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2019年9月

2019.09.30

『鬼滅の刃』 第二十六話「新たなる任務」

 不甲斐ない十二鬼月の下弦解体を宣言する無惨。次々と下弦が殺されていく中、下弦の壱のみは許され、更なる力を与えられる。一方、訓練を終えた炭治郎たち三人は蝶屋敷の人々に別れを告げ、炎柱・煉獄と合流するために鬼が出没するという無限列車に乗り込む。そこで彼らを待つものは……

 最終回の今回、OP抜きでわちゃわちゃとなんだかんだで楽しそうな三人組が描かれたと思いきや、いきなり舞台は数ヶ月前、空間が歪み縦横が入り乱れた屋敷とも迷宮ともつかぬ場に移ります。そこに集まった、いや集められたのは十二鬼月の下弦――倒された累以外の五人。そして彼らの前に現れたのは異様に迫力のある美女――の姿に何故か変じている(本当に何故だ)鬼舞辻無惨であります。

 そしてここから始まる無惨名物のパワハラ独演会。何故お前らはそんなに成績が悪い(=柱に勝てない)のか、十二鬼月になって安心するのでなくもっと上を目指せ云々と、何だかサラリーマンの心に異常に刺さるお説教が繰り広げられるのですが――しかし無惨様の恐ろしさはここからなのです。
 余計なことを考えただけでも殺す。言うことをちょっと否定しても殺す。逃げても殺す。何か要望しても殺す――役に立たない下弦解体宣言をした無惨様に容赦とか道理とかいったものは一切なし。無惨から放たれる異常にCGっぽい鬼の腕とも触手ともつかぬものによって、下弦は次々と惨殺されていくことになります。しかし最後に残された下弦の壱は、他の鬼たちの断末魔を聞けた上に自分の事を殺してくれるなんて――むしろうっとり。その変態ぶりを気に入った無惨は、壱に自分の力を与え、パワーアップさせるのでした。

 そして時間は現在に戻り、四十人以上の行方不明者が出ているという無限列車(運行止めようよ)に向かえという指令を受けた炭治郎・善逸・伊之助。実はこの任務を推薦したのはしのぶ(ということは間接的に煉獄さんをアレしたのはしのぶということに……)ということのようですが、そうとは知らず、炭治郎は世話になった蝶屋敷の人々に別れを告げることになります。
 途中、なんか妙にゴツく目つきのおかしなモヒカン(一応同期)とすれ違うも無視されたのはノーカンとして、アオイさんとカナヲに挨拶をする炭治郎なのですが――アオイさんの想いは俺が戦いの場に持っていく、カナヲは自分の心の声をよく聞いて心のままに生きること、などと二人がそれぞれ心の奥底で望んでいたようなことを的確に突いてフラグを立てていく炭治郎は、ちょっと凄いと思います(たぶん善逸が見たらまた刃物振り回す)。

 そして三人娘の前で見事に巨大瓢箪に息を吹き込んで破裂させる炭治郎・善逸・伊之助。善逸と伊之助がそれぞれに別れを惜しむ中、炭治郎の前に現れたのは義勇さん!
 当たり障りのない言葉を贈る義勇さんに対し、目を輝かせて禰豆子のために腹切りを賭けてくれたことに礼を言う炭治郎。しかし義勇は大したことではないなどと、言うだけ言ってヒュンと消えてしまうのでした――ってこの人、これだけのために出てきたのか!(ちなみにここアニメオリジナルシーン) この先もこの調子で出番増やしそうだな……

 何はともあれ、無限列車に乗るために駅にやってきた三人組。伊之助と炭治郎が初めて見る機関車に明治初期の人間のようなリアクションを見せたり、思い切り刀を持ち歩いていたおかげで警官に追いかけられるなど色々とありましたが、何とか動き出した列車に飛び乗った三人――いや禰豆子も入れて四人は、OP曲に乗せて決意を新たにするのでした。
 そしてその列車には煉獄さんが、そして下弦の壱が――と戦いの予感を漂わせ、今回のアニメ、竈門炭治郎立志編(初めて知った!)は完結することになります。


 というわけでこのアニメ版『鬼滅の刃』も最終回――無限城(という名称は出ていませんが)内部や炭治郎とカナヲのやりとりなど、妙に作画が良い部分はありましたし、ところどころに入るオリジナルシーンも目を引いたのですが、まずは無難に終わったかと思います。
 無難と言ってもそれは原作に比べてという意味で、ようやく下弦を一人倒したと思ったら、残る下弦は一人を残して癇癪を起こした親玉に皆殺しにされるという展開は、やはり今見ても斬新といえば斬新であります。

 さて、最後にスタッフロールの後に「特報」と出たので、お、やはり第二期か――と思いきや、何と「無限列車編」映画化決定! 
 ……え、無限列車での戦いはTVでやらないのかしら、そもそも無限列車(その後の戦いも含めれば)だけで結構な分量の気がするのですが――などと思いましたが、今回も第1-5話分がTVに先駆けて劇場公開されたわけで、まずは続報を気長に待ちたいと思います。


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 『鬼滅の刃』 第二十三話「柱合会議」
 『鬼滅の刃』 第二十四話「機能回復訓練」
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2019.09.29

野田サトル『ゴールデンカムイ』第19巻 氷原の出会いと別れ さらば革命の虎


 アニメ第3期も決定した『ゴールデンカムイ』も、この第19巻で一つのクライマックスを迎えることになります。氷原の果てでついに再会することとなった、北海道から二手に分かれ北上してきた者たち。そこで激しい戦いの果てに迎える別れとは……

 アシリパだけが知るというアイヌの黄金の秘密を求め彼女の父・ウイルクの足跡を追って北に向かうキロランケたちと、アシリパたちを追う杉元たち。北海道から樺太へ、各地で冒険と騒動を繰り広げてきた二つのグループは、北樺太に造られたロシアの亜港監獄でついに出会うことになります。
 その監獄に収監されているのは、かつてウイルクとキロランケの同志だった女性・ソフィア。彼女を脱獄させるために外壁を爆破したキロランケですが、そこに何と流氷を渡ってきたアムールトラが乱入! たちまち監獄は大混乱に陥るのでした。

 という場面から始まるこの第19巻。もはや猛獣の乱入は定番の感もありますが(前の巻を読んだ時、てっきり監獄で飼われていたものと勘違いしておりました)、しかしそれも自由を前にしたソフィアにとっては乗り越えるべき障害の一つに過ぎません。
 まさに母夜叉といいたくなるような暴れっぷりでトラをも蹴散らしてソフィアはついに監獄の壁を乗り越え、アシリパと出会うことになるのでした(そしてここで自分のキャラを貫くキロランケがある意味凄い)。

 そしてソフィアから聞いた父の名の由来から、かつて父と交わしたある会話を思い出すアシリパ。母と自分のみが知る父のアイヌ名ホロケウオシコニ――「オオカミに追いつく」の意が示すものとは、やはり……


 一方、一足遅く亜港監獄に辿り着いた杉元一行は、アシリパたちを追って流氷原へ。そしてその杉元とまず再会したのは――白石! いかにも彼らしいスットボケた窮地に陥ったところからガッチリと手を取り合う再会シーンは、アシリパとはまた別の二人の絆の強さを感じさせる気持ちの良い名場面であります。

 そしてそのアシリパに迫るのは――彼女が暗号の鍵に思い至ったことを察知した尾形。アシリパを重荷から解放してやると語り、杉元の末期の言葉(と称するもの)を交えつつ言葉巧みに迫る尾形ですが――しかしある一つの質問からボロが出てしまったのは、アシリパと杉元の絆の強さによるものか、尾形の抱えた闇の深さによるものか。

 しかし尾形の心の闇は、なおもアシリパを捕らえようと蠢くのです。
 これまで人の命を奪うことがなかった――杉元が奪わせようとしなかった――アシリパに対し、自分を殺せと迫る尾形。これまで自分が生きるために、いや自分が自分であるために人を、肉親を殺してきた彼にとって、あたかも天使の如く生きるよう護られてきたアシリパは、自分の存在を否定するも同然の存在なのでしょう。

 しかしここでも彼女を護る者が――言うまでもなく杉元が登場。ただで済むはずもない二人の再会は、しかし思わぬ結末を迎えることなるのですが……
 そしてその先にあるのは、待望の杉元とアシリパの再会、なのですが――こっちはこっちで全く思ってもみなかった大変なことに。いや、ある意味本当にこの作品らしいですが、もう少しこう、何というか手心というか……


 そんな様々な再会の形が描かれた一方で、激しい戦いを展開することとなったのは、キロランケと、谷垣・鯉登・月島の(元)第七師団の三人。
 まずはインカラマッの分とばかりに痛打を与えた谷垣ですが、しかしここまで来たキロランケの執念はこの程度では止まりません。得意の爆薬を使ったトラップで月島を退け、なおも追いすがる鯉登と死闘を繰り広げ、なおも戦い続けようとする彼に、アシリパが語ったものは……

 複雑な過去と幾つもの顔を持ち、時に頼もしい兄貴分として、時に向背定かならざ謎の人として、物語の中で活躍してきたキロランケ。
 その彼がここまで繰り広げてきた旅の結末は――シリアスな中にクスッとさせられる変化球を交えてくる描写はここでもかい、という印象ですが、しかしそれも含めて彼の旅路であり、そして彼にとっての(読者にとっても)救いと感じます。

 そんな彼が夢見たもの、彼が追い求めたものを、アシリパが受け継ぐことになるのか? あるいはそれは、もう一人の同志であるソフィアの存在が左右するのかもしれませんが――それは次の巻に持ち越しであります。


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2019.09.28

平谷美樹『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 名月怪談』 二人の過去と現在のすれ違い 二人の想いの行方


 江戸の草紙屋薬楽堂を舞台としたミステリ連作である本シリーズも、本作で第5作目。推理名人の女性戯作者・鉢野金魚と同じく戯作者で残念イケメンの本能寺無念をはじめとする面々が、今回も賑やかに怪事件に挑むのは相変わらずですが、今回はこのコンビの関係性にある変化が……

 ある日、薬楽堂を訪れた金魚の耳に入ってきた奇妙な出来事。薬楽堂の主人の娘・おけいの友達・梅太郎の家である菓子舗で、幽霊騒動が起きているというのです。
 菓子舗の主の妻――つまり梅太郎の母が先日亡くなり、まだ幼い彼が寂しさに枕を濡らす中、縁側に現れたという母の亡魂。以来、幾度も奇妙な現象とともに現れるその亡魂の謎を解くため、おけいは毎日菓子舗に通っているというのであります。

 子供ながら金魚が時に舌を巻くほどの頭の回転を見せ、怪異に対しても、自分で見たことがないものは安易に判断しないおけい。その彼女が今回は亡魂の存在を信じかけているというのに興味を抱いた金魚は、菓子舗に出かけていくのですが……

 本書の冒頭を宇飾るのは、そんな「縁側の亡魂 菓子舗異聞」。正直なところ、亡魂の正体自体はすぐに見当がつくのですが、しかし謎を解くことによって傷つく者がないように如何に騒動を収めてみせるのか――それが金魚たちの腕の見せ所であります。
 そして本シリーズがミステリであると同時に人情ものとして成立している所以は、ここにあると再確認させられるのです。


 その他、本書に収録されているのは以下のエピソード。
 何故か薬楽堂の敷地に放り込まれるようになった上物の煙草が思わぬ事態を引き起こす「怪しの進物 谷川のみなもと」。
 大坂から曰く付きの品物を持ち込んだ世利子(フリーの本の商売人)が参加した百物語で次々と怪異が発生、三度目の百物語に参加することになった只野真葛と金魚が怪異の謎に挑む表題作「名月怪談 百物語の夜」。
 北斎の娘であり薬楽堂とも馴染みのお栄のもとに持ち込まれた、本人を見ずに似姿を描くという依頼の背後を探る金魚たちが思わぬ強敵と出会う「絵描き冥利 媼の似姿」

 いずれも奇妙な事件、怪奇な事件を巡り、快刀乱麻を断つが如き金魚の推理と、そんな彼女を助ける薬楽堂に集う人々の活躍が楽しい作品揃い――と言いたいところですが、実は今回は少々金魚の推当の才も空回り気味。果たしてその原因は――といえば、それが無念の存在なのであります。

 シリーズの冒頭から、薬楽堂に集う戯作者仲間として、そして推理と悪巧み(?)の仲間として、常にともにあった金魚と無念。
 その関係は単なる同業者というだけではもちろんなく、親友や相棒というのに近いものなのですが――互いに相手を意識するようになったのが、厄介の種なのであります。

 もちろん、これまでもそれらしいところは十分にあって、こちらもニヤニヤしながら眺めていたのですが――しかし本書のある事件をきっかけに、自分の中の想いを自覚することとなった二人(というより金魚)。
 どちらもいい大人ではあるのですが、しかし大人だからこそ、あれこれ考えてそれに縛られてしまうもの。金魚にとっては自分が元女郎だったという過去が、無念にとってはそんな彼女を支えられる甲斐性がないという現在が――二人を縛るのです。


 さて、そんな二人の想いの行方は――それをここで述べるのは野暮というものですが、一つだけ、大いに感心した、いや反省させられたのは、金魚に関するある描写であります。

 これまで無念をはじめとした男たちに対してもサバサバとした態度を崩さず、そんな女らしさを過剰に押し出さないのがキャラクターとしての魅力に感じられた金魚。
 しかしそんな彼女が、その過去ゆえに何を押し殺してきたのか、何を得て何を失ってきたのか――詳細は伏せますが「無念への思いは××」という言葉を前にした時、自分が如何に男目線でしか彼女を見ていなかったか、無念同様の鈍感男でしかなかったかと、痛感させられるのです。

 思えば金魚のみならず、真葛、おけい、お栄とそれぞれに個性と魅力を持った女性たちを描いてきた本シリーズ。それは、人物の精神的な――時に本人自身も気付いていない――骨格を踏まえた人物造形によるものであったかと、今更ながらに感心させられた次第です。


 しかしこの結末だと、この先は――と少々気になりもするのですが、それこそ野暮というものでしょう。今はただ、その余韻を噛みしめておくこととしたいと思います。


『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 名月怪談』(平谷美樹 大和書房だいわ文庫) Amazon
草紙屋薬楽堂ふしぎ始末5 名月怪談 (だいわ文庫)


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2019.09.27

九里一平『暗闇同心 鍔鳴剣屍郎 怨霊斬り』 宿命の青年剣士vs悪霊! 直球ど真ん中の時代伝奇劇画


 漫画家、そしてタツノコプロで活躍したアニメ業界人である九里一平が、同じくタツノコプロ出身の脚本家・酒井あきよしの原作で描く直球ストレートな時代伝奇劇画であります。元禄時代の京を舞台に跳梁する悪霊たちに挑む青年剣士・鍔鳴剣屍郎。しかし彼の歩む道はどこまでも険しく……

 怪僧・道鏡が甦らせたこの世に恨みを残す悪霊たちにより、次々と怪事が起こる元禄の京。
 この悪霊たちに手を焼いた京都所司代・小笠原佐渡守に比叡山の大僧正が引き合わせたのは、比叡山で育てられた青年剣士・鍔鳴剣屍郎――悪霊を発見すると鍔鳴りを起こす妖刀・童子切安綱を手に、この世を守護する四禽の刺青を背にした剣屍郎は、白頭巾姿で次々と悪霊を倒していくことになります。

 そんな中、求婚者が次々と奇怪な死を遂げる四辻家の姫・雪と出会った剣屍郎。その雪に母の面影を感じ、強く惹かれる剣屍郎ですが――四辻家はこの世に在りながら代々魔界の「草」として魔界の手引きをしなければならない家、佐渡守は雪の存在を危険視し、抹殺を命じるのでした。
 佐渡守の命に逆らい。雪を救わんとする剣屍郎と、己の定めから逃れるため、自分も背に四禽の刺青を背負おうとする雪。悪霊たちの力が強まる中、二人の愛の行方は……


 小説はもちろんのこと、漫画の世界でもストレートな伝奇時代劇というものは少なくなっている昨今。しかし本作は、このあらすじを見ればわかるように、直球ど真ん中、剛速球の伝奇時代劇です。
 そしてそれを描くのが大々ベテランの九里一平、アメコミに影響を受けたというその描線――私が子供時代に観た、氏がキャラクターデザインを担当した『ゴールドライタン』や『闘士ゴーディアン』も、スマートでありつつも濃い絵柄が印象的でした――は本作でも健在であります。

 特に主人公の剣屍郎は、絵柄に負けずなかなか濃いキャラクター。魔界の血を引く孤独な剣士という造形自体は定番ではありますが、明朗熱血漢的なビジュアルの一方で、悪霊を斬るたびに血の涙を流すという設定は、ある種のミスマッチぶりが強烈な印象を残します。 また、登場する悪霊や魔物の数々の姿は、良い意味でスタイリッシュさのない泥臭さがその悍ましさを強調して、この世に在らざる怪物ぶりを感じさせるのです。


 さて、物語の方は「退魔編」「決闘編」「魔性の肌編」「完結編」と四部構成。
 ヒロイン・雪(小野篁の末裔という設定)を苦しめる小野小町の悪霊と対峙する「退魔編」、新たに復活し次々と道場破りを繰り返す宮本武蔵の悪霊と激突する「決闘編」、血の定めから逃れるために放浪する雪の姿を描く「魔性の肌編」、そして剣屍郎と雪の運命の結末を描く「完結編」――と物語は展開していくことになります。

 ちょっと面白いのは、剣屍郎が正義感と、そして何よりも己の背負った宿業から悪霊と対峙していくのに対して、彼に悪霊との戦いを依頼する所司代方はあくまでも治安維持が目的であること。
 そのため、この世に更なる悪霊を呼び込みかねない雪の存在、そして剣屍郎と彼女の愛は、所司代にとっては排除すべきものでしかいのですが――終盤において、悪霊のみならず権力を向こうに回して一種の逃避行を繰り広げる二人の姿に漂うある種のやるせなさも、印象に残るところであります。


 というわけでこの直球の時代伝奇ぶりが魅力の本作ですが、その一方で、その直球さがオールドファッションなものに映ってしまうのもまた事実ではあります。(折角の画のクオリティが、第四部で急に落ちてしまうのも残念)
 また、この黒幕が、何故この元禄を舞台に跳梁するのか等、伝奇ものとしての必然性が今ひとつ乏しい点も気になりました。

 現在の作品としては得難い個性を持つ作品だけに、必ずしも万人に勧められるというわけではないのが勿体ないお話ですが――電子書籍版は各部毎の発売となっているので、興味のある方は、まずは第一部をお手にとっていただくのがよいかと思います。


『暗闇同心 鍔鳴剣屍郎 怨霊斬り』(九里一平&酒井あきよし 出版ワークス) 第1部 Amazon/ 第2部 Amazon/ 第3部 Amazon/ 第4部 Amazon
暗闇同心 鍔鳴剣屍郎 怨霊斬り 第1部 退魔編暗闇同心 鍔鳴剣屍郎 怨霊斬り 第2部 決闘編暗闇同心 鍔鳴剣屍郎 怨霊斬り 第3部 魔性の肌編暗闇同心 鍔鳴剣屍郎 怨霊斬り 第4部 完結編

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2019.09.26

東村アキコ『雪花の虎』第8巻 景虎、初めての友情と初めての恋!?


 最初の川中島合戦を終え、京に出た長尾景虎――というわけで『雪花の虎』は京都上洛編に突入。そこで彼女が出会うのは、青雲の志を抱く同年代の若者たちと、京を牛耳る男たち。そんな中で彼女が急接近する人物とは……

 位階の叙任御礼のため、上洛することとなった景虎主従。京までは「景虎」役を影武者のシロに任せ、自分は「女装」して女中の虎として別ルートを行く景虎が朽木谷で出会ったのは、都落ちした将軍と、彼の友人・股肱たち――すなわち、足利義藤(義輝)、近衛晴嗣(前久)、細川藤孝、進士藤延の面々であります。
 最初は身分を隠して(後で思いっきりバレて)彼らと交誼を結ぶ虎ですが――彼女にとっては、彼らこそが初めての友であることを、意外と思うべきか、納得するべきか。

 考えてみれば、幼くして寺に入れられ、その後には長尾家の後継者として奉り上げられた景虎。俗世と離れた世界で暮らすことを余儀なくされた彼女の周囲にいたのは、家臣や守り役、そして敵だけであり――自分と対等に言葉を交わす同年代の人間はいなかったわけであります。
 それが将たるものの宿命――というのは簡単ですが、しかしそれ以上に複雑な存在である彼女の身上を考えれば、そう簡単に割り切れるものではないでしょう。

 何はともあれ、ここで四人の友を得た景虎ですが――その中で特に景虎に近づくことになったのが進士藤延。
 代々将軍の食膳を司る供御方の彼は、身も蓋もないことを言えば四人の中では最も地味な存在ですが――しかし、温厚で花を愛する藤延に亡き兄・晴景の面影を見た景虎は、彼に最も興味を惹かれることになります。

 そして京に出る景虎の案内役として同行したこともあり、いよいよ急接近する二人ですが――しかし歴史はそんな二人を放っておくほど甘くはないのであります。

 ここで景虎の前に現れるのは、将軍が朽木谷に落ち延びた今、京を実質的に支配する者――畿内を治める三好家の当主・長慶。その長慶が、腹心の松永久秀が、そして長慶の義弟・千宗易(すなわち千利休)が、彼女の前に立ちふさがるのです。
 といってもいきなり襲いかかるわけではもちろんなく、景虎と長慶の対面の場は、宗易の茶会の場なのですが――それが最も恐ろしいことは、後世の歴史を知る者には想像がつくでしょう。

 そこで行われる長慶との対話、そして宗易の品定め――そこで簡単に屈する景虎であることは言うまでもありませんが(しかし長慶が景虎に語る言葉は、ある意味景虎の本質と弱点を突いているのですが)、それこそがむしろ命取り。
 景虎の器を知り、そして容易に自分たちに靡かぬと見た久秀が、そして彼とは旧知の中の山本勘助(!)が送り込んだ刺客に襲われる景虎主従と藤延。そして配下とはぐれた景虎は藤延と二人逃避行を……


 というわけで、物語の全てのベクトルが二人をくっつける方向に向かっている感もあるこの第8巻。こうもはっきりと描かれるとどうかなあ――という印象もありますが、初めての友情が生まれるのであれば、初めての恋が生まれることもあるのでしょう。
(宗謙とは、考えてみれば恋愛というものとは違う気もいたします)

 そもそも男性との関係性を考えた時、腹心の配下たちにまで、何が彼女にとってノーマルで、何がそうでないのかと混乱される景虎。このような表現が許されるかはわかりませんが、そんな彼女の姿には、おかしさと同時に哀れさを感じるのが正直なところであります。
 だとすれば、彼女が体(だけ)でなく心を預けられる相手が現れるのはこれは言祝ぐべきことかもしれません――というのは、これも現代人の男性の勝手な視点ではありますが……

 しかし問題(?)は、藤延もまた、ただ者ではない――いやなくなるということかもしれない、ということであります。
 まだほのめかされただけではありますが、おそらく彼はある人物の前身。景虎以外のキャラとして初めて飾った本書の表紙で、思い切り桔梗の花を手にしているわけで――おそらくそういうことなのでしょう。

 実は本作以前よりそうした(奇)説はあったのですが――しかしそうだとすれば、伝奇的にも、何よりもドラマ的にも非常に面白いことになりそうであります。
 少々気が早くもありますが、この恋が何を生むことになるのか――いやはや、戦はなくとも相変わらず波瀾万丈の本作、先が気になります。


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2019.09.25

菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語


 謎の島を舞台に仙薬を求める死罪人と山田浅ェ門たち、そして島に巣くう怪物たちとの死闘を描く『地獄楽』――その本編第7巻と同時に発売された初の小説版であります。画眉丸と佐切の主人公コンビをはじめとして、個性豊かなキャラクターたちが活躍する前日譚を中心に、全4話が収録された短編集です。

 江戸時代後期、不老不死の仙薬が眠るという謎の島に、無罪放免と引き替えに仙薬を求めて放たれた死罪人たちと、彼らの監視役である山田浅ェ門の名を許された剣士たち。
 彼らが島で繰り広げる死闘の数々を描く本作は、本編では今まさにクライマックスに突入している状況ですが――この小説版は、物語の序盤、島の上陸第一日目を舞台に、登場人物たちが島に来るまでの前日譚を中心としたエピソードから構成されております。

 第一話「夫婦の鉄則」は、画眉丸を江戸まで連行する佐切が、旅の途中で立ち寄った宿場町で、必死に今を生きる宿屋の主人夫婦を助けるために悪人たちと対峙する物語。
 悪徳高利貸しと結託した好色な代官、そして代官の用心棒の忍びという、ある意味で「時代劇」らしい敵役に、らしくない画眉丸と佐切が挑むこととなります。

 タイトルの夫婦は、もちろん宿屋の主人夫婦を指しつつも、同時に画眉丸と彼が戦う理由である妻を指すものでもあります。
 冷徹な殺人マシンでありながら、妻の存在によって人間として変わり始めたという、ある種特異な画眉丸のキャラクターを、本作で再確認させられたといえるでしょうか。
(それと同時に、男女主人公でありながら恋愛感情ゼロというユニークな二人の姿もまた)


 第二話の「連星、輝く」は、死罪人と浅ェ門が兄弟という特異な亜左弔兵衛と桐馬の過去のエピソード。かつて四国で盗賊団を率いていた二人が遭遇した、強大かつ凶暴な盗賊団の長との対決が描かれます。

 作中でもよほどのことがない限り常に離れず、兄弟で動いてきた二人ですが、本作では強敵の前に弔兵衛が敗北、桐馬を差し出して逃げるという衝撃の展開。
 まあもちろんあの弔兵衛が、あの桐馬がやられて黙っているはずもないのですが――二人の堅い絆はもちろんのこと、物語の流れ的に本編ではなかなか描きにくい類の二人のえげつなさが印象に残ります。


 一方、第三話「心動かすもの」は、本書で唯一「現在」の――島に上陸してからの物語。死罪人の一人・ころび伴天連の茂籠牧耶と、同じく死罪人のくノ一・杠の化かし合いが、杠の監視役である仙汰を通じて描かれます。
 実はここで描かれる杠と茂籠牧耶の対決は、本編では1ページ程度でさらりと描かれているもの。その時は牧耶は散々に杠に弄ばれた挙げ句、あっさりと退場したことのみが語られたのですが――ここでは杠以上に牧耶のキャラクターの方が掘り下げられた印象があります。

 切支丹だけでなく様々な宗教を都合良く取り入れ、己の目的のために用いる牧耶。本作ではその狂熱ぶりと、その危険性が描かれるのですが――その歪んだ宗教のパッチワークと、極楽を求める牧耶の姿は、今になってみればこの島の姿と重なるものであったと気付かされます。
 もっとも、彼がここで死なずに生き延びたとしても、島の主たちと出会った時にはさらに悲惨な最期が待っていたと思いますが……


 そして第四話「桜咲く庭」の主役は、山田浅ェ門中随一の熱血漢・典坐――町のゴロツキであった彼が、いかに山田浅ェ門門下に加わり、そして士遠を師と仰ぐこととなったかが語られることとなります。
 実は典坐が士遠に拾われた過去については、これも本編中で描かれているもの。本作はそれを踏まえつつもその先――何故彼が剣を投げ出すことなく、修行を続けることとなった理由を描くのです。

 正直なところ、物語の内容的には予定調和的な部分もありますが――しかし本作の真の魅力は、明日の望みもなく暴れ回っていた典坐と、そんな彼の「可能性」を信じ、受け止めた士遠の絆の形であることは言うまでもありません。
 本編のこの後の展開を思えば、あまり「可能性」と言われると胸が激しく痛むのですが……


 物語の性質上、ストーリーの本筋が始まってからはなかなか語られざる物語を描きにくい『地獄楽』。それをこのような形で、キャラクター一人一人の物語を掬い上げてみせるのは、ファンにとっては実に嬉しいお話です。
 描写にも違和感はなく、ぜひこの調子で残されたキャラクターたちも描いてほしい――と、欲張りにも考えてしまうのであります。


『地獄楽 うたかたの夢』(菱川さかく&賀来ゆうじ 集英社JUMP j BOOKS) Amazon
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2019.09.24

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の1『白い影(上)』 第15章の2『白い影(中)』 第15章の3『白い影(下)』


 盲目の美少女修法師の活躍を描く『百夜 百鬼夜行帖』久々の紹介は、第15章の前半――とある村の森に夜な夜な現れる奇怪な白い影の群れの正体を突き止めるべく、百夜の弟子として左吉と文七のコンビが挑むことになります。

 中原街道の中里新田――その名の通り、新田を開発している村の森に夜な夜な現れる怪異。森の木々の隙間を埋め尽くすように無数の白いモノが、体を揺らしながら立つという不気味な怪異に、村人たちは怯えるばかりであります。
 文七の従兄弟から持ち込まれたその話に、左吉と文七を連れて中里新田に向かった百夜。しかし百夜は現地に着くや、怪異と出会う前から、その正体を見破ったと語ります。

 そして、そんな百夜の言葉がさっぱり理解できない左吉と文七に対して彼女が命じたのは、二人だけでこの怪異の正体を見破るという修行。おっかなびっくりで夜の森に入った二人は、そこで次々と奇怪なモノたちと出会うことになります。
 奇怪な姿を取り、無数に現れる白い影は何者なのか? そして何のために現れるのか? 怖いながらも必死に知恵を振り絞り、一歩一歩真相に迫る二人ですが……


 というわけで、前話と同じく全3話構成ではあるものの、しかし全く趣向の異なる今回のエピソード。まさしく「百鬼夜行」に相応しいもののけ総進撃で登場する白い影は、いずれもただそこに居て、動き回るだけではありますが、しかしそれが数え切れないほど現れるというのはかなりの迫力であります。

 それもこんな奇怪な姿で――
・宙に浮く光る四角い骨組みと、地面に出る耳がついた巨大な唇
・膝を曲げずに腰を回転させて移動する人の下半身のみ
・全身にびっしりと目を並べたエイのようなモノ
・一つ目の細長い大入道
・いくつも積み重なった大きな唇
・七十尺ほどもある鱗を持った象

 何がなにやら、ここまで来るともう判じ物のような――と言えば、ここでシリーズの読者であればピンとくることでしょう。これらの白い影は、いずれも何かの品物が変じたモノ――すなわち付喪神なのであります。
 もちろん百夜にはそんなことはお見通しですが、ここで百夜がいつもの茶目っ気と、そして師匠としての想いから、この正体暴きを左吉と文七に命じるというのが、また物語をややこしくさせることになります。

 百夜のマネージャー的な存在である左吉と、怪異専門の瓦版書きの文七――どちらも百夜の弟子を自認してはいるものの、しかし百夜のような霊能力をもつわけでも、修行を積んだわけではありません。
 一般人そのものの彼らにできるのは、知恵を振り絞って付喪神の正体を探ることのみですが――しかしそれこそが付喪神をカミアガリさせる第一歩なのです。

 しかし、それで終わりではありません。それでは何故付喪神が現れたのか――それも一カ所に、これほど多種多様に? 左吉と文七は、鬼師匠に命じられるまま、この謎にも挑むことになるのであります。


 ここしばらくは、大仕掛けな伝奇もの――それも付喪神ではなく、亡魂などの怪異とそれを操る者たちなどとの戦いを描いてきた本シリーズ。
 それはそれでもちろん大好物ではありますが、しかしそれだけでなく、付喪神の謎を――彼らが何物で、何のために現れるかを解き明かし調伏するという、ミステリ味の強い物語も読みたくなるのも、ファンの正直な気持ちではあります。

 この3話は、そんな気持ちに応えてくれる、いわば原点回帰のエピソード――それも百夜ではなく、左吉たちを探偵役に据えることで、一気呵成でなく、じっくりと怪異の不可思議さと謎解きの面白さを味合わせてくれるのです
 さすがに3話構成はちょっと長いのではないかな、という印象もなきにしもあらずですが――しかし、明かされた意外な真相と、それに対する見事な解決策を見せられれば、これはこれでと納得してしまうのであります。


 ちなみに上巻の表紙は、修法師であることを隠すために町娘に変装して村に向かう百夜の姿。ノリノリで「かわいい古着を買ってきてくれ」と左吉に命じる百夜ですが、どう考えてもそんな彼女こそがかわいいと思います。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『白い影(上)』 Amazon/ 『白い影(中)』 Amazon/ 『白い影(下)』 Amazon
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 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
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2019.09.23

『鬼滅の刃』 第二十五話「継子・栗花落カナヲ」

 懸命に全集中・常中の訓練を続ける炭治郎。その姿に焦りを抱き善逸と伊之助も、しのぶに乗せられて特訓に参加する。色々と騒動になりつつも新たな日輪刀も手にした炭治郎は、ついに特訓でカナヲに勝利するのだった。いよいよ任務に復帰することとなった炭治郎だが、新たな鬼が動き始めていた……

 前回に引き続き、全集中の呼吸を常時持続するための特訓に挑む炭治郎。寝ている間も全集中の呼吸をするため、全集中を止めたら叩いてくれと三人娘に布団叩きを渡す炭治郎ですが――自分が夜寝ている間、三人娘は寝ないで側についていろというのは、炭治郎らしからぬ自己中心さではありますまいか(原作では一人で寝ていましたが、こちらでは善逸と伊之助が横で寝ているし)。
 そんな言いがかりはともかく、特訓の末、ついに瓢箪を呼吸で破裂させるという無茶苦茶な荒行を突破した炭治郎。そんな炭治郎の特訓を気まずそうに覗いていた善逸も伊之助も、雀に励まされたり(?)、何かいきなりやる気を出したりして訓練に復帰するのですが――往年の長嶋並みのわかったようなわからないような炭治郎の説明に混乱するばかり。しかしそこで青少年を惑わせまくることでは定評のあるしのぶが現れ、伊之助には挑発、善逸には応援と使い分け、チョロい二人を特訓に追い立てるのでした。

 そんなある意味楽しそうな同期組三人を遠目に、自分の過去を何となく思い出すカナヲ。猛烈に貧しい暮らしを送っていた子供時代の彼女は、親からの暴力や空腹の末にもう何も感じない状態にまで追い込まれ、ついには人買いに売られてしまった過去があったのであります。が、縄をつけられて連れて行かれる途中、カナエと(この頃はショートカットで性格がパキパキしていた)しのぶと出会ったカナヲは、半ば強引にしのぶに買われ、蝶屋敷で暮らすことになったのでした。
 言われないと何もできないカナヲにしのぶが業を煮やす一方で、カナヲに銅貨を渡して、コイントスで決めるように教えるカナエ。好きな男の子でもできれば変わると呑気なことを言うカナエさんですが、彼女がいなくなった今もカナヲは相変わらず……(にしてもカナエとカナヲ、本当にややこしい)。

 さて、特訓も続くある日、蝶屋敷にやってきたのは鋼鐵塚と初登場の鉄穴森さん。那田蜘蛛山での戦いで折れた炭治郎と伊之助の日輪刀を打ち直して持ってきてくれた二人を、炭治郎たちはテンション高く迎えるのですが――ここでよくも刀を折ったなと、なんか凄い作画で鋼鐵塚さんが超激怒。包丁を構えて突っ込んでくる三十七歳児には炭治郎も大弱りであります。
 一方、鉄穴森さんの方はごく常識的な人間に見えますが、折角真っ当に打ってきた日輪刀を伊之助がいきなり庭の石でガンガンぶっ叩いてギザギザにしたもんだからこちらもホラーみたいな作画で激怒であります(まあ、これは伊之助が悪い)。

 そういう大変なこともありましたが、ついに全集中・常中を身に着けた炭治郎。鬼ごっこでカナヲを捕まえ、反射訓練でも湯飲みの中の薬湯をかけるのは可哀想だから湯飲みを頭の上に載せる余裕まで見せてカナヲに勝利であります。
 体も完全に回復し、しのぶのお墨付きをもらうのですが、ついでにヒノカミ神楽と火の呼吸のことをしのぶに聞いてみたものの、全く知らないとばっさりやられることに。ただ、「炎の呼吸」を「火の呼吸」と呼んではならないということ、そして炎柱の煉獄さんであれば何かを知っているかもしれないとだけ教えられるのでした。

 そして眠り続ける禰豆子に決意を語る炭治郎。その頃、夜の線路を行く鐵道の中では新たな異形の鬼が……


 正直なところ、終盤に来て消化試合のような印象の回。原作第6巻の機能回復訓練の後半と日輪刀のくだり、第7巻の冒頭と巻末の番外編と、様々なエピソードを組み合わせて一本にまとめたのはよいのですが、いかんせん最終回一話前の話とは思えない内容ではあります。
 その番外編はカナヲの過去編だったわけですが、これはまあ、ここで入れるほかなかったのかな……(本当は、次回入るであろう、炭治郎とのコイントスのやりとりの後の方がグッとくるのですが)


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 『鬼滅の刃』 第二話「育手 鱗滝左近次」
 『鬼滅の刃』 第三話『錆兎と真菰』
 『鬼滅の刃』 第四話「最終選別」
 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」
 『鬼滅の刃』 第六話「鬼を連れた剣士」
 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」
 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」
 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」
 『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」
 『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」
 『鬼滅の刃』 第十九話「ヒノカミ」
 『鬼滅の刃』 第二十話「寄せ集めの家族」
 『鬼滅の刃』 第二十一話「隊律違反」
 『鬼滅の刃』 第二十二話「お館様」
 『鬼滅の刃』 第二十三話「柱合会議」
 『鬼滅の刃』 第二十四話「機能回復訓練」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ

関連サイト
 公式サイト

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2019.09.22

久我 有加『獣の牢番 妖怪科學研究所』 合間の時代、合間の土地に起きた妖怪事件


 日本が二つの戦争を経験した明治時代末期、関西の山村にいまだ残る妖怪伝説に、妖怪は迷信だと真っ向から否定する妖怪科學研究所の所長と所員+αが挑む物語であります。果たして村から消えた三人の男女の行方は、そしてそれは妖怪の仕業なのか……

 日露戦争後の株価暴落の煽りを受けて失職し、職を求めて町を彷徨った末に「妖怪科學研究所」の看板と所員募集の貼り紙を見つけた青年・峯北修。そこで彼は仏頂面が服を着ているような所長・八尋と対面するのでした。
 不可思議な事件を科学的に説明することで依頼人の問題を解決しているという八尋。過去のある事件がもとで妖怪などの迷信を徹底的に敵視する態度が八尋に気に入られて、修はあっさりと採用されることになります。

 以来、全く物を片づけようとしない八尋に手を焼きつつ、それなりに充実した生活を送ってきた修ですが――ある日、山間の志寿沼村の村長の三男・喜三郎が研究所を訪れます。
 先日来三人もの男女が消えたという志寿沼村。しかしその一人が村長の長男だったにもかかわらず、村長をはじめとする村人たちは、これが村で代々祀る妖怪「ゆらさま」の仕業として動こうとしないのでした。

 この態度に不審と不満を抱き、八尋に真相を解明してほしいという喜三郎。かくて八尋と修、そして八尋の親友で華族出身の小説家・飯窪の三人は、志寿沼村に向かうのですが、そこで彼らは、迷信を強く信じる村人たちと対峙することに……


 明治という文明開化を舞台とする妖怪ものは、その時代に細々と生き残った本物の妖怪たちを描くものと、妖怪を過去の迷信と断じ近代の合理精神で対峙するもの、二種類に大きく分かれるかと思います。
 本作は言うまでもなく後者――妖怪科學研究所の看板を掲げながらも(あるいはそれに偽りなく)、妖怪の存在を否定し、その正体を暴かんとする八尋と修(そして野次馬の飯窪)の姿を描く物語であります。

 その本作の舞台となるのは、山中に棲むという妖怪「ゆらさま」を畏れ敬う閉鎖的な共同体。そんな村で三人もの男女が行方不明になれば、妖怪の仕業とされるのはある意味当然と言ってもよいかもしれません。
 しかし、いかに山深い地といっても、否応なしに新たな文化風物は流れ込んできます。特に徴兵され、二つの戦争で戦うことによって外の世界を知ることとなった若者(この視点にはなるほど、と感心)たちにとっては、妖怪という迷信に縛られることへの反発は決して小さなものではないと言えるでしょう。

 本作で描かれるのは、そんな合間の時代、合間の土地に生きる人々の間に起きた事件であり――その真相は、だからこそ皮肉で、そして一層痛ましいものとして、印象に残ります。
 そしてまた、そんな事件において、ひたすら迷信を敵視し否定する修と、迷信を否定しつつも同時にその意味を認める八尋という対比が描かれるのは、本作の物語を受け止めるある種のバランス感覚として好感が持てます。


 しかし――これはやはり触れないわけにはいかないのですが、八尋と飯窪のキャラクターの既視感が大きすぎるのは、どうにも気になってしまうところであります。
 妖怪という存在を理論的に解体していく仏頂面の探偵(役)、マイペースかつエキセントリックな言動の上流階級出身の親友――その造形に、「あの作品」のキャラクターが透けて見えてしまうのは、これはこちらの目の加減ではないと思います。

 作者はデビュー二十年近くを数えるBL作家(本作は完全に一般向けですが)とのことで、文章表現やキャラクター描写自体は全く破綻なく楽しめるのですが――このキャラ造形はだけはどうにもひっかかった次第。
 上に述べたとおり、物語自体はこの時代と場所を舞台とすることに必然性を持たせた、一種の時代ミステリとして納得がいくものだっただけに、どうにも勿体なく感じてしまった――というのが正直な印象なのです。

(さらに言えば、民俗的な要素がほとんど皆無なために、どのような「妖怪」を代入しても物語が成り立ってしまうのが妖怪好きとしては不満なのですが――これは物語のスタンスからすれば、こちらの我が儘というものなのでしょう)


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獣の牢番 妖怪科學研究所 (小学館文庫キャラブン!)

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2019.09.21

「コミック乱ツインズ」2019年10月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」10月号の紹介の続きであります。今号は特に満足度の高い作品が多い印象です。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 初代宗桂の七冊の棋譜を巡る暗闘が続く中、お互いにそうと知らずに、互角の勝負を繰り広げた宗桂と大橋分家当主の子・宗英。
 宗桂は将棋家の定例会行われる宗英の昇段試験の相手を務めることとなるのですが――ここで宗桂が宗英に勝つ、すなわち宗英の昇段が失敗した時には宗桂の命を狙う企てが進んでいることを、田沼勝助は知ってしまうのでした。

 しかし昇段試験は段位が上の宗桂が角落ちで打つ決まり。互角の腕の二人で角落ちとなれば宗英の勝利は動かないものと、勝助は安心するのですが……

 ついに登場した宗桂と互角の腕を持つライバル・宗英。前回の風呂屋の二階での対局ではお互いをそうと気付かなかった二人が、今回対局直前になって――という展開がちょっと愉快ですが、しかし驚かされるのはここで宗英が見せる意地であります。
 角落ちの宗桂と勝負しても仕方ないと宗英が取った手段は――なるほどこの手があったかと感心させられますが、お互いは知らぬものの、これは宗桂の命がかかった一戦。しかし仮にその事実を知ったからといって、宗桂が手を抜くはずもないわけで、さて……


『カムヤライド』(久正人)
 休載があったり敵方に物語が移ったりと、何だか随分久しぶりにモンコが登場した印象もある今回は、舞台がヤマトに移り、物語が一気に動き出した印象。
 難波での戦いで、誤解からオトタチバナに叩きのめされ、黒盾隊に捕縛というか緊縛された状態でヤマトに入ることとなったモンコとヤマトタケルですが――さすがに誤解は解け、ようやく自由の身となるのでした。

 そこで早速自分の芸術を広めるために活動を開始するモンコ(そういえばそういう約束だったのを忘れておりました)は、ヤマトタケルの口利きでハジ一族の工房を借りるのですが、モンコの顔を見たダニー・トレホ似の工人――って、作者のツイートを見たら本当に「トレホ」って名前だった――は驚きの表情を浮かべるのでした。
 そしてそれは黒盾隊の報告を受けてモンコを呼び出したオシロワケ大王も同様。そして大王が口にしたある人物の名とは……!

 新章突入ということで、トレホやオシロワケの他にも、以前名だけ上がっていたタケルの兄・オオウスや、黒盾隊の副長・ワカタケと一気に新キャラが登場した今回。中でも黒盾隊とは思えぬ体躯の少年(少女?)ながら、オトタチバナには何となくヤンデレめいたものを感じさせるワカタケが気になるところですが――ラストが全てを持っていった感があります。
 大王が口にしたのは、我々も知る歴史上の人物の名前。なるほど、蹴り技+埴輪でこの人物の名前を今まで思い出さなかったのはこちらが迂闊でしたが(もっとも日本書紀の記述に従えば、100年以上前の人物なのですが)、それにしても――であります。このまま無事で済むはずもないヤマト編、いきなりクライマックスという印象です。


 その他、久々登場の『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)は、門弟を奪われたことを逆恨みした同じ藩の道場主に闇討ちされた岩倉源太夫がこれを難なく退けるも、今度は道場主の兄が江戸からやって来て――という展開。
 いつものことながらある層の理想を体現したかのような源太夫ですが、今回の敵は、その彼とはあらゆる意味で対照的な相手。これに源太夫がただ勝つだけでは当たり前に思えてしまうのですが……

 『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)は、いきなり冒頭で「えっ」となる夢のような展開となりますが、本当に夢のようなものなのがおかしい。
 しかし夢でもなければ絶対勝てそうにない相手を向こうに回してどうするか――ここで戦うばかりが軍師の仕事ではない、という動きを見せる景綱が実に頼もしいところですが、史実は残酷なのであります。

 そして『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)は、前回池田家絡みの仕事を終えたことですっかりケリがついた気になっていた梅安と小杉さん回りの因縁が再燃。
 小杉さんと梅安を狙う白子屋だけでなく、以前小杉さんを狙って目を潰された松平松平斧太郎までもが絡んできて――と、憤怒する斧太郎の凄まじすぎるビジュアルが、ある意味本作らしいと妙なところで感心しました。


 来月号からは艶々『かきすて! こべりのぞき』がスタート。艶笑譚のようですが、この作者の方、これまで時代ものを描いたことはあったかしら……?


「コミック乱ツインズ」2019年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年10月号[雑誌]


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2019.09.20

「コミック乱ツインズ」2019年10月号(その一)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、『公家侍秘録』『江戸の検屍官』の高瀬理恵の連載『暁の犬』がスタート。表紙&巻頭カラーを飾っているほか、レギュラー陣勢揃いのかなりの充実ぶりであります。今回も、印象に残った作品を一つずつ取り上げましょう。

『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮)
 というわけで、作者の本誌初連載作品は、鳥羽亮の初期作品『必殺剣「二胴」』の漫画化という、なかなか意外にして面白いチョイスであります。
 主人公は富田流居合術の道場を営む剣客にして、殺し屋という裏の顔を持つ青年・小野寺佐内。依頼で唐津水野家の藩士を鮮やかに斬ってのけた佐内ですが、その数日後、依頼人が何者かに斬り殺された姿で発見されることになります。
 しかもそれが、四年前に佐内の父が何者かに斬られた時と同じ手口だったことから、俄に不穏な状況に……

 恥ずかしながら原作は未読なのですが、ミステリ味の強い剣豪もので登場した原作者の作品だけに、胴を一太刀で真っ二つに割るという謎の剣の存在が興味をそそる本作。剣戟シーンは冒頭の佐内の殺しのシーン――すれ違いざまに首筋を一撃で斬るという居合ならではの剣――のみですが、さすがこの作者だけに達者な描写で、この先の展開も期待できそうです。
 そしてもう一つ印象に残るのは佐内のキャラクター。金のために人を斬るという裏稼業(しかも父も同じ顔を持っていた)を持ちながら、それを(表面上は)平然とこなし、仲介役との宴席では料理に嬉々として舌鼓を打つ姿が逆に不気味に映るところで、彼のキャラクターがこの先どのように描かれていくのかも気になるのです。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 薩摩の御用盗に対抗するため、百姓たちを集めて作られた幕府の「一撃必殺隊」を描く本作。本誌に移籍するとほぼ同時に隊の最終作戦――相楽総三暗殺作戦が描かれることとなりましたが、今回でそれもほぼ終結することになります。
 奇襲によって初めは優勢だった一撃必殺隊側でしたが、しかし奇襲の効果が薄れ、薩摩勢が駆けつければ形勢逆転。仲間の半数が斃れた絶望的な状況に、指揮を取っていた元新選組隊士・和田が特攻を仕掛けるのですが――ここでもまた一撃必殺隊側は(そして読者は)絶望を味わうことになります。

 ある者は仲間を逃がすためにその身を捨て、またある者は惨状に狂い(これがまた本当に壮絶な描写)、残った隊士は二人のみ。彼らもまた一般市民からしてみれば御用盗同然のテロリストでしかない状況で、果たしてどのような運命が待つのか――気が重くなる一方なのですが、目が離せない展開です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 長崎奉行の減員、そして何よりも将軍家後継を巡り、様々な思惑が江戸城内で入り乱れる中、再び新井白石の命で探索を行うこととなった聡四郎。そんな中、これらの状況の中心で糸を引く柳沢吉保は、攪乱のために剣鬼・浅山鬼伝斎を江戸に放ち、道場破りいや道場潰しを繰り広げさせて……

 と、冷静に考えれば(剣豪ものらしい)豪快な手段で江戸市中を混乱させようという企みですが、それが見事に図に当たり、今回の物語は鬼伝斎中心に動いた印象。なるほど、確かに劇中に描かれたように江戸市中の剣術道場には旗本が通っていることもあり得るわけで、それが道場破りで殺されれば大きな騒ぎになることは頷けます。
 そしてその犯人が自分の宿敵であった一伝斎改め鬼伝斎であったと知った聡四郎の師・入江無手斎も覚悟を決めて――ここで江戸の武術界の伝手を辿って対処する無手斎の姿がリアル――という展開となるのですが、無手斎と鬼伝斎、二人の剣客の姿を厳めしさと恐ろしさで描き分けるビジュアルが見事で、この先の激突が楽しみになります。

 しかしそれにしてもおじさん祭りだった今回、特に印象に残るのは、柳沢潰しに奔走する井伊掃部頭の厭らしい表情で――本当に本作はこういう表情を描かせてもうまいと感心いたします。


 まだまだ取り上げたい作品がありますので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2019年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年10月号[雑誌]


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 「コミック乱ツインズ」2019年6月号
 「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2019年9月号

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2019.09.19

幹本ヤエ『十十虫は夢を見る』第1-3巻 昭和4年、「お告げ」が切り開く未来の姿


 時は昭和初期、本郷の喫茶店「十十虫(てんとうむし)」を舞台に、不思議な能力を持つ旧制高校生とウェイトレスが、悩める人々を助けるために様々な事件に挑む、ミステリ要素強めのユニークな少女漫画であります。

 時は昭和4年、東京市本郷區の喫茶「十十虫」に、授業をサボっては入り浸っている高校生・高月英兒。少女と見紛う風貌ながら気は強く、店のウェイトレス・叶美和子とはしょっちゅう喧嘩ばかりしている英兒ですが、そんな彼には常人にはない能力がありました。
 それは他人の夢の中に現れては「お告げ」をすること――そしてお告げは百発百中、そのお告げに導かれて十十虫を訪れる客もしばしばという状況であります。

 しかし問題は当の英兒には夢の中の記憶が全くないこと。おかげでお告げは彼にとっては迷惑なばかりなのですが――それでもお告げを頼ってきた悩める人々を助けるため、好奇心旺盛な美和子とともに、英兒は今日も奔走することに……


 不可思議な能力でもって常人には窺い知れない秘密を知り、事件を解決する――本作は、そんないわゆる超能力探偵ものの一種。そしてその中でも本作が特にユニークなのは、その能力が「お告げ」であること――いわば相手に最初から答えを、あるいはそのヒントを伝えるものであることでしょう。
 しかしもちろん、それで全てが解決ということにはなりません。超能力も決して全能ではなく、それを活かして実際に謎を解き、事件を解決まで導くのが探偵の役割――というのが超能力探偵ものの定番であります。

 そして本作の場合、まさにそれがお告げに留まるが故に、答えの意味を、あるいは答えに至るまでの道を別に探らなければならない――そこに現実世界での英兒の活躍の余地があります。
 何しろ英兒は自分が他人の夢の中で何を考え、何を言ったかを知らない。だからこそ、自分自身の言葉の意味を考え直さないとならない――自分で出した答えを、謎を自分で解かなければならないとは、これほど奇妙な探偵も珍しいのではないでしょうか。

 本作はそんな英兒と、彼と反発しながらも行動を共にする怪力少女・美和子が、様々な謎に挑む連作。扱う事件はいわゆる「日常の謎」が多いのですが、しかしその内容はバラエティに富んでいて飽きさせません。
 そしてそんな主人公コンビのやりとりだけでも賑やかなところに、サブレギュラーとして八研調査會――さる財団が設立した調査部門、いわばプロの探偵――の食えない男・津吹が絡んで、状況がいよいよややこしくなっていくのもまた愉快なのです。


 しかし本作の魅力は、こうした点だけに留まりません。本作の最大の魅力は、そこで描かれる謎、事件の多くが、昭和4年という舞台背景に密接に関わっていくことにこそあると感じられます。

 昭和4年といえば、関東大震災から6年後――震災から完全に復興したようでいて、町のあちらこちらに、そして何よりも人の心に、深い傷跡がいまだ残る時期であります。
 そんな世界にあって英兒の前に現れる人々の中には、その傷跡に苦しむ者が少なくありません。震災で失ったもの、奪われたものを求めて、人々は英兒のお告げを頼るのです。

 そんな物語の中で特に印象に残ったのは、第3巻に収録された前後編「〝あの日〟を見つけて」であります。
 ある日十十虫を訪れた、上野の百貨店で評判のマネキンガール・ユキ。震災のショックで記憶と笑顔を失った彼女は、マネキンガールになることが記憶を取り戻すきっかけになると、お告げを受けたというのです。

 そして百貨店でのある出来事から、記憶の一片を思い出したユキ。それは震災直後の混乱の最中、自分に銃を向ける父と、それを制止しようとする自分の姿だったのです。
 震災の日、津吹が浅草で銃声を聞いていたことから、浅草で何が起きたのかを調べる英兒たち。やがて明らかになったのは……

 震災の銃声ということで、厭な史実を想像してしまったエピソードですが、ここで待ち受けるのは、それとは異なったものの、やはり哀しくやり切れない真実(ちなみにそのものではないですが、近い史実はありました)。
 しかしそれで終わるのではなく、その先に希望を見せてくれるのがお告げの力であります。その真実は時に痛みを伴うものではありますが――しかし過去に縛られ、現在に留まることなく、未来を切り拓くことの大切さを、このエピソードは強く示してくれるのです。


 ユニークな超能力探偵ものでありつつ、同時にこの時代ならではの物語を描く本作。全10巻のこの先の物語については、またいずれご紹介したいと思います。


『十十虫は夢を見る』(幹本ヤエ 秋田書店ボニータコミックスα) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
十十虫は夢を見る 1 (ボニータコミックスα)十十虫は夢を見る 2 (ボニータコミックスα)十十虫は夢を見る 3 (ボニータコミックスα)

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2019.09.18

皆川亮二『海王ダンテ』第8巻 秘宝争奪戦! 四つ巴のキャラが見せる存在感


 ダンテ=若き日のネルソンが、超古代文明の遺産の謎を求めて世界を股にかけた大冒険を繰り広げる『海王ダンテ』のエジプト編はいよいよ絶好調――エジプトの地底に広がる超古代文明の地下都市でのバトルは、三つ巴・四つ巴の秘宝争奪戦に突入することになります。

 宿敵ナポリオ(若き日のナポレオン)が怪しげな行動を取っているとの情報に、仲間たちとエジプトに飛んだダンテ。彼らが案内役と女性考古学者ジェーンとともに引きずり込まれた地底世界・「冥界」こそは、ナポリオが持つ「構成」の書がかつて作り上げた超古代の超科学文明都市でありました。
 そこで少年姿の管理者・セトに歓待されるダンテたちですが、しかしセトの真の狙いはダンテの書。さらにダンテを追うようにナポリオが、そしてナポリオの兄・ジョゼと死んだはずのダンテの育て親・コロンバス、そして不死人オルカとアルビダが乱入し、冥界は大混乱に陥ることになります。

 魔剣の刃に倒れた仲間の治療法が眠るという宝物庫の奥を目指すため、目的地が同じナポリオと一時的に手を組むダンテ。そしてセトによって死の罠の地下迷宮と化した宝物殿を進むダンテたちを待つ者は……


 これまでの主たる舞台だった大海原を離れ、砂漠――の地下都市「冥界」で展開するエジプト編。その2巻目となる本書では、冒頭からラストまで、ド派手なバトルと冒険が繰り広げられることになります。
 それもこれまでのダンテvsナポリオという構図とは異なり、冥界そのものが敵に回る上に、これまで物語の中で少しずつその姿を見せていた第三勢力までもが、本格的に参戦することになるのですからたまりません。

 その戦いに参戦するのは、
・ダンテ&ナポリオ&ジェーン
・コロンバス&ジョゼ&ティーチ
・オルカ&アルビダ
・セトと冥界の怪物たち
という、いわば四つのチーム。
 彼らそれぞれの個性と技、そしてやりとりを見ているだけでも実に楽しいのですが――この中で最も気になるのが、ダンテたちのチームの動向であることは間違いありません。

 何しろダンテとナポリオは、物語始まって以来の宿敵同士。いわば呉越同舟ということになりますが――しかしそれでも幼なじみだけにどこか心が通じ合っている様子なのがいい。特にこれまでは憎たらしい敵役だったナポリオは、前巻でその覚悟が描かれたこともあり、これまでとは少々違って見えてくるところです。

 そしてそれだけでなく、各チームの各メンバーがそれぞれに生き生きと魅力的に見えてくるのが、このエジプト編の見事な点であります。
 アクション面ではほとんど主役級のオルカ、手負いながらもあの能力は健在のアルビダ、これまであまり目立たないと思いきや超有名人で実力者(そしてある人物との意外な因縁が)のティーチ――と実に楽しいのですが、しかし中でも今回特に印象に残ったのはジョゼかもしれません。

 ナポリオの兄であり、生命の書の主であるジョゼ。そのビジュアルといい暗躍ぶりといい、いかにも真の敵然とした印象のキャラクターですが、このエジプト編では、さらに黒幕のコロンバスが登場したことで、いささか影が薄くなった印象がありました。

 しかしこの巻で描かれた彼の過去は壮絶の一言。本作の不幸枠はこの人だったか!(ビジュアル的にもそんな感じではあります)――というのはさておき、これまでの彼の印象がガラリとくる展開には驚かされます。
 そしてそんなジョゼの前に姿を現した生命の書のビジョンがまた泣かせるのですが――さて、ここからは、彼の存在が一つの鍵になるようにすら思われます。

 何はともあれ、皆川作品の魅力は、その派手なアクション描写もさることながら、何よりも、キャラクターたちの存在感――特にその強い意志の力にこそあるのではないかと、この大乱戦の中で改めて確認させられたところです。


 そんなそれぞれの思惑が絡み合いながらも、まだまだ戦いは続くエジプト編。
 ダンテたちヒーローだけでなく、哀しくも狂気の企みを巡らせるセトの行動の向かう先は、やはりあの人物であったコロンバスの狙いは、そしてどう考えてもまだ生きてるあいつは……

 と、悪役サイドも気になることだらけで、この先待ち受けるクライマックスがいよいよ楽しみになるのであります。


『海王ダンテ』(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon
海王ダンテ (8) (ゲッサン少年サンデーコミックス)


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2019.09.17

やまあき道屯『大江戸恐龍伝』下巻 恐怖の龍の大暴れの先に見えた一つの希望


 やまあき道屯による夢枕獏の『大江戸恐龍伝』漫画版もいよいよ大詰めであります。幻の島・ニルヤカナヤでの冒険の末、そこで龍を発見、江戸に連れ帰ることを決意した平賀源内。しかしそこから新たな冒険と悲劇が始まることに……

 ニルヤカナヤに消えた豪商・越五屋の跡取り・庄九郎を探して、巨船・ゑれき丸でニルヤカナヤに向かうこととなった源内。
 数々の苦難を乗り越えてニルヤカナヤを発見した源内は、そこで王となっていた(!)庄九郎を見つけ、火山活動で沈みゆく人々、そして庄九郎に懐いた龍の饕餮を連れて、江戸に向かうのでした。

 ……が、どうしたことか源内とお吟は途中で死んだこととされ、饕餮は江戸で見世物にされることに。実はゑれき丸の一行に潜んでいた薩摩の密偵たちが牙を剥き、源内たちを島に置き去りにすると、島の人々を人質に庄九郎を従わせて饕餮を操ろうとしていたのであります。
 彼らの目的は、大評判となった饕餮を見物に訪れる将軍を饕餮に喰わせること。一方、生きていた源内は薩摩を裏切った青年・伝七たちとともにこの陰謀を阻み、饕餮を助け出そうと密かに奔走するのでした。

 しかし時既に遅く、ついに動き出した薩摩の陰謀――いや、既に人間たちの思惑を離れて暴走を始めた饕餮は、雪の江戸に破壊と混乱をもたらすことに……


 上巻の紹介でも触れましたが、原作の単行本全5巻のうち、その最終第5巻全てを下巻に充てたこの漫画版。そのため、かなりアレンジされスピーディな展開だった上巻に比べ、下巻はかなりじっくりと物語が展開していく印象があります。(といっても、いきなり源内が死んだことになっている冒頭部には驚かされるのですが)
 しかしこれは適切な配分と言えるでしょう。言うまでもなくこの『大江戸恐龍伝』のクライマックスは、タイトルの通り大江戸に出現した恐龍の大暴れなのであり―そしてこの漫画版は、そのクライマックスを、思う存分に、期待通りの、いやそれ以上の迫力で描き出すのであります。

 サイズ的にはおそらく10メートル前後の饕餮。それは現代の大怪獣に比べればかなり小さく感じられますが、しかし彼が暴れるのは18世紀の江戸。
 高層建築などない、ほとんどが平屋か二階建ての江戸の町に、恐龍が現れればどうなるか――そんな胸躍る、しかし禁断のシチュエーションを、本作は作者一流の丹念な絵柄でもって、時に漫画的な飛躍も交えつつも、臨場感たっぷりに描いてみせるのです。

 もちろんこの大暴れは原作でも描かれたものであります。言うまでもなく、そちらでの描写も見事なものでしたが、それがひとたび画になった時のインパクトたるや……
 江戸時代に怪獣が暴れるとはこういうことなのか! と、今になって、真にそのなんたるかを思い知らされた次第です。


 と、興奮して「怪獣」という語を使ってしまいましたが、本作の饕餮は、単に倒されるべき怪物としてのみ描かれる存在ではありません。
 確かに凶暴な肉食恐龍ではあるものの、しかしはじめはニルヤカナヤの王女・樊に、そしてその想いを継いだ庄九郎に懐き、ともに暮らしてきた饕餮。だからこそ源内も、その姿を人々に見せることによって世界の広さ・素晴らしさを教えるため、饕餮を江戸に連れ帰ろうとしたのであります。

 あくまでも恐龍は恐龍、人間とは異質の生物であります。それでも、人間と意志の疎通があるのであれば、そこには「情」があるのではないか? この漫画版が描いてみせたのは、まさにその「情」なのです。
 もちろん、口にするのは簡単ですが、それを現実のものとするのは容易ではありません。人ならざるものに、人と通じ合う「情」を――それも人のコピーではなく、あくまでもそれ自身のものとして描く。しかもその相手は、既に滅び去った恐龍なのですから。

 これがどれほど至難の業であるか、言うまでもないでしょう。しかし本作は確かにそれを、見事に描いてみせたのであります。


 人にとっては恐怖の対象である龍。しかしそれでも、両者の想いが、例え一瞬であっても通じ合うことはあるかもしれない。だとすれば、同じ種である人と人もまた……
 胸躍る冒険活劇、手に汗握る怪獣絵巻を描きつつ、この漫画版が同時に描いてみせたのは、そんな一つの希望だったのだと私は信じます。

 まことに見事な、もう一つの『大江戸恐龍伝』であります。


『大江戸恐龍伝』下巻(やまあき道屯&夢枕獏 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon
大江戸恐龍伝 下 (ビッグコミックススペシャル)


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 「大江戸恐龍伝」第2巻 龍と金、とけゆく謎の先
 「大江戸恐龍伝」第3巻 二人の源内、ニルヤカナヤの謎に迫る
 『大江戸恐龍伝』第4巻 冒険! 秘境ニルヤカナヤ
 『大江戸恐龍伝』第5巻 二匹の大怪獣の最期

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2019.09.16

『鬼滅の刃』 第二十四話「機能回復訓練」

 蝶屋敷での治療で傷も癒え、屋敷の少女たちを相手に機能回復訓練に入る炭治郎たち。しかし善逸のヘンな気合いの入れ方で一時は発憤しつつも、カナヲに太刀打ちできない自分たちに炭治郎たちは落ち込むのだった。そんな中、カナヲが常時全集中の呼吸を行っていると知った炭治郎は、特訓を始めるが……

 アバンタイトルに、任務に出かける煉獄さんとそれを見送るしのぶというアニメオリジナルのシーンが入る今回。煉獄さんは十二鬼月を追うことになるようですが、それってこの先のあいつなのか?(タイミングは合っていない気がしますが……)

 それはさておき、村田さんの見舞いもあって(結局前回描かれた柱合会議の様子をここでも繰り返すのはどうなのか)、それなりに充実した(?)療養生活を続けていた炭治郎・善逸・伊之助ですが、一足早く完治した善逸以外の二人は、しのぶに言われて機能回復訓練なるものを受けることになります。
 が、一体何が行われているのか、特訓を終えて帰ってくる二人は、何も語らずにハーモニーカットで(唐突な使い方に爆笑)ベットにブッ倒れる有様。怯える善逸ですが……

 しかし善逸がいざ機能回復訓練に参加してみれば、そこで行われていたのは、蝶屋敷に務める女の子たちによるマッサージ、目の前に置かれた湯飲みの中の薬湯を互いにかけ合う反射訓練、鬼ごっこ形式の全身訓練の三つ。それを知った善逸は、「来い二人共」と妙にイケボで炭治郎と伊之助に声をかけ、二人が動かないとみるや、普段の態度はどこへ行ったのかというような乱暴な態度で二人を表に引きずり出すのでした。
 そして謎のポーズを取りながら、二人に詰め寄る善逸。わけのわからない状況に怒った伊之助をいきなり殴り倒すという豹変振りですが、要するに自分を差し置いて女の子たちと楽しく訓練していたのが許せん、○ねという――炭治郎が禰豆子を連れているのを初めて知った時のような狂人ぶりであります。

 その異常なテンションで次々と訓練をクリアしていく善逸と、その姿に発憤する伊之助ですが――しかしそんな二人でも手も足が出ないのがカナヲ。反射訓練で湯飲みを押さえることも、全身訓練で捕まえることもできず、圧倒されるばかりの状況に、早々に伊之助と善逸の心は折れて脱落することに……
 そんな中でも真面目に訓練を続けるのは炭治郎らしいところですが、それでも全く差は縮まらずに時は過ぎ、悩む彼にアドバイスをくれたのは、蝶屋敷の看護婦(?)の三人娘。彼女たちによれば、カナヲは四六時中全集中の呼吸を行っているというのですが――しかしそれは言うは易く行うは難し。さらに三人娘によれば、カナヲは一抱えほどもある瓢箪(堅く干したやつ)を吹いて破裂させるというのですが――いやそれはさすがにどうなんでしょう。

 それでも必死に特訓を続け、昼は走り込み、夜は瞑想という生活を続ける炭治郎。そしてある晩、屋根の上で瞑想していた炭治郎の目の前五センチ程度の距離で現れたのはしのぶであります。青少年の眼前にそのお顔を近づけて話しかけるとは、わかってやってるのか天然なのか、後者だったら義勇さん並み――というのはさておき、これまで鬼を笑顔で拷問惨殺する人という印象(事実)だったしのぶの秘めてきた想いが、ここで初めて語られることとなります。
 同じく鬼殺隊士だった最愛の姉を鬼に殺された怒りを抱え、それでも最後まで鬼を哀れんでいた姉の想いを継ぐこととなり――相反する想いを内に抱えていたしのぶ。あの空虚さを感じさせる笑顔と、鬼に対する容赦のない態度には、なるほどこのような事情があったのか――と、ようやく納得することができました。そしてそんな彼女が、鬼の妹を抱えて懸命に努力する炭治郎の存在に救われているということもまた。

 ちなみにこの場面で、炭治郎に怒ってますか? と尋ねられたしのぶの瞳が揺れるのがなかなかに良い演出なのですが――しかし炭治郎、予告も含めるとやたらと女性の匂いを嗅ぐのはいかがなものか。


 というわけで何となく中途半端なところで終わった今回ですが、中途半端といえばこのアニメ自体、後2話でどこまで消化するのか……
 もしかしたらあるのかもしれない第2期を計算に入れているのかもしれませんが、しかしそれはそれとして、一つの作品としてきちんと区切って欲しいなあと思います。
(あと、中途半端といえば、ほとんど原作に忠実にやっておいて、紋逸ネタがカットされているのもスッキリしないところ)


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 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」
 『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」
 『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」
 『鬼滅の刃』 第十九話「ヒノカミ」
 『鬼滅の刃』 第二十話「寄せ集めの家族」
 『鬼滅の刃』 第二十一話「隊律違反」
 『鬼滅の刃』 第二十二話「お館様」
 『鬼滅の刃』 第二十三話「柱合会議」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?


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2019.09.15

琥狗ハヤテ『メテオラ』伍 彼女が殺す理由 そして意外すぎる「宋江」登場!?


 その身を獣に変える力を持つ魔星(メテオラ)と混沌の戦いを描く獣人水滸伝『メテオラ』――媒体を電子書籍に変えても内容は変わらず好調の第5巻では、武松の物語の後半と、そしてついに登場する「宋江」の姿が描かれることになります。意外な真実を知った林冲の胸中は……

 生まれながらに様々な動物の姿に――獣人に変じる力を持つ魔星・メテオラ。彼らこそは、かつてこの世に災いを齎す「混沌」を封印し、以来、復活せんとする混沌と戦い続けてきた者たちであります。
 その戦いに巻き込まれた末、育ての親である王進将軍と仲間たちを失い、同じメテオラである魯智深とともに都から落ち延びた林冲。彼はメテオラたちを集める柴進から、メテオラたちが集結するための聖域探索を依頼されることになります。

 その旅の最中に、二人が出会った隻眼の青年・武松。二人の眼前で巨大な人喰い虎を屠ってみせた彼もまた、虎の獣人に変じるメテオラでありました。
 仲間たちとの出会いに喜ぶ武松に案内され、彼の家を訪れた林冲と魯智深は、病床の武松の兄・武大とその妻・潘金蓮と出会うのですが、潘金蓮は怪しからぬ振る舞いをみせて……


 というわけでこの巻でも続く林冲と魯智深の二人旅。その向かう先がどこであるか、水滸伝ファンであれば言うまでもありませんが、その途中で様々なメテオラ――すなわち百八星と出会っていくというのは(すなわち原典の宋江の役割も果たすことになるのは)、面白いアレンジと感じます。
 そして前巻に引き続き描かれるのは、武松、そして武大と潘金蓮の物語。いうまでもなく原典の人気エピソードをベースとした展開ですが――武大に毒を盛る潘金蓮と、彼女に対する武松の復仇という物語の骨格自体は、原典から大きく離れるものではありません。

 しかし本作において強く印象に残るのは、そして大きく原典と異なるのは、潘金蓮の行動の理由であります。原典では、簡単に言えば浮気相手の存在から邪魔になった武大を毒殺した潘金蓮ですが――しかし本作にはその相手は存在しないのですから。
 それでは彼女は一体何のために……? その理由は、まさしく毒婦としか言いようがない、身勝手かつ異常なものではあります。ありますが――しかし、彼女自身の背負った深い悲しみとどうにもならない捻れを感じさせるそれは、共感はできないものの、理解できるものと感じられます。

 出番自体は多くないものの、これまで様々な物語で描かれてきた潘金蓮像に負けぬ彼女の姿。それを本作は描いてみせたと感じます。


 そして本書の後半では、新たなメテオラ――それも超大物が、ついに林冲たちの前に現れることとなります。
 その名は宋江――いうまでもなく原典では梁山泊の首領、百八星の筆頭。その類い希なカリスマで、数々の豪傑たちを惹きつけ、梁山泊に誘った人物であります。

 しかしこの宋江、原典では特に武術が出来るわけでもなく、言動が優れているわけでもなく――むしろ色々と困った人物。その宋江をどのように料理するかが、水滸伝リライトの一つの鍵とも言えるほどであります。
 それでは本作の宋江はといえば――

 ?
 ??
 !
 !!!!!!!
 こんな展開ありか!? と言いたくなるような、極めて意外な人物。いやはや、これまで色々な水滸伝を読んできましたが、このような「宋江」は初めてであります。

 初めてではありますが、しかしこれはこれで実に面白い宋江像。豪腕ではありますが、原典での謎の一つが解決しているのにも感心させられます。

 そして本作の宋江は、メテオラの設定――混沌と戦い続け、斃れるたびに新たに転生して戦い続けるものの、そのたびに記憶を薄れさせていくという過酷な設定――において、極めて特筆すべき独自性を持っていることもまた、大いに納得させられるところなのです。


 もっとも、いくらこちらが納得したとしても、絶対に納得できないのは林冲であります。彼がこれまでどのような想いで旅を続けてきたかを思えば、それも頷けるところではありますが――しかしいずれは彼も理解することでしょう。

 そして再び始まる魯智深との二人旅。その先に現れる新たなメテオラとは――今後の展開もいよいよ楽しみになるというものです。


『メテオラ』伍(琥狗ハヤテ KADOKAWA/エンターブレインB's-LOG COMICS) Amazon
メテオラ 伍 (B's-LOG COMICS)


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2019.09.14

京極夏彦『前巷説百物語』(その二) モラトリアムの終わり、又市の物語の始まり


 シリーズ第4弾、『前巷説百物語』の紹介の後編であります。ゑんま屋と仕掛けを繰り広げる中で、徐々に自分のやるべきことを見いだしていく又市。しかし恐るべき敵との対決が彼の運命を否応なしに変えていくことになります。その先で彼が選んだ道は……

『かみなり』
 無数の女性を弄んできた立木藩の江戸留守居役に大恥をかかせた又市たち。しかし留守居役は腹を斬り、又市はやり過ぎだったのではと考えることになります。
 その危惧が当たったかのように、何者かにさらわれたお甲と角助。さらに又市たちも不気味な男たちに捕らえられ、その命は風前の灯火となります。助かる道は、彼らへの依頼を取り消させること。ただ一人、絶望的な状況に置かれた又市の前に現れたのは……

 損を買う=その損を作った者を仕掛け、懲らしめてきた又市たち。しかし本作で描かれるのはその行為の負の側面であり、そしてそのために彼らが逆に追い込まれ、死の恐怖を味わうというハードな物語であります。
 いかにもう一つの顔があるとはいえ、ゑんま屋は表の世界の稼業。しかし本作で彼らの前に現れたのは、完全に裏の稼業の者たち――いかに寅之助でも容易には太刀打ちできない相手というのが、絶望感を高めます。

 そんな状況で、誰が、何故依頼したかもわからない自分たちへの復讐を取り消させるという、シリーズでも屈指の不可能ミッションに挑む又市。正直なところ、強力すぎるジョーカーに助けられたところが大ですが、しかし本作で描かれた始末は、八方丸く収めてみせようとする後の又市の仕掛けの原点の一つと言って間違いはないでしょう。


『山地乳』
 道玄坂の縁切り堂の黒絵馬に名前を書かれた者は三日以内に死ぬという噂。既に数十枚の絵馬に名前が書かれたという事態を重くみた南町の町方同心・志方は、絵馬に自分の名を記すことで自分を囮にするのでした。
 一方、ゑんま屋を訪れた大阪の一文字屋仁蔵からの使いは、この黒絵馬の背後に潜む巨悪とその恐るべき仕掛けを語り、ゑんま屋に巨額の依頼を持ちかけるのですが……

 ついに登場した稲荷坂の祇右衛門。『続』の「狐者異」に登場したこの因縁の怪物と、ついに又市たちは対峙することになります。
 そしてその戦いのきっかけとなるのが黒絵馬――名前を書いた相手が死に、そして絵馬は黒く塗りつぶされるという都市伝説めいた存在ですが、その背後に隠された意図は邪悪きわまりないものであり、祇右衛門ならではの悪事と言うべきでしょう。

 一歩間違えれば自分たちも命を落としかけない恐怖の大仕事に挑む又市たちですが――これまでのエピソードでも活躍(?)し、結果として又市たちを助けてきた志方同心を利用しての逆襲は痛快の一言で、前話のモヤモヤも吹き飛びます。
 そしてここに至り、又市が八方丸く収めるための方便として、妖怪を用いる理由が明確に描かれたことも、注目すべき点であります。


『旧鼠』
 何者かに無惨に殺され、江戸に晒されたゑんま屋の協力者たち。これまで祇右衛門の悪事を潰してきた自分たちへの報復だと悟る又市たちですが、時既に遅く、次々と仲間たちが姿を消していくことになります。
 頼みの綱の寅之助も失い、絶体絶命の又市の前に現れた男の驚くべき正体とは……

 ゑんま屋壊滅というショッキングな展開が真っ正面から描かれる最終話。林蔵が、お甲が、角助が仲蔵が、棠庵が寅之助が――ある者は去り、ある者は死に、ある者は消えていくのは、いつかはこの時が来ると覚悟していたものの、あまりに辛い展開です。

 そしてここで描かれるのは、又市と祇右衛門の戦いの最初の結末――『狐者異』で触れられた十年前の戦いの真実であります。
 しかしそれは実際のそれはとても戦いと呼べるものではなく――一文字狸や御燈の小右衛門といった暗黒街の超大物たちの力を借りても、又市にできるのはただ右往左往することだったという事実が、苦く刺さります。
(そしてここで描かれる祇右衛門配下の者たちの通り一遍でない真実もまた圧巻!)

 その又市が、本作の結末で何を見ることになり、そして何を得て何を捨てるのか――シリーズでも屈指の名場面であるここで描かれるのは、又市にとってのモラトリアムの終わりであります。
 これまで渡世の表と裏をふらふらとしながら、青臭い言葉を語り、何とかそれを現実のものとしようとしてきた又市。結末の又市の姿は、そんな彼のモラトリアムとの決別であり――そして覚悟の姿なのです。

 シリーズの前日譚として、これ以上はない結末というべきでしょう。


『前巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
前巷説百物語 (角川文庫)


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2019.09.13

京極夏彦『前巷説百物語』(その一) 「青臭い」又市の初仕掛け


 『巷説百物語』紹介もこれで第4作目。明治時代まで至り、完全に完結したかに見えたシリーズですが、本日は時代を大きく遡っての前日譚であります。まだまだ青臭い又市が、人の損を買って始末をつける損料屋・ゑんま屋の面々とともに繰り広げる仕掛けの数々。その先に彼を待つものは……

 『続』で又市が百介の前から姿を消し、『後』で又市と百介の物語の結末が描かれた本シリーズ。しかし又市自身の過去はこれまで断片的に語られてきたものの、全貌は明らかになっていませんでした。
 それを語るのが本作――上方で下手を打ち、腐れ縁の林蔵と江戸へ流れてきた「双六売りの又市」が、奇妙な損料屋と出会うことから物語は始まることとなります。

『寝肥』
 身請けされては戻ってくることを繰り返す又市馴染みの遊女・お葉。彼女が自分を故郷から連れてきた音吉の妻・おようを殺してしまったと死のうとしていたところに出くわした又市ですが、そこに居合わせたゑんま屋の手代・角助は、その損を買おうと申し出るのでした。
 音吉を殺し、お葉も殺そうとして逆に殺されたおよう。死体を始末し、お葉の罪を隠すため、又市が角助や昔なじみの細工師・長耳の仲蔵とともに用意した仕掛けとは……

 以前『帷子辻』で昔馴染み相手にその姿が描かれたように、威勢良く喋りまくる又市の姿が、何とも新鮮な本作。その又市の初仕掛けは、正直なところかなり雑な上に、かなり偶然に頼ったものなのですが――それも駆け出しゆえであれば納得するべきでしょう。

 しかしそれ以上に印象に残るのは、身請けされて自由になったはずが、旦那が死ぬたびに何度も舞い戻り、同じことを繰り返すお葉と、彼女をそのような境遇に落とした女衒まがいの音吉の「正体」であります。
 互いに相手を想っていたはずが行き違い、手のつけようのないほど絡まってしまった男女の情の結末は――又市たちの登場する作者の一連の江戸ものでも描かれたところですが――その皮肉さ、やるせなさが刺さります。


『周防大蟆』
 周防の小藩の藩士から持ち込まれた仇討ち絡みの奇妙な依頼。持ち込んだ男・岩見は仇を討つ側であるのに、兄を殺した仇の疋田に助勢してほしいというのであります。
 岩見には九人の助太刀と見届け役がつくという物々しいこの仇討ちの裏を探ってみれば、明らかになったのは、疋田は岩見の兄を殺したある人物から濡れ衣を着せられたという真実。濡れ衣でさらに何人もの命が失われかねない事態を避けるための又市の策は……

 仇討ちという時代劇定番の題材を、通り一遍ではない視点から描いてみせた本作。
 仇討ち側が仇の助太刀を望むという奇妙な状況の謎解きの面白さもさることながら、仇討ちというシステムのために命が失われることに憤る又市の青臭さが印象に残ります。

 元々作者版の「必殺」というべき性格のある本シリーズですが、大きく異なるのは相手の殺しを目的とするのではない――相手を殺して解決ではないという点でしょう。
 その独自性を、ゑんま屋で数少ない「殺す」力を持つ男・山崎寅之助の存在と照らし合わせながら描くのも巧みであります。


『二口女』
 角助が受けた厄介な依頼――それは前妻の子を虐め殺してしまったさる旗本の後妻・縫が、その事実が誰にも明らかになっていないものの、しかしそれでは自分の気が済まないと依頼してきたものでした。
 どこか奇妙な点のあるこの依頼のことを、ゑんま屋の仲間の本草学者・久瀬棠庵に相談した又市は、真相らしきものに気付くのですが……

 何か損が発生して、初めて出番がやってくる損料屋。しかし本作で描かれるのは、今は損が出ていないものの、筋を通せば損が――しかも関わる者全てに――出るという厄介な一件であります。
 しかも依頼者自体がどこかおかしいこの事件を如何に又市が捌くか――今回もかなり強引な策ではありますが、棠庵の語りの面白さもあり、何となく納得させられるところです。

 ちなみにこの棠庵、第一話から登場していたものの、本格的な出番は今回から。博覧強記な本草学者で、又市に延々と怪異や妖怪変化について語る――という、妖怪小説としての本作にはなくてはならない人物です(事実、第一話・二話には妖怪語りがほとんどない)。

 さて、第一話では長耳の仲蔵、第二話では山崎寅之助、そして本作での棠庵と、レギュラーであるゑんま屋の面々の紹介も終わり、この先の物語はさらに重く、深刻なものとなっていくのですが――長くなりましたので次回に続きます。


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前巷説百物語 (角川文庫)


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2019.09.12

八房龍之助『宵闇眩燈草紙』参・四 呪われた港町で炸裂する超伝奇バトルロイヤル!


 藪医者と荒事師と魔女と――一癖もふた癖もある面々が奇妙な事件や騒動に絡む和風伝奇ホラー、第3巻第4巻の紹介であります。今回収録されているのはシリーズ屈指の長編・寄群編――呪われた港町を舞台に、いつもの三人+これまたとんでもない面々がバトルロイヤルを繰り広げることとなります。

 顔なじみのチャイニーズマフィア・林の用心棒として、裏世界のオークションに参加した虎蔵。首尾よく目当てのものを落札したものの、その晩奇怪な屍人たちの襲撃により、品物の入ったアタッシュケースが奪われることになります。
 ケースはすぐに虎蔵が取り返した――と思いきや、屍人が別口も襲撃していたことから、そちらのケースを取り違えて持って帰ってきてしまった虎蔵。やむなく林と虎蔵は、オークションの主催者と交渉するため、日本のとある港町に向かうことになります。

 一方日本では、美津里が不在の間に彼女の店を虎蔵の宿敵・馬呑吐が襲撃。仕掛けられた防御陣を突破して、まんまとあるモノを奪って去るのでした。
 そして京太郎の方は、患者からの依頼で、遠方に嫁いだという患者の娘を訪ねて、とある港町に向かうことに。

 かくて、港町――寄群に引き寄せられていく三人。奇怪な容貌の住民たちが暮らす閉鎖的なその町で彼らを何が待つのか。奪われたアタッシュケースの行方は、そしてそこに隠された秘密とは……


 魚か蛙を思わせる容貌の人々が暮らす呪われた地、その名は寄群(よぐ)――というわけで、クトゥルフ神話を題材としたこのエピソード。
 しかし何でもありの本作が、普通の(?)神話ものを描くはずもなく、いかにもそれっぽい舞台とガジェットを用いつつも、実に本作らしいキャラクターたちが、それを塗りつぶしていくことになります。

 何しろ、いつもの三人組や、林に馬といったサブレギュラーに加えて登場するのは、いかにも食わせ物の魔術師とその美人助手、同じく魔術師ながら日本刀を操る正義の硬骨漢、ダンディーな忍者、寄群を支配してきた古き血の人々にそれとは別口の海神の使者、そして謎の美少女――と、これでもかの多士済々。
 伝奇ものは、物語に絡む勢力が多ければ多いほど楽しい――というのは僕の持論ですが、これだけの面子が、謎のアタッシュケース×2+α曰く付きの土地で面をつき合わせるのですから、只ですむはずもないのであります。

 かくて展開するのは、超人行者vs不死者vs忍者vs魔術師の助手vs魔術師vs妖人(さらに屍人たくさん)という一大乱戦。「誰が誰の敵なのだッ」という登場人物の言葉も納得であります。
 しかしそこからさらに戦いはエスカレートして、大怪獣vs巨大神vs真・天狗行者が大激突、しまいにはあの神様まで――と、これだけの超伝奇バトルロイヤルを繰り広げられたら、見ているこちらはあっけにとられて、そして顔に満面の笑みを浮かべて見ているほかありません。

 もちろん、ただ出して絡めるだけではこれだけのものになるはずもなく、そこには、体系も、出自も、そしてレベルも異なる様々な魔術道術妖術忍術を実に「らしく」描き分け、活躍させてみせる作者の筆の冴え――そしてその前提となる理解力があることは、言うまでもないのであります。

 それにしてもこれだけの超伝奇バイオレンス活劇を前にしては、作中ほとんど唯一の一般人である京太郎は分が悪いどころの騒ぎではないのですが――しかし彼は彼として、この物語のコワい部分、イヤな部分を存分に目の当たりにするという大事な役目があります。
 息も絶え絶えになり、延々と愚痴りながらも何とか生き延びようと這いずり回る彼の姿は、事件に巻き込まれながらも結局局外者でしかないという、実に彼らしく、そしてある意味実に本作らしい存在感があります。

 あるいはそんな彼の存在が、一歩間違えれば大暴走しかねないこの物語を、ギリギリのところで束ねているのかもしれない――というのはさすがに言い過ぎかもしれませんが……


 そして京太郎の巨大な鬱屈と幾つかの謎を残したまま寄群での物語は終わりますが――本作はまだ続きます。
 次回の紹介では、寄群編とならぶ長編・シホイガン編とその他の物語をご紹介したいと思います。


『宵闇眩燈草紙』(八房龍之助 電撃コミックスEX) 参 Amazon/ 四 Amazon
宵闇眩燈草紙 参 (電撃コミックスEX)宵闇眩燈草紙 四 (電撃コミックスEX)

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2019.09.11

大石まさる『大江戸スモーキングマン』 煙男、江戸と読者を煙に巻く


 パワフルかつ叙情的なSF漫画を中心に活躍してきた大石まさるの新作は、なんと時代劇――田舎から出てきた冷や飯食らいの三男坊が、得意の煙術で江戸を騒がす悪を討つ、何でもありの大活劇であります。

 四国の小藩のそのまた支藩の侍の三男坊という、気楽といえば気楽な身分の男・加藤煙之進。兄に招かれ、四国から初めて足を踏み出した彼は、物見遊山気分で江戸に向かうことになります。
 その途中、破落戸たちにあわや落花狼藉の目に遭わされようとしていた娘を助けようとした煙之進ですが、実は彼女は公儀隠密の金髪くノ一・ハルワ、破落戸たちは江戸を騒がすある悪党の一味でありました。

 思わぬことから一味に敵視されてしまった煙之進ですが、彼には、実は人にはない特技があります。それは煙術――愛用の煙管から吹き出す煙は自由自在に姿を変え、とても実体がないとは思えないほどの動きを見せるのであります。
 煙術でなんと象を生み出し、悪党たちを蹴散らした煙之進は、「煙男」として江戸中の評判となるのですが、面白くないのは悪人の首魁・洲血忌潘苦(すちいむ・はんく)家老。

 自分の大望を幾度も邪魔する煙之進を、あの手この手で排除しようと企む潘苦。煙之進はハルワや弟分のあばれ猿・小聖とともに、江戸を守るために大暴れを繰り広げることに……


 というわけで、ハルワや潘苦家老(しかし直球すぎるネーミング)、しゃべる猿の小聖といった登場キャラクターを見ればわかるように、何でもありのコミカルな時代アクション世界が展開する本作。
 それでいて、主人公の煙之進の、田舎から出てきた冷や飯食らいという設定は、時代ものではしばしば見かけるシチュエーションという、そのギャップもまた楽しい作品です。

 作者は作品によって絵柄を変えてくることで知られていますが、本作ではかなり太めのくっきりした描線で、これまで以上に変えてきたという印象。
 しかしこれが時代劇と良くマッチして、リアルさとコミカルさ、ムチャクチャさが入り乱れた世界に、統一感を与えてくれていると感じます。

 その一方で、作者お得意の大柄で艶っぽいヒロイン枠としてハルワがいるのも楽しいところで、オムニバス回でのやけくそ気味なサービスシーンのあっけらかんとした突き抜けた感覚もまた愉快であります。
(この回で、彼女の周囲の男たちを「男は描きたくないので以降「犬」にします」と宣言して本当に犬にしちゃうすっとぼけ方もすごい)

 ヒロインといえばもう一人、中盤に登場する吉原の花魁・カラクリ姫も印象に残るキャラクター。
 名前から想像がつく(?)ように、パンチカードで動く自動人形というスチパン度高いキャラなのですが、そんな心を持たないはずの彼女が恋した相手が煙之進で――という物語はお約束ながらも美しく切なく、まず本作屈指のエピソードであります


 もっとも何でもありすぎて、時代劇なのかスチームパンクなのかファンタジーなのか、読んでいてちょっと戸惑うところが――上で述べたように絵の方は調和しているだけに――あるのは否めないのですが、最終回のとんでもないにもほどがある展開を見れば、あれこれ言うのが野暮というものなのでしょう。

 そのくせ、ラストにはかなりシブい史実を使ってくるなど、最後の最後まで煙に巻かれ続けた、何ともユニークな作品でありました。


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2019.09.10

賀来ゆうじ『地獄楽』第7巻 決戦開始、前門の天仙・後門の追加組!


 本書とは同日に小説版が刊行されるなど、いよいよ注目度が高まる『地獄楽』。天仙と怪物たちが潜む恐怖の島の戦いもクライマックスとなり、島からの脱出を賭けて死罪人と浅ェ門たちの連合チームが最後の戦いに挑むことになります。しかしそこに全てを滅ぼしかねない追加組が迫ることに……

 不老不死の仙薬を守るという七人のてんせん(天仙)様のうち辛くも一人を倒し、また氣(タオ)の使い方で暴走した画眉丸も己を取り戻して、一時の平穏を得た画眉丸と佐切たち。
 それぞれの思惑はあるものの、仙薬を得てこの島を出るという目的の下にまとまった総勢九人は、これまでに得た情報を総合して、ついに最終的な目的地を知るのでした。

 それこそはこの島の中枢・蓬莱――残る六人のてんせん様と、謎多き宗師・徐福が潜むこの地に、仙薬と島からの脱出口があることを知った一堂は、蓬莱を目指すことになります。
 もちろんそこに待つのは今なお自分たちを遙かに上回る力を持つてんせん様であり、見つかって戦いになれば無事で済むはずもありません。それでもなお虎穴に入らずんば――の喩え通り、二手に分かれて蓬莱に潜入する画眉丸たち。しかしそれはてんせん様たちの思惑どおりだったのであります。

 一方、追加組として派遣された四人の浅ェ門と石隠れ衆たちがついに島に上陸。
 そこでこれまでに犠牲になった浅ェ門たちのことを知った浅ェ門殊現――一同を率いる若き最強の剣士の、危険性と異常性がついに露わになることに……


 というわけで、これまで毎回巻末の男だった浅ェ門殊現がついに本格的に動き出したこの第7巻。これまで幕府のお偉方をも怖れさせる「例の事件」の存在など、一見真面目なようでいて実は相当危ない奴、という印象が先行していましたが、ついにその正体が明らかになることになります。

 これまで登場した浅ェ門の面々は、剣呑なところはありながらも、その素顔はごく普通の若者らしさ、人間らしさがあり、それがこの殺伐とした物語の中でホッとさせる要素だったのですが――彼の場合は、そういう部分を持ちつつも、闇というか病みの部分が圧倒的に大きいキャラクター。
 おそらくは浅ェ門でも最強の男であり、味方になれば最も頼もしいはずが――悪・即・斬どころか、悪の回りの人間も皆斬という彼の存在は、脱出のために一丸となった画眉丸や佐切たちにとって、むしろ恐るべき敵と言うべき存在であります。

 とはいえ、画眉丸たちの目下の強敵はもちろんてんせん様。彼らを避けることを念頭に侵入計画を立てたものの――それが上手くいくはずがないのは、(身も蓋もないことを言ってしまえば)読者の誰もが予想するところでしょう。
 しかし潜入計画が失敗に終わった時の画眉丸の作戦は、もうそうこなくては! と言いたくなるようなものであり――これまでこの作品を読んできた者であれば、誰もが声援と喝采を送る選択であります。

 しかしもちろん、その先にあるのは絶望的なまでの戦いの連続であることは間違いありません。
 後ろからは追加組という狼が迫る中、てんせん様という恐るべき虎たちを前に画眉丸たちは生き残ることができるのか? さらにこの戦いの行方が、そのまま世界の命運に繋がっていると思うと、もうここから先の物語からは全く目が離せないのです。


『地獄楽』第7巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon
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2019.09.09

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 まだまだ暑い日が続くと思えば、時々フッと涼しくなったりと、季節の変わり目になった感じられる今日この頃。いよいよ灯火親しむべき候ですが、そうなると気になるのは新刊の数々であります。というわけで、10月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 この数ヶ月、新刊はちょっと寂しい状況だった文庫新刊ですが、かなり期待できる10月。まず何と言っても注目は、長谷川卓『嶽神伝 風花』――長きに渡り歴史の背後を駆けてきた山の者・無坂の物語が、いよいよ結末を迎えることとなります。
 結末といえば、おそらくこちらも完結編の鳴神響一『おいらん若君徳川竜之進 5 昇龍』も楽しみなところです。

 また、9月からスタートしたハヤカワ文庫の時代小説シリーズからは、大塚卓嗣『天魔乱丸』が登場。また、永山涼太のちょっとユニークな妖怪シリーズ第2弾『宵闇の酒呑童子 江戸南町奉行あやかし同心犯科帳』にも期待したいと思います。

 そして先々月から発売予定に掲載されていた武内涼『不死鬼 源平妖乱』も、副題が紹介されているところを見ると、今度こそ――なのでしょう。
 また、平谷美樹の時代ミステリ『よこやり清左衛門仕置帳』も好評のうちに早くも第2巻が登場いたします。

 また、文庫化・再刊では、これまで文庫化されていなかった海道龍一朗『加藤段蔵無頼伝 2 修羅』(しかし第2作が来たということはもしかして……)、そして三度目の文庫化となる宮本昌孝『ふたり道三』が注目であります。


 一方漫画の方では、アニメも驚くほどのヒットを収めた吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第17巻が登場。同時に、原型とも言われる『過狩り狩り』が収録された『吾峠呼世晴短編集』が発売されるのも見逃せません。
 また新登場では、陶延リュウ&滝川廉治『無限の住人 幕末ノ章』第1巻が非常に気になるところ。企画自体が予想外だっただけに、何が描かれるのか想像もできないところであります。

 そのほか、シリーズものの続刊としては梶川卓郎『信長のシェフ』第25巻、冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第3巻、とみ新蔵『卜伝と義輝 剣術抄』第2巻があります。『お江戸ねこぱんち 猫遊びの巻』も楽しみですね。



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2019.09.08

『鬼滅の刃』 第二十三話「柱合会議」

 自分の血を以て禰豆子の鬼の本性を引き出そうとする不死川。しかし禰豆子は炭治郎の言葉に己を保ち、危険性のなさを証明してみせるのだった。お館様の言葉に送られ、治療のために搬送された蝶屋敷で、善逸と伊之助と再会した炭治郎。そしてお館様と柱たちは今後の方策を語り合うのだった。

 胸元をはだけたすけべな姿(公式認定)でガンギマリの目つきの傷男が、血の滴る自分の腕を頑是ない女の子に突きつけて誘うという、深夜にしか放送できないような絵面で始まった今回。普通であれば我慢できそうな禰豆子が涎をダラダラ流して危険な兆候ですが――ここで蛇柱に押さえつけられていた炭治郎が、自分の身のことは省みず縄を引きちぎって禰豆子に駆け寄り、賢明に声をかけるのでした(そしてすかさず蛇柱の腕を押さえる義勇さんとふりほどけない蛇柱)。
 その声に、人間は守るべき味方だという鱗滝の言葉と、かつて両親や弟妹たちそして炭治郎と過ごした穏やかな日々を美しく思い出す禰豆子。それが彼女の理性を――人間としての部分を揺り動かし、ついに禰豆子は不死川の血の誘惑にプイするのでした。これがどれだけ驚くべきことか、不死川と最近の原作を読んでいる読者は知っていますが――何はともあれ、お館様によってその場は収まったのでした。

 しかし鬼殺隊の、周囲の目は鬼に対してはあくまでも厳しく、禰豆子のことを認めさせるにはまず十二鬼月を倒してみせなさいと諭すお館様に、無惨を倒して悲しみを終わらせます! と格好良く答える炭治郎――と思いきや、それは無理だからまずは十二鬼月から、とやんわりツッコむお館様に、沸点の低い甘露寺さんは噴出、そして派手柱や、ガチガチっぽかった岩柱まで肩を震わせたりと、あれ、もしかしてこの人たちそんなにおかしな人たちではないのでは、と思ったり思わなかったり(そんな中、明らかにヘンなタイミングで炭治郎の言葉に感心する煉獄さん、たぶんミスなのかなと思いつつ、煉獄さんだからなあ――という気も)

 何はともあれ、隠に担がれてしのぶの蝶屋敷に搬送されることになった炭治郎。不死川に頭突きさせろと炭治郎がダダをこねて無一郎に飛礫を食らわされたり、お館様が珠世とのことは知ってるとさりげなく告げたりと色々ありましたが、ひとまず場面転換してそこは蝶屋敷――その名の通り蝶が何匹も舞う静かな屋敷であります。
 そこで前々回踵落としを食らわされたカナヲと再会した(しかしそれを完璧に忘れてた)炭治郎ですが、カナヲはただニコニコと微笑むばかり。しのぶとは別の意味でいたたまれないカナヲですが、そこに現れた看護婦姿の女の子に導かれて、炭治郎は元気に泣き言を抜かす善逸と再会するのでした。

 鼻水とか涙とか色々流しながら再会を喜ぶ善逸ですが、そういえば炭治郎は那田蜘蛛山のふもとで置いてきた後のことを知らなかったわけで、下手すると炭治郎も知らないまま物語から退場していたんだな――というのはさておき、毒で手足が縮んだものの、回復可能ということで、まずはめでたしです。一方善逸の隣には、一瞬いるのに気づかないほど静かに静かに伊之助が寝ていたのですが――こちらは喉が潰れたのはともかく、メンタルをぽっきり折られて重傷であります。
 というわけでそれぞれに心身に傷を負ったとはいえ、蝶屋敷にいればひとまず安心。炭治郎も改めて、禰豆子のためにも鬼を、無惨を倒すことを強く誓うのでした。

 そして嵐が去った産屋敷邸では、お館様と九人の柱がようやく柱合会議を開くことに。那田蜘蛛山での平隊士たちのていたらくを嘆いたり、これからも頑張ってね頑張りますと夜は更けていくのでした。


 あれ、柱合会議は前回でほとんど終わったようなものでは――と思いきや、ちょっとだけオリジナル展開が待っていた今回。ラストの柱合会議の場面は、正直なところ顔見せ以上の内容はなかったと思いますが、原作で見舞いに来た村田さんが炭治郎に語った柱合会議の模様を踏まえてのアレンジはおもしろい試みだと思います(ということは村田さん出番削られた?)。

 ちなみに次回予告は派手柱と煉獄さん。原作では煉獄さんがアレした時に交流を窺わせるものがあっただけなので、実に嬉しい組み合わせです。二人で炭治郎を評価していて(前回は殺そうって言ってましたが)、この二人の性格的にさぞウマがあったのだろうなあ、と思います。
 しかし煉獄さんがコソコソ噂話するなんて、ちょっとショック――声がでかいんで全然コソコソしてませんでしたが。


『鬼滅の刃』第11巻(アニプレックス Blu-rayソフト) <


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 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」
 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」
 『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」
 『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」
 『鬼滅の刃』 第十九話「ヒノカミ」
 『鬼滅の刃』 第二十話「寄せ集めの家族」
 『鬼滅の刃』 第二十一話「隊律違反」
 『鬼滅の刃』 第二十二話「お館様」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?


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2019.09.07

森田信吾『悲恋の太刀 織江緋之介見参』 森田剣術アクション、ここに復活!


 大ファンだというのにチェック漏れしてしまい今頃のご紹介で大変恐縮ですが、上田秀人の原作を森田信吾が漫画化した『悲恋の太刀 織江緋之介見参』が雑誌スタイルの増刊としてまとまりました。「時代劇コミック斬」誌に現在も連載中の本作、原作付きながら森田作品としか言いようのない快作です。

 江戸時代初期、移転前の吉原に飄然と現れた青年・織江緋之介。剣の腕は滅法立つものの、吉原のしきたり――いや女性については全く知識のない彼を気に入った遊女屋・いづやの主・総兵衛は、彼を見世に仮寓させることになります。
 やがて次々に何者かに襲われることとなった緋之介といずや。実は緋之介の本名は小野友悟――将軍家指南役の子である彼は、武者修行に行った柳生で、ある秘密を知ったことから、命を狙われていたのであります。

 しかし秘密を持っているのは緋之介だけではありません。どうやらいずやにも、幕閣にまで繋がる秘密があるようで……


 と、吉原を舞台に様々な陰謀が交錯し、小野一刀流と柳生新陰流が激突する、上田秀人初期の名作を漫画化した本作。もちろん原作も大好きな作品なのですが、それと同時に私を喜ばせ、そして驚かせたのは、漫画化を担当したのが森田信吾であったことです。
 森田信吾といえば、一般には『栄光なき天才たち』かもしれませんが、しかし私にとっては幕末バイオレンス剣術漫画の最高峰『明楽と孫蔵』をはじめとする、数々の剣術アクション漫画の作者なのですから……

 その剣戟描写は、漫画的なケレン味を持ちつつも、体の動きのリアルさを感じさせ、そして暴力としての凄みをも持ち合わせたもの。時にやり過ぎ感すらあるそれは、しかし作者ならではのアクション描写として、大いに魅力的だったのであります。
 しかしこの数年はほとんど作品を発表することなく、大いに残念だったのですが――それが本作を引っ提げて復活したのですから、もうたまらないのであります。


 そして肝心の内容の方ですが――これが冒頭に述べたとおり、森田信吾の作品、としか言いようのない内容。
 それも、上で述べたド派手でスピーディな剣戟の魅力はもちろんなのですが、最も作者らしさを感じさせてくれたのは、その独特の台詞回しなのであります。

 たとえば第一話冒頭、総兵衛が目の前に現れた緋之介を評するモノローグ――
「白刃火花散らすさ中を足捌きだけで避し――…!! 血煙土煙に動じず涼しい眼であの若侍 重心ずらさず喧嘩衆の壁……抜けた!!」
 説明口調のようでいて独特の躍動感を感じさせる台詞回し――これであります。

 そして何よりも森田節が冴え渡るのは、剣戟の前の挑発――煽り文句であります。
 特に柳生の刺客団の「秘伝の陣形しいて囲めいッ」という言葉に対して――
「……何だ〝陣形〟って?(白けた表情で)」「…うぬら世の中をナメておるな?」「しゃべる幽霊か………笑える!」
という緋之介の台詞、煽り性能が高すぎて最高なのです。(原作では結構お行儀の良いキャラでしたが、これはこれでOK)

 と思えば脇キャラたちも、「月が…赤い!」と斃れる忍びの頭領、「たしかに俺は金をもらったかも知れぬ…だが最後に人間を動かすのは〝情〟!! ……〝恋〟だ!」と太夫誘拐に失敗して緋之介に斬られた旗本奴が言い残したりと、ロマンチシズム溢れる言葉を放つのも、また良いではありませんか。

 森田台詞について話し出すと止まらなくなるのでこのくらいにいたしますが、感心させられたのは台詞の方がこれだけ漫画独自でありつつも、物語展開は原作をほぼ忠実に再現している点です。
 原作と読み比べましたが、省いた場面は一つのみ、その一方で原作では数行で済まされた緋之介と柳生烈堂(これがまた独自の構えで格好良い!)の対決をほぼ一話かけて描く等のアレンジはあるものの、それ以外はかなりのところまで原作のままなのです。

 もちろん原作ものなのだからそれは当たり前、と言われるかもしれませんが、原作の内容をきっちりと咀嚼した上で、なおも漫画としての独自性を見せるのは、これは並大抵のものではないのは言うまでもないでしょう。


 もっとも、絵柄的には『明楽と孫蔵』などの頃に比べるとちょっと厳しいものがあるのも事実(それでも『駅前グルメの歩き方』の描き下ろしよりも遙かに良し)。しかし作者が作者らしさを失わずにこうして復活してくれたのは、本当に嬉しいお話であります。
 内容的には本書で原作のほぼ半分、後半戦もぜひ――と、今から期待する次第です。


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2019.09.06

忠見周『幕末イグニッション』第1巻 黄金争奪戦、佐々木只三郎の心に火をつける


 同日に『竜侍』第1巻も発売された、忠見周もう一つの時代活劇は、幕末を舞台とした黄金争奪戦であります。主人公となるのは佐々木只三郎――京都見廻組にその人ありと知られ、小太刀日本一と称された男、そして坂本竜馬を斬ったと言われる男、なのですが……

 物語の始まりは慶応3年11月15日、京都近江屋――近江屋に潜伏していた坂本竜馬と中岡慎太郎の前に現れた見廻組与頭・佐々木只三郎。色めき立つ慎太郎ですが、竜馬は彼を殴りつけて昏倒させると、只三郎と親しげに言葉を交わし、二人揃って出て行くのでした。

 そしてそれより遡ること13年前の江戸――喧嘩三昧に明け暮れ、今日も大立ち回りの末に牢屋敷の揚屋に放り込まれた只三郎は、そこで傲岸不遜とすらいえる一人の囚人と出会うことになります。
 その名は佐久間象山――故あって腕の立つ者を探しているという象山の、金に興味があれば自分のもとを訪ねろという言葉に興味を持った只三郎は、先に牢を出た象山を訪ねるのでした。

 そこで只三郎に対し、三百六十万両の金塊を積んだ船が海のどこかに沈んだことを語り、その船の唯一の生き残りであり、その位置を知るという少女・白菊と対面させる象山。
 蟄居することとなった象山に代わり、売り言葉に買い言葉で白菊を預かり――いや守り、三百六十万両を探すこととなった只三郎。しかしその前には怪物・男谷精一郎と、その門下でも随一の剣客・榊原鍵吉らが立ち塞がることに……


 戦国時代に並び、歴史時代ものにスターを輩出している幕末。もちろん漫画においても、幕末ものは人気ジャンルといえますが――しかし、そんな中で本作が独自色を見せるのは、やはり主人公が佐々木只三郎という点でしょう。

 佐々木只三郎――小太刀日本一とも呼ばれた達人にして、新選組の母体となった浪士組の生みの親の一人であり、そして後にその新選組と並び称された京都見廻組のトップとなった人物であります。
 しかし只三郎がその名を知られるのは、やはり「竜馬を斬った男」としてでしょう。さらに清河八郎まで斬っていることを思えば、その腕のみならず、立ち位置など、実に興味深い人物であります。

 ……が、そんな只三郎がこれまでフィクションの主役となることがほとんどなかったのは、個人的には人斬りとしての事績が前面に出すぎていること、そしてそれ以上に(ドラマ的に)魅力的な人物が周囲に多すぎたことではないかと思いますが――しかし本作は、そこに全く新たな物語を用意することで、これまでにない只三郎像を生み出そうとしているのが、大いに興味をそそります。

 南下を狙う露西亜を牽制するため、仏蘭西に蝦夷地を割譲する(!)代金として仏蘭西から運ばれるはずだった三百六十万両争奪戦という設定の時点で驚かされますが、それを只三郎にもたらすのが佐久間象山――というのはまず納得ではあります。
 しかし只三郎の前に立ちふさがるライバル勢力の一角が、男谷精一郎という、幕末の剣術史上に名高い通好みの実力者というのが、剣豪ものファンとしてはたまらないのです。
(さらに明治になってからの事績の方が有名な榊原鍵吉を、この時期に出してくるのもいい)

 そしてそんなとんでもない理由、とんでもない面子に対して只三郎が突っ込んでいく理由が、若さ故の鬱屈と無鉄砲さ――自分が何をなすべきかわからず、ただ暴れるだけだった青年が、何者かになるために戦うというのは、これはこれで、実に「幕末」していると言えるのではないでしょうか。

 この巻の終盤ではようやくこの時代の竜馬が登場、そしてそれ以上に、三百六十万両を狙う第二の勢力というべき水戸藩の刺客として、あの男が――といきなり盛り上がる本作。
 只三郎に火をつけた、只三郎が火をつけた争奪戦はいきなり火力強めで突っ走り始めたというところでしょうか。この先もこの勢いでお願いしたいところであります。


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2019.09.05

やまあき道屯『大江戸恐龍伝』上巻 平賀源内と龍の物語、画として甦る!


 夢枕獏と『明治骨董奇譚 ゆめじい』のやまあき道屯というユニークかつ納得の組み合わせによる、大作『大江戸恐龍伝』堂々の漫画化であります。黄金と龍の国・ニルヤカナヤの謎に挑むのは、かの平賀源内――奇想天外な冒険の旅の始まりであります。

 破天荒なまでの才を持ちながらも、時流ゆえか運ゆえか、世に受け入れられず白眼視される平賀源内。そんな彼のもとに豪商・越五屋から持ち込まれたのは、ニルヤカナヤという島に漂着したという息子を連れ帰ってほしい、という依頼でありました。
 手がかりは島からただ一人――瞼を切り取られるという無惨な姿で――帰ってきた船乗りが持っていた、謎の記号が記された紙片のみ。しかし源内は、この難題に俄然闘志を燃やして謎解きを快諾するのでした。

 しかしそれ以来、彼の回りに出没するのは怪しげな者たち。薩摩の剣法を操る謎の一団、琉球渡りの美少女剣士、不思議な卵から生まれた奇妙な鳥――そんな連中の引き起こす騒動の中、ついに謎を解いた源内は、田沼意次を説き伏せると巨船「ゑれき丸」を建造、親友の杉田玄白らとともに、ニルヤカナヤ目指して旅立つことに……


 冒頭に述べたとおり、この漫画の原作は夢枕獏の同名の作品であります。原作は単行本で全5巻(文庫本で全6巻)という大作ですが、本作はそれを上下巻という形で漫画化しています。
 もちろん、この分量では原作に100%忠実な漫画化は不可能。相当なダイジェストが行われ、登場人物もある者は省かれ、またある者は設定を変えられ――とかなり大きな変更が加えられています。
 その最たるものは、原作では源内の愛人の仇な美女(そして……)だったのが、こちらでは琉球からやってきた謎の美少女剣士となったお吟ではないかと(あるいは、この巻のラストでとんでもない姿で登場するあの男かも)思いますが、それはさておき……

 このように大きくアレンジを加えながらも、しかしこの漫画版から受ける印象は驚くほど原作どおり――というより『大江戸恐龍伝』は確かにこういう物語だった、と思わされてしまうのであります。

 それはもちろん、一つには原作ダイジェストの巧みさにあることは間違いありません。
 原作ではそれぞれ全く別のところから持ち込まれ、やがて源内のところで一つになった龍と黄金とニルヤカナヤの暗号を、越五屋からの依頼という形で全てまとめてみせたのはその代表ですが――重要な部分を残して枝葉はばっさりやる思い切りの良いアレンジが、原作の魅力を濃縮してみせたといえるでしょう。

 しかしそれ以上に間違いなく大きいのは、本作の画――特に主人公たる平賀源内の画であります。

 微に入り細を穿つ詳細な、それでいてどこか滲んだようなタッチの背景と、漫画的にディフォルメされたキャラクターが、不思議なハーモニーを醸し出す――作者の画にはそんな特徴があります。
 それがこの『大江戸恐龍伝』にマッチするのか――一瞬抱いたその疑問は、もちろん冒頭からあっさり消えたのですが、その一番の理由は、源内の存在にあります。

 ギョロリとした大きな目玉に利かん気の強そうな口元、ホウキのように逆立った髪――ある意味本作のキャラクターの中で最も漫画的とすら感じられる源内ですが、しかしそれが一度物語の中で動き出せば、「あの源内がいる!」としか思えなくなるのであります。
 それは何よりも、源内の表情の豊かさによります。人を食ったような不敵な面構えや、発明に夢中になった時の子供のような表情はもちろんのこと――内に抱えた悩みと憂いが垣間見せる時の、愛する者を慈しむ時の、そんな様々な表情の一つ一つが、彼の複雑な内面を浮き彫りにしてみせるのであります。

 実に本作の源内は――これは原作の時点から――いわゆる巷説の平賀源内のイメージを忠実に踏まえつつも、しかし単なる発明家でも山師でもなく、その実、複雑な屈託を抱えた人物として描かれています。
 その複雑さを如何に原作から切り取り、描いてみせるか? 実はそれこそが『大江戸恐龍伝』を画にする際の条件であり、最大の難関といえるのですが――本作はそれを軽々とクリアしてみせたのです。


 さて、先に述べたようにこの漫画版は上下巻。実はこの上巻の時点で、原作単行本版全5巻のうち、第4巻までを消化しているのですが――さて、それでは下巻で描かれるものは何なのか。
 それについては、また日を改めて紹介させていただきたいと思います。


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 『大江戸恐龍伝』第5巻 二匹の大怪獣の最期

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2019.09.04

アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』 大歴史作家が霊魂不滅の怪談集で描いたもの


 アレクサンドル・デュマといえば、言うまでもなく一大伝奇作家ですが、本作はその大デュマの未訳の怪奇小説――それもデュマ自身を狂言回しに、ある事件がきっかけで集った人々が、自分が見聞きした奇怪な出来事を語るという、何とも気になる作品であります。

 1831年、近くに狩猟に来た際にフォントネ=オ=ローズ市に立ち寄った27歳のデュマ。そこで彼が見たのは、妻を殺したので捕まえてほしいと叫ぶ男の姿でした。
 首を斬って殺した妻が、自分を見て喋ったのだと半狂乱の男。検視を担当したロベール医師がその言葉を冷たく否定する一方で、ルドリュ市長は決してあり得ないことではないと語るのでした。

 その市長に招かれ、彼の屋敷で他の客たちと食事をともにすることになったデュマ。やがて話題は先ほどの生首の話となり、市長が、そして客たちが、それぞれ自分が見聞きした奇怪な物語を語ることに……


 かくて首斬り殺人犯の奇怪な供述の真偽を巡り、市長邸に集った人々がその傍証とも言うべき怪談を一人一人語るという、いわゆる枠物語のスタイルで描かれる本作。
 語るのはルドリュ市長とロベール医師のほか、ルノワール士爵、ムール神父、アリエット老、そしてグレゴリスカ夫人と、年齢も性別も、生まれも育ちも全く異なる面々であります。

 この、その場に居合わせただけでほとんど全く共通点のない人々が、それぞれ怪談を語るというスタイルは、その関連性のなさが逆に個々の怪談のインパクトを増すものですが――本作でもやはり、いずれも奇妙で恐ろしく、そして手に汗握る物語が語られていくことになります。

 革命の最中、ギロチンにかけられた首の意識の研究と、美しき貴族令嬢との恋が残酷な形で交錯するルドリュの物語。
 極悪人に死刑判決を下した判事の目に、毎日決まった時間に映る奇怪な者たちの存在を語るロベールの物語。
 革命の余勢で民衆が王墓を暴く中、民衆に敬愛された王の屍を冒涜したために祟りを受けた男の姿を描くルノワールの物語。
 自分が一度は改悛させた男の末期の願いのため、夜中の処刑場を訪れたことである奇跡を目撃することとなったムールの物語。
 自分が療養中に亡くなった夫の髪を巡り、寡婦が出会った優しい怪異を語るアリエットの物語。
 そして亡命の最中、カルパチア山中の城で奇妙な囚われ人となり、城の兄弟から求愛されたことから、恐るべき怪魔と遭遇することとなったグレゴリスカ夫人の物語。

 ……いささか厳しいことを言ってしまえば、それぞれの物語の題材や描かれる怪異そのものは、さまで斬新というわけではなく、結末をある程度予想できるものではあります。
 しかしそれだけに終わらせず、時代背景や登場人物たちを巧みに描き、有機的に絡み合わせることで、息もつかせぬ波瀾万丈の物語として成立させているのは、これは大デュマの手腕以外の何物でもないでしょう。


 そして本作の真に見事な点は、本作全体を貫く怪異の趣向と、物語の背景となっている時代設定のかかわり合いにこそあると感じます。

 本作で語られるうち、特に印象に残るものの一つである、冒頭のルドリュの物語と、その友人であるルノワールの物語。ここに共通するのは、フランス革命のまっただ中の時代を舞台とし、そしてその時代だからこそ起きた怪異を描く点であります。
 王侯貴族たちを力で逐って無惨な弾圧を加え、そして彼らが作った社会と文化を破壊することに目を血走らせる革命市民たちの姿――それは怪異以上に恐ろしく感じられるのです。

 しかしこの二話に限らず、本作で共通して描かれるのは、死後の生、霊魂の不滅の存在であります。たとえ命が失われたように見えても、決して失われないものがある。後に遺るものがある――その想いがこの舞台設定と重ね合わされた時、浮かび上がってくるものがあるのではないでしょうか。
 もっとも、デュマ自身は共和派に近い政治的スタンスであったといいます。それゆえ、そこにあるのは、単純な貴族制賛美や革命批判にとどまるものはなく、むしろ純粋に失われたものへの哀悼と、それらが――たとえ目に見えぬ精神の形であっても――生き続けることへの希望なのではないでしょうか。

 それこそが、怪奇小説を描いても変わらぬ歴史小説家としてのデュマの姿勢であり――そしてその彼が、枠小説の形で怪談を描いたことの理由だったのではないかと、私は考えるのです。


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千霊一霊物語 (光文社古典新訳文庫)

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2019.09.03

楠桂『鬼切丸伝』第9巻 人でいられず、鬼に成れなかった梟雄が見た地獄


 この世で唯一、鬼を斬り、そして滅ぼす力を持つ刀・鬼切丸――その鬼切丸を手に長い時を生き続ける少年が見た、歴史の陰の人と鬼の姿を描く連作シリーズの第9巻であります。この巻では、薩摩の英雄、伝説の悲恋の少女、そして乱世の梟雄の物語が、鬼の姿と絡みあいながら描かれることになります。

 自身も鬼から生まれた鬼でありながらも人と同じ姿を持ち、手にした鬼切丸で鬼を斬る少年――本作はその名無しの少年を狂言回しに、様々な時代に現れる鬼の姿を、歴史上の人物と絡めて描く物語であります。
 この巻に収録されているのは「鬼梟雄」「生田川鬼処女」「釣り鬼野伏せ」の全3話。うち「釣り鬼野伏せ」は、題名から察せられるように、薩摩を舞台とした物語です。

 耳川の合戦で捨てかまりとなって散った配下を悼む島津四兄弟の四男・家久に、死んだ後にも仕えようとする家臣が現れても決して召しかかえてはならぬ、と謎めいた言葉を語る次男・義弘。そしてその言葉に応えるかのように、家久の前に死んだはずの三人の武者が現れるのでした。
 その忠誠心に感動し、兄の言葉を無視して彼らを受け入れた家久。以来、三人は人間離れした強さで戦場で暴れ回り、家久は彼らと自分は一心同体だと讃えるのですが……

 薩摩で「鬼」といえば、これはもう鬼島津と異名を取った義弘――と思いきや、中心となるのは四男の家久というのが、実にユニークなこのエピソード(しかし同時に義弘の過去が重要な意味を持つのも面白い)。
 本作の鬼は、恨みなどの強烈な執着を残した人が変ずるものですが――強すぎる忠誠心がその源となるというのは、戦国時代の薩摩ならではと言うべきでしょう。結末で家久を待つ皮肉な運命も印象に残ります。


 また、「生田川鬼処女」は、万葉集にも歌われた菟名日処女の悲恋――二人の男から求婚された末、二人が争う姿に心を痛めて入水した乙女の伝説を題材とする異色作。
 鬼の噂に生田川を訪れ、謎めいた女から、乙女を追って男たちも入水した末に、鬼に変じた乙女に食われたと聞かされる少年。しかし少年が見た真実とは……

 川底にある「菟名日処女の地獄」の有様も印象に残るこのエピソードですが、しかし個人的に驚かされたのはその題材です。
 上に述べたように、元の伝説は万葉集にも採り上げられたもの。ということは、鬼切丸の少年が生まれた平安より前の奈良時代(以前)ということになります。

 つまり、本来であれば出会うはずがない少年と菟名日処女なのですが――このような形であれば絡められるのか! と、本作の持つ可能性の大きさに驚かされた次第です。


 しかし、この巻で個人的に最も印象に残ったのは、巻頭の「鬼梟雄」であります。
 ここでいう梟雄とは、宇喜多直家――といえば、納得される方も多いのではないでしょうか。暗殺と謀略によってのし上がった、下克上の一つの極みともいうべき人物であります。なるほど、いかにも鬼になりそうな人物ですが――しかしここで意外な展開が描かれることとなるのです。

 祖父の仇とも言うべき浦上宗景の伽に(それも同じく彼に侍る実の母によって!)差し出された少年時代の直家。強い憎悪の念から鬼と成りかけた直家は、しかしそこに現れた鬼切丸の少年の言葉がきっかけで、人間に戻ってしまうのでした。
 鬼にも成れぬ自分の無力さへの絶望から、死を選ぼうとした直家。しかしそれが彼に思わぬ妖力を与え、自在に他人を縛り、操るその力で大名にまで成り上がるのですが……

 上でも述べたように、本作の鬼は人が強すぎる恨みなどで変じたものであります。これまで本作においては、そのようにして鬼と変じた武将の姿が幾つも描かれてきましたが――しかし、鬼に成れなかった者はどうなるのでしょうか。
 人でもいられない、鬼にも成れない者――直家がなったのは人でも鬼でもない「怪物」だった、という構図に、まず圧倒されるのであります。

 しかしそれではこの物語における鬼は誰が変じるのか――ある意味実に本作らしい(そして直家の物語を知るものであれば納得の)その相手を前にして、初めて直家の心に生まれたものが――という展開は、ただ地獄としかいいようがありません。

 その先に待つ、さらに皮肉な結末も印象的なこのエピソード。人と鬼とそれ以外と――その絡み合いを通じて歴史を描いてきた本作ならではの、異形の、そしてそれだからこそストレートな戦国武将伝として、強く印象に残るのです。。


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2019.09.02

『鬼滅の刃』 第二十二話「お館様」

 鬼である禰豆子を連れていたことで、鬼殺隊最強の「柱」たちに裁判にかけられることとなった炭治郎。彼の言葉は、そこに現れたお館様の言葉と、鱗滝の手紙で裏付けられたかのように見えたが、なおも信じようとしない風柱は、自分の血を禰豆子の箱に垂らして……

 那田蜘蛛山で気絶させられ、目覚めてみればそこは美しい日本庭園――ですが、そこにいたのは、ジュエリーをジャラジャラ言わせた妙にガタイの大きなメイク男、ちょっとその胸元はどうなのかしらというピンク髪娘、やたらとハキハキした髪の毛ファイヤーボンバーな青年、何だかよくわからないことを呟く美少年、南無阿弥陀仏の文字がやたらと入った羽織をまとって数珠を手にした巨人なのですから、戸惑わないはずがありません。
 唯一知っているのはしのぶですが、「あなたは今から裁判を受けるのですよ」と、何だか中世の魔女裁判をやりかねないこの人に言われると、猛烈に不安になるしかありません。

 しかし裁判をやるというのはまだマシなことで、炎柱の煉獄さんと音柱の天元は、鬼を庇うとはけしからんといきなり斬首を主張。岩柱の悲鳴嶼も、色々と酷いことをいいながら結局処刑を主張(何だかときめいている恋柱・蜜璃さんと相変わらずフワフワしている霞柱・無一郎は当てにならず)――と、四面楚歌であります。
 さらに樹の上からは白黒羽織に首に白蛇をまいたオッドアイという主張の強すぎる蛇柱・伊黒がネチネチと水柱・義勇さんの責任まで主張。例によって義勇は鉄面皮なので弁護の役には立ちません。そんな状況でも重傷の身を押して、必死に禰豆子が人を喰っていないこと、人を傷つけないことを訴えかける炭治郎ですが――やっぱり柱蓮は聞く耳を持ちません。そんな中でも唯一蜜璃さんだけが、お館様がこの件を把握していないとは思えないと真っ当なことを言いだし、一瞬皆が冷静になったかに思えたのですが……

 そこに禰豆子の箱を手に現れたのは、全身傷だらけの上に目はガンギマリ状態のコワすぎる風柱・不死川。そして炭治郎の言葉を一笑に付した不死川は、いきなり自らの日輪刀を箱に突き刺すという蛮行に出ます。もちろん炭治郎が激高しないはずもなく、縛られた状態のままで不死川の鼻っ柱に頭突きを一撃、さらに柱なんてやめてしまえ! と煽りスキルの高さを活かして煽るのですが――何かもう放送禁止みたいな顔になった不死川が大変なことをしでかしそうになったところで、お館様が現れるのでした。

 視聴者にとっては二度目――と思いきや、前回は後ろ姿で声のみだったお館様。初登場のその素顔は、半面が爛れ、目も見えないという状態ですが、しかしその声は温かく、落ち着いた挙措の人物であります。そしてこのお館様の前では、○人のようだった不死川もいきなり理性的な態度を示すのですから、その権威の高さと敬愛されぶりがわかろうというものです。
 さてそのお館様は、炭治郎と禰豆子のことは自分が容認していたと保証、さらにし柱たちも容認して欲しいと語るのですが――さすがにこれには柱たちにも反対の態度を示す者も少なくありません。そこでお館様が取り出したのはなんと懐かしい、鱗滝さんからの手紙であります。そしてそこに書かれていた、禰豆子を信じる言葉と、何かあった時には自分と義勇が腹を切るという覚悟には、炭治郎はもう感涙であります。

 さらに禰豆子が人を襲わないという証明はできないが、人を襲うという証明もできないというお館様の言葉に押されたところに、炭治郎が無惨と遭遇しているという言葉に、裁判どころではなくなる柱たち。これで無罪放免か? と思いきや、それでも何故かムキになる不死川はいきなり刀で自分の腕を切りつけるという自傷行為に出るのでした。そしてその腕から滴る血を禰豆子の箱に垂らす不死川。ついに箱から現れた禰豆子は……


 この回の放送前からずいぶんと話題となっていた柱集結回。それもそのはず、柱のキャストは、声優に余り詳しくない私でも知っているような、それぞれが主役級の面々勢揃いであります。義勇、そしてしのぶ以外は初登場の面々ですが、それでもその背後にドラマを感じさせてくれたのは、キャストの力あってこそ――というほかありません。

 しかし物語面で驚かされるのは、柱たちが全く炭治郎と禰豆子のことを知らされていなかったことで――これだけの重要情報が共有されていなかったというのは、鬼殺隊の運営はどうなっていたのかと、少々、いやかなり不安になります。
 タイトルロールのお館様は全て把握していたわけですが、大事な情報をこの方を一人で握っていたこの方、やはり意外と腹黒かったのでは――と思わないでもありません。
(無惨との遭遇まで知っていたのは、これは珠世さんから連絡があったということなのか――珠世さんから連絡しそうには見えませんが)


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 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」
 『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」
 『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」
 『鬼滅の刃』 第十八話「偽物の絆」
 『鬼滅の刃』 第十九話「ヒノカミ」
 『鬼滅の刃』 第二十話「寄せ集めの家族」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?


関連サイト
 公式サイト

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2019.09.01

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第2巻 妖狐、おかしな旅の末に己のルーツを知る……?


 古代中国の怪談・奇談集『捜神記』を題材に、齢千年を重ねた妖狐・廣天を狂言回しに描かれる人と妖・妖と妖・人と人の物語、待望の続編であります。この巻では、放浪の旅に出た廣天が行く先々で出会う物語の数々が、ギャグたっぷりに、そして時々シリアスに描かれるのですが……

 歴史上様々な時と場所に現れ、人や妖と関わっていく妖狐・廣天。しかしある時、時の皇帝による物の怪狩りによって捕らえられた彼女(?)は、かつて出会った人々や、知己である妖たちによって救い出され、一片の炭となってしまった親友の神木とともに旅に出るのでした。
 その最中、物の怪狩りの背後にいたのが、皇帝を誑かした妖狐・阿紫であることを知った廣天。しかし阿紫は、廣天にとっては母親代わりともいえる女性でもありました。果たして彼女の真意は何かを探るため、廣天は各地を訪れるのですが……


 冒頭に記したように、『捜神記』に記された数々の物語を題材に描かれる本作。当然ながらというべきか、個々のエピソードは本来は無関係なのですが――しかし(本作においては)それぞれの物語と登場人物は、様々な形で繋がりあい、重なりあいながら、一つの物語を描いていくこととなります。

 その最たるものが、一巻終盤で描かれた、廣天を巡る物語だったのですが――大変な盛り上がりを見せたこの結末には、しかし一つの謎が残りました。
 それは神仙や妖たちの間に、廣天を狙う動きがあること――が持つというある「力」を巡り、人の預かり知らぬ巨大な思惑が動き出していたのであります。

 そしてそんな動きを知った廣天も、自分自身に秘められた謎を知るために旅を続けるのですが――まあ、それはともかくとして、この巻でも相変わらず、面白おかしい怪異の物語が綴られていくことになります。

 大雨の晩に化物が出るという湖で堤防の番人の青年の前に現れた、なんか異常な速度で走る美女。謎の美青年を雇った未亡人が、ある晩台所で目撃した奇怪などんちゃん騒ぎ。仲間と出会って夜道を行くことになった幽鬼の奇妙な道行き。皇帝暗殺を狙う一党の前に現れ、軽やかな導引で目を奪う老いた鼠。春秋時代のある国の後宮で起きた、宮女の首なし殺人事件……

 第1巻に比べると、特に後半は原典がモチーフレベルの使用に留まっている部分もあるのですが、しかしそれでもこれまで通り、本作の古典を今に蘇らせてみせるアレンジの巧みさは変わりません。
 時に無理矢理なほどパワフルにこちらを笑わせておいて、フッと人間と妖の間のイイ話をこちらの胸に打ち込んでくる手腕は相変わらずで、良く知られた物語であっても、また異なる感慨を与えてくれるのは、本作ならではの妙というほかありません。


 しかしこの第2巻において圧巻は、やはり後半で描かれる連続エピソード――老鼠が廣天に語る、彼女の母と阿紫の物語でしょう。
 千年前の春秋時代、山の神の依頼で、異変の予兆があるというとある国の後宮に潜り込んだ阿紫。そこで彼女が出会ったのが、後に廣天を生むことになる女性・陽だったのであります。

 とんでもないマイペースで面白すぎるキャラクターの陽を気に入り、何かと行動を共にする阿紫。しかしある日陽は、異常な形で、異常な姿でもって、君主との間の子を生むのでした。
 折しも宮中では家臣たちが互いに暗闘を繰り広げ、様々な凶兆が現れる中、陽と子供に危機が迫るのですが……

 と、第1巻でほのめかされていた、廣天が生まれた際の出来事が描かれることとなるこの過去編。
 廣天が春秋時代にとある君主と阿紫の知人の女性の間に生まれたこと、国を滅ぼす不吉の子として疎まれ、ついに山に捨てられたこと――これまで語られてきたそれに至るまでの物語が、ここで語られることになります。

 といっても、もちろんここでも力業なギャグの数々は健在で、主人公ともいうべき陽自身も、何ともけったいなキャラクターなのですが――この巻の終盤で、物語は意外な方向に向かっていくことになります。
(第1巻を読んでいた人間であれば絶対ひっかかるミスリーディングがまた心憎い!)

 実はこの巻では過去編は終わらず、実に気になるところで終わるのですが――さてこの先で、そしてそれに続く現在で何が描かれるのか。
 ギャグ成分はたっぷりなようでいて、原典の活かし方、そして伏線の張り方に非凡なもののある本作だけに、全く油断はできないのであります。


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