瀬川貴次『百鬼一歌 菊と怨霊』 最強の怨霊と、時代に悩む老人・大人・若者・子供
鎌倉時代の京を舞台に、文弱の和歌マニア青年・希家と、源頼政の孫娘の体育会系少女・陽羽が、宮中を騒がす奇怪な事件に挑む『百鬼一歌』シリーズの第三弾であります。今回登場するのは、あの後白河法皇――この世に怖いものなしの実力者を震え上がらせる怨霊の正体とは……
中宮の名代として後白河法皇に縁起物の菊酒を献上することとなった陽羽たち。しかしそこで先輩女房の桂木が法皇に見初められ、一晩語らいたいと言い出すのでした。
しかしこれは大問題――というのも桂木は見かけも心も女ながら性別は男だったのですから。中宮のもとを取り仕切る女房の讃岐は、もう法皇も老齢だからと桂木を送り出してしまうのでした。
しかしその晩、法皇と桂木が語らっていた最中の仙洞御所に雷が直撃。さらに雨に打たれて倒れた軒端の荻を見て、法皇は震え上がってしまうのでした。
というのも荻はかつて崇徳上皇が歌に詠んだ草――これはかつて皇位を巡って争い、怨みを飲んで亡くなった崇徳上皇の怨霊の仕業だと、法皇は思いこんでしまったのです。
それでも数日後に再び桂木を召し出した法皇は、夜具の下に鶉の羽根が落ちているのを発見。鶉もまた、崇徳上皇が歌に詠んだもの――ということで、宮中は祟りの噂で持ちきりとなってしまいます。
さらに、帝と中宮がおわす清涼殿で雑色女の死体が見つかったのですが――そこには菰と柳の枝が置かれいたではありませんか。
もちろんこれもまた、崇徳上皇の歌にまつつわるもの――最初は他人事であった希家ですが、中宮の実家の家司である彼にとっては、この騒動で中宮への帝の寵愛が薄れては大問題であります。
例によって陽羽に引っ張り出されたこともあり、出家した兄の寂漣ともども、事件に巻き込まれていく希家ですが……
というわけで、今回も思わぬことから、この世のものとは思えぬ怪異に巻き込まれてしまった希家と陽羽。半分自分から怪異に突撃していく陽羽と、巻き添えを食らう希家というのはいつも通りですが――しかし事が和歌のモチーフにまつわる見立てだけあって、今回は希家も専門分野を活かすことになります。
そんなコンビの活躍(?)に、シリーズ第一作以来でヒロイン役を務める複雑な立場の佳人・桂木、希家の自慢のお兄ちゃんながら実は深い闇を背負った寂漣、頼もしくもおっかない讃岐といった個性豊かな面々が絡むのですから、面白くならないはずがありません。
お得意のスラップスティック風味は抑えめですが(それでも、希家が見立てに気付いて騒いだおかげで、騒動がさらに大きくなるくだりなど実に楽しい)、しかし作者一流の雅で、しかしおかしくも恐ろしく、そしてもの悲しい物語は、本作でも健在であります。
そして本シリーズの特徴である史実とのリンクとしては、後白河法皇が登場するのがやはり興味深いところであります。
平安末期から鎌倉初期の歴史を大きく動かした逸話には事欠かない人物ですが、本作にでは少々意外な姿を見せてくれるのも興味深い。さらにそんなお方を脅かすのが、日本最強の怨霊となった方なのですから、騒動も、物語も、大きく盛り上がろうというものです。
しかし、キャラクターや物語そのものの面白さもさることながら、本作において強く印象に残るのは、老人・大人・若者・子供という様々な世代の人間たちが、それぞれの立場から過去と現在、そして未来に向き合っていく姿であります。
かつて愛した人の面影を追い求め、過去の罪の記憶に苛まれる老人。運命に流されるままに、抜け出せない深みにはまっていく大人。大人と子供の間で、後には戻れず先に進むには不安だらけの若者。先しか見ていないが故に、恐ろしく危なっかしい子供……
ここで述べたのがそれぞれ誰を指すかは言うまでもありませんが、一人一人が自分自身の形でもがきながら、過去に折り合いをつけ、現在と向き合い、未来に進んでいく姿は、舞台となる貴族の世から武士の世という大きすぎる時代の移り変わりと重なり合って、より一層感動的に感じられます。
そして同時に、そんな彼らの姿は、現代の我々から見ても、どこか身近に思えるものではないでしょうか。
物語の面白さ、キャラクターの魅力はそのままに、史実と絡めることでさらに深みと感動を増してみせた本作。
ただ一つ、この結末ではまるで――という点のみ、不満というか不安が残るのですが、それはいずれわかることでしょう。今はただ、この物語の余韻を楽しみたいと思います。
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