及川七生『月夜烏草紙』第1巻 進歩した女性と変わらぬ妖怪が生み出す物語
明治維新から30数年、明治の世に生まれた女学生と、長き時を生きる二人組の妖怪を通じて、時の流れと人の情念を描く連作漫画であります。急速に時代が移り変わっていく中、変わらぬもの、変わっていくものとは……
名門士族の家に生まれ、女学校に通う勝ち気な少女・千鶴。ある晩、芝居見物の帰りに昨今世を騒がす辻斬りと出くわしてしまった彼女は、危ういところで難を逃れることになります。
しかしそれをきっかけに、彼女が子供時代に亡くなった祖母のことが気になりだした千鶴。そんな彼女の前に現れたのは、二人組の妖怪・紫紅と若葉――彼らとの出会い、そして再び辻斬りと遭遇したことで、千鶴は封印していた記憶と向き合うことに……
新しい時代に生きる、進歩的でしっかりとした自我を持った女学生。人間とは異なる(物騒な)メンタリティを持ちながらも、人間に興味津々の妖怪。どちらも明治もの、妖怪ものでは鉄板のキャラクター類型ですが、この両者が組み合わさった作品は、存外少ないように思います。
本作はその数少ない一つ――千鶴と皮肉な美男の紫紅、少女人形のような若葉のトリオを主人公とした物語であります。
明治生まれの明治育ち、新しい時代の象徴ともいえる千鶴と、文明開化の世では時代遅れの妖怪と言われかねない紫紅と若葉と――住む世界も過ごしてきた時間も異なる両者の微妙なすれ違いから生まれるものが、本作の原動力といえるでしょう。
そして上に述べた第1話をはじめ、そんな彼女たちが出会うのは、いずれも江戸から明治という時代の移り変わりの中でドロップアウトした末に、己の内に生まれた黒い情念に飲み込まれかけた人々。
武士としての自分を捨てられぬ辻斬り、意に染まぬ結婚を強いられる女学生、彰義隊に加わった夫を上野戦争で亡くした女性、身分違いの結婚をきっかけに夫と溝が生まれた婦人――いずれもこの時代ならではの、そしてどこか我々の時代に通じるものを抱えた人々であります。
そんな人々を前に、進歩した女性である千鶴が、変わらぬ妖怪である紫紅と若葉が何を思うか? 時に優しく、そして時に(結構な割合で)残酷な物語が、そこに描かれることになります。
それにしても面白い――と言ってよいかはわかりませんが――のは、紫紅と若葉たちが基本的にかなり容赦がない点でしょう。
今は人の精気を吸う程度であるものの(見かけは美男の紫紅は、その点相手に困らない、というのが面白い)、元来は人を好んで喰らう二人。そんな二人は、時と場合が許せば文字通り人間に牙を剥く存在である、というのはこれは定番かもしれませんが――しかしそれをごまかさず、真っ正面から描くのにはある意味好感が持てます。
未読の方のためにあまり核心には触れられませんが、第1話は、まさにそんな彼らの容赦のなさと、人間の中に存在する、人間を人間ならざるものに変えかねない黒い部分――そしてそれは千鶴も全く例外ではなく持つものであることを明確に示すのも印象に残ります――が絡みあって、冷静に考えればかなり思い切った物語となっているのが、印象に残ります。
この第1巻が刊行された時点では、タイトルにナンバリングがなされていない本作。このことから察せられるように、第1巻のラストの時点で、それなりに内容はまとまっており、物語には一つの区切りがついているとも言えます。
とはいえ本作は全6巻構成。この先の物語で、ここで描かれた人間と人間の、人間と妖怪の関係性がどのように変わっていくのか、そして人間は時代の流れとどのように向き合っていくのか――やはり気になるところであります。
またいずれ、続巻もご紹介したいと思います。
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