伊藤勢『天竺熱風録』第6巻 玄策の旅の終わり そして縦横の繋がりの先に
唐の外交使節として訪れた摩伽陀国で、王位を簒奪した者たちを相手にとんでもない戦いを挑むこととなった王玄策の冒険記も、この巻にてついに完結。勝利は収めたものの一歩間違えれば国と国との戦いとなりかねぬ状況で、王玄策の力が試されることとなります。そして彼の旅の終わりに待つものは……
簒奪者アルジュナによって使節団の仲間を捕らえられ、副官と二人脱出した末に、ネパール・チベット両国の援兵を得て帰ってきた玄策。奇策に次ぐ奇策で敵軍を打ち破った玄策は、ついにアルジュナその人を捕らえることに成功いたします。
しかし戦いは始めるよりも終わらせることこそ難しい――とは、外交官たる玄策も骨身に沁みてわかっていること。はたして、援軍の名目で大軍を率いてきた東天竺のクマーラ王は、このまま国を奪ってしまえと唆し、一方でアルジュナの妻は徹底抗戦を唱えて篭城の構えをみせるではありませんか。
力では勝てない、力で勝つだけでは終わらせられないこの状況に、外交官として王玄策は最後の戦いに臨むのですが……
これまで、奇計を用い寡兵で大軍を散々に打ち破るという、軍記ものでは定番の――そして最大の魅力を見せてくれた本作。しかしその立役者である玄策自身は、決して将軍でも英雄でもありません。
彼はあくまでも外交官――戦いになることは、戦いで人死にが出ることは、彼にとっては恥ずべきこと。そしてそれ以上に、戦いを終わらせることができねば、それは彼自身を、いや彼を信じてきた者をも裏切ることになります。だからこそこの先、戦いを終える戦いこそが、本作の最大の見所――そう言えるかもしれません。
とはいえ、それは――動かしたのは玄策とはいえ――彼自身の力のみで成し遂げることができるものではありません。かくて、ここで繰り広げられるのは、オールスターキャスト総出演の大活劇。
あのキャラが意外な(?)実力を見せれば、このキャラが意外な顔を見せたりと、まさしく大団円と呼ぶに相応しい盛り上がりであります。
そして賑やかに終わるだけでなく、真の敵とも言うべき人物の行動に、単純に自分たちの善悪だけでは割り切れないものを窺わせてみせるのもまた、本作らしいと言うべきでしょうか。
そして戦いは終わり、玄策たちは唐に帰ることになるのですが――実にここからの物語が、この巻の三分の一程度を占めることとなるのに、初めは驚かされました。エピローグともいうべき部分を、ずいぶんと丁寧に描いたものだ――と。
しかしその内容がまた、この漫画版らしいと言うべきものなのであります。
唐に帰着し、無事に任を終えた玄策。しかし唐の宮廷には不穏な空気が漂い、その先の波乱を予感させます。それもそのはず、この先、あの則天武后が、表舞台に登場することになるのですから。
(ここで顔見せ程度に描かれる彼女の姿が、また実に作者らしくて素晴らしい)
もちろん、極端なことを言えば一介の専門職である玄策にとっては、これは少々遠い世界の話かもしれません。彼が生きるのは、それよりもさらに遠い外つ国との間であります。
そして唐の歴史がこの先も――波乱に満ちた形で――続くのと同様に、玄策と彼の周囲の人物の旅もまた続きます。そしてそれは、驚くべきことに(間接的な形ではあれ)やがて我々の住むこの国まで繋がっていくのであります。
歴史・時間といういわば縦の連なりと、地理・空間という横の連なり――その縦横の広がりを丁寧に描いた後に、本作は結末を迎えます。それは本作という、深い歴史と広い世界を舞台に描いた物語には、まことに相応しいものであったと感じます。
玄策がこの旅で写し帰り、そしてそれがさらに写されて日本にまで伝わった仏足石。この物語の最終ページに描かれたそれは、そんな広がりの一つの象徴と言うべきなのでしょう。
……って、おじさん! そういえば出てこないと思ったら、ここにいたのかおじさん!
と、作者ファンには何とも嬉しいサービスをラストに炸裂させて終わる本作。そりゃあ一筋縄ではいかない人物だったはずだ――と納得(?)の結末であります。
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