ手無く伊之助の首がへし折られんとした時――颯爽と割って入ったのは義勇さん。その実力たるや、一撃であっさりと父蜘蛛を五体バラバラにしてしまうほどであります。
 そしてバラバラといえば、こちらは偽物呼ばわりされて怒りに燃える累にバラバラにされそうな炭治郎。さっきの言葉を取り消せとすごい圧をかけてくるのにも気丈に拒否して、累の糸を迎え撃つのですが、しかし糸に斬りつけた刀の方が逆に折れて……


 原作三話分を一気に消化して、父蜘蛛戦を終え、累戦が始まった今回。炭治郎が母蜘蛛を、善逸が兄蜘蛛を撃破したのに対して、伊之助は父蜘蛛に敗北したわけですが――冷静に考えれば一騎打ちの勝利はほとんどなく、性格のわりにサポート役が多いという伊之助のスタンスは、ここで確立されていたのかもしれません。

 しかしこの辺りを原作で読み返してみると、びっくりするくらいテンポが早いのですが(本当にいきなり登場して喋るだけ喋って死んだサイコロステーキ先輩とか)、アニメはその辺り、それなりにうまく間を埋めているのだな――と感じます。
 と思ったら今回の絵コンテ。


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 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
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 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
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 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か


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2019.08.04

星野之宣『海帝』第3巻 鄭和という不屈の「男」の素顔


 明の時代に世界を股にかけた大航海を成し遂げた宦官・鄭和を描く一大ロマンの第3巻であります。この巻で鄭和が訪れるのはジャワ――そしてそこでの冒険は、やがて鄭和の過去を巡る物語に繋がっていくことになります。そう、ここで描かれるのは「鄭和」誕生の物語……

 海禁策を取ってきた明において、海の向こうの世界を夢見てきた鄭和。彼の願いは、若き日より仕えてきた永楽帝の命によって、叶えられることとなります。
 そして途方もない大船団を率いて出航する鄭和。大胆にもその船内には永楽帝により今なお命を狙われる先帝・建文帝を隠し、波乱含みの船出であります。

 出航早々に様々な冒険を経て、今回鄭和が到着したのは爪哇(ジャワ)。そこで彼を出迎えたのは、三つの民――原住民、中国人商人、そして回教徒の商人であります。
 しかし貿易の利を求めてすり寄ってきた商人たちを退けたことで彼らの恨みを買い、襲撃を受けることとなった鄭和。その鄭和一行を救ったのは、何と……

 というわけで、当時のジャワを巡る特異な状況を描きつつ、思わぬところで作者の作品ではしばしば題材となっている印象もある○○が登場――と、歴史ものの枠では決して終わらない本作。
 中国の未来のヴィジョンすら登場するなど、鄭和とある「存在」の対話はいささかやりすぎ感がないでもありませんが、やはりこの辺りのセンスオブワンダーぶりは作者ならでは、とニンマリさせられます。


 しかしこのジャワでのエピソードは、ある意味その後の物語に続いていくことになります。先に述べたように、ジャワで回教徒の商人たちと出会った鄭和。彼らは鄭和に笑顔で語りかるのです――同じ信仰を持つ者として。
 そう、鄭和は、元は馬和の名で回教徒の家に生まれた人物。これまで幾度も触れられてきたように、色目人の血が流れる彼のルーツは、西方だったのであります。

 しかしこれに対して鄭和は、自分は既に信仰を捨てた者と語ります。何故彼は信仰を捨てたのか? いや、そもそも何故彼は宦官に――すなわち男を捨てたのか?
 鄭和は部下の回教徒の宦官たち、そして潭太と弖名に対して、自身の過去の物語をここで語ることになるのであります。

 雲南省昆陽で、メッカへの巡礼を果たした栄誉を持つ父の子として生まれた鄭和、いや馬和。元々は元が西方から連れてきた色目人の末裔であった彼ら回教徒ですが、しかし明は彼らを弾圧、馬和の村にも明軍が押し寄せることになります。
 そして燕王――後の永楽帝によって、父を眼前で殺された馬和。さらに燕王は断種政策として馬和ら子供たちを宦官にするように命じ、さらに馬和には信仰を捨てるように命じるのでした。

 そしてさらに、燕王の名によって北方――元残党との戦いの最前線に、兵として送り込まれた馬和。来る日も目の前の敵を――何の関係も恨みもない敵を討つばかりの毎日の中で、彼の心に灯をともした上官の言葉とは、そして彼が見たものとは……


 信仰か命か――現代の我々日本人には想像もつかないようなギリギリの狭間に立たされた幼い馬和。彼がそこで何を捨て、何を得たのか――その壮絶な決断こそは、この巻のクライマックスと言っても過言ではないでしょう。
 そしてその先も待ち受ける地獄の中で、彼が見たもの。それが後の――本作の、熱く優しく逞しい――鄭和のルーツであることも間違いありません。

 それにしても――鄭和が色目人の血を引くことも、一族を明によって滅ぼされ、宦官とされたことも史実であります。しかし本作がその史実を踏まえながらも、その合間の書かれざる歴史を巧みに描くことによって、鄭和という男の素顔を浮き彫りにしてみせるのには、驚かされるばかりです。
 もちろんそれはフィクションではありますが――しかしそこにあるものは、人跡未踏の偉業を成し遂げた男の原動力として、見事な説得力を持つのです。

 作者の作品には、不屈の精神をもって戦う男がしばしば登場しますが――鄭和もまた、そんな「男」の一人である。この過去編は、そんなことを確認させてくれるのであります。


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2019.08.03

伊藤勢『天竺熱風録』第6巻 玄策の旅の終わり そして縦横の繋がりの先に


 唐の外交使節として訪れた摩伽陀国で、王位を簒奪した者たちを相手にとんでもない戦いを挑むこととなった王玄策の冒険記も、この巻にてついに完結。勝利は収めたものの一歩間違えれば国と国との戦いとなりかねぬ状況で、王玄策の力が試されることとなります。そして彼の旅の終わりに待つものは……

 簒奪者アルジュナによって使節団の仲間を捕らえられ、副官と二人脱出した末に、ネパール・チベット両国の援兵を得て帰ってきた玄策。奇策に次ぐ奇策で敵軍を打ち破った玄策は、ついにアルジュナその人を捕らえることに成功いたします。
 しかし戦いは始めるよりも終わらせることこそ難しい――とは、外交官たる玄策も骨身に沁みてわかっていること。はたして、援軍の名目で大軍を率いてきた東天竺のクマーラ王は、このまま国を奪ってしまえと唆し、一方でアルジュナの妻は徹底抗戦を唱えて篭城の構えをみせるではありませんか。

 力では勝てない、力で勝つだけでは終わらせられないこの状況に、外交官として王玄策は最後の戦いに臨むのですが……


 これまで、奇計を用い寡兵で大軍を散々に打ち破るという、軍記ものでは定番の――そして最大の魅力を見せてくれた本作。しかしその立役者である玄策自身は、決して将軍でも英雄でもありません。
 彼はあくまでも外交官――戦いになることは、戦いで人死にが出ることは、彼にとっては恥ずべきこと。そしてそれ以上に、戦いを終わらせることができねば、それは彼自身を、いや彼を信じてきた者をも裏切ることになります。だからこそこの先、戦いを終える戦いこそが、本作の最大の見所――そう言えるかもしれません。

 とはいえ、それは――動かしたのは玄策とはいえ――彼自身の力のみで成し遂げることができるものではありません。かくて、ここで繰り広げられるのは、オールスターキャスト総出演の大活劇。
 あのキャラが意外な(?)実力を見せれば、このキャラが意外な顔を見せたりと、まさしく大団円と呼ぶに相応しい盛り上がりであります。

 そして賑やかに終わるだけでなく、真の敵とも言うべき人物の行動に、単純に自分たちの善悪だけでは割り切れないものを窺わせてみせるのもまた、本作らしいと言うべきでしょうか。


 そして戦いは終わり、玄策たちは唐に帰ることになるのですが――実にここからの物語が、この巻の三分の一程度を占めることとなるのに、初めは驚かされました。エピローグともいうべき部分を、ずいぶんと丁寧に描いたものだ――と。
 しかしその内容がまた、この漫画版らしいと言うべきものなのであります。

 唐に帰着し、無事に任を終えた玄策。しかし唐の宮廷には不穏な空気が漂い、その先の波乱を予感させます。それもそのはず、この先、あの則天武后が、表舞台に登場することになるのですから。
(ここで顔見せ程度に描かれる彼女の姿が、また実に作者らしくて素晴らしい)

 もちろん、極端なことを言えば一介の専門職である玄策にとっては、これは少々遠い世界の話かもしれません。彼が生きるのは、それよりもさらに遠い外つ国との間であります。
 そして唐の歴史がこの先も――波乱に満ちた形で――続くのと同様に、玄策と彼の周囲の人物の旅もまた続きます。そしてそれは、驚くべきことに(間接的な形ではあれ)やがて我々の住むこの国まで繋がっていくのであります。

 歴史・時間といういわば縦の連なりと、地理・空間という横の連なり――その縦横の広がりを丁寧に描いた後に、本作は結末を迎えます。それは本作という、深い歴史と広い世界を舞台に描いた物語には、まことに相応しいものであったと感じます。
 玄策がこの旅で写し帰り、そしてそれがさらに写されて日本にまで伝わった仏足石。この物語の最終ページに描かれたそれは、そんな広がりの一つの象徴と言うべきなのでしょう。


 ……って、おじさん! そういえば出てこないと思ったら、ここにいたのかおじさん!
 と、作者ファンには何とも嬉しいサービスをラストに炸裂させて終わる本作。そりゃあ一筋縄ではいかない人物だったはずだ――と納得(?)の結末であります。


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2019.08.02

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編』第1巻 集結、御家人衆 しかし……?


 というわけで(前日参照)『アンゴルモア 元寇合戦記』の新章『博多編』のスタートであります。対馬での地獄を戦い抜いた朽井迅三郎の次なる戦いの行方は、そして博多を守る全国の御家人の戦いぶりは――蒙古と日本の全面衝突が始まることになります。

 蒙古の日本侵攻の矢面に立つこととなった対馬で、宗家の武士たちや古来からこの地に拠る刀伊祓たちとともに戦った迅三郎ら流人たち。しかし衆寡敵せず、蒙古に蹂躙された対馬は多大な被害を受けることになります。
 迅三郎はただ一人、蒙古軍の副元帥・劉復亨に一騎打ちを挑んでその顔色をなからしめ、また宗家の輝日姫も生き延びたものの――しかし対馬に残された爪痕はあまりに大きいものであります。

 全てが奪い尽くされた対馬に残された人々にとって、来るべき冬はあまりに厳しい状況。頼みの綱であった援軍は――援軍のもたらす物資は――来る気配もない中、博多攻撃へと引き上げていく蒙古軍に対して、迅三郎が取った行動とは……

 と、あれだけ壮絶な負け戦を経験してもなお、まだまだ闘争心は尽きせぬ迅三郎の姿が嬉しいこの冒頭部分。劉復亨の前に立ちふさがってフェードアウトしたものの、そういえば死ぬ場面も描かれなかった鬼剛丸もしっかり生き残って登場するのも嬉しいところであります。
 しかし対馬の戦いは終わったとはいえ、ここで座して待つのは性に合わない、とばかりに迅三郎が(そして鬼剛丸が)とった行動は実に「らしく」、これから始まる更なる激戦に向けて期待は高まるのです。


 が、この巻での迅三郎の出番は、実はこの冒頭三分の一ほど。それでは残る部分に登場するのは、と言えば――それは蒙古迎撃のために集まった、日本の御家人たちの姿です。
 総大将の少弐資能とその子である経資・景資兄弟(さらに経資の子の資時)そして島津氏に小代氏、宇都宮氏、千葉氏――その名を見ればわかるように、九州だけでなく、関東の御家人たちまでもが集結、まさに日本中の御家人が集結し、蒙古何するものぞ、という意気軒昂ぶりであります。

 迅三郎たちがレジスタンスだとすれば、こちらは正規軍。戦力的にも段違いで、一見頼もしいのですが――こういう時の正規軍が危ういのは、この手の物語の定番と言うべきでしょう。
 はたして、迅三郎に応えて対馬に援軍を送ろうとしたこともある小弐景資の献策――蒙古軍が狙うであろう赤坂山の守備は鼻で笑われ、立場の弱い菊池武房に押しつけられたのみ。どう考えても厭な予感しかいたしません。

 そもそも、景資が援軍を送ろうとした時に、ライバルである大友氏の動きを警戒してこれを止め、結果として対馬の人々を見殺しにしたのは資能その人。その資能が総大将を務める軍が本当に大丈夫なのか?
 というこちらの心配(というよりもここまで増長ぶりが描かれるともはや期待)は早速当たることに……


 というわけで、物語的にはまだまだ始まったばかりの『博多編』。今回初登場の御家人たちも、人物配置である程度役割は予想できる――というよりも史実にちゃんと記録が残っている面々なわけで――のですが、さてそこに、記録に残らぬ者の想いを背負った迅三郎が飛び込んだ時、何が起こるのでしょうか。
 迅三郎の活躍の場には事欠かないこの戦いですが――まだその時は少し先でしょう。まずは、御家人たちの緒戦を見守るとしましょう。


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2019.08.01

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第9-10巻 史実の壁の前に立ちすくむ者たちへ


 いよいよ新章である『博多編』が刊行開始された『アンゴルモア 元寇合戦記』。しかし本ブログではまだその前章のラスト2巻を取り上げておりませんでした。今更ではありますが、新章紹介の前に、第9巻・第10巻をご紹介いたします。

 対馬に押し寄せる蒙古軍に対し、金田城に拠って抵抗する朽井迅三郎ら流人たちと宗家残党、刀伊祓。奇策を以て圧倒的な大軍に対して抵抗を続けてきた迅三郎たちですが、裏切り者も出る中で次第に切り崩され、そして(彼らは知らぬことながら)頼みとしていた博多からの援軍も送られず、ついに追い詰められることとなります。

 そして始まる最後の戦い。己のためだけでなく、誰かのために戦うことを知った迅三郎とともに一所懸命の想いで戦う対馬の人々ですが――しかし現実は残酷であります。
 刀伊祓を率いる長嶺判官が、共に戦ってきた流人の生き残りである導円・火垂が次々と斃れ、そして人々が次々と無惨な最期を遂げていく中、最後の希望であった迅三郎までもがテッポウに吹き飛ばされて海中へ……


 という第9巻の展開ですが、実はこのラストの部分は、本作の冒頭部分――第1巻の冒頭で描かれたもの。ようやくそこに物語は帰ったわけですが――もちろんこの先があります。
 ついに全ての防壁が崩れ去り、蒙古軍の前に無力のまま投げ出され、蹂躙される対馬の人々。そして頼みの迅三郎を失った宗家の輝日姫も、意外な運命を辿ることになります。

 正直なところ、これまで懸命に蒙古軍を食い止めてきたものが、まるで箍が外れたような勢いで潰走し――戦いとはそういうものだと言えば確かにその通りなのだとは思いますが――次々と登場人物たちが命を落としていくこの辺りの展開は、ひたすら辛い、の一言。
 特に輝日姫の侍女・鹿乃の辿る運命は、その直前の凄まじい行動も含めて、ひどく重い気分にさせられるのであります。

 もちろん、それは史実というものの厳然たる壁というべきものでしょう。たとえどれほど辛くとも悲しくとも、決して歴史の結果を変えることはできない――それを許せばそれはもはや歴史ものではないのですから。
 恥ずかしながら正直に申し上げれば、これまでこのラスト2巻を紹介してこなかったのは、その史実のあまりの残酷さに辟衛してしまったから、というほかないのですが――しかしそれはもちろんこちらの不見識と言うべきでしょう。

 なぜならば、そこで描かれているのは、敗北という結果でけはなく、歴史の余白に描くことを許されたもの――敗北という結果に揺るがされない、守る者たちを失ってなお、その存在を背負って戦おうとする者の、者たちの姿なのですから。
 それはもちろんある種の夢物語に過ぎないかもしれません。しかしそれでも、史実の壁の前に立ちすくむ者にとって、それは大いなる救いであり――そしてそれを描くことも、歴史ものの一つの意味であることは間違いないのではないでしょうか。

 あるいは本作はそんな物語はでなかったか、そしてその象徴が、朽井迅三郎という男なのではなかったのか――今読み返してみて、改めてそう感じた次第です。


 もちろん、それはその戦いの姿が、最後まで描かれてこそ初めて意味を持つものでしょう。だからこそ――この先の物語を、『博多編』の展開を、楽しみにしているのであります。


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