東村アキコ『雪花の虎』第8巻 景虎、初めての友情と初めての恋!?
最初の川中島合戦を終え、京に出た長尾景虎――というわけで『雪花の虎』は京都上洛編に突入。そこで彼女が出会うのは、青雲の志を抱く同年代の若者たちと、京を牛耳る男たち。そんな中で彼女が急接近する人物とは……
位階の叙任御礼のため、上洛することとなった景虎主従。京までは「景虎」役を影武者のシロに任せ、自分は「女装」して女中の虎として別ルートを行く景虎が朽木谷で出会ったのは、都落ちした将軍と、彼の友人・股肱たち――すなわち、足利義藤(義輝)、近衛晴嗣(前久)、細川藤孝、進士藤延の面々であります。
最初は身分を隠して(後で思いっきりバレて)彼らと交誼を結ぶ虎ですが――彼女にとっては、彼らこそが初めての友であることを、意外と思うべきか、納得するべきか。
考えてみれば、幼くして寺に入れられ、その後には長尾家の後継者として奉り上げられた景虎。俗世と離れた世界で暮らすことを余儀なくされた彼女の周囲にいたのは、家臣や守り役、そして敵だけであり――自分と対等に言葉を交わす同年代の人間はいなかったわけであります。
それが将たるものの宿命――というのは簡単ですが、しかしそれ以上に複雑な存在である彼女の身上を考えれば、そう簡単に割り切れるものではないでしょう。
何はともあれ、ここで四人の友を得た景虎ですが――その中で特に景虎に近づくことになったのが進士藤延。
代々将軍の食膳を司る供御方の彼は、身も蓋もないことを言えば四人の中では最も地味な存在ですが――しかし、温厚で花を愛する藤延に亡き兄・晴景の面影を見た景虎は、彼に最も興味を惹かれることになります。
そして京に出る景虎の案内役として同行したこともあり、いよいよ急接近する二人ですが――しかし歴史はそんな二人を放っておくほど甘くはないのであります。
ここで景虎の前に現れるのは、将軍が朽木谷に落ち延びた今、京を実質的に支配する者――畿内を治める三好家の当主・長慶。その長慶が、腹心の松永久秀が、そして長慶の義弟・千宗易(すなわち千利休)が、彼女の前に立ちふさがるのです。
といってもいきなり襲いかかるわけではもちろんなく、景虎と長慶の対面の場は、宗易の茶会の場なのですが――それが最も恐ろしいことは、後世の歴史を知る者には想像がつくでしょう。
そこで行われる長慶との対話、そして宗易の品定め――そこで簡単に屈する景虎であることは言うまでもありませんが(しかし長慶が景虎に語る言葉は、ある意味景虎の本質と弱点を突いているのですが)、それこそがむしろ命取り。
景虎の器を知り、そして容易に自分たちに靡かぬと見た久秀が、そして彼とは旧知の中の山本勘助(!)が送り込んだ刺客に襲われる景虎主従と藤延。そして配下とはぐれた景虎は藤延と二人逃避行を……
というわけで、物語の全てのベクトルが二人をくっつける方向に向かっている感もあるこの第8巻。こうもはっきりと描かれるとどうかなあ――という印象もありますが、初めての友情が生まれるのであれば、初めての恋が生まれることもあるのでしょう。
(宗謙とは、考えてみれば恋愛というものとは違う気もいたします)
そもそも男性との関係性を考えた時、腹心の配下たちにまで、何が彼女にとってノーマルで、何がそうでないのかと混乱される景虎。このような表現が許されるかはわかりませんが、そんな彼女の姿には、おかしさと同時に哀れさを感じるのが正直なところであります。
だとすれば、彼女が体(だけ)でなく心を預けられる相手が現れるのはこれは言祝ぐべきことかもしれません――というのは、これも現代人の男性の勝手な視点ではありますが……
しかし問題(?)は、藤延もまた、ただ者ではない――いやなくなるということかもしれない、ということであります。
まだほのめかされただけではありますが、おそらく彼はある人物の前身。景虎以外のキャラとして初めて飾った本書の表紙で、思い切り桔梗の花を手にしているわけで――おそらくそういうことなのでしょう。
実は本作以前よりそうした(奇)説はあったのですが――しかしそうだとすれば、伝奇的にも、何よりもドラマ的にも非常に面白いことになりそうであります。
少々気が早くもありますが、この恋が何を生むことになるのか――いやはや、戦はなくとも相変わらず波瀾万丈の本作、先が気になります。
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